09/20/12

コムデギャルソン 2012春夏 /Comme des Garçons, de la collection 2012 été @Dock en Seine

Hors les murs du Musée Galliera
Exposition de Comme des Garçon
du 13 Avril 2012 au 07 Octobre 2012
34 quai d’Austerlitz
75013 Paris

Docks en Seine

セーヌ川に浮かぶ、緑色の奇妙な建造物。ここはパリの東南、リヨン駅やベルシー駅そしてオーステルリッツ駅というフランス国鉄主要駅が集まっている、パリの東の玄関的界隈である。さて、このキリギリスの腹部みたいな建築は、JAKOB+MACFARLANEというグループによって設計され、デザインとモードのクリエイティブな活動を盛り上げるために、展覧会スペースを提供したり、アートイヴェントの会場となるほか、Institut française de la Mode/パリ•モード研究所(IFM)の校舎がある。

couloir de la Cité de la mode et du design

Dock en Seineは2008年にオープンしたのだが、そういえば2010年の秋に一度、Chic Art Fairというアートの催しの際にアーティストの古市牧子さんと訪れている。その際には、アートフェア会場が完全に屋内に限られていたため、こんなに風通しがよい空間があったことなども知らずじまいだった。ここでは、アートフェアやモード、デザインに関係する展覧会が開かれて、現在とりわけ閉館中(改装工事のため)の世界最大級の服飾美術館であるパリ市立ガリエラ美術館の離れMusée Galliera hors les mursとしての役割を果たしている。

今回訪れたのは、コムデギャルソンの2012年春夏コレクション(ガリエラ美術館所蔵品より)である。バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)の展覧会も同時開催されており、どちらも訪れたのだが、今回、2012年春夏コレクションを一挙に見られるということで、ビニールに反射する光のせいで写真の撮りにくいことは甚だしかったが、プレゼンの仕方もなかなか素敵であったので、こちらの展覧会について紹介したい。

初めて目にしたものを解読したり、楽譜を初見することをフランス語でDéchiffrageというが、ときどき自分が何も知らないということに感謝することができ、それは、何かを読み砕いていくDéchiffrageの楽しみゆえなのだ。コムデギャルソンのデザイナー、川久保玲は新たなコレクションに取りかかる際にはまず、その類希なインスピレーションによって毎シーズンのテーマを紡ぎだしている。テーマあるいはタイトルとしての作品コンセプトは、知ってしまうのがよいこともあればつまらないこともある。幸か不幸か何も知らずに足を踏み入れた今回の展覧会は、今まで見てきた川久保玲作品をヒントにDéchiffrageを楽しむよい機会となった。

Show video here!(youtube)

 

 

白のドラマ »White Drama » が、2012年春夏のプレタポルテコレクションに川久保玲が与えたタイトルだ。薄暗いランウェイに現れる、白いドレスを纏ったマヌカンたちは、胸を張ることも、腕を振ることも、大きな歩幅で歩くということも、つまりは、まったく誇らしそうな様子を欠片ほども見せず、とぼとぼ、うつむき加減にすら見える様子で、こちら側に歩いてくる。一つの服は「作品」と呼ばれながらもそれ自身で独り立ちして語られることがおぼつかないアイテムだ。私が展覧会会場で目にした白いドレス達はマヌカンの身体を離れて沈黙しており、このドレスをまとう少女達がいったいどんな足取りでこちらへ向かって歩んでくるのか、何を想いこちらへ視線を投げ掛けているのか、その解釈は鑑賞者が自由な想像力にまかされる。しかし、その勝手な妄想の中で、自身の想像力の脆弱さを常に問い続けなければならないという点で見る者は不安から逃れられない。あるいは、そもそもショーが唯一の答えでないと主張するなら、もっとも気が楽になる。

 

ひとり目のマヌカンは少女らしいふわりとしたドレス、手元に大きなリボンがアクセントとなっている。しかしよく彼女の歩きを眺めていると、非常に歩きにくそうだ。実はスカートはタイトであり、バランスをとって歩くために十分足が開かないのではないかと思う。そして正面に結ばれた大きなリボン。浴衣や着物の前帯の結び目のようにも、西洋のドレスのリボンにもみえるこの結び目は、少女の両手の自由を奪っている。

 

あまりに長過ぎてそれを纏うマヌカンの肩から重そうにぶら下がるしっかりとした膝までの袖は、なるほど、振り袖のシルエットを彷彿とさせないこともない。もちろん、振り袖において長いのは、腕の長さ自体でなく袖の袂(たもと)である。いずれにせよ、男性的ジャケットのスタイルでありながら、なぜマヌカン達はなおも不自由を抱え込まなければならないのだろうか。

花飾りは女性性に結びつけられ、それをカッコいいジャケットに添えることによって、たちまち中途半端なものになってしまう。


パニエ型のシリーズが進むにつれて、現代アーティスト名和晃平とのコラボレーションにより実現したヘッドドレスも加速度を増してくる。ヘルメットのように顔面を半分、目の部分以外覆うような造形。このマチエールの質感は、骨折したことのある人なら自分の身体にぴったりと寄り添ったまま何週間も人生を共にしたことがあるだろう、あの忌々しい石膏の感触を思い出させる。この髪彫刻といべきものは、これを被り続けたまま長い間を生き続けていると、いつの日かこの石膏が生き物のように成長して、やがてこの可哀想な少女の身体を顔面をすっぽりと覆ってしまうのではないだろうか。石膏の型のように、いや、生きたまま、ミイラにされてしまうかのように。箱(パニエ)に入れられて、彼女は既に、自由を失っているのだから。

 

見るからに重そうで、非常に背が高く、ビニル素材でできた奇妙な帽子。一瞬顔のようにも見えて不気味だが、そのエレガンス漂うドレスと、ヘッドドレスのシルエットだけを見ていると、マリーアントワネット時代の超豪華な船飾りの帽子のように見えないことも無いが、内実はそんなにさらりとしていない。これはセクシュアルなオブジェに見えないこともなく造形されているのであり、むしろそのものでしかない。これをセックスドール的オブジェと気がつかないふりをする大人を私は信用しない(!)(つまり、本質的なことはアーティスト本人の意図というよりはむしろ、White Dramaシリーズにおいて白ドレスを纏う少女達が支配されている性的コンテクストを読み下すということなのだ。)

 

私が最も素晴らしいと思ったのは、『千と千尋の神隠し』の「かおなし」的なフォルムのドレスだ(上)。このドレスは形の無駄の無さが素晴らしい。人は美しいフォルムのなかに自由の不在を見る。美しいと思えることと自由であることは両立しないのだろうか。纏うことの本質に関わる問題のようにも思える。
我々はふだん、好きな服を着て、そのなかでも出来るだけ「着心地の良い」服を選ぶと言ったりする。着心地がいいというのは、サイズが合うことかもしれないし、素材のことかもしれないし、自身の身体的特徴にとりわけうまくいく、と自分が信じられることかもしれないし、周りの人から格好良く見られると定評があるシルエットのことかもしれない。そのことは、いくら自由なつもりでも、「私は何者にも縛られていない」と主張することの不可能性を意味する。似合う服を着なければならないなら、いつも限られたタイプの服を来ているのだろう。素材の良さを優先するゆえに、デザインの好みをいつも妥協しているのかもしれない。しかし、服を着る、というのはひょっとしてそういうことなのだ。

展覧会におけるファッションは鑑賞するべきものだけれども、どうやってみるか、という難問はその存在すらを左右する問いであるといってよい。ナイロンのバルーンの中に規則正しく並べられて、なぜだかわからないが白と黒のブーツを脱がされた、33着の白ドレスの集合、あるいは、名和晃平によるヘアドレスを纏い、ランウェイをとぼとぼと歩き回るマヌカンの身体性を伴って提示されるドレス。両者では、それが与える印象が大きく異なる。印象が異なるとは、まったく違った言い方で語られ、分析され、議論される可能性を孕んでいると言うことだ。

今回のコレクションに限らず、川久保玲のデザインにおいて、自由と不自由、少女と大人、女性的なものと男性的なもの、西洋と東洋という二項対立は、通奏低音的な主題であり、これらを一つの身体上に交差させる手法はもはや定石である。今回の白のドラマもまた、この例に漏れないのかもしれない。ただしそれは、「白」という色のテリトリーを逸脱することはないのだが、むしろ激しく混乱している問題提起を目の当たりに、これまで以上に暴力的なクリエーターの焦燥感を感じ取ってしまう、ということを除くならば、である。

08/29/12

Louisiana Museum of Modern Art @Humlebaek, Denmark

世界で最も美しい環境に佇む美術館と言われている、ルイジアナ美術館/Louisiana Museumを訪れた。ルイジアナ美術館は、デンマークの首都コペンハーゲンから国鉄ローカル線でHelsingør行きに乗り、約35分、Humlebæk駅で下車し、そこからデンマーク情緒溢れる田舎道を10分強歩く。駅からの道はいたって簡単、案内板が丁寧に出ているし、だいたい皆目的地が同じであるので、迷うことは無い。海と緑に囲まれて、空気がひやり澄んだ北欧の地に静かに建っている。

頑張って10分間歩いたら、向こう側にはすぐにスウェーデンが見えるという海岸沿いでかつ小高い丘で緑が鮮やかな一画に佇むルイジアナ美術館に到着する。
ルイジアナ美術館は近現代アートの美術館で、3000点以上のコレクションを所有する、スカンジナビア諸国最大級の美術館である。1945年頃のピカソの絵画を初め、ジャコメッティ、デュビュッフェ、ルイーズ•ブルジョワ、バゼリッツ、イヴ•クラインといったヨーロッパのアーティストの作品から、アンディー•ウォーホル、ラウシェンベルグのようなアメリカの絵画までを網羅している。年間4回〜6回ほどの企画展を開催し、北欧の地元アーティストやスカンジナビアならであの展覧会や、一挙にはとても並べきれない豊かなコレクションの中から、様々な表現形態を横断するようなコンセプトで鑑賞者に芸術における表現様式の問題について問いかけるような展覧会を行っている。

Lundgaard & Tranberg Arkitekter, Installation shot, a pavillon

コペンハーゲンから35分、駅から10分以上歩かなければならないという立地は、日本であるとヨーロッパであろうと、不便とは言わないまでも、交通の便がよいとは言えない。にもかかわらず、日々こんなにもたくさんのヴィジターを世界中から招き入れ、魅了し続けている美術館は世界に例を見ないのではないだろうか。ルイジアナ美術館が産声を上げたのは1958年、いまから半世紀以上も前のことだ。当初、美術館はデンマークアーティストの作品をコレクションし展示することを目的として開館された。しかし、後にニューヨークで大成功を収めたMOMAにインスピレーションを受けて、国際的な美術館へと方針転向したということだ。ルイジアナ美術館の名前は、1855年に現在の美術館のもとになるお屋敷が建てられた時の家主Alexander Brunが彼の生涯のおいて結婚した3人の女性がすべて「ルイーズ/Louise」といったことから名付けられたそうだ。(なんと!)

