書き散らかしの信仰 :「現代的ドラマツルギとその構造に基づく文学創作」/ Création des romans selon la nouvelle dramaturgie et structure littéraire

2013年パリ第8大学Arts Plastiquesの学部学生を対象とした授業で、後期(2月~5月)「création littéraire / 文学創作」と題された授業を行った。この授業は前期の講義形式とは異なる実習の授業である。パリ第8大学の芸術学科の特徴の一つは学生の幅広いポテンシャルと興味に応えるバラエティに富んだ授業である。実に前後期合わせれば300もの異なる授業が提供されている。さて、フランス語ネイティブ話者でない私が「création littéraire / 文学創作」などと題された授業をするのは、もちろん一般的な意味での文学作品の創作のスキルを学ぶためなどではない。しかし、実習という授業のスタイルを最大限に生かした制作(の嵐)を経験し、その行為ついていちいち考えるためである。
参考までに、シラバスに掲載した詳細は以下。

Titre : Création des romans selon la nouvelle dramaturgie et structure littéraire
Contenu : Dans la société informatique, les développements techniques des jeux vidéos et l’expérience généralisée de la vie virtuelle modifient radicalement la construction littéraire et la dramaturgie. À travers ce cours, on réalise des créations de romans (courts récits dont la forme sera à choisir) en se référant aux caractéristiques structurales, soit de “Keitai-Novel”, “Twitter Novel”, ou encore “Game Novel”. On les diffusera aux lecteurs sur le réseau en réfléchissant à la meilleure stratégie, ou bien on fabriquera un livre imprimé. Ce cours pratique sera conduit en relation avec le cours thétique “Exposition de soi et dispositifs mobiles”.

題目:「現代的ドラマツルギとその構造に基づく文学創作」
今日の情報化社会の中で、コンピュータゲームの技術発展やヴァーチャルリアリティーの日常的経験が我々のライティングやドラマツルギの構造にまで影響を及ぼしている。本実習では、このような変化したライティングの構造的特徴に基づいて様々な可能な形式を選択の上、短編を書く。ケータイ小説、ツイッター小説、ゲーム小説などもその選択肢に含まれる。ストラテジーを練り、最も効果的な方法でインターネット上で発表するか印刷して製本する。本演習は、前期講義「自己表象とモバイル•メディア」の関連授業である。

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本演習は、全12回(1回150分)を大きく3つの項目に分けた。
1、ミニブログを利用し、短編小説を書く
2、日記(ブログ)について考え、日記を書く
3、自由なメディアを用いて私小説を創る

第一部では、ケータイ小説、ライトノベルやゲーム小説(オンライン小説)といった、文学と非文学/プロの作品とアマチュアの作品の境界線を揺るがせながら存在するような作品群の物語構造に着目する。これらの新しい文学作品は経済的なインパクトを考えれば決して無視できない重要な傾向を示しているにも関わらず、クラシカルな意味での小説とこれらの創作は頑固なまでに隔たれがちである。しかし、このような物語に深く侵食された今日、実際に人々がものを書くそのありようは、レシの構造の変化の影響を否応なしに受けている。発話が断片化するだけでなく、その結果、テクスト自体の断片化はロジックの方法にも影響を及ぼす。ミニブログやソーシャルメディアにおいて日々何かを書くという経験を「小説を書く」ことと関係付けられるだろうか。
第一部では、シンプルなゲームのルールを共有し、梶井基次郎の『檸檬』をベースにした幾つかのライティングを実践した。プラットフォームはツイッターを使用した。
①リレー小説(タイトルと出だし、終わりを共有し、その間を参加者で繋ぐ。一つのエピソードはツイート1回分で書かれなければならない。)
②ツイッター小説 課題創作、自由創作(リアルタイムにエピソードごとツイートし、物語を紡いでいく。長さは自由。)
③紙に書くツイッター小説 (②と同じ構想の物語を紙に書く/タイプする。文章表現、物語の長さ、文体は全く異なるものとなる。)

