nouvelles vagues @palais de tokyo/展覧会『ヌーヴェル•ヴァーグ』@パレ•ド•トーキョー

Nouvelles Vagues @ Palais de Tokyo,
Exhibition of Curation 21人(グループ)のキュレーターによる21通りの展覧会
Palais de Tokyo site « nouvelles vagues »
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近年ますます、まとめ方や全体のコンセプト、配置や章立て、そういったことが一つの展覧会にとって重要な要素として見直され、語られ始めている。とはいえ、展覧会とはやはり、アーティストの作品を見に行くものではなかろうか?これは、素朴な反応である。見せ方がいくら素敵でも、作品が分からないのでは楽しめない。でもふと思い出してみると、全体的によく理解できた展覧会は、長い時間が過ぎた後にも、ストーリーとして、時には感覚的なものとして、それらが記憶されているということもある。
さて、パレ•ド•トーキョーで開催されたNouvelles Vagues(新しい波(複数形))という展覧会は、それはとりあえず、ビエンナーレとかトリエンナーレとかそういった集合展示を見に行くのと同様の心構えで行かないと途中でキレてしまう恐れがある。もちろんガイドブックを買う必要も無いし、つまらんもんは飛び越して行けばいいのだが、どうやって視るにせよ、入り口から出口までの行程自体が非常に長い。幾つかの作品の前で長く足を止めた私は、一番下の地下階から始まって、二回の会場でそれが終了して出口で日光に再び出会うまでに実に四時間弱かかっている。念のため付け加えるが、私は全ての作品を隅々まで入念に視るような几帳面さも持久力も持ち合わせていない、に関わらずである。
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展覧会Nouvelles Vaguesのコンセプトは以下である。
Palais de Tokyoでは、世界中13カ国から集まった21人の若きキュレーター(あるはキュレーション•グループ)による展覧会を開催する。Palais de Tokyoのギャラリー委員会は、この空間を30あまりのスペースに分割し、それぞれのキュレーターたちに一つの展覧会を構想するよう依頼した。この未聞の企画はパリのアート界でも初めての試みとして、現代アートが生れて発表されるこの街に新しい視線をもたらすだろう。このアート企画では、新しいタイプのキュレーターの存在が明らかになる。彼らはアーティストたちの最も近くにおり、そこで才能を発揮する。彼らは各々独立した存在であり、世界を股にかけて展覧会を作り出す。
それは、ギャラリストとも、学芸員とも全く違う。アート市場のルールや組織のルールを始めとする、全てのアカデミズムの規範から逃れて自由である。自由人、オフピストの冒険家、詩的•政治的•美的な環境変化を求めるノマド。彼(ら)は新奇を見つけ出し、即座に配置を創り、そこではまったく異なるアーティストたちが、ある一つの目的、アイディア、ヴィジョンのもとに集まることが可能になる。
何よりもまず、彼らを招待し、展覧会を創造してもらえることを光栄に思う。
今日、Nouvelles Vagues(「新たな波」)はアートの生態において生じつつある変容を明らかにするだろう。
(Nouvelles Vagues Cuide, Édito, Jean de Loisy, Président du Palais de Tokyoより)

さて、4時間分をダイジェストにするというのでなく、Salon de mimiのいつも通りの方法で、つまり、作品から何らかのおしゃべりが止めどなく溢れ出してしまうような表現について、ここに綴り、さらなるおしゃべりの可能性を開いてみたいと考えるのである。さらに今回は、キュレーションという小宇宙が複数存在している展覧会であることを踏まえ、ルートに従って作品を紹介して行きたい。

