11/12/15

À propos du paysage primitif

私が生まれ育ったのは、超住宅街で時々空き地くらいあるけれども割合都会らしき場所で、見渡すまでの果てしない向日葵畑が広がる景色とか、土のにおいのする野菜に触れることとか、真っすぐに続く田舎道を走行し続ける感覚とか、そんなものはまったく「原風景」ではないはずなのである。見たことのないものや大人になってから初めて見たものすらを「懐かしい」と感ずるとき、言うまでもなく、これまで読んだ全てのものや「観た」ものの影響を鑑みるが、それでもなおクリアーにならないこともあり、そんな時はあたかもある種普遍な原風景の存在をうたがうのであるが、真偽を知る以前に、もしも存在する原風景らしきものを思い浮かべることが素敵であり、人は不明瞭な記憶に基づいたとしても幸福を享受できることを知る。

09/22/15

考えを述べる人の勇気を 浅はかだと嘲笑するのを止め 勇気づけることはできないだろうか。

私たちは、

他の人にどう思われるかとか、
他の人に迷惑がかかってしまうとか、
他の人はどう考えているのかとか、
他の人はどうすれば嬉しいのかとか、
私はヘンじゃないだろうかとか、
私の言ってることはマズくないかとか、
私は誰かから批判されないだろうかとか、
私のせいで家族が悪く言われないかとか、
会社に知られたら良くないだろうかとか、
学校では隠しておいたほうがいいのかとか、
就職に悪影響を及ぼさないかとか、
昇進に不利に働くことはないだろうかとか、

色々と気を配るデリケートな人民であり、
つい「そんな恐ろしい目に遭うくらいなら」
つい「そんな面倒なことになるくらいなら」
押し黙り、流れに身を任せてしまう
こころ優しい人民であるからこそ

敢えて何かを言おうとしている
無理をして声をあげ意見を述べようとしている
慣れない憤りなんかを露にしている
たとえ不自然でもポジティブシンキングを訴える
不安に耐えて思うことを伝える
人々をあざけることの無いように。

何も知らずに馬鹿なことを。
勉強して出直してこい。
まったく的を射ていない、浅はかな考え。
ああいうやり方は好きじゃない。

写真が晒されて誰か分かるよ。
あとでいろいろマズイんじゃない。

そうやって、口を噤ませて、
あとは雪崩のように、流れる川のように、
みんなで「歴史は繰り返す」を実感するのですか。

私たちはやはり民族として、
連帯しやすく相互監視をしやすい性質を持っている。
そのことは、良きも悪きも本当である。

そもそも確認しておかねばならないことは、
もちろん、主張する人は謙虚に学ぶべきである
ただし、誰もが一夜にして専門家になれはしない
門外漢が発言してはならないのか
だとすればそれは民主主義ではない

民主主義とは、
ーこれは民主主義のディレンマをまことに現しているだろうー
専門家ではないわたくしと、
専門家であり深い考えをお持ちのあなたとが、
同じ一票をもっているということなのである。

私は、我々の持つ性質である、
ーそれは良く機能することも悪く働くこともあるー
相互監視の末、発言する人をはじき出してしまう
そんなことは真面目に少し怖いのである。

何はともあれ、考えを述べるのは良いと、
黙ってムッツリしている人々よりも
あの子は発言するから少しは良いと
言おうじゃないか。

情報統制も 検閲も 非民主主義的諸処の出来事も
現実です、噂じゃなく、無視できないことです。

人類は繰り返すというのは歴史上真なのだが
歴史を知る我々が敢えて繰り返すのを避けられるのに
それを避けることを人々は「反省」と呼び
歴史を学ぶ意義であると認識してきました。

考えを述べる人の勇気を
浅はかだと嘲笑するのを止め
勇気づけることはできないだろうか。

09/21/15

BEACON 2015 Look Up! みあげてごらん, 空を仰ぐことの意味

9月13日、岐阜県美術館で開催中の「BEACON 2015」を体験してきました。BEACONは、1999年より断続的に名古屋や京都など、全国で発表・展示されている、映像・音響・理論・美術がひとつとなった作品である。伊藤高志さんの映像、稲垣貴士さんの音、吉岡洋さんのテキスト、小杉美穂子さん・安藤泰彦さん(KOSUGI+ANDO)が担当する美術が相互に影響し合って作り上げられた作品は、回転台の上で撮影された様々な土地の日常風景が展覧会場において同じく回転台の上で投影されるという形態を撮っている。

