09/21/15

BEACON 2015 Look Up! みあげてごらん, 空を仰ぐことの意味

9月13日、岐阜県美術館で開催中の「BEACON 2015」を体験してきました。BEACONは、1999年より断続的に名古屋や京都など、全国で発表・展示されている、映像・音響・理論・美術がひとつとなった作品である。伊藤高志さんの映像、稲垣貴士さんの音、吉岡洋さんのテキスト、小杉美穂子さん・安藤泰彦さん(KOSUGI+ANDO)が担当する美術が相互に影響し合って作り上げられた作品は、回転台の上で撮影された様々な土地の日常風景が展覧会場において同じく回転台の上で投影されるという形態を撮っている。

BEACONはいつも、人間の記憶に関わってきた。それはメディア環境における人間の記憶の問題であったり、日常を生きる我々の記憶の蓄積の比喩としてぐるりと連続する風景を回転台の上で投影することであったり。そこには人々の風景があり、声が聴こえ、光とオブジェがあり、今ここに居ないがいつか出会った人々の痕跡がある。

年のBEACON 2014は展示空間の特殊性が作品に極めて強くコミットしていた。東京都台東区の葬儀場を展示空間とする異例の作品展示、BEACON 2014は »memento »の副題がつけられ、インパクトある形で人間の生死を主題としていた。

今回のBEACON 2015は第7回目の作品発表となるそうだ。副題は »Look Up! みあげてごらん »。
作品中に登場する映像では、美術館のある岐阜、沖縄、福島の「日常風景」が回転しながら投影される。

« Look Up! みあげてごらん »、展覧会のチラシにも掲載された吉岡洋さんのテクストの中で、「みあげる」行為は以下のように説明される。

人はそもそも、どんなときに空を見上げるのだろうか?
 それはたとえば、この世の煩いから離れたいときであり、遠い存在に思いを馳せるときかもしれない。
 またそれは、希望を持とうとするとき、あるいは反対に、絶望したときであるかもしれない(見上げるという行為において、希望と絶望とはつながっている)。
 さらには乗り越えがたい障壁によって、突然行く手を阻まれたとき。それはつまり、自分は今まで閉じ込められていたのだと、知ったときだ。

ここには、みあげる行為の意味が明らかにされるだけでなく、なぜ混在する沖縄と福島と岐阜の日常風景を追体験するこのBEACON 2015という作品が「みあげてごらん」なのか、さらには、なぜBEACONがこんなにも直接的にフクシマの風景や沖縄の風景といったクリティカルな問題を映し出すにもかかわらず、そこに恣意的な声を潜ませることなく淡淡と回転台のプロジェクタが投影するイメージを届けるのか。

みあげることは単純な希望の象徴ではない。人は、絶望したときも空を仰ぐ。そこにはなるほど、「いま、ここ」の限界を痛いほど認識する「わたし」がいるが、そんなものは世界にありふれたことかもしれないし、また明日別の状況に出会うことかもしれないし、「わたし」を今たまたま取り囲んでいるその偶然に満ちた環境によってこれまた偶然にでっちあげられたハリボテみたいなドラマセットに過ぎないのかもしれない。そんなふうに、みあげることは切り離すことであり、あるいは繋がることである。

みあげることは、ある意味で孤独であり、ある意味で本質的に力強い。それは、頼りない表面的な結びつきとか駆け引きなんかに基づく脆弱な人間関係ではなくて、困難に打ち拉がれ途方に暮れて空を仰いだところからのインディペンデントな連帯だからである。

Look Up ! みあげてごらん。
この作品は10月12日まで見られます、そこで福島と沖縄と岐阜の日常を見ることは、いまここを断絶し連携し、今日の私たちの状況について考えに至るキッカケにもなると思う。

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11/3/14

生きることを置き換えるという意味 / compter à la place de vivre

生きることを置き換えるという意味

三輪眞弘氏の作品「59049年カウンター ――2人の詠人、10人の桁人と音具を奏でる傍観者たちのための―」に関して吉岡洋さんが記したテキスト「生きるかわりに、数をかぞえる」(chez nous tanukinohirune)について、このごろ反復的に考えていたことについて書こうと思う。テキストの中で言及された、三輪さんの作品「59049年カウンター 」は、10人の桁人たち、二人の詠み人、そして一人の悪魔の13人によって上演される作品で、舞台上手側の5人で構成される「LST」チーム、下手側の「MST」チーム、それぞれが下位の5桁、上位の5桁を現し、10桁の三進法の数字をカウントしていく。この数値の最大値は「2222222222」、つまり十進法で「59049」(タイトルの数)になるのである。パフォーマーは防護服を思わせるレインコートのような衣装を纏っており、「フクシマ」のイメージを想起させる。
上述した吉岡さんのテクスト「生きるかわりに、数をかぞえる」は、この作品における二つの行為「生きること」と「数を数えること」の関係性に着目する。テキストでは二つの行為は以下のように関係付けられる。


(前略)
なぜなら、生きることと、数をかぞえることとは、同時に行なうことができないからである。そして人は、もう生きることができないと感じた時、数をかぞえるしかないからである。

もちろん数をかぞえている最中だって、私たちは生きている。そうでなければ、数えることすらできない。けれども、数をかぞえることに集中している時、生は、どこか彼方に追いやられている。
なぜか? 数というのは、どこかこの世界ではないところから、やって来たものだからだ。数は私たちのように形を持たず、私たちのように歳をとらない。
(中略)
生きることと、数をかぞえることとは、いっしょに行なうことができない。もう生きることができないと思える時は、数をかぞえるしかないのだ。数をかぞえることで私たちは、滅亡からわずかに逸れた場所にとどまり続ける。
数をかぞえることは、生を担保に入れることである。 

なぜ数えることなのか?それは、我々人間のように、経過する時間のなかでいつしか持てる肉体が衰えて死んでいく物質的存在が時間に切り離しがたく関わらざるをえない一方で、数とは時間軸から解放された普遍的な存在であり、宇宙的な絶対法則に関わるのではないかと我々を信じさせてくれるような、異次元や永遠の象徴存在であるということだ。だから、数を数えるという行為は、あたかも永遠的な何かに触れる行為であるかのように、表現者たちによって、「生きることと置き換えられるためのひとつの行為」に選び取られる。

「生きる代わりに」と表現されている二つの行為は実際に勿論並立している。ここで「生を置き換える」と表現されているのは、つまり、「生きること」そのものを忘れるように何かに没頭する、ということである。「没入(absorption)」はひとつの恩寵である。なぜなら、何かに没頭することができたとき、人は「生きること」について直に考え、それについて苦悩し、正面から取り組んで解決し得ない哲学的な問答を苦悩の中で繰り返すことから、逸脱することが出来る。「生を置き換える」とか「生を担保にいれる」と言われているのは、そういった事態を意味するのだろう。

