07/16/12

ひとびとの距離/ la distance entre personnes

良くも悪くも、驚きのすくない時代になったようだ。はじめて誰かと会うという時に、その人の容貌は愚か、これまでどんなことをしてきた人なのか、何を作り、どんなことを書き、どこで仕事してきた人なのかということをだいたい知っていることが多いのが、こんにちの初対面の真実である。

 

たった数年前にはまだ、所属先やキャリアなどを含む個人情報がウェブ上に流出してしまうことや、顔写真がネット上にアップされることはひとえにネガティブに捉えられ、迂闊にそんなものを駄々漏れさせてしまう人は、自己管理の行き届いていない人であるかのように見なされる傾向があったに違いない。

ところが現在ではだいたい、人に会うのも、お店に行くのも、旅行に行くのですら、いつもなんとなくデジャヴュである。デジャヴュというのは、必ずしも否定的なニュアンスではない。たとえば、私は初対面の人と、とりわけエライ人とか面接とかで誰かと会うようなとき、だいたい始めものすごく楽しみにして、その後非常に緊張して、しまいには定期考査の試験問題を予想するように、面接シミュレーションをしてしまったりするのだが、事前に多くの情報を知っていれば知っているほど、シミュレーションのシナリオが作りやすいのは事実だ。対面の恐怖みたいなものが軽減されるのも事実だし、写真を通じて顔や姿のイメージが何となくあるので、待ち合わせ場所で通りすがるすべての人に対してそわそわしなくてよいというのも素晴らしい点だ。ただしこのストラテジーの最大の弱点は、変化球に対して、情報開示されていない場合よりもさらにビビってしまう可能性が多いということだ。そして、人との出会いとは往々にしてそういうことが起こりやすくできている。

自分が安心するためという極めて小規模な幸せの追求を除けば、こんなにつまらない試験問題予想の方法はないように思える。与えられた材料からの、話題の再構築。例外的にアクティブな性質をもつ個体を除いて、人はみなある程度平穏な物事の成り行きを好むにしても、である。

デジャヴュ的出会いのもう一つの特徴は、そのつまらなさに比べものにならないほどクリティカルな問題である。それは、デジャヴュ感の一方通行性だ。ある人のブログを長年に渡って愛読しており、その人が日々綴る日常の出来事、家族の話、仕事の悩みや小さな愚痴、感傷的なことばの端々を通じて、読者は十分にその人を知っている錯覚に陥ることができる。ブログというのは(ブログにもよるが)、日記の盗み読みなのである。ウェブ上に、読まれるために書いておいて、盗み読みとは何事か、と思われる人もいるかもしれないが、世の中の多くのブロガー(職業的肩書きを背負ったブログであったとしても)が綴っているのは、本人は露出に無頓着なつもりでもそれが現実にどういうことかを真摯に受け止めていない程度に、限られた読者しか、実は想定していないのである。

そんなわけで、この親密な言葉で書かれた日記を、その人を思いながら長年読み続けてきた読者と、勝手な想定のもと言葉を発し続ける作者の間に、平行な2つのベクトルがあらわれることになる。平行なベクトルは決して交わることのできないベクトルだ。こんなふうにしてかわいそうな読者は、長年見守ってきてよく知っている書き手に対して、つい、非常に馴れ馴れしい言葉をかけ、ゼロから人間関係を築く代わりに、これまで一方的に積み上げてきた個人経験をもとにして、関係を築こうとしてしまうのだ。

この悲劇的なシナリオは、小説家とその読者の間では決して起こらない。小説家は自分が出版という特別な段取りを通して、自分の手から書いたものが世界に旅立っていく過程を意識的に経験しているし、小説の読者は、それが間違っても自分に当てて書かれたものではなく、本を手に取れば誰にでも受け取る事のできる客観的な媒体であることを知っているからだ。したがって、こっそりと作者の言葉を盗み読んでいるという感覚がここには介在し得ない。

 

なるほど、ひとびとの距離を図ることが、とてもむずかしいというのは、色々な原因を伴って、どうやらあながち嘘ではないようだ。たしかに誰かに出会う際、その人がどんな風かを少しだけ知っているのとそうでないのとでは、心にかかる負担が違うのは事実だろう。しかし一方で、ひとりの人間ともう一人の人間の間で築かれるべき「関係」というものに対して、自分の勝手な枠組みを押し付けるのはとても暴力的な行為だ。ひとびとがどうやって出会って、つまらない試験問題予想をするのではなく、おたがいが面白くぶつかり合えるのか。

知らない誰かとせっかく出会った時、わたしが彼(彼女)に対して同じ事を思い、彼(彼女)がわたしに、「思ってたとおりの人ですね」と言うほど、つまらなすぎて嫌気がさすことはないのだ。

06/23/12

近藤佑子/kondoyuko ーセルフ・プロモーションの手法とパフォーマンスー(self promotion and performance)

近藤佑子/kondoyuko:京大工学部卒、現在東京大学大学院生。彼女の26歳の誕生日に開設した就活サイトが3日で1万いいね!、アクセスは10万PV/日を記録。Twitterでは個人名でトレンド入りし、ネット界のセレブリティとなる。彼女の大胆な就活態度とSNSを利用した新しいタイプの自己実現は、プロフェッショナル・一般人を問わず高い関心を集めた。

もはやヤバすぎて手がつけられなくなってしまった近藤佑子/kondoyuko(ちなみに私は今でも彼女を”ゆうこりん”と呼び続けている)は、京都大学交響楽団の後輩だ。京大オケの金管パートは、私達が在籍しているころ、京大が誇る吉田寮の目の前を練習場所として構えており、霧雨の日も、灼熱の日も、はたまた銀杏が降る日も、私達はそこで楽器を吹き鳴らしていた。私が美学を専攻している話した折に、学部で建築をやっているけど、現代アートや美学に高い関心があるんだといつぞやの酒の席で熱心に語っていたのを覚えている。ドクターマリオを愛してやまないことも聞いたことがある。ひょっとすると気のせいかもしれないけれど。

個人的な話だが、私自身は、彼女がメチャヤバのサイト(メチャクチャにヤバイ就活生 近藤佑子を採用しませんか?)で第一で最大の目的(おそらく!)として掲げている「就職活動」については、プロセスにも経験にも情報にも明るくない人間である。それに、確かに、日本社会における就活システムの在り方の理解は前提条件であるけれど、「就活サイトとしてとしてのメチャヤバがバズったのはなぜか」という視点ではもはや読み切れないほど沢山の素晴らしい記事が世間に発信されてしまったので、私としては、別の切り口から、近藤佑子のセルフ・プロモーションについて分析してみたい。

extrait du site "mechayaba" (kondoyuko.com)

私の彼女の表現活動への関心は、メチャヤバのサイトだけに限定されない。SNSもブログも、そしてリアル世界における彼女の社会生活へのスタンスのようなものも、トータルに見ることなしに、現象の本質をつかむのは不可能というものだ。近藤佑子は、「アマチュアの自己表現の可能性」というテーマに関わる現代のアクティヴィストであり、実験的パフォーマーでもある。

無論、彼女のウェブ上での活動は、メチャヤバずっと以前からとても活発であった。ツイッターやフェイスブックのアクティブユーザーであり、これらのメディアを単なる友人とのコミュニケーションツールとして捉えるのではなく、もっと開かれた可能性やリアルで生き生きとした関係性を追求し、文字通り積極的にこれらのメディアに向き合っていたように思う。

