モニュメンタ ダニエル•ビュラン/ Monumenta 2012 Daniel Buren

モニュメンタ(Monumenta)は、グランパレの45mの高さ13500㎡というゴージャスな空間をたったひとつの作品で占有してしまおうという、スケールの大きいイベントだ。2007年から一年に一回ずつ開催されてきたこのイベントは、国際的に重要なアーティストとしてたった一人選ばれた作家が、グランパレの空間に合わせた斬新で巨大な作品を創り出すことで、第5回目となる2012年まで、世界中からのたくさんのヴィジターを魅了してきた。(2009年は行われていない。)

2007年はドイツ人のアンセルム•キーファーによる絵画•インスタレーション。翌年の2008年はミニマリズム彫刻のリチャード•セラによる巨大彫刻。とりわけ2010年のクリスチャン•ボルタンスキーの古着のインスタレーションは、冬の寒くて暗い季節を選択して開催され、静かで大きな空間にたたずむ巨大な古着の山と不気味なクレーンの音が耳に残っていて、鮮明に覚えている。昨年2011年は、インドのアニッシュ•カプールの巨大なバルーン彫刻で、ボルタンスキーとは別の意味で内面的な生を感じさせる展示であった。(過去のモニュメンタ)

2012年5月18日〜6月21日という期間、6週間におよんでグランパレの占有権を得たのは、フランス人アーティスト、ダニエル•ビュランである。1960年代70年代、反芸術の運動でかなりラディカルに活動していたビュランへのフランス人の批評ははっきりしている。高く評価する者と反ビュランを訴える者。とはいえ、フランスを代表する国際的現代アーティストの、一貫した表現哲学には耳を傾けざるを得ない。

第一に « travail in situ » (現場での仕事)の重要性を主張する。パリのパレロワイヤルにも彫刻があるが、ストライプは彼の一貫したモチーフの一つだ。縞模様は幾何学的だ。そこにオリジナリティや差異化されたものが介在する余地はなく、とにかくストライプというパターンがそこにあるのみだ。彼がストライプを好んで用いてきたのは、作品自体が語る意味というものを限界まで消去し、作品がそれだけで意味をもたないことを鑑賞者に明確に意識させるためであった。環境において作品を作ること、空間との関係や時間、鑑賞者、光との関わり、それらすべてが彼の作品に絡めとられる要素と成る。

ビュランがグランパレを仕事の現場とする際、その環境を構成するのは言うまでもなく、その巨大な空間とガラス張りの天井から角度と彩度を変えながら差し込む太陽の光だ。2012年モニュメンタ•インタビューで、ビュラン自身、グランパレにおける展示の本質が「どのようにしてこの豊かな光を捉え、表現するか」であったと述べている。

驚くべきことだが、当初の計画では、この広大な敷地に、最も高い天井にあたる上の写真の部分に青のストライプを施す、という構想にとどまっていたらしい。この部分は普段トリコロールの国旗が風になびいているのがガラスを通してみることの出来る、グランパレの建築のなかでも最も美しい部分である。今回モニュメンタの会期中、フランス国旗はおろされ、かわりに青い円が描かれたモニュメンタ2012旗が空に向かって立てられている。

したがって、これら全ての光の森が構想されたのも、 »travail in situ » においてである。この光の森は、ビュランによってグランパレの光を効果的に捉えて、それを鑑賞者に還元するために生み出された。中に入ってみると、45mもあるはずの天井と広大な敷地はプラスチックの天井と所狭しと並べられた四角い柱によって分節化され、心地よい圧迫感と焦燥感に襲われる。

正面入り口の裏に位置する階段を上って、一度森を抜け、その全体と高い空を見上げた時にはじめて、その焦燥感がなんであったのかがわかる。そして、色彩の屋根の中に居たときにみていた光とまったく違う色の光が、そこに存在することに気がつく。

天井のガラスから差し込む光は、ビュランが意図したように、広い敷地の場所によって、時間によって、様々な表情を見せる。ときに重なり合って、ときに拡散して、ときに人々を巻き込んで、それでもビュランが意図した以上のことや意図しなかったことなどが今この瞬間にも起こっているのだと思うと、この森を抜け出せなくなる。

さて、会期中グランパレは眠らない。もとい、グランパレは深夜24時になるまで眠らない。夜のヴィジットはもう一つの作品鑑賞の視点だ。何よりも空いているし、ガラスがはっきりと鏡に成る。さらにグランパレの骨組みが緑色で塗られているのだが、この緑色と深い夜の空の色が、いつか童話で読んだようなヨーロッパの深い深い夜の森を彷彿とさせるのだ。魔女が出てきそうな、木々がざわめきあっていそうな、怖い森だ。

森は抜けることができる。なぜなら森には境界があるからだ。中心部には人々が集うことの出来るような円い鏡があり、座ったり、歩いたり、反射を利用して写真を撮ったり、ごろりと仰向けになって天井を見つめたり、色々なアプローチが許されているらしい。

そういえば、インタビューでビュランが面白いことを言っていた。「公共の空間」についての彼の考え方である。そもそも日本とフランス人の公共の場に対する感覚もかけ離れたものであるのだが、そのことについては後々くわしく考えてみたいのでスルーする。ビュランはグランパレを展示の場として与えられた際、グランパレという巨大な空間は、展示スペースというよりも、公共の場(place public)と思ったらしい。美術館というより路上に近い感覚、だからこそtravail in situである必要があるし、光や人々や音や温度といった環境全てがこの展示を形作る。

夜の森はライトアップのせいで過剰にはっきりとしてみえた。この夢みたいな明るい色はヘンゼルとグレーテルにでてくるお菓子の家の甘いあめ玉やカラフルな飾りみたいで、やっぱり少し不穏な感じがする。

あまりに不穏だったので、場違いなポーズをとってみた。しかし、コンテクストの無い場所で、「場違い」という事象自体がそもそもなりたたないということに、この写真を見て気がつく。この展示は、たしかにその展示物そのものからメッセージ性を読み取り、芸術について考えたり、人間の生について想いを馳せたりする類いのものではないのかもしれないと思う。カプールのように、人間の体内を思わせる生の営みとの関連付けや、ボルタンスキーが得意とする人々の記憶の集積から何かを語らせるような手法とは異なるアプローチである。

場違いなポーズをとってみているところ

果てしなく環境的だ。そう思う。流動的であり、形がないものなのだと思う。ビュランは、空間まかせ、観客まかせ、マテリアルまかせに、その表現を形作ることによって、頑固で柔軟性のかけらも無いスタンスでは決して実現できないようなものを形にすることができるアーティストなのだろう。

「現場での仕事だけがそこにある。この作品も、展覧会のために作って、展覧会が終わったらすべて壊して、ここには何も残らない。」(モニュメンタ•インタビューより)

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