08/9/13

艾未未 (アイ•ウェイウェイ)3つのストーリー/ Ai Weiwei 3 histoires à Venise

艾未未 (アイ•ウェイウェイ)3つのストーリー/ Ai Weiwei 3 histoires à Venise
June – September 2013

艾未未 (アイ•ウェイウェイ)のことを書くのは緊張感がある。それは、他のアーティストや他の展覧会、あるいは社会問題や現象についてのエッセイを書くことと比較して「相対的」に緊張するのではなく、艾未未について書く行為そのものが「絶対的」にしんどいのである。それでも書こうと私が感じているのは、彼がこの第55回ヴェネチア•ビエンナーレで鑑賞者に提示した3つのストーリーを全て目の当たりにしたからであり、私にとってはこうすること以外に選択肢がないからである。

艾未未 (アイ•ウェイウェイ)は1957年北京生まれの現代美術家、キュレーター、建築家でもある。世界各地で積極的に展覧会を行い、国際展に参加するほか、よく知られているように、多くの中国人に協力を仰ぎながら社会運動を繰り広げている。1980年代前衛芸術グループの活動に関わったが、政府圧力を受けて、ニューヨークに渡り、そこでコンセプチュアルアートの手法を学ぶことになった。艾未未は実に1981年から93年の12年間の間ニューヨークに滞在している。中国帰国後現在まで続くアトリエ•スタジオ「Real/Fake」を構える北京郊外の草場地芸術区(Caochangdi)を築いた。

艾未未の参加国際展は数多い。そしていつもセンセーショナルな評判を世界に轟かせた。とりわけ、2007年のドイツカッセルにおけるドクメンタ12では、 »Housing space for the visitors from China »という企画で会期中1001人の中国人をカッセルに招待し、会場に滞在させるというプロジェクトを行い、カッセルの街が中国人で溢れる事態を引き起こし、人々を驚かせた。あるいは同国際展の屋外展示であった »Template »という明時代の扉から成る建築が悪天候のため崩壊したのだが、自然現象の結果としてそのまま展示したことにより、人々は艾未未のコンセプトのスケールを理解した。

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2013年、現在会期中の第55回ヴェネチア•ビエンナーレでは、フランスパビリオンで行われているドイツ展(Susanne Gaensheimerのキュレーション)に招待され、 »Bang »というインスタレーション作品を出展している。文革後の何ものも顧みない超高速の近代化は、それまでの文化や歴史が一つ一つその足場を踏みしめるようにして築き上げてきたものを一瞬にしてゴミにした。インスタレーションは886台の三脚の木椅子からなっている。1966年に始まった文化革命は、この三脚の木椅子に代表される、どこの家庭にもあり、伝統的な物作りのマニュファクチュアー技術の賜物である家具や道具や物を、一夜にして時代遅れのみっともない代物におとしめた。家具はアルミやプラスチック製がオシャレで文化的な物だと画一的に信じさせられ、何世紀も渡り親から子へと引き継がれてきた年期の入った木椅子は「遅れの象徴」として追放された。艾未未は、このインスタレーションで、古い木椅子を再利用したのではない。今日では貴重となった木椅子の制作技術をもつ作り手に依頼して、この典型的オブジェをインスタレーションのために作ってもらったのだ。椅子は、大木の木の根が地中を繁茂するように広がって配置されており、それは目を見張る速さで広がったポストモダン世界の網の目と、その過剰な網の目の中に絡みとられて自由を失った「個人」の今日におけるあり方を象徴しているようでもある。

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「艾未未 (アイ•ウェイウェイ)はどこ?」という言葉が、ポスターやメッセージボード、インターネット上の記述が世界中を右往左往した2011年の4月から6月のことを記憶に留めている人も多いだろう。2010年11月より北京の自宅に軟禁されていた艾未未は、翌年4月3日、香港行きの飛行機に乗る手続き中に行方が分からなくなった。国際人権救護機構(Amnesty International)や、ドイツやイギリス、フランス外務省、さらにはアメリカの国務省もただちに艾未未を釈放することを求めたが、この拘留は81日にも及んだ。4月7日の中国外務省からの情報によると艾未未はスタジオ脱税容疑による経済犯であるとされたが、この原因が2008年5月に起こった四川大地震の被害の実態を明らかにし、犠牲の原因を明らかにする社会的活動を艾未未が主導していたことであるのは明らかであった。

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ヴェネチア•ビエンナーレでは、ビエンナーレメイン会場とは離れて二つの »Disposition »展が開催された。その一つがメディアでも話題になったが、81日の拘留生活の実態を再現した模型を教会で展示したS.A.C.R.E.Dである(2011−2013) 。彼が体験した81日間の監獄での「日常生活」の一部始終が6つのシーンとして再現されている。鑑賞者は、規則的に置かれた6つの大きな部屋を小さな窓穴から覗くか、あるいは上についているガラス窓越しに覗き見ることによって、艾未未の体験を知ることが出来る仕組みになっている。何もない部屋。薄汚いベッドや洗面所。食事、睡眠、排泄すべてにおける厳重な監視。

