08/25/13

About the violence / 暴力について

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暴力について

豊かな生活や便利さ、平等や自由、さらには平和や幸福さえも、普段私たちが使う言葉においてそれらはちっとも絶対的なものではなく、あくまでも相対的で、頼りないものでしかない。
暴力も、勿論そのようなもののうちのひとつだ。

2013年7月30日、ちょうどポーランドから帰国し、買い物に行くため駐車してあった車を取りに行くと、フロントガラスが割れていた。ボディの部分には、大きな足跡がはっきりとついており、ボディ自体もかなりへこんでいた。フロントガラスの割れた中心は、真ん中の極めて強く殴打したと見られる部分と端のほうにももう一つ同じような同心円の中心が見られた。車内はもちろんガラスの粉だらけになっており、さらには、このように内側に数センチ以上くぼんだ形でひび割れている状態で走行して振動等がきっかけで完全にガラスが崩れる恐れがあったので、自動車は走行不能な状態と見なされた。

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30日にこの状態で発見したということ以外、いつこのガラスが破壊されたのか知る方法はないのだが、誰かがよじ登って、硬いもので殴ってフロントガラスを割ったのだ。車が駐車してあったのは、決められたスペースで、私が住む市では、市によって決められた場所に無料/有料(場所による)で駐車することができるので、車庫をもたない市民は自宅にできるだけ近い駐車スペースを選んで停める。このとき私が駐車した通りは、住宅地で両側が一軒家やアパートの並びである。大きな音や騒ぎがあったのならば住人が聞いている可能性があった。住人の話によれば、私が留守にした数日の間のある夜、若い男数名が酔っぱらった様子で叫びながら、通り沿いの駐車スペースに停まっている車のうえによじ登り走り回り、そして、私の車のフロントガラスを瓶のようなもので割ったということだった。運悪くあなたの車が選ばれたのね、御愁傷様、といったことをその住人は付け加えた。真夜中に車を飛び歩いてガラスを割るショーはさぞスペクタクルだっただろうが、いずれにせよ、注意したり通報してくれることなく、それを目撃していた住人の思考にも吐き気がした。

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ご存知のように、外国ではしばしば「バンパーはぶつけるためにある」と言われているくらいで、フランスでも日本のようには車をピカピカに大切に保つことは難しいし、多少へこんだりこすられたくらいで警察は来ない。むかつく人の車に一周ぐるりとくぎで傷をつけたとか、ガラスにいたずら書きしたとか、サイドミラーをへし折ったとか、そんなことは日常茶飯事である。私自身、昨年一度、歩行者通路側のサイドミラーがへし折られ(つまり、故意に壊されたもの)、つい先日、また歩行者側のサイドミラーの部品が折られており、方向が固定できなくなってしまった。

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普通に考えて、酔っぱらおうとイライラしようと、そんなことはしたことがないしするはずもない人が殆どだろう。物を破壊することは、先に「日常茶飯事である」と書いたが、その状況自体がおかしいと誰もが思うだろう。しかし、おかしな事態が現実であるとき、そのことをどのように思考して行けば良いのだろう?暴力は、あなたがするしないに関わらず、リアルなことであり、あなたがするしないにかかわらず、あなたやあなたの大切な人に降り掛かりうることである。それゆえ、暴力のことは実は、自分と関係ないことのようで、つまりは、自分が思考すべきことからシャットアウトしてしまいがちなことのようで、しかし、絶対に排除できないものである。

少し前、何人もの女性を強姦し、殺し、刑期に服していた犯罪者が大赦を受けて出所したというニュースがあった。この犯罪者は出所するなりすぐに強姦事件を起こした。よく聞く話である。しかし、あなたは、自分が強姦されたり、自分の彼女や娘や家族がこのような目に遭ったとしたら、「よく聞く話である。」とは言わない。重大な犯罪を犯した人は死刑に処される。死刑が廃止された、あるいは存在しない国では終身刑に処される。あるいは、社会に復帰することが可能であると見なされれば、刑期を終えて出所し、再び社会のなかで、人々と関係を持ちながら生活をする。個人的には、強姦を繰り返すような人間は、再び強姦を出来るような環境下で生活することは不可能だと考えている。つまり、そのような環境に置くことが出所することであるならば、二度と出所できないというのが当たり前の処置であると考えている。

