07/27/15

Henry Darger (1892-1973), La violence et l’enfer / ヘンリー・ダーガー その暴力性と地獄

ヘンリー・ダーガー その暴力性と地獄

Exposition du 29 mai au 11 octobre 2015 @Musée d’Art Moderne de la Ville de Paris
Web: www.mam.paris.fr

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ヘンリー・ダーガーのことについて、何か書くことが残されているだろうか?
あまりに有名で、ディスコースが確立しているようで、少なくとも日本ではヘンリー・ダーガーを新しく語る言葉をもはやだれも探していないように思える。構造主義的な作家解釈が力を持つ今日、(少なくとも彼の世界観については)彼の謎めいた私生活、社会と隔絶した奇妙な行動、女性を知らないまま生きて死んだという生い立ち等々の要素が組み合わさって、自ずと『非現実の王国で』は、現実世界に十分にコミットする手段と場所を得なかった一人の人間が、自分の理想的な想像世界にひきこもることによって紡いだ妄想旅行の集積であると見なされている。とりわけ少女がしばしば全裸であることや股間に男性器が見られることなどには関心が集まり、特定の文脈での引用が今日も盛んに行なわれる。

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しかし、この一ヶ月、三回パリ市近現代美術館に通い、その度にコレクション展示の中に特設されたヘンリー・ダーガーの作品の中をウロウロした。何回も同じ絵の前を通り、同じ抜粋テクストを読み、同じビデオを見た。ダーガーの創造したダーガーと7人の美少女戦士の物語。作品に対峙するほどに、彼はその“非現実の王国”の妄想において、ちっとも自由ではなかったということが痛々しく語られてくる。

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ヘンリー・ダーガーは、芸術訓練を受けた所謂「プロ」のアーティスト(インサイダー?)がアート市場のメインストリームを築き、名声を得るというスタンダードに反し、「アウトサイダー・アート」の表現者としてカテゴライズされている。というか、アウトサイダー・アートというカテゴリーをわざわざ創設したのすら70年代のことなのだから、ダーガーの仕事が行なわれていた1910〜60年代には勿論、アートだろうとアートでなかろうと問題でなかった表現行為なのである。ダーガーは、19歳のときに執筆を始め、死ぬ前年までこれを書いていた。1973年にダーガーは死ぬが、72年に彼が貧窮院に入った際、シカゴの自宅で膨大な「作品」が発見されたというわけだ。

ダーガーの60年に渡る創作がアートであるかどうかを議論することには個人的に興味がない。なぜならそれは表現されたものであり、表現することによって80年間を生き続けた一人の人間の行為の結果であると言う事実があり、それ以上でもそれ以下でもないからだ。

ただし、これまでのダーガー解釈はやはりお花畑のヴィヴィアン・ガールズのイメージに引っ張られすぎて、誤解を通り越して、むしろ皮肉ですらあるように思える。彼の物語にあてられるキーワード、イノセンス、夢、パラダイス、純真、そんなものは恐らくもっとも遠くにあるもので、ダーガーの生きた半生は、残りの全ての人生をかけて、セルフ・セラピーに時間を費やすことのみが必要であるような、トラウマティックなものだったと予測される。

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ダーガーの描く、子どもを蹂躙する男たちも、それをながめる人々も、戦う大人と子どもも、攻撃し合う兵士たちも、命令する権力者も、すべて、本当に彼が目にしたものに過ぎない。物語は非常に暴力的で、立ち向かう美少女戦士とそれを応援するダーガーという物語の骨組みは、「非現実の王国」における自慰の手段と言えないことはないが、それよりももっと深い、一人の人間の表現する切迫した必然性を感じさせて止まないものである。

①表現する切迫した必然性。

これは表現行為に人を突き動かす本質的なドライブである。

②芸術の有用性。

それはその表現されたものがどの程度まで他者に対して応用力を持つかである。

ダーガーの表現したものは後者において分かりやすいものではないために、その解釈の点で疑問を残す。しかし、前者(表現のための切迫した動機)を人々が感じ取ってしまう、その強烈な表現としての力にこそ、ダーガーの人生とその経験、その結果としての表現されたものが人々の関心の的となり続ける理由がある。

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ダーガーの作品は過剰にリアルである、というのが現在の私のダーガー観である。

「地獄とは、地の底にのみ存在するものだろうか?」(Henry Darger)

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09/5/13
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55th La Biennale de Venezia part2 / 55th ヴェネチア•ビエンナーレ no.2