日本社会のSNS史を語る上で、スマートフォンの超速普及とほぼ同時にやってきたmixiからFacebook・Twitterへの移行現象(2009-2010年)を無視することはできない。近藤佑子も漏れなくmixiユーザーの一人である。mixiはこの世代の多くの日本人に、人に読まれることを前提とした日記のような、エッセイのような、ある程度の長さのあるテクストを日常的に書きまくる訓練をさせたメディアだ。彼女自身も、mixiをひとつのきっかけに、人に読まれるものを書く経験をしたことをインタビューの際に認めている。近藤佑子の発信する(広義の)メッセージの中で、彼女の語る印象的な「ことば」が果たす役割がとても大きいことは自明だろう。

extrait de la page de Twitter, kondoyuko, 2012.6

テクストをおよそ、その目的と長さに応じてカテゴライズすると、ブログがエッセイ調で最も長く、Facebookが文字数に自由度があり報告的内容やリンクを伝え、Twitterは日常的な出来事や個人感情や意見などを選ばれたことばで端的に表現することが求められる。(勿論その他にも沢山のメディアがあるが、今回はこの3つ+mixiを念頭に話をすすめる。より詳細な議論は別の機会に文書化したいと思う。) これらテクストを通じた自己表現に関して、近藤佑子のバランス感覚は卓越している。頻度と印象が重要であるTwitter、コミュニケーションの有用性が問われるFacebook、そしてまとまった思考をわかりやすくかつ話題性をもって表現することが問われるブログ。それぞれのメディアの特性と強みを生かし、しかし一個人としてナチュラルに、ネット上でのヴァーチャル・アイデンティティを確立していたといってよい。

先ほど言及したmixiとFacebookの関係であるが、日本社会では、Facebookが実名制であり、リアルの人間関係をあからさまに持ち込むという性質から、なかなか流行らなかった。身分を明らかにした上で、個人的で他愛ないことをつぶやく習慣がないという文化的背景から、Twitterにも腰が重かった。対して、私の印象では、近藤佑子というセルフ・プロモーターは、かなり早い時期から、この日本的な「もじもじした秘密主義」から脱皮していたのだろうと確信する。

例えば、チェックイン。自分がどこで何をしているのかを、一つには自分のメモリーとして、もう一つには他人と有用な情報をシェアするためにこれをマークする。あるいは、企業説明会のTogetter実況。これも端的にノートを取りながら、それを必要としている誰かとその内容を共有することを意図しての実践であろう。彼女は、自身のブログ、kondoyukoのカルチュラル・ハッカーズにおいて述べているように、「自分の生きづらさの解消」の手段としてのWebやSNSを通じた交流・コミュニケーションへの可能性を実に前向きに認識している。そしてそのモチベーションは、彼女のSNSを介した自己表象に非常に明確に現れている。現代のネット社会において、秘密を守ろうと徒労にも似た努力をするよりも、開き直って正面から世界に対峙し、これらの表現手段を自分のものにするほうがどれだけ面白そうな人生が送れそうかは、言うまでもない。

autoportrait de kondoyuko, photo profil sur Facebook

さて、長くなったがここで近藤佑子分析を終わるわけにはいかない。彼女のセルフ・プロモーションを「成功」させた鍵を握っているのは、実はテクストよりもむしろイメージのほうであるとはっきり述べておこう。

彼女のネットアイデンティティの特徴は、セルフ・イメージの一貫した管理にある。彼女のセルフ・イメージとして知られているのはメチャヤバサイトにあるiPhone自己取り写真が一枚と、メガネをくいっと持ち上げているアップの写真が一枚。それ以外は、例えばブログにおいては毒キノコ風アイコンを使用するなどしており、このたった2つのイメージよりもリアルな近藤佑子について想像できるイメージデータはWebの向こうにいる読者には与えられていない。本人により公表されている誕生日サイト企画案(この企画案はぜひチェック!)を見ると、企画段階ではストリップの写真と近藤佑子の合成写真を織り交ぜたり、ソープランドのぼかした写真を挿入したりと楽しいアイディアがあったことが伺えるが、結果としては、イメージ露出への潔癖な姿勢を保ったことが功を奏した。個人的な見解だが、このイメージに対するハングリー状態が、彼女の心を込めて制作したひとつの作品ともいうべきメチャヤバのサイトの大ヒットに一役を買ったことを忘れてはならないと思う。

「シェア」は近藤佑子を読み解くために一番大切なキーワードだ。彼女はシェアハウスについて日々考えているそうだし、お湯をわかちあう日本の素敵な文化である銭湯を愛している。もちろんWeb上で、思考や情報を共有することは日々ナチュラルに実践している。

最後に、東京・京都を一晩で結ぶゆうこの宅急便で有名なゆうこりんに、超遅配達便となること確実のsalon de mimiにフランスから配達してほしいものを聞いてみた。答えは香水。ナチュラルだけどあの毒キノコのイメージに合うような香水を見つけたいな、なんて考え始めると、夜も眠れなくなりそうであるが、兎にも角にも、これからも近藤佑子が繰り広げる面白い表現の可能性を、愛をこめて詮索していきたいと思う。

謝意:京都滞在中にも関わらず、夜中の1時半まで時差を超えてフランスとのスカイプインタビューにお付き合い頂いた近藤佑子りんに心から感謝いたします。どうもありがとう。(インタビュー:2012年6月20日0:21~1:29)

06/19/12

無秩序の巨匠展/ Maîtres du désordre @Musée Quai Branly

Maîtres du Désordre

「無秩序(Desorder)の巨匠たち」というすごいタイトルの展覧会が、エッフェル塔近くのMusée du Quai Branlyで2012年4月11日から7月29日まで開催されている。
展覧会のイントロダクションにはこのようにある。

「秩序あるものと無秩序なものを巡る終わりなき葛藤は、多くの伝統において表象されてきた。そして、 »秩序 »と »無秩序 »という相反するものが創り出す緊張状態は世界の均衡が保たれるために必要不可欠なものと考えられてきた。この展覧会は3つの軸で構成される。世界における無秩序、無秩序の制御とカタルシス、そして無秩序をめぐる神話と儀式的実践の創造。この3つの軸を通過することで、鑑賞者は、聖なる世界から俗的世界へ連れ出されることとなるだろう。
俗世とは、不完全で無秩序な世界である。世界の不完全さから生み出される不幸な運命から自らの身を守るために、そのアンビヴァレンスで危険な力を抑制する仲介人がふと姿を現す。われわれは、彼らのことを、「無秩序(Désordre)の巨匠たち」と呼ぶ。」

この展覧会を理解するにあたって、まず念頭に置いておかなければならないのは、この展覧会はDesordre/無秩序を集めた展覧会ではない、ということである。イントロダクションから明らかになるように、秩序vs無秩序は西洋的宗教観(といっても差し支えなかろう)に基づく、以下の図式を浮き彫りにする。

聖なるもの/神/完全性=秩序 vs 俗世/人間/不完全で不幸=無秩序

したがって、不完全で無秩序な世界に生きる人間であるわれわれが、その不運な境遇とどのようにうまく付き合い、生きて行くのかという問題に取り組んだ作家達の作品を集めた展覧会である、という主旨である。その作品は一見「無秩序」の表象のように見えたとしても、このコンテクストを忘れてはならないのではなかろうか。

