11/12/14

授業とは何か:伝える人と伝わる人とのあいだ(1)/ le cours : la signification de la transmission et de la réception

授業とは何か:伝える人と伝わる人とのあいだ(1)

 漢字が書けないなあと、以前はよく思っていたのに、最近では漢字が書けないことにすら気がつかなくなった。多分書けないのだが、書く機会がないので気がつかないのである。漢字はとても好きなのに、残念なことだ。書かなくなったのは、むろん漢字だけではない。私は文通が好きだ。筆跡というのが、愛しい人も、生意気を言う人も、賢そうな人も、何を考えているのか分からない人も、その距離という距離を吹っ飛ばして、「その人が手を動かして書いている感じ」を直接的に伝えるからである。いまここにはいないその人が、ペンや鉛筆を握って紙をぐいぐい押しながら、まるっぽい動きや角張った動きによって、そこに記号の集積をデッサンしている様が、なんとも温かく感じられるのである。思い返せば小中学校では書道の授業もあったし、文字を「綺麗」に書くことが、読めるように書く以上の付加的意味をもっていたからこそ、手で書くのが好きになったり、嫌いになったり、文通が好きになったり、筆無精になったりしたのだろう。

 手書き原稿を破り捨てつつ、つぎつぎ新しい原稿用紙にペンを走らせるような歴史的典型的小説家でもないかぎり、我々の経験において「文字をたくさん書いたなあ」というのは、学校の授業や課題、作文やレポートであるような気がする。とりわけ、大学はその限りではないが、小中高の教育において「板書」はなかなかシンボリックな身体的鍛錬であるように思える。個人的には、書いたから覚えるとも、書きまくれば覚えられるとも思わない一方で、日本風の板書授業がダメで、反復や暗記よりも一度の理解が重要とも一概に言えないと思う。

 ただひとつ確信しているのは、スマートフォンなどのディヴァイスで板書やプレゼンを撮影するという記録の取り方は、記述をせずに書かれた内容を眺めるのとも、書かれた内容を無心に書き写すのとも異なる記録の方法であり、したがって内容の把握の仕方と把握されたものの質は自ずと異なったものとなるということだ。だが、次のように思う人もいるだろう。無心で書き写すのと、カメラで写真を撮るのとは、結果はよく似ている、と。それは間違ってはいない。その二つの行為はつまり、書かれたものを自分の持ち物、自分にとってアヴェイラブルである物(ノート、記録媒体)に保存するということなのだから。

 では、何が異なるのか。物が手の動きを通じて書き写される際、とくに内容が膨大である時、そこには筆記者による取捨選択が行われている。筆記する者は、数十秒あるいは数分ではコピーしきれない「書かれた情報」のなかから、必要なもの自分に関係あると思われるもの魅力的に感じられるものなどを選び取っているのだ。この点で、この行為における認識には奥行きがあり、捨てられるものと選ばれるもの、その判断をするための内容への介入が存在している。
 また、板書をとらずに書かれたものを眺めるという行為においてはどうだろう。実感を持って多くの人が気がつくであろうが、我々は何かを眺めている時、その全体を均一に見ているということはない。そのどこかを見ているし、どこかしか見ていない。板書を眺める人もまた、無意識的であれ、内容の選別を行い、限られたメッセージをキャッチしているだろう。

では、カメラで書かれたものを撮影する人々の行為はどのように解釈できるだろう。手がかりとして、彼らの意識がどこにあるか考えてみよう。彼らは素早く「撮影すべき対象」をカメラのフレーム内におさめ、シャッターをきる(といっても画面にタッチするだけだが)という一連の行為を素早くて企画に行なうことに集中している。実はここでは「書かれたもの」の意味も部分もいっさい浮き上がることなく、解かれてバラバラにされることもなく、完成した一枚のイメージとしてキャッチされるのである。写真を取り損ねた撮影者は、手によって板書がとり終わらなかった筆記者さながらに悔しがる。彼らは、的確にフレームのなかに「撮影されるべき対象」をおさめて焦点を合わせて撮影する、という一連の動きが時間内にできなかったことが悔しいのだ。

さて、2時間半も授業をすれば、撮影されたイメージはさぞ膨大だろう。それを丁寧に見直す手間を考えると頭が下がる。だが感心する必要もない。なぜなら、ここから始まるのは他の記録の仕方によって既に行なわれていたがこの三つ目の記録方法においてはすっかり後回しにされていた「解読」と「選択」が遅ればせに始まるだけなのだから。この途方もない遅れと膨大な必要時間と労力は、私が以前、「書き散らかしの信仰」で論じたウェブに書き捨てられる言葉の塊や、ウェブカメラや監視カメラが記録し続ける時間の記録と深く関連があるのである。

様々な要因が次のような結果を生む。
リアルタイムの「授業」という場で撮影に集中し、後時的な「解読」と「選択」によって掘り起こされ再構築された「結果」はあまり遠くに行けないのである。一方、それがたとえ部分的でも誤解を孕んでいても、リアルタイムの場で得られたアイディアに基づいて書かれたものには、筆圧がその人の存在をありありと思い浮かばせるのと同様に、生き生きとして元気な考えや着眼を目にすることが多い。
今後、伝えるひとと伝わる人の間の対話がどのようになるか、記録という手段がどのように実践されていくのかわからないにせよ、上のようなことは、自身の書く目的によっては思い出して無駄のないことではないだろうか。