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もう一つの »Disposition »展の会場に行くためには船で本島の向こう岸に渡らなければならない。あるいはもちろんアカデミア橋を渡って迷いながらとぼとぼと歩くことも出来るだろう。とにかく、孤立した展示でなければならなかったのだ。その展示は、Chiesa di S.Antoninにある。150トンの鉄骨が真っすぐに整然と並べられて部屋一杯に敷き詰められている。長さもそろえられて、それは海の波にもオシロスコープで見る幾何学的な波にも見える。これは彼の2008年12月より様々な圧力にも屈せずに取り組み続けてきた艾未未とその協力者の一つの集大成とも言える。彼らの目的は、多くの子どもたちが人為的原因によってその命を落とすことになってしまった犠牲の全貌を明らかにし、その犠牲者名簿を明らかにして、被災者のために祈念することだ。命を落とした子どもたちはもはや彼の活動に関わらず戻ってこない。しかし、残された人々はもう一度このことが起こらないように、起こったことの原因を知り、そのことがこれからは起こらないよう世界を変えることが出来る。あるいは、そうすること以外に、死んだ人々に祈りを捧げる方法はない。

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当スペースで放映されるドキュメンタリービデオは、艾未未と彼らの協力者たちがどのようにしてこの150トンもの鉄骨を四川大地震に関わるモニュメントとして提示したかのプロセスとコンセプトを明らかにする。まず知らなければならないのは、このプロジェクトのせいで艾未未は脳内出血で手術を受けるまでの暴力行為を受けているし、上述したように81日の拘留に遭っている。アートは困難を越えて続ける必要のある行為であり、艾未未という個人を越えてその協力者と鑑賞者とそれに触れる者に影響を与えるべきものである。150トンのグニャグニャに曲がって折れた鉄骨は彼を支持する中国人たちの手作業によって、真っすぐに戻された。このめちゃめちゃに組み立てられて建物を支えるに至らなかった鉄骨こそが、子どもたちの命を奪った直接的原因であり、その苦しみの象徴である。鉄骨をいっぽんいっぽん真っすぐにする作業は何年もかかる。その間、どれほどにこの粗悪な鉄骨が地震で姿を変えたのか、その記憶を残すために曲がった状態でのレプリカも150トン全てについて制作された。

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4年に及ぶ年月は、原型を留めないほど曲がっていた全ての鉄骨をぴんと真っすぐにした。人間の一所懸命の作業は4年間を要したが、これを捻り曲げた震災の衝撃は一瞬のことであったのだ。

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鉄骨はその暴力性をもう我々の目の前に提示しない。4年間の艾未未とその仲間たちの仕事は、見る我々をただただ茫然とさせる。たしかに、生きることは繰り返すことで、人類の歴史は作って壊すことであった。しかし、それは、壊して、直すことでもあったのだ。

07/19/13

feux d’artifice du 14 juillet 2013

革命記念日の花火を見たのは初めてです。
とはいえ軍隊のパレードや人混みにもまれるのは苦手で、おめでたいイベントでしばしば羽目を外した人々が理解不能な行為に及ぶことも堪え難く、この日は自宅に居りました。
報道を通じてみる花火は、様々な角度からその全貌を浮き彫りにするべく慌ただしく画面が切り替わるのですが逆説的にもその網羅の仕方が完璧であればあるほどスペクタクルはますますフラグメントとして映し出されて、遠くで少しおくれて鳴り響くその鈍い爆発音だけが、私がその日イベントが行われているのと繋がっている同じ世界にいることを明らかにし、むしろ視覚を通じて空の遠くが少しだけ明るくなっている様子等は遠くに感じられました。花火のスペクタクルは強すぎる振動を伴う音楽とともにヒートアップし、赤やオレンジの光が塔を打ち砕かんばかりに散ってはまた生れ、数年前に同様にして報道でこの映像を見た父が「爆発は恐ろしい」と描写したことが思い出されました。

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07/9/13

受肉した少女 – 有毒女子通信 vol.11 now on sale

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有毒女子通信第11号が出た。

有毒女子通信とは、編集長の吉岡洋さんとMATSUO MEGUMI+VOICE GALLERYの松尾恵さんが作っておられる名前通り非常に可愛らしい雑誌で、私はデザインが一新された先号より「<小さな幸福>をめぐる物語」と称してピースフルなエッセイを連載させていただいている。

第10号は、愛と施錠についてのおはなし。愛と施錠と言えば、貞操帯(ていそうたい)という詩的なオブジェクトについて、書いた。(「愛と施錠の物語」/ PETITS RÉCITS SUR LE BONHEUR EPISODE 1 click!)まだお読みになられていない方!売り切れちゃうよ♡ お気軽にご連絡ください!

