04/27/14

ガブリエル・アセベド・ベラルデ《舞台》/ Gabriel Acevedo Velarde, « Escenario »

世界の秘密を知ってしまったような、ーそれも、けっして知るべきではなかった類いの、そうでありながら、確認などする前からおよそ明らかであった類いのー、ばつの悪い瞬間だった。一人でそれを眺めていても十分に「良心の呵責」たるものを感じ得るのに、こともあろうにそこは東京の六本木の美術館の開かれた一室で、そこにはイノセントな子どもはもちろんさらにナイーブな大人すら出入りし、スクリーンに目をやって、そこには短い行為が反復されていることを認めると納得したようにその空間を去って行く。

《舞台》(Escenario, 2004)と題された映像作品は、ペルーのリマ出身のガブリエル・アセベド・ベラルデ(Gabriel Acevedo Velarde)の作品である。ガブリエル・アセベド・ベラルデは1976年生まれ、これまでビデオ作品を始め、ドローイングやインスタレーションを手がけているが、2011年にフランスのリヨン・ビエンナーレに本映像作品《舞台》を発表し、国際的な評価を受けたのである。

《舞台》は奇妙な作品である。
本作品は、六本木の森美術館の展示室において2014年5月6日までご覧いただけるが、こちらの一応こちらのウェブリンクも紹介しておく。3分程度のショート•アニメーション作品である。
video here 

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何が起こっているのだろうか?
このステージで繰り広げられるシナリオはいったい、何を意味しているのだろうか?

ガブリエル・アセベド・ベラルデは、そのドローイングやビデオ作品において、個人の人間と公的なるもの(大きな組織や集団)が、明確な衝突に至らずにそれが一見日常的で平和的状況のなかで対峙する場面においてうごめいている「なにか」を可視化しようとする。

作品《舞台》では、無個性の個人が観衆となって一つのステージの前にひしめく。登場人物はおよそ、それら無個性の個人と、彼らを選別し、整列させ、「舞台」に連れてゆき、光線を当てる、彼らがつよい光線によって変性したのちに集団にもどす一連の働きをする役人たちがいる。役人たちは、無個性の個人たちよりも体格がよく、身長も大きい。言って見れば、選別されるべき個人は半ズボンを履いた子どもで、役人は小学校の先生のようである。子どもは舞台に連れ出され、大砲のような装置で強烈な光と音を浴びて倒れてしまう。一見暴力的なシーンに思われるが、次の瞬間観客はその悪い予感を拭い取られ、安心する。なぜなら、倒れた子どもは役人に抱きかかえられた後にすぐに自力で歩いて集団にもどり、他の子どもと元気にステージを鑑賞しはじめるのだ。表面上、誰も傷つかず、何も壊れず、そのムーブメントはひたすらに繰り返され、私たちは鳴り響く光線大砲の音とその強烈な光の断続の中に、映像の物語を追う動機を見失うだろう。

だが私たちは全てを見せられている。

光線大砲で気絶させられるのは、世界が見えるようになってしまった子どもたちなのだ。無個性な個人は、時間が経つに連れて目を開き、見てはならないものを目にしてしまう。見てはならないものを見ることは、役人の意図に反するばかりか、個人の身を脅かす危険すらある。だから、個人は逃げたりしない。無意味に長い整列の道筋に列をつくり、黙って並び、審判を待つ。光線大砲を受けることになれば、覚悟はできているというふうにまっすぐにステージに登って、もう一度盲目となる。溢れる光の中に全てはホワイトアウトし、これでもう、世界の秘密を目撃せずにすむ。これでもう、集団から切り離されてひとりぼっちにならなくて良い。見えないことは幸せとなり、彼らはもういちど、見ることを奪われることによって自由を得た集団の中に身をうずめる。しかしその幸せも長くは続かない。光線大砲の魔法は少しずつ溶けてゆき、そこでは世界はたちまち不穏なものとなってしまう。そのことをだれかに密告される前に、自己申告し、整列するべきなのだ。もういちど盲目になるために。

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世界の秘密は見えてはならない。それは見えることによって、脆弱な個人を脅かすだろう。
大きく見える役人も、自分の目をしっかりと守っている。彼らはそれがあることを知りながら常に瞼を半分下ろし、そちらに目をやらないことによって、自分自身が存続する世界を守っていると信じ込んでいるのだ。

盲目となることによって、あるいはまた、見てみない振りをすることによって束の間の幸せを享受する個人たちは、共通した思い込みがある。

それは、その世界を囲む塀はとうてい超えられないほど高く、高く、彼らを閉じ込めていて、そこからは出られないのだ、だから、そこにいて、繰り返しながら、従うのだ。

ガブリエル・アセベド・ベラルデはこのことに対し、明確な異論を唱えている。
彼らの小さなステージと、慎ましいコミュニティを囲む柵はたとえようなくお粗末で、その外側には言うまでもなくずっとひろい外側の世界が広がっており、簡単に飛び越えられる、ということを。

主催: 森美術館
企画: 荒木夏実(森美術館キュレーター)
会場: 森美術館 六本木ヒルズ森タワー53階
http://www.mori.art.museum/contents/mamproject/project020/

04/13/14

ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ ー 生きることの潜在的なかたち/ Michaël Borremans : The Advantage @Hara Museum