(2)では、伝える人の側の問題に焦点を当ててみたい。

lettre intime

11/3/14

「死者のための和気あいあいとした儀式」/ Un rite convivial pour la mort

Un rite convivial pour la mort

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11月2日は死者の日でした。日本のお盆もそうですが、この日あるいはこの日が近くなると死者は生きている我々との距離を一時的に縮めるようです。生きている人々も普段の生活の中でなかなか彼らを訪れられないので、一年に一回お墓にお参りをして近況を伝えたり近況を聴いたりします。この日の数日前より今年は普段よりたいそう体調が悪くなったりもしました。もう11月3日になってしまったので、死者の日は終わりました。

9月29日から4日間、ルアーブルの美大での死についてのワークショップに自主Intervenantesみたいな感じで参加してきました。ルアーブルは歴史的な港町で、第一次世界大戦で街全体に壊滅的な打撃を受け、戦後に新しい街として造り直されました。パリからは電車で2時間半くらいです。ジャン=ノエル・ラファルグさんの企画したワークショップで、彼がこのために設置し、たびたび情報を更新し続けているブログLa Mortは充実しているので、関心のある方はご覧になってください。

このワークショップについての記事は、同じく彼のブログ:こちら(http://hyperbate.fr/dernier/?p=31586)に記載されています。参加した学生の作品やコンセプトがラファルグ氏によって解説されています。私は4日間は滞在できなかったのですが、最終日にもう一度参加し、数分のビデオを発表してきました。私のヴィジットについても記事内で触れてくださったので、ご覧ください。こちらに引用もしておきます。

ブログの引用はこちら。
Le dernier jour, Miki Okubo, qui a été en quelque sorte la marraine de cette semaine de travail, est venue nous montrer un petit film sur la mort de sa grand-mère et a nourri tout le monde avec des makis qu’elle a préparés et des cookies en forme de pièces de dix yens comme celles que l’on incinère avec les défunts pour qu’ils paient leur passage vers le monde de leurs ancêtres — un étudiant s’est intéressé à une tradition proche : dans l’antiquité gréco-romaine, on plaçait dans la bouche ou sur les yeux des défunts des pièces destinées à payer à Charon pour la traversée du Styx.

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写真をみると、おやつ食べてるみたいですが、ショートフィルムを見た後にそのストーリーを共有した皆でいっしょに食事を摂るという趣旨でした。タイトルのUn rite convivial pour la mortは、「死者のための和気あいあいとした儀式」という意味で、convivial(和気あいあい)はしばしば、皆で食事を楽しくとって打ち解けるような状態を現します。このビデオは、基本的に全て私の撮影した画像と家族によるイラストを素材とした、祖母の死に関わる、極めて私小説的なストーリーです。時間は8分くらいで、彼女の死をめぐっての一つの不思議な話と死の間接的原因になった食事時の出来事についてあわあわと語っています。10円玉が消えたこと、生きるための摂食は時に生を奪いうること、物語を共有すること、食を共有すること。ストーリーはこのような問題に焦点を当てています。

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Vimeoにアップロードしましたのでこちらでご覧ください。数日間ここに載せておきます。何せ家族が出演し過ぎているので、ご覧になっていただける際は、パスワード2222を入れていただければと思います、お願いします。ワークショップの折りに急いで作成したものなので、何かと無骨ですが、いずれ全体をまた作り直そうと思いますが。さしあたっては多くの方にご覧頂けますように。

2014年11月3日 大久保美紀

 

11/3/14

生きることを置き換えるという意味 / compter à la place de vivre

生きることを置き換えるという意味

三輪眞弘氏の作品「59049年カウンター ――2人の詠人、10人の桁人と音具を奏でる傍観者たちのための―」に関して吉岡洋さんが記したテキスト「生きるかわりに、数をかぞえる」(chez nous tanukinohirune)について、このごろ反復的に考えていたことについて書こうと思う。テキストの中で言及された、三輪さんの作品「59049年カウンター 」は、10人の桁人たち、二人の詠み人、そして一人の悪魔の13人によって上演される作品で、舞台上手側の5人で構成される「LST」チーム、下手側の「MST」チーム、それぞれが下位の5桁、上位の5桁を現し、10桁の三進法の数字をカウントしていく。この数値の最大値は「2222222222」、つまり十進法で「59049」(タイトルの数)になるのである。パフォーマーは防護服を思わせるレインコートのような衣装を纏っており、「フクシマ」のイメージを想起させる。
上述した吉岡さんのテクスト「生きるかわりに、数をかぞえる」は、この作品における二つの行為「生きること」と「数を数えること」の関係性に着目する。テキストでは二つの行為は以下のように関係付けられる。


(前略)
なぜなら、生きることと、数をかぞえることとは、同時に行なうことができないからである。そして人は、もう生きることができないと感じた時、数をかぞえるしかないからである。