BEACONはいつも、人間の記憶に関わってきた。それはメディア環境における人間の記憶の問題であったり、日常を生きる我々の記憶の蓄積の比喩としてぐるりと連続する風景を回転台の上で投影することであったり。そこには人々の風景があり、声が聴こえ、光とオブジェがあり、今ここに居ないがいつか出会った人々の痕跡がある。

年のBEACON 2014は展示空間の特殊性が作品に極めて強くコミットしていた。東京都台東区の葬儀場を展示空間とする異例の作品展示、BEACON 2014は »memento »の副題がつけられ、インパクトある形で人間の生死を主題としていた。

今回のBEACON 2015は第7回目の作品発表となるそうだ。副題は »Look Up! みあげてごらん »。
作品中に登場する映像では、美術館のある岐阜、沖縄、福島の「日常風景」が回転しながら投影される。

« Look Up! みあげてごらん »、展覧会のチラシにも掲載された吉岡洋さんのテクストの中で、「みあげる」行為は以下のように説明される。

人はそもそも、どんなときに空を見上げるのだろうか?
 それはたとえば、この世の煩いから離れたいときであり、遠い存在に思いを馳せるときかもしれない。
 またそれは、希望を持とうとするとき、あるいは反対に、絶望したときであるかもしれない(見上げるという行為において、希望と絶望とはつながっている)。
 さらには乗り越えがたい障壁によって、突然行く手を阻まれたとき。それはつまり、自分は今まで閉じ込められていたのだと、知ったときだ。

ここには、みあげる行為の意味が明らかにされるだけでなく、なぜ混在する沖縄と福島と岐阜の日常風景を追体験するこのBEACON 2015という作品が「みあげてごらん」なのか、さらには、なぜBEACONがこんなにも直接的にフクシマの風景や沖縄の風景といったクリティカルな問題を映し出すにもかかわらず、そこに恣意的な声を潜ませることなく淡淡と回転台のプロジェクタが投影するイメージを届けるのか。

みあげることは単純な希望の象徴ではない。人は、絶望したときも空を仰ぐ。そこにはなるほど、「いま、ここ」の限界を痛いほど認識する「わたし」がいるが、そんなものは世界にありふれたことかもしれないし、また明日別の状況に出会うことかもしれないし、「わたし」を今たまたま取り囲んでいるその偶然に満ちた環境によってこれまた偶然にでっちあげられたハリボテみたいなドラマセットに過ぎないのかもしれない。そんなふうに、みあげることは切り離すことであり、あるいは繋がることである。

みあげることは、ある意味で孤独であり、ある意味で本質的に力強い。それは、頼りない表面的な結びつきとか駆け引きなんかに基づく脆弱な人間関係ではなくて、困難に打ち拉がれ途方に暮れて空を仰いだところからのインディペンデントな連帯だからである。

Look Up ! みあげてごらん。
この作品は10月12日まで見られます、そこで福島と沖縄と岐阜の日常を見ることは、いまここを断絶し連携し、今日の私たちの状況について考えに至るキッカケにもなると思う。

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08/17/15

完全なコンポジション 広さ / La composition absolue et la spatialité

とりわけ田舎暮らしを経験したこともないし、生まれ育ったのが自然環境が殊のほか豊かな地であったということもない。ただし、思うなら、広かったことは確かだ。
広かった。
広いというのは、向こう側が行き止りであるということが、たとえ本当はそうであったとしても、そのことに気がつかないほどに遠くまで見渡すことのできるような場所である。
どこを見ても視線が壁にぶつかるとか、外を見れば全ての辺がすぐに別の生活者の窓にぶちあたるとか、上も下も詰まっているとか、風がぐるぐる渦巻いてすぐにこちらに戻ってきてしまう感じとか。そういったことに、人はおそらく何十年経っても慣れることが出来ない。

アスパラ畑があり、アスパラは大きくなりすぎると実をつけて、木のようにニョキニョキ伸びていく様子とか、暑すぎもしないのに近くの木に止まった蝉が大きく鳴こうとしている気配とか、小さかったり、虫や鳥たちが味見したトウモロコシを包み込む葉やらひげやらを剥くのが度胸がいるのとか、ニラとタマネギの見分けがはっきりついたりつかなかったり、豆のツルがすばらしく巻き付いて横やら上やらに進んでいこうとする執拗な生命力をながめたり、奔放なきゅうりと鮮やかなナス、どうしてそんなに重い実に耐えることにしたのか茎の細胞の一つ一つの壁のかたさと耐え忍ぶ意志をかんじられるトマトの群。

あの畑のことを、いつか例えば簡単な数式とかシンプルな漢字の形とか行なってきた活動や出会ったことのある誰かを忘れるとしても、畑の土のすこし乾燥した粒のことや、トウモロコシの葉脈のこと、大根の葉が密集している緑色の表面のこと、すこしジャガイモが見えている部分が光合成を始めてしまっているなと思ったことなどを、忘れてしまったりしない。