ミヒャエル・ボレマンス:アドバンテージ
Michaël Borremans : The Advantage

2014年1月11日(土) - 3月30日(日)
原美術館

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東京品川の原美術館で開催されているミヒャエル・ボレマンスの展示をどうにか間に合って見に行くことができたのは幸運である。東京滞在が短かったので実はちょっと迷っていた。むしろ、殆ど行けない様子であった…が、東京在住の友人が薦めてくれたことに感謝している。決して作品数の多くないボレマンスの絵画を集合的に見たのは初めてだったし、部分的印象でしかなかったボレマンスの世界観の奇妙さというものが、言ってみれば理解可能な奇妙さとして立ち現れてくれたような気がする。そのことは、気持ちの良いことだ。

さて、ミヒャエル・ボレマンスは、1963年生れ、ブリュッセルのアートカレッジで学び、現在ゲントで制作をしている。彼が1990年代半ばを機にこれまでの写真家としての活動から歴史的絵画の手法を組み入れた油彩に転向したことは知られている。彼がその伝統的な手法を模倣し、彼の画法に統一的で繊細な印象を与えているのは、ベラスケスやマネ、ドガの世界観であり、奇妙さと不穏なオーラを醸し出させているのは、なるほどシュールレアリスム的主題に似ているものである。ボレマンスは一般的にこのような二つの要素で語られるが、それがなぜあたかも語り得ないような不気味なものとして、あまりにもデリケートに説明されるのかは一度正面から考えてみなければならない。

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たしかに、ボレマンスの絵画は深く物語的である。彼の絵画の中に登場するモチーフは、幾つかの典型的なものを挙げることができるのだが、たとえば、今回の原美術館での展覧会「アドバンテージ」の扉を飾っている作品「Mombakkes II」(2007年, 36 x 30 cm、カンヴァスに油彩)では、白い衣服を纏い、横分けの髪を撫で付けたような一人の人物の表情の奇妙さに目を奪われる。男性とも女性とも見えるこの人物の顔はあたかもピエロのそれのように、強すぎる眉と青いアイシャドウ、艶やかでこぼれそうな頬と真っ赤な口紅に彩られているが、その表面はところどころが光を反射し過ぎており、視線を全体にすべらせるうちに、この鮮やかな顔は作り物であるということが明らかになる。撫で付けられた髪の額と生え際を見てみればそれは、透明な膜のような材質のマスクであることに気づく。そう、ボレマンスの作品には、この透明なマスクの要素、そして、シュルレアルである半透明性による層の重ね合わせと透視が頻繁に顔を見せる。当「Mombakkes II」の脱ぎ捨てられたマスクもボレマンスは描いている。その偽の皮膚は、人間の顔を覆ったときにはこぼれるほどの笑顔を見せたにも関わらず、脱ぎ捨てられて輪郭を失った今、もうちっとも楽しそうではない。マスクは言うまでもなく、覆われた顔の本当の表情を包み隠すのであり、そのことが象徴的に表現するメッセージを現代性へと結びつけるのは容易だ。

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また、先ほど述べた、シュルレアルな半透明性は、世界のレイヤーの重層性を描くような、つまり、有り得たはずの物語と実際に行われた行為の間を我々に想起させる。それは、常に様々な可能性の中から、一つの世界が分岐していくのだが、それは一つが残されて他が消えてしまうという方法ではなく、全てを置き去りに無数に分岐しながら、我々はいまここにあることしか知り得ないという運命を認識させる。あるいは、現在ある世界がそのように見えており我々はそのあり方を目にしているのだが、それが過去や未来において「リアルに」このようではなかったのだという誰一人知らなかったことを暴露する。彼の作品にしばしば見られる、透明な身体や透き通った人物と別の存在の重なりは、このようなインスピレーションに関わる。そして、さらには肉体の一部を欠いたり、テーブルの上に上半身や腰上だけ存在するように描かれた人物像たちもまた、可能な一つの現れ方を提示している。

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劇場としての社会や人間の生を描き出すような試みはボレマンスの作品に連続してみられる。箱のような空間に並べられた人間とそれを見物する存在。その二者は通常何らかの方法で描き分けられていて、例えば巨人と小人、囚われた人間と自由な人間、オブジェ化された存在と権力を誇示する存在など、明確に描き分けられている。今回の展覧会「アドバンテージ」でも公開されたビデオ作品 »The German »(2004-2007)などはその構造はさらに拡張されていて、つまり、画面に大きすぎて写りきらないドイツ人の身振りが映し出される様子を箱の中の鑑賞者が眺めており、その様子を見られるドイツ人と対面するように我々が見つめることになる。

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最近東京で訪れた東京都現代美術館での「驚くべきリアル」展でご覧になった方もいらっしゃるかもしれないが、スナップショット風のコレクティブな絵画の作品である『家族』(The familly, 1999)でエルティ・マルティは、一見すると日常的な家族団らんの一コマや何の変哲もない日々の生活の中に浮かび上がる狂気のようなものを描き出した。私はこの作品はとても面白く或る意味でポジティブに感じたのだが、ボレマンスのそのシュルレアルで不穏な感じというのも、実はそれほど暗闇の中に不可思議なものでもないのではないか、という直観を持っている。なるほど、繰り返される身振りや、非社会的な儀式的なもの、空間や時間の常識に逆らい、それを破壊するようなもの、それらはボレマンスの人間を見る視線を、しばしばフラグメントとして、また或るときはもっと全体的に媒介する。だがそれもまた、一つの実験的な行為であり、描くことはその世界に形を与え、外側にいる私たちをそれを結びつける。ちょうど、箱の中のスクリーンを眺める小人を私たちが目撃し、その時間を共有するかのように。

