02/21/13

ICOMAG 2013「批評」のテーマから考えたこと/reflexion on the aim of ICOMAG 2013

先日、文化庁主催のメディア芸術コンヴェンションが東京六本木で開催された。私は遠方におり、非常に関心があったにもかかわらず参加することが出来なかった。しかし、海外でメディア芸術に携わるアーティストや研究者からもこの会議のコンセプトについてのコメントをもらうという座長吉岡洋さんの提案のおかげで、第3回メディア芸術コンヴェンションのテーマ(icomag site)について、すなわちハイブリッドカルチャーにおける批評の可能性について、パリ第8大学のジャンルイボワシエさんおよび彼のセミナーに所属する数名の研究者と意見を交換することが出来た。日本で行われたリアル会議とは別の文脈であるが、日本のポピュラーカルチャーについての考察(あるいは、一般的に文化の越境という現象を考えること)にかんして、あくまで私自身が日頃抱いている問題をまとめながら、この議論のことをこのブログに記録したい思う。

今日よく知られているようにフランスは、世界的で日本に次ぐマンガの消費国である。パリでは毎年(昨年は20万人を動員)ジャパンエクスポや、大規模なコミケ、パリ•マンガサロンなどが盛況を収め、日本のマンガは、彼らのオリジナルカルチャーであるバンド•デシネ(Bandes desinées)を経済効果の点で遥かに上回って(しまって)いる。日本のアニメやゲームの人気も高い。その勢いは日本食、日本語教育、伝統文化も一緒くたに波及し、ジャポンは、所謂「クールジャパン」でプロモーションされてきたセクターのみならず全体的にクールである。こういったファンタジー的憧れは、ワンダーランドとしての遠き島国を思い描く想像力がいかにも簡単に紡ぎだしそうな物語のひとつである。そしてこのシステムは、日本に対してのみ向けられる特異な視点を裏付けるものでは全くないのであり、むしろ、日本のガールズが花の都パリ(死語?)に憧憬の念を抱く際の一生懸命さ(およびそれを支える日本のコマースとツーリズムの努力)のほうがよほど素晴らしいし、この程度のファンタジーは世界中に溢れている。ただ、日本を巡る物語についてやや驚くべきことがあるとすれば、そのファンタジーが今日においてもまだ機能するという日本のしつこいワンダーランド性である。

座長吉岡洋さんが昨年の3月にブログに掲載した「クールジャパンはなぜ恥ずかしいのか?」を先日フランス語に翻訳し、ウェブに掲載した。( text in French on salon de mimi, on blog by Hiroshi Yoshioka, original text in Japanese is here.) その記事の末尾は「「メディア芸術」をめぐる過去2回の国際会議の企画とはわたしにとっては、日本におけるポスト植民地主義を目指す文化的闘争であったのだ。」と結ばれている。このテクストは、1980年代に成熟し90年代には既に海外で積極的に受容されたマンガやアニメを、生みの親である日本がなぜ、2000年代後半になるまで自らのナショナルな文化と認め、外交戦略化しなかったのかをクリアーに説明する。(なるほど、そういえば精華大学におけるマンガ学部設置は2006年、京都マンガミュージアムの会館も2006年、外務省のポップカルチャー発信士/通称カワイイ大使任命は2009年である。)このテクストは、さらに、なぜ海外で日本人としてポップカルチャーを発信する際になんとなく後ろめたさが伴うのだろうという私個人の内省的体験にも、ひとつの解釈を提示してくれた。(このことは自分のブログでゴシックロリータの装いで文化レクチャーをすることを綴った記事や、高嶺さんの展覧会を論じた記事でも書いた。) 私はこのテクストを次の二つの点で重要と見なし、日本語以外の言語に訳される意義を見いだしている。一つ目は、日本人が日本のポップカルチャーをに対して抱いている「恥ずかしさ」(「恥ずかしい」というのはつまり、何らかの後ろめたさやそれを認めたくないとする気持ち)の存在を率直に肯定したこと。二つ目は戦後日本の植民地主義/意識を巡る問題について、日本社会がこの問題を隠蔽し直接対峙することなく現代まで先延ばしにしてきたという筆者の考えを通じて正面から文章化したことである。もちろんこの二つの点は互いに強く関係し合っていて切り離すことは出来ない。

