08/18/17

paysage de tokyo urban – vert, visuel -sonore 2017

 

 

 

 

 

 

tokyo tower 2017

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01/11/17

conference : miki okubo & florian gadenne vol.1

miki okubo & florian gadenne

2016.12.28 and 12.30

12月28日および12月30日、大阪の日常避難所511において、miki okuboとflorian gadenneによるトークイベントを行ないました。講演において主題となったのは、florian gadenneの制作においてキーワードでもある »flâner »(そぞろ歩き)に関する考察、またそぞろ歩き的思考によって可能となる表現の模索。

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flâner, flaneur, flanerie ぶらぶら歩く、そぞろ歩きをする人、そぞろ歩き。

今日の生産性を重視し時間を無駄にしない事を善しとする社会では、目的なくぶらぶら歩くことは否定的に捉えられる典型的な行為の一つでしょう。時間を無駄にしないために、予め目的地までのルートを調べ、交通手段を調べ、最短の乗り換えを調べ、インストラクションを遂行する。私たちの日常はそのような最短距離の目的地間移動によって構成されています。そぞろ歩きによって私たちは何をするのか。これについて、florian gadenneは3つのシチュエーションを見いだしています。

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FLÂNER, verbe intransitif.:ぶらぶら歩く、そぞろ歩きする (仏、他動詞)

Étymologie. et Histoire. :語源と歴史
1.1638 « paresser, perdre son temps » (D. Ferrand, La Muse normande, éd. A. Héron, t. 2, p. 177):ダラダラする、時間を無駄にする
2. 1808 « se promener sans hâte, au hasard » (Hautel).
« marcher, se précipiter étourdiment » (De Vries Anord.)
« se promener » (Falk-Torp, s.v. flane). :急ぐことなく散歩する、偶然に任せて歩く /焦らないで歩く

そぞろ歩きをめぐる3つのシチュエーション:
シチュエーション1 見知らぬ場所を発見する ー散歩、自分を取り囲んでいる環境の観察(表面上の観察→細部の観察)、ものの時間の経過による摩耗、しみやよごれ、あらゆる物が時間と空間においてどのように摩耗しくたびれるのか。

シチュエーション2 Flanerie(そぞろ歩き)は、perdre le temps(時間の無駄) ー現代社会において私たちは日々「時間を無駄にすべきでない」「時は金なり」といった強迫を生きているが、se perdre(道に迷う)ことを本質とする“そぞろ歩き”は、金銭を基準としないかつての物々交換に似た事なるechelle(価値観)に基づく。

シチュエーション3 このような “そぞろ歩き”の一つの結果は、環境(山、自然、都市)から探し集めて来た様々な物がごちゃごちゃと堆積するAtelier(アトリエ)の形をとりうる。動物の骨、すっかり乾燥した物体、死骸、泥の塊や出来事の軌跡を私たちに伝えるオブジェ。それらの集積は、意味を成し、詩的なヴィジョンを私たちに与える。

以下に、このそぞろ歩き的思考によって導かれる表現活動についての解釈、あるいは芸術行為と我々の生死についての考察を、幾つかのテクストを引用することを通じて表す。

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Notion de la participation:参加の概念
« La principale différence est que je ne suis pas un peintre qui à l’ aide de pigments va créer une peinture. J’utilise le lait et j’utilise le pollen ou la cire d’abeille, que je n’ai pas créé. Je participe aux plus belles choses dans le monde, que je ne pourrais jamais créer. Je ne pourrais jamais créer cette beauté du pollen. Donc, la tragédie pour moi serait si je tentais de faire une peinture de pollen. »
Wolfgang Laib

私は、絵の具の力をかりて、“peinture”(絵画)を作る“peintre”(画家)ではない。私は、牛乳や花粉や蜜蝋を使って描くがそれらは私が創り出したものではない。私は世界に存在するもっとも美しいものに“参加”しているのであり、それらを産み出しているのではない。例えば、花粉の美しさなどは私には到底作り得ないものだ。だから、もし私にとって最も悲劇的なことがあるとすればそれは、花粉の画料を産み出そうとすることであろう。
Wolfgang Laib

Signification de l’art:芸術について
« l’art c’est ce qui rend la vie plus intéressante que l’art »
Robert Filiou

芸術とは、芸術そのものよりも人生を興味深いものにしてくれる何かである。
Robert Filiou

mémoires du temps, ou effets du temps:オブジェの記憶
« effets du temps », voilà certes qui sonne bien, mais, à dire vrai, c’est le brillant que produit la crasse des mains. les chinois ont un mot pour cela, « le lustre de la main » ; les japonais disent « l’usure », le contact des mains au cours d’un long usage, leur frottement, toujours appliqué aux mêmes endroits, produit avec le temps une imprégnation grasse ; en d’autres termes, ce lustre est donc bien la “crasse des mains”. »
junichiro tanizaki – éloge de l’ombre.

われ/\は一概に光るものが嫌いと云う訳ではないが、浅く冴えたものよりも、沈んだ翳かげりのあるものを好む。それは天然の石であろうと、人工の器物であろうと、必ず時代のつやを連想させるような、濁りを帯びた光りなのである。尤も時代のつやなどと云うとよく聞えるが、実を云えば手垢の光りである。支那に「手沢」と云う言葉があり、日本に「なれ」と云う言葉があるのは、長い年月の間に、人の手が触って、一つ所をつる/\撫でているうちに、自然と脂が沁み込んで来るようになる、そのつやを云うのだろうから、云い換えれば手垢に違いない。
陰翳礼讃、谷崎潤一郎

égard et regards des objets:モノによる配慮、モノによる視線
« Nous ne sommes pas seuls ici. Nous sommes loin d’être entre nous. Permettez-moi, Mesdames et Messieurs, d’invoquer, en même temps que je vous invoque, toutes les choses présentes dans cette salle, ces choses à qui une fois de plus nous avons ôté leur silence, ces choses que nous traitons, que nous avons traitées jusqu’à présent avec la désinvolture et la brutalité coutumières à cette espèce de sauvages à leur égard que nous sommes.  Je ne sais pas si je me fais bien comprendre; je parle de ces murs, des lattes de ce parquet, je parle des clefs que vous avez dans vos poches, de tous ces objets qui nous ont accompagnés, et qui nous ont attendus ici, et qui sont ici avec nous, et qui doivent par force se taire – peut être à contrecœur – et dont nous ne tenons compte jamais, vous le savez, jamais. » 
                                             Francis Ponge, Méthodes, Tentative Orale, 1983, pp. 250-251. 

我々は全く持って我々自身で存在しているのではない。我々だけで自律してるのでもない。この部屋にあるあらゆるオブジェ(モノ)は、少なからず我々がその沈黙を破った事のある対象であり、我々が普段は習慣化から思うままに時には乱雑に扱ったり利用しているモノであると同時に、我々がモノたちの配慮の対象になっているとも言えるのである。例えば、壁や床の木の板、ポケットの中の鍵など。それらは我々と共にあり、沈黙するように強いられ(時には嫌々)、そして我々はその事実について盲目であり、絶対に知り得ないことなのである。
Francis Ponge

Le Zen, comme non-raison ou raison inopérante:非理性あるいは無益なものとしての禅
« Le Zen ne se saisit pas par la raison. Il est avant tout du côté du non sens, en affirmant la présence simultanée des contraires (ordre-désordre, vie-mort, nécessité-hasard, etc.). De cette manière, la pensée Zen est porteuse de paradoxes qu’elle dévoile constamment comme inopérant. » 
Ullrike Kasper – Écrire sur l’eau – L’esthétique de John Cage

禅とは、理性によって摑みとることのできないものである。それは何より先に、意味を成すものにあらず、今ここにある相反するものの存在を肯定する。例えば、秩序ー無秩序、生ー死、必然と偶然など。このように禅を考えたならば、禅とは、矛盾を孕んでおり、それ自体として役に立たないものである。
Ullrike Kasper 