西洋的宗教観、とりわけ全能で完全なる神と俗世界に堕ちてきた不完全な人間という構図に基づくとはいえ、Quai Branlyのキュレータ(Comissaire: Jean de Loisy assisté de Sandra Adam-Couraletら)たちに選ばれた作品群は非常に多岐に渡る。もちろん、Musée Quai Branlyのスペシャリティであるプリミティブなオブジェが数多く展示されていた。

Masque Tomanikはイヌイットのコスモスの神であるシラが強風を起こし、暴力的な大風を大地に吹き起こす。イヌイットにおいて天候を司る神は様々な姿で現れるのだが、とりわけ風を司る神の化身が身につけるのがこのTomanikのマスクだ。

Masque Tamanik (Faiseur de vent), Inuit

また、Quai Branlyらしいコレクションからの出展では、ブラジルのTopuが挙げられる。Topuは雷鳴の神、やはり天候を司るが、とりわけ激しい嵐や雷雨をコントロールしている。Topuはトランス状態のシャーマンに乗り移って彼らを傷つけることすらある。雨期が始まるときやってくる神だ。このTopu像は、人間の身体の形を当てられている。彼らが乗り移るところのシャーマン自身の容姿を模して作られているとても小さな人形だ。

Topu, Brésil, 1960-1972

ふと私たちの良く知る顔を見かける。埴輪。

埴輪, Japon

埴輪はご存知のように、古墳時代に多く作られ、聖域を俗世界と明確に区画するため、死者の身分の高尚性を表すため、死者の霊を悪霊から守るため、など様々な目的で墓に配置され、一緒に埋められたと考えられているが、果たしてこれについて、「無秩序」をコントロールするための媒体としてのオブジェであったとコンテクストづけていいものだろうか。展覧会趣旨からするとやや疑問を投げかけたくなる選択であると言わざるを得ない。Quai Branlyのように、プリミティブコレクションを数多く持つ美術館は、しばしば例えば今回の展覧会のように彼らの美術館収蔵品と、現代アーティストの作品をコラボレーションさせて、たとえば「無秩序の巨匠」のように一貫したストーリーに位置づける。全体としてなめらかに結合させるのはしばしば簡単なことではない。これは、フランスやヨーロッパにある「モノをたくさんもっている美術館」がどうやって若いヴィジターの心をつかみ、新しい展覧会を作って行くことができるかという問題に関わる大切な取り組みだ。

masquesの天井

天井からたくさんのマスクに見下ろされている廊下を通り抜けると、フランス人の女性アーティスト、アネット•メサジェ(Annette Messager)の「リスのパレード」という作品がある。

Parade de l'Ecureuil, Annette Messager, 1994

アネット•メサジェはいのちの記憶、オブジェや動物、人間の個別のおもいでに焦点を当てて表現してきたアーティストだ。彼女のマテリアルは壊れた人形、分解されたぬいぐるみ、そして、動物の剥製など、傷ついた生を思い起こさせるものが多い。重ねられたざぶとんの上に配置されたカラフルなオブジェを纏う死んだリスは、目が粗いけれども決して抜け出すことは出来ない、重苦しい黒いネットに絡めとられている。そしてよくみればリスが装備しているのは他の動物達のからだの断片、足や尾っぽなどではないか。リスはそれでも楽しくパレードをする。その様子は統一感が無く、ごちゃまぜに見えるとしても、メサジェのなかで、このパレードは混沌とした生を表象しながら、それに向き合い戦う小さな彫刻のようなものであるのだろう。リスは、その小さな手を上げ遠いどこかを指差し、黒いマスクを被ってバラバラにされた他の動物達の果たされなかった願いを背負い戦う小さな戦士のようだ。

Paroles d'inities

さいごに、私がインスタレーションとして面白いと思った展示スペースがこちらの電話の受話器から世界中のイニシエ(現代におけるシャーマンたち)の話を聞くというものだ。世界からの画像と声を発信するためにもうけられた14のスクリーンと受話器が設置され、それら機材をぐるっと取り巻くベンチに腰掛けて、人々はそれに耳を傾ける。そもそも今日でもシャーマンと呼ばれる人々はたくさん存在する。14人の現代シャーマンがそれぞれ歌や物語、ダンスによって彼らの身体が開かれていく始終がスクリーン上に映し出され、人々は電話の受話器の音声と合わせて興味深く観察していた。電話の受話器がそれを耳に当てている人にしか聞こえないこと、このインスタレーションがなんとなく洞窟らしい雰囲気でひっそりと設置されていることは有無を言わさず、シャーマン達のトランス状態を「こっそりと盗み見る」態度を鑑賞者に強いる。本来的にシャーマンの仕事は、テレビで報道されたり、美術館で展示されたりする状況とは無縁のものだからだ。

幾つかの疑問や問題を残しつつも、コンセプトとして、楽しむことの出来る展覧会であったのではないだろうか。このエクスポは7月29日まで、Musée du Quai Branlyで開催中である。

06/18/12

国際シンポジウム téléphone mobile et création

téléphone mobile et création

2012年6月14日•15日、ケータイ電話とクリエーションに関わる国際シンポジウムがパリ2区のINHAで行われた。主催はIRCAVとパリ第3大学。IRCAV(l’Institut de Recherche en Cinéma et Audiovisuel)の中心人物は、映画とイメージの研究およびケータイなどのニューメディアのコミュニケーション研究のフランスでの先駆者としてパリ第3大学で教鞭をとってきたRoger Odin, そして今回のオーガナイザー、Laurence Allard, Laurent Creton, アーティストでありエンジニアであるBenoit Labourdetteの4名のエキスパートたちだ。ケータイとコミュニケーションに関わる国際シンポということで、今回の討論会の様子はツイッター中継および録画され、近々全貌がMobile Créationのサイトにアップされる予定である。
twitter Facebookはこちら

Roger Odin, Laurent Creton, Benoit Labourdette, Laurence Allard, Maurizio Ferraris

さて、プログラムは以下である。一日目は8時から8時半に受付を済ませて、8時半からイントロダクション開始、17時までというややハードな日程。2日目は9時から13時まで、5人の招待講演者による発表で幕を閉じる。

6/14
8h-8h30/ Accueil et inscriptions
8h30-9h/ Introduction : Laurent Creton, Roger Odin, Laurence Allard, Benoit Labourdette

Session 1/
9h-11h / Mobile, Ecriture et mNovel (Présidence : Roger Odin)
−L’explosion de la documentalité/Explosion of ‘Documentalité’, Maurizio Ferraris (Université de Turin)

−Le SMS entre forme et geste : analyse d’une pratique d’écriture/ Writing onmobile: gesture and forms: SMS/MMS
Joëlle Menrath (Discours et Pratiques) et Anne Jarrigeon (Université Paris Est)
m-Novels en Afrique du Sud : impliquer les lecteurs grâce aux téléphones portables/m-Novels for Africa: Engaging Readers through Mobile Phones, Steve Vosloo (yozaproject.com)

Session 2/
11h-13h / Mobile, politique et formats transmédia / Mobile, Politics and Transmedia (Présidence : Laurence Allard)
−Vidéos mobile et politique : Iranian Stories/Mobile Videos and politics: Iranian Stories, Cyril Cadars et Thibault Lefèvre (iranianstories.org/)

−Vidéos et voix des peuples : Crowdvoice/Videos and People’s Voices: Crowdvoice, Esra’a Al Shafei (crowdvoice.org/)
Session 3/ 15h-17h / Cinéma mobile et création/ Movie, Mobile and Creation (Présidence : Benoit Labourdette)
−Une nouvelle culture de la création/A New Culture of creation
Serge Tisseron (psychiatre)
Alain Fleischer, Le Fresnoy