まずは、「恥ずかしさ」を切り開らくことから始めよう。

当たり前のことだが、我々日本人がクールジャパンを恥ずかしく思っているなどということは、特定の社会的コンテクストを共有しない外国人には知られておらず、この内実は理屈で理解されることは可能であれ、いささか複雑化され過ぎており、日本人自身が言語化しきれずにいるという事実がある。ともあれ、そんなことは彼らの日本現代文化への熱意を邪魔もしなければその魅力を傷つけもせず、つまりは比較的どうでもいいことですらある。つまり、日本の外(あるいは内)でサブカルで括られる表現活動を受容吸収する多くの若者(あるいは若くない人々)にとって、異種混交的文化(hybride culture)とは、ある程度国際的で一般的な状況に収集できる事態である。誤解を恐れず言うなら、大きな流れとして今日の世界は、日本でもヨーロッパでも共通の枠組みに置かれていると見なしうる。文化の商業化•脱政治化傾向もまた、国際的なコンテクストで語られ得る。

それはそれでよいのだと私は考えている。日本固有の社会•歴史的背景に基づき、日本的ハイブリッドの特殊性を分析し、それを語ることは繊細で丁寧な仕事であり、必要不可欠なプロセスである。一方、日本でしばしば議論されてきた「メディア芸術/Media Geijutsuとは何か?」に代表される問いはとても厄介である。なぜなら、「メディア芸術」という言葉をMedia ArtではなくMedia Geijutsuと英訳すること自体がややもすれば対話を拒絶する姿勢の表明であると解釈されかねないからだ。このことはもっと丁寧に説明されるべきであり、ひょっとしたら語弊があるかもしれないが、私は「メディア芸術とはなにか」とか「メディア芸術のどの点をもって芸術なのか」という命題の答えを定めることに重要性を感じていない。むしろ、芸術という日本語の言葉が予め持っている特性に関わりすぎることに拠って、もっと大きなものが見えなくなる恐れがある。こういうのこそ実は、潜在的にotaku-likeな言説の一つになりかねない議論であり、言語ゲームに終始するならばただのdis-communicationに陥ってしまう。

オタクは「彼らが属するコミュニティー内では社会的態度でふるまうが、その社会性はコミュニティー内部に限られる」という側面がその意味の核を作っており、オタク的○○あるいはotaku-likeな○○という表現に応用されることによって、マンガ•アニメのフィールドに関わらず、広く使用できる。たとえば、メディアートを語るための専門的でテクニカルな言葉、科学の研究者が使う一般人の理解を全く期待しない専門用語、あるいは、(言語の壁までもその対象になるとすれば)、日本人にしか理解しがたい議論、それをあたかも翻訳不能であるかのように努力もせずに語る態度はすべてotaku-likeである。じつは、日本のマンガやアニメ、ゲームの領域が自己再生産的に成長できる自給自足のシステムをもっていることが、この領域の批評の難しさの本質をついている。フィールドのオタク的なあり方それ自身が、自らが理解される可能性を自己閉鎖していると言えよう。専門化したフィールドに対話の可能性を見いだしていくのが批評だとすれば、そのプロセスは、そのフィールドの内側にある言葉を大切にし、その言葉を通じる言葉(もっと意味のある言葉)に言い直すことから始まるに違いない。

現代のハイブリッドカルチャーにおける批評可能性は、したがって、通じる言葉で語る人々とそれに心静かに対応するotオタクの人々のやりとりを活性化することにある。私はotaku-likeな言説それ自体を否定しない。なぜなら、otaku-likeな語りこそ、各々の表現活動の現場にもっとも違い場所で生まれて語られる言葉だからだ。それらはただ、開かれて相互理解可能になればいい。

また、マンガやアニメ、ゲームが堂々と日本文化の仲間入りするのを長年妨げた日本的思想に「文化や芸術を経済•産業に結びつけるなんて、なんだかはしたない!」という暗黙の了解がたしかにある。(「クールジャパンはなぜ恥ずかしいのか」で指摘された通りである。)マンガやアニメ、ゲームの強力な経済活動との結びつきに批判的な目を向ける考え方だ。この妙にエレガントで日本的な思想は話し合いの参加者を驚かせることとなり、いわゆるハイアートであっても本質的に経済活動のコンテクストから逃れられないのだから、その点をもってハイとローの文化•芸術を分けることは出来ないという結論に至らせた。このハイとローの価値観、カルチャーとサブカルチャーといった対比そのものが今日やや時代遅れの議論ではないかという率直な感想も上がった。