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講演会では活発な質問や議論が行なわれ、参加していただいた皆様には非常に感謝しています。
次回の記事では、この前半の部分に続く講演会後半の作品紹介についての記事を掲載します。どうぞお楽しみに。

florian gadenne :  http://floriangadennecom.over-blog.com
miki okubo :  http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/

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01/7/16

春画展 @永青文庫 / Peinture de moeurs, Exposition de Shunga

 

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今回の日本滞在では、関東で二つだけ展覧会を見た。春画展はそのうちの一つである。春画展がたとえ期待はずれの展覧会であったとしても、訪れたことを後悔しないかもしれないと、ぼうっと思ってしまうほどに、お天気に恵まれた素敵なお散歩であった。訪れられた方はご存知のように、撮影が一切できない展覧会であるために、到着までの写真しかない。が、到着までの道のりの写真が最も素晴らしいように思われる。

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繰り返すまでもなく春画展は、細川家のコレクションをベースに、会期中の入れ替えがあったけれども総数にして120点あまりが国内で「美術展」として鑑賞される機会となった点で国内では大きく着目された。なぜなら、日本では「芸術と猥褻」をめぐるなんだか不明瞭かつ政治的なあるいは戦略的な議論は絶えず創作とは別個に大手を振るい続けていて、近年も記憶に新しい幾つかの「猥褻」をめぐる現代芸術の状況などを考え合わせるにつけ、「いやー、日本でついに春画の展覧会とはすっごいな!」とか言ってみたり、「いやいや、大英博物館やベルギーでの春画展を見てみろ!海外では当たり前に春画は美術として鑑賞され高い評価を得ているではないか!なぜ日本国内で展覧会を行なわない、そのほうが不自然だ!」とか、ナントカ、熱くディベートされたのかもしれない。

春画の猥褻さが本当に問題だというなら、ハッキリ言ってアタリマエで、隠喩に満ちた作品ならともかくも、ハッキリと性器やら体位を表してしまっている絵をガラス越しにのぞきながら、「いやいや、これは美術ですから!」なんていうのも滑稽な話だ。春画がいつ美術でしたか?春画が美術になったのは、美術館で美術品としてなんとなくハイソなものとしてこれを展示した瞬間からであり、別に、発注を受けてあるいは趣味で描かれたこういった絵が「絶対的に芸術的である」ことなど有り得ない。ここにあるのもまた、後付けの「藝術マジック」的な状況である。しかしながら、そこで使われている技術やそこに見られる画家の表現力、想像力はもちろん評価に値するのであって、メタファーやアソシエーションは文化的・歴史的観点からも常に興味深い。そのことを踏まえた上でも繰り返しになるが、「春画は藝術であるか?」などと問うことそのものが滑稽である。

混んでいて作品の見えない展覧会など皆嫌いだと思うが、私も勿論大嫌いである。とりわけ、列にならんだまま少しずつ横にずれていく、しかも「進んでください!」と係の方が絶叫しているような展覧会は恐ろしいので足を踏み入れたくない。一方、永青文庫の展覧会では、予め4つある部屋はどのような順序で回ってもいいということを告げてくださっており、ほっこりした。が、やはり混み過ぎていて、私は大概見たい作品の前でまったく動かず、順番にみたりしないので、3秒ずつ見ては左に皆と同じリズムで横歩きするなんて器用なことができずに何度も列からはみ出したところ、「割り込むな!」と2回お叱りを受け、3回エルボを頂いた。こうすることによって、ご自身もその列から抜ける自由がなくなりほんの少しずつ左側に横歩きするベルトコンベアーと化しているということを恐らくお気づきになっておられるのだろうな、と残念に思いながら、それでも1時間半くらいはゆっくり見ることができた。国内での春画展ということを踏み切られ、そのひとまずは第一歩目の道を造られた細川護煕永青文庫理事長の行なわれたことはやはり良いことであったなあと思う。

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01/4/15

Marcel Duchamp La peinture, même / マルセル・デュシャン ペインティング、さえも

du 24 septembre 2014 – au 5 janvier 2015
Centre Pompidou, Paris, France
Site web : pompidou exposition
9月24日から開催されていて始まった時、行かねば!と思ったのをハッキリ覚えているのに、すっかり3ヶ月が経過してしまったのにはちょっと驚いた。12月31日、2014年最後の展覧会はMarcel DuchampのLa peinture, mêmeです。

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08/31/14

たよりない現実、この世界の在りか @SHISEIDOGALLERY

「たよりない現実、この世界の在りか」展

SHISEIDOGALLERY
2014.7.18 – 8.22
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銀座の資生堂ギャラリーで開催されていた「たよりない現実、この世界の在りか」展は、アーティストの荒神明香とwah documentの南川憲二、増井宏文で構成される現代芸術活動チーム「め」による個展である。資生堂ギャラリーはブティックとは別の入り口を通って地下に降りて行くのだが、展覧会の張り紙はあるもののそれらしい入り口が見当たらない。工事中で鉄骨のあらわになった壁がビニールシートで覆われたような、あれっ、ピカピカの銀座の資生堂にこんな場所が?と思しき空間を意味有りげにのぞかせたドアがこちら側に開いている。どうやらここが入り口である。

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「たよりない現実、この世界の在りか」と題された展覧会はぜんたいでひとつの小宇宙とも宇宙そのものとも呼ぶべきインスタレーションになっていて、この心配を誘う入り口の足場に注意を払いながら階段を下りて行くと、強烈に暖色系の照明が、まだ暗さに慣れていない目の奥に焼き付く。ホテルの廊下に見立てられたその通路には、部屋番号が付されたいくつかの扉が閉じられており、壁には丁寧な印象を与えるランプと異なる世界からのメッセージを自動筆記したようなドローイングが飾られている。廊下は一度曲がって、左手に小さな部屋があり、突き当たり右に、こんどは一部屋だけ、覗き見ることの出来るホテルの一室があるようだ。

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廊下をゆっくりすすみながら、依然として目が慣れない。廊下を一度曲がったあとに、一度目の世界の裂け目と出会う。暗闇の中にホントウは見たことがない「木星」はきっとこのような見た目を呈するのではないかと子どもの頃よく眺めていたカラーの図鑑『宇宙』の本の色のついた美しいイラストのことなどを思う。ぼんやりと浮かぶ球体は、廊下の奥の小さな入り口から入る部屋からも覗き見ることが出来る。

廊下の突き当たりにドアが開いた部屋があり、訪れる人はその公開されたホテルの一室を出たり入ったりしている。ぴたりと整った客室、そこはしかし既に誰かに割り当てられた後の部屋であり、衣類や帽子などが置いてあり、机にもその人の私物と思われるいくつかの物が置かれている。私たちは、誰かの部屋にこっそり忍び込むよう招待され、それゆえに、ベッドや部屋の物に触れてはならないと予め注意されている。客室に住むその洋服や物品の持ち主は、私たちがここに来たことすら知らないのだ。では私たちがいるのはいったいどこなのか?なぜこっそりと誰かの部屋を覗き見ることに招かれ、その人に知られることなく去らねばならないのだろう?もしかして、私たちがホテルに滞在するような時、いや、そもそもいつも通り自分の部屋にいるような時、だれかが訪れてこっそりと我々を垣間みて帰って行く、そんなことがあったのかもしれない。

私たちは誰かの滞在する部屋の縦長の裂け目のまえで立ち止まる。鏡だ。それは通常私たちが「鏡」と呼んでいるものの形状をしており、ただしその境界面は私たちの存在を認めない。触れてはならないと言われている展示の中で、そこに鏡があると信じる以上手をのばすわけにはいかない。なぜ?私たちが頑にルールを守るのはなぜなのだろう?鏡に自分自身が写らないという非常事態を前に、世界と調和するためにルールを守る必要なんてないにちがいない。非常事態は信じ込んでいた世界が壊れるということを意味しているので、このようなとき、風穴が空く。鏡だと思い込んでいた、しかし私を映し出さないそれは、もうひとつの向かい合った部屋に出入りするための穴であったことを見つける。穴は見つからないかもしれない。見つかればそこを通り、見つからなければ戸惑うだろう。しかし人はいつしかその両方に慣れて、二つの異なる世界で生き続けることができるのである。