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コード化された儀式はしばしば意味を失うが、実は、個体の行為や営みにも意味はない。ボレマンスの絵画は、生きることの潜在的な形が、物語る人が言葉を途中でぴたりととめながら、またとめては続くように語られ、とても興味深い。

04/8/14

The Act of FLIRTING, Stephanie Comilang / フラーティング, ステファニー・コミラン @京都芸術センター

The Act of FLIRTING
Stephanie Comilang
2014年3月15日 (土) – 2014年4月6日 (日)、京都芸術センター

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京都芸術センターでつい数日前まで展示されていた映像作品「The Act of FLIRTING」を二回見た。「KACアーティスト・イン・レジデンス・プログラム」という若手アーティストや研究者に向けたプログラムで選出されたトロント出身のアーティストStephanie Comilangによる3ヶ月にわたるレジデンス滞在の集大成としての作品である。アーティストは、タイトルにもあるように「flirting」という行為をひとつの手がかりとして選び、この言葉の意味するところやこの行為が日本的な文脈でどのように受け取られ、実践されているのかに光を当てようとした。

芸術センターのサイトには次のようにある。
「flirting」(気になる相手の気をひく方法)をキーワードに、京都での滞在中にさまざまなリサーチを行いました。本展では、それらのリサーチを基に制作した映像作品を発表します。そこには、少しずつ日本と外国の文化や感覚の違いを理解しながら、彼女自身の肌で感じ取った「日本」が描かれています。この作品との出会いによって、人と人との距離感や人間関係を築いていく過程などにまつわる、私 たちが普段は特に気に留めることのないような日本人特有の感覚や意識について、改めて考えさせられることになるでしょう。(引用:https://www.kac.or.jp/events/11103/

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彼女がリサーチを始めたきっかけは、日本語にはフラーティングという言葉にピタリと該当する表現が見つからないという気づきであり、そこから、気になる相手の気を引くときの態度が、日本と西欧では異なるのではないかと予想したことにあるようだ。これは恋人や好きな人の気を引くだけでなく、子どもが親の気を引く、友だちの気を引く、といった広義のフラーティングを含める。その問題意識から、インタビューに出演する、年齢や仕事の異なる日本人に、フラーティングの方法とフラーティングされたことについて質問し、彼らが語ったことを映し出して行く。シナリオの中心に置かれるのは、祇園で舞妓の格好をしてホステスとして働いているという一人の若い女性で、彼女がどのようにお客さんに接し、お客さんの欲するサービスを提供するか、対人関係の中でどのように自分を演出するか、といったことを語りながら、「仕草」「勘違い」「話を聞いて、するべき反応をしてあげる」といったキーワードを散りばめる。そして、ホステスという仕事において期待される典型的なやり取りを演じてみせる。

フラーティングに関わらず、翻訳不可能であったり翻訳することによってニュアンスが変わってしまう言葉などハッキリ言って数えきれない。その発見は何も新しくなく、言うまでもないことであり、その点でこの作品がアイディアとして優れているとは思わない。さらに、インタビューされて語られることの多くは、言い古されたことや誰もがうなづくであろうこと、あるいは、聞き飽きている故につい反論してしまいたくなるようなことである。日本人と西洋人の人間関係の距離感が異なるというのも何ら斬新な気づきではないし、我々日本人にとっては耳にタコができるほど(?)語り尽くされた「日本人論」の外側にでることのないパロールではないだろうか?

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ではなぜこの作品を二回見てしまうのか? いや、実は一人で二回見て、そのあと別の日に一回見たので、全部で三回も見たことになる。シナリオもセリフの一部もリフレインできそうだ。とりわけ、この偽の舞妓ホステスがガラリと広い畳の間で蛍光灯を真っ白に浴びながら歌う一曲の歌は節回しや音程が微妙に低かった瞬間まで克明に覚えている。つまり、この映像はともあれ私を魅了した。言ってみればこの作品をフラーティングの解釈と日本文化におけるあり方として見ることに、私はさほど興味を持たなかったのだが、むしろ、そのように予定して構成されたシナリオと偽舞妓ホステスの証言と演技が、他者との会話に我々が見いだす欲望たるものを鮮やかに描き出す様に魅了されたのだと思う。我々は日々他者と言葉を交わしながら生きている。それも、様々な方法で。言葉を発するに至らない何かであることすらある。ホステスの言い放つ「聞いてあげる」「驚いてあげる」「笑ってあげる」、「ーしてあげる」という言い方に込められたニュアンスや、その実践を演じてみせる様。それらは分かりやすいように強調されているけれども、つまりは私たちの他者との交わりに等しいのである。そしてそれは「空気を読む」「まわりとの関係で自分のキャラクターを作る」など、いわゆる日本人的な特色を規定する言葉が添えられるが、本質的には、どんな異なる二つの個体の接触にも関わる作業の断片であるように思える。この作品の面白かった所は実は、日本文化と西洋文化の比較でもそのいずれの特殊化でもなく、逆説的にそこに見え隠れした変わらないものの存在である。