Ateliers de films mobiles /workshops and video screenings mobile

6/15
Session 4/
9h-13h / Géolocalisation, mobilité, nomadisme et réalité augmentée / Geolocalisation, Mobility, Nomadisme and Augmented Reality (Présidence : Laurent Creton)

−Algorithmic visions: towards a new documentary practice, William Uricchio (MIT/Utrecht)
−Play -Mobile Immuable, Nicolas Nova (Near Future Laboratory-Genève)

−Bollywood’s Rythm’n Games : les adaptations de films indiens sur téléphone mobile/Bollywood on mobile games
Alexis Blanchet (Université Paris 3-IRCAV)

−La musique des portables du désert/Music of Sahara Cellphones Christopher Kirkley (sahelsounds.com/)

−Téléphone mobile et création: une approche conceptuelle/Mobile and Creation: a conceptual approach, Thomas Paris (HEC)

sculpture à INHA, Paris

ケータイ電話とクリエーションというテーマを掲げた今回のシンポジウムであったが、全体の印象として、ケータイ電話を用いたクリエーションに焦点を当てて、ケータイでこそ可能となる表現行為について掘り下げた議論を行ったセッションは無かったように思う。いっぽうで、現代のメディア環境における人々の行動学的特徴や社会学的分析は、「ユビキタス」や「モバイル」といったおなじみのアイディアを下敷きとして展開され、その内容は、2000年以降からスマートフォンの到来以前まで、日本において特殊化した現象として語られた「ケータイ文化」論をもう一度なぞり直したものに近かった。

それもそのはず、ケータイ端末を介して人々が大きなインターネットの世界に接続しつづけるという状況は、日本社会においてはimodeを先駆とする諸処のサービスのおかげで、2007年のiPhoneずっと以前から定着していたが、むしろこれは国際的にみれば特殊な状況である。一般的に、全ての人々が個人が所有する端末を介してネットに接続されたのは、スマートフォンの到来以降なのだ。国際的にみてみたならば、インターネットがパソコンからでなくケータイから一般の人々に普及した国々も実にたくさんある。たとえば近年ソーシャルネットワークを媒介とした政治的アクティヴィストの運動が相次いで起こっている、イランやエジプトといった中東の国々は典型的にそのような国に分類されるだろう。ケータイ電話の普及によってはじめて、インターネットを利用した政治活動が一般の若者に開かれた。さらにはシンポジウムでSteve Voslooによって紹介されたmNovelとは、南アフリカの子ども達にケータイのメールを通じて200語程度に区切られた小説を送り、読書経験を豊かにするための教育プログラムであり、独自のディヴァイスを利用した実験的実践をすでに展開している。読書経験を積むだけでなく、創作意欲のある書き手を育てることも同時に目的としており、この文学形態はまさに、日本社会で2002年ころから起こった、ケータイ小説という新しい文学のあり方にも深く結びつく。ケータイというディバイスは言うまでもなく、表現行為の敷居を取り払う。

Joëlle Menrath, Anne Jarrigeon, Roger Odin, Steve Vosloo, Maurizio Ferraris

2日間に及ぶシンポジウムで、おそらくは外国人としての視点から、あるいは独自のケータイ文化を育ててきた日本において1990年代と2000年代を過ごした世代としての視点から、目に留まったことが一つある。それは、フランスにおいて如何にイメージの問題が重要か、シネマというカテゴリーが重要かということである。つまり、ケータイはたしかに、Joëlle MenrathとAnne Jarrigeonによって社会学的に分析されたように、SMSに代表される「書く行為」を一変させたディバイスである。私の個人的関心の半分は、やはり文章表現のあり方を作り替えた「メール」に情熱的に注がれている。だが、今回のシンポジウムのウエイトは、文章でないもう一つの媒体、「イメージ」のほうにずっしりと据えられていたように思う。mms(写メール)を送れること、録画した画像や動画を即座にインターネット上で共有できること、そして何よりも、ケータイというディヴァイスが電話から録音機あるいはヴィデオカメラに変化したこと。たしかに、この点については、まだまだ色々な意味で分析されずにいる部分が大きい。

私のケータイ電話とその創作への関心は非常に単純だ。だいいちに、全ての人を表現行為に駆り立てることのできるディヴァイスの可能性と、その際生み出される新しくて面白い表現行為の性質や可能性を見極めること。そして、それが人々をどうやってもっとわくわくさせて、もっと幸せにさせることができるのか、考え、話し合い、たくさんの人と一緒にもっとたくさんの人を繋ぐ楽しい「できごと」を創り出すことに尽きる。

le ciel blue à travers le plafond, 天井窓ごしに見える空

06/6/12

日本記号学会 5月12,13日 神戸にて。part2

2012年5月13日(世間は日曜日)、この日の朝は早い。京大の加藤くんの発表が午前10時、9時半には機材チェックで集合。

この日一番ドキドキしたのは、個人発表のレジュメが足りなくなって、ファミリーマートに走った時だ。準備しているうちに、要旨に載せた作品分析の内容が思いっきりはみ出し、やむなく長々とレジュメに載せた部分があったし、心を込めて作ったレジュメでもあった。それに、せっかく日本で発表できる!!とワクワクやってきて、コピー代をケチってレジュメが足りないなんて、色々とおわってる(と思う)。せっかくファミマに行ったのに、ホワイトチョコ&クランベリークッキーを買い損ねたことには後悔の念が絶えない。

「なぜ人は外国のファッションに憧れるのか」は、二日目のシンポジウムのテーマである。コーディネートの高馬さんとは、スペインのコルーニャの学会で二人でフランス語で発表したという楽しい思い出がある。今回のシンポジウムでは、企画段階から当日まで、大変お世話になった。リトアニアからスカイプ電話をかけてくださったり、準備もとても楽しく勉強になった。いや、私なんかほとんど何も働けておらず、高馬さん、皆さんに感謝の気持ちでいっぱいである。

高馬さんがお話しされたエキゾチズムと未熟性への着目はとっても興味深い。西洋の日本のファッションへの憧れは、常にエキゾチズムの視点に立脚してきた。未熟性と無臭性を強調する日本のモードは、「アジアで最も西洋化した国」というアイデンティティーを西洋にもう一度突き返し、その価値を問う、盾であり矛であるのだ。

ジェシカさんの発表内容は、私自身もゴスロリとロリータカルチャーの海外輸出について色々調べたことがあるので、めずらしくちょこっと予備知識があった。だが、彼女の提示する視点は、さすが西欧の女性のものである。Yoji Yamamoto Comme des Garçons などの80年代以降パリのプレタ•ポルテで活躍したジャパンデザイナーが提案していた、クールでカッコいいファッションに憧れて日本にやってきた彼女が目にしたのが、少女というか人形というか子ども?!のようなフリフリ•ロリロリのスタイル。この流行を目に前にして、「日本のファッション界に騙された!!!」と思ったらしい。この発言はなかなかカッコいいなと惚れ惚れした。日本という国は、しばしば、小さくて美しい繊細な箱に入った、ノスタルジックなおとぎ話のように、ヨーロッパの人々に妄想されている。(日本人が、フランスに行けばマリー•アント•ワネットの世界が広がっていると妄想するように。) そう言われてみれば、Rei Kawakuboのギャルソンのスタイルは海外のアクティブで格好良くてオシャレなそしてやっぱりややギャルソンヌな女性に心から愛されているようだけれども、そのスタイルは、国内でティーンズやヤングのファッション雑誌のページの大部分を占めるような、いわゆる「はやりのスタイル」には成り得ない。ニッポンの女の子は、可愛くなきゃいかんらしい。