部屋にあった鏡が裂け目あることが見つかり、ぽっかりと浮かぶ惑星を認め、もういちど灼熱の銀座8丁目の地上に登る道筋がみつかり、地下で見たものについて考えを巡らすこともひとつの現実であり、たとえばホテルの一室で、自分の写らない鏡の前を素通りし、来た道を戻るようなことがあっても、あるいはまた、ギャラリーの入り口のドアのなかの不穏な様子を垣間みて、地下には降りないと決意することも、それらはすべてありそうなことであり、あってよいことである。

「たよりない現実、この世界の在りか」は、一つのありそうな「世界の在りか」を提示することを通じて、もしかして私たちが何らかの事情や慣習から見ないように気をつけていることなどを凝視するような契機を与えてくれるのかもしれない。世界は意外と隙だらけであることなど。

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08/28/14

ニュー・インティマシー 親密すぎる展覧会 / NEW INTIMACIES

ニュー・インティマシー 親密すぎる展覧会 / NEW INTIMACIES

ホテルアンテルーム:http://hotel-anteroom.com/gallery/

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「インティマシー(親密さ)」という類いのテーマが、美術の展覧会においてとりあげられるとき、それがとても魅力的に思えるのはなぜだろう。展覧会だけではない。作品がなにか「親密さ」に関わる主題をめぐって作られたとき、たとえば、美術作品や文学作品、演劇や音楽、あるいはパフォーマンス。様々な形をとって行なわれる表現が、人々の非常に個人的な部分に触れると知るとき、そのようは表現は「繊細で脆く小さな世界」を捉えたに過ぎないと一蹴されうるいっぽうで、同時に、隠された脆弱なそれを垣間みたくてたまらないという欲望に人々は駆り立てられるかもしれない。
そのような状況は、「親密さを表現する」行為それ自体が、ア・プリオリ、見られるべきでない親密な瞬間を他者の目の前で暴露するという自己矛盾の遊びであることに端を発する。

そもそも、芸術の主題は古来より親密な主題に溢れている。親密な主題、それが追求されるのは、異なる人生を生きる個人の非常に違った人生のフラグメントが他者にとってもの珍しい対象として受容されるからではなく、それがユングの元型(archetype)のような普遍的表象の領域に触れうることを人々が直観的に知っているからである。そのことが脆弱な個人をインティムな領域から解放し、大きな世界に関係することを許すのだ。この意味で、一般に普遍性の芸術と呼ばれているものも実は、脆くて小さな個人の表象と表裏一体である。

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さて、「親密すぎる展覧会」の「親密すぎる」とはどういうことだろう。
人はいったい、親密すぎることが出来るのだろうか。恋人同士はいったい、ほんとうに親密すぎる関係なのだろうか?
多様である個体間の関係において、「過剰に親密である」状況を定義するのは難しい。人はどれだけ交わりをもち、共振し合っても、おそらく過剰に親密であることができない。この点では、恋人同士よりも思考の奥深くまでを共有する双子のような個体のほうがずっと親密であると言えるかもしれない。この展覧会タイトルは、冒頭にも述べた、我々の親密なるものへの抗いがたい興味を刺激する戦略的なものだ。私たちは、逆説的にも普遍的である「アンティム」なものを垣間みたくてたまらないように運命付けられている。

本展覧会は、ホテルアンテルーム京都 Gallery 9.5で開催された。8組のカップル(アーティストだけではなく、ギャラリスト、学芸員も含まれる)が、協働で作品を制作し発表している。

〈手をつなぐこと〉のためのドローイング

〈手をつなぐこと〉のためのドローイング

「〈手をつなぐこと〉のためのドローイング」と「〈手をつなぐこと〉のためのインストラクション」は井上文雄+永田絢子により構想され、異なる時間と場所で実践されたイベントである。非常にシンプルなインストラクションは以下の通りだ。

0 待ち合わせ場所に集まってください(トランプを持参すること)
1 トランプの数字を使ってくじ引きをして2人組をつくります
2 それぞれ決まった相手と手をつないで、自由に過ごしてください(90分)
3 最初の場所に集まり、どのように過ごしたかを全員で話し合います(90分)

よっぽどの人好きでない限り、知り合いでも友人でもない他者と手をつないで90分を過ごすのは心理的に抵抗を伴う。苦痛を感じる人もあれば、時間を持て余すかもしれず、あるいはひょっとすると繋いだ手のぬくもりと共有した時間が相手への愛着に転じることもあるかもしれない。こういった「イベント」は日常生活で訪れることない奇妙な事態である。非常事態であるからこそ、新しい関係性の経験をもたらしうる。人々が、奇妙で常軌を逸したこのようなパフォーマンスに、しばしばすすんで身を投じてしまうのは、そのような非常事態の可能的意味を察知する能力があらかじめ備わっているからに他ならない。

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高木瑞希+竹崎和征の作品は、何枚かの異なるドローイングが切り刻まれて、一つの画面を再構成している。細く切り取られた各々の欠片は描かれていたものを垣間見せるものもあれば、全く分からないものもある。目の粗い織物のように再度合成された性質の異なるフラグメントの集合体はまるで、恋人同士という一般的に非常に強く結びつき、互いの深い部分まで踏み込んでいるように思える関係性において、その二つの個体は、混ざり合って中和するのでなく、依然として異物としての存在を保ちながら、しかし分離不可であるつよい結びつきとして存在していることを明らかにしているように思える。

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菅かおる+田中和人の「before flowers are blooming on canvas」は消えかけているような、目を凝らしてもその細部を認めることのできない、独特な表面が印象的な一連の絵画である。

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斎木克裕+西脇エミの作品「CURRENT」はドローイングの下に形而的に水を受けるためのコップが用意されているマンホールを表したものと、イメージの上に水が入ったコップを置くことによりカナル・ストリートを表した二つのインスタレーションから成る。私が展覧会を訪れた日は、九条駅から5分歩くのもままならぬ大雨だったのだが、窓際に設置されたインスタレーションである点在するコップが暗示する「CURRENT」(流れ)が外界とのつながりを強く認識させた。「流れ」は8組のカップルが提案するそれぞれの表現を繋ぐのみならず、それが建物の外へと溢れて行くように促しているようである。

ニュー・インティマシー 親密すぎる展覧会は、8月31日まで開催されている。

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09/3/13
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55th Biennale de Venezia part1/ 55th ヴェネチア•ビエンナーレ No.1

55th Biennale de Venezia part 1

Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palace

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今回アルセナーレ•ジャルディーニの両メイン会場で150人の作家が参加する企画展Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceのキュレーションを行ったのは、イタリアのMassimoliano Gioni(マッシミリアーノ•ジオーニ)である。1973年生れ、最年少でのヴェネチア•ビエンナーレ総合ディレクターだ。展示の共通テーマは百科事典的であること。作品のそれぞれが百科事典的な小宇宙を構成していると同時に、あまりにも異なる世界中の作家が一同に集うIl Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceの空間そのものが全体としての百科事典的な場となる。そこでは、芸術家とそうでない人の差を根本的に疑うような試みがあり、人類が表現とか芸術とか呼んできたものの起源にまで遡ろうとする試みがあり、現実や夢、目覚めていることと無意識であることの間をさまよう試みがあり、そもそも、形やイメージはなんであったのかを問うような試みすらある。
そのIl Palazzo Enciclopedicoのページを繰りながら、我々が思うのは、そのあまりにも巨大な百科事典に綴られた全ての知恵と知識を「身」に付けるのが大事なのではなくて、そこを、さまよってすり抜ける中で世界を目撃することこそが重要なのだということである。