第11号は、特集が「少女たちの行方」であったので、「ぱんつを売る少女」について書いた。リクエストにこたえて、大サービスで三行だけマル秘公開。続きは、全国の書店(ルビ:ヴォイスギャラリーおよび編集長)でお買い求めください♪ グラビア付きだよ!!(ホントかいな…。真偽はご自身でお確かめください)

 

「ぱんつを売る少女」は本当にいた。しんしんと粉雪の舞う静かな夜、凍える小さな手を吐息で温め、燐寸はいりませんかー、と道行く人に声をかける燐寸売りの少女を尻目に、ぱんつを脱ぎ捨てそれを売り、彼女は生きた。少女はなぜ、大切なぱんつを脱いだのか。   (『有毒女子通信第11号』より)

 

さて、少女はぱんつを売っても売らなくても、肉体を売っても売らなくても、ものごとの本質は微動だにしない。生身の人間としての少女は、思い悩むひつようも、傷つけられるひつようもない。

いつの頃からこの国には、生身の少女とまったく関係のない、いたいけな一人の少女がたくましく育ち、やがてあらゆる人々の思考を蝕み尽くした。蝕まれた思考は蜘蛛が巣を広げてゆくように、ネットワークを拡大し、そこに迷い込んでくる哀れな蚊だと蛾だとかを一度捕まえたらもう二度と逃がさなかった。少女はあまりに印象深いので、世の中の人々はやがてどの女性を見ても、その少女と脳裏で重ね合わせるようにして、いや、むしろ、その少女のようにみることしか、できなくなってしまったのだ。

 
要するに、イメージの問題である。
我々は、たかだか、バーチャル少女の終わりなき遊びに翻弄されているだけなのである。
繰り返すが、要するに、イメージの問題なのだ。

 

女性の坊主がなぜそんなにスキャンダルなのか?なぜそれをウェブ上の動画で見ることが、某アイドルに対して同情をあおることにつながり、あるいはドラマチックな展開に胸を痛めたり、はたまたそれを見てしまったこと自体にばつの悪さや罪悪感を感じるのだろうか。女は、少女の遊びのために、自らの肉体を貸し与えたに過ぎないのに。

 

アイドルやスポーツ選手や子どもタレントだった少女が、煙草を吸ったり、外泊したり、ドラッグで捕まったり、予想外に妊娠したりすると世間から過剰なほど憤慨され、嫌われ、疎外されるのはなぜか?それくらいのことは、彼女らよりもずっとずっと身近な知り合いのあいだで絶えず繰り広げられている他愛もないことなのに。そもそも、そのナイーブで平凡な理想をかかげることは、あなたの思考があの少女に乗っ取られていることを暴露する以外のなにものでもないというのに。

 

少女が受肉し、楽しく遊ぶのはすばらしい。
自らの肉体を貸し与える女たちは勇敢である。
蜘蛛が編んでゆく精緻な巣の構造はあまりにうつくしい。

 

有毒女子通信
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07/2/13

Paysages pour vivre / 生きられるための風景

いい写真は本当はどこにも存在しなくて、いい景色があるだけであり、

美しい写真も実は、ただ、世界が美しいだけのことである。

こんなことを言うと、まるで世界が無条件に素晴らしいと言っているように聴こえるかもしれない。

しかし私にとっての世界は全く違う。

世界は美しくはないし、風景は平凡で、人生は徒労である。

ただしそれが時々しあわせをもたらし、そのこと自体に理由はない。

だから、生きられて、それでいいのだと思う。

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05/13/13

絢爛 / séduction inquiétante

le 12 mai 2013
photos prises à Chatenay-Malabry, France

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花が咲き誇っている姿ははっきりとグロテスクである。
その花びらの大きく口を開けているさまだとか、
香り立つ内部を露出する様子であるとか、
風が吹くとあまりに笑い喋り始めるので、
それは不安を掻き立てるような魅了なのだ。

その形はこの世界でも形だけの世界でも絶対的なものであり、
我々が彼らに触れなかったとしても、
我々は否応無しに彼らに触れられている。

そのぬくもりは我々を恍惚とさせ、
それゆえにしあわせを語る言葉を持たない。

 

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05/11/13

書き散らかしの信仰 :「現代的ドラマツルギとその構造に基づく文学創作」/ Création des romans selon la nouvelle dramaturgie et structure littéraire

2013年パリ第8大学Arts Plastiquesの学部学生を対象とした授業で、後期(2月~5月)「création littéraire / 文学創作」と題された授業を行った。この授業は前期の講義形式とは異なる実習の授業である。パリ第8大学の芸術学科の特徴の一つは学生の幅広いポテンシャルと興味に応えるバラエティに富んだ授業である。実に前後期合わせれば300もの異なる授業が提供されている。さて、フランス語ネイティブ話者でない私が「création littéraire / 文学創作」などと題された授業をするのは、もちろん一般的な意味での文学作品の創作のスキルを学ぶためなどではない。しかし、実習という授業のスタイルを最大限に生かした制作(の嵐)を経験し、その行為ついていちいち考えるためである。
参考までに、シラバスに掲載した詳細は以下。