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04/8/14

彫刻家 井上佑吉, Yukichi INOUE, Sculpteur « Mille et une têtes »

彫刻家 井上佑吉, Yukichi INOUE, Sculpteur

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Yukichi INOUEさんは、1966年よりEcole Nationale supérieure des Beaux-Arts de Parisで学び、その後50年近くフランスで彫刻作品を制作しておられる。
私が生まれるよりもずっとずっとまえだ。私は1966年がどんな時代だったかを知らないし、1966年に彫刻を学ぶためにフランスに渡るということがどういうことかも知り得ない。彼がフランスにわたった1966年、パリには今よりもずっと少ない日本人が滞在しており、さらにパリ以外の地となると、もはや、日本人のコミュニティとはかけ離れた場所で完全なる移民として生活を送ることを意味するのだろう。彼は、アトリエのあるElancourtの街や、その近隣の街を拠点に多くの発表をしている。

HP ウェブサイト : http://milleetunetetes.com/yukichi-inoue

プロジェクト「沖縄の石」は、沖縄からやってきた何トンにもおよぶ彫刻作品だ。2005年、南城市玉城字堀川の武村石材建設で制作を行い、それらは船でフランスに運ばれ、Mille et une têtes として作品化されたものだ。作品タイトルMille et Une Tête s「1001人の顔」。集合としての1001体に及ぶ沖縄の石から削られた彫刻は一人一人異なる存在を表す結果になっている。1001体の彫刻、そして一体一体が少しずつ異なるといえば、人の背の高さほどの木造千手観音像がずらりと安置されている蓮華王院本堂三十三間堂のことを思い出すだろう。ちなみに蓮華王院本堂三十三間堂の観音像は殆どが鎌倉復興期に制作され、平安期の像も含む。さらに数体は国内の博物館に寄託され、異なる時代の異なる作者(しばしば作者不詳)による観音像の集合なのである。それは、似たような外観として同じ空間に長い年月安置されているが、いつしかはその場所からいなくなるかもしれないし、観音像として彫りだされる以前、彼らは異なる時代異なる場所に行きた木であっただろう。彼らの細胞は我々の知らない陽の光を浴びて成長し、我々の身も知らぬ空に向かって幹をのばし、そして今日、この場所に再発見されるのだ。

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Yukichi INOUEさんがマチエールとしての「石」について語ることは興味深い。彫刻家として、石だけでなく、もちろん様々な物質を作品の材料として彫りだしてきた彼は、その中でも石が内包することのできる時間の層の壮大さに強く惹かれる。石は、その中に、記憶を堆積する。それは、土の記憶であり、水の記憶であり、その中に生きとし生けるもの全ての記憶である。さらには、そこを吹き抜けた風のことや音のこと、匂いのことすらも含む。石を削るとき、石を切り出すとき、石に穴をあけ、石を象るとき、その壊された表面に次に現れるのは、まったく異なる時間の、まったく異なる場所の記憶かもしれない。そうやって現れる見知らぬ表面と出会うことがアーティストは好きなのだ。

展覧会を見学している最中、小さな子どもが何人も訪れていて、アーティストは彼らに幾つかのことを説明した。象られた顔の、小さな部分に現れた過去の生き物の姿、葉っぱの葉脈、閉じ込められながら突如晒されることになった貝殻、あるいは貝殻の跡。石の中に閉じ込められていた記憶が、パリンとその上に或る一層が剥がされた瞬間に、そこに現れる。それらはいつか水の中にあったり、早く泳いだり物を食したりして生きており、あるいは隣の欠片と出会いもしないほど遠くに存在していた。そんなものが、いま目の前にある。1001人の顔として。子ども達は、示された貝殻の跡やエビのような生き物、植物の欠片を好奇心に満ちた目で追う。

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なぜ、沖縄の石を?

Yukichi INOUEさんは1942年生れ、彼の父親は第二次世界大戦の終戦間近44年に徴兵され、45年沖縄戦で戦死した。沖縄で亡くなったことは分かっているが、それ以上詳しいことは分からないそうだ。2005年、戦後60年の戦没者追悼式に参列した年、アーティストはそれまでむしろ距離をとっていた「沖縄の石」を彫ることを決める。
石は、そこで起こったどんな出来事もその表面に纏った。それがどんなに昔や最近の出来事で、人間の起こした悲惨な出来事で、長く続くことや束の間のことであっても、耳を澄ませて聴いていた。

Yukichi INOUEさんは 彼の死んだ父親の記憶に出会うように沖縄の石を彫る。ただし、そこに聴かれる対話は、彼と彼の父の間にとどまらない。それはいま、フランスの子ども達に石の記憶を語り、それを目にするこの地の人々や現代の人々の記憶の中に入って、遠くにやって来たのであり、もっともっと遠くまで広がって行くだろう。1001人の顔は、重ねられた世界の時間と生き物の記憶を乗せて、地球のテレパシーのような存在になったのだと、私には感じられる。

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受賞歴:
Prix Susse fondeur au Salon de la Jeune Sculpture, à Paris.
Premier prix à la Biennale de sculpture Contemporaine de Bressuire, à Deux Sèvres.
Prix de la Fondation de Coubertin au Salon de Mai, à Paris en 2001 et 2011.
Prix de la fondation Pierre Gianadda de l’Académie des beaux Arts