パート1では、写真と映像作品に着目した。

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Camille Henrotは1978年パリ生まれの若手作家である。日本で生け花を学んだこともあるこの作家は、数々の植物を用いたインスタレーション作品を作ってきたほか、ドローイング、写真、映像作品も手がける。salon de mimiにおいては以前、パリのGalerie Rosascapeで行われた展覧会、“Jewels from the Personal Collection of Princess Salimah Aga Khan”についてレヴュー「Camille Henrot/カミーユ•アンロ, ジュエリーは押し花に敷かれて」と galerie kamel mennourでの展覧会「Est-il possible d’être révolutionnaire et d’aimer les fleurs ?」の写真をこちらに掲載している。今回ヴェネチア•ビエンナーレの百科事典的展示のために彼女が構想した作品はGrosse Fatigue(大いなる疲労)である。創世記の神話をもとにしたストーリーを、世界中の国立博物館のアーカイブを現代的な方法で提示する。多様な種が歴史の中でどのように変わって来たのか、あるいは人間もまた生物としてどのように歩んできたのか。地球の始まり、いや、宇宙の始まりにも遡って、そこから今日までの、人間の知っている全ての「知識」をコンピュータのスクリーン上にまとめあげようとする。だが、そこで気がつくのは、次々に開かれたたくさんのウィンドウの集積が表すのは客観的でただ一つの真理ではなくて、人々の思想が様々な角度から光を当てられた局面のようなものだということだ。

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Norbert Ghisolandが我々に見せるのは、第二次世界大戦中に彼のフォトスタジオで撮影されたこどもたちの記念写真である。こどもたちは今も昔も、誕生や入学や、あるいは様々な節句の折に、一人や他の兄弟姉妹と共に、非日常的で非現実的な衣装をまとわされて、カメラの前に立たされる。ここで作家は、親の夢を叶えるためにこの大変な仕事をまかされたこどもたちが、イメージの中でまったく不釣り合いな表情で立ち尽くしている様子。そこにある、ある種の滑稽さや不気味さを浮き彫りにしている。Norbert Ghisolandは1878年生れ、ベルギー出身の写真家である。10代から写真家として働き続けたGhisolandは生涯19000枚のイメージを残している。

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引き続き、子どもの記念写真にかかわる作品を見てみよう。広告写真やスナップショット、マジックランタンやタブロー•ヴィヴォンの写真など、19世紀から20世紀に渡る数々の写真のコレクターとして知られるLinda Fregni Naglerが今回展示した997枚の一連の写真には、思わず足を止め、その様子を一枚一枚確認したくなるような共通点がある。それは、隠された母親の存在である。The Hidden Mother (2006-2013)は、ご存知のように露光時間が長かったダゲレオタイプの写真撮影ならではの困難の結果しばしば見られた奇妙な習慣を伝える。撮影の際、非常に小さな子どもを動かずじっとさせておくことは難しく、子どもだけの記念写真を撮るのは至難の業だった。そこで考えられたのが、母親がすぐそばで支えていれば子どもはじっとしているという当たり前のアイディアであったのだが、写真をみてみると、「写る必要のない」母は、黒い布を被って自らを隠している。(写真 下)そこには明らかに誰かがおり、その存在は誰の目にも明白なのだが、それでも、母は姿を現してはいけないのである。この種類の写真には、子どもを安心させ、じっとさせるためのものと、子どもの「没後写真」の二種類がある。(上のように、子どもの背を後ろから支えているものは没後写真。) 写真が発明され、人々が肖像画を撮るようになった頃、写真が提示するまったく本物らしいイメージは、あたかも死んでしまった人が生き返ったかのように、あるいは、生き返ってくれたらいいとう人々の願いを喚起することになり、生前のような服と姿勢で撮影する没後写真が盛んに撮影されるようになる。生命力の強くない子どもはしばしば幼くして命を落とし、かれらもまた、可愛らしいドレスを着せられ、隠された母親に抱かれ、撮影されている。(展示写真は1840年代から1920年代にわたって撮影され、ダゲレオタイプ、アンブロタイプ、フェロタイプが混在している。)

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Nikolay Bakharevが撮影した家族写真や若い女やカップルの写真において、人々はすこしためらいを表情に浮かべながら、しかしどちらかといえば嬉しそうな様子を見せている。ソヴィエト抑圧下の厳しい統制があった時代、「裸」を写したイメージは厳しく禁止され、それを現像することも所有することも重大な犯罪とされていた。家族や恋人と、肌の露出を伴った写真を頑に禁じられていた当時、人々に唯一許されていた機会は、ビーチで撮影した水着姿くらいであった。人々はとても幸せそうに、唯一の自分の若かった身体、子どもである身体、年をとった肉体をBakharevの向けるレンズに見せてくれた。我々の今日の肉体は、今日しかそこにない。

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Laurie SimmonsAllan McCollumは共にアメリカのアーティストである。Laurie Simmonsは、1949年ニューヨーク生まれ、ユダヤ系の家庭に育ち、70年代より独自の主題をシリーズ化した写真を撮り続けている。人形の家を撮影した初期の作品から一貫して、人形や人形の家を使った状況設定はSimmonsの写真に繰り返し見られる。人形に様々なコスチュームを着せた作品や、人形が世界中の観光名所を旅しているようなシリーズ« tourism »もあれば、« Ballet »もやはり踊る人形がバレエの写真や絵画と重ね合わされている。さらにもっとも最近の作品The Love Doll(2009-2011)では、リアルドールが着物や鵜ウェディングドレスなどを纏って、化粧を施され、リアルな背景や家具の中に身をおかれた写真を撮影している。一方、McCollumは、30年間にわたって、物の公共性とプライベート性についての問題提起を、大量生産される日用品をインスタレーションとして提示することによって続けている。そもそもMcCollumは、俳優を目指し一度イギリスに渡り、帰国の後飲食店の経営やキッチン用品の産業に興味を持って技術系のカレッジに通っている。その後、航空会社で飲食関係の仕事についたが、フルクサスや初期構造主義に影響を受けてアーティストになることを決意する。このような経緯から、大量生産のプロセスとその産物が彼の一貫したテーマの一つなのである。さて、ここでは1984年にAllan McCollumの協力によって実現したActual Picture(1985)が展示された。さて、映し出された人形はしばしば目や鼻がなく、そもそも身体の形も不自然である。表面がざらざらしていたり、鼻のあるべきところがつるっとしていたりする。これらは全て、それは人々のポートレートと同じような一定の大きさの写真に提示されている。ところが実は、この人形のそれぞれは小さな消しゴムほどの大きさしかないフィギュアなのである。一つ一つ肖像画風に提示されるとそれぞれの「人形」は、奇妙な存在感を帯びる。

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Autur ZumijewskiBlindly(2010)において、集まってもらった全盲の人々が太陽を描くところをビデオに収めている。それぞれは筆は使わずに、指や足を使って絵を作って行く。そのうちの一人の男性は途中で、筆を使うことを選ぶ。なぜなら、彼が描きたい太陽の光線の一本一本が、指などを使っていては到底表すことが出来ないからだ。Zumijewskiはワルシャワに1966年に生まれた。ホロコーストの記憶や、Ability(できること)とDisability(できないこと)のボーダーに触れ、歴史的あるいは身体的なトラウマを描き出し、強い感情を引き起こすような表現を行っている。Sumijewskiの作品におけるDisabilityはそれが強い感情を引き起こすものの、それは単純な同情や見ることの拒絶ではなく、人々にそれに見入ることを促すように働く。

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次回は、彫刻とインスタレーションについて書きます。

08/14/13

アンリ•サラ, ラヴェル @ヴェネチア•ビエンナーレ/ Anri Sala, Ravel Ravel Unravel @French Pavilion, la Biennale di Venezia 2013