ポピュラーカルチャー(大衆文化)の意味するところは、4つある。大衆にさし向けられる文化、大衆が消費する文化、既存のものを覆すために大衆が生みだすアヴァンギャルド的な文化、そして、消費者の大衆が生産者も兼ねるような過渡段階に位置する文化。ポピュラーカルチャーと言う時、一般には大衆が消費する文化をさす場合が多いのだが、上述の4つの意味を考えるならば、なるほど、現在いわゆるハイカルチャーと考えられているフィールドだって一定時間よりも以前、オリジナルのものが大衆により「日本化」したこともあるし、既存のものを破壊する芸術運動から作り出されたものだって含まれる。そう思ってみれば、この区別も線を引くことに目くじらを立てずともよろしい。たしかに我々は、誰から教わったのか今となっては思い出せない超謙虚な姿勢を美徳として共有している。日本のハイカルチャーにはオリジナリティがなくていつも西洋の真似をしてきた、マンガとアニメくらいしかソフトパワーになってない、という考えがその典型だ。この考え方はいささかペシミスティックすぎる。

さて、otaku-likeなパロールの(悪)循環は、各々のフィールドのみならず、「日本語」という言葉すらその仕組みのなかにそのまま含むことができてしまう。どういうことか。特定の社会や文化についての共通知識を前提として要求するような話(存在する殆どの議論はもちろん何らかのコンテクストをもっているが)では、デリケートな内容はなかなか翻訳されにくいので、そこには高い言葉の壁があるように見える。あるストーリーが言語間を越境する困難はあっていい。それがうまく伝わらないのも、理解が難しいと受け止められるのも、いい。ただ、それを自己を防御し他者を攻撃する手段として利用するようなくだらないスタンスがあるとすれば、それは直ちに放棄するべきだと思う。非日本語話者に解らないからとインターネット上で日本語で誹謗中傷すること。水戸芸術館における高嶺さんの展覧会「高嶺格のクールジャパン」の「自由な発言の部屋」という大事な章は、日本社会のそういった問題にも焦点を当てる。ネットの言論は本来すべからく誰の目にも触れ、誰にも理解される可能性を孕む。今日明日ではなく、いつまでも。なぜなら、それはひとたび書かれたものだからで、ネットに接続された世界で生き、そして書き、そこで何かを語るクリティークという行為は、すべてそういう性質を請け負う。展覧会「天才でごめんなさい」の会田誠さんが、膨大なツイートを無許可転載し作品に利用したことがたいそう騒がれたようだが、そんなことに目くじらを立てることほどナンセンスなことはなく、現代における発言とはもはやそのようなものだと諦め認めて、むしろそれを慈しむ「おしゃべり/talkative」な語り手になることが、異種混交文化の中で「生きた」批評をすることに繋がるのではないかと今のところ信じている。

 

01/28/13

高嶺格のクールジャパン/ TADASU TAKAMINE’S COOL JAPAN @水戸芸術館

高嶺格のクールジャパン/ TADASU TAKAMINE’S COOL JAPAN

2012/12/22 – 2013/2/17
水戸芸術館現代美術ギャラリー/Contemporary Art Gallery, Art Tower Mito

 

昨年末に帰国した折、幸運にも日程がぴったり合い、12月22日から始まったばかりの水戸芸術館における美術家高嶺格さんの展覧会、「高嶺格のクールジャパン(TADASU TAKAMINE’S COOL JAPAN)」(高橋瑞木さんによるキュレーション)を観た。これまでも高嶺氏の作品には非常に興味があって作品が見られる機会があればうかがわせていただいていた。また、展覧会タイトルであるクールジャパンにも惹かれたし、そして3.11以降に撮影された映像作品「ジャパンシンドローム」をどうしても見たかった。そして、長いあいだ戸芸術館はぜひ訪れてみたい場所でもあったので、ついに訪れることが叶った。京都から始発の新幹線に乗り、スーツケースが破壊するなどのアクシデントを経て上野からスーパー常陸に乗って水戸へ。駅からは気持ちよく晴れた空の下を歩き、堂々と魚を盗んでいる猫などを撮影し、水戸芸術館に辿り着いた。

SONY DSC

SONY DSC

 