このように考えた時、あるひとつの奇妙な気づき、あるいは深淵な心配に戸惑う。つまり、そのことが成し遂げられるのは、「人がもう生きられないと思った時」「生きることを諦める時」、生きることを正面から取り組んでいくことがもう出来ないから、そこから脱落する時なのである。このような文脈において、表現者たちは「生を担保に入れる」手段として「数を数えることに没頭する」。46年間をかけて1から5607249までをキャンバスに綴り続けた画家ロマン•オウパカ(Roman Opalka, 1931-2011)は、「数えることをしなかったら、私はもう生きられなかったでしょう」、といった言い方でこのことを証言する。

ロマン•オウパカは、1965年、ワルシャワのアトリエで《1965 / 1 – ∞》と題された終わりなき作品を思いつき、79歳まで続けた表現者である。この作品は二百枚以上のタブローに別れているが、ただひとつのタイトルをもつ《1965 / 1 – ∞》全体がひとつのタブローであり、ひとつの行為であり、1965年から2011年までの数える行為を物質化してそこに体現したものなのである。

数を数えることは、生きることとから脱落し、それでも死なないための行為なのだ。絶望とそう遠くない場所にあってすら、さしあたりこの世界に留まり、しかし生きることを別の行為に置き換えるということを、はたしてどのように理解したら良いのだろうか。それは単に、逃げることなのか。彼らは世界における世捨て人であり、彼の表現行為は顧みられるに値しないものなのか?

わたしには、むしろ逆であるかのように思われる。彼の表現行為は顧みられる価値のあるべきものだと直観する。絶望しながら絶望から出発し、異なるヴィジョンを通じて世界を見るような行為は、力のある行為なのだ。そのことは彼らが世界における世捨て人であることを肯定するかもしれないが、世捨て人でも良いのである。

「生きることを置き換える」とはなかなかいい得て妙であり、し得て妙である。前述したように、没入は恩寵であり、世捨て人はその肯定者であると解ることが、絶望を理解するひとつの鍵である気がする。

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09/1/14

有毒女子通信 No.13 & No.14

みなさまこんにちは。
9月ですね!9月1日です。今日は有毒女子通信編集長の吉岡洋さんのお誕生日だそうです!おめでとうございます!!!今後もますますの有毒女子興盛に向けて、みなさま、編集長が現物を持って布教(普及)に訪れた際には、あたたかい受け入れをどうぞよろしくお願いします!

今年の夏はとても久しぶりに8月の本州(京都、大阪、東京、横浜)に数日滞在し、あれっ?思いのほか活発に過ごせるではないか!と自身を付けて戻ってきたのですが、どうやら、雨が多くて例年よりも全然気温が低かったみたいですね!どーりで、元気いっぱいだったわけですね!蝉がたくさん居るのには感動しました、蝉の大合唱、あれはあそこにしかありません。

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さて、みなさま、有毒女子通信 No.13 特集「秘密なんて、ない」とNo.14 特集「まだ間に合う、同性愛」が続々刊行されています!

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No.13 :「秘密なんて、ない」の対談(吉岡洋×松尾恵)は、ショッパナのサブタイトルが「秘密漏洩の恍惚」。秘密漏洩は恍惚、ですよね、そうでしょ? そして松尾さんの気になるエッセイ「自衛隊と床下の壷」も収録。だいじょうぶかしら、だいじょうぶです。どうかお手に取ってお読みください!

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No.14 : 「まだ間に合う、同性愛」は、よくわからない系特集タイトルだが、ようするに、まだ遅くない、ということである。お二人の対談は「みんながおばさんになれば、かさばらない」と名付けられており、相変わらずスゴい。いつものエッセイたちに加え、今回は、せがわ奈央さんの「有毒女子のためのBL入門」と編集委員である廣田ふみさんのエッセイ「のぐちくんへの返答」が収録されています!!!わたしは性懲りもなく、お尻の話をしています。お尻への愛の話です。

さて。めっちゃ真剣な不定期発行批評誌有毒女子通信、日本内外で読まれ中。私の親愛なる先生ジャン=ルイ・ボワシエ氏も近年の刊行分は全号持ってる!本人いわく「だって、定期購読メンバーだから!」 みなさま、今後ともよろしくお願いいたします。

「有毒女子通信」購読のご案内については、こちらをご覧ください。
MATSUO MEGUMI +VOICE GALLERY pfs/w
http://www.voicegallery.org/home.php

p.s.
ところで、日本滞在中に、こんなものを見つけました。毒蛇エキス。毒は美にいい?
これぞ毒娘への道?
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04/27/14

パラ人 PARAZINE, 京都国際現代芸術祭 PARASOPHIAを盛り上げるヨ

きたーーーーー。

パラ人 PARAZINE  が 届いた!

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えっ?

 

この表紙、見るとビックリしませんか。ビックリするのわたしだけ?じゃないはず。

 

驚きのレイアウト、驚きの色彩、驚きのデザイン。

驚きは続く。

 

こんなにふんわししたデザインなのに、こんなにパステルな色使いなのに、巻頭の(この手のフリーペーパーのデザインに、巻頭というものがあるのかどうか知らないが)吉岡洋さんのお言葉は「歩き出した〈パラ人〉」と書いてある。怖すぎるじゃないか。いったい、誰なんだ、歩き出したパラ人って!そして、表紙と裏表紙ページの背景を支配している、ブレインストーミング・メモの形跡も、とても怪しい。天才科学者とか、神の声を聞いた予言者とかが、トランスミッションした筆跡みたいである。

 

眺め続けても仕方ないので、とりあえず開いてみる。何枚かあるので、驚きすぎないように、一枚だけピラッとめくってみる。

 

やっぱり貫かれたこの、気の抜ける水色、カッコつけないニュートラルなフォント、で、PARA – WHAT  ? ? って書いてある。書いてあるぞー。目を凝らすと、「パラソフィアに、悩む。」って書いてある。

 

あっ、そもそも、パラソフィアっていうのは、京都国際現代芸術祭 PARASOPHIA(2015年3月7日~5月10日に京都で開催されるアートの祭典)のことで、芸術祭組織委員会、京都府、京都市が主催して、河本信治さんがアーティスティック・ディレクターを務めているプロジェクトのことなのですが、最近参加アーティストも第一弾が発表されましたね。

 

蔡國強(ツァイ・グオチャン)

ヘフナー/ザックス(Hoefner/Sachs)

石橋義正(いしばし よしまさ)

ピピロッティ・リスト(Pipilotti Rist)

ウィリアム・ケントリッジ(William Kentridge)

スーザン・フィリップス(Susan Philipsz)

ドミニク・ゴンザレス=フォルステル(Dominique Gonzalez-Foerster)

やなぎみわ(やなぎ みわ)

参考ウェブサイト: http://www.parasophia.jp/news/

 

それで、そうそう、パラ人ですが、パラ人は2003年に「高速スローネス」をテーマに開催された京都ビエンナーレのアーティスティック・ディレクターを務めた吉岡洋さんが編集長となって、PARASOPHIAを盛り上げるための刊行物を2015年の3月まで、ボランティアの学生たちといっしょに発行しつづけるというプロジェクトなのですね。