Artiste : Anri Sala
Curator : Christine Macel
Titre : Ravel Ravel Unravel @French Pavilion

(ヴィデオはこちらでご覧になれます)
dans la pavillon/ パビリオン訪問のビデオ
youtube : http://www.youtube.com/watch?v=k5oOSPIoiZg
interview/ アーティストインタビューのビデオ
youtube: http://www.youtube.com/watch?v=foBKIlq_fPU

55th la Biennale di Veneziaでは、フランスとドイツがパビリオンを交換しての異例の展示となった。オープニング期間中は長蛇の列を作り、1.5時間の待たなければならない人気展示であったらしい。全パビリオンの中でも最も高い天井をもつドイツ館(Germania)を利用してのソロ展示を行ったのはアルバニア出身のAnri Sala、1974年生れ、Ecole Nationale des Arts Décoratifsで映像を学び、現在もパリ在住の映像音響作家である。また、キュレーターはChristine Macel、ポンピドーセンターのキュレーターで、2008年にはGalerie SudにおけるAnri SalaのSolo Exhibition, « Titre Suspended »のキュレーションを手がけている。

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まず、このGermania館は3つのパートに分けられている。入り口と出口に面した二つの部屋ではUnravelの第一プロジェクションと第二プロジェクション、そして中心の最も大きな空間ではRavel Ravelのプロジェクションが見られる。この真ん中の部屋では、二つの画面が上下に重ねられ、二つのフィルムが同時的に上映されている。この作品の主題となっているのは、20世紀を代表するフランスの作曲家モーリス•ラヴェル(Ravel Maurice, 1875-1937)がほぼ同時期に作曲した二つのピアノ協奏曲のうちの一つ、『左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調 op.82』(1930)である。(もう一つは1929年に作曲された『ピアノ協奏曲 ト長調』)有名な話であるが、この曲は、第一次世界大戦中にポーランド戦線で受けた戦傷により右腕を失ったピアニスト、パウル•ウィトゲンシュタイン(Paul Wittgenstein)が戦後になって左手のみで演奏活動を続ける事に決めた際、ブリテン、ヒンデミット、プロコフィエフらがしたように、Ravelも彼の要望に応じて作曲したのが、この『左手のためのピアノ協奏曲』である。実はこの曲、あまりに技巧上の難易度が高いため1931年の上演時、パウルは途中で演奏を断念(即興、変奏)してしまい、後にラヴェル自身が指名する形で、両腕のピアニスト、ジャック•フェヴリエ(Jacque Février)によりパリで上演されたのが完全な初演とされる。楽曲は一般的に3部構成でアナライズされる。おどろおどろしく始まる最初のパートは、徐々に加わって行く管楽器が高揚を極めたところで、突如ピアノのカデンツァに取って代わられる。二部はジャズライクな展開部で一部のテーマが随所に変奏として繰り返しちりばめられている。三部は超絶技巧のピアノのカデンツァを経て短いクライマックスが待っている。この曲では、非常にゆっくりなテンポと目もとまらぬ速いテンポ、それらを繋ぐムーブメントがもつリズムやエネルギーが重要な役割を果たしており、形を変えて繰り返されるモチーフが重なり合っていくことでそれはさらに強烈になる。ラヴェル自身の言葉では、死への思いや孤独への恐れを描いたとされているが、クライマックスに向けてパーカッションやオーケストラが高揚して行く様は没入的な興奮であり、暴力的なものすら感じさせる。

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さて、真ん中の部屋で上下に二つの画面を並べて上映されたRavel Ravelにおいて、この難曲を演じるのはLouis LortieとJean-Efflam Bvouzet、二人の両腕の名ピアニストである。(もちろんコンチェルトの演奏は左手のみにより行う。)オーケストラはOrchestre National de France、指揮はDidier Benettiによる。ここで目を鑑賞者の目をひくのは、飛ぶように動き回りテンポをとる左手の存在よりも、左手をしばしば隠すようにして不気味に画面に映り続ける右腕の存在である。「それぞれの映像では、鍵盤を網羅的にうごく左手とまったく動かない右手、という構図に焦点を当てるよう意図されています。」(アンリ•サラ) さらに興味深い事に、この映像はほぼ同時的に再生され、同じような部分を弾いているにも関わらず、意図的に一方が他方を追いかけるかのようにほんの僅かずらして上映されている。(これは、テンポの違いや解釈の違いと関係のない、意図的な「ずらし」である。)アーティストによれば、これはGermania館の音響効果を利用して、二つのパフォーマンスの時間的ギャップを持続的に実現するためであったという。つまり、空間の意味を破壊することなどがそれである。普通大きな空間で響き渡る音は、その残響を聴き、あるいは壁に反射するエコーを聴く事により、音と空間の関係は身体的に了解される。ここでは、残響とエコーが聴かれる前にもう一方の演奏がやってきて、そのもう一方の演奏の残響とエコーも、やはり他方の演奏によってキャンセルされることで、鑑賞者を包む環境を異化しようという試みであった。

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最初の部屋と出口へ続く最後の部屋で上映されたのは、Unravel(ラヴェルではない)である。ここでは、先ほどのように演奏シーンは見られず、一人の女性の顔のアップ、真剣に、時にヘッドフォンに手を当てて集中して音に耳を傾けている様子が見られるのみである。そこには音楽もなく、女性の表情があるのみである。出口のほうの部屋では、彼女の全身像がキャプチャーされて、彼女はDJを頼まれたChloéという女性で、二人のピアニストが演奏した二つの異なるラヴェルを、まさに会場となっているGerman Pavillonにおいてミキシングしていることが明らかとなる。さきほどのラヴェルの『左手のためのピアノ協奏曲』のフレーズのとぎれとぎれにDJのミキシングで作られるスクラッチ音が聴こえてくる。この3つの部屋を通じてアンリ•サラは、二人のピアニストに更に三人目の解釈者としてのDJChloéの存在を加え、三人によるラヴェルを一つの音響として創り上げ、パビリオンに奏でることを目指した。それが観客の身体を通じてさらに異なる経験として産み直される事を期待しながら。

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わたしはこの展示について感じた印象は、構想された事や計算された事、時間をかけて理解されるべき事や知られなければならない事が山のようにあるのだろうという臭いは明らかに香っているだけれども、数十分音響をこの会場で聴いただけではそこまでよくわからないだろうな、というものだった。個人的に主題となった楽曲については知っているし、3つの部屋に関するディスクリプションも読んだので作者とキュレーターが意図するストーリーは理解したが、描かれたストーリーと作品経験が満足に結びつかないと言うほうが適切かもしれない。面白かったかどうかと鑑賞直後に聴かれたら、迷いなく、面白くはなかったと答えた後に、よく分からなかった、と付け足すと思う。国際展に出展する展示なので難しいコンセプトがあり、簡単にはその表現を受け取る事ができないのは果たして当たり前なのだろうか。たしかに、作品にはコンセプトがあり、コンセプトや作者の目的や意図は、見る人が探しに行くものでもあるし、作者から渡されるものでもある。その両方であろうと思う。だから、見る人に興味がなくてもいけないし、作り手に見る人への興味が欠如していてもいけないのである。この作品が、会場での作品経験に関わらず依然として魅力的なのは、アルバニア出身のAnri Salaがこれまでも行ってきたような、異なるスタイルやカルチャーをぶつけて対話させ融合させるということを音楽において実践してきた基本的なアイディアが、この作品にも通底しており、それが面白いからである。田中功起の『A Piano Played by Five Pianists at Once』(5人で一台のピアノを弾く)と少しだけ類似しているけれども、Anri Salaがやろうとしたのは、むしろもう一次元スケールの大きな事で、演奏者によるミキシングだけではなく、観客を取り巻く空間で起こる出来事までをミキシングして、まったく別の環境を創り出すことであったと、私は思うのである。それをサウンドに集中して挑戦し続けているのがこの作家である。

