11/18/15

2015.11.18.  13日以降の生活のこと 大久保美紀

土曜日の出来事から5日経ち、確かに現地の生活は「生活」レベルで影響を受けている。

土曜の夜、21時までパリ市内で仕事をした後、シャヴィルという郊外へ2日後に控えたオーケストラのコンサートの練習に向かった。乗り番の曲の練習を終えて、友人を地下鉄駅まで車で送り、23時過ぎに帰宅する。友人は事件により混乱するパリの東部へ向けて移動を開始しており、下ろしたばかりの友人の安否を思う。友人はiPhoneですぐさま情報を得ており、迂回して帰宅し無事だった。
非常事態宣言を受けて翌日の仕事は全てキャンセルになり、教育機関や文化施設が閉鎖、パリ市内ではないがシャヴィル市長の決断により、コンサートは中止となった。ポンピドーセンターでの多数イベントも中止、私の勤めるパリ第8大学はサン・ドニ市にある。サッカースタジアムの近くだ。周辺に住む学生も多い。彼らの不安を思う。

思考が停止したりよくない方向に立ち止まることを避けて、外の世界と繋がりながら自分を勇気づけ続ける土曜日と日曜日が経過するうちに、マス・メディアやソーシャルメディアでは「連帯」の名の下に、逆説的にも、無邪気な暴力的な言葉が連なったり、的を得ない論争が繰り広げられるのを目の当たりに、テレビやソーシャルメディアを介して情報を得続けなければならない必要の一方、心底辟易させられる。それはメディアの性質である。ディスコースを演出し、まったくそれがクリティカルでない人々すらも闘牛の舞台に連れ出してスペクタクルが盛り上がるのを勇気づけるような、レシの自動生成装置のような性質が、今日のソーシャルメディアには、ある。

情報は手に入れて身の危険を避ける一方で、ずっと釘付けになってメディアの宇宙に住み続けないように、人に会ってリアルに喋り、目を見たり肩を抱いたり、肉声に鼓膜をふるわせ、自分もまた相手にとってリアルな会話相手となるように、気をつけなければならないと告げた。

丹念に準備されたイベントが次々と中止になる中、恩師であるジャン=ルイ・ボワシエの講演会がポンピドーセンターで11月16日月曜日に開催された。シネマ2の部屋は殆どの席が埋まり、彼の50年分の積み重ねられた時間が詰まったカンファレンスはパリのど真ん中で、それを観たいと足を運んだ人と2時間の時間を共有し、大成功に終わる。深夜のメトロに走って飛び乗り、駅で自転車をピックアップし、急いで漕いで帰宅する。

私は一昨日から開催予定で予定通りのプログラムを維持していた研究集会「記憶としてのアーキテクチャ」に出席している。サッカースタジアムの事件があり、今朝警察による作戦があったサン・ドニへは毎日赴いている。今日も参加予定だった。今日はさらに自分の講義もサン・ドニのパリ第8大学で行なう予定で、土曜日から特に辛い状況を過ごしてきた学生もいるだろうと心苦しく思いながら、教員の誰もが心を込めて行なうように、そしていつもよりもなおさら、今日の授業の準備を夜な夜な何度も見直した。

今日目が覚めると友人から一通のメッセージがあり、朝のニュースで詳細を確認する。早朝の出来事であるため、オフィシャルな決定についての情報にも先行して、必要があれば何らかの方針や学生の身の安全のための情報を伝えるのは、一部、教員の責任である。すぐに登録学生100名以上に、しかし多すぎて一斉には送れないので何通にも分割して、市や大学からの情報や決定があるまでは決して大学に赴こうとしないように告げるメールを泣きながら書いた。泣いても仕方のないことだが、どうしても涙が出たし、出るものは仕方がない。今年の年始からの状況に不安を抱かなかったことはないが、涙が出たのは今朝が初めてだった。9時過ぎに交通機関の停止を再確認、10時に大学側より講義中止と図書館の閉鎖の情報が発表され、再度学生にコンファームする。共有ブログを通じての記事提出などで質問や問題のあった学生とメールでやり取りをしたり、学生が受けることのできなかった授業内容について、なんらかのフォローを考える。彼らの心が今日も明日も強くあること健やかにあり続けることを祈りながら。