02/12/14

「反重力 」展 @豊田市美術館/ Anti-Gravity @Toyota Municipal Museum

反重力 Anti-Gravity
2013年9月14日[土]-12月24日[火]
豊田市美術館
Web Site link

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豊田市美術館に訪れたのは二回目で、私はこの美術館がとても好きである。初めて訪れたのは、2012年「みえるもの/みえないもの」というコレクション展で、ソフィ•カルの『盲目の人々』や志賀理恵子の『カナリア』などの名作を、メルロポンティ現象学が取り組んだvisible/invisibleの間に思いを馳せながら鑑賞するとても良い展覧会であった。その日のお天気や、近くに生えていた梅の花がどのくらい咲いていたかすら明確に思い出せる。salon de mimiのポストにもその展覧会のレビュー(http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=384)が掲載されているので、ぜひご覧頂きたい。

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さて、能勢陽子さんがキュレーションされた展覧会「反重力」は、魅力的なタイトルの展覧会である。「反重力」は「無重力」ではない。あくまでも、Gravityに対峙する、Anti-Gravityなのだ。それは次のように説明される。

引用)「反重力とは、創成時の宇宙にインフレーションを起こし、今日の宇宙を加速膨張させているといわれる、重力に反する仮説の力です。SF作品では(中略)物質•物体に関わる重力を無効にし、調節する架空の技術として登場します。」(本展覧会カタログp.2)

当展覧会のカタログに掲載された吉岡洋さんの「飛行、浮遊、そして反重力へ」という文章中にも述べられているが、反重力はしばしば、SF的想像力(宇宙飛行、テレポートなど)の原理として登場し、それは必然的にに科学(物理)的説明を期待される。だが、その言葉によって展覧会を構成するのは、芸術の展覧会にいたずらに科学の権威を掲げようとするためではないし、よくわからないが魅力的な言葉で鑑賞者を煙に巻くためでもない。ソーカル事件を通じて「ソーカルのやった行為は(略)芸術的•批評的観点からみれば的外れ」であるという考えには私も同感である。槍玉にあげられたのは、ラカンやボードリヤール、ドゥルーズといったフランス現代思想家たちだ。彼らによる科学用語の濫用が神聖な科学を歪曲する欺瞞だという。ソーカル的な問題意識や排他的棲み分けは、今日においても何も解決されておらず、むしろ無意識的に多くの人によって共有される伝染病のようなものだ。現代の哲学者も心理学者も、社会学者も芸術家も、科学的な用語を使う。科学的な概念を使い、科学的な思想に拠る。それを全て否定し弾圧するならば、今日より後の世界には、なんの変化も驚きも、訪れることはないだろう。

したがって、「反重力」は、現時点ではSF上の仮説の力にすぎないが、それは私たちの、慣習的に同じ流れに向かうつまらない思想を全く思いもよらず跳ね返すことによって、見たことのない表現を創り出すのかもしれない。そのとき、「反重力」はすでに実在する力となり、我々に働きかけているのだ。

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ジルヴィナス•ケンピナス(Zilvinas Kempinas)Beyond the fans(2013)は、磁気テープが二つ向かい合った扇風機の風によって円状に浮かび続けている。磁気テープは扇風機から与えられる風の力で空中に浮かび続けており、そこには何のマジックもない。だが私たちは、自分が近寄れば僅かながら空気に別の流れができたり、他の鑑賞者などが通ってまわりの空気は動かされ続けているにも関わらず、そのくらいのことでは決して軌道から外れて落ちてきたりしない、この単純な装置の安定さや強さを美しく思う。思いのほかに物事は、結びつけたり固めたりしなくても変化しないのだ。

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『微小重力環境におけるライナスの毛布のための試作』は、中原浩大+井上明彦による、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の共同研究の実験的作品である。このプロジェクトは、宇宙飛行士のためだけでなく、将来宇宙に旅立ち、そこで生き続けるかもしれない一般の人々のためでもある。触れたことのないタッチのクッションや毛布。地球で生まれた人間は地上の重力環境に慣れており、長期間宇宙に滞在し、微小重力のもとにおかれると、心理的•生理的不安を抱くそうである。人間が拠って立つことを可能にし、頼れなさを緩和してくれるもの。不安は、フィジカルなオブジェによっても満たされるのだ。

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カーステン•ヘラー(Carsten Höller) は、次のように述べる。
To five room to uncertainty, and to the beauty within uncertainty, in order to challenge the cultural environment we live in.
ネオン•エレベーター(2005)は、人間の目の錯覚に訴えかける。鑑賞者を取り巻く形で配置された壁の中には水平のネオンライトが上から下に向かって明滅する。その光の動きに目を凝らしていると、自分の立っている空間が光のエレベーターとなって上昇していくように感じられる。どれほど分析され、理解が進んだとしても、我々の認識は錯覚のような曖昧さで満ちており、それはしばしば我々を今ここから解放することを助ける。