Alexander Brun邸が原型となっているmuseum house

皆さんは北海道は札幌の南にある、「札幌芸術の森」という施設をご存知だろうか。個人的な話だが、私は札幌出身なので、こういった自然とアートの融合というコンセプトを聞くと、自ずとこちらの野外美術館の森に囲まれた風景などを思い浮かべる。(札幌芸術の森野外美術館)あるいは、以前訪れた霧島アートの森(霧島アートの森HP)のイメージも近いかもしれない。どちらも豊かな自然に囲まれた野外スペースを彫刻や大きな作品に当てて、四季の営みや時間の流れを肌に感じるような異空間を作り上げている。とはいえ、ルイジアナ美術館が見事なのは、何と言っても海があることだ。スウェーデンを間近に臨む海岸線は空の青と混ざるようだが、よく目を凝らすとくっきりと独立しており、良く手入れされた芝生に腰を下ろし、それを眺めることには飽きがこない。

café, belle vue de la colline

アメリカ人人アーティスト、カルダー/Alexander Calderの例の彫刻がカフェの向かいに。カルダー/Calder(1989-1976)は、若い頃機械工学を学び、エンジニアとして働いたがパリに移り住んでからは、針金彫刻を作ったり、サーカスのパフォーマンスを行うなどして表現活動を始めた。動く彫刻、モビールというアイディアはそれまで動かないのが当たり前であった彫刻にまったく新たな可能性を付与した点で高く評価された。丘の上で森と海からの風を独り占めするルイジアナ美術館のモビールもまた、世界中に佇むモビールと同様にして、それ固有の時間を生きている。

vue face à la mer

Henry Mooreの彫刻。ヘンリー•ムーア/Henry Spencer Moore(1989-1986)は、イギリスの彫刻家である。モダニズム美術をイギリスに紹介し、「横たわる像」のような特徴あるフォルムの彫刻を多数制作した。Reclining Figure(横たわる像)のフォルムを追求することを通じて、既存のFormから自由になり、そして新しいFromを手に入れることを目指していた。多作であった彼の作品は日本でもたくさんの美術館のみならず、なんと、パブリックスペースにおいても出会うことが出来る。

Sculpture, Henry Moore

アーウィン•ワーム/Erwin Wurm(1954-)は、オーストリアの彫刻家。インパクト絶大の滑稽な彫刻を発表し続ける。実はウィーン•クンストアカデミー絵画科への入学を拒否され、彫刻に転向したというキャリアを持っている。後に両親の死に大きなショックを受け、1996年からは精力的に「一分間彫刻」と呼ばれるユーモア溢れるパフォーマンス(と呼ぶべきだろうか)をドローイングして展覧会場で展示するというアプローチをとった。一分間どんなことをするかというと、2つのメロンの上にバランスよく立ち続ける、とか、鼻の穴にキノコを入れてそれを一分間保つ、とか、敷き詰めたテニスボールの上に横になってバランスをとる、とかそういった行為である。写真は、ルノー社と1960年代からコラボレーションした後に実現した、斜めにプレスされたR25。これは、実際に走ることが出来る。

Renault 25/1991, Blue, 2009-2010, Erwin Wurm

ロニ•ホルン/Roni Horn(1955-)、アメリカ人女性アーティストである。30枚のポートレート写真に収められているのは、年齢も性別も職業も様々な人々、しかしよく見ると非常に良く似た眼差しをもっている人々。30人の人々は言うまでもなく、変装したロニ•ホルン彼女自身だ。

a.k.a., 2008-2009, Roni Horn

2008-2009年の作品だが、ポートレートの時代設定は古そうだ。ロニ•ホルンは彫刻、写真を経て、現在はヴィジュアルアートも手がけている。変装ポートレートと言えば、シンディー•シャーマンや森村泰昌が著名中の著名であるが、彼らとさほど年齢の変わらないロニ•ホルンが現代あえてこのクラシカルな主題を引き出してきた背景には、情報化時代のアイデンティティのあり方への興味が深く関わっている。インターネットである人の名前を入力し、画像検索すると、実にたくさんの写真の集合を目にすることが出来る。同姓同名の全くの他人もいるし、色々な折にどこかのサイトに掲載された自分自身の写真であることもある。ロニ•ホルンは、このような時代にひとりの人間をその人と認識し、同定するのはいったい何を意味するのか、という問題について思索する。

Roni Horn

 

ソフィ•カル/Sophie Calle(1953-)はフランス生まれの女性アーティスト、現実とフィクションを織り交ぜたような、日記のようなドキュメンタリーのような作品を作ることで知られている。日本を旅したせいで愛する人に振られてしまった、という悲劇的な幕開けから、出会った人々に彼ら自身の人生における最も辛かった経験を語ってもらうことによって失恋の傷が癒えていく課程を写真と短い日記で記録した「限局性激痛/Douleur Exquise」(1997)は東京の原美術館で2000年に行われた展覧会において注目を集めたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれない。

Kampfgruppendenkmal, 1996, Sophie Calle

今回展示されていたのは、1996年に彼女が発表した一連の写真と本の断片。「そこにあったモノ/ヒトの記憶」は彼女の表現に貫かれているテーマである。かつての東ドイツに存在していた– 今は消滅したものたちーの記憶。モノがなくなった後には、その跡が残っている。その跡が残っていないように見える場合にすら、それについて書かれたテクストが何かを語り続けるということがある。壁に吊るされた「不在のイメージ」は、それらがどれだけ時間が経って、一見歴史から洗い流されたように見えようとも事実は事実として残り続けるのだ、ということを静かに語る。

Square Bisected by Curve, 2008, Dan Graham

さて、ダン•グラハム/Dan Graham(1942-)のパビリオン、ガラスの壁とそれによって分けられた空間だ。ダン•グラハムは1960年代ニューヨークでドナルドジャッドやソルウィットらの影響を受けてミニマリズムに傾倒していた。後に、写真、ビデオ作品、そしてパフォーマンスを経て、建築ーとりわけ空間の「虚無/nothingness」について考えるような彫刻を作っている。ギャラリーのホワイトキューブではなく、庭という要素の多い空間に置かれたこのガラスの壁は、全く異なる印象を与える。

Temporary Exhibition « NEW NORDIC – Architecture & Identity »

Temporary Exhibitionの »NEW NORDIC »の展示の様子。ルイジアナ美術館では、コレクション展の他に年間に幾つかのこのような特別企画展示を行っている。

Alberto Giacometti collection

そして、ジャコメッティのお部屋。もはや、ジャコメッティをこんなに持ってるんですか、なんて野暮な感嘆をする気にはならない。そうこうしているうちに、日は暮れて、絶対に行きたかった美術館カフェは閉まってしまった。なんてことだろう。
22時半頃の、Humlebaek駅の様子。電車は20分に1本はあった。コペンハーゲンからの往復については、さすがに美術館訪問者のことを考慮しているのだろう。

Humlebæk Station

今回主に紹介させていただいたのは、3000点あると言われているルイジアナ美術館のコレクションに2009−2011年の間新しくアキジッションされた150作品56人のアーティスト作品展示風景からの一部だ。ルイジアナ美術館はスカンジナビア一の近現代アート美術館として、コレクションは美術館のDNA鎖である、という信念のもと新しい作品の購入、新しいアーティストとの出会いに熱心である。インドのグプタや中国のアイウェイウェイ、日本の草間彌生といった欧米のみならずアジアの芸術家も視野に入れている一方で、ここでしか見られない充実したコレクションとして、地元であるHumlebaek、デンマークおよびスカンジナビア諸国のアーティストたちの貴重な作品群をとっても大切にしているということも忘れてはならないだろう。そうでなければ、ヴィジターをはるばる電車に乗せて、海と丘のある素晴らしい場所に彼らを招待する意味は半減してしまうに違いない。

08/27/12

古市牧子/ Makiko Furuichi アーティストはハイブリッドな絵を描く

ある画家から「変態うさぎ」を購入した。「変態うさぎ」は、今は引っ越してしまったが画家の旧アトリエの白い壁で、画家が日々せっせと働いているのを見守りながら、大切にされていたにもかかわらず、機会があったらひょっこりトンズラしてしまおうとチャンスを伺っていたようだ。なぜそんなことを言うかと言えば、光に満ちた明るいアトリエのドアが開き、彼女に導かれてアトリエにお邪魔して、左側の壁をチラリと見た瞬間から、誰かの熱い視線のようなものが注がれているのを肌で感じずにはいられなかったのである。なんのことはない、初めから、気になって仕方なかった、というやつである、「変態うさぎ」のことが。

