ひとびとの距離/ la distance entre personnes

良くも悪くも、驚きのすくない時代になったようだ。はじめて誰かと会うという時に、その人の容貌は愚か、これまでどんなことをしてきた人なのか、何を作り、どんなことを書き、どこで仕事してきた人なのかということをだいたい知っていることが多いのが、こんにちの初対面の真実である。

 

たった数年前にはまだ、所属先やキャリアなどを含む個人情報がウェブ上に流出してしまうことや、顔写真がネット上にアップされることはひとえにネガティブに捉えられ、迂闊にそんなものを駄々漏れさせてしまう人は、自己管理の行き届いていない人であるかのように見なされる傾向があったに違いない。

ところが現在ではだいたい、人に会うのも、お店に行くのも、旅行に行くのですら、いつもなんとなくデジャヴュである。デジャヴュというのは、必ずしも否定的なニュアンスではない。たとえば、私は初対面の人と、とりわけエライ人とか面接とかで誰かと会うようなとき、だいたい始めものすごく楽しみにして、その後非常に緊張して、しまいには定期考査の試験問題を予想するように、面接シミュレーションをしてしまったりするのだが、事前に多くの情報を知っていれば知っているほど、シミュレーションのシナリオが作りやすいのは事実だ。対面の恐怖みたいなものが軽減されるのも事実だし、写真を通じて顔や姿のイメージが何となくあるので、待ち合わせ場所で通りすがるすべての人に対してそわそわしなくてよいというのも素晴らしい点だ。ただしこのストラテジーの最大の弱点は、変化球に対して、情報開示されていない場合よりもさらにビビってしまう可能性が多いということだ。そして、人との出会いとは往々にしてそういうことが起こりやすくできている。

自分が安心するためという極めて小規模な幸せの追求を除けば、こんなにつまらない試験問題予想の方法はないように思える。与えられた材料からの、話題の再構築。例外的にアクティブな性質をもつ個体を除いて、人はみなある程度平穏な物事の成り行きを好むにしても、である。

デジャヴュ的出会いのもう一つの特徴は、そのつまらなさに比べものにならないほどクリティカルな問題である。それは、デジャヴュ感の一方通行性だ。ある人のブログを長年に渡って愛読しており、その人が日々綴る日常の出来事、家族の話、仕事の悩みや小さな愚痴、感傷的なことばの端々を通じて、読者は十分にその人を知っている錯覚に陥ることができる。ブログというのは(ブログにもよるが)、日記の盗み読みなのである。ウェブ上に、読まれるために書いておいて、盗み読みとは何事か、と思われる人もいるかもしれないが、世の中の多くのブロガー(職業的肩書きを背負ったブログであったとしても)が綴っているのは、本人は露出に無頓着なつもりでもそれが現実にどういうことかを真摯に受け止めていない程度に、限られた読者しか、実は想定していないのである。

そんなわけで、この親密な言葉で書かれた日記を、その人を思いながら長年読み続けてきた読者と、勝手な想定のもと言葉を発し続ける作者の間に、平行な2つのベクトルがあらわれることになる。平行なベクトルは決して交わることのできないベクトルだ。こんなふうにしてかわいそうな読者は、長年見守ってきてよく知っている書き手に対して、つい、非常に馴れ馴れしい言葉をかけ、ゼロから人間関係を築く代わりに、これまで一方的に積み上げてきた個人経験をもとにして、関係を築こうとしてしまうのだ。

この悲劇的なシナリオは、小説家とその読者の間では決して起こらない。小説家は自分が出版という特別な段取りを通して、自分の手から書いたものが世界に旅立っていく過程を意識的に経験しているし、小説の読者は、それが間違っても自分に当てて書かれたものではなく、本を手に取れば誰にでも受け取る事のできる客観的な媒体であることを知っているからだ。したがって、こっそりと作者の言葉を盗み読んでいるという感覚がここには介在し得ない。

 

なるほど、ひとびとの距離を図ることが、とてもむずかしいというのは、色々な原因を伴って、どうやらあながち嘘ではないようだ。たしかに誰かに出会う際、その人がどんな風かを少しだけ知っているのとそうでないのとでは、心にかかる負担が違うのは事実だろう。しかし一方で、ひとりの人間ともう一人の人間の間で築かれるべき「関係」というものに対して、自分の勝手な枠組みを押し付けるのはとても暴力的な行為だ。ひとびとがどうやって出会って、つまらない試験問題予想をするのではなく、おたがいが面白くぶつかり合えるのか。

知らない誰かとせっかく出会った時、わたしが彼(彼女)に対して同じ事を思い、彼(彼女)がわたしに、「思ってたとおりの人ですね」と言うほど、つまらなすぎて嫌気がさすことはないのだ。

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