Titre : Création des romans selon la nouvelle dramaturgie et structure littéraire
Contenu : Dans la société informatique, les développements techniques des jeux vidéos et l’expérience généralisée de la vie virtuelle modifient radicalement la construction littéraire et la dramaturgie. À travers ce cours, on réalise des créations de romans (courts récits dont la forme sera à choisir) en se référant aux caractéristiques structurales, soit de “Keitai-Novel”, “Twitter Novel”, ou encore “Game Novel”. On les diffusera aux lecteurs sur le réseau en réfléchissant à la meilleure stratégie, ou bien on fabriquera un livre imprimé. Ce cours pratique sera conduit en relation avec le cours thétique “Exposition de soi et dispositifs mobiles”.

題目:「現代的ドラマツルギとその構造に基づく文学創作」
今日の情報化社会の中で、コンピュータゲームの技術発展やヴァーチャルリアリティーの日常的経験が我々のライティングやドラマツルギの構造にまで影響を及ぼしている。本実習では、このような変化したライティングの構造的特徴に基づいて様々な可能な形式を選択の上、短編を書く。ケータイ小説、ツイッター小説、ゲーム小説などもその選択肢に含まれる。ストラテジーを練り、最も効果的な方法でインターネット上で発表するか印刷して製本する。本演習は、前期講義「自己表象とモバイル•メディア」の関連授業である。

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本演習は、全12回(1回150分)を大きく3つの項目に分けた。
1、ミニブログを利用し、短編小説を書く
2、日記(ブログ)について考え、日記を書く
3、自由なメディアを用いて私小説を創る

第一部では、ケータイ小説、ライトノベルやゲーム小説(オンライン小説)といった、文学と非文学/プロの作品とアマチュアの作品の境界線を揺るがせながら存在するような作品群の物語構造に着目する。これらの新しい文学作品は経済的なインパクトを考えれば決して無視できない重要な傾向を示しているにも関わらず、クラシカルな意味での小説とこれらの創作は頑固なまでに隔たれがちである。しかし、このような物語に深く侵食された今日、実際に人々がものを書くそのありようは、レシの構造の変化の影響を否応なしに受けている。発話が断片化するだけでなく、その結果、テクスト自体の断片化はロジックの方法にも影響を及ぼす。ミニブログやソーシャルメディアにおいて日々何かを書くという経験を「小説を書く」ことと関係付けられるだろうか。
第一部では、シンプルなゲームのルールを共有し、梶井基次郎の『檸檬』をベースにした幾つかのライティングを実践した。プラットフォームはツイッターを使用した。
①リレー小説(タイトルと出だし、終わりを共有し、その間を参加者で繋ぐ。一つのエピソードはツイート1回分で書かれなければならない。)
②ツイッター小説 課題創作、自由創作(リアルタイムにエピソードごとツイートし、物語を紡いでいく。長さは自由。)
③紙に書くツイッター小説 (②と同じ構想の物語を紙に書く/タイプする。文章表現、物語の長さ、文体は全く異なるものとなる。)

第二部では、日記、自伝、自画像(セルフポートレート)、私小説をキーワードに、今日「私」について書くとはどんな意味を持つ行為なのか考える。日記帳それ自体に錠がついていることもあり、誰にも見られないようにコッソリ書き綴る日記と、赤裸々に綴られた日々の出来事や心境を写真を添えてリアルタイムで公開し続けるブログ。両者は共に、「私」について書く行為に違いないが、その目的も方法も異なる。読まれる事を意識して書かれるブログは、意識的にも無意識的にも、作者が演劇的に振る舞うように促す。演劇的振る舞いには誇張やでっち上げ、噓も含まれる。発表することを前提に書かれた日記は、それがもし物語的変形を含むのであれば、「私」を主人公に織られたオートフィクションと果たして違うものと言えるのだろうか。
第二部では、参加者それぞれに「私にかんする5つの話」を書いてもらった。全体を通じてのタイトルと、各々の話には個別のタイトルをつけ、それぞれの話は個人が選んだ何らかのメディア(写真や音楽、ヴィデオなど)を伴ってブログ記事として発表する。日記の枠組みの中で、どの程度本当の話を書き、あるいは演出するかはそれぞれにまかされている。蛇足であるが、本創作の一つのアイディアの例として、5つの話を写真を添えて授業ブログに掲載した。参加者の多くは、一例としてこれを参照している。(pdf.Les histoires ordinaires(en français), 日本語版はこちらにもあります→salon de mimi,尋常な話 1,2,3,4,5 )