Lapin bizarre, Makiko Furuichi

アーティスト、古市牧子がフランスに渡ったのは2009年夏、金沢美大を卒業し、Nantes美大の修士課程に進み、昨年同大学で修士号を取得、現在もナント市でアトリエを持ち精力的な制作活動を行なっている。

彼女と知り合って、彼女のアーティスト活動を応援するようになり、かれこれ3年が経つ。お互いにフランスで生活したてのころ、彼女の水彩の作品、一枚はおしりで、もう一枚はちょっと宇宙人的な生き物、この二枚の絵が私の仕事部屋にやってきた。狭い仕事部屋で十分に日の目を見せてあげられないままだったが、私としてはとても大切にしていた。

一体何から話せば良かろう。まず始めに、彼女の描く生き物の不思議な魅力に取り憑かれた。それはたしかに、猫っぽかったり熊っぽかったり、猿っぽかったり、あるいはうさぎっぽかったりするのだが、だからといって「カワイイ」と描写できる純粋な生態からは本質的な意味でかけ離れているように思えた。プラネットが違うとでも言えば良いだろうか。とにかく私は、彼女の作品群において「ハイブリッド/hybride」に分類することのできるこの不思議な生き物たちの、見たことがないほど妙で、眺めても眺めても掴みきれないようなオーラに惚れ惚れとしてしまったのだ。それは彼女がもっとリアルな人間の身体を描いたときにも同じことだった。「絵画」という表現形態をとる作品において、色と輪郭/形、そして構図は言うまでもなく本質的な要素である。しかし、私の臆見だが、彼女の絵画作品において、描かれている生き物達が人であれ動物であれ、あまりに生き生きと絵から溢れ出しそうな色と形を呈しているので、見る人につい構図の問題を忘れさせてしまう。言ってみれば、水彩なら紙の、油彩ならキャンバスの縁がどこにあるかなんか気にならない。その絵のはじっこがどこにあるか、どこまでが絵で、どこからが絵じゃないのかということが問題にならない。そこに表象されているのは、あたかも、古市牧子の創り出すひとつのプラネットのワンシーンであって、その世界は不思議なハイブリッドの動物達を媒介にして、ずっと遠くまで広がって行くかのようなのだ。

さて、個人的な感想ばかりを語っていても仕方ないので、アトリエで撮影させていただいた絵を紹介していくことにする。

Atelier de l’artiste (〜7.2012), Maison de quartier madeleine champ de mars à Nantes

アトリエの壁にはたくさんの水彩作品。人間もいれば、ハイブリッドもいる、色鮮やかな鳥達もいる。このアトリエにいた一年間は、定期的にナント市の地域の人々と交流の機会を持ちながら、彼らに愛されて活動してきたようだ。アーティストがアトリエ近隣の住民に自分の仕事を公開し、交流を持ち、良い関係を築くことはお互いの日常のためにとても大切だ。古市牧子がどれだけナントの人たちとの関係を大切にしてきたかは、道で彼女に出会うナント市民の嬉しそうな表情を見れば一目瞭然だ。

Artiste dans son atelier, juillet 2012

「にやり、とすること!」
ほんとうに面白い人は、月並みで詰まらない問いをぶつけても、なかなか素敵な切り返しをしてみせてくれるものだ。彼女のアーティスト活動の根底にあるテーマのようなものは何か、という問いに対して、彼女は「にやりとすること」と、簡潔で明瞭に答えた。さて、そうは言っても、「にやり」とは一体なにごとか。
140字以内のツイッター要約ならぬ、10文字要約。にやり、とはなかなかセンスのいい表現だ。
自分の作品を見てにやりとして欲しい、人がついにやりとするような作品を作りたい、ということらしい。少なくとも私の方ではとりあえずそのように理解したのだが。
なるほど、ふと再び壁に貼付けられたり立てかけられている作品をぐるりと眺めると、なんとも楽しくなってしまう。楽しいといっても、胡散臭くて偽善に満ちた「にこっとした爽やかな微笑み」ではなくて、かといってブラックユーモアで「ククッ」とするのでもなくて、顔をくちゃくちゃにして大笑いするのでもなくて、他に表現しようがないあの笑い、「にやり」なのである。そう、私はこの「にやり」を別の言葉で言い換えることをハナから放棄している。こればかりは、彼女の作品に出会う人々に色眼鏡なしに味わってほしいと願うからだ。

série de body-builder

つい、にやりとしてしまう作品群のひとつに、ボディービルダーシリーズというのがある。ボディービルダーの肉体というのは確かにわざわざ構築され直しているだけあって独特な方法で異化され、その形もポーズも面白い。ボディービルディングというのは、勿論世界には女性ビルダーの存在もあることを承知の上で、それでもなお非常に男性的なイメージを想起させる。いっぽうで、古市牧子の描くボディービルダー達は、見るところ皆男性であるのだが、その生身の肉体に特有の「男性らしさ」をある意味で欠いている。そこにあるのは鮮やかな色彩と独特な形であり、隆々とした筋肉とか、滴る汗とか、生身の肉体が放つ体臭とか、肌のギラギラした光沢みたいなものが一切感じられない。それどころか、なぜだか分からないが通常ビルダー達の共通項であるつやのある小麦色の肌色は、突如黄緑色に反転させられてしまったりする。この、意味を無に帰すようなユーモアと、モデルの軽やかな中性性がにやりの正体の一側面であると言えよう。

série de body-builder

または、アイドルシリーズ。アイドルを翻訳しようとすると、フランス語にidoleというのが思い当たるが、これは日本のアイドルグループとは全く関係ない言葉である。むしろ、ぴたりと翻訳可能な言語を探す方が難しい。とても若い、しばしば十代後半の少女達がフェティッシュなコスチュームを身にまとってテンポの早い歌を踊り歌う、日本のあの独特なガールズの様子は、疑いなくユニークな文化である。古市牧子は、日本のアイドルの面白さににやりとしながらシリーズを作成した。皆一列にぴたっと並び、同じコスチュームを着て、ポーズをして、笑顔で。誤解を避けるため断っておくが、アーティストの面白いものへの関心は、皮肉や嘲笑とはおそらくかけ離れたものである。もっと本質的なレベルにある単純な関心のようなものではないかと思う。

Série des idoles de la chanson

さて、ここまで生き物ばかり解説してきたが、彼女の繊細なテクニックと豊かな色彩があまりに素敵な植物を描き出していたので掲載させていただいた。彼女は植物も大好きだ。お邪魔させていただいたアーティストのアパルトマンにも幾つもの鉢植えがあったと記憶している。それにしても、この植物のそれぞれの葉の色彩とその重なりを眺めているだけで飽きることが無い。葉の色彩をくるくると転換してみせる太陽の光と、その細くて繊細なツルを揺り動かす風が、目の前にはっきりと見えるような気さえする。

ナント滞在中、ちょうど延長会期中であった古市牧子の個展(あるコレクターの個人宅で行われていたもの)にお邪魔することが出来た。絵画作品を美術館やギャラリーといった、絵画を見せるための空間で目にすることが圧倒的に多いのだが、個人宅での個展というのもなかなか素敵であった。この個展では、アーティストが作成した作品集本も販売され、拝見させてもらったが、なるほど、一挙に作品を楽しむことが出来るし、本というメディアは静かに何度も見たいときに眺めることが出来るので、欲しくなってしまった。

Exposition chez un particulier, juillet 2012

古市牧子、金沢出身の、今やナント市民に愛されるアーティストの多彩なアートワークの中で、今回は絵画作品に焦点を当て、紹介させていただいた。日々パワフルに邁進する彼女の活動の様子やニュースはこちらのサイトをごらんいただければと思う。ヴィデオ作品やインスタレーション作品についての情報もある。
Makiko Furuichi
ハイブリッドな絵を描き、人々とのコミュニケーションを大切にし、人々をその「にやり」の中に招き続ける奇才なアーティストの活躍をこれからも追い続けることができれば、と願う。

謝辞:アトリエ引っ越しでお忙しい中のインタビュー、ほんとうに有難うございました。
(インタビュー:2012年7月9日、ナント、フランス)

08/9/12

Joana Vasconcelos /ジョアンナ•ヴァスコンセロス@ヴェルサイユ宮殿

Joana Vasconcelos/ ジョアンナ•ヴァスコンセロス

過去と現代の女たちへのオマージュ
@Château de Versailles
du 19 juin au 30 septembre 2012
site: http://www.vasconcelos-versailles.com/

ジョアンナ•ヴァスコンセロス/ Joana Vasconcelos はリスボン在住のアーティスト、現在41歳、世界で最も精力的に活動している女性アーティストの一人だ。1971年生の彼女は、2005年のヴェネツィアビエンナーレにおいて発表した、La Fiancéeという25000個の生理用タンポンをシャンデリア風に構築した作品で一躍脚光を浴び、2006年以降は、スカートや洋服などの衣類や毛糸、レースなどのマテリアルを使用した作品を数多く制作している。

村上隆がヴェルサイユ宮殿をクール•ジャパン的ポップでマンガなワールドに作り替えた2010年の9月の展覧会(site) が記憶に新しいが、ルイ14世の全盛期に建立され、フランス絶対王政の富と権力の象徴であるヴェルサイユ宮殿で、現代アーティストとのコラボレーションが始まったのは2008年のジェフ•クーンズ/ Jeff Koons (site)
から、実に最近のことなのである。

ご存知のように、ヴェルサイユ宮殿は今日、ルーブル美術館と並んで、パリの旅行者には知らない者のない観光スポットであり、時期と曜日にもよって異なるとはいえ、日々多くの旅行者が長蛇の列を作り、庭園も含めると25ユーロほどの入場料を支払って城を見学している。なるほど、たしかに一生に一回のヴィジット、と意気揚々に宮殿に足を踏み入れたところ、鏡の間に見も知りもしない現代アートの彫刻がどすんと置かれていたり、王妃の寝室に何やら不気味な髪の毛のお化けが佇んでいたりしたら、文句をいう者や批判する者が出てくるのは想像に難くない。現に、第一回目のJeff Koonsの時はもちろんのこと、村上隆の展覧会の際にも、アニメやマンガから着想されたキャラクターたちに城が侵略されることを良く思わない一部の保守的な人々から厳しい批判の声が上がった。