池田さんが見せてくださった映画の抜粋に登場する大正ゴスロリ少女は凄かった。少女というか、本来のゴシックの未亡人のようですらある。フリフリを軽く着こなすというのがいかに難しいかわかる。あまりに感動したので写真を撮った。

日本の映画に初登場のゴシックロリータ。

 

私自身は、「キャラ的身体とファッション」というテーマで、現代的なメディア環境に生きる中で、私たちのボディイメージとファッションへの感覚が変化しているのではないか、という話をした。アバターやアイコン、プロフィール写真で自分の顔を常に覆いながら、ネット上でのコミュニケーションに長い時間浸っていると、自分の生々しい肉体はほぼ意識の外に追放されて、二次元的のキャラ的イメージとして「わたし」を感覚してる状況に気がつく。このことが、テーマ「外国ファッションへの憧れ」にどうか関わるのかというと、つまり自分をキャラクター的に認識している身体意識は、リアルな外国人ボディを熱烈に目指していた身体意識とはまったく違うということを指摘した。

身体意識について、考え始めて久しい。そういえば以前は、身体イメージにより焦点を当てていた。このテーマについて語るとき、幾つか割り切れないエレメントがあって、それは、国(文化圏)と世代(年齢)だ。あまりに当たり前の要素で申し訳ないけれども、「キャラ的だよね!」なんて、一つのことを爽やかに言ってのけてみたいときに、これは大きなダメージを及ぼす。現象や文化はものすごく強烈に国や世代に結びつけられているとは言え、「キャラ的身体、なんて、日本社会内だけで通じる内輪ネタだよね!」とか、「二次元的に自己像を認識してるなんて、ネット世代だけでしょう」とかいう風に、希少動物保護地区に隔離されてしまうともう負けである。

いや、これはそもそも戦いではない。私たちがこれからすべきことは、国(文化圏)と世代(年齢)を越境できるちからをもった言葉で語ることだ。日本のネットが、日本のケータイが、日本のサブカルが、この先どこにも着地すること無く、ふわふわと漂って独自でガラパゴス的な伝説となるのなら、私たちはこれを語り、書き、残す必要は無い。少なくとも私はそんなことに興味がない。

学会の反省からやや脱線してしまった。だが、海外からの一部の視線によって形作られる、日本のファッションやアートに対するエキゾチズム風のちやほやモードの上で浮かれることなく、そんなものをむしろ突っ返すくらいパワーのある議論なり、書物なり、物語なりが、必要とされていると思うし、そういうものを発信していきたいと思う。

時間がほんとうにやばいと話をしているところ。室井先生有難うございました!!!

06/3/12

ゴスロリ衣装を外国で着ること。

Part2もお楽しみに!と見栄を切ったものの、Part1の次が必ずしもPart2でなければならないなんてことはなかろう。今回はただ、あることについて、長い間魚の骨が喉につっかかっているように、語り切らないはがゆさを少しでも拭い去るべくこの記事を書いてみる。

マンガ、オタク、クールジャパンの代名詞で語られる日本の現代文化は、多くの現象がそうであるように、当人の希望やコントロールの外で勝手に繁殖し、消費され、再生産されてきた。現代文化だけではない。いわゆる日本らしいイメージを喚起するもの、禅のエスプリや柔道・茶道、寿司を始めとする日本食、着物や和小物は、一度日本から旅立った後は、どのように享受され、発達させられるかは、日本人の意図にしばしば無関係だ。

某大先生が以前ご自身のブログに載せていらっしゃった、「”クールジャパン”はなぜ恥ずかしいのか」という凄い記事が私の喉に刺さった魚の骨をつるっと取ってくれる気がして、何回も読んだ。取れそうで取れなかった。そもそも、自分で考えようともしないで、先生の書いたものを読んで問題を解決しようなんて、安直な態度がいけないのだ。いや、この記事は凄いのだ。おかげで、なぜ「ゴスロリ衣装を外国できること」是非と意味を考えなければいけなくなってしまったのかは明確にわかったのだから。

私は人生で数えられる程度にゴスロリ衣装を着ている。一人で鏡の前で着たという極めてカウントしづらい状況を除くと、
1度目:京都大学交響楽団の定期演奏会後の打ち上げの席
2度目:大学4年生の時に京大で行われた日本記号学会大会
3度目:コルーニャで行われた国際記号学会
4度目:2010年のジャパン・エクスポ(パリ)
5度目:フランス国立東洋ギメ美術館で日本サブカルチャーについて講演した際
6度目:ニヨーという街で日本現代文化について講演した時
7度目:ランジスという街で日本文化と料理について講演した時
数えこぼしがあるかもしれないが、とにかくこんな程度である。
たしかに、日本で着ているより外国で着ている方が多い。

ちなみに私はコスプレイヤーではない。ゴシックロリータの衣装は一張羅だ。
コスプレイヤーではない、とは一体どういうことか。8回もコスプレをしているというのに。
私にとってのコスプレイヤーは、コスプレを楽しむ人であり、とりあえず利益を得るためでも、人に頼まれたわけでもなく自主的にコスプレをする人々だ。分析によると、私がコスプレをするのは、第一にリクエストがあった時、しかもそれが講演会などのお仕事の時、学会などで発表のテーマに関わるとき、打ち上げで絶対みんなにウケると確信を持っている時のみだ。この打算性は、コスプレイヤーの精神から程遠い。

しかし、文化現象が一度、元来のコンテクストを離れると、ふわふわと勝手に飛んでいってしまい、全く別の文化圏で異なった容貌に育ってしまうのと同様にして、私のこの堕落したコスプレは、それを目にする人にとって、私がコスプレイヤーであるか否か、私がホンモノかニセモノかの真偽とは別のレベルで、勝手に受容されてしまう。なるほど、外国でコスプレというコードを提示することは、いったい責任重大な行為なのだろうか?ニセモノコスプレイヤーの私がゴスロリを着てゴスロリを語ったら、それは人々を欺くことや、カルチャーを歪曲して伝達することになるだろうか。

私の答えはもちろん否である。

日本人であるアイデンティティを背負って、日本のサブカルチャーを語ることは無論、存在感のあることだ。一方で、ある文化現象について全くニュートラルな立場でありのままを伝えることが果たして可能だろうか。鑑賞者には、彼ら自身の関心を通じて、知りたい項目を選択し、勝手に理解し消化する権利がある。それと同様に、提示する者には、自身の目的とコンテクストに惹きつけて、バイアスを伴ってこれを語る権利がある。さらに言えば、私にとって、このことは権利の問題と言うよりも、「文化現象の越境」とは本質的にそういうものなのだ。完全に透明な文化紹介も、究極に無臭なカルチャー輸入も、存在しない。信じているとすれば、そんなものは、提示者の思い上がりである。提示者のアンバランスな語りを外から批評するのはたやすく無責任な行為だ。

世界でちやほやされてきた、クールジャパン・カルチャーは遅ればせに外国の人々に向けて日本人自身によっても語られるようになった。しかし、確かに多くの日本人がこの状況をどことなく不本意に感じているようだ。日本人です、と公表するやいなや、「マンガ!」「カワイイ!」と余りにも少ないキーワードで表象されてしまう現実に、屈辱に似た反感を抱いているようだ。