このように考えてくると、一つの結論が見えてくる。必要なのは、もっとうまく説明したいという事で、それはアートのための配慮であり、人が表現するものを人が享受するのに必要なプロセスである。それが自分の部屋のデコレーションでもなく、それがアートであるかぎり、それは人が関係し、人を関係させる事に関わるべきなのである。

参考:other reference Moma Miami, about A Spurious Emission
参考インタビュー:interview about A Spurious Emission
参考インタビュー:Curator interview, Christine Macel, Titre Suspended, Pompidou

05/11/13

書き散らかしの信仰 :「現代的ドラマツルギとその構造に基づく文学創作」/ Création des romans selon la nouvelle dramaturgie et structure littéraire

2013年パリ第8大学Arts Plastiquesの学部学生を対象とした授業で、後期(2月~5月)「création littéraire / 文学創作」と題された授業を行った。この授業は前期の講義形式とは異なる実習の授業である。パリ第8大学の芸術学科の特徴の一つは学生の幅広いポテンシャルと興味に応えるバラエティに富んだ授業である。実に前後期合わせれば300もの異なる授業が提供されている。さて、フランス語ネイティブ話者でない私が「création littéraire / 文学創作」などと題された授業をするのは、もちろん一般的な意味での文学作品の創作のスキルを学ぶためなどではない。しかし、実習という授業のスタイルを最大限に生かした制作(の嵐)を経験し、その行為ついていちいち考えるためである。
参考までに、シラバスに掲載した詳細は以下。

Titre : Création des romans selon la nouvelle dramaturgie et structure littéraire
Contenu : Dans la société informatique, les développements techniques des jeux vidéos et l’expérience généralisée de la vie virtuelle modifient radicalement la construction littéraire et la dramaturgie. À travers ce cours, on réalise des créations de romans (courts récits dont la forme sera à choisir) en se référant aux caractéristiques structurales, soit de “Keitai-Novel”, “Twitter Novel”, ou encore “Game Novel”. On les diffusera aux lecteurs sur le réseau en réfléchissant à la meilleure stratégie, ou bien on fabriquera un livre imprimé. Ce cours pratique sera conduit en relation avec le cours thétique “Exposition de soi et dispositifs mobiles”.

題目:「現代的ドラマツルギとその構造に基づく文学創作」
今日の情報化社会の中で、コンピュータゲームの技術発展やヴァーチャルリアリティーの日常的経験が我々のライティングやドラマツルギの構造にまで影響を及ぼしている。本実習では、このような変化したライティングの構造的特徴に基づいて様々な可能な形式を選択の上、短編を書く。ケータイ小説、ツイッター小説、ゲーム小説などもその選択肢に含まれる。ストラテジーを練り、最も効果的な方法でインターネット上で発表するか印刷して製本する。本演習は、前期講義「自己表象とモバイル•メディア」の関連授業である。

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本演習は、全12回(1回150分)を大きく3つの項目に分けた。
1、ミニブログを利用し、短編小説を書く
2、日記(ブログ)について考え、日記を書く
3、自由なメディアを用いて私小説を創る

第一部では、ケータイ小説、ライトノベルやゲーム小説(オンライン小説)といった、文学と非文学/プロの作品とアマチュアの作品の境界線を揺るがせながら存在するような作品群の物語構造に着目する。これらの新しい文学作品は経済的なインパクトを考えれば決して無視できない重要な傾向を示しているにも関わらず、クラシカルな意味での小説とこれらの創作は頑固なまでに隔たれがちである。しかし、このような物語に深く侵食された今日、実際に人々がものを書くそのありようは、レシの構造の変化の影響を否応なしに受けている。発話が断片化するだけでなく、その結果、テクスト自体の断片化はロジックの方法にも影響を及ぼす。ミニブログやソーシャルメディアにおいて日々何かを書くという経験を「小説を書く」ことと関係付けられるだろうか。
第一部では、シンプルなゲームのルールを共有し、梶井基次郎の『檸檬』をベースにした幾つかのライティングを実践した。プラットフォームはツイッターを使用した。
①リレー小説(タイトルと出だし、終わりを共有し、その間を参加者で繋ぐ。一つのエピソードはツイート1回分で書かれなければならない。)
②ツイッター小説 課題創作、自由創作(リアルタイムにエピソードごとツイートし、物語を紡いでいく。長さは自由。)
③紙に書くツイッター小説 (②と同じ構想の物語を紙に書く/タイプする。文章表現、物語の長さ、文体は全く異なるものとなる。)

第二部では、日記、自伝、自画像(セルフポートレート)、私小説をキーワードに、今日「私」について書くとはどんな意味を持つ行為なのか考える。日記帳それ自体に錠がついていることもあり、誰にも見られないようにコッソリ書き綴る日記と、赤裸々に綴られた日々の出来事や心境を写真を添えてリアルタイムで公開し続けるブログ。両者は共に、「私」について書く行為に違いないが、その目的も方法も異なる。読まれる事を意識して書かれるブログは、意識的にも無意識的にも、作者が演劇的に振る舞うように促す。演劇的振る舞いには誇張やでっち上げ、噓も含まれる。発表することを前提に書かれた日記は、それがもし物語的変形を含むのであれば、「私」を主人公に織られたオートフィクションと果たして違うものと言えるのだろうか。
第二部では、参加者それぞれに「私にかんする5つの話」を書いてもらった。全体を通じてのタイトルと、各々の話には個別のタイトルをつけ、それぞれの話は個人が選んだ何らかのメディア(写真や音楽、ヴィデオなど)を伴ってブログ記事として発表する。日記の枠組みの中で、どの程度本当の話を書き、あるいは演出するかはそれぞれにまかされている。蛇足であるが、本創作の一つのアイディアの例として、5つの話を写真を添えて授業ブログに掲載した。参加者の多くは、一例としてこれを参照している。(pdf.Les histoires ordinaires(en français), 日本語版はこちらにもあります→salon de mimi,尋常な話 1,2,3,4,5 )

第三部は、文学のみならず、現代アートの領域に目を向けたときにも私小説的なアプローチやテーマはクリティカルな位置を占めていることを認識した上で、私小説のさまざまな方法について模索する。さらには、小説創作のプラットフォームはウェブ上にも見られ、それは必ずしもプロになる事を目的とせずにアマチュアのライターにも広く門戸が開かれているように見える。私たちが「私」についての物語を創作し、それを授業サイトを通じて発表できてしまい、作品がインターネットを通じて誰かによって鑑賞されること、そのたやすさをどう考えれば良いか。あるいは、たやすさの反面、情報を発信してもそれが誰にも読まれないかもしれない可能性(現実)につきまとう空虚な手応えをどう生きればいいか。書き散らかされ、放置されたテクストの山は積み重なる一方であり、情報発信のたやすさはこの山の巨大化に協力するよう全ての個人を招待する。
第三部では、テクストに限らず、自由なメディアを選択の上、オートフィクションを完成させ、その内容を授業ブログに発表し、最終授業で参加者に紹介することにした。

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本演習ではレポート2回が課され、受講者はその問題について作成したレポートを同ブログに公開した。
Sujet du rapport 1
Réflexion sur la pratique de la création littéraire en diffusant les fragments en temps réel comme micro-récits.  Analysez aussi les nouvelles modalités de l’écritures fragmentée en comparant les 2 moyens différents de l’écrit  : sur Twitter et sur papier.
レポート課題1:ミクロブログを通じた短編のように断片的に拡散される文学創作の実践について考察する。断片化されたテクストのあり方についても分析する。