もちろん数をかぞえている最中だって、私たちは生きている。そうでなければ、数えることすらできない。けれども、数をかぞえることに集中している時、生は、どこか彼方に追いやられている。
なぜか? 数というのは、どこかこの世界ではないところから、やって来たものだからだ。数は私たちのように形を持たず、私たちのように歳をとらない。
(中略)
生きることと、数をかぞえることとは、いっしょに行なうことができない。もう生きることができないと思える時は、数をかぞえるしかないのだ。数をかぞえることで私たちは、滅亡からわずかに逸れた場所にとどまり続ける。
数をかぞえることは、生を担保に入れることである。 

なぜ数えることなのか?それは、我々人間のように、経過する時間のなかでいつしか持てる肉体が衰えて死んでいく物質的存在が時間に切り離しがたく関わらざるをえない一方で、数とは時間軸から解放された普遍的な存在であり、宇宙的な絶対法則に関わるのではないかと我々を信じさせてくれるような、異次元や永遠の象徴存在であるということだ。だから、数を数えるという行為は、あたかも永遠的な何かに触れる行為であるかのように、表現者たちによって、「生きることと置き換えられるためのひとつの行為」に選び取られる。

「生きる代わりに」と表現されている二つの行為は実際に勿論並立している。ここで「生を置き換える」と表現されているのは、つまり、「生きること」そのものを忘れるように何かに没頭する、ということである。「没入(absorption)」はひとつの恩寵である。なぜなら、何かに没頭することができたとき、人は「生きること」について直に考え、それについて苦悩し、正面から取り組んで解決し得ない哲学的な問答を苦悩の中で繰り返すことから、逸脱することが出来る。「生を置き換える」とか「生を担保にいれる」と言われているのは、そういった事態を意味するのだろう。

このように考えた時、あるひとつの奇妙な気づき、あるいは深淵な心配に戸惑う。つまり、そのことが成し遂げられるのは、「人がもう生きられないと思った時」「生きることを諦める時」、生きることを正面から取り組んでいくことがもう出来ないから、そこから脱落する時なのである。このような文脈において、表現者たちは「生を担保に入れる」手段として「数を数えることに没頭する」。46年間をかけて1から5607249までをキャンバスに綴り続けた画家ロマン•オウパカ(Roman Opalka, 1931-2011)は、「数えることをしなかったら、私はもう生きられなかったでしょう」、といった言い方でこのことを証言する。

ロマン•オウパカは、1965年、ワルシャワのアトリエで《1965 / 1 – ∞》と題された終わりなき作品を思いつき、79歳まで続けた表現者である。この作品は二百枚以上のタブローに別れているが、ただひとつのタイトルをもつ《1965 / 1 – ∞》全体がひとつのタブローであり、ひとつの行為であり、1965年から2011年までの数える行為を物質化してそこに体現したものなのである。

数を数えることは、生きることとから脱落し、それでも死なないための行為なのだ。絶望とそう遠くない場所にあってすら、さしあたりこの世界に留まり、しかし生きることを別の行為に置き換えるということを、はたしてどのように理解したら良いのだろうか。それは単に、逃げることなのか。彼らは世界における世捨て人であり、彼の表現行為は顧みられるに値しないものなのか?

わたしには、むしろ逆であるかのように思われる。彼の表現行為は顧みられる価値のあるべきものだと直観する。絶望しながら絶望から出発し、異なるヴィジョンを通じて世界を見るような行為は、力のある行為なのだ。そのことは彼らが世界における世捨て人であることを肯定するかもしれないが、世捨て人でも良いのである。

「生きることを置き換える」とはなかなかいい得て妙であり、し得て妙である。前述したように、没入は恩寵であり、世捨て人はその肯定者であると解ることが、絶望を理解するひとつの鍵である気がする。

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10/28/14

書くことと話すことのモダリティ / Modalités d’ « écrire » et « raconter »

書くことと話すことのモダリティ

かつては「口頭」のみで行なわれた人々の様々な発話は、物語の伝承がそうであったように、だれかが語り、それを聴いた誰かがまた別の誰かに語ることを続けて、そうやって伝わってきた言葉がのこって、いつの日にか、文字でそれを記そうと思いついた人々の手によって、あたかもそれが「オリジナル」のお話であったように魔法をかけられて、それが書かれたことによって何らかの特権的で絶対的な存在様態を獲得したかのようにして、大切にされてきたし、現在でも非常に貴重な資料として大切にされている。しかし、あるときに突如、書く事によって切り出された「それ」は、それ以前どんな形であったかはもはや分からない。たまたま、発話が持っていた時間軸とは寄り添わない別の時間軸「書くこと」が現れて、発話の時間軸をある時点でつっつくことによって、そこに「偶然」あったものを取り出したのだ。