不本意に感じることや、誤解がある思えるならば、自らの言葉を使って直接コミュニケーションに乗り出すことができよう。提示する人それぞれが各々の目的に即してこれを語っているのと同様に。あるいは、例の「恥ずかしさ」を超えて、文化輸出とはこういうことだよね、と全ての結果に寛容になって達観することすらできよう。

私が外国でクール・ジャパンを語るとき、私は自分の目的に即して、語りたいことの文脈に引き付けてこれを提示する。それはニュートラルでも無臭でもないことを私は知っている。私はそのことに罪悪感を感じないし、それが私が語る意味だと確信している。ただひとつ、このような現場で、私は嘘を絶対つかないし、悪意で意味を歪曲させたりすることは、決して、ない。

なんとなく恥ずかしいと口を閉ざすよりも、それがどうして気になってしまうのか、知ろうとする態度を、私は選択する。

gothic lolita, 2010 summer, Paris

05/28/12

日本記号学会 5月12,13日 神戸にて。part1

かれこれ2週間も経ってしまった。2つ前のポストで(here!)、あるいはblog de mimiにおいても、日本記号学会第32回大会について宣伝させていただき、発表要旨も掲載させていただいた。そんなわけで、日本へは5月11日の午前中に到着し、その日一日は、時間がないなりに最大限楽しもう!と、京都国立近代美術館にて村上知義の「すべての僕が沸騰するー村上知義の宇宙ー」展を訪れ、その足で引き続き、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAの展覧会を訪れた。12日お昼から学会の総会、セッション、パフォーマンスという一日目のプログラムが始まる。事前調査では、関西は暖かい予想で比較的薄着しか持ってきておらず、この日はかなり寒い目に遭った気がする。ファッションをテーマにした学会なのに、色のごちゃ混ぜもありえない重ね着も寛容するしかないほどに、寒かったことには参った。

セッションの前に、実行委員長の小野原教子さんから挨拶があった。小野原さんとは、数年前にスペインのコルーニャで国際記号学会のセッションでご一緒して以来、彼女がロンドンにいらっしゃった際にパリから訪れてお世話になるなど仲良くしていただいている。小野原さんらしい、衣服を纏うことと記号学へのパッションに溢れる素晴らしい挨拶にとても感動した。

一日目のセッションは「(人を)着る(という)こと」というテーマで、人が衣服を着るあるいは脱ぐというのはどういうことなのか、あるいはそもそも人は完全にまとっているものを脱ぎきって、裸になることができるのか、という纏う行為そのものの定義を揺さぶるような興味深い着眼点だった。このことは、もちろん、2日目の最後に行われた、鷲田先生と吉岡先生の対談「〈脱ぐこと〉の哲学と美学」の中で議論された内容にも関わる。つまり、人が裸になるとはいかなることか、完全なる裸になることは本質的に可能なのか、身体にまとわりつく沢山の意味から一体人は自由になることができるのか、といった問題だ。

2日目の最後、学会を締めくくる対談の中で、吉岡先生は〈脱ぐこと〉に関わる幾つかのパフォーマンスや作品を紹介された。島本昭三の女拓写真、あるいは高嶺格のワークショップで参加者の女性が実現した裸写真もそのうちのひとつだ。

私がとりわけ興味深く聞かせていただいたのは、1960年代から数あるハプニング作品の中で、先生がおっしゃったように人々は脱ぎまくっていたわけだけれど、その中の幾つかの作品においては、たしかに、身体が見たこともない、あるいは別の存在として提示され、その瞬間、私達は普段「裸」の身体をみつめるのとは全く異なる視線でこれを見つめる。まさにこの時、身体はひょっとして、生まれてから死ぬまでこれをがんじがらめにする多重の意味のネットから解放されて、「真の裸の美」みたいなものとして現れるんじゃないか、という話だ。(ひょっとしたらそういう話じゃないかもしれないが、私はそのようなコンテクストで理解した。)

お話を聞きながらずっと、意味の異化とは何か、ということを考えていた。見慣れていないもの、見たことがないようなもの、ありきたりのものがびっくりするような仕方で提示される時、たしかに、普段私達が馴染んでいる「意味」を脱いでいるのだろう。その一方で、見たことがない新しいイメージもまた、完全にニュートラルであるということはなくて、おそらく別の一つの「意味」をまとっているのだろう。女拓は見たことがないという点で明瞭な意味を与えるのが非常に困難だが、美術家の語る言葉や見る人の反響、個人的な印象といった様々な要素がからみ合って、曖昧な意味を構成していくだろう。こう考えてみると、ひょっとして意味を脱ぐことなんか決してできないんじゃないか、と思えてくる。

いや、ちょっと待って。意味と意味の隙間には何があるか。2つの隣りあう意味と意味の隙間とは、異なるものの間であるのだから、必然的に「空虚」な部分がある。一つの意味からもう一つの意味に着替えるとき、やはり一瞬でも意味のない瞬間がある。なぜかわからないが、こんなことを考えていたら、子供の頃見ていたTVアニメ、セーラームーンで月野うさぎが変身するシーンが頭に浮かんだ。月野うさぎは「ドジで泣き虫な普通の中学生」だが、街に妖魔が現れると人々を守るために「愛と正義の美少女戦士セーラームーン」に変身する。問題はこの変身シーンだ。彼女たちが変身するのは危機に際してであるので、言うまでもなくアニメで30秒近くにわたって描かれるこの出来事は瞬時に完了する事象の引き伸ばしである。変身の間、コスチュームとアイテムが順序良く装着され終わるまで、彼女の身体はなんと輪郭線だけで表現されている。輪郭線の中の彼女の身体はレインボーカラーでベタ塗りされていて、そこには何もない。(変身シーンを御覧ください。here!) この瞬間の少女の身体は月野うさぎでもセーラームーンでもなく、さらに言えば、何者でもなく、存在ですらないかもしれない様態だ。

おそらく、人は意味を脱ぐことができる。脱ぎっぱなしでいることはできないけれども、瞬間的に、意味を着替える瞬間に、私達は気が付かずともいちいち自己をリフレッシュすることができているのではないだろうか。私にとっての意味をまとう身体イメージは、十二単のようなものではなく、ヒーローの変身シーンのようなものである。

さて、新聞女の西沢みゆきさんのパフォーマンスはとても面白かった。参加者全員を巻き込むパワフルなパフォーマンスの場に居合わせたのは初めてのことだった。室井先生も吉岡先生も(吉岡先生は更なるオプション付きで)、一緒にパフォーマンスを見ていた楠本さんも、新聞だらけになった。彼女はパフォーマンスを始める前、アートがいかに人を幸せにするものであるべきかを語った。彼女の語った言葉と表現行為の力強さと裏付けのあるポジティブなエネルギーに感銘を受けた。

アートに限らず、人が人を巻き込んで何かをしようとするとき、それはポジティブなエネルギーに満ちていることが素敵だ。それも強い願いや信念によって貫かれているならなお素敵だ。私がこれからたくさんの人達と成していくであろう活動もまた、誰かが元気になるエネルギーを生み出すことに貢献していけたらいい。

パート2もお楽しみに!
(二日目のセッション、個人の発表について)

実行委員長の小野原さんと会長の吉岡先生(イヴェント後の。)

04/7/12

Jardin d’Acclimatation, Jardin Japonais

Bois de Boulogne
Jardin d’Acclimatation
Jardin Japonais
7 avril 8 mai 2012
ホームページはこちら HP

