Sarah Moon « Alchimies » @Musée Nationale d’histoire naturelle/ サラ•ムーン 『アルケミー』展
Sarah Moon
« Alchimies » – Récits pas très naturels du minéral, du végétal et de l’animal
Jusqu’au 24 novembre 2013
Muséum national d’histoire naturelle
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Sarah Moonは、1941年ユダヤ人家庭に生れ、生まれるとすぐナチスに侵攻されたフランスを離れ、家族と共にイギリスに移住する。そこで1960年から6年間ファッションモデルを務め、写真家として転身したのは1970年のことである。女性の視線を通じたモデルとの独特な関係性と世界観は、ファッション写真の領域ですぐに注目を集めるようになり、Sarah Moonがファッション写真家として評価していたGuy Bourdinが長く所属した雑誌『Vogue(パリ•ヴォーグ)』においても、シャネルやディオールといったメゾンから依頼を受けるようになった。アルル写真祭でもこれまで5回選出されている。
Sarah Moonの作品で興味深いのは被写体と写真家の関係性であろう。ファッションモデルや若い女、子どもや動物、植物や鄙びた環境、遊園地、一見すると多種多様に見える彼女の主題は、Sarah Moon自身の明確な問題意識によって貫かれている。人々の記憶、遠い子ども時代の想い出、命あるものが滅びること、女という存在、そして生き物の孤独。
Sarah Moonは写真家であるが彼女の写真はどれ一つとして見えるままに受け取ることを許さない。あるいは、そこに見えるものの語りに耳を傾けるような状況に我々を招き入れる。念入りに作り上げられた画面、小さな物があまりにも引き延ばされてみたことのない様相を示すもの、異化された色彩、見つめると眩暈をもよおすような動き、沈黙した生き物の呼吸すら感じられない静けさ。彼女が写真を通じて表現するのは、複数の「ものがたり」である。ものがたりは、彼女の側から提案されることもあれば、被写体によってもたらされるものもある。激しくピンぼけしたイメージ、その向こう側には何かがあるのだが、それはどれだけ見つめ続けても浮かび上がっては来ない。ただし、我々の目が時々ピンとを合わせることに成功するならば、絵画のような牡丹が出来事を話し始める。モノクロームの画面は我々の時の感覚を麻痺させる。息をひそめてこちらを見つめるライオンの血が通ってその身体が熱をもっていたのはいつの日のことなのか、歴史の中に吸い込まれるように遠ざかっていく。ネガについた細かな傷、それは引き延ばされて大きな斑点となり、それは日常目に見えない光の粒や空気の粒を可視化したそれのように、撮影されたその場所が本当らしくある一方でやはりそれは偽物であるのではないかと疑いを引き起こす。彼女はフィクショナルな状況を自身の表現に導入することを実験的に行い続けてきた。おとぎ話の世界観を作品にしのばせることなどもSarah Moonが得意とする手法である。
さて、国立自然史博物館で行われた本展覧会 »Alchimies »は、その場所で開催するにふさわしい主題を集めた展示となっている。大きく細部まで露にされた植物、剥製であったり実際に生きている動物、植物園の環境やそこにある建造物の風景。Sarah Moonの提示するイメージには、生き生きとした艶やかな生命よりはむしろ、いつもどこかに乾燥した生命や死、沈黙した物質性が感じられる。植物たちはカラー写真で大きく見せられているが、その色彩はくすんで、ネガの斑点によって距離を保ち、それらが今このときにはすでに存在しなくなっていることを感じる。剥製の動物たちはやってくる光をその深い闇の中に全て吸収してしまう黒い目をして彼らが死んでもなおそこに沈黙していることを訴えている。剥製は、Sarah Moonにとって興味深いテーマである。それはその動物が既に死んでいるということと、そもそも生き物を写真に撮るという行為が一定の共通点を持つからだ。生き物は、瞬間の中に切り取られることによってある空間や媒体の中で凝結するのであり、そこに残るのは次の瞬間には消え失せてしまった何かなのである。
展覧会タイトル »Alchimies »であるアルケミー(錬金術)は、中世〜16世紀のヨーロッパで盛んに行われた卑金属に化学的な反応を起こすことによって貴金属に作り替えよるための努力であり、現在の科学では勿論否定されているが、そのたゆまぬ探求によって蓄積した知識が17世紀以降の自然科学の発展の基礎を築いたとも言われている。アルケミーは本質的には、雑多な物質を完全な物質に変化させたいという人類の夢に関わっており、不完全な人間の霊魂を精錬して神のそれに近づけるといったような呪術的•宗教的なもくろみすら含んでいた。こう言ったわけで中世ヨーロッパにおける錬金術師はしばしば神話的で魔術的な存在に見なされた。Sarah Moonの織り成す「ものがたり」達は、中世のアルケミーが自らをもその魔法にかけてきた暗室での怪しげな企みを、彼女のひっそりとしたキャビネットの中で、現代の人類の目に再度可視化するような試みであるように思える。