ヴェルサイユ宮殿のような不朽の歴史的建造物はもちろん、ただ現状を維持し、改修•保存し続けるだけでもおそらく世界中からの観光客を呼び続けることができるのかもしれない。しかし、宮殿を毎年ひとりのアーティストの作品によってまったく新しい展示空間に作り替えてしまうことは、歴史的建造物であるのとは別の次元で非常に面白い試みなのだ。ヴェルサイユ宮殿のゴージャスな外装•内装からして、たしかに展示すべき作品の華やかさやスケールの大きさが求められることは間違いない。しかし、個人的にはアイディアとして素晴らしい試みであると高く評価すべきだと思っている。展覧会が美術館やギャラリーで行われることが多い今日、無地の壁でない、しかも政治的だったり社会的だったり性的であったりと、多様なコンテクストをまとった空間で作品に対峙するという体験はとても貴重だ。

La Fiancée 2005

ポルトガル出身のジョアンナ•ヴァスコンセロスは、ヴェルサイユ宮殿における現代アート展示第5回目にして、ようやく初めての女性アーティストとして宮殿に招かれた。会場である宮殿内と庭園には16点の作品、そのうちの8点がこの展覧会のために制作された作品だ。彼女がこれまである種、フェミニスト的なメッセージを掲げて制作してきたことはまず押さえておくべきだろう。前述した最も有名な作品、La Fiancéeとその相棒のCarmenはそれらが生理用品であるタンポンで作られているとかセクシュアルな意味を含有する作品はヴェルサイユ宮殿にふさわしくないとかいう理由で、宮殿の方針によって却下されてしまったのだ。そのことについて、アーティストは失望しながら以下のように述べている。

「まず最初に問題になったのは、La Fiancéeを宮殿に展示するかどうかでした。私はLa Fiancéeと対の作品であるCarmenを鏡の間に、具体的にはLa Fiancéeをあるべき位置(つまり鏡の間の内部)、Carmenをその外側に位置づけるという構図を夢見ていました。白いタンポンでできたLa Fiancéeは純真を表し、黒いCarmenは娼婦を表しているの。これらの作品は性的であるという解釈のもと、ヴェルサイユ宮殿にそぐわないものと判断された。あたかも、ヴェルサイユ宮殿には女性もセックスの話も存在しなかったかのように!」

La Fiancée en détail

女性アーティストを招き、しかも奇しくもフェミニズム的作品を制作することで知られるジョアンナを招いておきながら、25000個のタンポンによるLa Fiancéeが鏡の間に誇らしげに吊り下げられなかったことに、現在のヴェルサイユ宮殿と現代アートとの関係性の限界を感じざるを得ない。どうなっていくべきなのか、どうなっていくのか、まだその結論は出ていないのだ。

Marilyn(PA), 2012

そういった訳で、鏡の間には、Marliyn(マリリン)が展示された。鍋と鍋の蓋で信じられないほど精密に構築された巨大なハイヒールは、女性の性的アピールとしての魅力を象徴すると同時に、依然として女性の仕事であり続ける料理や掃除といった家事仕事のモチーフ(鍋)を意味している。さらにこの巨大な寸法は、ルイ14世が宮殿を建てさせた17世紀から今日に至るまで、全ての女性たちが努力の末獲得してきた権利や自由の大きさを象徴している。この展覧会のタイトルも、 »Hommages aux femmes du passé et aux femmes modernes »(過去と現代の女性たちへのオマージュ)である。

Marilyn (PA), back

この展覧会を訪れて一番最初に出会う作品、Mary Poppinもまた、Pamela Traversの小説に現れる女性へのオマージュであり、女性参政権と女性の自由のために戦った登場人物なのである。

Mary Poppin, 2010

このMary Poppinのマテリアル使いと大きくて奇怪な生き物のようなスタイルは、展覧会後半に現れる3つのワルキューレ彫刻にまで引き継がれている。レースやカラフルな布を使い、毛糸で鉤針あるいは棒針編みされた装飾が施されている。ワルキューレは北欧神話において、「戦場における生死を決定する女」であり、女性の神性の象徴的存在とアーティストによって捉えられている。

Walkyrie Trousseau, 2009

二つの向き合った手長エビは、Le Dauphine et La Dauphine(ドーファンとドーフィンヌ)と名付けられており、テーブルの上に向き合って配置されている。ポルトガルレースが施されており、ドーファンが雄でドーフィンヌが雌である。

Le Dauphin et La Dauphine, 2012

Gardesは文字通り、番をする2頭のライオンだ。勇ましく、好戦的で、強さの象徴である2頭のライオンを、ウエディングドレスに使うレースで装飾してしまうというアイディアの背後には、戦争を好む男性性を嘲笑するようなアイロニーが見え隠れする。

Gardes, 2012

Lilicoptèreはもちろんヘリコプターをかわいくもじった、ピンクのヘリコプターの作品だ。大量のダチョウの羽毛で飾り付けたヘリコプターは、王妃マリー•アントワネットが王宮をダチョウの羽で飾りたいと述べたという言い伝えから着想を得ているそうだ。

Lilicoptère,2012

さて、ご存知のように、フランスの歴代王妃は公開出産を強いられてきたのであり、ハプスブルク家から嫁いだマリー•アントワネットも例外ではなく、Chambre de la Reine(王妃の寝室) において公開出産した。La Fiancéeはむしろ、王妃の寝室に展示されても良かったのではないかと思うが、実際にはPerruque(カツラ掛け)がこの部屋のための作品として選ばれた。Perruqueは、赤褐色の卵形の立体からたくさんの突起が出ており、その各々から様々な色の髪の毛が垂れ下がっている、どう見ても奇異でグロテスクな様相をしたオブジェだ。ジョアンナ•ヴァスコンセロスは、このPerruqueの展示をめぐって再度宮殿側と衝突することになる。この作品を展示できないのなら、展覧会は無かったことにする、と言うことによってようやく展示が認められたという。

Perruque, 2012

Perruqueが物議を醸したのは、このオブジェがただ単に、あまりにロマンティックでフェミニンな王妃の部屋に似ても似つかぬグロテスクな形をしていたというだけが理由なのではない。細長い楕円の立体はまぎれも無く、女性の子宮の中に放り出される「卵(らん)」なのである。卵に纏われた多数の突起は、固くなったたくさんの男性器のようにも見えるし、何らかの暴力的なコンテクストによって歪められ、奇形化してしまった可哀想な卵子のようにも見える。 歴代王妃の公開出産が行われたとされる「王妃の寝室」において、この作品を展示しなければならないアーティストの主張は最もであるし、それを防ごうとした宮殿側の方針が存在することも理解できる。(突起と髪の毛は実際には19個取り付けられており、それは王位に就いた子どもも含めこの部屋で出産された全ての王室の子の数に相当する。)

 純真性を象徴するLa Fiancéeと娼婦であるCarmenが鏡の間の入り口を挟んで対面する、その劇的な瞬間を体験することの出来るもうひとつのヴェルサイユ宮殿現代アート展示とはいかなるものだったのだろう。私たちはそれを、残された16個の手がかりから推測し、深い想像に身を浸すほかなく、それは悔しさにも諦めにも似た感情である。それでもアーティストは作品を作っているし、彼らは議論している。変わって行くことも、たくさんあるのである。

07/28/12

ダミアン・ハースト展/ Damien Hirst, Exhibition @Tate Modern, London

巨大なガラスケースの中に大量のハエの死骸と、皮を剥がれて既に少し肉が乾燥した牛の頭部。私達の日々の生活からも、「アート・エキジビション」という洗練された響きからもあまりにかけ離れた尋常ならざる装置を目の当たりにして、ワクワクしてやって来ていたはずの8歳くらいの少女は悲鳴を上げて彼女の母親のもとに走り寄った。

A thousand Years, 1990, photo by Oli Scarff/Getty Images

私は5分くらいの間、まだ生きているハエと、床に転がっている山のような死骸と、彼らの餌となっている真っ赤な牛の頭部、そして彼らの幼虫が住むハウスをまじまじと観察した後に、中でも最も親切そうにしているスタッフに、だれがどうやってこれを設置したのか、会期中どんな具合に環境を保っているのか尋ねた。いくら大きな美術館で仕事ができるからといって、こんなハエだらけのハードワークを覚悟できる人間が世の中に大勢いるとは思えない。

やる気に満ちた感じのスタッフは笑顔で答える。
「これは私達が設置したんじゃないんです、ハーストは専属のサイエンティスト・グループを持っているの。うちのキュレーターたちでも、こんなヤバイ装置の設置は無理。ハエの死骸の除去や餌交換もサイエンティスト・グループが行ってるんです。」

なるほど、現代アートはもはや、アーティストの手にも、アシスタントの手にも、そしてキュレーターの手にも負えなくなっているのか。ではハーストは一体、何を作っているのだろう?

