11/3/14

「死者のための和気あいあいとした儀式」/ Un rite convivial pour la mort

Un rite convivial pour la mort

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11月2日は死者の日でした。日本のお盆もそうですが、この日あるいはこの日が近くなると死者は生きている我々との距離を一時的に縮めるようです。生きている人々も普段の生活の中でなかなか彼らを訪れられないので、一年に一回お墓にお参りをして近況を伝えたり近況を聴いたりします。この日の数日前より今年は普段よりたいそう体調が悪くなったりもしました。もう11月3日になってしまったので、死者の日は終わりました。

9月29日から4日間、ルアーブルの美大での死についてのワークショップに自主Intervenantesみたいな感じで参加してきました。ルアーブルは歴史的な港町で、第一次世界大戦で街全体に壊滅的な打撃を受け、戦後に新しい街として造り直されました。パリからは電車で2時間半くらいです。ジャン=ノエル・ラファルグさんの企画したワークショップで、彼がこのために設置し、たびたび情報を更新し続けているブログLa Mortは充実しているので、関心のある方はご覧になってください。

このワークショップについての記事は、同じく彼のブログ:こちら(http://hyperbate.fr/dernier/?p=31586)に記載されています。参加した学生の作品やコンセプトがラファルグ氏によって解説されています。私は4日間は滞在できなかったのですが、最終日にもう一度参加し、数分のビデオを発表してきました。私のヴィジットについても記事内で触れてくださったので、ご覧ください。こちらに引用もしておきます。

ブログの引用はこちら。
Le dernier jour, Miki Okubo, qui a été en quelque sorte la marraine de cette semaine de travail, est venue nous montrer un petit film sur la mort de sa grand-mère et a nourri tout le monde avec des makis qu’elle a préparés et des cookies en forme de pièces de dix yens comme celles que l’on incinère avec les défunts pour qu’ils paient leur passage vers le monde de leurs ancêtres — un étudiant s’est intéressé à une tradition proche : dans l’antiquité gréco-romaine, on plaçait dans la bouche ou sur les yeux des défunts des pièces destinées à payer à Charon pour la traversée du Styx.

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写真をみると、おやつ食べてるみたいですが、ショートフィルムを見た後にそのストーリーを共有した皆でいっしょに食事を摂るという趣旨でした。タイトルのUn rite convivial pour la mortは、「死者のための和気あいあいとした儀式」という意味で、convivial(和気あいあい)はしばしば、皆で食事を楽しくとって打ち解けるような状態を現します。このビデオは、基本的に全て私の撮影した画像と家族によるイラストを素材とした、祖母の死に関わる、極めて私小説的なストーリーです。時間は8分くらいで、彼女の死をめぐっての一つの不思議な話と死の間接的原因になった食事時の出来事についてあわあわと語っています。10円玉が消えたこと、生きるための摂食は時に生を奪いうること、物語を共有すること、食を共有すること。ストーリーはこのような問題に焦点を当てています。

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Vimeoにアップロードしましたのでこちらでご覧ください。数日間ここに載せておきます。何せ家族が出演し過ぎているので、ご覧になっていただける際は、パスワード2222を入れていただければと思います、お願いします。ワークショップの折りに急いで作成したものなので、何かと無骨ですが、いずれ全体をまた作り直そうと思いますが。さしあたっては多くの方にご覧頂けますように。

2014年11月3日 大久保美紀

 

11/3/14

生きることを置き換えるという意味 / compter à la place de vivre

生きることを置き換えるという意味

三輪眞弘氏の作品「59049年カウンター ――2人の詠人、10人の桁人と音具を奏でる傍観者たちのための―」に関して吉岡洋さんが記したテキスト「生きるかわりに、数をかぞえる」(chez nous tanukinohirune)について、このごろ反復的に考えていたことについて書こうと思う。テキストの中で言及された、三輪さんの作品「59049年カウンター 」は、10人の桁人たち、二人の詠み人、そして一人の悪魔の13人によって上演される作品で、舞台上手側の5人で構成される「LST」チーム、下手側の「MST」チーム、それぞれが下位の5桁、上位の5桁を現し、10桁の三進法の数字をカウントしていく。この数値の最大値は「2222222222」、つまり十進法で「59049」(タイトルの数)になるのである。パフォーマーは防護服を思わせるレインコートのような衣装を纏っており、「フクシマ」のイメージを想起させる。
上述した吉岡さんのテクスト「生きるかわりに、数をかぞえる」は、この作品における二つの行為「生きること」と「数を数えること」の関係性に着目する。テキストでは二つの行為は以下のように関係付けられる。