あの畑はもうない。

実家では数年前から小さな家庭菜園で野菜を育てている。何度か食べた、ここのトマトはとても美味しい。野菜の味はこうやって育てたものでないとほんとうのことをいうと、何を食べているのか思考停止状態になる。味のしない野菜は、味のしないのでなく、どうやって育ったのか食べる私が理解できないためにあるいはそのことなどを身体的に受け入れることのできないために、有効な食物として摂取することができない。とはいえ世界の食べ物工場はいまや大規模なシステムとしてすばらしく機能していて世界の人間を養おうとしているのだから、そういやって私たちは日々土をいじることに膨大な時間を割くことなく、本を読んだり、テレビを見たり、その他の労働をしたりすることができる。

農業もまた、食肉のための動物を大量生産するのと同様に非自然的なことである。植物がクローンであっても品質改良されても、「麦が六倍体にされてかわいそう」と泣き叫ぶ人がおらないので、大麦やら大きな野菜の便利な恩恵を享受している。これも大きなシステムであり、便利で効率がよいことを断念すると、わたしたちは、別の人間とおしゃべりをする時間も、明日着る服のことを考えるひまもなくなってしまう。

真っ赤なトマトと棘の影まで鮮やかなきゅうり、アントシアニンの弾けそうなほどまぶしいナスのコンポジションが世の中にありうるもっとも美しいイメージのように感じられた。小さな実家の家庭菜園で育った野菜だそうである。

美味しいそうだねというと美味しいよと母がこたえる。

実家の野菜

08/14/15

La paix souffre d’une remède dérogeant la Constitution: Manga de Shiriagari Kotobuki/ 平和(ひらかず)さん、70歳の談話

le lien officiel du manga se trouve : http://politas.jp/features/8/article/427

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pour la suite : http://politas.jp/features/8/article/427

Ce manga réalisé par un auteur manga-ka Shiriagari Kotobuki parle d’une situation difficile d’aujourd’hui à propos de la PAIX de son pays le Japon qui dure quand même 70 ans depuis le 15 août 1945. Le personnage qui s’appelle Hirakazu (comme un prénom mais en fait c’est une autre façon de lire les kanjis signifiant la paix, heiwa, en japonais), âgé, un peu fatigué, souffre des nouvelles lois risquant la paix du pays. Il refuse de prendre un médicament proposé par une fillette, un remède appelé « anpo-nantoka » C’est bien sûr une métaphore des lois de sécurité qui ne respectent pas la Constitution, notamment son fameux 9ème chapitre.
Aujourd’hui le 15 août 2015, nous les Japonais, donc fêtons le 70ème anniversaire de ce personnage important « Hirakazu », c’est-à-dire, la paix (heiwa) de notre pays tout en souhaitant que ça dure.

l’auteur de ce manga Shiriagari Kotobuki a son blog et le compte de Twitter :
http://www.saruhage.com/blog/index.html
https://twitter.com/shillyxkotobuki

08/5/15

発症前と発症後の治療ー傷を負った軍人の職業移行と戦争に行かないこと

ちかごろ、医療のことについて考えることがあり、とりわけ、いわゆる「治療」と「発症前の治療」について考えている。
お腹が痛くなって初めてお腹の存在に気がつく、とは良く言ったもので、なるほど調子がよいとき人は身体のことを考えない。
フランス語に »soin »という言い方があって、たとえば、「お大事に」(« Prenez soin de vous »)とか、「だれかの面倒をみる」(« prendre des soins de qq’un »)とか、つまり、世話や気配りのことを指すこともあれば、「美容」(« Soin de beauté »)だとか「医療行為」(« soins médicaux »)など、医療の分野で治療という意味でも用いる。
« Soins »はすなわち、なるべくよい状態のために気を配る、という意味なのだが、それは何らかの徴候が出た後に施すのが治療であり、そうなる以前に未然に防ぐために行なうのが気配りであったり世話であったりすると言える。

身体のことを話せば、いつしかは綻びて、さまざまな器官も少しずつ機能が果たせなくなって行く人間の運命みたいなところはある。もちろん、200年生きる個体は今のところいないし、80年くらい経つと個体差はあれどもさまざまな機能の不調が目立ってくる。生活における身体に良いことや悪いことは、なるほど情報が錯綜していて、気にし過ぎたなら脅迫的ですらある。現在は、生物学と医学の交差点における研究も進んで、遺伝子分析によって病の発症前にそれらを未然に防ぐという画期的とも言える解決策が打ち出されてもいる。いつしか遺伝子にマークされた将来の病の発症をある程度明確に分析し、事前に対策することが可能なとき、我々は単に、老衰によってのみ死を迎えるのだろうか。