パリの西の方、凱旋門よりももっと西にいったところにブローニュの森がある。
ジャルダン•ダクリマタションは自然を楽しみながら遊園地的乗りものも備えている公園。
今日2012年4月7日はこのブローニュのジャルダン•アクリマタシヨン内にジャルダン•ジャポネがオープンする初日であった。

昨年2011年4月29日、ムードンロータリークラブの協力を得てチャリティーコンサートを企画•実現した。(チラシはこちらで見られます PUB)たくさんの方々に協力して頂き、たくさんのお客様にお越しいただき、たくさんのミュージシャンがすばらしい演奏をしてくれ、いただいた義援金はロータリークラブの震災基金にへコンサート後すぐに送られた。日本でも、パリでも、世界中でも多くの人が様々な方法で震災復興支援について考え、行為し、継続し、新しいことに取り組んで、一年と一ヶ月の時間を過ごしてきた。パリでもたくさんのイベントが行われ、コンサートが行われ、呼びかけが行われるのを目にしてきた。私が出すことが出来たのは、僅かな結果であるに違いないが、昨年4月29日、ムードン•ノートルダム教会でしたスピーチの中で、続けていきましょうということを、私は最後に語った。

私たちが行った活動を国際ロータリー財団のHPで取り上げてくださったことなどのおかげで、今回フランス日本大使館の方がジャルダン•ジャポンの開会式のセレモニーに招待してくださった。コンサートを企画したということで招待してくださるのなら、演奏してくださった皆さんにもぜひその旨をお伝えしたいと思い、開会式の様子をふだんより5割増しくらいで集中して眺めていた。演奏してくださった、すべての演奏者の方々、今もパリで頑張っている日本人の演奏家の方にとても感謝している。

セレモニー•デュ•テ(茶道)のプレゼンテーションの前にみんなで黙祷をした。入り口から出店がびっしり並んでいて、いわゆるニッポンのお祭りの雰囲気が演出されていて、移動も順々にという感じだったので、ぴたっとみんながそろってしーんと黙祷をするということが叶わなかった。後の人が来るまでしっかり待ってあげればよいのに、一分間を共有することくらい、せっかくのこのような催しの場で実現しないなんて、なんとも言えなかった。

赤と白のものがたくさんあった。入り口には日の丸のちょうちんが飾られていたし、真っ赤な大きな鳥居のもとで、開催のしるしに空へと解き放たれた風船もやはり赤と白だった。風船は風に吹かれて真上というより少し横に逸れながら飛んでいき、ぐんぐんと空の方へ吸い寄せられていってやがて見えなくなった。風船は一体どこに行ったのだろう。風船を大量に飛ばすシーンをたまに目にするけれど、よくわからないのだ。風船を飛ばす行為はどんな願いやどんな結果に繋がっているのだろう、あるいは繋げたいというのだろう。

ジャルダン•ダクリマタションのM.Marc-Antoine JAMET、パリ市長にかわり第一補佐のマダム、そしてフランス日本大使館のM.Ichiro KOMATSUからスピーチがあった。パリという街がこれまでも3.11以降もいかに京都や広島、東京、その他日本の各都市とよい関係を築いてきたか、パリに住む日本人、パリにおける親日のコミュニティーでどんな活動が行われてきたか。そしてこれからどうするのか。

ジャルダン•ダクリマタションは5月8日まで、ジャルダン•ジャポンを開催中。
出店が華やかに並ぶ大きな通りをひときわ鮮やかに彩る桜の木々は作り物である。現在桜が真っ盛りで、作り物なんか飾らなくともすばらしい木々を見ることが出来るのに。でも作り物でなければならないのかもしれない。一ヶ月だけブローニュの森に突如出現したジャパン•テーマパークは夢のように楽しくて、わくわくして、鮮やかでなければならないのかもしれない。

思考はとどまることを知らず、公園の中に特別もうけられた震災と津波被害からの復興を記録した写真や被災地で実施された仮設住宅プランなどをまとめたエクスポのテントの中で、いつからか知れずこらえていた水分が目元にじわっと迫ってきた。ストレートでシンプルで、逃げることの出来ない写真とキャプションがたくさんあった。

いろいろなことを考えたり、話をしたり、非難されたり、抗議したり、動き回るからだがあるのなら、何でも出来るといつも思っていて、何かをするなと言うよりも、したいと思うことを実現まで持っていくことの方がはるかに意味のあることだと思っていて、「あれはよくない」と10回言う暇があったら、僅かでもよい結果の得られることを実行することのほうが私のしたいことなのだと私は知っている。

今年の秋の終わり頃に、もう一度、たくさんの方々と共にコンサートを通じて人々の想いを束ねたい。

02/9/12

Nomadという概念

Nomad/ノマドはギリシャ語のnomas(放牧中の家畜)を表す語幹から来た言葉であるらしい。現在でもノマドはもちろん「遊牧民」のことであるけれども、数年前から、「遊牧民のように生きる人たち」に対してもノマドとかノマド族といった表現が使われるようになった。昔からそういった比喩は存在したのかもしれないが、現代ちょっと特殊なニュアンスを込めて使われるようになったのである。

 

社会問題にもなった漫画喫茶難民とか家に帰らないで放浪する若者の生き方も、ノマドのカテゴリーに入る。一定の場所にとどまる安定した生き方ではなく、右から左へ、北から南へ、定まらずふらふらしているのがノマドの定義みたいな言い方。遊牧民は決して無計画にウロウロしているわけではないのだから、これは非常に失礼な気さえしてくる。

 

さらには、パラサイトシングルとかニートとかいう言葉で象徴されるように、若者の仕事に関する感覚が変化し、彼らの人生設計、すなわち家庭を持ち安定した生活を築いていくという理想も典型的なものではなくなってしまい、多くの人がふらふらするようになってきた。就職して、それを手放して転職して、結婚して、離婚して再婚して、今日人生はオープンに自由になってきたようにすら語られている。こういったこともノマド的要素であるようだ。

 

さらには、2010年8月に出版されたflick!というガジェット特集を組んでいる雑誌の中で、Nomad Working Styleというかっこいい仕事スタイルが松村太郎によって紹介されている。現在だれもがかっこいいと思っている、クラウドとシェアを有効に利用した場所にしばられない仕事スタイルのことだそうだ。(松村氏はDeleuze Gillesが »Mille Plateaux »のなかで提唱した »nomadologie »という概念を参照している)

また、メディア関連で多数本を出している佐々木俊尚の『ノマドワーキングのすすめ〜仕事をするのにオフィスはいらない』のなかでも、デバイスを効果的に使って、身軽に自由に働くスタイルが現代的でかっこいいと賞賛されている。たくさんの本や重いパソコンを持って会社に行って仕事をするのではなく、スタイリッシュなiPadと最小限のBluetoothで、データはすべてクラウドで管理し、どこにいても仕事ができるというあれである。

 

小学生の頃、国語の授業でことわざを習ったとき、[転がる石に苔は生えぬ]の意味について、二通りあると教わった。
1 いつもちょろちょろと動き回っている人は、じっくりと何かを習得することがない。
2 いつも動き回っている人は、身軽で余計なものを身につけていない。

1が本来の意味で、2が時代の変化の中で誤解から生じた新しい意味なのだそうだ。1において、苔はじっくりと身を据え置いていなければ身につけることのできない重みのあるものをさしている。苔が日本の庭を象徴する繊細で風情のあるものであること、そして、じっくり落ち着いて取り組むことによってこそ物事を習得できるというのは、日本らしい精神論であるように感じられる。それに対して、2において、苔は余計なもの、やっかいなものと捉えられており、動き回っている方がよいという新しい価値観に支えられた解釈が見られる。