出来事の近くにおり、自己満足のために言葉を発すること、有用でないと思われる情報について言及することを先週末より制御してきた。この文章も、その点で、なんら役に立つ情報を含むテクストではないとは思う。そんな文章をわざわざ公開することを決めたのは、出来事に関して何を言うか、どのような配慮をするか、誰に対して発するか、を熟考した上でならば、人々が何かを「発話する」「声に出して誰かに何かを言う」「生きている状況を共有する」行為を支持したいと思ったからである。しかるべき表現行為を支持するために、私は自分自身に過度に表現を「制限」する沈黙を破る。

幾つもの満たすべきコンディションを尊重した上で、人は、表現することを必要としているし、表現する人を受け入れ、勇気づけるべきであるし、共に感じ、共に生き続けようと思考するセンスを持っている。

如何なるコンテクストにおいてすら、単なるヘイトスピーチや攻撃的な言論や漠然とした印象に基づく不確かな誹謗中傷は、実質的な状況改善の装置となり得ない。

「連帯」という状況がもしそのシステムに結びつけられていない何らかの他者を自ずと敵として想定することなしに存続できないのなら、「連帯」は即ち永遠に我々を救わない。

肉体というマテリアルな存在である我々人間は、どれだけ高度情報化社会にあってもユビキタスな存在では有り得ない。遠くの出来事を想像し思いを馳せ共感することはとてもかけがえのない行為であると同時に、どうか国内の状況あるいは現在の国際的な状況に対して自国のとりうる対応やそれが与えうる身近な生活環境への具体的影響・潜在的影響にも最大限注意深くあってほしいと心から思います。そのことは今最も伝えたいことです。

土曜日以降声をかけてくれた友人・知人の皆様どうもありがとう。私はまいにち元気で走りまわり喋りまくっています。

2015年11月18日 大久保美紀

写真:サッカースタジアム周辺(11月16日撮影)、パリ第8大学図書館窓より(11月17日撮影)

11/15/15

思うことのできること。

土曜日は閉鎖した大学が明日からまた門を明け、学生たちを歓迎します。私の勤める大学は、サッカー場のあるすぐ近く、サンドニにあります。サンドニに住んでいる学生ももちろんたくさんいます。「自由」がフランスの美徳であることを私は誇りに思っているし、これからも素晴らしいことであると思い続けるでしょう。異邦人である私は、この国のありとあらゆるものが「るつぼ」になっておりながら互いを懐柔し尊重する態度に眩暈を覚え、そんなリバティのあり方ががこの世界にもあったのか!と知ったのです。2006年のことです。そんな異国で先生になってしまってから4年が経ちます。マダム!と呼ばれると「誰やねん!」と思います。土曜からソーシャルメディアを介して何かを発話することを避けてきました。今も特に言いたいことはありません。ただただ、友だちの子どもや親戚の子どもや将来の自分の子どものように大切な学生たちが元気にポジティブに、明日からの世界を生き続けてほしいと、そのために自分もポジティブに生き続けようと思うだけです。

Je n’arrêtais pas de penser à tout ce qui s’est passé ces jours-ci, dans la réalité, sur les réseaux sociaux, à travers les médias de masse. Demain mon université réouvre sa porte à nos étudiants. C’est déjà quatre ans passés depuis que j’ai débuté mon enseignement en France. J’ai évité de m’exprimer sur les réseaux sociaux durant ce weekend et je n’ai toujours rien à dire mais seule chose que je voulais dire longtemps c’est que c’était la France qui m’a appris ce que la liberté est en 2006. Née dans l’archipel, j’ai souffert longtemps de certains intolérances et non-respects face aux gens « différents » dans mon pays. Je suis fière de mes sept ans vécus dans ce pays et heureuse d’avoir appris cette façon de vivre dans un grand creuset. Maintenant ce que je veux est que mes étudiants, mes jeunes élèves, que j’aimes comme mon enfant ou ceux de mes proches, puissent vivre positivement. Pour cela nous continuons à vivre positivement comme aujourd’hui et demain.

