09/5/13
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55th La Biennale de Venezia part2 / 55th ヴェネチア•ビエンナーレ no.2

55th Biennale de Venezia part 2

Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palace
パート1では、写真と映像作品に着目し、Camille Henrotの創世記の映像作品、Norbert Ghisolandの子どもの記念写真、Linda Fregni Naglerの隠された母親と子どもの没後写真、Nikolay Bakharevが撮影したソヴィエト抑圧下の家族写真、Laurie SimmonsAllan McCollumによる鉄道フィギュアのポートレート、そしてAutur Zumijewskiの盲目の人々が太陽を描く映像作品について紹介した。
part2では、同様にIl Palazzo Enciclopedicoから、彫刻/人形とインスタレーション作品についてそのいくつかを紹介したい。

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まずは、アルセナーレ会場で注目を集めたPaweł Althamerのインスタレーションを見てみることにしよう。ちなみに、前回part1に登場した、映像作家のAutur Zumijewskiは彼のコラボレーターで、しばしば協働作品を作っている。
ワルシャワ出身のPaweł Althamerは、身体や精神の問題を扱って彫刻、ビデオ、パフォーマンス作品を作ってきた。とりわけ、身体の「もろさ」や「感じやすさ」に関心を抱き、その境界を探るような実験的作品をしばしば自身の肉体を通じて問うている。以前は髪や腸などのマテリアルを利用した彫刻を作ったこともあるが、最近では、彼の父がプラスチック製造会社を営んでおり、その協力を得て、帯状のプラスチックを利用した彫刻を制作している。本作品では、90人のヴェネチア人に実際にモデルになってもらい、顔と手の型をとった。身体の部分はプラスチックの帯状ヒモで、実物大の人間を造形した。作られた彫像はリアルな人間サイズで、それが90体も様々なポーズで配置された空間は、圧倒的なインパクトを持っていながら、一体一体の人間の身体の中は空虚で脆弱である。我々の肉体もまた、ただ魂を匿う「乗り物」(vehicule)でしかないことを表している。
(ヴェネチアを訪れるほんの少しまえ、偶然ワルシャワ現代アート美術館(Museum of Modern Art in Warsaw)にて、こちらは白いプラスチックを利用したPaweł Althamerの作品を見た。この彫刻では、人々が巨大な物を協力して引いている様子が表されている。実はChristian Kerezによって設計された現代アート美術館を建てるという壮大なプロジェクトを人々が大変な努力をして引っ張っている様子を表している。(Burłacy, 2012))

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テラコッタ製の彫刻群(2006-2007)は、「モンスター」というのが時々はばかられるが、身体の表面に小さなとげのような陶器の欠片をびっしりと纏って様々な形をした想像上の生き物たちの集合である。作者であるShinichi Sawadaは、1981年滋賀県生まれ、自閉症と知的障害を持つ。2001年より陶芸を始め、クリアーなプランを繊細な手作業によって実現し、世界的に高い評価を受けている。2010年には、モンマルトルでの展覧会Art Brut Japonais に出展し、私も会場で展示作品を見たのを覚えている。フランスでは展覧会名が示すように、Art Brut(英語でいうアウトサイダー•アート)というカテゴリーに入れられていたが、ヴェネチア•ビエンナーレのIl Palazzo Enciclopedicoでは、むしろ、想像上の生き物たちの百科事典的なヴァリエーションの一ページとして澤田の作品が位置づけられているように思える。

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さて、Charles Rayは、初期はアンソニー•カロやデヴィッド•スミスらモダニズムの彫刻家に影響を受けるが、その後1970年代にはミニマリストのムーブメントに着想を得ている。様々なマテリアルを用いて作品を作ってきたが、人間を模した彫刻は特徴的である。彼は、非常に大きな女性や子どもと大人の大きさが全く均一な家族など、見る者を困惑させるような彫刻を作る。展示されたFall(1991-1992)は、高さ243cm、厚さ66cm、幅91cm。巨大なキャリアウーマンである。普通のサイズであったなら、ただのマネキンである典型的なコスチュームを着て真っ赤なルージュを引いたブロンド女が、どうしても人々の注意を引いてしまうのはなぜだろう。(撮影禁止のため、イメージはありません。)