「高嶺格のクールジャパン」はインパクトのあるタイトルであるが、このパブリシティのデザインも凄い。クールジャパンという言葉は、1990年代のクールなイギリスカルチャーを盛り上げようとブレア首相が名付けたクールブリタニアという言葉がもとになっているらしい。(Wikipediaによる)クールジャパンは、日本のポップカルチャーを « Oh, it’s so cool !! » と手放しに褒めちぎる態度で、それは日本の外側にいる人々がその内側を覗き込む視線によって作り上げたイメージみたいなものだと私は考えてきた。もちろんこの10年間、日本の大人たちが隣国の「パンダ外交」並みに真面目な顔をして、現代日本文化を代表しうるこのソフトパワーを国益のための外交戦略に利用してきたのは人々の知る通りである。ただし、それはフィードバックの一つの結果に過ぎず、外で騒がれている出来事の実態が分からないまま、どこを歩きどこに行くかも決めないまま、現在までなんとなく来てしまったのではないかというのが私の言いたいことである。「かわいい大使」とか、世界コスプレサミットとか、マンガ•アニメ、ケータイ、アイドル、そして、アート。数えきれない雑多で瑣末な物事も、それがともかく日本のタグをつけたポップな存在ならば、なんの熟考を経る必要もない。とにかくクールな現代日本文化の枠組みに突っ込まれればそれだけでうまくいく。19世紀の西欧におけるジャポニズムの大盛況以来の黄金時代を純真無垢に享受し、日本文化と言えばちやほやしてもらえるハッピーな10数年間を我々は眺めてきた。私はこの間、フランスに住んだ4年近くの期間とそれ以前も何度かヨーロッパで知人に会う度に、「クールジャパン効果」というべき無条件なちやほやを体験してきた。以前はそれを、大陸の人たちが小さ過ぎて見えない島国日本の文化の上にロマンティックな幻想色の絵の具を塗り付けた結果に過ぎず、所詮は自分たちの知らないエキゾチックなものを崇め奉るようなものに過ぎないのではないかと、距離を置いて考えていた。一方で、その熱狂的なラブコールは未だ収束するわけでもなく、一次的な流行でもなければ無視してやり過ごせるものでもないことに否が応でも気づかざるを得ない。しかし、それが何であるのか、それを目の当たりに私はどうしたらいいのかについては一向に考えがまとまらぬまま生活を送っていた。

 

IMG_5672
私にとって、この思考の単なる堂々巡りから少しズレるきっかけを与えてくれた文章に、吉岡洋さんがブログに掲載された「クールジャパンはなぜ恥ずかしいのか?」という記事がある。これは非常に多くの人に関心をもって読まれたようで、このことからも、かなりの人々が「クールジャパン」という現象と言葉の響きに対してうまく説明できない不愉快さや気持ち悪さを感じていたことが分かる。私自身、昨年に本ブログに掲載した「ゴスロリ衣装を外国で着ること。」というテクストにおいて、クールジャパン(あるいはジャパン•ポップ)の記号の一つであるコスプレ(ゴシックロリータ)を自分自身が纏うとは何を意味するのかについて書いた。しかし、実はこれは、クールジャパンをどう考え、それとどう向き合うのか、という自分自身への問いであったのだ。(余談だが、この当時私はこれをやはり多少なりとも「恥ずかし」く「不愉快」に感じ、同時にそれを言語化も他の手段でも表現化できないことに焦っていた。とりわけ、私はこのポップカルチャーにかんし、海外でプレゼンする誘いを引き受けて何度かこれについてレクチャーしていたし、2009年にはスペインのコルーニャにおける国際記号学会で、 »Cool Japan »と題されたセッションにも参加した。(Semiotix Cool Japan in Coruna )そういったわけで、この問題について、それがなんであるかを知らないまま無視し続けることはもはやできなかった。)

 

341_3rd_main

 

「高嶺格のクールジャパン」に話を戻そう。そうそう、パブリシティのデザインの話である。アニメ文化のオノマトペ感が骨の芯まで染み渡った世代の人々なら、このレタリングをながめると自ずと、同じ音を内耳に響かせてくださるのではないかと思う。