Sujet du rapport 2
Après avoir lu l’ensemble des journaux intimes publiés sur le blog…,
– Publier un journal intime sur le réseau et en tenir sur un carnet sont des expériences tout à fait  différentes, car, quand on le publie sur internet, il est indispensable d’être conscient du regard des autres. ( L’existence de lecteurs inconnus )  Comment cette prise de conscience et cette situation particulière influencent ou modifient l’écriture d’un journal intime ?
– Aujourd’hui, le blog ou bien les sites comme interfaces qui proposent de devenir “écrivain amateur” offrent une grande possibilité pour la création littéraire, comme s’il était désormais plus facile de vous exprimer dans l’écrit. Argumentez votre point de vue et vos remarques à propos de l’acte littéraire dans la société informatique.
レポート課題2:授業ブログ(Le cours)上に公開された作品(journal intime 2013とタグのあるもの)を読んだ上で…、
—インターネット上に日記を公開することと日記帳に綴ることは異なる実践である。インターネット上に公開する際には他者がそれを読む事が前提ととなっているのは言うまでもない。その読まれ得るという意識は日記を書く行為にどのような影響を及ぼすか。
—今日、ブログやアマチュアライターの活動を勇気づけるようなサイトは、文学創作の可能性を切り拓き、それはあたかも、これから人々は書くことによって容易く自己表現できるのだと主張しているようでもある。情報化社会の中で、ものを書くとはどのようにあるべきか。

昨年の9月に開設したこの授業ブログは、現在500もの記事が文字通り「散乱している」。各々の独立した情報が整理されたページと違い、ホームを覗けば、タグごとに検索しないかぎり、投稿された時間順にひたすら記事が現れる。書き手の殆どはソーシャルメディアを利用した経験があり、チャットやメールなどのデジタルテクストによるコミュニケーションに慣れており、中には個人ブログに日々日記を書いている。彼らはウェブで言葉を発することに何の恐れもなく、戸惑わない。さきほど「散乱している」と言ったが、私は故意にそれが散らかるように仕組んだのではないし、各々の記事にはタイトルもキーワードもタグもついており、カオティックな本棚よりも遥かに整然としているのかもしれない。それでもなお、この場所は何となく不穏である。ウェブリテラシーとか、ウェブ時代のルールのようなものがあり、繊細できちんとしていて情報リテラシーがある先生ならば、授業ブログは、各々の記事のクオリティーを高くしようとか、書き間違いや誤りは皆無にしようとか、生徒の書いたものを隅々までコントロールしてその内容を管理把握しようとか、せめて前のスメスターの記事は消そうとか、考えるのかもしれない。私は今のところそれをしていない。勿論、誤字脱字のレベルなら外国人の学生も多いパリ第8大学なので添削めいたことをするのは悪くない。その外で私は今のところ、全ての記事を残し、全ての書き手にも彼らが望むなら、いつでもログインして自分の記事を直したり消したり新たに書き加えたりする可能性を開き続けている。にもかかわらずその結果は、自分の書いた物がこんなにも閲覧可能に置き去りにされているのに、誰一人としてそのテクストを拾い集めに行かず、振り返って直そうともせず、あるいはすんだ事だからと言って処分したりもしない。大学生活では次々に課題が与えられ、論文やレポートやプレゼンが課され、それらを超高速でこなして、できるだけ良い点数で単位を取得しなければならない。したがって、授業で要求されたならレポートをウェブで公開するのも仕方ないし、済んだ事は基本的に振り返らない。この諦めの態度は、悪く言えば堕落であり、良く言えば、底抜けにいさぎよい。

私の行っていることは、いわゆる完璧志向の既存の情報リテラシーを信仰する人には最強の堕落と見なされるだろうし、授業のウェブサイトはそのように「あるべきでない」と否定されるだろう。私はそう思う人がたくさんいるだろうことと、その憤慨は理解した上でなお、この書き散らかしたものたちが何か大切なことを語っている気がしてならない。書き散らかしこそが本質的と思っている一面もある。そして本実習の結果は参加者に実験的書き散らかしを経験してもらう事でもあり、そのことについていちいちああでもないこうでもないと考えてもらうことであった。そしてその考えた事をウェブおよび物理的空間(授業中)の両方で緩やかにでもいいから共有するということが、このCréation des romans selon la nouvelle dramaturgie et structure littéraire(「現代的ドラマツルギとその構造に基づく文学創作」)と題された授業で目指したことである。

*Le Coursの今後のゆくえは未定である。個人的計画ではまだしばらく、「このまま」である。ちなみにどなたでも筆者としてメンバーになることができる。参加希望があればどうぞご連絡ください。(Le Cours :http://www.mrexhibition.net/cours/)

02/21/13

ICOMAG 2013「批評」のテーマから考えたこと/reflexion on the aim of ICOMAG 2013

先日、文化庁主催のメディア芸術コンヴェンションが東京六本木で開催された。私は遠方におり、非常に関心があったにもかかわらず参加することが出来なかった。しかし、海外でメディア芸術に携わるアーティストや研究者からもこの会議のコンセプトについてのコメントをもらうという座長吉岡洋さんの提案のおかげで、第3回メディア芸術コンヴェンションのテーマ(icomag site)について、すなわちハイブリッドカルチャーにおける批評の可能性について、パリ第8大学のジャンルイボワシエさんおよび彼のセミナーに所属する数名の研究者と意見を交換することが出来た。日本で行われたリアル会議とは別の文脈であるが、日本のポピュラーカルチャーについての考察(あるいは、一般的に文化の越境という現象を考えること)にかんして、あくまで私自身が日頃抱いている問題をまとめながら、この議論のことをこのブログに記録したい思う。

今日よく知られているようにフランスは、世界的で日本に次ぐマンガの消費国である。パリでは毎年(昨年は20万人を動員)ジャパンエクスポや、大規模なコミケ、パリ•マンガサロンなどが盛況を収め、日本のマンガは、彼らのオリジナルカルチャーであるバンド•デシネ(Bandes desinées)を経済効果の点で遥かに上回って(しまって)いる。日本のアニメやゲームの人気も高い。その勢いは日本食、日本語教育、伝統文化も一緒くたに波及し、ジャポンは、所謂「クールジャパン」でプロモーションされてきたセクターのみならず全体的にクールである。こういったファンタジー的憧れは、ワンダーランドとしての遠き島国を思い描く想像力がいかにも簡単に紡ぎだしそうな物語のひとつである。そしてこのシステムは、日本に対してのみ向けられる特異な視点を裏付けるものでは全くないのであり、むしろ、日本のガールズが花の都パリ(死語?)に憧憬の念を抱く際の一生懸命さ(およびそれを支える日本のコマースとツーリズムの努力)のほうがよほど素晴らしいし、この程度のファンタジーは世界中に溢れている。ただ、日本を巡る物語についてやや驚くべきことがあるとすれば、そのファンタジーが今日においてもまだ機能するという日本のしつこいワンダーランド性である。

座長吉岡洋さんが昨年の3月にブログに掲載した「クールジャパンはなぜ恥ずかしいのか?」を先日フランス語に翻訳し、ウェブに掲載した。( text in French on salon de mimi, on blog by Hiroshi Yoshioka, original text in Japanese is here.) その記事の末尾は「「メディア芸術」をめぐる過去2回の国際会議の企画とはわたしにとっては、日本におけるポスト植民地主義を目指す文化的闘争であったのだ。」と結ばれている。このテクストは、1980年代に成熟し90年代には既に海外で積極的に受容されたマンガやアニメを、生みの親である日本がなぜ、2000年代後半になるまで自らのナショナルな文化と認め、外交戦略化しなかったのかをクリアーに説明する。(なるほど、そういえば精華大学におけるマンガ学部設置は2006年、京都マンガミュージアムの会館も2006年、外務省のポップカルチャー発信士/通称カワイイ大使任命は2009年である。)このテクストは、さらに、なぜ海外で日本人としてポップカルチャーを発信する際になんとなく後ろめたさが伴うのだろうという私個人の内省的体験にも、ひとつの解釈を提示してくれた。(このことは自分のブログでゴシックロリータの装いで文化レクチャーをすることを綴った記事や、高嶺さんの展覧会を論じた記事でも書いた。) 私はこのテクストを次の二つの点で重要と見なし、日本語以外の言語に訳される意義を見いだしている。一つ目は、日本人が日本のポップカルチャーをに対して抱いている「恥ずかしさ」(「恥ずかしい」というのはつまり、何らかの後ろめたさやそれを認めたくないとする気持ち)の存在を率直に肯定したこと。二つ目は戦後日本の植民地主義/意識を巡る問題について、日本社会がこの問題を隠蔽し直接対峙することなく現代まで先延ばしにしてきたという筆者の考えを通じて正面から文章化したことである。もちろんこの二つの点は互いに強く関係し合っていて切り離すことは出来ない。

