大谷悠:ソロ・ウエディング, Solo Wedding: HARU OTANI / 「独り挙式の意味と無意味」 

「独り挙式の意味と無意味」

Solo Wedding
結婚はしていません。
したこともないし、する予定もありません。
それでも無関心でいられないのはなぜなのか。

ウエディングドレス屋のショーウインドウにヘレン・ケラーの無数の指紋(穂村弘)

考えながらブルーになってきたとき、そのブルーをこの短歌に肯定された気がして、自分でやってしまおうと思いました。
王子様を待ってない。
結婚したら負けだとも思ってない。
どちらにせよ、私はソロで、ここにいる。
(大谷悠)

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2014年11月26日、パリの北郊外はサン・ドニ、パリ第8大学までお越し頂いて、大谷悠さんに作品 »Solo Wedding« を披露していただいた。公演が行なわれたのは、私の教えている »Exposition de soi »(自己表象)の講義内であったが、宣伝内容をご存知の方もいらっしゃるように(salon de mimi past article)、講義受講者に限らず、一般の方、学外の方にも一部お越し頂くことが出来たのは幸いであった。この場をおかりし、本公演のために遠方までお越し頂いた方々に感謝の意を表したい。

Photo par Manon Giacone

Photo par Manon Giacone

さて、Solo Weddingは、コンテンポラリー・ダンサーの大谷悠さんの自作自演の作品で、かの著名な結婚行進曲(メンデルスゾーン)に乗り、ウェディングドレス風の白い衣装を纏った大谷が踊るソロダンス作品である。2014年に構想されたばかりの本作品は、国内の発表会で初演され、フランスのパリ第8大学造形芸術学部の学生達に向けての公演は二度目の発表となった。すでにこの作品はつい12月22日に京都大学にて吉岡洋さんのオーガナイズしたエルキ・フータモさんの特殊講義後、三度目の公演が行なわれ、さらには明日、横浜での公演も予定されていると言う。極寒の中薄っぺらいウエディングドレスで舞う花嫁の姿は、冬が深まるほどにそのソロ感を増すのではないかと想像し、思わず楽しくなってしまう。

Photo par Manon Giacone

Photo par Manon Giacone

パリ公演が行われたのは、大学正門から造形芸術学部の建物入り口に進む手前の広い吹き抜けの空間で、真っ白な壁にガラス張りの明るい素敵な〈隙間〉である。大谷からこっそり届いた練習ヴィデオと衣装写真を目にし、即座に目星を付けていた場所。此処でないと嫌というほどイメージにぴったりだった。通りすがりの学生や職員もつい足を止める。視線の先には、真っ白なドレスとスニーカーの黒い短髪の花嫁。音楽が鳴る。1980年よりヴァンセンヌに移転してから一貫して若い表現者の自由を擁護してきたパリ第8大学だからこそできる公認のゲリラ公演。若い観客は、初めての海外公演に望む踊り手の熱意に敬意を払う。真剣なまなざしがこの異名のダンス〈Solo Wedding〉に注がれた。

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大谷悠は、幼少よりバレエ、ジャズ、タップ、コンテンポラリーと様々なダンスを学び、在学中より自身で振り付けも行なってきた。写真家として活動する傍ら、演劇作品にも参加している。大谷の表現は、時に象徴的で、時に概念的であるのだが、彼女の表現にしばしば見いだされる「自然の流れを自ら遮断するもの」の存在は、作品全体の中にある種の抵抗と予定調和しない意味を創り出すす。一貫した「意味」をなし崩しに理解されることを拒み、それなのに、なおも寄り添って共に考えるように我々を繋ぎ留めるつよい意志が伝わってくる。

Solo Weddingは、孤高の花嫁が、自らの憂いを誰に訴えるというのでもなく淡々と独白する作品である。作品中には明白な孤独の描写、つまり、花婿の不在や、不在を補完する花嫁自身の花婿化の動作が表されるが、それらは全体として、世界の中の孤独という直接感情からは遠く距離をとる花嫁の夢幻の遊びの中に収斂されてしまっている。無邪気に遊ぶ花嫁は、時々現実世界に引き戻されそうになりながらも、やはり象徴的な宙空を彷徨う。

独り挙式の意味を読み取ろうとすること、あるいはその無意味を受け入れること。
二つのチャレンジに大きな違いはなく、いずれの出会いを選ぼうとも、花嫁は我々にたたみかけ、そして遠ざかるだろう。我々もまた、問いながら遊びに没頭すればいいのだろうか?

それは花嫁に出会ってから考えても良い。

*** 作品 »Solo Wedding »をCourt-métrage作品にする予定で、悠さんと撮影に行きました。完成をお楽しみにー!photo

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