第三部は、文学のみならず、現代アートの領域に目を向けたときにも私小説的なアプローチやテーマはクリティカルな位置を占めていることを認識した上で、私小説のさまざまな方法について模索する。さらには、小説創作のプラットフォームはウェブ上にも見られ、それは必ずしもプロになる事を目的とせずにアマチュアのライターにも広く門戸が開かれているように見える。私たちが「私」についての物語を創作し、それを授業サイトを通じて発表できてしまい、作品がインターネットを通じて誰かによって鑑賞されること、そのたやすさをどう考えれば良いか。あるいは、たやすさの反面、情報を発信してもそれが誰にも読まれないかもしれない可能性(現実)につきまとう空虚な手応えをどう生きればいいか。書き散らかされ、放置されたテクストの山は積み重なる一方であり、情報発信のたやすさはこの山の巨大化に協力するよう全ての個人を招待する。
第三部では、テクストに限らず、自由なメディアを選択の上、オートフィクションを完成させ、その内容を授業ブログに発表し、最終授業で参加者に紹介することにした。

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本演習ではレポート2回が課され、受講者はその問題について作成したレポートを同ブログに公開した。
Sujet du rapport 1
Réflexion sur la pratique de la création littéraire en diffusant les fragments en temps réel comme micro-récits.  Analysez aussi les nouvelles modalités de l’écritures fragmentée en comparant les 2 moyens différents de l’écrit  : sur Twitter et sur papier.
レポート課題1:ミクロブログを通じた短編のように断片的に拡散される文学創作の実践について考察する。断片化されたテクストのあり方についても分析する。

Sujet du rapport 2
Après avoir lu l’ensemble des journaux intimes publiés sur le blog…,
– Publier un journal intime sur le réseau et en tenir sur un carnet sont des expériences tout à fait  différentes, car, quand on le publie sur internet, il est indispensable d’être conscient du regard des autres. ( L’existence de lecteurs inconnus )  Comment cette prise de conscience et cette situation particulière influencent ou modifient l’écriture d’un journal intime ?
– Aujourd’hui, le blog ou bien les sites comme interfaces qui proposent de devenir “écrivain amateur” offrent une grande possibilité pour la création littéraire, comme s’il était désormais plus facile de vous exprimer dans l’écrit. Argumentez votre point de vue et vos remarques à propos de l’acte littéraire dans la société informatique.
レポート課題2:授業ブログ(Le cours)上に公開された作品(journal intime 2013とタグのあるもの)を読んだ上で…、
—インターネット上に日記を公開することと日記帳に綴ることは異なる実践である。インターネット上に公開する際には他者がそれを読む事が前提ととなっているのは言うまでもない。その読まれ得るという意識は日記を書く行為にどのような影響を及ぼすか。
—今日、ブログやアマチュアライターの活動を勇気づけるようなサイトは、文学創作の可能性を切り拓き、それはあたかも、これから人々は書くことによって容易く自己表現できるのだと主張しているようでもある。情報化社会の中で、ものを書くとはどのようにあるべきか。

昨年の9月に開設したこの授業ブログは、現在500もの記事が文字通り「散乱している」。各々の独立した情報が整理されたページと違い、ホームを覗けば、タグごとに検索しないかぎり、投稿された時間順にひたすら記事が現れる。書き手の殆どはソーシャルメディアを利用した経験があり、チャットやメールなどのデジタルテクストによるコミュニケーションに慣れており、中には個人ブログに日々日記を書いている。彼らはウェブで言葉を発することに何の恐れもなく、戸惑わない。さきほど「散乱している」と言ったが、私は故意にそれが散らかるように仕組んだのではないし、各々の記事にはタイトルもキーワードもタグもついており、カオティックな本棚よりも遥かに整然としているのかもしれない。それでもなお、この場所は何となく不穏である。ウェブリテラシーとか、ウェブ時代のルールのようなものがあり、繊細できちんとしていて情報リテラシーがある先生ならば、授業ブログは、各々の記事のクオリティーを高くしようとか、書き間違いや誤りは皆無にしようとか、生徒の書いたものを隅々までコントロールしてその内容を管理把握しようとか、せめて前のスメスターの記事は消そうとか、考えるのかもしれない。私は今のところそれをしていない。勿論、誤字脱字のレベルなら外国人の学生も多いパリ第8大学なので添削めいたことをするのは悪くない。その外で私は今のところ、全ての記事を残し、全ての書き手にも彼らが望むなら、いつでもログインして自分の記事を直したり消したり新たに書き加えたりする可能性を開き続けている。にもかかわらずその結果は、自分の書いた物がこんなにも閲覧可能に置き去りにされているのに、誰一人としてそのテクストを拾い集めに行かず、振り返って直そうともせず、あるいはすんだ事だからと言って処分したりもしない。大学生活では次々に課題が与えられ、論文やレポートやプレゼンが課され、それらを超高速でこなして、できるだけ良い点数で単位を取得しなければならない。したがって、授業で要求されたならレポートをウェブで公開するのも仕方ないし、済んだ事は基本的に振り返らない。この諦めの態度は、悪く言えば堕落であり、良く言えば、底抜けにいさぎよい。