この、「発症後の治療」と「発症前の治療」というふたつのアイディアは重要である。

実は今日、もう一点考えざるを得なかったメディアの報道があり、それは、アフガニスタンに派遣されて身体的・精神的に厳しい傷を負ったベテラン(アメリカ兵)の転職のことだ。軍人としてもはや働くことの出来ない肉体的・精神的な傷を負ったベテランは、専門の施設において、新たな人生を歩むための職業訓練と社会生活の訓練を受ける。たとえば、料理を学びシェフになるとか、軍隊での規律とは全くべつの「ふつうの生活」のため、社会とのコンタクトの仕方を習得することができる訓練を受ける専門施設に滞在する。精神を病み、あるいは手足を失い、ハンディを背負った絶望や殺戮の罪悪感から自殺する者も数多い。

施設には、心理カウンセラーや精神科医、多数の精鋭の専門家がいて、傷ついた彼らをケアするのだ。セラピー、治療、訓練、transition(移行)。

必要なことである。彼らが生き直すために。

だが、なぜ生き直さなければならないのだろうか? 「発症後の治療」と「発症前の治療」があるといったのは、この問題について言えば、つまり、傷を負ったベテランを国を挙げてケアするのは国の責任であり、そのためには最大の »soins »を尽くすというわけだ。

だが、だれも「そもそも、傷を負わなければよかった」とは言わない。

何年も、何十年もたってすら、悪夢にうなされて一生を苦しむ、彼らのその経験がなければよかったと、なぜ言わないのか。既に傷を負った彼らを慰めるのは良い。だが、これから生み出される次のベテランを、生み出す必要がないと、言っても構わないのではないか。

身体を壊して、それを治療することは、素晴らしいことであるし、そのことは多くの人を助ける。

そのことをじゅうぶんに認めるとともに、それでもなお、発症の前の »soins »がたいせつであると、思ってやまないのだ。

07/21/15

N’a-t-on pas peur des feux d’artifice ?

Feu d’artifice
N’a-t-on pas peur des feux d’artifice ?
Moi, j’ai peur. Je trouve ça violent.
Oui, c’est artistique, coloré et même très sophistiqué.
Avec beaucoup de couleurs, techniques incroyables, tout en s’évoluant avec nouvelles technologiques.
Il me semble que c’est le bruit qui me gêne.
C’est un genre de bruits que je ne supporte pas.
C’est une explosion ou des bombardements, qui pourra être à l’aise dans cette ambiance ?
Personne.
Ceux qui n’ont pas peur de feux d’artifice ne sont-ils pas gênés ?
Si, ils sont gênés.
En réalité, ils sont stimulés.
C’est la raison pour laquelle on apprécie des feux d’artifice lors de tels événements.
Dans le monde partout.
Feu d’artifice, c’est une bombe métaphorique.

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06/15/15

AYAKOさんの「パリの朝 〜 エールフランスのパンと一期一会」と親切を申し出ること

次の文章は、パリ在住の画家のAYAKOさんが6月5日にご自身のフェイスブックに載せていらっしゃった記事をご本人の許可を得て転載させていただいたものです。
***

「パリの朝 〜 エールフランスのパンと一期一会」

エールフランスでフランス人の乗務員に「明日の朝のために、少しパンを分けてくださいませんか。夕方ブランジェリーに行けないの。」とおねがいしたら、「近所にパン屋さん、ないの?」と聞かれた。
「私、目が見えないので、夕方買い物するのはちょっと無理なんだ。」と答えると、乗務員は私が目が見えないことに気づいておらず、少し驚いたようだった。離陸のとき、杖をたたんでくださいと言われて、しまっておいたから。

その乗務員がエレガントで親切で、親しみ深く、朗らかだったこと。間食にお菓子をたっぷり持って来てくださったりと、サンパティックだった。彼女がなぜ、私が失明者だと知らなかったのかというと、もともと私のシートは、日本人の乗務員の仕事のエリアだったためだ。その日本人の乗務員も既に充分に親切にしてくれていた。話したところ、私の友達の乗務員の知り合いだし、とてもリラックスしてた。

少しして、フランス人の乗務員が、余った小さなフランスパンを袋に入れて私に下さった。チーズやバターも入れてくださったとのこと。後でその日本人乗務員に、彼女の親切を伝えると、チーフパーサーなのだという。飛行中は、ファーストクラスやビジネスクラスの仕事で忙しいはず。ホスピタリティーを全ての人に分け隔てない、そのスピリットはすばらしく、素敵である。