私が最も愛している画家の中のひとりに、アンリ・マチスがいる。晩年ニースで制作したマチスは年をとって自ら筆をもって描くことができなくなり、切り絵をしたりアシスタントに命じて制作させていたのは周知の事実だ。なにもマチスまで遡らなくたって、アーティストがコンセプトやアイディアを実現するためにアシスタントや専門家に仕事を依頼したり、業者に発注したり、さらには何も実態あるオブジェを作らないことすら、よくあると言ってよい。絵画展を見に行けば、そこに展示された絵画は画家本人によってデッサンされ、彩色され、サインされたのだろうと予想できるが、草間彌生の巨大なカボチャや花の彫刻が彼女一人の手で造形されていると予想する人はいないだろう(と信じたい)。

Flower Sculpture, Yayoi Kusama, photo by Miki OKUBO

ダミアン・ハーストの展覧会に足を踏み入れると、そこに展示された「物」の量や集合体としての「物」のインパクト、ホルムアルデヒド漬けにされた巨大なサメや縦割りにされた牛の親子の美しい薬品漬けを目の当たりにして、たしかにハーストすごいな、と感心せざるをえないのだが、現在これだけ著名なアーティストで、強烈な作品を通じて多くの鑑賞者に新たに衝撃を与え続けているハーストの、未だ十分に語られていない本質的な部分が残されているのではないか、という気がしてならない。動物の剥製やホルムアルデヒド漬け、薬品の陳列棚、生と死に関わる制作、現代の新しい死の概念、それ以外の何か。

The Physical Impossibility of Death, 1991, photo by Prudence Cuming Asociates

Mother and Child Divided exhibition copy, 2007 (original 1993)

photo by Graeme Robertson for the Guardian

さて、前置きが長くなったが、ロンドンの現代美術館、Tate Modernで今年の夏開催されている2大展覧会は、Damian HirstとMunch展。このムンク展はポンピドゥーに2011年9月~2012年1月まで開催された、あの展覧会であり、(私の過去展覧会レポートはこちら)そういうわけで、迷わずDamian Hirst展へ。おそらくこの展覧会、来年にはパリのポンピドーセンターに巡回するのではないかと思われるが、とにかくレポートしようと思う。

ダミアン・ハースト/ Damian Hirstといえば、1965年生まれ、1993年にはイギリス代表としてヴェネツイア・ビエンナーレに出展し、まっぷたつに縦割りされた牛の親子の標本彫刻(上の写真)で一躍有名となり、1995年に同作品でターナー賞を受賞した。先にも述べたように、それが発注であろうと、サイエンティストの仕事によろうと、彼の作品は常にマテリアル性を離れてはいない。アート市場では最も作品が高いアーティストの一人であるそうだ。ショーケースに入れられた色とりどりの錠剤、同様にケースの中に芸術的に並べられたマルボロの吸い殻、これらはなぜアートかなんて問わなくたって、そこにあるだけで、なんとなく「センスのいい」ものだ。剥ぎ取られた無数の蝶の羽根を綺麗に並べて貼り付けた祭壇画は美しいし、1995年ごろより覚せい剤などの薬物中毒であると告白している作家が錠剤を抽象的に描いたスポットペインティングは、そのポップカラーとシンプルな配置で人気だ。

damien hirst’s pharmacy, 1992

Damien Hirst poses infront of ‘Doorways to the Kingdom of Heaven’, photo by Graeme Robertson for the Guardian

Edge, 1988, photo from the exhibition catalogue

あるいは、「黒い太陽/ Black Sun」は息を呑む作品の一つで、無数のハエの死骸で構成されている。我々の世界に唯一存在することになっている太陽は光を放っているが、黒い太陽はその太陽と向きあって、そのすべての光を吸収しているかのようだ。そして、発信されたすべての光が行き着いた先には黒炭にも見紛うことのできる、大量の死骸。黒い大きなハエの死体の塊は、地球上の有機体が太陽によって燃え尽されてしまった、固く静かな集合のようにも見える。

Black Sun, 2004, photo from Museo Madre’s Site

よく議論される問題であるが、その作品制作の殆どをアシスタントや専門家や業者に発注するハーストが作家であるかどうかなんて難問は残念ながら実際には議論しても無駄である。なぜならば、「物理的な意味での作品を作るのがアーティストである」という前提は、メディア・アートやインターネット・アートを例に挙げるまでもなく、崩壊しているのであるし、現に奇抜なコンセプトをプロポーズして、それを形にし続けるハーストが世界で最も成功しているアーティストの一人として作品を売りまくっているのだから。

そんなことよりもむしろ、彼の作品がしばしば我々に見せつける、皮肉的なまでの楽観、あるいは、諦め尽くされた苦悩のようなものを直感的に感じた瞬間こそ、ダミアン・ハーストの作品群がよりクレイジーに一人歩き始める瞬間であるのだ。

Detail of Doorways to the Kingdom of Heaven, 2007, photo from the exhibition’s catalogue

ハーストは、動物たちをホルムアルデヒド漬けにし、カラフルな薬を陳列棚に並べながら、物理的な死の不可能性や、自然的な死とはかけ離れた歪められた生の現実を我々に見せつける。大量の健康サプリや薬、医療の恩恵によって、私達はなるほど、私達の意志の及ばないところで世界に生かされているのかもしれない。そして、それは時に覚醒剤などの薬物によって、狂気じみたポップカラーで彩られるとても楽しい世界でありながら、同時にヘヴンに続くドア(Doorways to the Kingdom of Heaven)を美しい蝶の羽で彩り、ドアの向こうのその存在を望むことによってしか、生き続けることのできない、ハードな世界でもあるようなのだ。

ダミアン・ハースト/ Damien Hirstの回顧展は、Tate Modern, Londonにて2012年4月4日より9月9日まで、開催中である。

07/16/12

Exposition « Joue le jeu » @Gaîté Lyrique, Paris

ゲームの展覧会がアートの領域で市民権を得るのが難しいなんて議論は、もはや時代遅れですらある。ゲームやメディア・アートを芸術の中にどう位置づけるか、それが従来のアートカテゴリーに対してどのような存在であるか、難しい議論を繰り広げているうちに、アーティスティックなゲームは多くの人の目に触れ、経験され、いずれは当たり前のものになってゆく。そう、こういったものは、人がどうにかして収まるべき場所を与えるというよりもむしろ、現象として蔓延し、浸透するなかでむしろ我々が中に取り巻かれていくというふうに、肩の力を抜いて受け止めたほうが楽ちんだ。

ゲームは、任天堂などの大手の世界的活躍や携帯ゲームの目を見張る発展の具体例をあげるまでもなく、日本が世界の注目を集めながら今日まで飛躍的にヴァリエーションを作りあげてきた分野である。日本でゲームがアートとして認められようと、そうでなかろうと、世界が各国のゲーム史のなかで、日本の果たした重要な仕事を最大限にリスペクトしながら受け止めていることは事実として間違いないのである。その日本で、学術的視点を豊かに備えた大規模な「ゲームの展覧会」が未だ実現されてこなかったことは、ある意味、奇妙なことであるようにすら感じられる。

パリでは昨年(2011年)11月から、グランパレで開かれたGame Story( site here )という、どちらかというと歴史的・回顧展的な大規模な展覧会が2ヶ月に渡って開催され、5.7万人の鑑賞者を集めた。(はっきりいって、この入場者数は、たとえばParis Game Weeksが5日間で18万人、ジャパン・エクスポが4日間で20万人を動員することを鑑みれば勿論微妙な数字ではある。) TVゲームの始まりの、非常にプリミティブなゲームカセットがその場で遊べるようになっており、歴代のゲーム機やコントローラの展示、ゲームボーイやもっと簡単なポータブルゲーム機がコレクションされていた。あるいはたまごっちのような変わり種、戦士モノやポケモンのフィギュアもちゃっかり展示され、そこは自分の子供時代過ごしたゲーム環境がくまなく復元されているかのような空間であった。ふと我に返ってみると、化石のような古めかしいルールに難色を示す現代の子供たちを尻目に、夢中になっているのはもちろん懐かしいオブジェに数十年ぶりに対面した大人たちの方だ。(blog de mimi)

 

game, street fighter 2で遊ぶ少年とわたし。

この展覧会は全体として、歴史、思い出、ノスタルジーを大人のヴィジターが共有し、子供たちがその隙間を走り回りながら、設置されたゲーム機で遊びまくるような展覧会であった。

 

さて、今回2012年6月21日~8月12日、パリのGaîté Lyriqueで開催される展覧会”Joue le jeu »はどうだろう。Gaîté Lyriqueはパリの中心、Arts des métiersの近くにある非常に新しいメディア・アートのための展示空間。現代アートのポンピドゥー・センターからも歩いていけるくらいよい場所に、昔のテアートルを改装する形で昨年オープンした。petite salleやgrande salleといった独立した展示室・イヴェントルームの他、図書館やオープンゲームスペースでは会館中常にゲーム機が開放されており、そこで遊ぶこともできる、まだまだ若くて注目の施設である。


7月には子供たちが夏休みに入ってしまうフランスなので、この展覧会はもちろん、子供の夏休みアトラクションを念頭に構成されている。展覧会のサブタイトルはParcours(小旅行)、スタンプラリー的な4つのアトラクションが用意されており、子供たちはそこで、Gaîté Lyriqueという擬人化された巨大な構造物と電話をしたり、音楽を奏でたり、見つめたり、触れたりする。子供たちのパフォーマンスがどれくらいGaîté Lyriqueをわくわくさせることができたかによって、ポイントが与えられ、次のステージに進んでいく。展覧会自体を一つのゲームコースに見立てるという発想だ。

parcoursを攻略するために渡されるカード。

上述の、グランパレにおける展覧会が、テレビゲームとディヴァイスの歴史をたどるゲームの回顧展であったとすれば、今回のjoue le jeuはゲームの中でもまだ市場に発表されていないもの、実験的なもの、アーティスティックな色彩が強いもの、あるいは複数の人が参加することの出来るインタラクティブ・インスタレーションとしてのゲームなどにポイントを絞って作品選びがなされたようだ。(blog de mimi:more pictures)

Gaîté Lyriqueに電話してみる?