私の行っていることは、いわゆる完璧志向の既存の情報リテラシーを信仰する人には最強の堕落と見なされるだろうし、授業のウェブサイトはそのように「あるべきでない」と否定されるだろう。私はそう思う人がたくさんいるだろうことと、その憤慨は理解した上でなお、この書き散らかしたものたちが何か大切なことを語っている気がしてならない。書き散らかしこそが本質的と思っている一面もある。そして本実習の結果は参加者に実験的書き散らかしを経験してもらう事でもあり、そのことについていちいちああでもないこうでもないと考えてもらうことであった。そしてその考えた事をウェブおよび物理的空間(授業中)の両方で緩やかにでもいいから共有するということが、このCréation des romans selon la nouvelle dramaturgie et structure littéraire(「現代的ドラマツルギとその構造に基づく文学創作」)と題された授業で目指したことである。

*Le Coursの今後のゆくえは未定である。個人的計画ではまだしばらく、「このまま」である。ちなみにどなたでも筆者としてメンバーになることができる。参加希望があればどうぞご連絡ください。(Le Cours :http://www.mrexhibition.net/cours/)

05/10/13

「わたしの母」がアートになるときー1.ソフィ•カル『ラッシェル、モニック』(母の日記)/ »Ma mère » en tant qu’art – 1. Sophie Calle « Rachel, Monique » 

この記事は、二回続く『「わたしの母」がアートになるとき』の第1回である。
第1回 ソフィ•カル『ラッシェル、モニック』(母の日記)
第2回 石内都『マザーズ』(母の遺品)

 

じつに幅広い主題が「アート」になりうる今日この頃、「母がアートになってたまるか!」と文句を言う人はもう誰もいない。そもそも現代アートはアーティストのありとあらゆる私事で占拠されている。愛する恋人とのラヴ•ストーリー、赤裸々な独白、個人の政治主張やスローガンのアート化、芸術的手法で綴る自伝。その様々な私事の中に家族を扱ったアートがある。家族は言うまでもなく自分という存在の最も近くにいる人たちであり、「私」について考え取り組むアートがそれを主題にすることは自然な成り行きなのであろう。自分と家族のストーリー、あるいは子どものこと、祖父母のこと、両親と自分の関係のこと、そして、父のことと母のこと。世界にたった一人であり、その人でしかない「わたしの母」がアートになる事態について考えてみることは、現代アートにおける私物語の実態を理解するためにも重要である。

Rachel, Monique, 2012, Festival d'Avignon Archive

Rachel, Monique, 2012, Festival d’Avignon Archive

当ブログでもしばしば参照されているパリ生まれのフランス人アーティスト(1953年生れ)ソフィ•カルもまた、母をアートにした作品を発表したことのあるアーティストの一人である。現在ソフィ•カルは東京品川区の原美術館で「ソフィ•カルー最後のとき、最初のとき」という展覧会(盲目の人が最後に見たイメージを質問し、その証言に基づいてソフィ•カル自身が写真やテクストでその時の物語を再構成した「最後に見たものの」とイスタンブールに住みながら海を見たことのない内陸の人が初めて海を眺めこちらを振り返った表情を捉えた写真という独立した二つの部分で成る)を行っており、ご覧になられた方もいらっしゃるかもしれない。(本作品については、パリのギャラリーEmanuel Perrotinにおいて展覧会が行われた際、本ブログでもレビューを書いた。記事は日本語とフランス語で掲載されている。(Sophie Calle / ソフィカル:見えることと見えないことをめぐる3つの対話 1986~2011年, Sophie Calle : À Propos Du «Capable De Voir» Et De L’«Incapable De Voir») 本記事で取り上げるのは別の作品、2012年7月、アヴィニョンのアートフェスティヴァルにおいてセレスタン教会で行ったパフォーマンス•インスタレーション作品『ラッシェル、モニック』(Rachel, Monique, Eglise des Célestins, Avgnon, 2012)である。彼女の母は2006年に亡くなった。亡き母の残したたくさんの日記帳の中から選ばれた16冊の日記を娘であるカルがヴィジターを前にして朗読する。(当インスタレーションは2010年10-11月にパリのパレ•ド•トーキョーで先行して行われた。)