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やくしまるえつこは、アインシュタインの宇宙項や『相対性理論』などの原理から着想を得た表現を提案している。ボーカル、作詞、作曲、プロデュースを手がける彼女は、作品『Λ Girl』において、お互いに引き合おうとばかりする世界の物質に対して、たったひとりで、万物から遠のくことを選んだひとりの少女のΛの存在を、モニターや72台のスピーカーを介して、我々の目の前に引き出すことを試みる。

少女は逃げ惑い、私たちは決して彼女に追いつけない。モニター上の少女は鑑賞者がいる場所の正反対の位置に逃げ、彼女の声も向こう側からしか聞こえない。たくさんの人間の存在に、点滅し惑う少女はひょっとして喪失してしまうのではないかという恐怖に似た直観がよぎる。でも案ずることはない。Λ(ラムダ)は世界の存在に反しながら、ここにはいないのだから。

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レアンドロ•エルリッヒ(Leandro Erilich)の作品は、我々の日常にインスピレーションを与え、その見方すら回転してくれるかもしれない。

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中村竜治の構造『ダンス』は、太さの異なるピアノ線で構成された、軽やかな彫刻である。『ダンス』とは素敵な名前だと思う。マチスの『ダンス』において肉体は、ほとんど普通の意味での肉体であることをやめ、ムーブメントと化しており、作家はマチスの『ダンス』から着想を得たと話す。重力と物体の緊張感を尊重した作品である。

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クワクボリョウタ『ロスト•グラヴィティ』は、アーティストが取り組むテーマの一つ、機械と人間の境界を真っ向から問うた作品であると言えよう。暗闇の壁に映し出される様々な形の光は、部屋の中央に置かれたザルやスポンジ、待ち針など日常的で単純な形状のオブジェの影だ。それらは、単純なシステムによって回転し、光を受けて、彼らの隙間を投影する。そこにあるのは、繰り返される回転の音とパタンである。しかし、暗闇に身を置き、その光を見つめたならば、ロマンティックで懐かしい感情におそわれ、心が温まるのはなぜだろうか。

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エルネスト•ネトは、ストッキングなど伸縮性のある素材を用いて上からぶら下がる不思議な形状のインスタレーションを数多く発表している。今回豊田市美術館で我々が経験するのは、『私たちという神殿、小さな女神から、世界そして生命が芽吹く』という、母体(あるいは子宮)をモチーフとした生命体の中に我々を包み込むようなインスタレーションだ。天井は描写しがたい暖色をうっすらと帯び、外の様子を感じられるが、内部にいる我々は守られている。

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中谷芙二子の霧彫刻が美術館の池から立ち昇った。霧彫刻は彼女が述べるように「ライブ彫刻」であり、その時の湿度、風、温度、地形など環境に応じて形を変える。我々人間は、微粒子ノズルと高圧ポンプで自然の霧のひな形を創り出してしまう。彼女は1970年の大阪万博のためのプロジェクト以降世界中で霧彫刻を発生させ、そこにはなかったはずの霧の中に多くの人々を包み、異型の体験を生み出した。その日は雨で、沸き上がった霧は雨に叩き付けられて、地面を這い、淀むことなく広がって美術館を包み込んだ。

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さて、最後の作品に出会おう。

内藤礼『母型』は心に響く。それは、大きな空間を満たす白い光と、繊細なビーズが吊るされている空間の隅、中央に横たわる人形と、ロウソクの火、それらが取り囲む場所に身をおくと、世界に存在することを人生の最初に遡って肯定された感じがするからだ。円形の小さな紙に書かれたメッセージ、「おいで」という声が、向こう側からやわらかく聴こえてくる。もう一体の人形が、上のほうから見守っており、その声は、生まれ直すことを許すのかもしれない。反重力の世界では、ひょっとして様々なものが逆さまになって、長い人生の折り重ねてきた時間を反対側に辿って、おいで、というその声を耳にする瞬間まで立ち戻ることを可能にするかもしれない。その声は温かく、私たちは幸せである。

02/7/14

宮永亮×つくるビル コラボレーション 『INSIDE-OUT』/Akira Miyanaga, Media Installation

宮永亮×つくるビルコラボレーション 『INSIDE-OUT』/ つくるビル
『INSIDE-OUT』:website
Miyanaga Akira
2013.11.20(水)~12.23(月・祝)

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作品《INSIDE-OUT》は、会場つくるビルが位置する京都の五条通りとその周辺の、数ヶ月に渡る記録映像をコラージュすることで生まれた、映像インスタレーションである。つくるビルの内部の展示会場では、複数の窓が次々と開かれ、そこに存在するあらゆるモノが宮永亮のスクリーンと化す。私たちは、自分自身では出会うことのなかった五条通のある夜の眩い喧噪や、白っぽく霞んだ昼間の影の形を知り、そこで揺れていた木々の緑や枝の付け根の形、どこかで見たような身のこなしの人が自転車でとおり過ぎていく様子、会社帰りのサラリーマンが無表情で足早に店に出たり入ったりするその速度、そんなものを観察する。それらはかつて在り、今はなく、混ざり合い、輝く。