今日既に様々な言い方で気づかれてきているように、新しいメディアの登場は、そこにあった方法を置き換えるのではなく、相互に影響し合ってその両方が変化することを通じて時間を重ねていく。たとえば、話すことの刹那的な性質に嘆き、これを保存することに可能にする魅力的な手段として、書くことは実践され、もてはやされ、普及し、世界を覆ってきた。このキャパシティを追求し、まるでまわしっぱなしのウェブカメラが生きている時間を全て記憶する夢を叶えるように、書くことのメモリーも拡張され続け、考えが言語化されるのかタイプする指がそれを具体化するのか、といった疑問がふと脳裏をよぎるほど、私たちは身体的にも訓練されている。

現在私たちが経験しているのは、書くことが話すことにある意味で近づくという、運命的な変遷である。逆説的なことに、書くことのキャパシティが途方もなく広がったとき、それは、結果的には無に帰されてしまう。つまり、私たちの行動を24時間監視し続けるウェブカムが収録した24時間分の映像を、我々は同時に進む時間を生きながら追体験することが出来ないという当然の結果と同じことが、途方もないメモリーによって収められた書かれたものを見直すことが出来ないという結果に認めることができるのだ。

書かれたものが話されたものに近づいていく事態。それは様々な点で本質的な差異を含む。また、歴史が不可逆であるのと同様に、この変遷も不可逆であった。そして、これは「書かれたものが話されたものに近づいていく事態」であって決して、「戻っていく」でも「再び近づいていく」でもない。

そのように考える時、それでも、敢えて、ていねいに選ばれた言葉によって語られた発話や、素敵なことばによって紡がれた文章と言うものの有難さや輝きみたいなものの存在を嬉しく思う。

ecrire raconter

09/1/14

PARAZINE パラ人 NO.002 - PARASOPHIAにむけて

『パラ人』第二号が刊行されましたね。送っていただいてビックリ、な、なんと、本になってるじゃないですかー!ページがめくれるようになってる!すごーい。

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第一号から浅見旬さんのデザインがすばらしくて、とても気に入っているのですが、第一号の水色と黄色のふわ~りとしたイメージから、第二号は表紙の大きな写真がヤマモトヨシコさん撮影の嶋本昭三さんの作品「平和の証」になっていて、紫色みたいな空と嶋本さんがぶちまけている赤や緑の絵具のコントラストがものすごい緊張感を帯びています。雲がやってきているのに、空が広くて、そこに「パ ラ 人 no.002」が浮かんでいる、すてきな表紙です。

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今回の特集は、しあわせについて皆さんが議論したそうで、タイトルは「とりいそぎ、幸せ」。

そういえば数ヶ月前、私は「取り急ぎ」という言葉の使い方がホンマに忌々しくなって、ほろびよ「取り急ぎ」!といった趣旨の小文を書いた気がするのですが(ああ、あった。これですね…:http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=2902)、まあたしかに、人生にはとりいそぐこともあります。とりいそぐほうがいいこともあります。幸せなんて、とりいそぎかもしれませんね。

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それで、私も幸せについて考えました。幸せについて考えるとおしなべて不幸らしいことに行き着くのはなぜでしょう。それは、人は幸せがなにか、なかなかわからないので、「不幸じゃないものが幸せ」と安直に定義して安心しようとしてしまうからなんですね。

このエッセイで私が紹介したのは、昨年(2013年6月9日~11月11日)アヴィニョンの教皇庁とギャラリー Collection Lambert en Avignon の二カ所を会場として開催されていた展覧会『女教皇たち』( »Les Papesses »)です。すばらしい展覧会でした。エッセイでは『女教皇たち』と名付けられたこの展覧会の意味と、女教皇としてのアーティスト(カミーユ・クローデル、ルイーズ•ブルジョワ、キキ・スミス、ジャナ・ステラバック、ベルリンド・ドゥ・ブリュイケール)の表現について論じました。しかし、なかなか盛りだくさんの展覧会だったために、まだまだ、彼女らの作品について、喋りたいことがやまほどあったのです。そういったわけで、エッセイの最後に、続編を「salon de mimi」に掲載するね!と追記しました。明日辺りから、この展覧会について、続編載せて行きます!よろしく~。

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それで、第一号の佐貫絢郁さんに続いて、第二号でも市山早紀さんが執筆者似顔絵イラストを描いてくださっていて、これを見るのが結構楽しいです。ありがとうございます。

 

『パラ人』よろしくお願いします。

パラ人について:http://www.parasophia.jp/contents/news/2014/05/23/898/

08/5/14

関係のないことを攻撃しない

関係のないことを攻撃しない

« On s’en fout. » という言い方がある。フランス語の代名動詞「s’en foutre(Sは◯◯に関心がない)」を含むフレーズであり、敢えて日本語にするなら「私には関係ね〜!」という感じである。ただし「私には関係ね~」は厳密には正しくなくて、なぜなら »On s’en fout. »の主語である「On」は、人一般を指すからである。 »On s’en fout. » はしたがって、誰にとっても当てはまる一般的事態として何かについて、「(んなもん)関係ね〜!」という感じなのである。