飛行機は無事着陸する。今度はフランス人のアシスタントの手引きでトランクを取りに行き、出口に向かう。
私のトランクは年季が入りすぎて、ほとんど壊れかけているのですぐわかる。空港出口で、前もって予約していた乗り合いタクシーの運転手をさがす。家の前の通りに着いたら運転手がドアのところまで荷物を運んでくれる。住民に見つけられ、トランクをエレベーターに乗せてもらう。1996年から住んでいるアパート。小さなアトリエ。

翌朝、もらったフランスパンがひとつずつティッシュに包まれているのに気づく。そのチーフパーサーはめったに日本行きには乗らないのだと言っていた。パンに霧吹きで少し水分を含ませてオーブンで焼きながら、見えぬ一期一会を感じる。

***
他者に親切にすること、あるいは親切を申し出ることについて、時々思うことがあります。レベルの違う話や時と場合によること、一概に言うことが出来ないトピックでもあります。私はお祖母さんが大きな荷物を引きずって歩いていたり階段を登れずにいたら声をかけます。私自身が大きなスーツケースを持って、エスカレータのない駅で立ち往生してしまった時、大抵誰かが助けてくれます。それは男の人が軽々とスーツケースを持ち上げてくれることもあるし、女の人が声をかけてくれ、一緒に運んでくれるときもあります。言うまでもないことですが、基本的に独りで移動できない荷物は持ってはならないのが鉄則なので独りでも切り抜けることは勿論可能なのですが、手伝ってもらえば肉体的にとても助かるのは言うまでもありません。無論いつでも人を助けることが出来る訳でなく、自分がとても具合の悪いときなど、急いでいるときなど、どうしても出来ないこともあるのは事実です。

あるとき日本に帰国して、時々はエスカレータのない長い長い階段を30キロ近いスーツケースを持って一段一段上がっていると、ジロジロ見られるのですが、お願いしない限り相手のほうから声をかけてくれるということはないことに気がつきました。お願いすると、迷惑そうな顔をされたり、無視されたことももちろんありますが、手伝ってくれることもあります。どうして声をかけないの? と知人に訊ねてみたことがあります。すると、男性が女性に声をかけたり、手伝いを申し出ると不審に思われたり、警戒されたりしてしまうから、そういった反応を受けるのが嫌だから、困っていそうだとしても他者には話しかけないのだ、と。

文化的な違いは勿論大きい。パン屋でもレストランでも展覧会でもわりとそこら中話しかけるフランスと、店や飲食店は愚か、マンションのエレベータで隣人と出会っても会話をしない日本では、親切を申し出るためのハードルが全然違うのかもしれない。

そうはいっても、誰かにとってとてもたいへんなことは、別の誰かにとって全く簡単であることもあるし、独りで引きずるとしんどい荷物は、二人で持てば軽いかもしれないのだから、やはり残念なことだなあと思う。

AYAKOさんのお話では、最近では日本でも親切を申し出る人が多くなってきたというお話もお聴きした。親切を申し出て、その人が必要じゃないならそれで別にいいじゃないか。それを必要としている人のたいへんさが、時々は物凄く助かったりすれば、それでいいじゃないか。そう思う。自分が少し元気で究極に急いでいないとき、親切を申し出ることは、とてもよいことだとおもう。それが例え、迷惑だ、と投げ捨てられても、時々は、ありがとう、と言われることがあるかもしれないから。
takashi voyage paris 17

03/19/15

表現の自由のこと: Steven Cohen, COQ (2013) /スティーヴン・コーヘン「ニワトリ」

表現の自由のこと

2015年1月7日のシャルリー・エブド襲撃事件があってから、フランスはもちろん、世界中で今一度、表現の自由のことを多くの人が語るようになった。だがそれは、いわば、世界単位でシャッターがきられた瞬間に過ぎず、たとえば日本では、検閲や思想統制の危機に直面して、あるいは憲法改善の危機や個人の表現の自由を脅かす様々な法令の制定の危機に直面して、2015年1月7日以前にすでに、今と変わらない危機感が既にあった。思想や文筆の領域はもちろん、現代アートの領域にも、表現者を見せしめにするような象徴的な事件があった。たとえば、釈放されては再逮捕される、ろくでなしこさんの女性器3Dデータに関する問題は、法に触れるという明確な理由があったとしても、その周辺に存在するより商業的なポルノグラフィティの問題や、男性器に関する同質の行為は果たして同等に制裁をうけているのか、といった疑問をぬぐい去ることができない。また、昨年、愛知県立美術館の「これからの写真展」で鷹野隆大さんの写真作品が男性器を露にしているという理由で、わいせつ物として撤去を指示された問題も、今日のヴィジュアル・アートを俯瞰したならば、一瞬にして、ナンセンスな事件であったというしかない。ただし、「ナンセンスな事件」がもっともらしく、あるいは威圧的にまかり通り、人々がそれに従順にならざるをえないという状況こそが、もっともナンセンスであり、しかも、深刻な破綻を意味している。アートの空間は、美術館であれ、一時的に設定されたスペースであれ、そこに非常事態を抱え込む覚悟をしなくてはならない。アートの出来事は一種の非常事態にほかならないからだ。それは、アートが存在する理由にも、アートの存在する意味にも関わる。