16冊の日記帳は1981ー2000年の20年間にわたって彼女の母親自身によって付けられたものである。それぞれのテクストは多くの人の日記がそうであるように、短く断片的で、親密であり、熟考して書かれたものではない。インスタレーションのタイトル『ラッシェル、モニック』は彼女の名だが、彼女は3つの名前の他にも、Calle, Sindler, …複数の名前を持っていた。ラッシェル、モニックの他にもたくさんの名前で彼女は存在し、全てが彼女の名である一方、あたかもある日は異なる人物としてその日を生き、また別の日は別の人物であるかのように、生きた記録を日記帳に綴っていた。その複雑な人格は娘のソフィ•カルにとっても必ずしも理解可能なものではなかったと思われる。彼女の母親は、日記の中だけでなく現実に恋多く忙しい人生を送っていたようだ。教会には日記の朗読をするアーティストの他に、ヴィデオや写真が展示され、あるいは遺品であるオブジェや彼女の残したテクストも公開された。教会の床には墓石をイメージした大きなフォルマの長方形のプリントが一列に並べられた。実は、このインスタレーション自体がヴィジターである赤の他人を巻き込む大掛かりな葬送プロジェクトなのである。

Eglise des Cléstins

Eglise des Cléstins

なぜ「わたしの母」の葬送の事をアヴィニョンのフェスティヴァルを訪れるたくさんの観客とシェアする必要があるのだろうか。そして、2006年に亡くなった母の葬送の事を2010年にパリで行い、なぜもう一度(あるいは今後も)繰り返さなければならないのだろうか。その答えは実はとてもシンプルである。そのことをアーティストのソフィ•カルが自分のために必要としており、同時に、鑑賞者がその儀式を覗き見る喜びはそれをアートとして成立させるために十分なのである。(ちなみに、彼女の母の本当の墓は、パリのモンパルナス墓地にあり、その墓碑銘には »Je m’ennuie déjà./もう退屈。 »と綴られている。なんてこった。)

Rachel, Monique, 2012, Festival d'Avignon Archive

Rachel, Monique, 2012, Festival d’Avignon Archive

いったい、死者の日記を読むという機会があるものだろうか。その本来ならば決して知られることのない他愛の無い日常の情動を事細かに生き生きと耳にする機会があるだろうか。ないことはない。我々は普段から、著名人の書簡や歴史の重要資料としての手記や手紙を本の中で、美術館で、図書館の書庫で、あるいはドキュメンタリー番組で、常日頃盗み見、盗み聞きしているではないか。なるほど、たしかに我々は日々プライバシーとか○○権と目くじらをたてながら、著名な人々の私生活にはさほど配慮しなくても良いらしいことを常識として共有している。ラッシェル、モニックと呼ばれたソフィ•カルの母の日記が朗読されること、そしてしばしばロマンチックなその内容に羞恥心を覚えたり、あまりに直接的感情の吐露に対してばつの悪いと感じるのは、ソフィ•カルの母が我々と同じ「ふつうの」女であり、今日ではインターネット上に直接公開されるブログというスタイルを知っている我々でさえ、紙媒体にこつこつ綴られた匿名の個人の「日記」は、まさか持ち主が亡くなったからといって大勢の前で突如は暴露されるまいという私たちの無邪気で可愛らしい信仰をソフィ•カルがざっくり裏切るからである。

日記帳に綴る日記は、通常こっそりと綴られ、公開も出版も目的としない。したがって、それがたとえ娘の口を通じてであれ亡き本人の意志を介さず暴露されている現場に遭遇すると否応無しに覗き見の心情が掻き立てられる。聴いてはならないものを聴く居心地の悪いエクスタシー。ソフィ•カルが母の日記を暴露することで目指しているのは、彼女の未だ分からない母親のその空白を探しに行くという途方もない作業であり、その不安を掻き立てるエクスタシーの代償に、彼女が一人で持ちきれない作業を人々に共有させることなのである。母をアートにするというのは、自己の外側にあるラインを明確化する行為なのだが、その試みは本質的に失敗するよう運命づけられており、終わりのないループ映像に似た反復サイクルがそこにある。母は子どものときから最も近く、我々は彼女を通じて世界に現れたにもかかわらず、今や絶対的な他者となり、身体のどの部分も繋がってはいない。親が子どもに自分の欲望を投影したり、彼らを通じて自己実現しようとする親の心理的な働きはよく知られているが、子どもから親に向かうベクトルではどうか。子どもは親を作り直すことは出来ないので、親の参照に基づいて終わりなき自己の彫像が繰り返す。ソフィ•カルのたった一人の必要はこの果てしないサイクルの中にあり、「彼女の母」はこの大きな枠組みに行き着いて初めて、全ての人にとっての普遍的な「母」になる。一人の女の日記は、こうして読まれ続けるのであり、それは女の望みには関係のない、綴られた何かなのである。
(イメージ参考:Festival d’Avignon Archive
第2回 石内都『マザーズ』(母の遺品) は次回書きます。