日本人は »On s’en fout. »と言わないように育てられ、社会生活でもそのようにあるように訓練され、さらには次世代もそのようにあるように教育している人々であると思う。「関係ね〜!」で済めばいいものが、「関係ね~!」とならない。「関係ね~!」などと言うことは無責任でデリカシーに欠けており、何かから逃れようとしており、社会生活を逸脱しており、したがって信用がおけない個体であると糾弾されかねない勢いである。とりわけ、多くの人がマス・メディアによって駆り立てられ、興奮させられているような状況下に置いて、「関係ね~!」などと口走ることは、生命を危険に晒しかねない暴挙にすらなりうる。
厄介に思われるこの集団的特質は、時と場合を選び、国際社会において驚きと賞賛を以て迎え入れられることもあるだろう。マナーのよい、ニコニコした、優しく気配りのできる日本人、という風に。数年前「KY(ケーワイ)」という言葉が一躍流行語となったが、言葉そのものはさておき、「空気を読む」ことの重要性の信仰は伝統的なものだ。「空気を読む力」は、しばしば、コミュニケーション不全の現代を批判的に論じるような文脈で、あたかも世界中でも類を見ないほどに日本人が卓越している持つ美しき能力のように崇められるが、この素敵な「国民性」と自滅的な暴力性は、一枚のコインの裏と面である。

「空気を読む」ことは特定の水準において美徳であれど、普遍的な善ではない。少なくとも、読まない個体を攻撃することは、善で有り得ない。それは、嫉妬と呼ばれるものである。

私たちの日常は、愛で溢れているという以前あるいは同時に、人々の緑の目の攻撃性に満ちあふれている。攻撃的な態度、攻撃的な行為、攻撃的な言葉、そして絶えず攻撃的であるように押しすすめる攻撃的な思考。攻撃が生み出すのは次なる攻撃であり、その暴力は他者に向かうか、さもなければ自己に向かう。それは消滅せず、どこかに向けられる。せいせいした矢先には弾を受けて苦しむことの繰り返しである。

だが、緑の目の攻撃者が無心に矢を放つその対象は、じつはさほど、彼らの大切なことに「関係ない」ことが多いのである。(大切なこと、というのは本質的に大切なこと、という意味だ。)

関係ないことは、攻撃しないでよろしい。暴力の威力は、世界をよくはしない。すなわち、個体を楽しくもしない。人々を生きやすくもしない。
私たちは、生きやすくても生きやすくなくても、ドロップアウトはしないのだから。

06/17/14

遅すぎた手紙 / Lettre arrivée trop tard

遅すぎた手紙

フランス語でも日本語でも、《Jamais trop tard》 /「遅すぎることはない」という言い方をよくするが、たいていの楽観的な(あるいは本質的な)思考において、何事も遅すぎることはないというのは勇気づけられる言い方ではある。あたらしいことを始めるのに遅すぎることはない、恋愛するのに遅すぎることはない、物事を学ぶのに遅すぎることはない…、というふうに。ただし、いくつかの不可逆な事象をめぐっては、たしかにそれが遅すぎるということになることがある。

人の死、たとえばそれはそのような事象の一例だ。

昨年10月に日本へ送った手紙が戻ってきた。
「あて所に尋ねあたりません。」という赤いハンコが押してある。
この手紙は何ヶ月もの間、日本の郵便局の方が住所変更歴などを辿りながら、どこかにその軌跡が残っているかどうか丁寧に調べてくださった末、結局は見当たらないということで、ゆっくりとパリ郊外の私の家まで戻ってきたのだった。

高校のひとりの恩師に宛てた封筒であった。

私が高校を卒業したのは2003年の3月であるから今から11年前になる。文学部に行くことにしたのもこの人の異常なプッシュのせいだった気もするし、テクストの読む行為と内容あるテクストを書くことの意味について一つのアイディアをくれたのもこの人だったと思い出す。世の中に溢れる本は大抵素晴らしくないのだが、ときどきはよいあるものがあることを教えてくれたのもこの人だったろう。この人のせいで小林秀雄のテクストをさんざん読まされ、挙げ句に美学やりなさい!と奨められた。あまのじゃくの私は「やりなさい!」なんて言われると積極的にやりたくなくなるというのに。
東京大学で英文学を学んだコテコテの文学青年であったはずのこの人は、もっとずっと文学のなかにいたかったのだ。美学やりなさい!はこの人の希望だったのだ。

手紙が戻ってきたのはこの人が昨年の夏に死んでいたからで、彼がひとりで住んでいたアパート宛の手紙はどこにも行き着かずに戻ってきた。

手紙を書いたのは北海道を出てから初めてのことで、なぜ昨年の10月に突然手紙を送ったのかも明確な理由があったわけではない。ただ、私のことを気にしてくれていると何度か人伝いに耳にした。卒業してからその直後に一度会いに行ったきりである。

健康に恵まれない人で、10数年前すでに身体がよくなかった。彼の説明はいつも筋が通っていたが、私はしばしば心の中で異議を唱えて、それがクリアーに組み立てられてスラスラと口をついて出てこないのを知っていたので努力もせずにもみ消した。私は議論の努力を怠る。それは今も全く変わっていない性質の一つだ。

フランスまではるばる戻ってきた遅すぎた手紙を開封していない。お墓参りにいくつもりだがその際届けるべきなのか、私がいつか死ぬまで私の持ち物としておくべきなのか、今日はまだ心が決まらない。