近年ノマドという言葉を聞くたびに、そして自分がまさに色々な意味でいわゆるノマド的生活を送っているという事実を意識するたびに、小学生のとき教わったこのことわざの意味変化について思う。現代の人が、このことわざの意味を知らずに聞いたならば、ほぼ9割型、苔なんかつけない方がいいと思うのではないだろうか。マイホーム、マイカー、大きなテレビや食器棚、立派な家具に、ピアノ。持ってても大変である。人数分欲しいのはパソコンくらいである。車ですらシェアがかっこいい世の中になってきて、そういう「かっこいい」がメディアによって強制的に浸透させられている。

 

たしかに私たちは身軽になったのかもしれない。自由になったのかもしれない。何も持っていないと、そうか、何も必要なかったのか、ということに気がつく。家中を埋め尽くす本棚と本を所有し続けなくても、アマゾンで注文すれば明日届くし、図書館に行けばすぐに読むことができる。クローゼットにおさまりきらない素敵な洋服をコレクションしなくても、今年の冬の流行を安く購入し、着回せばよいのだし、古着屋も洋服のレンタル屋もあるので飽きたら売れば良い。新聞や雑誌を購入して情報を収集しなくたって、インターネットで検索すれば良い。

 

私たちは、身軽で、そして自由に、ウェブ上を歩き回る。手紙を書かないけどメールをするし、電話はおっくうなのでメッセージのやり取りをする。言いたいことは掲示板に書き、友人との会話はツイッターかFacebookですませ、プライベートな写真を公開し、思いつくことをブログに綴る。その繰り返しである。私たちの日々ウェブ上に残す形跡は膨大である。データがかさばらないと思ったら嘘である。
私たちは何も持っていないかもしれないが、日々たくさんのテキストをウェブ上に残し続け、イメージをアップし続けている。すべての記録が保存され、たわいないやりとりも、心が重くなるような会話も消えてはいない。私たちは、自分の記憶よりもずっと物質的で絶対的な記憶によって取り憑かれてしまう人生を生きている。

 

転がりながら苔なぞつけないはずであった身軽な石は、そもそも転がることなんかできない泥の中でふと我に返るかもしれないのだ。

01/31/12

書くことの現在

大学のレポートや小論文、学位論文に至るまで、アカデミックな現場での「書く」行為にはたくさんのルールがある。この言い方はあまりぴったりとこない。つまり、アカデミックな文章を書くにはそれ専用のルールがあり、小説には小説のルールがあり、批評には批評のルール、雑誌記事には雑誌記事のルールがあるといったほうが、きっとよい。
ここ数日、フランスのニュースで学生のレポートや論文をめぐるコピペの問題が何をきっかけにか爆発したように紙面をにぎわしている。何を今更、若者のテクストの独自性のなさを嘆く意味があるのだろうと嫌気がさしながら、記事を斜め読みしていると、コピペ探知ソフトが開発され、その使用実施によって、コピペをした学生に処分を下したり、論文を否認するというフィルターがかけられるようになるといった展望についての、ホットな話題であるということがわかった。

そもそも、コピペをフィルターで発見するということが現実的にどれほど可能なのだろうか。コピペなのかコピペじゃないのかという線引きは一体どこでなされるべきなのか。
文字通り文章をコピーしてペーストし、一字一句が同一であるならば、それを自分の書いたものとして提出した場合、盗作と呼ばれるだろう。カギカッコのなかにいれて、引用と注釈をつけて、ソースを相手につたえて、これは私の作った文章じゃありませんと断ることがルールだからだ。ほんの少し言い回しを変えた場合は?品詞の順番を変えたり、文体を変えたり、少し意訳するというかたちで原文に手を加えるということは、ある言語を自在に操る能力のある人にとって、全く困難なことではない。この場合もこのコピペ探知ソフト(あるいは将来のコピペ探知ソフト)は、大学教員に向かって、親切にも何らかの警笛を鳴らしてやることができるのだろうか。

そもそもオリジナルな文章なんてあるのだろうか。きっとあるのだろう。どこにも見たことが無く、言葉が異化され続けているような、新鮮な文章がきっとどこかにはあるのだろう。
しかし、多くの場合、大学やあるいは教育機関によって求められているレポートや小論文と言ったものは、決められた課題が与えられて、その十分に限定された問題について作文することを要求されている。誰にもわからないような、見たことも無いような文章が求められていないことは明らかであるが、私がここで言いたいのは、そのように、すでに課題として出題されうるほど既に多くの人々によって考え抜かれ、書き尽くされてきた内容に対して(メタファーとしてのコピペを含む)コピペをすることなしに、「私の考え」を編み出すことなど、不可能であるということなのだ。いや、可能だとか可能じゃないかいうことではなくて、それ自体に価値があるのかすらわからない。

新しいことを書くことができないのなら、なぜ人はそれでも書かなければならないのか。
自分の書いていることが斬新であると信じることのできる人は、これまでの人生でよっぽど何も読んだことがないか、あるいは自他をポジティブに差異化する能力に優れていてそのうえそれを信仰することのできるナルシストである。
なぜ書き続けるのだろう。それは、ひとつには文章というかたちで思考を集積することにより、それはいずれ集積としてまったく別の何かを創りだすことにつながるかもしれないからだ。
生命には創発性という性質がある。ひとつひとつの細胞や組織はきわめて単純な化学反応や生命活動を行っているけれど、それが一つの器官という集積として働いたとき、神経細胞のあつまりである脳はその細胞の単純さからは予想もつかないような複雑な機能を果たす。
人が書き続ける理由はこれに似ている。集積された思考は、それまでの断片が単体では果たさなかった役割を果たすことがある。
これは全くもってオリジナリティーとは関係のない話なのだ。

大学生のコピペ事情から、遠いところに来てしまった。
そもそも、このコピペ探査ソフトは誰の為なのだろうか。
大学側は、若者の考える力や構成力の低下を指摘し、物事に関する基本的な知識や教養の不足を嘆いている。だから、コピペレポートは探査ソフトで発見されて、レポートを作成した学生は退学になり、学生達は恐怖におびえながら、興味があまりないテーマだけれども山のように積まれたレポート課題を、インターネットなんてなるべく使わないで、図書館の湿った本のページを繰りながら、すこしずつ言い回しを変えたり、引用を明記したりしながら、膨大な時間を使えばいいというのだろうか。
あるいは、こうも言える。大学の先生たるもの、生徒がいとも簡単にコピペしてきたものくらい、どうしてそれが彼ら自身で考えた文章ではなくて有名な理論家(批評家、研究者)のページから持ってこられたものだということを、見抜けないのですかと。
これはこれで不可能なのは明らかだ。そもそも現代、どれくらいの書かれたものがインターネット上にもっともらしく存在しているのか、想像して頂ければわかる。「読むべき本」や「共通知識としての云々」なんか、もう存在していない。あるいは、サイクルが早すぎて、すべてをさばききる前に、それは古いものになってしまっている。だから、星の数ほど散らばっている文章から、学生がどこをのなにをコピペしてきたかなんて言うことを、血眼になって探すだけの元気があるのはコンピューターだけである。

コピペを見抜けない教育者のも不幸であるし、コピペレベルの仕事しか求められていない学生達も同様に不幸である。

これが書くことの現在であると、認識した上で、コピペ問題についての生産的な議論が行われているのであれば、そういった話は大いに聴きたいと思う。