11/15/15

la vie continue

tant qu’on est en vie, la vie continue.

quand on ne voit plus rien quand on ne sent plus rien quand on pense à rien, l’être humain, en tant qu’animal affectueux, doit avoir une relation avec n’importe quoi, soit sociale soit physique; parler avec les autres, sortir de son coin, s’y mettre dans la nature, voir des plantes ou des animaux, marcher sans décider la destination, la vie continue.

la violence, la colère, l’angoisse, la stresse, la haine et d’autres sentiments négatives, ce sont des noms féminins bien que la conséquence de ces sentiments associent facilement une raison masculine. 

j’ai appelé à ma famille pour dire simplement que je suis en vie, je vais bien, il ne faut pas s’inquiéter car ce ne sont pas des lieux que je fréquente. de nombreux mensonges.

nous avons parlé des problèmes sociaux au Japon, notamment la pauvreté des jeunesses ainsi que la salaire souvent misérable des employées des maison de retraite.

le lendemain je suis partie pour en parler aux vaches qui ont toujours une bonne écoute…













11/12/15

À propos du paysage primitif

私が生まれ育ったのは、超住宅街で時々空き地くらいあるけれども割合都会らしき場所で、見渡すまでの果てしない向日葵畑が広がる景色とか、土のにおいのする野菜に触れることとか、真っすぐに続く田舎道を走行し続ける感覚とか、そんなものはまったく「原風景」ではないはずなのである。見たことのないものや大人になってから初めて見たものすらを「懐かしい」と感ずるとき、言うまでもなく、これまで読んだ全てのものや「観た」ものの影響を鑑みるが、それでもなおクリアーにならないこともあり、そんな時はあたかもある種普遍な原風景の存在をうたがうのであるが、真偽を知る以前に、もしも存在する原風景らしきものを思い浮かべることが素敵であり、人は不明瞭な記憶に基づいたとしても幸福を享受できることを知る。

09/22/15

考えを述べる人の勇気を 浅はかだと嘲笑するのを止め 勇気づけることはできないだろうか。

私たちは、

他の人にどう思われるかとか、
他の人に迷惑がかかってしまうとか、
他の人はどう考えているのかとか、
他の人はどうすれば嬉しいのかとか、
私はヘンじゃないだろうかとか、
私の言ってることはマズくないかとか、
私は誰かから批判されないだろうかとか、
私のせいで家族が悪く言われないかとか、
会社に知られたら良くないだろうかとか、
学校では隠しておいたほうがいいのかとか、
就職に悪影響を及ぼさないかとか、
昇進に不利に働くことはないだろうかとか、

色々と気を配るデリケートな人民であり、
つい「そんな恐ろしい目に遭うくらいなら」
つい「そんな面倒なことになるくらいなら」
押し黙り、流れに身を任せてしまう
こころ優しい人民であるからこそ

敢えて何かを言おうとしている
無理をして声をあげ意見を述べようとしている
慣れない憤りなんかを露にしている
たとえ不自然でもポジティブシンキングを訴える
不安に耐えて思うことを伝える
人々をあざけることの無いように。

何も知らずに馬鹿なことを。
勉強して出直してこい。
まったく的を射ていない、浅はかな考え。
ああいうやり方は好きじゃない。

写真が晒されて誰か分かるよ。
あとでいろいろマズイんじゃない。

そうやって、口を噤ませて、
あとは雪崩のように、流れる川のように、
みんなで「歴史は繰り返す」を実感するのですか。

私たちはやはり民族として、
連帯しやすく相互監視をしやすい性質を持っている。
そのことは、良きも悪きも本当である。

そもそも確認しておかねばならないことは、
もちろん、主張する人は謙虚に学ぶべきである
ただし、誰もが一夜にして専門家になれはしない
門外漢が発言してはならないのか
だとすればそれは民主主義ではない

民主主義とは、
ーこれは民主主義のディレンマをまことに現しているだろうー
専門家ではないわたくしと、
専門家であり深い考えをお持ちのあなたとが、
同じ一票をもっているということなのである。

私は、我々の持つ性質である、
ーそれは良く機能することも悪く働くこともあるー
相互監視の末、発言する人をはじき出してしまう
そんなことは真面目に少し怖いのである。

何はともあれ、考えを述べるのは良いと、
黙ってムッツリしている人々よりも
あの子は発言するから少しは良いと
言おうじゃないか。

情報統制も 検閲も 非民主主義的諸処の出来事も
現実です、噂じゃなく、無視できないことです。

人類は繰り返すというのは歴史上真なのだが
歴史を知る我々が敢えて繰り返すのを避けられるのに
それを避けることを人々は「反省」と呼び
歴史を学ぶ意義であると認識してきました。