私がもっとずっとあとに、いつの日か素敵な文章を書くようになり、この人に一つだけ書いたものを見せることが出来たとしたら、その時はひとつの詩を書くと思う。

lettretroptard

04/8/14

The Act of FLIRTING, Stephanie Comilang / フラーティング, ステファニー・コミラン @京都芸術センター

The Act of FLIRTING
Stephanie Comilang
2014年3月15日 (土) – 2014年4月6日 (日)、京都芸術センター

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京都芸術センターでつい数日前まで展示されていた映像作品「The Act of FLIRTING」を二回見た。「KACアーティスト・イン・レジデンス・プログラム」という若手アーティストや研究者に向けたプログラムで選出されたトロント出身のアーティストStephanie Comilangによる3ヶ月にわたるレジデンス滞在の集大成としての作品である。アーティストは、タイトルにもあるように「flirting」という行為をひとつの手がかりとして選び、この言葉の意味するところやこの行為が日本的な文脈でどのように受け取られ、実践されているのかに光を当てようとした。

芸術センターのサイトには次のようにある。
「flirting」(気になる相手の気をひく方法)をキーワードに、京都での滞在中にさまざまなリサーチを行いました。本展では、それらのリサーチを基に制作した映像作品を発表します。そこには、少しずつ日本と外国の文化や感覚の違いを理解しながら、彼女自身の肌で感じ取った「日本」が描かれています。この作品との出会いによって、人と人との距離感や人間関係を築いていく過程などにまつわる、私 たちが普段は特に気に留めることのないような日本人特有の感覚や意識について、改めて考えさせられることになるでしょう。(引用:https://www.kac.or.jp/events/11103/

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彼女がリサーチを始めたきっかけは、日本語にはフラーティングという言葉にピタリと該当する表現が見つからないという気づきであり、そこから、気になる相手の気を引くときの態度が、日本と西欧では異なるのではないかと予想したことにあるようだ。これは恋人や好きな人の気を引くだけでなく、子どもが親の気を引く、友だちの気を引く、といった広義のフラーティングを含める。その問題意識から、インタビューに出演する、年齢や仕事の異なる日本人に、フラーティングの方法とフラーティングされたことについて質問し、彼らが語ったことを映し出して行く。シナリオの中心に置かれるのは、祇園で舞妓の格好をしてホステスとして働いているという一人の若い女性で、彼女がどのようにお客さんに接し、お客さんの欲するサービスを提供するか、対人関係の中でどのように自分を演出するか、といったことを語りながら、「仕草」「勘違い」「話を聞いて、するべき反応をしてあげる」といったキーワードを散りばめる。そして、ホステスという仕事において期待される典型的なやり取りを演じてみせる。

フラーティングに関わらず、翻訳不可能であったり翻訳することによってニュアンスが変わってしまう言葉などハッキリ言って数えきれない。その発見は何も新しくなく、言うまでもないことであり、その点でこの作品がアイディアとして優れているとは思わない。さらに、インタビューされて語られることの多くは、言い古されたことや誰もがうなづくであろうこと、あるいは、聞き飽きている故につい反論してしまいたくなるようなことである。日本人と西洋人の人間関係の距離感が異なるというのも何ら斬新な気づきではないし、我々日本人にとっては耳にタコができるほど(?)語り尽くされた「日本人論」の外側にでることのないパロールではないだろうか?

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ではなぜこの作品を二回見てしまうのか? いや、実は一人で二回見て、そのあと別の日に一回見たので、全部で三回も見たことになる。シナリオもセリフの一部もリフレインできそうだ。とりわけ、この偽の舞妓ホステスがガラリと広い畳の間で蛍光灯を真っ白に浴びながら歌う一曲の歌は節回しや音程が微妙に低かった瞬間まで克明に覚えている。つまり、この映像はともあれ私を魅了した。言ってみればこの作品をフラーティングの解釈と日本文化におけるあり方として見ることに、私はさほど興味を持たなかったのだが、むしろ、そのように予定して構成されたシナリオと偽舞妓ホステスの証言と演技が、他者との会話に我々が見いだす欲望たるものを鮮やかに描き出す様に魅了されたのだと思う。我々は日々他者と言葉を交わしながら生きている。それも、様々な方法で。言葉を発するに至らない何かであることすらある。ホステスの言い放つ「聞いてあげる」「驚いてあげる」「笑ってあげる」、「ーしてあげる」という言い方に込められたニュアンスや、その実践を演じてみせる様。それらは分かりやすいように強調されているけれども、つまりは私たちの他者との交わりに等しいのである。そしてそれは「空気を読む」「まわりとの関係で自分のキャラクターを作る」など、いわゆる日本人的な特色を規定する言葉が添えられるが、本質的には、どんな異なる二つの個体の接触にも関わる作業の断片であるように思える。この作品の面白かった所は実は、日本文化と西洋文化の比較でもそのいずれの特殊化でもなく、逆説的にそこに見え隠れした変わらないものの存在である。

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04/8/14

「とりいそぎ」について, Expression « Toriisogi »

