ホメオパシー(同種治療)について11 <食養生ー毒と共存する>

ホメオパシー(同種治療)について 11(2019年9月17日)
<食養生ー毒と共存する>

昨年2018年12月に京都の想念庵で展覧会「ファルマコン 2 毒×アート×身体の不協的調和」を開催した一環で、京都大学こころの未来研究センターにておこなったシンポジウムに、『からだと心を整える「食養生」』の著者、辻野将之さんに「毒と共存する食養生」という大変興味深いご講演をいただいた。

「食養生」とは、東洋医学に基礎をおいた健康な生活のための実践であり、大変歴史的な健康のための食実践の一つでありながら、現代社会を生きる私たちの食の問題かかわってとても重要な示唆を与えてくれる。

辻野さんは著書のまえがきで以下のような問題を指摘する。

インターネットの発達で、今はあらゆる情報が容易に手に入る情報化社会です。健康に関する情報も、誰でも簡単に手に入れることができます。にもかかわらず、生活習慣病や摂食障害を患う人が増え続けているのはなぜでしょうか。(略)健康マニアの人ほど不健康になる、という法則があるように感じています。健康になろうとして様々な健康法を次々と試したあげく、結局体を壊してしまうのです。おそらくコマーシャルやテレビの情報に踊らされて、自分に合っていない健康法なのに無理して取り組んでしまった結果でしょう。(『からだと心を整える「食養生」』、p.5)

食養生の実戦において、まず、健康のために大切な5つの項目を示し、<食>はそのピラミッドにおいて最も重要性が低いことを強調する。五つの項目とは、重要な順に<心>、<太陽>、<空気>、<水>、<食>。食が重要でないということではもちろんなく、それ以上にその四項目が大事だということで、<心>はそのまま私たちの心の状態、<太陽>は光を浴びて生きる私たちの生活リズム、<空気>は田舎の良い空気云々よりも深い呼吸をすることの重要さを示しており、<水>はどのような水をどれだけ飲むかという問題に関わる。

さて、それら四項目の重要さを認識した上で、食について、本書で強調されるのは「身土不二」と「一物全体食」の二つの原則だ。「身土不二」は、身(今までの行為)と土(身の拠り所とする環境)が切り離せないことを意味する仏教用語に基づき、住んでいるその土地の、その季節の食べ物を食べることが健康に良い、とする考え方で、これは、季節に関わらず世界中の食べ物が入手できる今日の食文化を生きる我々にとっては知っておかないと簡単にこの原則に背いた食を実践してしまい調子を損ねかねない。また、「一物全体食」では、食べることは命をいただくこと、と考え、その際にはあまり手を加えず、より自然のままの状態でいただくことが良いとする。ここでは、たとえ無農薬や栄養面で優れているとされていても、加工されていたり、品種改良を経た商品であったりすれば、むしろ身体は喜ばないということを明らかにする。

さて、ここまで理解した上で私たちの食をめぐる現状を考えると、しばしばメディアがもてはやすような<健康にいい>とか<オーガニックの>とか、調子のいい響を鵜呑みにしてなんでも試してみることがちっとも身体のためでないことがわかる。なぜなら、「身土不二」と「一物全体食」に基づけば、食べ物はパーソナライズドされた処方みたいなもので、どんな体質のどんな生活リズムのどこに住んでいるどんな人にとっても万人に対して<効く>ようなヘルシーフードなんてあり得ないことがわかる。それよりむしろ、自分に合ったものを知らずに(あるいは無視して)身体に合わないものを食べることによる不調を招きすらする。

食養生の、全体を見る(globalité)メソッドや個人化されたもの(personnalized)であるべき点は、私たちがこれまで見てきたホメオパシーの主要な思想とも一致する。

身体に合わないものを食べることは、たとえ別の文脈でその食べ物が「健康にいい」と定義づけられていたとしても、ある人にとって<毒>として働きうる。体調を悪くし、心の状態を不安定にしてしまうかもしれない。そして身体に合っている食べ物(必要なもの)を摂取すれば、それは<薬>として身体の状態を改善する。このように、ある食物は<毒>にも<薬>にもなりうるアンビバレントなものであり、食養生もまた、東洋医学を基礎としているので陰陽思想を根底に持っており、対になるものとの均衡で健康を定義しているのではないかと私は理解している。

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