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Paul McCarthyは先日パリのポンピドーセンターで行われた個展にかんしてレヴューを乗せた(http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=2297)Mike Kelleyと親交が深く、昨今の展覧会では、Mike Kelleyとのコラボレーション作品Heidi(ビデオ作品)が展示された。ロサンゼルスで学び、前衛的でラディカルなでボディ•アートやパフォーマンスを展開する。Paul McCarthyは、自身が述べているように典型的なアメリカン•カルチャーの影響のもとに育ってきた。ディズニー、B級映画、コミック、消費社会のマスメディアの要素を進んで作品に取り入れる。その一方で、彼が同様に強烈な影響を受けたのは、フルクサス、ハプニング、パフォーマンス、ボディ•アートといったヨーロッパにおけるアヴァンギャルド芸術で、とりわけウイーンにおけるアクション•アートに最も影響を受けたのだが、これに対してはある種、自分は部外者であるコンプレックスのもとに受容したのであり、それがMcCarthyの特徴を形作ったとも言える。展示作品、Children’s Anatomical Educational Figure(1990)は、巨大なぬいぐるみの腹部が裂けて、臓物が飛び出している。子どもの顔はアニメ的な笑顔を崩さず、胸部の心臓がある場所にも「ハートマーク」が描かれている。身体への暴力や衛生概念を混乱させるような一貫した試みが見られる。

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Cathy Wikesのインスタレーション作品Untitled(2012)では、二人の子どもと、おそらくはその母親が、一人の男が酒の瓶のあるテーブルの前でうなだれて、しかし今にも暴力をふるいそうな恐ろしい様子が設定されている。男はもちろん、子どもたちの父親であり女性の夫であろう。Cathy Wikesは、資本主義社会における女性のあり方や、家事労働、社会における母親という立場を浮かび上がらせるような作品を作ってきた。平凡でありふれた感じのする家具や壁紙、キッチン用具、そこに静かな緊張があり、不条理があり、誰にも聴かれない声がある。

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Rosemarie TrockelFly me to the Moonは静かでありふれた日常に潜む恐ろしい物語を浮かび上がらせる。赤ん坊は宙づりにされたゆりかごにふわふわ揺られ、すやすやと眠っているようだ。その赤子のすぐ横には毛むくじゃらの動物、丸くなっている犬か猫らしきものが共におり、同じ部屋の床には若い女が下着姿でテレビを見ている。女が見ている映像は、人間が初めて着きに上陸したあのシーン。女は自分の平凡で途方もない日常とはほど遠いファンタスティックな映像に夢中だ。したがって、女はまったく赤ん坊に無関心だ。ひょっとすると、母親ではないのかもしれない、とするとベビーシッターだろう。女は更にテレビに熱中し、毛むくじゃらの動物ははっきりと身体を上下させて寝息を立て、生命の存続をアピールする。もう一度、おそるおそる赤ん坊に目をやる。顔にとまっている大きな蠅はじつは、その子どもが既に死んでいるというサインだったのだ。

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Morton Barlettはしばしば、ヘンリー•ダーカー(Henry Darger)と引き合いに出される、生前は人形を作っていたことは知られていなかったアーティストである。というのも、1992年、彼が亡くなった時、自宅に大量の解剖学的に正確なプロポーションをもった手作りの人形が、30年物の新聞に丁寧に包装されて、さらには手作りの服を着せられて(あるいは、中には服を着ていないものもあった)、発見されたのである。彼が死ぬまで、Barlettがこんなに人形に執着があるとは知られていなかった。可愛らしい人形は実物の少女の二分の一くらいのサイズで作られており、どの少女も美しく、あどけない表情をしている。Barlettはダーカーと同じように孤児院で幼い頃を過ごすが、ダーカーと違って8歳のとき、裕福な家庭に引き取られ、孤児院をあとにする。ハーバード大学を中退し、写真家として働く。
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さて、Barlettがたくさんの人形を制作していたことについて、彼の知られざる趣味や想像にかんして、さまざまに議論されてきた。彼が人形や少女に対して、フェティッシュでロリコン的な趣味を持っていたことなども疑われるのだろう。一方で、もう少し別の視点から作品そのものに着目してみてはどうか。この作品が人目をひくのは、ひとえに、各々の人形が発しているオーラのようなものよると私は感じている。人形たちは、不幸で悲観的ではないにせよ、生きることの難しさを少なくとも、少しは知っている少女たちなのである。少女たちの纏っている衣服は、かならず一部分が壊れている。帽子をかぶった少女が、なぜ座っているのかご存知だろうか。彼女の靴が破れているからである。彼女は、ほころびたぼろぼろの靴を履いていることを隠すために、座っているのだ。別の少女はスカートのホックもファスナーもない。襟がほつれている、極端に短いTシャツを着ている。彼女たちは、楽しそうに笑っているけれど、寂しいことや辛いことを知っている。人形たちは、孤児院で育ったMorton Barlettが生涯忘れなかった子ども時代の寂しい気持ちを少しでも穴埋めしようと創り出した、想像上の家族たちであった。
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次回は、ペインティングとドローイングについて書きます。