何も覚悟することなく、人を驚かすつもりもなく、あるいは人々が驚いてしまったときに即座に「今のは噓でした!」と言ってしまうような表現が、我々に何かを残すだろうか。我々の何かを与えるだろうか。

このエッセイで書くのは、Steven Cohenという作家のパフォーマンス作品、COQのことだ。本作品は、前回のエッセイ、MAC VALの展覧会《Chercher le garçon》(Link : Last article)において現行展示中の作品だ。作者であるスティーヴン・コーヘン(Steven Cohen)は1982年に南アフリカ生まれた。アフリカ出身、ホモセクシュアル、ドラグクイーンとしてパリに暮す。2013年に、「人権広場」(エッフェル塔を見るための観光客があつまるシャイヨー宮殿)にて、自分のペニスにリボンを結び、そのリボンのもう一端にニワトリを繋いで、15センチあるいは20センチほどあろうというハイヒール、下半身をほぼ露出したコスチューム、ニワトリを思わせる羽飾りを纏って優雅に舞うというパフォーマンスを行なった。始終はヴィデオに収められており、その奇異な外観ーリボンを巻いた性器を露出し、ニワトリを引き連れているーにも関わらず、人権広場の観光客たちはさほど動揺した様子はない。スティーヴン・コーヘンは、パフォーマンスを続け、青空の中にそびえるエッフェル塔を背に、鳥の羽根のシルエットが美しいコスチュームで舞う。アーティストはフランス国家「ラ・マルセイエーズ」(La Marseillaise)を歌い続ける。飛べないニワトリはときどき一メートル程の高さより羽ばたいては歩き、スティーヴン・コーヘンは始終このニワトリを真のパートナーあるいは分身のように大切に扱う。程無く、警備の男が近寄る。数分の後、二人の警官がスティーヴン・コーヘンを囲み、壁際に連行する。アーティストは激しくは抵抗しないもののニワトリを守ろうと抱きかかえる。さて、この広場は先に書いたように1948年以降「人権広場」と呼ばれている。それは、1948年の世界人権宣言を採択した国際連合の総会が、このシャイヨー宮殿で行なわれたからだ。全ての人々は平等である、つまり、それがアフリカンでもホモセクシュアルでも、どの宗教を信仰していようと変わらず平等である、そして宣言によれば皆表現の自由を有する。スティーヴン・コーヘンの実験は、彼が警官に捉えられるという形で幕を下ろし、この作品は長い間訴訟によって公開も叶わなかった。
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スティーヴン・コーヘンの奇妙な行為をよりよくわかるために幾つかの情報を書き加えておきたい。

(I)
まず、なぜニワトリなのか。

ニワトリは、フランスの象徴の鳥だったのである。つまり政治的・国民的エンブレムを担っていた。中世より使用され始め、ルネッサンス期以降フランスの国王の象徴、とりわけヴァロワ朝とブルボン朝の時代、国王はしばしば肖像画にニワトリを伴ったり、銀貨にニワトリが描かれたりした。ナポレオンが « Le coq n’a point de force, il ne peut être l’image d’un empire tel que la France ».(ニワトリなんかダメだ!強い鷲にしよう!)といって国鳥を鷲にしてしまうまではニワトリこそフランスを象徴する鳥だった。つまり、元フランスを象徴する鳥であるニワトリを、性的被差別者であるペニスに結びつけたリボンによって引き連れることの比喩的意味が明らかになるだろう。