04/1/13

救済 / salvation – photoablum

le 31 mars 2013
photos prises à Rungis, France

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生命は、世界のいたるところに拡がっていて、
それぞれの個体はその形をとどめる時間の長さが異なり、
人間によってとりわけ注目される様態などがあるけれど
どんな個体のどんな様態も
それぞれの瞬間で意味があり
全体の中で無意味である。

生命は、世界のいたるところに拡がっていて、
形を持っているものとそうでないものや形を手放すことがあり、
見えにくいような時も彼らは世界をいつでも去ったりはせず、
どんなふうに活動を停止しても
世界の中で救済されて
その外側に選択肢はない。

その拡がりは、絶望的な救済である。

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03/30/13

尋常な話 – 5 女性的身体 / Des histoires ordinaires – 5 Le corps féminin

5  Le corps féminin

J’affectionne le corps féminin, notamment les fesses et la poitrine.
Il ne s’agit pas forcément d’être lesbienne, ni de détester l’homme.
C’est juste une véritable affection pour ces parties corporelles.
Mais surtout pas n’importe lesquelles.
Un dessin de mon amis représentant des fesses me plaît beaucoup,
ainsi que quelques tableaux de Louise Bourgeois ( intitulé « série fragile ») sont magnifiques.

La poitrine des femmes est une merveilleuse choses du monde.
Cette rêverie inquiétante ne me lâche jamais depuis mon enfance.
Je réfléchis sérieusement l’origine de mon rêve à l’époque de ma puberté.

Une conclusion m’arriva quelques ans plus tard.
Quand je suis née, le toucher et la tiédeur de la poitrine de ma mère toujours me manquaient.

Ma mère n’arrivait pas à me donner suffisamment du lait maternel,
je pleurais de faim sans cesse.

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5 女性的身体

わたしは女性の身体が好きである。とりわけ、おしりとむねが好きである。
このことは、必ずしもわたしがレズビアンや男性嫌いであることと一致しない。
ただたんに女性のおしりとむねという部位がほんとうに好きなのである。
とはいえ、もちろんなんでもいいというわけではない。
アーティストである友人が描いたおしりは心からすばらしいと思うし、
ルイーズ•ブルジョワの »fragile »シリーズはずば抜けてすばらしい。

とりわけ女性のむねは、世界で最もすばらしいもののひとつである。
この不安をかき立てる妄想は幼少期からわたしに取り憑いて決してわたしを放さない。
思春期のわたしはなぜそんなにむねが気になるのか真剣に考えた。

のちになってひとつのことに気がついた。
わたしが生まれた時、母のむねのぬくもりと温かさを
わたしは十分に得られなかったことにそれは由来するのではないか。

母のむねはわたしに十分な母乳を与えることが叶わず、
わたしはいつもお腹を空かせて泣いた。

 

*ce série représente un univers où se mêle l’histoire vraie et la fiction.

03/30/13

尋常な話 – 4 セキセイインコ / Des histoires ordinaires – 4 Les perruches ondulées

4 Les perruches ondulées

Je trouve que la perruche ondulée est la plus mignonne du monde,
mais je ne l’aurai plus jamais.
Quand j’étais petite, on n’avait presque jamais d’animaux chez moi.
A part les insectes que j’avais attrapés, les poissons rouges, les écrevisses,
je n’avais pas eu d’ animaux comme des oiseaux et des mammifères.
Je suppliai à mère d’avoir quelque animal chez moi.
Elle me le refusa sévèrement pendant quelque années.

La chance tomba en tourbillonnant à l’improviste.
Nous avons eu deux perruches ondulées, bleu et jaune, qui étaient encore bébés.
Nous les avons nommés Prune et Bonite.

La séparation vint également de manière soudaine.
Mon petit frère plus sensible que moi développa une allergie aux plumes des oiseaux.
Je dus confier ces deux petits trésors à une de mes amis.
Elles vécurent et furent mortes en quelques années.
J’ai collecté toutes leurs plumes tombées dans la cage
pour les garder toute ma vie.

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4 セキセイインコ

小鳥は世界で最も可愛らしく、かつわたしがもう決して共存しない生物である。
子どもの時、わたしはペットをほとんど飼ったことがなく、
たとえば捕まえた虫や、金魚や鯉などをべつにして、
鳥やほ乳類に属する生物をペットとして飼うことはなかった。
そのような動物を飼いたいと泣いて母にお願いした。
彼女は何年もそれを拒絶した。

あるとき突然にチャンスはやってきた。
青と黄色の、二羽のセキセイインコを飼うことになった。
彼らは梅とカツオと名付けられた。

離別もまた突然にやってきた。
わたしよりもデリケートな弟が羽毛アレルギーを発症した。
わたしは小さな宝物たちを友人か誰かにあげることになった。
彼らはひとりの友のお陰で幸せに暮らし、そして死んだ。
わたしは彼らが去ることになってから抜けた羽を全て集めた。
ずっとずっととっておくために。

 

*ce série représente un univers où se mêle l’histoire vraie et la fiction.