 

そういうわけで、パラ人、は実はPARAZINEなのですよ。

 

しかし、彼らは悩みに悩み、悩み過ぎて、PARAZINEの特集が PARA – WHAT  ? ?  なる主題になってしまったのです。しかし、彼らの悩みは、それを読むだれかの悩み。彼らの議論は、それを受け取る誰かの解決を示す。彼らの対話は、それが届かないほど遠くにいる誰かの思考と繋がって、歩き始めたパラ人は、もっともっと、世界中に繁茂する植物のように、増えるのです。繋がって、大きくなる。

 

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私はここにエッセイを書いています。

PARASOPHIA AU MONDEっていうエッセイです。京都にいなくても、パラ人のエスプリを共有できるのか? 読んでみてのお楽しみということで。

 

パラ人は、京都を出発し、現在日本各地、世界各地に広がっています。

欲しい人! ぜひぜひ読んでください。 手に入れられるはずです。

どこにアクセスすればいいんですか?

すいません、わかり次第ここに載せます。

私にご連絡くださってももちろんオッケーです。

 

とりあえず、パラ人のことがもっともっとよくわかるインタビューをご紹介します。

http://www.ameet.jp/feature/feature_20140401/

それから、ニッシャ印刷文化振興財団さまから助成してもらえることが決まったころの記事!

http://www.parasophia.jp/contents/news/2014/03/08/763/

数日のうちに、ゲット方法も掲載するので、お見逃しなくです。

ぜひ5冊ぜんぶ集めてくださいね! ワクワク。

 

 

02/12/14

「反重力 」展 @豊田市美術館/ Anti-Gravity @Toyota Municipal Museum

反重力 Anti-Gravity
2013年9月14日[土]-12月24日[火]
豊田市美術館
Web Site link

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豊田市美術館に訪れたのは二回目で、私はこの美術館がとても好きである。初めて訪れたのは、2012年「みえるもの/みえないもの」というコレクション展で、ソフィ•カルの『盲目の人々』や志賀理恵子の『カナリア』などの名作を、メルロポンティ現象学が取り組んだvisible/invisibleの間に思いを馳せながら鑑賞するとても良い展覧会であった。その日のお天気や、近くに生えていた梅の花がどのくらい咲いていたかすら明確に思い出せる。salon de mimiのポストにもその展覧会のレビュー(http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=384)が掲載されているので、ぜひご覧頂きたい。

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さて、能勢陽子さんがキュレーションされた展覧会「反重力」は、魅力的なタイトルの展覧会である。「反重力」は「無重力」ではない。あくまでも、Gravityに対峙する、Anti-Gravityなのだ。それは次のように説明される。

引用)「反重力とは、創成時の宇宙にインフレーションを起こし、今日の宇宙を加速膨張させているといわれる、重力に反する仮説の力です。SF作品では(中略)物質•物体に関わる重力を無効にし、調節する架空の技術として登場します。」(本展覧会カタログp.2)

当展覧会のカタログに掲載された吉岡洋さんの「飛行、浮遊、そして反重力へ」という文章中にも述べられているが、反重力はしばしば、SF的想像力(宇宙飛行、テレポートなど)の原理として登場し、それは必然的にに科学(物理)的説明を期待される。だが、その言葉によって展覧会を構成するのは、芸術の展覧会にいたずらに科学の権威を掲げようとするためではないし、よくわからないが魅力的な言葉で鑑賞者を煙に巻くためでもない。ソーカル事件を通じて「ソーカルのやった行為は(略)芸術的•批評的観点からみれば的外れ」であるという考えには私も同感である。槍玉にあげられたのは、ラカンやボードリヤール、ドゥルーズといったフランス現代思想家たちだ。彼らによる科学用語の濫用が神聖な科学を歪曲する欺瞞だという。ソーカル的な問題意識や排他的棲み分けは、今日においても何も解決されておらず、むしろ無意識的に多くの人によって共有される伝染病のようなものだ。現代の哲学者も心理学者も、社会学者も芸術家も、科学的な用語を使う。科学的な概念を使い、科学的な思想に拠る。それを全て否定し弾圧するならば、今日より後の世界には、なんの変化も驚きも、訪れることはないだろう。

したがって、「反重力」は、現時点ではSF上の仮説の力にすぎないが、それは私たちの、慣習的に同じ流れに向かうつまらない思想を全く思いもよらず跳ね返すことによって、見たことのない表現を創り出すのかもしれない。そのとき、「反重力」はすでに実在する力となり、我々に働きかけているのだ。

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ジルヴィナス•ケンピナス(Zilvinas Kempinas)Beyond the fans(2013)は、磁気テープが二つ向かい合った扇風機の風によって円状に浮かび続けている。磁気テープは扇風機から与えられる風の力で空中に浮かび続けており、そこには何のマジックもない。だが私たちは、自分が近寄れば僅かながら空気に別の流れができたり、他の鑑賞者などが通ってまわりの空気は動かされ続けているにも関わらず、そのくらいのことでは決して軌道から外れて落ちてきたりしない、この単純な装置の安定さや強さを美しく思う。思いのほかに物事は、結びつけたり固めたりしなくても変化しないのだ。

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『微小重力環境におけるライナスの毛布のための試作』は、中原浩大+井上明彦による、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の共同研究の実験的作品である。このプロジェクトは、宇宙飛行士のためだけでなく、将来宇宙に旅立ち、そこで生き続けるかもしれない一般の人々のためでもある。触れたことのないタッチのクッションや毛布。地球で生まれた人間は地上の重力環境に慣れており、長期間宇宙に滞在し、微小重力のもとにおかれると、心理的•生理的不安を抱くそうである。人間が拠って立つことを可能にし、頼れなさを緩和してくれるもの。不安は、フィジカルなオブジェによっても満たされるのだ。

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カーステン•ヘラー(Carsten Höller) は、次のように述べる。
To five room to uncertainty, and to the beauty within uncertainty, in order to challenge the cultural environment we live in.
ネオン•エレベーター(2005)は、人間の目の錯覚に訴えかける。鑑賞者を取り巻く形で配置された壁の中には水平のネオンライトが上から下に向かって明滅する。その光の動きに目を凝らしていると、自分の立っている空間が光のエレベーターとなって上昇していくように感じられる。どれほど分析され、理解が進んだとしても、我々の認識は錯覚のような曖昧さで満ちており、それはしばしば我々を今ここから解放することを助ける。

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やくしまるえつこは、アインシュタインの宇宙項や『相対性理論』などの原理から着想を得た表現を提案している。ボーカル、作詞、作曲、プロデュースを手がける彼女は、作品『Λ Girl』において、お互いに引き合おうとばかりする世界の物質に対して、たったひとりで、万物から遠のくことを選んだひとりの少女のΛの存在を、モニターや72台のスピーカーを介して、我々の目の前に引き出すことを試みる。

