世界で最も美しい環境に佇む美術館と言われている、ルイジアナ美術館/Louisiana Museumを訪れた。ルイジアナ美術館は、デンマークの首都コペンハーゲンから国鉄ローカル線でHelsingør行きに乗り、約35分、Humlebæk駅で下車し、そこからデンマーク情緒溢れる田舎道を10分強歩く。駅からの道はいたって簡単、案内板が丁寧に出ているし、だいたい皆目的地が同じであるので、迷うことは無い。海と緑に囲まれて、空気がひやり澄んだ北欧の地に静かに建っている。
頑張って10分間歩いたら、向こう側にはすぐにスウェーデンが見えるという海岸沿いでかつ小高い丘で緑が鮮やかな一画に佇むルイジアナ美術館に到着する。
ルイジアナ美術館は近現代アートの美術館で、3000点以上のコレクションを所有する、スカンジナビア諸国最大級の美術館である。1945年頃のピカソの絵画を初め、ジャコメッティ、デュビュッフェ、ルイーズ•ブルジョワ、バゼリッツ、イヴ•クラインといったヨーロッパのアーティストの作品から、アンディー•ウォーホル、ラウシェンベルグのようなアメリカの絵画までを網羅している。年間4回〜6回ほどの企画展を開催し、北欧の地元アーティストやスカンジナビアならであの展覧会や、一挙にはとても並べきれない豊かなコレクションの中から、様々な表現形態を横断するようなコンセプトで鑑賞者に芸術における表現様式の問題について問いかけるような展覧会を行っている。
Lundgaard & Tranberg Arkitekter, Installation shot, a pavillon
コペンハーゲンから35分、駅から10分以上歩かなければならないという立地は、日本であるとヨーロッパであろうと、不便とは言わないまでも、交通の便がよいとは言えない。にもかかわらず、日々こんなにもたくさんのヴィジターを世界中から招き入れ、魅了し続けている美術館は世界に例を見ないのではないだろうか。ルイジアナ美術館が産声を上げたのは1958年、いまから半世紀以上も前のことだ。当初、美術館はデンマークアーティストの作品をコレクションし展示することを目的として開館された。しかし、後にニューヨークで大成功を収めたMOMAにインスピレーションを受けて、国際的な美術館へと方針転向したということだ。ルイジアナ美術館の名前は、1855年に現在の美術館のもとになるお屋敷が建てられた時の家主Alexander Brunが彼の生涯のおいて結婚した3人の女性がすべて「ルイーズ/Louise」といったことから名付けられたそうだ。(なんと!)
Alexander Brun邸が原型となっているmuseum house
皆さんは北海道は札幌の南にある、「札幌芸術の森」という施設をご存知だろうか。個人的な話だが、私は札幌出身なので、こういった自然とアートの融合というコンセプトを聞くと、自ずとこちらの野外美術館の森に囲まれた風景などを思い浮かべる。(札幌芸術の森、野外美術館)あるいは、以前訪れた霧島アートの森(霧島アートの森HP)のイメージも近いかもしれない。どちらも豊かな自然に囲まれた野外スペースを彫刻や大きな作品に当てて、四季の営みや時間の流れを肌に感じるような異空間を作り上げている。とはいえ、ルイジアナ美術館が見事なのは、何と言っても海があることだ。スウェーデンを間近に臨む海岸線は空の青と混ざるようだが、よく目を凝らすとくっきりと独立しており、良く手入れされた芝生に腰を下ろし、それを眺めることには飽きがこない。
café, belle vue de la colline
アメリカ人人アーティスト、カルダー/Alexander Calderの例の彫刻がカフェの向かいに。カルダー/Calder(1989-1976)は、若い頃機械工学を学び、エンジニアとして働いたがパリに移り住んでからは、針金彫刻を作ったり、サーカスのパフォーマンスを行うなどして表現活動を始めた。動く彫刻、モビールというアイディアはそれまで動かないのが当たり前であった彫刻にまったく新たな可能性を付与した点で高く評価された。丘の上で森と海からの風を独り占めするルイジアナ美術館のモビールもまた、世界中に佇むモビールと同様にして、それ固有の時間を生きている。
vue face à la mer
Henry Mooreの彫刻。ヘンリー•ムーア/Henry Spencer Moore(1989-1986)は、イギリスの彫刻家である。モダニズム美術をイギリスに紹介し、「横たわる像」のような特徴あるフォルムの彫刻を多数制作した。Reclining Figure(横たわる像)のフォルムを追求することを通じて、既存のFormから自由になり、そして新しいFromを手に入れることを目指していた。多作であった彼の作品は日本でもたくさんの美術館のみならず、なんと、パブリックスペースにおいても出会うことが出来る。
Sculpture, Henry Moore
アーウィン•ワーム/Erwin Wurm(1954-)は、オーストリアの彫刻家。インパクト絶大の滑稽な彫刻を発表し続ける。実はウィーン•クンストアカデミー絵画科への入学を拒否され、彫刻に転向したというキャリアを持っている。後に両親の死に大きなショックを受け、1996年からは精力的に「一分間彫刻」と呼ばれるユーモア溢れるパフォーマンス(と呼ぶべきだろうか)をドローイングして展覧会場で展示するというアプローチをとった。一分間どんなことをするかというと、2つのメロンの上にバランスよく立ち続ける、とか、鼻の穴にキノコを入れてそれを一分間保つ、とか、敷き詰めたテニスボールの上に横になってバランスをとる、とかそういった行為である。写真は、ルノー社と1960年代からコラボレーションした後に実現した、斜めにプレスされたR25。これは、実際に走ることが出来る。