第二部では、日記、自伝、自画像(セルフポートレート)、私小説をキーワードに、今日「私」について書くとはどんな意味を持つ行為なのか考える。日記帳それ自体に錠がついていることもあり、誰にも見られないようにコッソリ書き綴る日記と、赤裸々に綴られた日々の出来事や心境を写真を添えてリアルタイムで公開し続けるブログ。両者は共に、「私」について書く行為に違いないが、その目的も方法も異なる。読まれる事を意識して書かれるブログは、意識的にも無意識的にも、作者が演劇的に振る舞うように促す。演劇的振る舞いには誇張やでっち上げ、噓も含まれる。発表することを前提に書かれた日記は、それがもし物語的変形を含むのであれば、「私」を主人公に織られたオートフィクションと果たして違うものと言えるのだろうか。
第二部では、参加者それぞれに「私にかんする5つの話」を書いてもらった。全体を通じてのタイトルと、各々の話には個別のタイトルをつけ、それぞれの話は個人が選んだ何らかのメディア(写真や音楽、ヴィデオなど)を伴ってブログ記事として発表する。日記の枠組みの中で、どの程度本当の話を書き、あるいは演出するかはそれぞれにまかされている。蛇足であるが、本創作の一つのアイディアの例として、5つの話を写真を添えて授業ブログに掲載した。参加者の多くは、一例としてこれを参照している。(pdf.Les histoires ordinaires(en français), 日本語版はこちらにもあります→salon de mimi,尋常な話 1,2,3,4,5 )

第三部は、文学のみならず、現代アートの領域に目を向けたときにも私小説的なアプローチやテーマはクリティカルな位置を占めていることを認識した上で、私小説のさまざまな方法について模索する。さらには、小説創作のプラットフォームはウェブ上にも見られ、それは必ずしもプロになる事を目的とせずにアマチュアのライターにも広く門戸が開かれているように見える。私たちが「私」についての物語を創作し、それを授業サイトを通じて発表できてしまい、作品がインターネットを通じて誰かによって鑑賞されること、そのたやすさをどう考えれば良いか。あるいは、たやすさの反面、情報を発信してもそれが誰にも読まれないかもしれない可能性(現実)につきまとう空虚な手応えをどう生きればいいか。書き散らかされ、放置されたテクストの山は積み重なる一方であり、情報発信のたやすさはこの山の巨大化に協力するよう全ての個人を招待する。
第三部では、テクストに限らず、自由なメディアを選択の上、オートフィクションを完成させ、その内容を授業ブログに発表し、最終授業で参加者に紹介することにした。

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本演習ではレポート2回が課され、受講者はその問題について作成したレポートを同ブログに公開した。
Sujet du rapport 1
Réflexion sur la pratique de la création littéraire en diffusant les fragments en temps réel comme micro-récits.  Analysez aussi les nouvelles modalités de l’écritures fragmentée en comparant les 2 moyens différents de l’écrit  : sur Twitter et sur papier.
レポート課題1:ミクロブログを通じた短編のように断片的に拡散される文学創作の実践について考察する。断片化されたテクストのあり方についても分析する。

Sujet du rapport 2
Après avoir lu l’ensemble des journaux intimes publiés sur le blog…,
– Publier un journal intime sur le réseau et en tenir sur un carnet sont des expériences tout à fait  différentes, car, quand on le publie sur internet, il est indispensable d’être conscient du regard des autres. ( L’existence de lecteurs inconnus )  Comment cette prise de conscience et cette situation particulière influencent ou modifient l’écriture d’un journal intime ?
– Aujourd’hui, le blog ou bien les sites comme interfaces qui proposent de devenir “écrivain amateur” offrent une grande possibilité pour la création littéraire, comme s’il était désormais plus facile de vous exprimer dans l’écrit. Argumentez votre point de vue et vos remarques à propos de l’acte littéraire dans la société informatique.
レポート課題2:授業ブログ(Le cours)上に公開された作品(journal intime 2013とタグのあるもの)を読んだ上で…、
—インターネット上に日記を公開することと日記帳に綴ることは異なる実践である。インターネット上に公開する際には他者がそれを読む事が前提ととなっているのは言うまでもない。その読まれ得るという意識は日記を書く行為にどのような影響を及ぼすか。
—今日、ブログやアマチュアライターの活動を勇気づけるようなサイトは、文学創作の可能性を切り拓き、それはあたかも、これから人々は書くことによって容易く自己表現できるのだと主張しているようでもある。情報化社会の中で、ものを書くとはどのようにあるべきか。