「とりいそぎ」について

「とりいそぎ」という言葉が嫌いだ。

いや、ちょっと待てよ。ある物事について突如「嫌いだ」なんて書き出す記事にろくな文章がない。好きとか嫌いというのはそもそも書き手の関心にあまりに密着した言い方であって、つまりその後に続くのが、書き手の言いたい放題・書きたい放題ですよ、ということを瞬時に明らかにする、なんとも魅力のない言い方なのだ。筆者の語彙のなさを暴露するような、むしろ恥ずかしい書き出しではないか。それならば、こう言ってみよう。

「とりいそぎ」という言葉はよくない。

このほうがいい。昔学校の先生で、作文を否定形で書くのをやめなさいという人がいた。あるいは、文句を言い人を否定するのは簡単だが、じゃあどうしたらいいか解決策を言って見なさい!なんて教育的な人もいた。あるいはまた、ネガティブは何の役にも立たないのだから、人生常にポジティブに考えなさい!なんて理想主義者もいた。数々の箴言は、それぞれがある文脈において最大限の価値を発揮することを謹んで受け入れた上で、それでも、よいものはよく、よくないものはよくない。そのこともまた本当である。

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「とりいそぎ」という言葉は、家族や恋人、友だちとの間では殆ど使われない。当たり前である。べつに、とりいそぐ必要がないからである。あるいは、とりいそぐ意味もないからだ。「とりいそぎ」という言葉は、文字通り、ある事柄についてだけとりあえずいそいでお返事いたします、とか、他にも色々あるのですがいま時間がないのでとにかく「はい/いいえ」だけ急いでお伝えします、などをひらがな五字の簡潔な表現で置き換えることのできる便利な表現だ。そして、社会生活の中で、つまり仕事における連絡のなかで慣習的に利用されているために、ひょっとしたら違和感なく、礼を欠くことないビジネス表現として、好まれて用いられているのかもしれない。

ことばというのは往々にして、使用される中で慣用的な言葉になるので、「とりいそぎ」という言葉の「取り急ぐ」という意味に戻って、何やら今日的な言葉の使用を批判したいという気はまったくない。言葉というのはそういうものだ。しかしながら、「とりいそぎ」と言ったときには前提として、とりあえず何かをすぐに伝えるけれども他にも何か補うことがある、という含みや、とりあえず急いでイエス・ノーの返答だけするけれどもあとで詳しく連絡をする、などのニュアンスを持っているのは否定できない。この言葉の今日的使用が気持ち悪いのは、その「とりいそぎ」の後にくるべきものが決して補われることなく、補われないことを前提に、それでも「とりいそが」なければならないという状況に人々が置かれているという事実に由来する。先にも述べたように、家族や恋人の間で、とりいそぎ、は必要ない。あまりに仕事的語録に訓練されすぎた人はひょっとしたら家族への連絡でも「わかりました、とりいそぎ」なんてメッセージを書くのかもしれないが、まあ驚きに値する。所詮とりあえずの内容にすぎない、不完全な返事であるにもかかわらず、人々はそれでも即座に返答し、そのことが誠実さや対応の早さ、几帳面さや仕事の速さを計る指標となる。サッサとイエス・ノーを返答しないのは、無礼で愚鈍なのだ。

そして人々は「とりいそぎ」の言葉を発し続ける。「とりいそぎ」のあとに続くのもまた「とりいそぎ」であり、その取り急がれた性急な返答の周辺に置き去りにされたものは、二度と補われることも、二度と振り返られることもない。私たちは、いつも追い立てられていて、うしろをみるために割く時間などもちあわせていないからである。それはそれでいいのかもしれない。なぜなら、置き去りにできる程度のことは、ひょっとして本当はどうでもよかったかもしれないのだから。

どうでもよくないのだとしたら? そこではおそらく、物事に向かう、その各々のときに「とりいそぎ」という言葉で筆を置かないための、ほんの一瞬の躊躇をすればいい。それだけのことである。

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04/2/14

Young Pioneer’s Presentation vol.3

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Young Pioneer’s Presentation (YPP)Facebook YPP page

2014年3月22日、Young Pioneer’s Presentationに発表者として呼んでいただいた。この会は、京都大学交響楽団に所属していた折りお世話になっていた阿曽沼くんがオーガナイズしているこの会で、毎回複数の発表者(今回は二人)が自信の研究分野について話をし、共通ディスカッションを行っているそうだ。今回は、現代アートのコンセプトについて喋る私と、同期のヴァイオリニスト大谷くんの化学と折り紙の発表。阿曽沼くんが会の冒頭にも言っているように、私たちはなるほど、予想されている共通知識みたいなものを全く共有しない聞き手を前に話す機会にはそう恵まれてはいない。研究会も学会も、たとえば私のトピックでいえば、「芸術とは何か」、「作品とは何か」という問題そのものを話すことは稀であるし、それについて語るときにはそれに集中するかもしれない。しかし、具体的な作品について語りながら、それを捉える様々なシステムについても語るということはあまりない。感じると言うのがどういうことかそのものをあるレベルで定義しながら、ある特定の対象をどのように解釈するかを展開するのは、なるほど、七色に輝く小魚だらけの浅瀬の海の景色を3色の太いペンだけで描こうとするような、そんな思いがした。つまりは、相当悩んだ果てに、現代アートにおけるコンセプトと作品の鑑賞というトピックに関して、仕組みそのものを展開するよりは、普段わたしがこのブログを通じてお話しているようなことを、喋ることにした。