少女は逃げ惑い、私たちは決して彼女に追いつけない。モニター上の少女は鑑賞者がいる場所の正反対の位置に逃げ、彼女の声も向こう側からしか聞こえない。たくさんの人間の存在に、点滅し惑う少女はひょっとして喪失してしまうのではないかという恐怖に似た直観がよぎる。でも案ずることはない。Λ(ラムダ)は世界の存在に反しながら、ここにはいないのだから。

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レアンドロ•エルリッヒ(Leandro Erilich)の作品は、我々の日常にインスピレーションを与え、その見方すら回転してくれるかもしれない。

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中村竜治の構造『ダンス』は、太さの異なるピアノ線で構成された、軽やかな彫刻である。『ダンス』とは素敵な名前だと思う。マチスの『ダンス』において肉体は、ほとんど普通の意味での肉体であることをやめ、ムーブメントと化しており、作家はマチスの『ダンス』から着想を得たと話す。重力と物体の緊張感を尊重した作品である。

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クワクボリョウタ『ロスト•グラヴィティ』は、アーティストが取り組むテーマの一つ、機械と人間の境界を真っ向から問うた作品であると言えよう。暗闇の壁に映し出される様々な形の光は、部屋の中央に置かれたザルやスポンジ、待ち針など日常的で単純な形状のオブジェの影だ。それらは、単純なシステムによって回転し、光を受けて、彼らの隙間を投影する。そこにあるのは、繰り返される回転の音とパタンである。しかし、暗闇に身を置き、その光を見つめたならば、ロマンティックで懐かしい感情におそわれ、心が温まるのはなぜだろうか。

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エルネスト•ネトは、ストッキングなど伸縮性のある素材を用いて上からぶら下がる不思議な形状のインスタレーションを数多く発表している。今回豊田市美術館で我々が経験するのは、『私たちという神殿、小さな女神から、世界そして生命が芽吹く』という、母体(あるいは子宮)をモチーフとした生命体の中に我々を包み込むようなインスタレーションだ。天井は描写しがたい暖色をうっすらと帯び、外の様子を感じられるが、内部にいる我々は守られている。

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中谷芙二子の霧彫刻が美術館の池から立ち昇った。霧彫刻は彼女が述べるように「ライブ彫刻」であり、その時の湿度、風、温度、地形など環境に応じて形を変える。我々人間は、微粒子ノズルと高圧ポンプで自然の霧のひな形を創り出してしまう。彼女は1970年の大阪万博のためのプロジェクト以降世界中で霧彫刻を発生させ、そこにはなかったはずの霧の中に多くの人々を包み、異型の体験を生み出した。その日は雨で、沸き上がった霧は雨に叩き付けられて、地面を這い、淀むことなく広がって美術館を包み込んだ。

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さて、最後の作品に出会おう。

内藤礼『母型』は心に響く。それは、大きな空間を満たす白い光と、繊細なビーズが吊るされている空間の隅、中央に横たわる人形と、ロウソクの火、それらが取り囲む場所に身をおくと、世界に存在することを人生の最初に遡って肯定された感じがするからだ。円形の小さな紙に書かれたメッセージ、「おいで」という声が、向こう側からやわらかく聴こえてくる。もう一体の人形が、上のほうから見守っており、その声は、生まれ直すことを許すのかもしれない。反重力の世界では、ひょっとして様々なものが逆さまになって、長い人生の折り重ねてきた時間を反対側に辿って、おいで、というその声を耳にする瞬間まで立ち戻ることを可能にするかもしれない。その声は温かく、私たちは幸せである。

01/2/14

有毒女子通信 Vol.12 特集「食べないこと、とか」 Now On Sale / Toxic Girls Review vo.12

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有毒女子通信第12号が昨年12月20日に発行された。12号の特集は、「食べないこと、とか」である。

有毒女子通信とは、編集長の吉岡洋さんとMATSUO MEGUMI+VOICE GALLERYの松尾恵さんが作っておられる、そのタイトルの通りキュートで高貴な批評誌で、初刊の2010年8月より、「体毛•陰毛」「体液と人生」「ところで、愛はあるのか?」他、これまで読んだことも聞いたこともないスゴい特集を毎回を社会に送り出し続けている。

私自身も「<小さな幸福>をめぐる物語」というタイトルで、第10号より毎回特集に関連するエッセイを連載させていただいている。例えば、特集「少女たちの行方」の第11号では、グラビア付き(?)エッセイ「ぱんつを売る少女」を、第10号「ところで、愛はあるのか?」では、「愛と施錠の物語」を掲載して頂いた。

さて、第12号のテーマは「食べないこと、とか」。似非不景気ムードを吹き飛ばす、クリスマス、年末年始、お正月の色鮮やかな大饗宴のなかで、「食べないこと、とか」と聞くと、「そうよね、そろそろダイエットよね」あるいは「ビオよね、菜食よね」などのパブリシティ的フレーズが脳裏を駆け抜けてゆきそうだが、『有毒女子通信』は、国の歴史も小さな社会の枠組みもぶち抜いて、生き物にとっての食に焦点を当て、そもそも人間の欲望に関して、それを望むことと満たすことの意味を議論する。私たちの生きる今日の社会が、どんなマジックで日々我々を目眩しさせているのか、これを読むと、考える。

第12号
巻頭文
特集「食べないこと、とか」 吉岡洋
鼎談「食べないこと、とか?」吉岡洋×松尾恵
批評「『ありあまるごちそう』あるいは »Le Marché de la Faim »」大久保美紀
エッセイ「〈食べない女〉の物語」大久保美紀
エッセイ「食べられないこと、とか」松尾恵

定価250円で好評販売中です。ヴォイス•ギャラリーあるいは吉岡洋さん、または、こちらのブログを通じてご連絡いただいても転送いたします。第10号より装丁も一新し、触れにくいほどに洗練されております。ぜひお手に取ってください。

有毒女子通信
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Media Shop (click!)(予定)

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06/9/13

Photo Album de la conférence de H.Yohioka(29/5), « Mobilisable 2013 » (30/5-31/5)

Album de photos avec les images prises du 29 au 31 mai, j’ajouterai d’autres images et certaines vidéos prochainement.
5月29日の吉岡洋さんの講演会、および30日•31日の »Mobilisable 2013″で撮影した写真を掲載します。追加写真やショートビデオ、吉岡さん講演録画リンクなどは随時連絡いたします。

la conférence de Hiroshi Yohioka
le 29 mai 2013
Ensad, Paris

devant la porte, Jean-Louis Boissier et Hiroshi Yoshioka

devant la porte, Jean-Louis Boissier et Hiroshi Yoshioka

pendant la conférence

pendant la conférence

pendant la conférence

pendant la conférence

après la conférence au café

après la conférence au café

Mobilisable 2013
le 30 et le 31 mai 2013
Labo de l’édition, Paris

Labo de l'édition, le lieu de l'exposition

Labo de l’édition, le lieu de l’exposition

préparation, installation

préparation, installation

installation de Dominique CUNIN

installation de Dominique CUNIN

installation de Jean-Louis BOISSIER

installation de Jean-Louis BOISSIER

Jean-Louis Boissier, triptyque pour la réalité augmentée

Jean-Louis Boissier, triptyque pour la réalité augmentée

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l'affiche de Mobilisable 2013 par JLB

l’affiche de Mobilisable 2013 par JLB

pendant la démonstration

pendant la démonstration

pendant la démonstration

pendant la démonstration

expérience de réalité augmentée avec "Le Citron 2"

expérience de réalité augmentée avec « Le Citron 2 »