考えを述べる人の勇気を
浅はかだと嘲笑するのを止め
勇気づけることはできないだろうか。

09/21/15

BEACON 2015 Look Up! みあげてごらん, 空を仰ぐことの意味

9月13日、岐阜県美術館で開催中の「BEACON 2015」を体験してきました。BEACONは、1999年より断続的に名古屋や京都など、全国で発表・展示されている、映像・音響・理論・美術がひとつとなった作品である。伊藤高志さんの映像、稲垣貴士さんの音、吉岡洋さんのテキスト、小杉美穂子さん・安藤泰彦さん(KOSUGI+ANDO)が担当する美術が相互に影響し合って作り上げられた作品は、回転台の上で撮影された様々な土地の日常風景が展覧会場において同じく回転台の上で投影されるという形態を撮っている。

BEACONはいつも、人間の記憶に関わってきた。それはメディア環境における人間の記憶の問題であったり、日常を生きる我々の記憶の蓄積の比喩としてぐるりと連続する風景を回転台の上で投影することであったり。そこには人々の風景があり、声が聴こえ、光とオブジェがあり、今ここに居ないがいつか出会った人々の痕跡がある。

年のBEACON 2014は展示空間の特殊性が作品に極めて強くコミットしていた。東京都台東区の葬儀場を展示空間とする異例の作品展示、BEACON 2014は »memento »の副題がつけられ、インパクトある形で人間の生死を主題としていた。

今回のBEACON 2015は第7回目の作品発表となるそうだ。副題は »Look Up! みあげてごらん »。
作品中に登場する映像では、美術館のある岐阜、沖縄、福島の「日常風景」が回転しながら投影される。

« Look Up! みあげてごらん »、展覧会のチラシにも掲載された吉岡洋さんのテクストの中で、「みあげる」行為は以下のように説明される。

人はそもそも、どんなときに空を見上げるのだろうか?
 それはたとえば、この世の煩いから離れたいときであり、遠い存在に思いを馳せるときかもしれない。
 またそれは、希望を持とうとするとき、あるいは反対に、絶望したときであるかもしれない(見上げるという行為において、希望と絶望とはつながっている)。
 さらには乗り越えがたい障壁によって、突然行く手を阻まれたとき。それはつまり、自分は今まで閉じ込められていたのだと、知ったときだ。

ここには、みあげる行為の意味が明らかにされるだけでなく、なぜ混在する沖縄と福島と岐阜の日常風景を追体験するこのBEACON 2015という作品が「みあげてごらん」なのか、さらには、なぜBEACONがこんなにも直接的にフクシマの風景や沖縄の風景といったクリティカルな問題を映し出すにもかかわらず、そこに恣意的な声を潜ませることなく淡淡と回転台のプロジェクタが投影するイメージを届けるのか。

みあげることは単純な希望の象徴ではない。人は、絶望したときも空を仰ぐ。そこにはなるほど、「いま、ここ」の限界を痛いほど認識する「わたし」がいるが、そんなものは世界にありふれたことかもしれないし、また明日別の状況に出会うことかもしれないし、「わたし」を今たまたま取り囲んでいるその偶然に満ちた環境によってこれまた偶然にでっちあげられたハリボテみたいなドラマセットに過ぎないのかもしれない。そんなふうに、みあげることは切り離すことであり、あるいは繋がることである。

みあげることは、ある意味で孤独であり、ある意味で本質的に力強い。それは、頼りない表面的な結びつきとか駆け引きなんかに基づく脆弱な人間関係ではなくて、困難に打ち拉がれ途方に暮れて空を仰いだところからのインディペンデントな連帯だからである。

Look Up ! みあげてごらん。
この作品は10月12日まで見られます、そこで福島と沖縄と岐阜の日常を見ることは、いまここを断絶し連携し、今日の私たちの状況について考えに至るキッカケにもなると思う。

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08/17/15

完全なコンポジション 広さ / La composition absolue et la spatialité

とりわけ田舎暮らしを経験したこともないし、生まれ育ったのが自然環境が殊のほか豊かな地であったということもない。ただし、思うなら、広かったことは確かだ。
広かった。
広いというのは、向こう側が行き止りであるということが、たとえ本当はそうであったとしても、そのことに気がつかないほどに遠くまで見渡すことのできるような場所である。
どこを見ても視線が壁にぶつかるとか、外を見れば全ての辺がすぐに別の生活者の窓にぶちあたるとか、上も下も詰まっているとか、風がぐるぐる渦巻いてすぐにこちらに戻ってきてしまう感じとか。そういったことに、人はおそらく何十年経っても慣れることが出来ない。