La Méthode Jacobson by Marc Bembekoff
第一の展覧会は、Palais de Tokyoの最下階にある。薄暗い通路にネオンの絵画、通路を抜けたやや明るい空間にFeiko BeckersのインスタレーションSafe and Sound(2013)がある。そこにあるのは、一辺が160cmもある分厚いコンクリートの板が2枚直角に並置されている、ミニマリストの彫刻風?のものである。その傍らにはアーティスト自らがアシスタントと共に熱心に作業をしている映像が放映されている。アーティストは、アリゾナ州に実験的に造られたユートピア都市Arcosantiの最も典型的なアーキテクチャフォームである、直方体のコンクリート建築への呼応として、手作りのコンクリートを丁寧に造る。Feiko Beckersは、その試行を通じて、現代の奇妙な都市生活:都市の中心で働き、バカンスには一斉に田舎の一軒家に移動して数ヶ月を過ごすという無駄で義務的な人々の大移動にたいして、人間は家の中で安全に過ごすことができ、生きるのに必要なのはたった一つの小さいステュディオだけでいいのだと語る。
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また、同キュレーション内で、Agnieszka Ryszkiewicsは、ポストカードのインスタレーションを発表する。パリに住む若い女性であるPamとTed Colemanというテキサスの牧場労働者の間の親密な手紙のやり取りを、鑑賞者に対して提示する。そこには、彼らの個人的な想い出や、身体性を伴う記憶や物語が綴られている。鑑賞者はそれを目で追いながら、この先も決して会うことのないであろう二人の人間の、語り合う声が聞こえてくるようなストーリーのなかに息をひそめる。
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The Black Moon by Sinziana Ravini
現在2013年9月よりCentre Pompidou(ポンピドーセンター)のGalerie Sudで回顧展を開催しているPierre Huygheもこの展示の中で重要な役割を担う。展示されたのは、Huygheが2009-2010年にかけて撮影したThe Host and the Cloudという映画のイメージである。この映画において、Huygheが描き出したのは、廃墟となった美術館における物語の迷宮、暗闇におけるミサ、ボロメオの分岐点、催眠術とミステリアスな出来事の続く不可思議な世界である。登場する人間たちは、顔面に四角い板のようなマスクをつけてロボットのように列を作っている。

ADA by Ken Farmer & Conrad Shawcross
産業ロボットを組み立てて生み出された、ADAというロボット。1977年生れのConrad Shawcrossは、19世紀ヴィクトリア朝期の数学者エイダ•ラブレス(Ada Lovelace)へのオマージュとして造られた。光と音楽を伴い、幾何学、科学、詩学、論理学に深い関心を抱いていたAda Lovelaceという19世紀の女性。彼女は、詩人バイロンの一人娘として育ち、チャールズ•バベッジとともに世界初のコンピュータプログラムを書いた(解析機関用プログラムのコードの記述が見つかっている)。若くして子宮癌を患ったエイダは、父バイロンと同様に36歳の時、瀉血によって死んだ。
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Artesur, Collective Fictions by Albrtine de Galbert, Isabelle Le Normand, Andrew Berardini, Jesse McKee & Anca Rujoiu
Collective Fictionsの展覧会では、Albrtine de Galbertが若いキュレーターグループに呼びかけを行い、彼らが独自にラテンアメリカの現代アーティストをセレクションして展覧会を構成するという入れ子の構造を作り上げている。それぞれが作品やアーティストを選び、それが最終的にどのように展覧会として完成するか。ここでは、選択する主体自体も複数の人間によって行われていると言う点で、キュレーションとは何なのか、コラボレーションとは何なのか、全体の選択と個人の主観的選択はどうネゴシエーションされるのかという問題を照らし出している。
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Leyla CardenasはPalais de Tokyoの白い壁に刃物で傷をつけて塗料を繊細に剥がしたり木の部分を露にすることによって、2.3m×3.5mの大きな絵画を生み出した。Removido (2008)