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宮永の作品タイトル《INSIDE-OUT》は、文字通り、外側の世界の出来事が、つくるビル内部の壁やモノに映し出されることによって、内側の私たちの見つめる世界に置き代わってしまう「裏返し」を意味すると。壁やスクリーンに映し出されるイメージは、一つの場所の場合もあれば、重なり合って複数の時間と場所を映し出すこともある。イメージのコラージュは、したがって、映像の時間と場所を折り重ね、さらに凝縮した内部として再提示される。しかし私にとって、《INSIDE-OUT》が真に意味するのは、さらに別のディメンションに広がっていると感じられる。それは、内部と外部の反転の結果もたらされる、仮想世界と現実世界の反転であるように思われてならないのだ。

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アーティストが空間をスクリーンで満たす方法に着目してみよう。一般的な意味でスクリーンと呼べるのは、おそらく正面と左右の壁、振り返って向こう側にあるカフェのベニヤ板だ。一方、展示空間にはテーブルや時計、長イス、カフェと繋がる本物の窓とその桟の部分などがあり、それら全てがプロジェクションを受けて仮想的環境を構成する。その環境の中に一度身を置き、ポリフォニックな映像が、ある日ある場所の風景の断片を暴露するのを目の当たりにしたとき、ヴァーチャルな世界が突如リアルな経験として立ちのぼる。

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私たちの日常はそもそも、スクリーンの集積に似ている。外の世界で直に何かを経験することと、行き止りの壁に仮想窓を開き、そこに世界を感じることの間に本質的な差異を説明するのは実は難しい。それらは互いに侵犯し、共に生きることに関わり、私たちの生活を築いている。

02/7/14

存在へのアプローチ―暗闇、無限、日常―ポーランドの現代美術展 @KCUA /An Approach to Being, Polish Contemporary Art

存在へのアプローチ―暗闇、無限、日常―ポーランドの現代美術展 /京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
2013年12月7日 – 12月23日

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京都に滞在した昨年末、加須屋明子さんがIn Situ現代美術財団とともに企画された『存在へのアプローチ―暗闇、無限、日常―ポーランドの現代美術展』(@KCUA)に訪れることができた。私の大事な友人にポーランド育ちやポーランド生まれがおり、兼ねてから訪れたいと思っていたこの国に昨年夏、国際美学会(ヤギェウォ大学、クラコウ)で赴ことができた。その後、アウシュヴィッツとワルシャワを経て、西欧に戻ったのだが、印象深い経験であった。(Salon de mimi Posts : Aushwitz report, Wawsow exhibition report) 本展覧会の見学を通じて、紹介された幾つかの重要な作品、作家について記録しておきたい。

ロマン•オウパカ(Roman Olpaka, 1931-2011)の46年間に及んだ「行為」をアートと呼ぶのはなぜだろう。オウパカはフランス北部の農村に生を受け、生涯をポーランドとフランスの間で生きた画家である。1965年、ワルシャワのアトリエで《1965 / 1 – ∞》と題された終わりなき作品を思いつき、79歳で亡くなるまで描き続けた。1から5607249まで可視化された数字は、始めは黒の、後には灰色の背景の上に現され、画家の死以来充溢した意味の集積として停止した。

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オウパカの数字が詰まったタブローは、彼の人生の時間そのものである。二百数十枚に及んだ絵画の一枚一枚は、彼にとって細部である。それは、存在し、増殖する全体の部分であり、全体の存在を確信させる部分である。タブローは彼の人生を象徴し、その時間の継続に意味を与える。オウパカは述べる。

「私たちは存在するように運命付けられています。(中略) 私たちは習慣から存在しているし、死を恐れるから生きている」

人間は、死を恐れながら存在するよう運命付けられた生き物である。いつか贈られる死のために、存在の意味を問いながらも自殺せず生きるには、命の最後の一欠片が煙になるまで数え続ける必要があった。アンジェイ•サビヤ*1のドキュメンタリー《一つの人生、一つの作品》(2010)は、オウパカの苦しみと道の模索、ついには強かな決断を私たちに伝える。

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展覧会『存在へのアプローチ』は、戦後ポーランドの芸術表現の特色と問題、そして、その魅力を明らかにする。大戦がもたらした悲劇の記憶、共産主義体制下の表現の抑圧、1989年の政変で失われたものや失われなかったものの存在は、表現しようとする者を駆り立ててきた。本展覧会を見るという経験は、ポーランドという一つの国の国境を越えて、人間が、迫害や差別などの不条理な状況に置かれ、絶望的と思われる大きな問題の前に立ちすくんでしまったとき、いかにして考え、表現し、伝えることができるかを私たちに教えるのである。

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1959年よりポーランドで学び、ワルシャワで作品を発表し続ける日本人美術家、鴨治晃次(1935−)の《空気》(1975)は、中心が切り抜かれた柔らかい質感の紙が等間隔で吊るされ、こちら側から向こう側を覗くことができる。穴の大きさは次第に小さく、あるいは次第に大きくなり、大きな窓から射し込む光は紙を微動だにせずすり抜けるが、我々がそこを通るとき、塊である我々は空気を邪魔して、その沈黙した等間隔を乱してしまう。

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ヤン•シフィジンスキ(Jan Świdziński)のパフォーマンス《空虚な身振り》*2がいつまでも瞼の奥に残っている。意思疎通のための日常的なジェスチャーや無意識的で意味を欠いた動きが、彼の厳密に制御された身体所作を通じて繰り返される。各々のジェスチャーは、確かにありふれていて、一度や二度見る限りでは、意味に冒されている。ところが、それが繰り返され、表情や文脈を欠いて続けられることによって、そこにあった臭いがすっかり失われて行く。個別の意味を充てがわれなくとも、自己の外に出るための、他者に何かを求める動きには、共通の訴えの形があるのだろうか。そこにあるのは、明瞭な声明であり、定まった意志であり、存在のための積極的な態度である。