Bertrand Sandrez, MOUVA

Bertrand Sandrez, MOUVA

Bertrand Sandrez, Sextant

Bertrand Sandrez, Sextant

Dominique Cunin, réalité augmenté à partir du plan architecture du labo de l'édition

Dominique Cunin, réalité augmenté à partir du plan architecture du labo de l’édition

jeux interactifs pour l'écran mobile

jeux interactifs pour l’écran mobile

table ronde « Une écriture expérimentale pour écrans mobiles »

table ronde « Une écriture expérimentale pour écrans mobiles »

juste avant la table ronde, SD et HY

juste avant la table ronde, SD et HY

les intervenants

les intervenants

fin de Mobilisable 2013

fin de Mobilisable 2013

05/10/13

Conférence de Hiroshi YOSHIOKA / 吉岡洋 講演会 @Ensad, Paris

Conférence (en anglais) par Hiroshi YOSHIOKA

EnsadLab/EMeRI, en coopération avec l’Université Paris 8 — Cycle « Le Japon des nouveaux médias »
Mercredi 29 mai 2013, 18h30, amphi Rodin, EnsAD, 31 rue d’Ulm, Paris 5e (site d’Ensad, plan ici)

*Entrée libre, sans réservation! Vous êtes tous les bienvenus !!!

2013年5月29日、パリのエンサッド(Ensad)において、エンサッド•パリ第8大学主催、ジャン=ルイ•ボワシエの紹介による吉岡洋講演会を行います。入場自由、18時30分開始、是非お越し下さい。講演は英語、ディスカッションは英語、フランス語、日本語(など)可です。ご質問などございましたらこのブログを通じてご連絡ください。

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When Interaction Reaches the Critical Point
The development of media technology normally parallels with the sophistication of the artificial world. In my thought, however, the most potentially significant impact of media technology on our worldview is that it radically refreshes our understanding of « nature, »  by blurring a conventional borderline which seems to have been sharply drawn between the natural and the artificial. The use of the computer in the science of complex systems, for example, does not aim at creating the exact simulation of a natural phenomenon, but it means to lead us to a deeper understanding of nature by revealing limitations of the numerical simulation. The important thing is not to overcome limitations but to focus on an interaction between nature and our intelligence. This is also the case with artistic attempts employing media technology. What we usually call « interactivity » actually means an accelerated (or « real-time ») chain of actions and reactions, which specifically cannot be distinguished from traditional understanding of « (re)action. » How, then, can we describe what we should call truly « interactive, » a framework to understand a human activity merged with media technology?  In my presentation, I will try to describe such a conceptual framework in the context of contemporary Japanese society and culture after the Great Tohoku Earthquake and the Fukushima Nuclear Disaster.

 

Quand l’interaction atteint un point critique
Le développement de la technologie des médias est vu comme parallèle à la sophistication du monde artificiel. Selon moi, cependant, l’impact potentiellement le plus significatif de la technologie des médias sur notre vision du monde est qu’il renouvelle radicalement notre compréhension de la notion de « nature » en brouillant la limite conventionnelle qui semble nettement tracée entre naturel et artificiel. L’usage de l’ordinateur, notamment dans les sciences des systèmes complexes, ne vise pas à créer la simulation exacte des phénomènes naturels, mais nous conduit à une compréhension plus profonde de la nature en révélant des limites de la simulation numérique. La chose importante n’est pas de surmonter ces limitations mais de se concentrer sur une interaction entre la nature et notre intelligence. C’est aussi le cas des tentatives artistiques qui emploient les technologies des médias. Ce que l’on nomme ordinairement « interactivité » signifie une chaîne accélérée (ou « en temps réel ») d’actions et de réactions, qui ne peut pas être spécifiquement distinguée de la compréhension traditionnelle d’une (ré)action. Comment, dans ces conditions, décrire ce que nous pourrions véritablement nommer « interactif » ? Un cadre pour comprendre les activités humaines confondues avec la technologie des médias ? Il s’agit alors de tenter de décrire un tel cadre conceptuel dans le contexte contemporain de la société et de la culture japonaises, après le grand séisme du Tôhoku et le désastre nucléaire de Fukushima.

 

pastedGraphicHiroshi Yoshioka

Born in Kyoto in 1956. Professor of Aesthetics and Art Theory at the Graduate School of Letters, Kyoto University.  He is the president of Japanese Association of Semiotic Studies.  His books(Japanese) include The Present Tense of Thought: Complex Systems, Cyberspace, and Affordance Theory, Kodansha, 1997 and Information and Life: The Brain, Computers, and the Universe, with Hisashi Muroi, Shinyosha, 1993.  As well as being involved in the planning of exhibitions, such as Kyoto Biennale 2003 and Ogaki Biennale 2006, he has served as ICOMAG (The International Convention on Manga, Animation, Game and Media Art) Chair for three consecutive years.

Hiroshi Yoshioka
Né à Kyoto en 1956. Professeur d’esthétique et de théorie de l’art à l’École doctorale de la Faculté des lettres de l’Université de Kyoto. Il est président de l’Association japonaise d’Études sémiotiques. Ses ouvrages (en japonais) incluent : Le Temps présent de la pensée : Système complexe, cyberespace, et affordance, Kodansha, 1997 et L’Information et la vie : Cerveau, computers et univers avec Hisashi Muroi, Shinyosha, 1993. Il s’est occupé de divers projets d’expositions, comme la Biennale de Kyoto en 2003 et la Biennale d’Ogaki en 2006. Il a présidé trois années consécutives l’ICOMAG (Convention Internationale des mangas, animations, jeux et arts des médias) à Tokyo.
02/21/13

ICOMAG 2013「批評」のテーマから考えたこと/reflexion on the aim of ICOMAG 2013

先日、文化庁主催のメディア芸術コンヴェンションが東京六本木で開催された。私は遠方におり、非常に関心があったにもかかわらず参加することが出来なかった。しかし、海外でメディア芸術に携わるアーティストや研究者からもこの会議のコンセプトについてのコメントをもらうという座長吉岡洋さんの提案のおかげで、第3回メディア芸術コンヴェンションのテーマ(icomag site)について、すなわちハイブリッドカルチャーにおける批評の可能性について、パリ第8大学のジャンルイボワシエさんおよび彼のセミナーに所属する数名の研究者と意見を交換することが出来た。日本で行われたリアル会議とは別の文脈であるが、日本のポピュラーカルチャーについての考察(あるいは、一般的に文化の越境という現象を考えること)にかんして、あくまで私自身が日頃抱いている問題をまとめながら、この議論のことをこのブログに記録したい思う。