Eugenia CalvoのMore Heroic Work(2008)は、新聞女こと西澤みゆきさんのパレードに登場した、シュレッダー•モンスターがまとっていたコスチュームを彷彿とさせる、刻まれた紙の山である。西澤みゆきさんの制作においても、新聞や広告という本来の用途や内容、情報を乗せた媒体をシュレッダーにかけることには象徴的意味を伴う。Eugenia Calvoの場合にも、言葉の山をもはやつかみ取ることのできない細かなフラグメントにまで解体し、それを膨大なヴォリュームとして提示することによって、鑑賞者に途方も無い瞑想を喚起する。それらは解体されて自由になり、風が吹いたなら飛んでゆける可動性を得た。そして意味すらも失った。
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Concert Hall by Jean Barberis
コンサート•ホールと名付けられた巨大なインスタレーションは、足を踏み入れるのも躊躇するような奇怪な外観をしている。多くの音楽家やサウンドアーティスト、メディアアーティストのコラボレーションである本作品は、孤児院から譲り受けた廃品などで楽器を構成し、来客を歓迎して一斉にコンサートを開始する。オートマタや光の音楽装置、プログラミングされた精緻な演奏。細部に渡るまで、彼らが作り出す立体的なコンサートを見回すと、そこにはたった一人の人影もないのに、子どもの話し声や人々の生活の風景が感じられるような気がする。それは、このモンスターのようなコンサートホール全体が、人間の作り出した物やアイディアによって充溢しているからだろうか。
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Un Escalier D’Eau by Natalia Valncia (Curator), Felipe Arturo(Scenography)
Herz Frankが1978年に35ミリで撮影した10分間の映像作品は、闇の中に子どもたちの次々に移り変わる表情を捉える。子どもは大人のそれよりも潤った目を見開き、時には眉をひそめ、口を開け、頬の筋肉を強ばらせたり、唇をすぼめながら、大画面に映し出されるそれぞれの子どもは、誰一人として同じようには反応しない。このショートフィルムは、フランクが10分間のマリオネットの劇を見ている子どもたちの表情を撮影したものである。本来誰にも目にされるはずの無かった子どもたちの表情は、こうして35年後、我々の目に触れることになる。それぞれはもう40代の大人になり、それぞれの人生を送っている。
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Manon de Boerは即興ダンスを踊るCynthia Loemijを撮影した。ウジェーヌ•イザイ(Eugène Ysaÿe, 1858-1931)のヴァイオリンのための三つのソナタを聴く。イザイはベルギーのヴァイオリニストであり作曲家でもあった人物だ。Cynthia Loemijは10分間取り憑かれたかのように音楽を聴き、その音楽は彼女の身体に染み込んだかのように、ダンサーはインプロヴァィゼーション•ダンスを舞う。
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The Real Thing? by Antonia Alampi & Jason Waite
Real Snow White(2009)は、白雪姫のコスチュームを来て、ディズニーランド(ユーロ•ディズニー)を訪れる、という作品だ。アーティストのPilvi Takala(1981年生れ)は、全身完全なSnow White(白雪姫)のドレスをまとってパリの郊外にあるユーロ•ディズニーを訪れる。入場のためにその他の客と共に列を作っているところに係員がやってくる。彼女はフランス語が分からないというと、係員はたどたどしい英語で、白雪姫のコスチュームを来たままでは、他の客が「ホンモノの」白雪姫と混乱してしまうから入場できないと言う。子どもたちは、ヒロインたちのコスチュームを着てるじゃない、とまわりの少女たち(白雪姫のコスチュームを来た少女)を見ながら訴える。係員が苦心していると、彼女のまわりに子どもやその母親が集まってきて、「とてもキレイ、本物の白雪姫だ!」といって写真やサインを求める。彼女はそれに応じる。やがてもう別の女性スタッフが憤りをあらわにしながら、彼女に即座にトイレで着替えてくるように言う。するとまわりの子どもや家族連れは、「なんだ、偽物か」といって騙されたことに憤慨し、その場を去って行く。中にはそれでもサインを求めたり、写真を一緒に撮ろうとする者もいる。彼女は結局、訴えも虚しくトイレに連行されて、白雪姫のコスチュームで入場できなかった。それは彼女が、ディズニーランド内のどこかにいる、「本物の」白雪姫を脅かしてしまうからである。
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本キュレーション »The Real Thing? »は、1960年代、東京のギャラリーにおいて発見された風倉匠の全裸不動のパフォーマンス、その日本における前衛美術家の実験的表現に着想を得ており、とりわけ風倉匠が自身のアクションをしばしば »The Real Thing »と名付けていたことに由来する。ここでは、Pilvi TakalaのReal Snow Whiteを始めとして、リアルとフィクションの境界を可視化あるいは不可視化するような作品群が提示される。

最期に、Henrique Oliveiraによる、Baitogogoの麓を歩いてみることにしよう。サンパウロ在住の画家、彫刻家である Henrique Oliveiraの壮大なプロジェクト、巨大な木彫刻である。Palais de Tokyoの一部が、うごめき、変形する。それは確かにかつて見たことの無いもので、驚きと呼ぶものである。
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