(前略)
なぜなら、生きることと、数をかぞえることとは、同時に行なうことができないからである。そして人は、もう生きることができないと感じた時、数をかぞえるしかないからである。

もちろん数をかぞえている最中だって、私たちは生きている。そうでなければ、数えることすらできない。けれども、数をかぞえることに集中している時、生は、どこか彼方に追いやられている。
なぜか? 数というのは、どこかこの世界ではないところから、やって来たものだからだ。数は私たちのように形を持たず、私たちのように歳をとらない。
(中略)
生きることと、数をかぞえることとは、いっしょに行なうことができない。もう生きることができないと思える時は、数をかぞえるしかないのだ。数をかぞえることで私たちは、滅亡からわずかに逸れた場所にとどまり続ける。
数をかぞえることは、生を担保に入れることである。 

なぜ数えることなのか?それは、我々人間のように、経過する時間のなかでいつしか持てる肉体が衰えて死んでいく物質的存在が時間に切り離しがたく関わらざるをえない一方で、数とは時間軸から解放された普遍的な存在であり、宇宙的な絶対法則に関わるのではないかと我々を信じさせてくれるような、異次元や永遠の象徴存在であるということだ。だから、数を数えるという行為は、あたかも永遠的な何かに触れる行為であるかのように、表現者たちによって、「生きることと置き換えられるためのひとつの行為」に選び取られる。

「生きる代わりに」と表現されている二つの行為は実際に勿論並立している。ここで「生を置き換える」と表現されているのは、つまり、「生きること」そのものを忘れるように何かに没頭する、ということである。「没入(absorption)」はひとつの恩寵である。なぜなら、何かに没頭することができたとき、人は「生きること」について直に考え、それについて苦悩し、正面から取り組んで解決し得ない哲学的な問答を苦悩の中で繰り返すことから、逸脱することが出来る。「生を置き換える」とか「生を担保にいれる」と言われているのは、そういった事態を意味するのだろう。

このように考えた時、あるひとつの奇妙な気づき、あるいは深淵な心配に戸惑う。つまり、そのことが成し遂げられるのは、「人がもう生きられないと思った時」「生きることを諦める時」、生きることを正面から取り組んでいくことがもう出来ないから、そこから脱落する時なのである。このような文脈において、表現者たちは「生を担保に入れる」手段として「数を数えることに没頭する」。46年間をかけて1から5607249までをキャンバスに綴り続けた画家ロマン•オウパカ(Roman Opalka, 1931-2011)は、「数えることをしなかったら、私はもう生きられなかったでしょう」、といった言い方でこのことを証言する。

ロマン•オウパカは、1965年、ワルシャワのアトリエで《1965 / 1 – ∞》と題された終わりなき作品を思いつき、79歳まで続けた表現者である。この作品は二百枚以上のタブローに別れているが、ただひとつのタイトルをもつ《1965 / 1 – ∞》全体がひとつのタブローであり、ひとつの行為であり、1965年から2011年までの数える行為を物質化してそこに体現したものなのである。

数を数えることは、生きることとから脱落し、それでも死なないための行為なのだ。絶望とそう遠くない場所にあってすら、さしあたりこの世界に留まり、しかし生きることを別の行為に置き換えるということを、はたしてどのように理解したら良いのだろうか。それは単に、逃げることなのか。彼らは世界における世捨て人であり、彼の表現行為は顧みられるに値しないものなのか?

わたしには、むしろ逆であるかのように思われる。彼の表現行為は顧みられる価値のあるべきものだと直観する。絶望しながら絶望から出発し、異なるヴィジョンを通じて世界を見るような行為は、力のある行為なのだ。そのことは彼らが世界における世捨て人であることを肯定するかもしれないが、世捨て人でも良いのである。

「生きることを置き換える」とはなかなかいい得て妙であり、し得て妙である。前述したように、没入は恩寵であり、世捨て人はその肯定者であると解ることが、絶望を理解するひとつの鍵である気がする。

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