Renault 25/1991, Blue, 2009-2010, Erwin Wurm
ロニ•ホルン/Roni Horn(1955-)、アメリカ人女性アーティストである。30枚のポートレート写真に収められているのは、年齢も性別も職業も様々な人々、しかしよく見ると非常に良く似た眼差しをもっている人々。30人の人々は言うまでもなく、変装したロニ•ホルン彼女自身だ。
a.k.a., 2008-2009, Roni Horn
2008-2009年の作品だが、ポートレートの時代設定は古そうだ。ロニ•ホルンは彫刻、写真を経て、現在はヴィジュアルアートも手がけている。変装ポートレートと言えば、シンディー•シャーマンや森村泰昌が著名中の著名であるが、彼らとさほど年齢の変わらないロニ•ホルンが現代あえてこのクラシカルな主題を引き出してきた背景には、情報化時代のアイデンティティのあり方への興味が深く関わっている。インターネットである人の名前を入力し、画像検索すると、実にたくさんの写真の集合を目にすることが出来る。同姓同名の全くの他人もいるし、色々な折にどこかのサイトに掲載された自分自身の写真であることもある。ロニ•ホルンは、このような時代にひとりの人間をその人と認識し、同定するのはいったい何を意味するのか、という問題について思索する。
Roni Horn
ソフィ•カル/Sophie Calle(1953-)はフランス生まれの女性アーティスト、現実とフィクションを織り交ぜたような、日記のようなドキュメンタリーのような作品を作ることで知られている。日本を旅したせいで愛する人に振られてしまった、という悲劇的な幕開けから、出会った人々に彼ら自身の人生における最も辛かった経験を語ってもらうことによって失恋の傷が癒えていく課程を写真と短い日記で記録した「限局性激痛/Douleur Exquise」(1997)は東京の原美術館で2000年に行われた展覧会において注目を集めたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれない。
Kampfgruppendenkmal, 1996, Sophie Calle
今回展示されていたのは、1996年に彼女が発表した一連の写真と本の断片。「そこにあったモノ/ヒトの記憶」は彼女の表現に貫かれているテーマである。かつての東ドイツに存在していた– 今は消滅したものたちーの記憶。モノがなくなった後には、その跡が残っている。その跡が残っていないように見える場合にすら、それについて書かれたテクストが何かを語り続けるということがある。壁に吊るされた「不在のイメージ」は、それらがどれだけ時間が経って、一見歴史から洗い流されたように見えようとも事実は事実として残り続けるのだ、ということを静かに語る。
Square Bisected by Curve, 2008, Dan Graham
さて、ダン•グラハム/Dan Graham(1942-)のパビリオン、ガラスの壁とそれによって分けられた空間だ。ダン•グラハムは1960年代ニューヨークでドナルドジャッドやソルウィットらの影響を受けてミニマリズムに傾倒していた。後に、写真、ビデオ作品、そしてパフォーマンスを経て、建築ーとりわけ空間の「虚無/nothingness」について考えるような彫刻を作っている。ギャラリーのホワイトキューブではなく、庭という要素の多い空間に置かれたこのガラスの壁は、全く異なる印象を与える。
Temporary Exhibition « NEW NORDIC – Architecture & Identity »
Temporary Exhibitionの »NEW NORDIC »の展示の様子。ルイジアナ美術館では、コレクション展の他に年間に幾つかのこのような特別企画展示を行っている。
Alberto Giacometti collection
そして、ジャコメッティのお部屋。もはや、ジャコメッティをこんなに持ってるんですか、なんて野暮な感嘆をする気にはならない。そうこうしているうちに、日は暮れて、絶対に行きたかった美術館カフェは閉まってしまった。なんてことだろう。
22時半頃の、Humlebaek駅の様子。電車は20分に1本はあった。コペンハーゲンからの往復については、さすがに美術館訪問者のことを考慮しているのだろう。
Humlebæk Station
今回主に紹介させていただいたのは、3000点あると言われているルイジアナ美術館のコレクションに2009−2011年の間新しくアキジッションされた150作品56人のアーティスト作品展示風景からの一部だ。ルイジアナ美術館はスカンジナビア一の近現代アート美術館として、コレクションは美術館のDNA鎖である、という信念のもと新しい作品の購入、新しいアーティストとの出会いに熱心である。インドのグプタや中国のアイウェイウェイ、日本の草間彌生といった欧米のみならずアジアの芸術家も視野に入れている一方で、ここでしか見られない充実したコレクションとして、地元であるHumlebaek、デンマークおよびスカンジナビア諸国のアーティストたちの貴重な作品群をとっても大切にしているということも忘れてはならないだろう。そうでなければ、ヴィジターをはるばる電車に乗せて、海と丘のある素晴らしい場所に彼らを招待する意味は半減してしまうに違いない。