55th Biennale de Venezia part 2

Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palace
パート1では、写真と映像作品に着目し、Camille Henrotの創世記の映像作品、Norbert Ghisolandの子どもの記念写真、Linda Fregni Naglerの隠された母親と子どもの没後写真、Nikolay Bakharevが撮影したソヴィエト抑圧下の家族写真、Laurie SimmonsAllan McCollumによる鉄道フィギュアのポートレート、そしてAutur Zumijewskiの盲目の人々が太陽を描く映像作品について紹介した。
part2では、同様にIl Palazzo Enciclopedicoから、彫刻/人形とインスタレーション作品についてそのいくつかを紹介したい。

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まずは、アルセナーレ会場で注目を集めたPaweł Althamerのインスタレーションを見てみることにしよう。ちなみに、前回part1に登場した、映像作家のAutur Zumijewskiは彼のコラボレーターで、しばしば協働作品を作っている。
ワルシャワ出身のPaweł Althamerは、身体や精神の問題を扱って彫刻、ビデオ、パフォーマンス作品を作ってきた。とりわけ、身体の「もろさ」や「感じやすさ」に関心を抱き、その境界を探るような実験的作品をしばしば自身の肉体を通じて問うている。以前は髪や腸などのマテリアルを利用した彫刻を作ったこともあるが、最近では、彼の父がプラスチック製造会社を営んでおり、その協力を得て、帯状のプラスチックを利用した彫刻を制作している。本作品では、90人のヴェネチア人に実際にモデルになってもらい、顔と手の型をとった。身体の部分はプラスチックの帯状ヒモで、実物大の人間を造形した。作られた彫像はリアルな人間サイズで、それが90体も様々なポーズで配置された空間は、圧倒的なインパクトを持っていながら、一体一体の人間の身体の中は空虚で脆弱である。我々の肉体もまた、ただ魂を匿う「乗り物」(vehicule)でしかないことを表している。
(ヴェネチアを訪れるほんの少しまえ、偶然ワルシャワ現代アート美術館(Museum of Modern Art in Warsaw)にて、こちらは白いプラスチックを利用したPaweł Althamerの作品を見た。この彫刻では、人々が巨大な物を協力して引いている様子が表されている。実はChristian Kerezによって設計された現代アート美術館を建てるという壮大なプロジェクトを人々が大変な努力をして引っ張っている様子を表している。(Burłacy, 2012))

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テラコッタ製の彫刻群(2006-2007)は、「モンスター」というのが時々はばかられるが、身体の表面に小さなとげのような陶器の欠片をびっしりと纏って様々な形をした想像上の生き物たちの集合である。作者であるShinichi Sawadaは、1981年滋賀県生まれ、自閉症と知的障害を持つ。2001年より陶芸を始め、クリアーなプランを繊細な手作業によって実現し、世界的に高い評価を受けている。2010年には、モンマルトルでの展覧会Art Brut Japonais に出展し、私も会場で展示作品を見たのを覚えている。フランスでは展覧会名が示すように、Art Brut(英語でいうアウトサイダー•アート)というカテゴリーに入れられていたが、ヴェネチア•ビエンナーレのIl Palazzo Enciclopedicoでは、むしろ、想像上の生き物たちの百科事典的なヴァリエーションの一ページとして澤田の作品が位置づけられているように思える。

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さて、Charles Rayは、初期はアンソニー•カロやデヴィッド•スミスらモダニズムの彫刻家に影響を受けるが、その後1970年代にはミニマリストのムーブメントに着想を得ている。様々なマテリアルを用いて作品を作ってきたが、人間を模した彫刻は特徴的である。彼は、非常に大きな女性や子どもと大人の大きさが全く均一な家族など、見る者を困惑させるような彫刻を作る。展示されたFall(1991-1992)は、高さ243cm、厚さ66cm、幅91cm。巨大なキャリアウーマンである。普通のサイズであったなら、ただのマネキンである典型的なコスチュームを着て真っ赤なルージュを引いたブロンド女が、どうしても人々の注意を引いてしまうのはなぜだろう。(撮影禁止のため、イメージはありません。)