アスパラ畑があり、アスパラは大きくなりすぎると実をつけて、木のようにニョキニョキ伸びていく様子とか、暑すぎもしないのに近くの木に止まった蝉が大きく鳴こうとしている気配とか、小さかったり、虫や鳥たちが味見したトウモロコシを包み込む葉やらひげやらを剥くのが度胸がいるのとか、ニラとタマネギの見分けがはっきりついたりつかなかったり、豆のツルがすばらしく巻き付いて横やら上やらに進んでいこうとする執拗な生命力をながめたり、奔放なきゅうりと鮮やかなナス、どうしてそんなに重い実に耐えることにしたのか茎の細胞の一つ一つの壁のかたさと耐え忍ぶ意志をかんじられるトマトの群。

あの畑のことを、いつか例えば簡単な数式とかシンプルな漢字の形とか行なってきた活動や出会ったことのある誰かを忘れるとしても、畑の土のすこし乾燥した粒のことや、トウモロコシの葉脈のこと、大根の葉が密集している緑色の表面のこと、すこしジャガイモが見えている部分が光合成を始めてしまっているなと思ったことなどを、忘れてしまったりしない。

あの畑はもうない。

実家では数年前から小さな家庭菜園で野菜を育てている。何度か食べた、ここのトマトはとても美味しい。野菜の味はこうやって育てたものでないとほんとうのことをいうと、何を食べているのか思考停止状態になる。味のしない野菜は、味のしないのでなく、どうやって育ったのか食べる私が理解できないためにあるいはそのことなどを身体的に受け入れることのできないために、有効な食物として摂取することができない。とはいえ世界の食べ物工場はいまや大規模なシステムとしてすばらしく機能していて世界の人間を養おうとしているのだから、そういやって私たちは日々土をいじることに膨大な時間を割くことなく、本を読んだり、テレビを見たり、その他の労働をしたりすることができる。

農業もまた、食肉のための動物を大量生産するのと同様に非自然的なことである。植物がクローンであっても品質改良されても、「麦が六倍体にされてかわいそう」と泣き叫ぶ人がおらないので、大麦やら大きな野菜の便利な恩恵を享受している。これも大きなシステムであり、便利で効率がよいことを断念すると、わたしたちは、別の人間とおしゃべりをする時間も、明日着る服のことを考えるひまもなくなってしまう。

真っ赤なトマトと棘の影まで鮮やかなきゅうり、アントシアニンの弾けそうなほどまぶしいナスのコンポジションが世の中にありうるもっとも美しいイメージのように感じられた。小さな実家の家庭菜園で育った野菜だそうである。

美味しいそうだねというと美味しいよと母がこたえる。

実家の野菜

08/14/15

La paix souffre d’une remède dérogeant la Constitution: Manga de Shiriagari Kotobuki/ 平和(ひらかず)さん、70歳の談話

le lien officiel du manga se trouve : http://politas.jp/features/8/article/427

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pour la suite : http://politas.jp/features/8/article/427

Ce manga réalisé par un auteur manga-ka Shiriagari Kotobuki parle d’une situation difficile d’aujourd’hui à propos de la PAIX de son pays le Japon qui dure quand même 70 ans depuis le 15 août 1945. Le personnage qui s’appelle Hirakazu (comme un prénom mais en fait c’est une autre façon de lire les kanjis signifiant la paix, heiwa, en japonais), âgé, un peu fatigué, souffre des nouvelles lois risquant la paix du pays. Il refuse de prendre un médicament proposé par une fillette, un remède appelé « anpo-nantoka » C’est bien sûr une métaphore des lois de sécurité qui ne respectent pas la Constitution, notamment son fameux 9ème chapitre.
Aujourd’hui le 15 août 2015, nous les Japonais, donc fêtons le 70ème anniversaire de ce personnage important « Hirakazu », c’est-à-dire, la paix (heiwa) de notre pays tout en souhaitant que ça dure.

l’auteur de ce manga Shiriagari Kotobuki a son blog et le compte de Twitter :
http://www.saruhage.com/blog/index.html
https://twitter.com/shillyxkotobuki

