Chiharu Shiota « Infinity »

Chiharu Shiota
« Infinity »
2012年1月7日〜2月18日
Galerie Daniel Templon, Paris

塩田千春の »Infinity »がパリで見られる。Centre Pompidouよりすぐのギャラリー、ダニエル•タンプロンにて2月18日までの展示が予定されている。塩田千春は現在ベルリンで活動するアーティストであり、パリでは2011年にメゾン•ルージュにおいて »home of memory »のインスタレーションを行っている。その際には、大きなドレスと部屋中に張り巡らされた黒い糸、そして400個のスーツケース作品が展示されていた。

maison rouge, home of memory
(アーティストインタビュービデオも見られる)

インタビューでも述べているように、彼女が表現の主題とするのは、不在の記憶、マテリアルが語るぬくもりや想い出、生や死や人間の感情の繊細さや普遍性であろう。つり下げられたドレスは、もうその場には居ない袖を通した人間の存在を想起させる。400個のスーツケースにはひとつひとつにそれぞれの人の旅の想い出が込められており、持ち主を失って空っぽにされて展示された400個のスーツケースは、400人の人々が過ごした旅の記憶を静かに語る巨大なアーカイブとして現れる。

塩田千春は、糸をマテリアルとして使用するアーティストである。糸は、結んだり、張ったり、切ったり、編んだりすることができ、彼女は、糸というマテリアルのこれらの性質について、人のさまざまな感情を移す鏡として認識している。

黒い糸で張り巡らされた部屋は、古い家にごく自然に時間が流れていき、そこに住んでいた人ももう居なくなってしまったけれど、その記憶とともに取り残されてしまった部屋という印象を与える。誰もおらず、何も無いのに、気配を感じざるを得ないような、強い印象を見る者にもたらす。

一方で赤い糸は全く別の印象だ。2008年、国立国際美術館で行われたインスタレーション作品『大陸を越えて』では、遺品を含む2000足の靴を赤い毛糸に結びつけた迫力ある展示を行っている。靴を使った作品では2004年の『DNAからの対話』があるが、『大陸を越えて』においては、2000足の靴それぞれに対して持ち主の靴への思い入れを綴った手紙が結びつけられているために、よりいっそう人々の思い出の集積を印象深く表現している。

Over the Continents, 2008, shoes, wool, yarn

ART IT 塩田千春インタビューより借用

 

さて、現在パリで行われているインスタレーションは、 »Infinity »、ギャラリーの空間をそのまま彼女のマテリアルである黒い糸で覆い尽くしてしまった。

古い家の不気味な蜘蛛の巣であるようで、繊細に張り巡らされた黒い糸は不気味でありながら美しく、蜘蛛の巣の中に静かに輝く3つの電球が床や壁に神秘的なまでにきめ細やかな影をつくりだしている。

3つのランプのうちの一つが他の2つのランプに対してリズムを与えているのだそうだ。ランプの点灯のリズムは、ランダムであるようにも感じられるし、言われてみればインタラクティブであるようにも見える。心臓の鼓動や脈拍が静かに空間全体にリズムを与えるかのよう。あるいは静寂の中で繰り返される呼吸であるのかもしれない。

もう一点今回展示されていた『トラウマ』という作品。これは2007年に東京のケンジタキギャラリーにおける個展『トラウマ/日常』で展示された立体作品、子どもの純白のドレスや靴といったオブジェが非常に細い黒い糸によって宙づりにされ、絡み付けられ、束縛されている。糸自体は細くてもろい存在であるのに、無数に何重にも絡み付いた糸は純白のドレス、そしてそこに秘められた記憶をその中に拘束し、そこから自由になることを許さない。

ギャラリーの一室をまるまる黒い糸で覆い尽くすインスタレーションは作家自身にとアシスタントによって3日がかりで制作されたそうだ。3つのランプが代わる代わる静かに点灯する様子をながめていると、蜘蛛の巣のような不気味な印象が遠のいてゆき、なにやら懐かしい気持ちになってくる、不思議な空間がそこにある。

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