今日よく知られているようにフランスは、世界的で日本に次ぐマンガの消費国である。パリでは毎年(昨年は20万人を動員)ジャパンエクスポや、大規模なコミケ、パリ•マンガサロンなどが盛況を収め、日本のマンガは、彼らのオリジナルカルチャーであるバンド•デシネ(Bandes desinées)を経済効果の点で遥かに上回って(しまって)いる。日本のアニメやゲームの人気も高い。その勢いは日本食、日本語教育、伝統文化も一緒くたに波及し、ジャポンは、所謂「クールジャパン」でプロモーションされてきたセクターのみならず全体的にクールである。こういったファンタジー的憧れは、ワンダーランドとしての遠き島国を思い描く想像力がいかにも簡単に紡ぎだしそうな物語のひとつである。そしてこのシステムは、日本に対してのみ向けられる特異な視点を裏付けるものでは全くないのであり、むしろ、日本のガールズが花の都パリ(死語?)に憧憬の念を抱く際の一生懸命さ(およびそれを支える日本のコマースとツーリズムの努力)のほうがよほど素晴らしいし、この程度のファンタジーは世界中に溢れている。ただ、日本を巡る物語についてやや驚くべきことがあるとすれば、そのファンタジーが今日においてもまだ機能するという日本のしつこいワンダーランド性である。

座長吉岡洋さんが昨年の3月にブログに掲載した「クールジャパンはなぜ恥ずかしいのか?」を先日フランス語に翻訳し、ウェブに掲載した。( text in French on salon de mimi, on blog by Hiroshi Yoshioka, original text in Japanese is here.) その記事の末尾は「「メディア芸術」をめぐる過去2回の国際会議の企画とはわたしにとっては、日本におけるポスト植民地主義を目指す文化的闘争であったのだ。」と結ばれている。このテクストは、1980年代に成熟し90年代には既に海外で積極的に受容されたマンガやアニメを、生みの親である日本がなぜ、2000年代後半になるまで自らのナショナルな文化と認め、外交戦略化しなかったのかをクリアーに説明する。(なるほど、そういえば精華大学におけるマンガ学部設置は2006年、京都マンガミュージアムの会館も2006年、外務省のポップカルチャー発信士/通称カワイイ大使任命は2009年である。)このテクストは、さらに、なぜ海外で日本人としてポップカルチャーを発信する際になんとなく後ろめたさが伴うのだろうという私個人の内省的体験にも、ひとつの解釈を提示してくれた。(このことは自分のブログでゴシックロリータの装いで文化レクチャーをすることを綴った記事や、高嶺さんの展覧会を論じた記事でも書いた。) 私はこのテクストを次の二つの点で重要と見なし、日本語以外の言語に訳される意義を見いだしている。一つ目は、日本人が日本のポップカルチャーをに対して抱いている「恥ずかしさ」(「恥ずかしい」というのはつまり、何らかの後ろめたさやそれを認めたくないとする気持ち)の存在を率直に肯定したこと。二つ目は戦後日本の植民地主義/意識を巡る問題について、日本社会がこの問題を隠蔽し直接対峙することなく現代まで先延ばしにしてきたという筆者の考えを通じて正面から文章化したことである。もちろんこの二つの点は互いに強く関係し合っていて切り離すことは出来ない。

まずは、「恥ずかしさ」を切り開らくことから始めよう。

当たり前のことだが、我々日本人がクールジャパンを恥ずかしく思っているなどということは、特定の社会的コンテクストを共有しない外国人には知られておらず、この内実は理屈で理解されることは可能であれ、いささか複雑化され過ぎており、日本人自身が言語化しきれずにいるという事実がある。ともあれ、そんなことは彼らの日本現代文化への熱意を邪魔もしなければその魅力を傷つけもせず、つまりは比較的どうでもいいことですらある。つまり、日本の外(あるいは内)でサブカルで括られる表現活動を受容吸収する多くの若者(あるいは若くない人々)にとって、異種混交的文化(hybride culture)とは、ある程度国際的で一般的な状況に収集できる事態である。誤解を恐れず言うなら、大きな流れとして今日の世界は、日本でもヨーロッパでも共通の枠組みに置かれていると見なしうる。文化の商業化•脱政治化傾向もまた、国際的なコンテクストで語られ得る。

それはそれでよいのだと私は考えている。日本固有の社会•歴史的背景に基づき、日本的ハイブリッドの特殊性を分析し、それを語ることは繊細で丁寧な仕事であり、必要不可欠なプロセスである。一方、日本でしばしば議論されてきた「メディア芸術/Media Geijutsuとは何か?」に代表される問いはとても厄介である。なぜなら、「メディア芸術」という言葉をMedia ArtではなくMedia Geijutsuと英訳すること自体がややもすれば対話を拒絶する姿勢の表明であると解釈されかねないからだ。このことはもっと丁寧に説明されるべきであり、ひょっとしたら語弊があるかもしれないが、私は「メディア芸術とはなにか」とか「メディア芸術のどの点をもって芸術なのか」という命題の答えを定めることに重要性を感じていない。むしろ、芸術という日本語の言葉が予め持っている特性に関わりすぎることに拠って、もっと大きなものが見えなくなる恐れがある。こういうのこそ実は、潜在的にotaku-likeな言説の一つになりかねない議論であり、言語ゲームに終始するならばただのdis-communicationに陥ってしまう。

オタクは「彼らが属するコミュニティー内では社会的態度でふるまうが、その社会性はコミュニティー内部に限られる」という側面がその意味の核を作っており、オタク的○○あるいはotaku-likeな○○という表現に応用されることによって、マンガ•アニメのフィールドに関わらず、広く使用できる。たとえば、メディアートを語るための専門的でテクニカルな言葉、科学の研究者が使う一般人の理解を全く期待しない専門用語、あるいは、(言語の壁までもその対象になるとすれば)、日本人にしか理解しがたい議論、それをあたかも翻訳不能であるかのように努力もせずに語る態度はすべてotaku-likeである。じつは、日本のマンガやアニメ、ゲームの領域が自己再生産的に成長できる自給自足のシステムをもっていることが、この領域の批評の難しさの本質をついている。フィールドのオタク的なあり方それ自身が、自らが理解される可能性を自己閉鎖していると言えよう。専門化したフィールドに対話の可能性を見いだしていくのが批評だとすれば、そのプロセスは、そのフィールドの内側にある言葉を大切にし、その言葉を通じる言葉(もっと意味のある言葉)に言い直すことから始まるに違いない。