まずは、「恥ずかしさ」を切り開らくことから始めよう。

当たり前のことだが、我々日本人がクールジャパンを恥ずかしく思っているなどということは、特定の社会的コンテクストを共有しない外国人には知られておらず、この内実は理屈で理解されることは可能であれ、いささか複雑化され過ぎており、日本人自身が言語化しきれずにいるという事実がある。ともあれ、そんなことは彼らの日本現代文化への熱意を邪魔もしなければその魅力を傷つけもせず、つまりは比較的どうでもいいことですらある。つまり、日本の外(あるいは内)でサブカルで括られる表現活動を受容吸収する多くの若者(あるいは若くない人々)にとって、異種混交的文化(hybride culture)とは、ある程度国際的で一般的な状況に収集できる事態である。誤解を恐れず言うなら、大きな流れとして今日の世界は、日本でもヨーロッパでも共通の枠組みに置かれていると見なしうる。文化の商業化•脱政治化傾向もまた、国際的なコンテクストで語られ得る。

それはそれでよいのだと私は考えている。日本固有の社会•歴史的背景に基づき、日本的ハイブリッドの特殊性を分析し、それを語ることは繊細で丁寧な仕事であり、必要不可欠なプロセスである。一方、日本でしばしば議論されてきた「メディア芸術/Media Geijutsuとは何か?」に代表される問いはとても厄介である。なぜなら、「メディア芸術」という言葉をMedia ArtではなくMedia Geijutsuと英訳すること自体がややもすれば対話を拒絶する姿勢の表明であると解釈されかねないからだ。このことはもっと丁寧に説明されるべきであり、ひょっとしたら語弊があるかもしれないが、私は「メディア芸術とはなにか」とか「メディア芸術のどの点をもって芸術なのか」という命題の答えを定めることに重要性を感じていない。むしろ、芸術という日本語の言葉が予め持っている特性に関わりすぎることに拠って、もっと大きなものが見えなくなる恐れがある。こういうのこそ実は、潜在的にotaku-likeな言説の一つになりかねない議論であり、言語ゲームに終始するならばただのdis-communicationに陥ってしまう。

オタクは「彼らが属するコミュニティー内では社会的態度でふるまうが、その社会性はコミュニティー内部に限られる」という側面がその意味の核を作っており、オタク的○○あるいはotaku-likeな○○という表現に応用されることによって、マンガ•アニメのフィールドに関わらず、広く使用できる。たとえば、メディアートを語るための専門的でテクニカルな言葉、科学の研究者が使う一般人の理解を全く期待しない専門用語、あるいは、(言語の壁までもその対象になるとすれば)、日本人にしか理解しがたい議論、それをあたかも翻訳不能であるかのように努力もせずに語る態度はすべてotaku-likeである。じつは、日本のマンガやアニメ、ゲームの領域が自己再生産的に成長できる自給自足のシステムをもっていることが、この領域の批評の難しさの本質をついている。フィールドのオタク的なあり方それ自身が、自らが理解される可能性を自己閉鎖していると言えよう。専門化したフィールドに対話の可能性を見いだしていくのが批評だとすれば、そのプロセスは、そのフィールドの内側にある言葉を大切にし、その言葉を通じる言葉(もっと意味のある言葉)に言い直すことから始まるに違いない。

現代のハイブリッドカルチャーにおける批評可能性は、したがって、通じる言葉で語る人々とそれに心静かに対応するotオタクの人々のやりとりを活性化することにある。私はotaku-likeな言説それ自体を否定しない。なぜなら、otaku-likeな語りこそ、各々の表現活動の現場にもっとも違い場所で生まれて語られる言葉だからだ。それらはただ、開かれて相互理解可能になればいい。

また、マンガやアニメ、ゲームが堂々と日本文化の仲間入りするのを長年妨げた日本的思想に「文化や芸術を経済•産業に結びつけるなんて、なんだかはしたない!」という暗黙の了解がたしかにある。(「クールジャパンはなぜ恥ずかしいのか」で指摘された通りである。)マンガやアニメ、ゲームの強力な経済活動との結びつきに批判的な目を向ける考え方だ。この妙にエレガントで日本的な思想は話し合いの参加者を驚かせることとなり、いわゆるハイアートであっても本質的に経済活動のコンテクストから逃れられないのだから、その点をもってハイとローの文化•芸術を分けることは出来ないという結論に至らせた。このハイとローの価値観、カルチャーとサブカルチャーといった対比そのものが今日やや時代遅れの議論ではないかという率直な感想も上がった。

ポピュラーカルチャー(大衆文化)の意味するところは、4つある。大衆にさし向けられる文化、大衆が消費する文化、既存のものを覆すために大衆が生みだすアヴァンギャルド的な文化、そして、消費者の大衆が生産者も兼ねるような過渡段階に位置する文化。ポピュラーカルチャーと言う時、一般には大衆が消費する文化をさす場合が多いのだが、上述の4つの意味を考えるならば、なるほど、現在いわゆるハイカルチャーと考えられているフィールドだって一定時間よりも以前、オリジナルのものが大衆により「日本化」したこともあるし、既存のものを破壊する芸術運動から作り出されたものだって含まれる。そう思ってみれば、この区別も線を引くことに目くじらを立てずともよろしい。たしかに我々は、誰から教わったのか今となっては思い出せない超謙虚な姿勢を美徳として共有している。日本のハイカルチャーにはオリジナリティがなくていつも西洋の真似をしてきた、マンガとアニメくらいしかソフトパワーになってない、という考えがその典型だ。この考え方はいささかペシミスティックすぎる。

さて、otaku-likeなパロールの(悪)循環は、各々のフィールドのみならず、「日本語」という言葉すらその仕組みのなかにそのまま含むことができてしまう。どういうことか。特定の社会や文化についての共通知識を前提として要求するような話(存在する殆どの議論はもちろん何らかのコンテクストをもっているが)では、デリケートな内容はなかなか翻訳されにくいので、そこには高い言葉の壁があるように見える。あるストーリーが言語間を越境する困難はあっていい。それがうまく伝わらないのも、理解が難しいと受け止められるのも、いい。ただ、それを自己を防御し他者を攻撃する手段として利用するようなくだらないスタンスがあるとすれば、それは直ちに放棄するべきだと思う。非日本語話者に解らないからとインターネット上で日本語で誹謗中傷すること。水戸芸術館における高嶺さんの展覧会「高嶺格のクールジャパン」の「自由な発言の部屋」という大事な章は、日本社会のそういった問題にも焦点を当てる。ネットの言論は本来すべからく誰の目にも触れ、誰にも理解される可能性を孕む。今日明日ではなく、いつまでも。なぜなら、それはひとたび書かれたものだからで、ネットに接続された世界で生き、そして書き、そこで何かを語るクリティークという行為は、すべてそういう性質を請け負う。展覧会「天才でごめんなさい」の会田誠さんが、膨大なツイートを無許可転載し作品に利用したことがたいそう騒がれたようだが、そんなことに目くじらを立てることほどナンセンスなことはなく、現代における発言とはもはやそのようなものだと諦め認めて、むしろそれを慈しむ「おしゃべり/talkative」な語り手になることが、異種混交文化の中で「生きた」批評をすることに繋がるのではないかと今のところ信じている。