Coq gaulois, monument dédié aux Girondins, Esplanade des Quinconces, Bordeaux

Coq gaulois, monument dédié aux Girondins, Esplanade des Quinconces, Bordeaux

Écu constitutionnel, 1792

Écu constitutionnel, 1792

(II)
つぎに、世界人権宣言採択の現場であるシャイヨー宮殿をパフォーマンスの場として選択する意味についてである。シャイヨー宮殿は、世界中からエッフェル塔の名写真を撮影するために観光客や写真家がおとずれるほど、フランスのイメージのひとつであるエッフェル塔が最も美しく俯瞰できる場所として知られている。おそらくその強烈なシチュエーションからか、1940年6月にナチスドイツの侵攻によって陥落したパリを、ヒトラーが訪れ、ここでエッフェル塔を背景に撮影した写真が有名である。したがって、この場所は、ナチスドイツによって陥落したパリと、世界人権宣言が採択された人権擁護の象徴としてのパリと、今日のフランスのあらゆるイメージを背負ったモニュメント「エッフェル塔」が見える場所、という三重の意味を担うのだ。スティーヴン・コーヘンがこの場所を選択し、警官に連行されることも戦略的計算に入れた上で、エッフェル塔を背景にパフォーマンスを行なった意味もこれで明らかになるだろう。

Paris, Eifelturm, Besuch Adolf Hitler

(III)
ちなみに、パフォーマンス中、アーティストが口ずさんでいたフランス国家「ラ・マルセイエーズ」は、フランス革命の際にマルセイユの義勇軍が歌ったとされ、それ以来のものである。

ご覧のように、スティーヴン・コーヘンのパフォーマンス「COQ」(ニワトリ)は、彼自身の抱える性的な問題の個人的苦悩を越えて、人類の人権の問題、移民の人権、性的マイノリティの人権、人種差別撤廃の希求という大きなディメンションに及んだ作品である。
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もう一つ、全く別の問題を指摘して、このエッセイを締めくくりたい。それは、この作品を展示する側の戦略的態度である。本作品はスティーヴン・コーヘンの下半身や性器が殆ど露出された映像作品で、客観的なヴィジュアルの美しさとエキセントリックな状況のコントラストのなかで、一見するとただただ滑稽、「なぜこれがアートなの?」という議論のなかに煙に巻かれる作品でもあるし、あるいは性的マイノリティーと表現の自由の問題に収斂される可能性もある作品だ。しかし、この展覧会が2015年3月より始まっていること、それがはっきりとシャルリー・エブドの後の社会的・政治的文脈の影響下にあるということ(もちろん作品選択や企画はその前に決定されているが、展覧会開催に当たり美術館側は問題に意識的にならざるをえないし、鑑賞者も当然考慮するに違いないということ)、そして上述したように様々な政治的エンブレムが散りばめられていることを思えば、この作品が展示されるという意味は、極めて愛国主義的なものであると考える。つまり、政治的で、戦略的な態度であると、思うのである。そしてこれもまた、美術館の「権利」であると思う。

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(コーヘンの作品に関連して以下に世界人権宣言の部分を添付した。)
『世界人権宣言』
(1948.12.10 第3回国連総会採択)
〈前文〉
人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であるので、

人権の無視及び軽侮が、人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来が、一般の人々の最高の願望として宣言されたので、 

人間が専制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴えることがないようにするためには、法の支配によって人権を保護することが肝要であるので、(略)

人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であるので、

人権の無視及び軽侮が、人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来が、一般の人々の最高の願望として宣言されたので、 

人間が専制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴えることがないようにするためには、法の支配によって人権を保護することが肝要であるので、(略)

よって、ここに、国連総会は、

社会の各個人及び各機関が、この世界人権宣言を常に念頭に置きながら、加盟国自身の人民の間にも、また、加盟国の管轄下にある地域の人民の間にも、これらの権利と自由との尊重を指導及び教育によって促進すること並びにそれらの普遍的措置によって確保することに努力するように、すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準として、この人権宣言を公布する。

第2条
すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的もしくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる自由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。
さらに、個人の属する国又は地域が独立国であると、信託統治地域であると、非自治地域であると、又は他のなんらかの主権制限の下にあるとを問わず、その国又は地域の政治上、管轄上又は国際上の地位に基ずくいかなる差別もしてはならない。

第19条
すべて人は、意見及び表現の自由を享有する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む。

02/4/15

心の平和のために書いた文章

海外は治安がわるいからと、時々心配される。外国は恐ろしい事件とかあって、銃による事件とか、薬物の事件とか、宗教や民族の問題とかあって、あぶないんじゃないの、と心配される。

たしかに、1月7日の事件は、それがあまりに近くで起こったということや、多くの人々と同じようにそのとき外出中で、「気をつけて!犯人は逃走中よ!」と言われてもどう気をつけたらいいのか気をつけようがないという事情から、数日間とても治安のわるい感じ、ではあった。

だがハッキリ言うが、それは、道を歩いていたら危ないとか、周りの人が怖いとか、銃撃される危険とか、突然捕らえられるかもしれない危機とは、似ても似つかないものだ。世界には、戦争状態の非常事態としての日常が実在しており、あやまってもそういった非常事態の日常とは比べ物にならないほどに、パリの1月7日以降の世界は平和である。

