Gilles Ouaki « I lock you and more »/ジル•ウアキ 愛の南京錠を集めよ! @moretti & moretti

Exhibition « I lock you and more »
Guilles Ouaki
du 19 avril au 22 juin 2013
Gelerie moretti & moretti ( site of gallery here)
(artist HP here)

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われわれは、夢を見ない。あたかも繊細で非常に傷つきやすいフリをしているが、裏切られ驚かされても、深いところでは実は痛くも痒くももない。愛はデリケートで感傷的、多くの人の人生の中でとりわけ大切な主題である。人々は愛を得るために、そして、ひとたび得た愛をもう決して失わないために、じつに努力家である。ちぎりをむすぶ(精神的に、肉体的に、法的に、社会的に)、目印をつけてアイデンティファイ可能にする、最終的に戻るべき場所を約束する、あるいは、お互いがお互いからひと時も離れたり忘れたりできないようにつなぎ止めておく。「嫉妬」という感情は、対象は違うにせよ小さな子どもでも抱くことの出来るプリミティブな感情であるにもかかわらず、人の一生において多大なエネルギーと時間を費やす、いわゆる「愛」の領域を支配する最も中心的な感情である。嫉妬の物語は何を具体的に思い出すでも引用するでもなく、一様にして、愚かしく悲惨である。それをあたかもエレガントでロマンティックな衣を着せてお洒落に表現する事によって「素晴らしい作品」とか「人間の本質を巧みに絵が描き出した名作」などと崇められる場面に出会うたび、むしろ、生き物としての人間の限界にぶちあたってしまったようで、胸が悪くなってしまう。このよからぬ感情が制御を失って悲惨な結果を招くことを予め防ぐため人間が考えたのが数々の約束事だ。鍵と錠は、その愛の約束の忠誠さを象徴するモチーフを代表するものだ。鍵と錠によって愛がどこかへ行かないようにつなぎ止めようとする愚かしく愛らしい努力については以前、貞操帯とパリのポンデザール橋を飾る無数の「愛の南京錠」についてのエッセイでとりあげたことがある。この「愛の南京錠」について簡単に説明しておこう。パリにはポンデザールの他にもいくつか愛の錠を括り付けるのにゆかりの橋がある。この習わしは、有名な遺跡や観光名所に自分と恋人の名前を彫りつけたり、日本であれば縁結び神社に願掛けをしにいくようなものだ。このような名所はおそらく世界中にあるのだろう。さて、そのエッセイの冒頭はこのように始まる。

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 愛とは、しばしば、お互いのセックスに錠を掛け合うことである。(ここでいうセックスとは、性交渉だけでなく性器そのものや性的イヴェントなど、広義の性をさす。)愛と施錠の物語パリのセーヌ川に架かる橋、Pont des Arts(ポンデザール)には無数の南京錠が付けられている。(写真3) パリジャンのカップルも観光客も、愛する人とパリに来たならば、二人のイニシャル入りの南京錠(愛の南京錠/Cadenas d’amourと呼ばれる)をこの橋に括りつけ、しっかりと錠を閉めた後、その鍵を川に投げ捨てる。こうして、錠を解くことのできる唯一のアイテムである鍵は、世界から消え失せてしまった。二人の愛の証である南京錠は永遠に解錠されることはなく、パリのセーヌに存在しつづけるだろう、というとっても素敵な話だ。
 鍵は、様々なシチュエーションで、愛しあう恋人同士を象徴するモチーフとしてロマンティックにふるまい続けてきた。しかし、「愛しあうこと」のゲーム・ルール(règle de jeu)は、相手のセックスをお互いに施錠することである。ポンデザールを訪れる恋人たちがはにかんだ笑顔で遂行しているのは、相手の性交渉の決定権を所有し管理しあうための、あの恐ろしい貞操帯の施錠の儀式と本質的に変わりない。人々は、こうやって錠をして、その鍵を破棄することによって、永遠の誓いの成立に安堵する。(…)
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批評誌『有毒女子通信』第10号 特集「ところで、愛はあるのか?」連載 《小さな幸福をめぐる物語》―第一話 「愛と施錠の物語」より。フランス語版全文はこちら)

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« I lock you and more » 展のアーティストGuilles Ouakiは、恋人たちが心と願いをこめて括り付けた愛の錠をこっそりもぎ取ってコレクションし、それを自分の作品として販売/発表しているアーティストだ。実は、あまり公に知られていないことだが(隠してもいないとは思うが)、パリ市は定期的にこのcadenas d’amourを掃除していて、一定量(景観として美しいと見なさす事の出来る錠の量)を越えた錠は、錠切りの悪魔の道具により、いとも簡単に切り取られて捨てられる。Gilles Ouakiそのパリ市による清掃の直前にいつも愛の錠コレクションを探しにやってくる。どうせ清掃が来たら無作為にもぎ取られてしまうので、Gillesは念入りにお気に入りの素敵な愛の錠を選ぶ。素敵なデザインの錠、メッセージが掘られている錠、愛の深い事がそこから伝わってくる特別な錠…。彼はその錠を様々な方法で作品化する。このオブジェの一つ一つは、重たい。重たいというべきか、しつこいというべきか不吉というべきか。壊された錠のおのおのには個別の恋人たちの物語が託され、その臭いがぷんぷんする。切られた錠はもう二度と閉じない輪を描いており、無造作に行われた切断や、その痛々しい切り口と対照的に名前や絵が描かれた部分などを併せ持ち、不穏な存在である。

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大判のオリジナルプリントの裏側には、大きく引き延ばされた写真に写っているものと同じ南京錠(実物)が留められている。この作品を購入するということは、どこの恋人のものかも知らぬ愛の南京錠(しかも破壊されてしまった)の運命を請け負ってやることだ。持ち主の恋人たちがどんなカップルなのか、どんな顔でどのくらい愛し合っていて、今現在どこにいるかなどということに想いを寄せることもあるかもしれない。さらには、ある時アーティストがとりわけ目的も使い道の見通しもなく手に入れた生地サンプルのカタログのページに、その生地の色や質感にマッチする錠を一つないしふたつ選び、貼付けたアサンブラージュの作品群。このように額に入れて作品化されると、なるほど、Gillesに選びとられることがなければパリ市の清掃員によってゴミとして回収されて一瞥すらされることなく廃棄されたのに、チャンスを得て芸術作品として救われた幸運な南京錠たちだ、と思うかもしれない。そもそも南京錠は鍵を廃棄することによって恋人たちの永遠の契りの象徴となり得たにも関わらず、いとも簡単に切断され、誰かのオフィスや家の壁に飾られる運命かもしれないのだ。

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私はこの愛の南京錠を馬鹿にしているわけでも嫌っているわけでもない。こんなエッセイを書くくらいだから、むしろ気になっている。しかし、なぜ愛し合う感情の継続のため橋に錠を結びつけるのかという問題が脳裏をかすめる。愛する気持ちのモチベーションは、ここにおいて内部充溢しておらず、その外側のもっと大きなものに頼ろうとしている。明日には変わってしまうかもしれない燃え上がった気持ちやいずれ果ててしまう命よりもずっと確からしくて不朽のもの。実は、愛する事に限らず、人々の活動はこのような外在する動機づけで満ちているとすら言える。それがたとえ非常にナイーブに行われていたとしても、いかに愚かしく見えても、それは依然としてひとの本質のかけらである。この展覧会 »I lock you and more. »は、愛の南京錠を破壊を見せながら、ひとびとの根拠なき安堵を打ち砕き、それは確かに少しだけ気持ちいい。

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