09/3/13
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55th Biennale de Venezia part1/ 55th ヴェネチア•ビエンナーレ No.1

55th Biennale de Venezia part 1

Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palace

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今回アルセナーレ•ジャルディーニの両メイン会場で150人の作家が参加する企画展Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceのキュレーションを行ったのは、イタリアのMassimoliano Gioni(マッシミリアーノ•ジオーニ)である。1973年生れ、最年少でのヴェネチア•ビエンナーレ総合ディレクターだ。展示の共通テーマは百科事典的であること。作品のそれぞれが百科事典的な小宇宙を構成していると同時に、あまりにも異なる世界中の作家が一同に集うIl Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceの空間そのものが全体としての百科事典的な場となる。そこでは、芸術家とそうでない人の差を根本的に疑うような試みがあり、人類が表現とか芸術とか呼んできたものの起源にまで遡ろうとする試みがあり、現実や夢、目覚めていることと無意識であることの間をさまよう試みがあり、そもそも、形やイメージはなんであったのかを問うような試みすらある。
そのIl Palazzo Enciclopedicoのページを繰りながら、我々が思うのは、そのあまりにも巨大な百科事典に綴られた全ての知恵と知識を「身」に付けるのが大事なのではなくて、そこを、さまよってすり抜ける中で世界を目撃することこそが重要なのだということである。

パート1では、写真と映像作品に着目した。

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Camille Henrotは1978年パリ生まれの若手作家である。日本で生け花を学んだこともあるこの作家は、数々の植物を用いたインスタレーション作品を作ってきたほか、ドローイング、写真、映像作品も手がける。salon de mimiにおいては以前、パリのGalerie Rosascapeで行われた展覧会、“Jewels from the Personal Collection of Princess Salimah Aga Khan”についてレヴュー「Camille Henrot/カミーユ•アンロ, ジュエリーは押し花に敷かれて」と galerie kamel mennourでの展覧会「Est-il possible d’être révolutionnaire et d’aimer les fleurs ?」の写真をこちらに掲載している。今回ヴェネチア•ビエンナーレの百科事典的展示のために彼女が構想した作品はGrosse Fatigue(大いなる疲労)である。創世記の神話をもとにしたストーリーを、世界中の国立博物館のアーカイブを現代的な方法で提示する。多様な種が歴史の中でどのように変わって来たのか、あるいは人間もまた生物としてどのように歩んできたのか。地球の始まり、いや、宇宙の始まりにも遡って、そこから今日までの、人間の知っている全ての「知識」をコンピュータのスクリーン上にまとめあげようとする。だが、そこで気がつくのは、次々に開かれたたくさんのウィンドウの集積が表すのは客観的でただ一つの真理ではなくて、人々の思想が様々な角度から光を当てられた局面のようなものだということだ。

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Norbert Ghisolandが我々に見せるのは、第二次世界大戦中に彼のフォトスタジオで撮影されたこどもたちの記念写真である。こどもたちは今も昔も、誕生や入学や、あるいは様々な節句の折に、一人や他の兄弟姉妹と共に、非日常的で非現実的な衣装をまとわされて、カメラの前に立たされる。ここで作家は、親の夢を叶えるためにこの大変な仕事をまかされたこどもたちが、イメージの中でまったく不釣り合いな表情で立ち尽くしている様子。そこにある、ある種の滑稽さや不気味さを浮き彫りにしている。Norbert Ghisolandは1878年生れ、ベルギー出身の写真家である。10代から写真家として働き続けたGhisolandは生涯19000枚のイメージを残している。