現代のハイブリッドカルチャーにおける批評可能性は、したがって、通じる言葉で語る人々とそれに心静かに対応するotオタクの人々のやりとりを活性化することにある。私はotaku-likeな言説それ自体を否定しない。なぜなら、otaku-likeな語りこそ、各々の表現活動の現場にもっとも違い場所で生まれて語られる言葉だからだ。それらはただ、開かれて相互理解可能になればいい。

また、マンガやアニメ、ゲームが堂々と日本文化の仲間入りするのを長年妨げた日本的思想に「文化や芸術を経済•産業に結びつけるなんて、なんだかはしたない!」という暗黙の了解がたしかにある。(「クールジャパンはなぜ恥ずかしいのか」で指摘された通りである。)マンガやアニメ、ゲームの強力な経済活動との結びつきに批判的な目を向ける考え方だ。この妙にエレガントで日本的な思想は話し合いの参加者を驚かせることとなり、いわゆるハイアートであっても本質的に経済活動のコンテクストから逃れられないのだから、その点をもってハイとローの文化•芸術を分けることは出来ないという結論に至らせた。このハイとローの価値観、カルチャーとサブカルチャーといった対比そのものが今日やや時代遅れの議論ではないかという率直な感想も上がった。

ポピュラーカルチャー(大衆文化)の意味するところは、4つある。大衆にさし向けられる文化、大衆が消費する文化、既存のものを覆すために大衆が生みだすアヴァンギャルド的な文化、そして、消費者の大衆が生産者も兼ねるような過渡段階に位置する文化。ポピュラーカルチャーと言う時、一般には大衆が消費する文化をさす場合が多いのだが、上述の4つの意味を考えるならば、なるほど、現在いわゆるハイカルチャーと考えられているフィールドだって一定時間よりも以前、オリジナルのものが大衆により「日本化」したこともあるし、既存のものを破壊する芸術運動から作り出されたものだって含まれる。そう思ってみれば、この区別も線を引くことに目くじらを立てずともよろしい。たしかに我々は、誰から教わったのか今となっては思い出せない超謙虚な姿勢を美徳として共有している。日本のハイカルチャーにはオリジナリティがなくていつも西洋の真似をしてきた、マンガとアニメくらいしかソフトパワーになってない、という考えがその典型だ。この考え方はいささかペシミスティックすぎる。

さて、otaku-likeなパロールの(悪)循環は、各々のフィールドのみならず、「日本語」という言葉すらその仕組みのなかにそのまま含むことができてしまう。どういうことか。特定の社会や文化についての共通知識を前提として要求するような話(存在する殆どの議論はもちろん何らかのコンテクストをもっているが)では、デリケートな内容はなかなか翻訳されにくいので、そこには高い言葉の壁があるように見える。あるストーリーが言語間を越境する困難はあっていい。それがうまく伝わらないのも、理解が難しいと受け止められるのも、いい。ただ、それを自己を防御し他者を攻撃する手段として利用するようなくだらないスタンスがあるとすれば、それは直ちに放棄するべきだと思う。非日本語話者に解らないからとインターネット上で日本語で誹謗中傷すること。水戸芸術館における高嶺さんの展覧会「高嶺格のクールジャパン」の「自由な発言の部屋」という大事な章は、日本社会のそういった問題にも焦点を当てる。ネットの言論は本来すべからく誰の目にも触れ、誰にも理解される可能性を孕む。今日明日ではなく、いつまでも。なぜなら、それはひとたび書かれたものだからで、ネットに接続された世界で生き、そして書き、そこで何かを語るクリティークという行為は、すべてそういう性質を請け負う。展覧会「天才でごめんなさい」の会田誠さんが、膨大なツイートを無許可転載し作品に利用したことがたいそう騒がれたようだが、そんなことに目くじらを立てることほどナンセンスなことはなく、現代における発言とはもはやそのようなものだと諦め認めて、むしろそれを慈しむ「おしゃべり/talkative」な語り手になることが、異種混交文化の中で「生きた」批評をすることに繋がるのではないかと今のところ信じている。

 

01/28/13

高嶺格のクールジャパン/ TADASU TAKAMINE’S COOL JAPAN @水戸芸術館

高嶺格のクールジャパン/ TADASU TAKAMINE’S COOL JAPAN

2012/12/22 – 2013/2/17
水戸芸術館現代美術ギャラリー/Contemporary Art Gallery, Art Tower Mito

 

昨年末に帰国した折、幸運にも日程がぴったり合い、12月22日から始まったばかりの水戸芸術館における美術家高嶺格さんの展覧会、「高嶺格のクールジャパン(TADASU TAKAMINE’S COOL JAPAN)」(高橋瑞木さんによるキュレーション)を観た。これまでも高嶺氏の作品には非常に興味があって作品が見られる機会があればうかがわせていただいていた。また、展覧会タイトルであるクールジャパンにも惹かれたし、そして3.11以降に撮影された映像作品「ジャパンシンドローム」をどうしても見たかった。そして、長いあいだ戸芸術館はぜひ訪れてみたい場所でもあったので、ついに訪れることが叶った。京都から始発の新幹線に乗り、スーツケースが破壊するなどのアクシデントを経て上野からスーパー常陸に乗って水戸へ。駅からは気持ちよく晴れた空の下を歩き、堂々と魚を盗んでいる猫などを撮影し、水戸芸術館に辿り着いた。

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「高嶺格のクールジャパン」はインパクトのあるタイトルであるが、このパブリシティのデザインも凄い。クールジャパンという言葉は、1990年代のクールなイギリスカルチャーを盛り上げようとブレア首相が名付けたクールブリタニアという言葉がもとになっているらしい。(Wikipediaによる)クールジャパンは、日本のポップカルチャーを « Oh, it’s so cool !! » と手放しに褒めちぎる態度で、それは日本の外側にいる人々がその内側を覗き込む視線によって作り上げたイメージみたいなものだと私は考えてきた。もちろんこの10年間、日本の大人たちが隣国の「パンダ外交」並みに真面目な顔をして、現代日本文化を代表しうるこのソフトパワーを国益のための外交戦略に利用してきたのは人々の知る通りである。ただし、それはフィードバックの一つの結果に過ぎず、外で騒がれている出来事の実態が分からないまま、どこを歩きどこに行くかも決めないまま、現在までなんとなく来てしまったのではないかというのが私の言いたいことである。「かわいい大使」とか、世界コスプレサミットとか、マンガ•アニメ、ケータイ、アイドル、そして、アート。数えきれない雑多で瑣末な物事も、それがともかく日本のタグをつけたポップな存在ならば、なんの熟考を経る必要もない。とにかくクールな現代日本文化の枠組みに突っ込まれればそれだけでうまくいく。19世紀の西欧におけるジャポニズムの大盛況以来の黄金時代を純真無垢に享受し、日本文化と言えばちやほやしてもらえるハッピーな10数年間を我々は眺めてきた。私はこの間、フランスに住んだ4年近くの期間とそれ以前も何度かヨーロッパで知人に会う度に、「クールジャパン効果」というべき無条件なちやほやを体験してきた。以前はそれを、大陸の人たちが小さ過ぎて見えない島国日本の文化の上にロマンティックな幻想色の絵の具を塗り付けた結果に過ぎず、所詮は自分たちの知らないエキゾチックなものを崇め奉るようなものに過ぎないのではないかと、距離を置いて考えていた。一方で、その熱狂的なラブコールは未だ収束するわけでもなく、一次的な流行でもなければ無視してやり過ごせるものでもないことに否が応でも気づかざるを得ない。しかし、それが何であるのか、それを目の当たりに私はどうしたらいいのかについては一向に考えがまとまらぬまま生活を送っていた。

