ニュー・インティマシー 親密すぎる展覧会 / NEW INTIMACIES

ニュー・インティマシー 親密すぎる展覧会 / NEW INTIMACIES

ホテルアンテルーム:http://hotel-anteroom.com/gallery/

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「インティマシー(親密さ)」という類いのテーマが、美術の展覧会においてとりあげられるとき、それがとても魅力的に思えるのはなぜだろう。展覧会だけではない。作品がなにか「親密さ」に関わる主題をめぐって作られたとき、たとえば、美術作品や文学作品、演劇や音楽、あるいはパフォーマンス。様々な形をとって行なわれる表現が、人々の非常に個人的な部分に触れると知るとき、そのようは表現は「繊細で脆く小さな世界」を捉えたに過ぎないと一蹴されうるいっぽうで、同時に、隠された脆弱なそれを垣間みたくてたまらないという欲望に人々は駆り立てられるかもしれない。
そのような状況は、「親密さを表現する」行為それ自体が、ア・プリオリ、見られるべきでない親密な瞬間を他者の目の前で暴露するという自己矛盾の遊びであることに端を発する。

そもそも、芸術の主題は古来より親密な主題に溢れている。親密な主題、それが追求されるのは、異なる人生を生きる個人の非常に違った人生のフラグメントが他者にとってもの珍しい対象として受容されるからではなく、それがユングの元型(archetype)のような普遍的表象の領域に触れうることを人々が直観的に知っているからである。そのことが脆弱な個人をインティムな領域から解放し、大きな世界に関係することを許すのだ。この意味で、一般に普遍性の芸術と呼ばれているものも実は、脆くて小さな個人の表象と表裏一体である。

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さて、「親密すぎる展覧会」の「親密すぎる」とはどういうことだろう。
人はいったい、親密すぎることが出来るのだろうか。恋人同士はいったい、ほんとうに親密すぎる関係なのだろうか?
多様である個体間の関係において、「過剰に親密である」状況を定義するのは難しい。人はどれだけ交わりをもち、共振し合っても、おそらく過剰に親密であることができない。この点では、恋人同士よりも思考の奥深くまでを共有する双子のような個体のほうがずっと親密であると言えるかもしれない。この展覧会タイトルは、冒頭にも述べた、我々の親密なるものへの抗いがたい興味を刺激する戦略的なものだ。私たちは、逆説的にも普遍的である「アンティム」なものを垣間みたくてたまらないように運命付けられている。

本展覧会は、ホテルアンテルーム京都 Gallery 9.5で開催された。8組のカップル(アーティストだけではなく、ギャラリスト、学芸員も含まれる)が、協働で作品を制作し発表している。

〈手をつなぐこと〉のためのドローイング

〈手をつなぐこと〉のためのドローイング

「〈手をつなぐこと〉のためのドローイング」と「〈手をつなぐこと〉のためのインストラクション」は井上文雄+永田絢子により構想され、異なる時間と場所で実践されたイベントである。非常にシンプルなインストラクションは以下の通りだ。

0 待ち合わせ場所に集まってください(トランプを持参すること)
1 トランプの数字を使ってくじ引きをして2人組をつくります
2 それぞれ決まった相手と手をつないで、自由に過ごしてください(90分)
3 最初の場所に集まり、どのように過ごしたかを全員で話し合います(90分)

よっぽどの人好きでない限り、知り合いでも友人でもない他者と手をつないで90分を過ごすのは心理的に抵抗を伴う。苦痛を感じる人もあれば、時間を持て余すかもしれず、あるいはひょっとすると繋いだ手のぬくもりと共有した時間が相手への愛着に転じることもあるかもしれない。こういった「イベント」は日常生活で訪れることない奇妙な事態である。非常事態であるからこそ、新しい関係性の経験をもたらしうる。人々が、奇妙で常軌を逸したこのようなパフォーマンスに、しばしばすすんで身を投じてしまうのは、そのような非常事態の可能的意味を察知する能力があらかじめ備わっているからに他ならない。

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高木瑞希+竹崎和征の作品は、何枚かの異なるドローイングが切り刻まれて、一つの画面を再構成している。細く切り取られた各々の欠片は描かれていたものを垣間見せるものもあれば、全く分からないものもある。目の粗い織物のように再度合成された性質の異なるフラグメントの集合体はまるで、恋人同士という一般的に非常に強く結びつき、互いの深い部分まで踏み込んでいるように思える関係性において、その二つの個体は、混ざり合って中和するのでなく、依然として異物としての存在を保ちながら、しかし分離不可であるつよい結びつきとして存在していることを明らかにしているように思える。

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菅かおる+田中和人の「before flowers are blooming on canvas」は消えかけているような、目を凝らしてもその細部を認めることのできない、独特な表面が印象的な一連の絵画である。

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斎木克裕+西脇エミの作品「CURRENT」はドローイングの下に形而的に水を受けるためのコップが用意されているマンホールを表したものと、イメージの上に水が入ったコップを置くことによりカナル・ストリートを表した二つのインスタレーションから成る。私が展覧会を訪れた日は、九条駅から5分歩くのもままならぬ大雨だったのだが、窓際に設置されたインスタレーションである点在するコップが暗示する「CURRENT」(流れ)が外界とのつながりを強く認識させた。「流れ」は8組のカップルが提案するそれぞれの表現を繋ぐのみならず、それが建物の外へと溢れて行くように促しているようである。

ニュー・インティマシー 親密すぎる展覧会は、8月31日まで開催されている。

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