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引き続き、子どもの記念写真にかかわる作品を見てみよう。広告写真やスナップショット、マジックランタンやタブロー•ヴィヴォンの写真など、19世紀から20世紀に渡る数々の写真のコレクターとして知られるLinda Fregni Naglerが今回展示した997枚の一連の写真には、思わず足を止め、その様子を一枚一枚確認したくなるような共通点がある。それは、隠された母親の存在である。The Hidden Mother (2006-2013)は、ご存知のように露光時間が長かったダゲレオタイプの写真撮影ならではの困難の結果しばしば見られた奇妙な習慣を伝える。撮影の際、非常に小さな子どもを動かずじっとさせておくことは難しく、子どもだけの記念写真を撮るのは至難の業だった。そこで考えられたのが、母親がすぐそばで支えていれば子どもはじっとしているという当たり前のアイディアであったのだが、写真をみてみると、「写る必要のない」母は、黒い布を被って自らを隠している。(写真 下)そこには明らかに誰かがおり、その存在は誰の目にも明白なのだが、それでも、母は姿を現してはいけないのである。この種類の写真には、子どもを安心させ、じっとさせるためのものと、子どもの「没後写真」の二種類がある。(上のように、子どもの背を後ろから支えているものは没後写真。) 写真が発明され、人々が肖像画を撮るようになった頃、写真が提示するまったく本物らしいイメージは、あたかも死んでしまった人が生き返ったかのように、あるいは、生き返ってくれたらいいとう人々の願いを喚起することになり、生前のような服と姿勢で撮影する没後写真が盛んに撮影されるようになる。生命力の強くない子どもはしばしば幼くして命を落とし、かれらもまた、可愛らしいドレスを着せられ、隠された母親に抱かれ、撮影されている。(展示写真は1840年代から1920年代にわたって撮影され、ダゲレオタイプ、アンブロタイプ、フェロタイプが混在している。)

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Nikolay Bakharevが撮影した家族写真や若い女やカップルの写真において、人々はすこしためらいを表情に浮かべながら、しかしどちらかといえば嬉しそうな様子を見せている。ソヴィエト抑圧下の厳しい統制があった時代、「裸」を写したイメージは厳しく禁止され、それを現像することも所有することも重大な犯罪とされていた。家族や恋人と、肌の露出を伴った写真を頑に禁じられていた当時、人々に唯一許されていた機会は、ビーチで撮影した水着姿くらいであった。人々はとても幸せそうに、唯一の自分の若かった身体、子どもである身体、年をとった肉体をBakharevの向けるレンズに見せてくれた。我々の今日の肉体は、今日しかそこにない。

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Laurie SimmonsAllan McCollumは共にアメリカのアーティストである。Laurie Simmonsは、1949年ニューヨーク生まれ、ユダヤ系の家庭に育ち、70年代より独自の主題をシリーズ化した写真を撮り続けている。人形の家を撮影した初期の作品から一貫して、人形や人形の家を使った状況設定はSimmonsの写真に繰り返し見られる。人形に様々なコスチュームを着せた作品や、人形が世界中の観光名所を旅しているようなシリーズ« tourism »もあれば、« Ballet »もやはり踊る人形がバレエの写真や絵画と重ね合わされている。さらにもっとも最近の作品The Love Doll(2009-2011)では、リアルドールが着物や鵜ウェディングドレスなどを纏って、化粧を施され、リアルな背景や家具の中に身をおかれた写真を撮影している。一方、McCollumは、30年間にわたって、物の公共性とプライベート性についての問題提起を、大量生産される日用品をインスタレーションとして提示することによって続けている。そもそもMcCollumは、俳優を目指し一度イギリスに渡り、帰国の後飲食店の経営やキッチン用品の産業に興味を持って技術系のカレッジに通っている。その後、航空会社で飲食関係の仕事についたが、フルクサスや初期構造主義に影響を受けてアーティストになることを決意する。このような経緯から、大量生産のプロセスとその産物が彼の一貫したテーマの一つなのである。さて、ここでは1984年にAllan McCollumの協力によって実現したActual Picture(1985)が展示された。さて、映し出された人形はしばしば目や鼻がなく、そもそも身体の形も不自然である。表面がざらざらしていたり、鼻のあるべきところがつるっとしていたりする。これらは全て、それは人々のポートレートと同じような一定の大きさの写真に提示されている。ところが実は、この人形のそれぞれは小さな消しゴムほどの大きさしかないフィギュアなのである。一つ一つ肖像画風に提示されるとそれぞれの「人形」は、奇妙な存在感を帯びる。

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Autur ZumijewskiBlindly(2010)において、集まってもらった全盲の人々が太陽を描くところをビデオに収めている。それぞれは筆は使わずに、指や足を使って絵を作って行く。そのうちの一人の男性は途中で、筆を使うことを選ぶ。なぜなら、彼が描きたい太陽の光線の一本一本が、指などを使っていては到底表すことが出来ないからだ。Zumijewskiはワルシャワに1966年に生まれた。ホロコーストの記憶や、Ability(できること)とDisability(できないこと)のボーダーに触れ、歴史的あるいは身体的なトラウマを描き出し、強い感情を引き起こすような表現を行っている。Sumijewskiの作品におけるDisabilityはそれが強い感情を引き起こすものの、それは単純な同情や見ることの拒絶ではなく、人々にそれに見入ることを促すように働く。

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次回は、彫刻とインスタレーションについて書きます。