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さて、事前にFacebookのイベントページに掲載された私たちの発表内容は以下である。

【発表者】
・大久保美紀
パリ第8大学非常勤講師。美学。同大学大学院芸術学科博士後期課程、ニューメディア美学専修。批評のウェブサイト »salon de mimi »に展評•作家評•エッセイを多数掲載。研究テーマは現代の自己表象。ソーシャルメディアにおける自己語りと日記の関係性、現代アート、ファッションにおける身体意識・身体的表象に着目する。

・大谷亮
京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻北川進研究室博士後期課程三回生。日本学術振興会特別研究員(DC1)。錯体化学、超分子化学。趣味は折り紙とヴァイオリン。餃子と寿司が好き。最近はピザも好き。前向き。小さじ1杯の悪意。笑う門には福来たるのかをこの人生で検証中。「何とかなると思うんだけどなー」が口癖らしい。

【発表内容】
大久保美紀
「コンセプチュアルなアートとその鑑賞 ー つくる人、みる人、かたる人」
皆さんは現代アートが好きですか?
現代アートは難しくて分からない、一体何がアートなの? ――私にもはっきりとは分かりません。
それらの疑問は、現代アートがしばしば概念的(コンセプチュアル)であることに由来します。
展覧会や作品のコンセプトは一般に、作品を理解するためのカギとして重要視されますが、 »提示された作品それ自体 »と »説明された複雑怪奇なコンセプト »があまりに隔たっている場合には、鑑賞者は困ってしまうでしょう。一方で、そんなふうに鑑賞者を煙に巻かない素敵な作品も必ずあります。本発表では、「難しくて分からない現代アート」のその不親切さを前に肩を落とさず、楽しく現代アートを体験する方法についてお話したいと思います。そこではつくる人とみる人、かたる人が相互に関わります。今日注目されている美術家の活動にも触れながら、現代アートについて一緒に考えてみましょう。

大谷亮
「趣味から始まるChemistry~折り紙と錯体化学、と私~」
皆さん、鶴は折れますか?
日本の文化、折り紙。小さい頃に遊びつつも次第に忘れられてしまう折り紙。しかし、現在「超複雑系」と呼ばれる折り紙が発展しています。知る人ぞ知る現代”折り紙”の一端に触れて頂きます。
更に、本発表者の専門である”錯体化学”とは。錯体は、ユニット折り紙のように構成分子を自在にくみ上げることで作られる物質群です。どのようなコンセプトから錯体化学研究が行われているのか、錯体化学研究の基礎から最新トピックスまで、ものすごーーーーくざっくりと分かりやすく説明します。

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紹介した作品は、ソフィ•カルの作品より『Les Dormeurs』『Prenez soins de vous』。ここでは、コンセプチュアルなアートの一つの例として、アーティストのつくるゲームのルールのようなものを第三者がパフォーマンスとして遂行した結果を、テキストや写真、ヴィデオなどの記録を通じて鑑賞者に総合的に追体験させるようなものを紹介した。(参考:添い寝がなぜ気になるのか)あるいは、作品としての「モノ」を作っているにも関わらずその主題や問題提起によってしばしば「なぜこれがアートなのか?」という問いを投げかけられる会田誠さんの作品『シリーズ:犬』について、私自身の解釈を提示し、『自殺未遂マシーン』についても考えた。(参考:会田誠「天才でごめんなさい」)最後に、1980年代をニューヨークで過ごし、コンセプチュアルアートの手法を研究したアイウェイウェイの最近の作品、ヴェネチアビエンナーレで公開された二つの『Dispositions』について論じた。(参考:アイウェイウェイ3つのストーリー映画『アイウェイウェイは謝らない』

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アイウェイウェイの作品を紹介するのは、Young Pioneer’s Presentationのように「現代アートとは何か?」という問題意識を持って話を聞きにきてくださった人の中には、現代アートは単に「コンセプチュアルで難しい」というだけでなく「奇異なもの」「突拍子のないもの」、更に、そうあらなければならない、と感じている人もおられたからである。現代アートは勿論複雑でなくていいし、分かり易くて構わないし、ヘンでなくてよろしい。つまり、力のある現代アートは眩しくないかもしれない、大切なことを伝える表現は必ずしも複雑怪奇な暗号に自らを隠してない。世界を良くするようなメッセージがミラーボールのような輝きを放っている義務などない。それは、くすんでさびていても、重苦しく目立たなくても、それらが現代アートというからには、現代の社会、現代の世界の問題に関わり、それに出会う私たちに何かを考えさせ、あわよくば勇気づけたり、生きることは良いと感じさせる。その意味で、表現をすることは意味があり、それを享受することにも意味があるのだと思う。私が考えていたのは、そのようなことである。