なるほど、たしかにそれは日本の平和感とは全く違う。誤って電車でウトウトしたり、鞄やズボンのポケットからスマホやお財布をペロリとしたまま優雅に歩いたのでは、一瞬にしてそれらは失われてしまうかもしれないし、本当は楽しくとも悲しくともある程度つねに戦々恐々とした雰囲気だけ演じて歩かないと、体力のなさそうで優しそうな日本人はしばしば金銭的価値ある物を盗まれる標的になってしまう。そういった意味で、めんどくさいといえばめんどくさく、ぴりっとしてなければならないといえばその通りだ。でも、平和だ。

そんな平和に対して日本のほうが心穏やかに過ごせるし、危険もすくないし、安心だ、とも思わない。むしろ、こちらでは思いのよらないことが日本にいると日常的に起こる。「キレる大人」を見ることはかなり印象的な出来事のうちのひとつだ。いや、誤解を避けて先に言っておくが、フランス人もかなりキレる。かなりのキレキャラであるし、突然怒って喧嘩して、見事なスペクタクルが繰り広げられる。が、わりとすぐにおさまる。キレたあと、言い尽くしたあと、20秒くらいしてから追いかけて行って殴ったりしないし、今生に渡って人々に悪行を言い継ぎながら引きずったりもなかなかしない。あくまでも印象だが、ノーコントロールでキレるというよりは普通に怒って静まる、という、ふつうの怒った人、なのである。そこにきて、日本社会での「キレる大人」はキレ方が本気である。コントロールがないのはもちろんのこと、ほとんどがキレている内容ではなくて、外的要因についてのストレスが限界で、なにかのキッカケでキレるのである。たぶんこのキレ方は、日本社会だけでなくて、先進国の、大都会の、ストレス過多の、どうしようも忙しくてイライラしてしまうような日常生活の、中にしゅっと起こりやすい。これからの世界はこんな「キレる大人」が増えるんだろうか。

約束か仕事に遅れそうなのか、それとも疾走したい気分なのか、ゆーっくり歩くおばちゃん二人のスレスレを豪速のチャリンコ男性が走り抜けた。たのしく歩いていたのにあんまり暴力的な出来事だったので、おばちゃんは思わず「危ないじゃない!」と口走ってしまいました。チャリンコ男性は、急いでいたなら走り抜けたらよさそうであるのに、止まって、折り返してきて、口汚い言葉でさんざんおばちゃんを怒鳴りつけました。男の人の怒鳴っているのって、子どもでなくても怖いと思うよね。それも、急に近づいてきて、感情的に制御無しに怒鳴っているのはとても怖いと思うよね。このおばちゃんたちは、この経験を一生忘れることはなく、ずっと、怖かったなって、思い続けるのですよ。

ある日飛行機が少し遅れて、そういうときは搭乗口の近くで、ボーディングタイムが更新されるのを待ちます。放送もかかるし、どっちにしても、チェックインしていたら、最悪たとえトイレに行ってて一人だけ搭乗しそこねていたりなんかしても、かなりしつこく探してくれるから、空港に取り残されるなんてことは殆ど有り得ません。数十分機材の整備などで搭乗時間が押していて、なんどか放送がかかったし、やれやれみんな、どんどん機内に流れ込んで行く。60歳くらいの男性が、ゲートの女の子二人に怒鳴りつけている。いつ放送がかかったんだ!(だから、今だよ…)とか、いつお客様を呼んだんだ!(だから、今だってば…)とか、失礼じゃないか!(なんでだよ…)とか、こんなんで分かるか!ふざけるな!(じゃあ他にどうするアイディアがあるかね…)とか。とにかく怒鳴り続けて、女の子たちは、ほかのお客さんのチェックをしながら、泣きそうになりながら、すいません、とか言っている。どう見ても、そのおじさんがキレているのは、アナウンスの仕方や飛行機の遅延についてじゃないよね、人はその程度のことでは本気で憤ることなどできないものだよ。ただの、八つ当たりだし、別のイライラの放出だよね。でもねー、係の子たちは本気で怖い思いをして、怒鳴られて、近くで汚い言葉を浴びせられて、しかも縁もゆかりもない怒りによって。この子たちはこのことをずっと忘れられないくらい、怖い思いをするのだよ。

「キレる大人」はいけないんです。なぜなら、本当に人を傷つけるから。本当に怖い思いをさせるから。傷ついたたくさんの心がこれ以上傷つけられませんように。こんなくだらない経験が、世界に増えませんように。
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