Parcours一つ目のインタラクティブゲームはGaité Lyriqueに電話をかけ、何か言葉を投げかけるというもの。個人の携帯電話から定められた電話番号に電話する。最近、アートと名乗ったり、名乗らなかったりだが、ソーシャルアプリといってメールアドレスをその場で簡単に登録させたり、smsで画像がゲットできるといって携帯電話番号を登録させたり、Gaîté Lyrique内に来ているというのに、Gaîté Lyriqueに電話をかけろというのは何事か。とは言わず、仕方ないのでかけてみる。

さて一番下の階には、Fred & Companyの光と音のインタラクティブ作品が。光のプロジェクションと音楽が、鑑賞者の足が触れた場所によって反応する。動きの速さや性質によって反応するのではなく、それぞれのプロジェクションの前に敷かれたカーペットが幾つもの正方形に区切られており、それぞれが音楽のリズムと光り方に対応している。未来的なイメージのインタラクティブ楽器を構想したようだ。

Electricity Comes From Other Planets, Fred & Company

繰り返しになるが、今回の展覧会のあるべきところは、展示されたゲームがまだ市場にでていないということ。ゲーム市場に出ることを目前にエンジニアがパブリックオピニオンを得て、改善・修正するために展示しているものや、どちらかと言うと非商業的な実験的インタラクティブ作品として、鑑賞者を歓迎しているゲームもあった。下の写真のゲームは、4人用。4人のキャラクターがそれぞれシステムに認識されると、動物の被り物がとれて、人間になる。この状態でやっとキャラクターを自分の動きとシンクロさせることができるようになる。この4人のキャラクターのうちの一人は、ブロックにつっかかっていて前に動くことができない。4人で力を合わせて一旦後ろに下がり、彼の動きを自由にしてやらなければならない。なるほど、2Dのパズルよりも肉体的で、面白そうではある。この他にも、一人や二人でできるTVゲームも幾つかは並べられており、自由に体験できるようになっている。

Games of Interactivity for 4 persons

一番下の階の、音と光のインスタレーションのすぐ近くに、Petite Salleの入り口がある。ここは、音とプロジェクションのインスタレーションをやるのに最も適した部屋となっており、天井も高く、すべての壁は格子状に区切られているので、ピクセル的にも使用出来るし、全面スクリーンとして利用できるようになっている。パフォーマンスなどもここでしばしば行われてきた。今回は、Opéretteのインスタレーションだ。実は歴史的にGaîté Lyrique、1862年に劇場としてオープンした。沢山のお芝居やオペラがここで上演された。その歴史にインスピレーションを受けたDaily tous les joursとKrista Muirは、この会場内を体験オペレッタ劇場に作り変えてしまった。鑑賞者はもはや鑑賞者ではなく、役者となり、舞台でダンスをし、コスチュームを身につけ、歌い、オペレッタを構成する一員となるのだ。
このインスタレーションでは、アイテムが多く、場所も広いため、10人以上で同時に体験することが可能になっている。(もちろん鑑賞するためには何十人も入ることができる。)

Opérette/ Daily tous les jours

体験する展覧会。展覧会の一つの在り方が変わっていく、その途中に私達はいるのかもしれない。これを見ろと言われるのでもなく、このビデオを3分間じっと鑑賞しろ押し付けられるのでもなく、触らないでくださいと怒られるためのマテリアルもなく、必要なルールを与えられることなく。いや、本当は、ゲームのルールは私達のどうすることもできない根本的な段階で、すでに与えられているのかもしれない。私達が、あたかも自由であるなどと錯覚してしまうほどに。

06/19/12

無秩序の巨匠展/ Maîtres du désordre @Musée Quai Branly

Maîtres du Désordre

「無秩序(Desorder)の巨匠たち」というすごいタイトルの展覧会が、エッフェル塔近くのMusée du Quai Branlyで2012年4月11日から7月29日まで開催されている。
展覧会のイントロダクションにはこのようにある。

「秩序あるものと無秩序なものを巡る終わりなき葛藤は、多くの伝統において表象されてきた。そして、 »秩序 »と »無秩序 »という相反するものが創り出す緊張状態は世界の均衡が保たれるために必要不可欠なものと考えられてきた。この展覧会は3つの軸で構成される。世界における無秩序、無秩序の制御とカタルシス、そして無秩序をめぐる神話と儀式的実践の創造。この3つの軸を通過することで、鑑賞者は、聖なる世界から俗的世界へ連れ出されることとなるだろう。
俗世とは、不完全で無秩序な世界である。世界の不完全さから生み出される不幸な運命から自らの身を守るために、そのアンビヴァレンスで危険な力を抑制する仲介人がふと姿を現す。われわれは、彼らのことを、「無秩序(Désordre)の巨匠たち」と呼ぶ。」

この展覧会を理解するにあたって、まず念頭に置いておかなければならないのは、この展覧会はDesordre/無秩序を集めた展覧会ではない、ということである。イントロダクションから明らかになるように、秩序vs無秩序は西洋的宗教観(といっても差し支えなかろう)に基づく、以下の図式を浮き彫りにする。

聖なるもの/神/完全性=秩序 vs 俗世/人間/不完全で不幸=無秩序

したがって、不完全で無秩序な世界に生きる人間であるわれわれが、その不運な境遇とどのようにうまく付き合い、生きて行くのかという問題に取り組んだ作家達の作品を集めた展覧会である、という主旨である。その作品は一見「無秩序」の表象のように見えたとしても、このコンテクストを忘れてはならないのではなかろうか。

西洋的宗教観、とりわけ全能で完全なる神と俗世界に堕ちてきた不完全な人間という構図に基づくとはいえ、Quai Branlyのキュレータ(Comissaire: Jean de Loisy assisté de Sandra Adam-Couraletら)たちに選ばれた作品群は非常に多岐に渡る。もちろん、Musée Quai Branlyのスペシャリティであるプリミティブなオブジェが数多く展示されていた。

Masque Tomanikはイヌイットのコスモスの神であるシラが強風を起こし、暴力的な大風を大地に吹き起こす。イヌイットにおいて天候を司る神は様々な姿で現れるのだが、とりわけ風を司る神の化身が身につけるのがこのTomanikのマスクだ。

Masque Tamanik (Faiseur de vent), Inuit

また、Quai Branlyらしいコレクションからの出展では、ブラジルのTopuが挙げられる。Topuは雷鳴の神、やはり天候を司るが、とりわけ激しい嵐や雷雨をコントロールしている。Topuはトランス状態のシャーマンに乗り移って彼らを傷つけることすらある。雨期が始まるときやってくる神だ。このTopu像は、人間の身体の形を当てられている。彼らが乗り移るところのシャーマン自身の容姿を模して作られているとても小さな人形だ。

Topu, Brésil, 1960-1972

ふと私たちの良く知る顔を見かける。埴輪。

埴輪, Japon

埴輪はご存知のように、古墳時代に多く作られ、聖域を俗世界と明確に区画するため、死者の身分の高尚性を表すため、死者の霊を悪霊から守るため、など様々な目的で墓に配置され、一緒に埋められたと考えられているが、果たしてこれについて、「無秩序」をコントロールするための媒体としてのオブジェであったとコンテクストづけていいものだろうか。展覧会趣旨からするとやや疑問を投げかけたくなる選択であると言わざるを得ない。Quai Branlyのように、プリミティブコレクションを数多く持つ美術館は、しばしば例えば今回の展覧会のように彼らの美術館収蔵品と、現代アーティストの作品をコラボレーションさせて、たとえば「無秩序の巨匠」のように一貫したストーリーに位置づける。全体としてなめらかに結合させるのはしばしば簡単なことではない。これは、フランスやヨーロッパにある「モノをたくさんもっている美術館」がどうやって若いヴィジターの心をつかみ、新しい展覧会を作って行くことができるかという問題に関わる大切な取り組みだ。

masquesの天井

天井からたくさんのマスクに見下ろされている廊下を通り抜けると、フランス人の女性アーティスト、アネット•メサジェ(Annette Messager)の「リスのパレード」という作品がある。

Parade de l'Ecureuil, Annette Messager, 1994

アネット•メサジェはいのちの記憶、オブジェや動物、人間の個別のおもいでに焦点を当てて表現してきたアーティストだ。彼女のマテリアルは壊れた人形、分解されたぬいぐるみ、そして、動物の剥製など、傷ついた生を思い起こさせるものが多い。重ねられたざぶとんの上に配置されたカラフルなオブジェを纏う死んだリスは、目が粗いけれども決して抜け出すことは出来ない、重苦しい黒いネットに絡めとられている。そしてよくみればリスが装備しているのは他の動物達のからだの断片、足や尾っぽなどではないか。リスはそれでも楽しくパレードをする。その様子は統一感が無く、ごちゃまぜに見えるとしても、メサジェのなかで、このパレードは混沌とした生を表象しながら、それに向き合い戦う小さな彫刻のようなものであるのだろう。リスは、その小さな手を上げ遠いどこかを指差し、黒いマスクを被ってバラバラにされた他の動物達の果たされなかった願いを背負い戦う小さな戦士のようだ。

Paroles d'inities

さいごに、私がインスタレーションとして面白いと思った展示スペースがこちらの電話の受話器から世界中のイニシエ(現代におけるシャーマンたち)の話を聞くというものだ。世界からの画像と声を発信するためにもうけられた14のスクリーンと受話器が設置され、それら機材をぐるっと取り巻くベンチに腰掛けて、人々はそれに耳を傾ける。そもそも今日でもシャーマンと呼ばれる人々はたくさん存在する。14人の現代シャーマンがそれぞれ歌や物語、ダンスによって彼らの身体が開かれていく始終がスクリーン上に映し出され、人々は電話の受話器の音声と合わせて興味深く観察していた。電話の受話器がそれを耳に当てている人にしか聞こえないこと、このインスタレーションがなんとなく洞窟らしい雰囲気でひっそりと設置されていることは有無を言わさず、シャーマン達のトランス状態を「こっそりと盗み見る」態度を鑑賞者に強いる。本来的にシャーマンの仕事は、テレビで報道されたり、美術館で展示されたりする状況とは無縁のものだからだ。

幾つかの疑問や問題を残しつつも、コンセプトとして、楽しむことの出来る展覧会であったのではないだろうか。このエクスポは7月29日まで、Musée du Quai Branlyで開催中である。