昨年の9月に開設したこの授業ブログは、現在500もの記事が文字通り「散乱している」。各々の独立した情報が整理されたページと違い、ホームを覗けば、タグごとに検索しないかぎり、投稿された時間順にひたすら記事が現れる。書き手の殆どはソーシャルメディアを利用した経験があり、チャットやメールなどのデジタルテクストによるコミュニケーションに慣れており、中には個人ブログに日々日記を書いている。彼らはウェブで言葉を発することに何の恐れもなく、戸惑わない。さきほど「散乱している」と言ったが、私は故意にそれが散らかるように仕組んだのではないし、各々の記事にはタイトルもキーワードもタグもついており、カオティックな本棚よりも遥かに整然としているのかもしれない。それでもなお、この場所は何となく不穏である。ウェブリテラシーとか、ウェブ時代のルールのようなものがあり、繊細できちんとしていて情報リテラシーがある先生ならば、授業ブログは、各々の記事のクオリティーを高くしようとか、書き間違いや誤りは皆無にしようとか、生徒の書いたものを隅々までコントロールしてその内容を管理把握しようとか、せめて前のスメスターの記事は消そうとか、考えるのかもしれない。私は今のところそれをしていない。勿論、誤字脱字のレベルなら外国人の学生も多いパリ第8大学なので添削めいたことをするのは悪くない。その外で私は今のところ、全ての記事を残し、全ての書き手にも彼らが望むなら、いつでもログインして自分の記事を直したり消したり新たに書き加えたりする可能性を開き続けている。にもかかわらずその結果は、自分の書いた物がこんなにも閲覧可能に置き去りにされているのに、誰一人としてそのテクストを拾い集めに行かず、振り返って直そうともせず、あるいはすんだ事だからと言って処分したりもしない。大学生活では次々に課題が与えられ、論文やレポートやプレゼンが課され、それらを超高速でこなして、できるだけ良い点数で単位を取得しなければならない。したがって、授業で要求されたならレポートをウェブで公開するのも仕方ないし、済んだ事は基本的に振り返らない。この諦めの態度は、悪く言えば堕落であり、良く言えば、底抜けにいさぎよい。

私の行っていることは、いわゆる完璧志向の既存の情報リテラシーを信仰する人には最強の堕落と見なされるだろうし、授業のウェブサイトはそのように「あるべきでない」と否定されるだろう。私はそう思う人がたくさんいるだろうことと、その憤慨は理解した上でなお、この書き散らかしたものたちが何か大切なことを語っている気がしてならない。書き散らかしこそが本質的と思っている一面もある。そして本実習の結果は参加者に実験的書き散らかしを経験してもらう事でもあり、そのことについていちいちああでもないこうでもないと考えてもらうことであった。そしてその考えた事をウェブおよび物理的空間(授業中)の両方で緩やかにでもいいから共有するということが、このCréation des romans selon la nouvelle dramaturgie et structure littéraire(「現代的ドラマツルギとその構造に基づく文学創作」)と題された授業で目指したことである。

*Le Coursの今後のゆくえは未定である。個人的計画ではまだしばらく、「このまま」である。ちなみにどなたでも筆者としてメンバーになることができる。参加希望があればどうぞご連絡ください。(Le Cours :http://www.mrexhibition.net/cours/)

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