 

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私にとって、この思考の単なる堂々巡りから少しズレるきっかけを与えてくれた文章に、吉岡洋さんがブログに掲載された「クールジャパンはなぜ恥ずかしいのか?」という記事がある。これは非常に多くの人に関心をもって読まれたようで、このことからも、かなりの人々が「クールジャパン」という現象と言葉の響きに対してうまく説明できない不愉快さや気持ち悪さを感じていたことが分かる。私自身、昨年に本ブログに掲載した「ゴスロリ衣装を外国で着ること。」というテクストにおいて、クールジャパン(あるいはジャパン•ポップ)の記号の一つであるコスプレ(ゴシックロリータ)を自分自身が纏うとは何を意味するのかについて書いた。しかし、実はこれは、クールジャパンをどう考え、それとどう向き合うのか、という自分自身への問いであったのだ。(余談だが、この当時私はこれをやはり多少なりとも「恥ずかし」く「不愉快」に感じ、同時にそれを言語化も他の手段でも表現化できないことに焦っていた。とりわけ、私はこのポップカルチャーにかんし、海外でプレゼンする誘いを引き受けて何度かこれについてレクチャーしていたし、2009年にはスペインのコルーニャにおける国際記号学会で、 »Cool Japan »と題されたセッションにも参加した。(Semiotix Cool Japan in Coruna )そういったわけで、この問題について、それがなんであるかを知らないまま無視し続けることはもはやできなかった。)

 

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「高嶺格のクールジャパン」に話を戻そう。そうそう、パブリシティのデザインの話である。アニメ文化のオノマトペ感が骨の芯まで染み渡った世代の人々なら、このレタリングをながめると自ずと、同じ音を内耳に響かせてくださるのではないかと思う。

シャキーン! とか ピキーン! とかいう音である。

シャキーン!もピキーン!も何かが瞬時に凍り付く様子を表すオノマトペであるが、ピキーン!に至ってはものすごく硬くて厚みのある氷がキラリとするような様子を読者に想像させる音である。この「クールジャパン」の字体はつまり、シャキーンとかピキーンの音が聴こえるようになっており、ものすごく平たく言うと、クロネコヤマトの「クール宅急便」的な字体である。この展覧会で問題化される「クールジャパン」は、したがって上述したような、海外からちやほやされ愛されてホカホカのクールジャパンではなくて、美術家高嶺格が自国の問題として、彼の視線を通じて静かに距離をもって観察するクールジャパンなのだと判る。それは中途半端に冷えているのではなく、凍り付いて溶けないほど「クール」なのである。

 

この展覧会のコンセプトについて高嶺格さん本人が書かれたテクストをここに転載したい。(水戸芸術館、高嶺格のクールジャパン

「女は、女に生まれるのではない。女になるのだ」という、ボーヴォワールの有名な言葉があります。自意識が形成される過程で、個人に対しいかに社会の集団意識が影響するかを端的に言い表したこの言葉は、現在の日本でますます大きな意味を持つのではないかと思います。「日本人は、日本人に生まれるのではない。日本人になるのだ」あまりに身近にあったため、意識に上ることのなかった物事。あるいは巧みに操作され、意識に上がることを妨げられてきた物事。これらの物事に対し、私たちがついに当事者となったのが現在の状況だと言えるのではないでしょうか?

自分の中になにがあるのか?自分はどう作られてきたのか?3.11のあと、煙に燻されるように出てきたのはその問いだったように思います。「人はなんのために生きるのか?」古代から途切れることなく思想されてきたこの問いを、自分の生きてきた時間と重ねて、鑑賞者と共に考えてみようと思います。 高嶺格

 

展覧会は、上のコンセプトに従って8つの部屋に分かれていて、一つの部屋から別の部屋へ通過するためには、黒いビニールテープのフサやカーテンをくぐって行かねばならない。フサもカーテンも、其れ自体は一方通行ではないのだが、隣り合う部屋は分厚いフサや重たいカーテンでしっかりと区切られている。とりわけこの黒いフサの厚みは、通り抜ける途中、このままどこにも辿り着かないのではないかと一瞬鑑賞者を不安に陥れるような厚さなのだ。以下が8つの部屋の構成である。

 

クールジャパンの部屋
敗訴の部屋
標語の部屋
ガマンの部屋
自由な発言の部屋
ジャパン•シンドロームの部屋
核•家族の部屋
トランジットの部屋

 

まだご覧になっていない方もいらっしゃると思われるし、具体的な展示物についての言及は必要がないかと思う。何点かだけ、印象や記憶を付け加えさせていただきたいと思う。隣り合う部屋はしっかりとその二つの世界を隔てながらロジックに強く繋がっており、鑑賞にパワーを要する。

標語の部屋では、すべてが皮肉というよりはむしろ空虚に響いてくるように感じられる。日本社会はアナウンスや張り紙や標語だ大好きだが、それは言葉にすればするほど真実から離れていき、言えば言うほどそれが決して実現され得ない何かに変わっていく。よどみなく流れてくるたくさんの標語は、この国にはこんなにもできないことがあったのかと、静かに気がつき納得する。ガマンの部屋では、人々は色々な理由で色々なものを我慢していることが描き出される。他者にあるいは自分に色々なニュアンスで「我慢しなさい!」と言われたり言いながら私たちは生きている。実は、ここで光が当てられるひとつのことは、「我慢しなさい!」と言う人々自身が、さらに何かを我慢しているという冷たい事実だ。その声は苦痛に満ちていて、くるしい。じつは、我慢しているのは、そうするよう言われている子供や弱者などではなく、日本社会に属するすべての人がその中に、相対的な上位者も会社もみんなを取り込み、集合的に我慢をしいるような構造をとっている。それはなぜでそれからどうしようというのか?自由な発言の部屋は、いつも海外でニコニコしている私たちの他者への攻撃性が非常に工夫された方法で提示されていたのだが、やはりその意味するところのあまりの強さに、ジャパンシンドロームの部屋に辿り着く前に、少しだけ呼吸をととのえる必要があった。

トランジットの部屋に身を置いた時、とてつもなくはっきりしたデジャヴュ感に襲われた。その理由はわからない。私はこの直後美術館の階段をものすごい早さで駆け上がっていく高嶺さんの姿を目にした。あまりに驚いて、自分が会釈したかどうかもよく覚えていない。実はこの日、一時間の滞在が予定されている日であったらしい。