06/18/12

国際シンポジウム téléphone mobile et création

téléphone mobile et création

2012年6月14日•15日、ケータイ電話とクリエーションに関わる国際シンポジウムがパリ2区のINHAで行われた。主催はIRCAVとパリ第3大学。IRCAV(l’Institut de Recherche en Cinéma et Audiovisuel)の中心人物は、映画とイメージの研究およびケータイなどのニューメディアのコミュニケーション研究のフランスでの先駆者としてパリ第3大学で教鞭をとってきたRoger Odin, そして今回のオーガナイザー、Laurence Allard, Laurent Creton, アーティストでありエンジニアであるBenoit Labourdetteの4名のエキスパートたちだ。ケータイとコミュニケーションに関わる国際シンポということで、今回の討論会の様子はツイッター中継および録画され、近々全貌がMobile Créationのサイトにアップされる予定である。
twitter Facebookはこちら

Roger Odin, Laurent Creton, Benoit Labourdette, Laurence Allard, Maurizio Ferraris

さて、プログラムは以下である。一日目は8時から8時半に受付を済ませて、8時半からイントロダクション開始、17時までというややハードな日程。2日目は9時から13時まで、5人の招待講演者による発表で幕を閉じる。

6/14
8h-8h30/ Accueil et inscriptions
8h30-9h/ Introduction : Laurent Creton, Roger Odin, Laurence Allard, Benoit Labourdette

Session 1/
9h-11h / Mobile, Ecriture et mNovel (Présidence : Roger Odin)
−L’explosion de la documentalité/Explosion of ‘Documentalité’, Maurizio Ferraris (Université de Turin)

−Le SMS entre forme et geste : analyse d’une pratique d’écriture/ Writing onmobile: gesture and forms: SMS/MMS
Joëlle Menrath (Discours et Pratiques) et Anne Jarrigeon (Université Paris Est)
m-Novels en Afrique du Sud : impliquer les lecteurs grâce aux téléphones portables/m-Novels for Africa: Engaging Readers through Mobile Phones, Steve Vosloo (yozaproject.com)

Session 2/
11h-13h / Mobile, politique et formats transmédia / Mobile, Politics and Transmedia (Présidence : Laurence Allard)
−Vidéos mobile et politique : Iranian Stories/Mobile Videos and politics: Iranian Stories, Cyril Cadars et Thibault Lefèvre (iranianstories.org/)

−Vidéos et voix des peuples : Crowdvoice/Videos and People’s Voices: Crowdvoice, Esra’a Al Shafei (crowdvoice.org/)
Session 3/ 15h-17h / Cinéma mobile et création/ Movie, Mobile and Creation (Présidence : Benoit Labourdette)
−Une nouvelle culture de la création/A New Culture of creation
Serge Tisseron (psychiatre)
Alain Fleischer, Le Fresnoy

Ateliers de films mobiles /workshops and video screenings mobile

6/15
Session 4/
9h-13h / Géolocalisation, mobilité, nomadisme et réalité augmentée / Geolocalisation, Mobility, Nomadisme and Augmented Reality (Présidence : Laurent Creton)

−Algorithmic visions: towards a new documentary practice, William Uricchio (MIT/Utrecht)
−Play -Mobile Immuable, Nicolas Nova (Near Future Laboratory-Genève)

−Bollywood’s Rythm’n Games : les adaptations de films indiens sur téléphone mobile/Bollywood on mobile games
Alexis Blanchet (Université Paris 3-IRCAV)

−La musique des portables du désert/Music of Sahara Cellphones Christopher Kirkley (sahelsounds.com/)

−Téléphone mobile et création: une approche conceptuelle/Mobile and Creation: a conceptual approach, Thomas Paris (HEC)

sculpture à INHA, Paris

ケータイ電話とクリエーションというテーマを掲げた今回のシンポジウムであったが、全体の印象として、ケータイ電話を用いたクリエーションに焦点を当てて、ケータイでこそ可能となる表現行為について掘り下げた議論を行ったセッションは無かったように思う。いっぽうで、現代のメディア環境における人々の行動学的特徴や社会学的分析は、「ユビキタス」や「モバイル」といったおなじみのアイディアを下敷きとして展開され、その内容は、2000年以降からスマートフォンの到来以前まで、日本において特殊化した現象として語られた「ケータイ文化」論をもう一度なぞり直したものに近かった。

それもそのはず、ケータイ端末を介して人々が大きなインターネットの世界に接続しつづけるという状況は、日本社会においてはimodeを先駆とする諸処のサービスのおかげで、2007年のiPhoneずっと以前から定着していたが、むしろこれは国際的にみれば特殊な状況である。一般的に、全ての人々が個人が所有する端末を介してネットに接続されたのは、スマートフォンの到来以降なのだ。国際的にみてみたならば、インターネットがパソコンからでなくケータイから一般の人々に普及した国々も実にたくさんある。たとえば近年ソーシャルネットワークを媒介とした政治的アクティヴィストの運動が相次いで起こっている、イランやエジプトといった中東の国々は典型的にそのような国に分類されるだろう。ケータイ電話の普及によってはじめて、インターネットを利用した政治活動が一般の若者に開かれた。さらにはシンポジウムでSteve Voslooによって紹介されたmNovelとは、南アフリカの子ども達にケータイのメールを通じて200語程度に区切られた小説を送り、読書経験を豊かにするための教育プログラムであり、独自のディヴァイスを利用した実験的実践をすでに展開している。読書経験を積むだけでなく、創作意欲のある書き手を育てることも同時に目的としており、この文学形態はまさに、日本社会で2002年ころから起こった、ケータイ小説という新しい文学のあり方にも深く結びつく。ケータイというディバイスは言うまでもなく、表現行為の敷居を取り払う。

Joëlle Menrath, Anne Jarrigeon, Roger Odin, Steve Vosloo, Maurizio Ferraris

2日間に及ぶシンポジウムで、おそらくは外国人としての視点から、あるいは独自のケータイ文化を育ててきた日本において1990年代と2000年代を過ごした世代としての視点から、目に留まったことが一つある。それは、フランスにおいて如何にイメージの問題が重要か、シネマというカテゴリーが重要かということである。つまり、ケータイはたしかに、Joëlle MenrathとAnne Jarrigeonによって社会学的に分析されたように、SMSに代表される「書く行為」を一変させたディバイスである。私の個人的関心の半分は、やはり文章表現のあり方を作り替えた「メール」に情熱的に注がれている。だが、今回のシンポジウムのウエイトは、文章でないもう一つの媒体、「イメージ」のほうにずっしりと据えられていたように思う。mms(写メール)を送れること、録画した画像や動画を即座にインターネット上で共有できること、そして何よりも、ケータイというディヴァイスが電話から録音機あるいはヴィデオカメラに変化したこと。たしかに、この点については、まだまだ色々な意味で分析されずにいる部分が大きい。

私のケータイ電話とその創作への関心は非常に単純だ。だいいちに、全ての人を表現行為に駆り立てることのできるディヴァイスの可能性と、その際生み出される新しくて面白い表現行為の性質や可能性を見極めること。そして、それが人々をどうやってもっとわくわくさせて、もっと幸せにさせることができるのか、考え、話し合い、たくさんの人と一緒にもっとたくさんの人を繋ぐ楽しい「できごと」を創り出すことに尽きる。

le ciel blue à travers le plafond, 天井窓ごしに見える空

06/16/12

モニュメンタ ダニエル•ビュラン/ Monumenta 2012 Daniel Buren

モニュメンタ(Monumenta)は、グランパレの45mの高さ13500㎡というゴージャスな空間をたったひとつの作品で占有してしまおうという、スケールの大きいイベントだ。2007年から一年に一回ずつ開催されてきたこのイベントは、国際的に重要なアーティストとしてたった一人選ばれた作家が、グランパレの空間に合わせた斬新で巨大な作品を創り出すことで、第5回目となる2012年まで、世界中からのたくさんのヴィジターを魅了してきた。(2009年は行われていない。)

2007年はドイツ人のアンセルム•キーファーによる絵画•インスタレーション。翌年の2008年はミニマリズム彫刻のリチャード•セラによる巨大彫刻。とりわけ2010年のクリスチャン•ボルタンスキーの古着のインスタレーションは、冬の寒くて暗い季節を選択して開催され、静かで大きな空間にたたずむ巨大な古着の山と不気味なクレーンの音が耳に残っていて、鮮明に覚えている。昨年2011年は、インドのアニッシュ•カプールの巨大なバルーン彫刻で、ボルタンスキーとは別の意味で内面的な生を感じさせる展示であった。(過去のモニュメンタ)

2012年5月18日〜6月21日という期間、6週間におよんでグランパレの占有権を得たのは、フランス人アーティスト、ダニエル•ビュランである。1960年代70年代、反芸術の運動でかなりラディカルに活動していたビュランへのフランス人の批評ははっきりしている。高く評価する者と反ビュランを訴える者。とはいえ、フランスを代表する国際的現代アーティストの、一貫した表現哲学には耳を傾けざるを得ない。

第一に « travail in situ » (現場での仕事)の重要性を主張する。パリのパレロワイヤルにも彫刻があるが、ストライプは彼の一貫したモチーフの一つだ。縞模様は幾何学的だ。そこにオリジナリティや差異化されたものが介在する余地はなく、とにかくストライプというパターンがそこにあるのみだ。彼がストライプを好んで用いてきたのは、作品自体が語る意味というものを限界まで消去し、作品がそれだけで意味をもたないことを鑑賞者に明確に意識させるためであった。環境において作品を作ること、空間との関係や時間、鑑賞者、光との関わり、それらすべてが彼の作品に絡めとられる要素と成る。