08/5/15

発症前と発症後の治療ー傷を負った軍人の職業移行と戦争に行かないこと

ちかごろ、医療のことについて考えることがあり、とりわけ、いわゆる「治療」と「発症前の治療」について考えている。
お腹が痛くなって初めてお腹の存在に気がつく、とは良く言ったもので、なるほど調子がよいとき人は身体のことを考えない。
フランス語に »soin »という言い方があって、たとえば、「お大事に」(« Prenez soin de vous »)とか、「だれかの面倒をみる」(« prendre des soins de qq’un »)とか、つまり、世話や気配りのことを指すこともあれば、「美容」(« Soin de beauté »)だとか「医療行為」(« soins médicaux »)など、医療の分野で治療という意味でも用いる。
« Soins »はすなわち、なるべくよい状態のために気を配る、という意味なのだが、それは何らかの徴候が出た後に施すのが治療であり、そうなる以前に未然に防ぐために行なうのが気配りであったり世話であったりすると言える。

身体のことを話せば、いつしかは綻びて、さまざまな器官も少しずつ機能が果たせなくなって行く人間の運命みたいなところはある。もちろん、200年生きる個体は今のところいないし、80年くらい経つと個体差はあれどもさまざまな機能の不調が目立ってくる。生活における身体に良いことや悪いことは、なるほど情報が錯綜していて、気にし過ぎたなら脅迫的ですらある。現在は、生物学と医学の交差点における研究も進んで、遺伝子分析によって病の発症前にそれらを未然に防ぐという画期的とも言える解決策が打ち出されてもいる。いつしか遺伝子にマークされた将来の病の発症をある程度明確に分析し、事前に対策することが可能なとき、我々は単に、老衰によってのみ死を迎えるのだろうか。

この、「発症後の治療」と「発症前の治療」というふたつのアイディアは重要である。

実は今日、もう一点考えざるを得なかったメディアの報道があり、それは、アフガニスタンに派遣されて身体的・精神的に厳しい傷を負ったベテラン(アメリカ兵)の転職のことだ。軍人としてもはや働くことの出来ない肉体的・精神的な傷を負ったベテランは、専門の施設において、新たな人生を歩むための職業訓練と社会生活の訓練を受ける。たとえば、料理を学びシェフになるとか、軍隊での規律とは全くべつの「ふつうの生活」のため、社会とのコンタクトの仕方を習得することができる訓練を受ける専門施設に滞在する。精神を病み、あるいは手足を失い、ハンディを背負った絶望や殺戮の罪悪感から自殺する者も数多い。

施設には、心理カウンセラーや精神科医、多数の精鋭の専門家がいて、傷ついた彼らをケアするのだ。セラピー、治療、訓練、transition(移行)。

必要なことである。彼らが生き直すために。

だが、なぜ生き直さなければならないのだろうか? 「発症後の治療」と「発症前の治療」があるといったのは、この問題について言えば、つまり、傷を負ったベテランを国を挙げてケアするのは国の責任であり、そのためには最大の »soins »を尽くすというわけだ。

だが、だれも「そもそも、傷を負わなければよかった」とは言わない。

何年も、何十年もたってすら、悪夢にうなされて一生を苦しむ、彼らのその経験がなければよかったと、なぜ言わないのか。既に傷を負った彼らを慰めるのは良い。だが、これから生み出される次のベテランを、生み出す必要がないと、言っても構わないのではないか。

身体を壊して、それを治療することは、素晴らしいことであるし、そのことは多くの人を助ける。

そのことをじゅうぶんに認めるとともに、それでもなお、発症の前の »soins »がたいせつであると、思ってやまないのだ。

07/21/15

N’a-t-on pas peur des feux d’artifice ?

Feu d’artifice
N’a-t-on pas peur des feux d’artifice ?
Moi, j’ai peur. Je trouve ça violent.
Oui, c’est artistique, coloré et même très sophistiqué.
Avec beaucoup de couleurs, techniques incroyables, tout en s’évoluant avec nouvelles technologiques.
Il me semble que c’est le bruit qui me gêne.
C’est un genre de bruits que je ne supporte pas.
C’est une explosion ou des bombardements, qui pourra être à l’aise dans cette ambiance ?
Personne.
Ceux qui n’ont pas peur de feux d’artifice ne sont-ils pas gênés ?
Si, ils sont gênés.
En réalité, ils sont stimulés.
C’est la raison pour laquelle on apprécie des feux d’artifice lors de tels événements.
Dans le monde partout.
Feu d’artifice, c’est une bombe métaphorique.

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