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Paul McCarthyは先日パリのポンピドーセンターで行われた個展にかんしてレヴューを乗せた(http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=2297)Mike Kelleyと親交が深く、昨今の展覧会では、Mike Kelleyとのコラボレーション作品Heidi(ビデオ作品)が展示された。ロサンゼルスで学び、前衛的でラディカルなでボディ•アートやパフォーマンスを展開する。Paul McCarthyは、自身が述べているように典型的なアメリカン•カルチャーの影響のもとに育ってきた。ディズニー、B級映画、コミック、消費社会のマスメディアの要素を進んで作品に取り入れる。その一方で、彼が同様に強烈な影響を受けたのは、フルクサス、ハプニング、パフォーマンス、ボディ•アートといったヨーロッパにおけるアヴァンギャルド芸術で、とりわけウイーンにおけるアクション•アートに最も影響を受けたのだが、これに対してはある種、自分は部外者であるコンプレックスのもとに受容したのであり、それがMcCarthyの特徴を形作ったとも言える。展示作品、Children’s Anatomical Educational Figure(1990)は、巨大なぬいぐるみの腹部が裂けて、臓物が飛び出している。子どもの顔はアニメ的な笑顔を崩さず、胸部の心臓がある場所にも「ハートマーク」が描かれている。身体への暴力や衛生概念を混乱させるような一貫した試みが見られる。

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Cathy Wikesのインスタレーション作品Untitled(2012)では、二人の子どもと、おそらくはその母親が、一人の男が酒の瓶のあるテーブルの前でうなだれて、しかし今にも暴力をふるいそうな恐ろしい様子が設定されている。男はもちろん、子どもたちの父親であり女性の夫であろう。Cathy Wikesは、資本主義社会における女性のあり方や、家事労働、社会における母親という立場を浮かび上がらせるような作品を作ってきた。平凡でありふれた感じのする家具や壁紙、キッチン用具、そこに静かな緊張があり、不条理があり、誰にも聴かれない声がある。

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Rosemarie TrockelFly me to the Moonは静かでありふれた日常に潜む恐ろしい物語を浮かび上がらせる。赤ん坊は宙づりにされたゆりかごにふわふわ揺られ、すやすやと眠っているようだ。その赤子のすぐ横には毛むくじゃらの動物、丸くなっている犬か猫らしきものが共におり、同じ部屋の床には若い女が下着姿でテレビを見ている。女が見ている映像は、人間が初めて着きに上陸したあのシーン。女は自分の平凡で途方もない日常とはほど遠いファンタスティックな映像に夢中だ。したがって、女はまったく赤ん坊に無関心だ。ひょっとすると、母親ではないのかもしれない、とするとベビーシッターだろう。女は更にテレビに熱中し、毛むくじゃらの動物ははっきりと身体を上下させて寝息を立て、生命の存続をアピールする。もう一度、おそるおそる赤ん坊に目をやる。顔にとまっている大きな蠅はじつは、その子どもが既に死んでいるというサインだったのだ。

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Morton Barlettはしばしば、ヘンリー•ダーカー(Henry Darger)と引き合いに出される、生前は人形を作っていたことは知られていなかったアーティストである。というのも、1992年、彼が亡くなった時、自宅に大量の解剖学的に正確なプロポーションをもった手作りの人形が、30年物の新聞に丁寧に包装されて、さらには手作りの服を着せられて(あるいは、中には服を着ていないものもあった)、発見されたのである。彼が死ぬまで、Barlettがこんなに人形に執着があるとは知られていなかった。可愛らしい人形は実物の少女の二分の一くらいのサイズで作られており、どの少女も美しく、あどけない表情をしている。Barlettはダーカーと同じように孤児院で幼い頃を過ごすが、ダーカーと違って8歳のとき、裕福な家庭に引き取られ、孤児院をあとにする。ハーバード大学を中退し、写真家として働く。
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さて、Barlettがたくさんの人形を制作していたことについて、彼の知られざる趣味や想像にかんして、さまざまに議論されてきた。彼が人形や少女に対して、フェティッシュでロリコン的な趣味を持っていたことなども疑われるのだろう。一方で、もう少し別の視点から作品そのものに着目してみてはどうか。この作品が人目をひくのは、ひとえに、各々の人形が発しているオーラのようなものよると私は感じている。人形たちは、不幸で悲観的ではないにせよ、生きることの難しさを少なくとも、少しは知っている少女たちなのである。少女たちの纏っている衣服は、かならず一部分が壊れている。帽子をかぶった少女が、なぜ座っているのかご存知だろうか。彼女の靴が破れているからである。彼女は、ほころびたぼろぼろの靴を履いていることを隠すために、座っているのだ。別の少女はスカートのホックもファスナーもない。襟がほつれている、極端に短いTシャツを着ている。彼女たちは、楽しそうに笑っているけれど、寂しいことや辛いことを知っている。人形たちは、孤児院で育ったMorton Barlettが生涯忘れなかった子ども時代の寂しい気持ちを少しでも穴埋めしようと創り出した、想像上の家族たちであった。
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次回は、ペインティングとドローイングについて書きます。