暴力はおしなべて非常事態である。物にふるわれる暴力と人間にふるわれる暴力の間に大きな一線があると信じている人もいるかもしれないが、そんな一線は本当はどこにも存在しない。これは妄言ではない。いかなる状況でも、どのような目的を果たすためでも、暴力を使う人間は、つまり暴力を手段として持っている人間である。現世界でそれらを排除するシステムはないし、それから潜在的に逃げる手段も実はない。どんな人もそれと共存しているのみであり、するべきであると同時にできるたったひとつのことは、それに晒されたときにあなたが取りうる覚悟について、考えておくことなのである。

08/25/13

ロイ•リキテンスタイン@ポンピドー/ Roy Lichtenstein @Centre Pompidou

Roy Lichtenstein
3 juillet 2013 – 4 novembre 2013
Centre Pompidou
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限定詞とは、便利で強力で、そして簡単だ。「”アメリカン・ポップアート”のロイ・リキテンスタイン」という説明は、一見疑いようなくわかりやすく、他にがんばって言葉を見つけるまでもない。当展覧会キュレータであるMnam/CcioとCamille Morineau が、この大規模な回顧展を通じて目指したのは、このあまりにもステレオタイプな限定詞を塗り替えることであった、といえばなるほど、アンビシャスでカッコイイ。しかし、私は彼らの説明に関わらず依然として、彼らがこの展覧会を通じて提示したのは、「アメリカン・ポップアートのキャパシティの重層性」に留まるのではないかと思う。

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さて、ロイ・リキテンスタインは、1923年、マンハッタンで生を受ける。両親はユダヤ系の上位中産階級の家庭。母親はピアニストで父親は不動産業を営む。子どもの頃とくに芸術教育を受けたことはないが、アポロシアターのコンサートに頻繁に通っており、ジャズに興味を持っていた。美術を専門的に学んだのは、高校卒業後にアートスクールに行ったころからで、オハイオ大学に進学するも1943年から3年間、第二次世界大戦下の兵役に服する。実はその間、ロンドンで幾つか展覧会を見ることが出来、フランス各地、ベルギー、ドイツ、ルクセンブルグと移動しながら描き続けた。1945年、終戦の際、パリで学ぼうとフランスに腰を落ち着けた矢先、父親が病に倒れ、翌年亡くなってしまう。それ以降、G.I.Bill(The Servicement’s Readjustment Act, 1944、つまり第二次世界大戦に従軍した軍人の兵役解放後の就職援助や学業継続援助を行うとりきめ)のおかげで、オハイオ大学の美術学科に復学し、1949年学位を取得した。その後教員等を経て、1960年代に、ポップアートの処女作としたのLook Mickeyやマンガ的手法、広告のエレメントへの関心を反映した作品を多数作るようになる。今回力点をおかれた静物画やキュビズム絵画やマチスのダンス等近代絵画の借用を始めたのは1970年代になってからである。そして、彫刻作品は1980年代を中心にブロンズやプラスチックで制作されている。1997年、肺炎をこじらせてニューヨークでなくなった。生涯にわたって制作した作品数は4500点にのぼる。

Look Mickey, 1961 oil on canvas

Look Mickey, 1961 oil on canvas

Look Mickeyは、リキテンスタインの息子たちの部屋にプロジェクションされたミッキーマウスとドナルドダックのイラストに着想を得て制作されたことはよく知られている。もちろんミッキーだけでなく、1950年代の終わり、リキテンスタインは消費社会の広告やバンド•デシネの手法に強い興味を抱き、1956年にはプレ•ポップアートとでも言えるリトグラフ作品Ten Dollar Billeを作っている。この頃、話し相手でありお互いに影響を与えてきたアラン•カプロー(Allan Kaprow,パフォーマンス•アートの先駆者)と、どうやって学生に色彩の意味を教えるかといった議論をしていた際、カプローが言い放った、「セザンヌの色彩を例にとるより、バゾッカ(Bazooka, アメリカのチューインガム)を例にとったほうがよっぽどよく伝わる」というのを聞き、リキテンスタインは自身の方向性に確信をもつ。今後は、主題を当時の日常の中に求めることが可能なのだ。たとえば、広告、日々目にする変哲のないモノ、そしてマンガといったものの中に。この会話を機に、リキテンスタインはいわゆるリキテンスタイン的なスタイルを立ち上げたと言われる。