シャキーン! とか ピキーン! とかいう音である。

シャキーン!もピキーン!も何かが瞬時に凍り付く様子を表すオノマトペであるが、ピキーン!に至ってはものすごく硬くて厚みのある氷がキラリとするような様子を読者に想像させる音である。この「クールジャパン」の字体はつまり、シャキーンとかピキーンの音が聴こえるようになっており、ものすごく平たく言うと、クロネコヤマトの「クール宅急便」的な字体である。この展覧会で問題化される「クールジャパン」は、したがって上述したような、海外からちやほやされ愛されてホカホカのクールジャパンではなくて、美術家高嶺格が自国の問題として、彼の視線を通じて静かに距離をもって観察するクールジャパンなのだと判る。それは中途半端に冷えているのではなく、凍り付いて溶けないほど「クール」なのである。

 

この展覧会のコンセプトについて高嶺格さん本人が書かれたテクストをここに転載したい。(水戸芸術館、高嶺格のクールジャパン

「女は、女に生まれるのではない。女になるのだ」という、ボーヴォワールの有名な言葉があります。自意識が形成される過程で、個人に対しいかに社会の集団意識が影響するかを端的に言い表したこの言葉は、現在の日本でますます大きな意味を持つのではないかと思います。「日本人は、日本人に生まれるのではない。日本人になるのだ」あまりに身近にあったため、意識に上ることのなかった物事。あるいは巧みに操作され、意識に上がることを妨げられてきた物事。これらの物事に対し、私たちがついに当事者となったのが現在の状況だと言えるのではないでしょうか?

自分の中になにがあるのか?自分はどう作られてきたのか?3.11のあと、煙に燻されるように出てきたのはその問いだったように思います。「人はなんのために生きるのか?」古代から途切れることなく思想されてきたこの問いを、自分の生きてきた時間と重ねて、鑑賞者と共に考えてみようと思います。 高嶺格

 

展覧会は、上のコンセプトに従って8つの部屋に分かれていて、一つの部屋から別の部屋へ通過するためには、黒いビニールテープのフサやカーテンをくぐって行かねばならない。フサもカーテンも、其れ自体は一方通行ではないのだが、隣り合う部屋は分厚いフサや重たいカーテンでしっかりと区切られている。とりわけこの黒いフサの厚みは、通り抜ける途中、このままどこにも辿り着かないのではないかと一瞬鑑賞者を不安に陥れるような厚さなのだ。以下が8つの部屋の構成である。

 

クールジャパンの部屋
敗訴の部屋
標語の部屋
ガマンの部屋
自由な発言の部屋
ジャパン•シンドロームの部屋
核•家族の部屋
トランジットの部屋

 

まだご覧になっていない方もいらっしゃると思われるし、具体的な展示物についての言及は必要がないかと思う。何点かだけ、印象や記憶を付け加えさせていただきたいと思う。隣り合う部屋はしっかりとその二つの世界を隔てながらロジックに強く繋がっており、鑑賞にパワーを要する。

標語の部屋では、すべてが皮肉というよりはむしろ空虚に響いてくるように感じられる。日本社会はアナウンスや張り紙や標語だ大好きだが、それは言葉にすればするほど真実から離れていき、言えば言うほどそれが決して実現され得ない何かに変わっていく。よどみなく流れてくるたくさんの標語は、この国にはこんなにもできないことがあったのかと、静かに気がつき納得する。ガマンの部屋では、人々は色々な理由で色々なものを我慢していることが描き出される。他者にあるいは自分に色々なニュアンスで「我慢しなさい!」と言われたり言いながら私たちは生きている。実は、ここで光が当てられるひとつのことは、「我慢しなさい!」と言う人々自身が、さらに何かを我慢しているという冷たい事実だ。その声は苦痛に満ちていて、くるしい。じつは、我慢しているのは、そうするよう言われている子供や弱者などではなく、日本社会に属するすべての人がその中に、相対的な上位者も会社もみんなを取り込み、集合的に我慢をしいるような構造をとっている。それはなぜでそれからどうしようというのか?自由な発言の部屋は、いつも海外でニコニコしている私たちの他者への攻撃性が非常に工夫された方法で提示されていたのだが、やはりその意味するところのあまりの強さに、ジャパンシンドロームの部屋に辿り着く前に、少しだけ呼吸をととのえる必要があった。

トランジットの部屋に身を置いた時、とてつもなくはっきりしたデジャヴュ感に襲われた。その理由はわからない。私はこの直後美術館の階段をものすごい早さで駆け上がっていく高嶺さんの姿を目にした。あまりに驚いて、自分が会釈したかどうかもよく覚えていない。実はこの日、一時間の滞在が予定されている日であったらしい。