ビュランがグランパレを仕事の現場とする際、その環境を構成するのは言うまでもなく、その巨大な空間とガラス張りの天井から角度と彩度を変えながら差し込む太陽の光だ。2012年モニュメンタ•インタビューで、ビュラン自身、グランパレにおける展示の本質が「どのようにしてこの豊かな光を捉え、表現するか」であったと述べている。

驚くべきことだが、当初の計画では、この広大な敷地に、最も高い天井にあたる上の写真の部分に青のストライプを施す、という構想にとどまっていたらしい。この部分は普段トリコロールの国旗が風になびいているのがガラスを通してみることの出来る、グランパレの建築のなかでも最も美しい部分である。今回モニュメンタの会期中、フランス国旗はおろされ、かわりに青い円が描かれたモニュメンタ2012旗が空に向かって立てられている。

したがって、これら全ての光の森が構想されたのも、 »travail in situ » においてである。この光の森は、ビュランによってグランパレの光を効果的に捉えて、それを鑑賞者に還元するために生み出された。中に入ってみると、45mもあるはずの天井と広大な敷地はプラスチックの天井と所狭しと並べられた四角い柱によって分節化され、心地よい圧迫感と焦燥感に襲われる。

正面入り口の裏に位置する階段を上って、一度森を抜け、その全体と高い空を見上げた時にはじめて、その焦燥感がなんであったのかがわかる。そして、色彩の屋根の中に居たときにみていた光とまったく違う色の光が、そこに存在することに気がつく。

天井のガラスから差し込む光は、ビュランが意図したように、広い敷地の場所によって、時間によって、様々な表情を見せる。ときに重なり合って、ときに拡散して、ときに人々を巻き込んで、それでもビュランが意図した以上のことや意図しなかったことなどが今この瞬間にも起こっているのだと思うと、この森を抜け出せなくなる。

さて、会期中グランパレは眠らない。もとい、グランパレは深夜24時になるまで眠らない。夜のヴィジットはもう一つの作品鑑賞の視点だ。何よりも空いているし、ガラスがはっきりと鏡に成る。さらにグランパレの骨組みが緑色で塗られているのだが、この緑色と深い夜の空の色が、いつか童話で読んだようなヨーロッパの深い深い夜の森を彷彿とさせるのだ。魔女が出てきそうな、木々がざわめきあっていそうな、怖い森だ。

森は抜けることができる。なぜなら森には境界があるからだ。中心部には人々が集うことの出来るような円い鏡があり、座ったり、歩いたり、反射を利用して写真を撮ったり、ごろりと仰向けになって天井を見つめたり、色々なアプローチが許されているらしい。

そういえば、インタビューでビュランが面白いことを言っていた。「公共の空間」についての彼の考え方である。そもそも日本とフランス人の公共の場に対する感覚もかけ離れたものであるのだが、そのことについては後々くわしく考えてみたいのでスルーする。ビュランはグランパレを展示の場として与えられた際、グランパレという巨大な空間は、展示スペースというよりも、公共の場(place public)と思ったらしい。美術館というより路上に近い感覚、だからこそtravail in situである必要があるし、光や人々や音や温度といった環境全てがこの展示を形作る。

夜の森はライトアップのせいで過剰にはっきりとしてみえた。この夢みたいな明るい色はヘンゼルとグレーテルにでてくるお菓子の家の甘いあめ玉やカラフルな飾りみたいで、やっぱり少し不穏な感じがする。

あまりに不穏だったので、場違いなポーズをとってみた。しかし、コンテクストの無い場所で、「場違い」という事象自体がそもそもなりたたないということに、この写真を見て気がつく。この展示は、たしかにその展示物そのものからメッセージ性を読み取り、芸術について考えたり、人間の生について想いを馳せたりする類いのものではないのかもしれないと思う。カプールのように、人間の体内を思わせる生の営みとの関連付けや、ボルタンスキーが得意とする人々の記憶の集積から何かを語らせるような手法とは異なるアプローチである。

場違いなポーズをとってみているところ

果てしなく環境的だ。そう思う。流動的であり、形がないものなのだと思う。ビュランは、空間まかせ、観客まかせ、マテリアルまかせに、その表現を形作ることによって、頑固で柔軟性のかけらも無いスタンスでは決して実現できないようなものを形にすることができるアーティストなのだろう。

「現場での仕事だけがそこにある。この作品も、展覧会のために作って、展覧会が終わったらすべて壊して、ここには何も残らない。」(モニュメンタ•インタビューより)

06/6/12

日本記号学会 5月12,13日 神戸にて。part2

2012年5月13日(世間は日曜日)、この日の朝は早い。京大の加藤くんの発表が午前10時、9時半には機材チェックで集合。

この日一番ドキドキしたのは、個人発表のレジュメが足りなくなって、ファミリーマートに走った時だ。準備しているうちに、要旨に載せた作品分析の内容が思いっきりはみ出し、やむなく長々とレジュメに載せた部分があったし、心を込めて作ったレジュメでもあった。それに、せっかく日本で発表できる!!とワクワクやってきて、コピー代をケチってレジュメが足りないなんて、色々とおわってる(と思う)。せっかくファミマに行ったのに、ホワイトチョコ&クランベリークッキーを買い損ねたことには後悔の念が絶えない。

「なぜ人は外国のファッションに憧れるのか」は、二日目のシンポジウムのテーマである。コーディネートの高馬さんとは、スペインのコルーニャの学会で二人でフランス語で発表したという楽しい思い出がある。今回のシンポジウムでは、企画段階から当日まで、大変お世話になった。リトアニアからスカイプ電話をかけてくださったり、準備もとても楽しく勉強になった。いや、私なんかほとんど何も働けておらず、高馬さん、皆さんに感謝の気持ちでいっぱいである。

高馬さんがお話しされたエキゾチズムと未熟性への着目はとっても興味深い。西洋の日本のファッションへの憧れは、常にエキゾチズムの視点に立脚してきた。未熟性と無臭性を強調する日本のモードは、「アジアで最も西洋化した国」というアイデンティティーを西洋にもう一度突き返し、その価値を問う、盾であり矛であるのだ。

ジェシカさんの発表内容は、私自身もゴスロリとロリータカルチャーの海外輸出について色々調べたことがあるので、めずらしくちょこっと予備知識があった。だが、彼女の提示する視点は、さすが西欧の女性のものである。Yoji Yamamoto Comme des Garçons などの80年代以降パリのプレタ•ポルテで活躍したジャパンデザイナーが提案していた、クールでカッコいいファッションに憧れて日本にやってきた彼女が目にしたのが、少女というか人形というか子ども?!のようなフリフリ•ロリロリのスタイル。この流行を目に前にして、「日本のファッション界に騙された!!!」と思ったらしい。この発言はなかなかカッコいいなと惚れ惚れした。日本という国は、しばしば、小さくて美しい繊細な箱に入った、ノスタルジックなおとぎ話のように、ヨーロッパの人々に妄想されている。(日本人が、フランスに行けばマリー•アント•ワネットの世界が広がっていると妄想するように。) そう言われてみれば、Rei Kawakuboのギャルソンのスタイルは海外のアクティブで格好良くてオシャレなそしてやっぱりややギャルソンヌな女性に心から愛されているようだけれども、そのスタイルは、国内でティーンズやヤングのファッション雑誌のページの大部分を占めるような、いわゆる「はやりのスタイル」には成り得ない。ニッポンの女の子は、可愛くなきゃいかんらしい。

池田さんが見せてくださった映画の抜粋に登場する大正ゴスロリ少女は凄かった。少女というか、本来のゴシックの未亡人のようですらある。フリフリを軽く着こなすというのがいかに難しいかわかる。あまりに感動したので写真を撮った。

日本の映画に初登場のゴシックロリータ。

 

私自身は、「キャラ的身体とファッション」というテーマで、現代的なメディア環境に生きる中で、私たちのボディイメージとファッションへの感覚が変化しているのではないか、という話をした。アバターやアイコン、プロフィール写真で自分の顔を常に覆いながら、ネット上でのコミュニケーションに長い時間浸っていると、自分の生々しい肉体はほぼ意識の外に追放されて、二次元的のキャラ的イメージとして「わたし」を感覚してる状況に気がつく。このことが、テーマ「外国ファッションへの憧れ」にどうか関わるのかというと、つまり自分をキャラクター的に認識している身体意識は、リアルな外国人ボディを熱烈に目指していた身体意識とはまったく違うということを指摘した。

身体意識について、考え始めて久しい。そういえば以前は、身体イメージにより焦点を当てていた。このテーマについて語るとき、幾つか割り切れないエレメントがあって、それは、国(文化圏)と世代(年齢)だ。あまりに当たり前の要素で申し訳ないけれども、「キャラ的だよね!」なんて、一つのことを爽やかに言ってのけてみたいときに、これは大きなダメージを及ぼす。現象や文化はものすごく強烈に国や世代に結びつけられているとは言え、「キャラ的身体、なんて、日本社会内だけで通じる内輪ネタだよね!」とか、「二次元的に自己像を認識してるなんて、ネット世代だけでしょう」とかいう風に、希少動物保護地区に隔離されてしまうともう負けである。

いや、これはそもそも戦いではない。私たちがこれからすべきことは、国(文化圏)と世代(年齢)を越境できるちからをもった言葉で語ることだ。日本のネットが、日本のケータイが、日本のサブカルが、この先どこにも着地すること無く、ふわふわと漂って独自でガラパゴス的な伝説となるのなら、私たちはこれを語り、書き、残す必要は無い。少なくとも私はそんなことに興味がない。

学会の反省からやや脱線してしまった。だが、海外からの一部の視線によって形作られる、日本のファッションやアートに対するエキゾチズム風のちやほやモードの上で浮かれることなく、そんなものをむしろ突っ返すくらいパワーのある議論なり、書物なり、物語なりが、必要とされていると思うし、そういうものを発信していきたいと思う。

時間がほんとうにやばいと話をしているところ。室井先生有難うございました!!!