Magnifying Class, 1963 oil on canvas

Magnifying Class, 1963 oil on canvas

1963年に描かれたMagnifying Classは、「手仕事によるものだというメッセージを極力隠す」というコンセプトのもとに制作された、完全にManualな絵画である。したがって「グラフィックとして最もシンプルに、かつ即効性のあるインパクトをもたらすミニマルな絵画」(Christophe Averty)と言われる。ポップアートの展覧会が世界中で大変賑わっている事実を耳にする際、そしてもちろん自分も足を運んでしまう際いつも思うのが、それなら写真や雑誌で見ればいいのではないか。しかしポップアート展は人気だ。それはもちろん、アメリカンアート界の影響力が非常に強いことや、ポップアートはなんていったってオシャレであること、ヴィジュアルがわかりやすく、楽しく眺められることなどの原因はある。しかし、人々はやはり、いくらシンプルだったりミニマルだと言われても、そこに覗く手作業の後が見たいのではないかと思う。そこにあった画家の手や画材がまだ乾いていなかったときのことをそれらの絵はイメージさせるために、人々はこの絵に歩み寄り、ドットのひとつひとつを眺めるのだと思う。そういったわけで、この絵はまさに、画家の手によって丁寧に描かれた素晴らしい油彩画である。

We rose up slowly, 1964 oil and magna on canvas

We rose up slowly, 1964 oil and magna on canvas

キャリアを通じて、リキテンスタインは女をたくさん描いてきた。ロマンチックなシチュエーションやロマンティックなワンシーンをリキテンスタイン的なスタイルでラインとドット化した絵画。80年代以降作られた2D的な彫刻にも女はたくさん登場する。アート•マーケットにおいて、彼の絵が高値で売れて人気を博したのも、彼が描いた美女たち(しばしばステレオタイプでB級映画くさく、涙を流したりけなげだったりする女たち)が鑑賞者の心をつかんだからである。その一方で、我々はこの美女たちをオシャレなイラストとか形として愛でることはできても、直接的な意味でのセクシーさや生々しさといったものは感じえないのではないだろうか。画家自身もこう述べている。
「私が描く女は基本的に黒いラインと赤いドットで構成されている。私は抽象的なやり方だと思っている。だから、私はそれらには誘惑されない。それらの生き物は私の目にはリアルでない存在なのだ。」(ロイ•リキテンスタイン)
興味深いのは、リアルでないので惚れてしまうことはあり得ない、と言い放たれた、黒いラインと赤いドットから成る女は、70年代からもう30年、40年経つ今日、マンガ的あるいは広告的表現が珍しくもなく、女の表象も多様化した現在においては実は、リアルさを増しているという現在の事態である。

Oh, Jeff...I Love You, Too...But..., 1964 oil and magna on canvas (zoom)

Oh, Jeff…I Love You, Too…But…, 1964 oil and magna on canvas (zoom)

Artist's Studio "The Danse", 1974 oil and magna on canvas

Artist’s Studio « The Danse », 1974 oil and magna on canvas

リキテンスタインがマチスのダンスを自身の絵画のなかに登場させたのは必然の共鳴であると感じられる。マチスの描く肉体はしばしば、彼がいうような輪郭で取り囲まれていた。
「私が創るもの、それは“かたち”である。マンガは、わたしが意味するところの“かたち”を持たない。マンガはたしかに輪郭を持っているが、描かれたものをひとつのものとして描き出すことに何の注意も払っていない。目的は違うところにある。マンガは、再現しようとしており、私は、ひとつにしようとしているのだ。」

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近代絵画からの借用、その際に複数の絵画を一枚の絵の中に共存させた。あるいは彫刻はしばしばイラスト的な2D世界をいかにして3Dに再現するかという試みとして面白い。いくつかの風景画の中に見られる異なるテクニックの混在は、その他の絵画とは全く別の印象を与える。既に述べたがこの展覧会では、すでに広告のデザインやマンガ的スタイルで知られてきたロイ•リキテンスタインの「アメリカン•ポップアートを超える」側面を浮き彫りにすることを狙っていた。ポップアートで何が悪いのか?ポップアートは素晴らしいのだ。むしろ、巨匠絵画をパスティーシュし、かつてなかった構造に挑戦し、平面の彫刻を創造し、生々しくない女を描いて世界を魅了したことによって、ポップアートの底力を見せつけてくれたことこそが、ロイ•リキテンスタインの面白さであると信じる。

Landscape with Philosopher, 1996 oil and magna on canvas

Landscape with Philosopher, 1996 oil and magna on canvas