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*1 Andrzej Sapija (1954-)はこれまで数々のドキュメンタリー映画を撮影し、国際的に高い評価を受けている。
*2 Jan Świdziński (1923-), « Empty Gesture », 2011

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01/2/14

みる、ふれる、きくアート─感覚で楽しむ美術@栃木美/ Expo : Touch is Love @Tochigi

企画展 [みる、ふれる、きくアート─感覚で楽しむ美術]
栃木県立美術館 Web

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栃木県に行ったことが無かった。東京からは鈍行でも二時間ほどで栃木県立美術館まで行けそうだということが分かると、どうしても、栃木県立美術館で開催中であった[みる、ふれる、きくアート─感覚で楽しむ美術]展を訪れたくてたまらなくなった。きっかけは、写真家の糸井潤さんからいただいたアナウンスメールであった。糸井さんは写真家で、2012年に小山私立車屋美術館で開催された個展『Cantos Familia』や昨年1月に国立新美術館にて開催された『第15回 Domani•明日展 』において、フィンランドの森で撮影された写真作品を発表している。私はフィンランドの森を見たことがない。その空気の冷たさも、木々の硬さや枝の細さも、雲がどのように流れ、雪の粒はどれほどに細かいのかを知らない。展覧会は12月23日までで、数日関東に滞在していた私は、その日の朝、宇都宮行きの鈍行に乗った。

企画展 [みる、ふれる、きくアート─感覚で楽しむ美術]というテーマには惹かれる。美術展が、あるいは美術そのものが、近くからも遠くからもとにかく「凝視するもの」になって久しい。触れてよいものは、デザインや素材の展示には登場しても、美術には滅多に現れない。あるいは、ゲームや一部のメディアアートのように、鑑賞者に決められた操作を要求する作品があり、規定されたオペレーションを遂行する場合はある。だが、時々はそんなつまらないものでない、ワクワクするような展示に出会うことがあり、そういったものを体験したかったのだ。

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栃木県立美術館は、JR宇都宮駅よりバスで15分ほどまっすぐ行ったところにある。企画展側の入り口は正面より左側、コレクション展の入り口が右側にある。入り口をすり抜けると、フクロウの群れが迎えてくれる。全力で石に触れている少年が見えて楽しくなる。手塚登久夫の黒御影石彫刻は、壁側に配置されたフクロウの群れと同じ、石材を切り出した後はほぼノミとハンマーだけで少しずつつくられた二羽のフクロウに触れることができる。御影石はご存知のように、花崗岩の一種で古くから石材として用いられてきた非常に緻密で固い素材の一つである。しばしば墓石などにも利用され、研磨されて光沢を帯びている黒御影石は、ここでは冷たく削り口を露にし、丸いヴォリュームのぎゅっと詰まった感触が手のひらから伝わってくる。

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また、栃木美保のインスタレーションでは、楠、檜、月桂樹の三種類の木々の香りを吸い込んで体験するものである。タイトル『結葉(むすびは)』は、インスタレーションに見られる布で作られた葉が重なり合って光を透過するように、若葉がひしめく様子を表している。

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松島さくら子は、漆工を学び、世界各国で創作を披露している。本展覧会では、undercurrentシリーズが展示され、あまり見たことの無い形をもった漆工作品の、その表面がどのように艶やかであるかということを目撃することができた。

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丸山浩二のフロッタージュ作品は、フロッタージュという技法そのものが体現する三次元的な奥行きが、完成した二次元の作品にも滲み出ている。簡単なフロッタージュが体験でき、近隣の小学生や中学生の作品が合わせて展示されているのも楽しい。

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糸井潤のCantos Familiaからの6枚の森の写真と、ビデオ作品 »Solitude'(5min)を目の当たりに、森の中を歩く。視覚情報から出発したはずの、ずっと北の、遠い森のイメージは、知っていることや知らないけれども思い描く風景と重なり合って、揺れ動き、そこにはやがて音があり、風の動きがあり、光と熱があり、森の感触がある。ビデオでは森の様々なシーンが、その森に混入し、ついには溶けようとする人間の鼓動とともに映し出される。

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丑久保健一の木のボールや、彫刻には触れたほうが良い。そこには触れることによる驚きと気づきがあるからである。

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岩本拓郎の水彩•油彩画には、光に関するタイトルがつけられている。たとえば写真は『生成—生まれる光/2012-W1』(部分)である。そこで画家は、ピグメントが化学反応を起こし、たとえば点滅したり、見る角度によって色が全く変わるような事態を引き起こそうとする。滲んで予想外の動きが時の中にそのまま固まった様子は、琥珀の中に閉じ込められた年老いた虫の羽に少し似ている。

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藤原彩人は、施釉陶の彫刻をつくる。写真は『揺れる男』(2013)のインスタレーションの様子である。誰にも似ていない、白くて光沢の在る頭部、それは風鈴のように揺らめく他の身体の部分を伴って、世界を漂っている。しかし彼らはその重くて硬い頭部のお陰で、結びつけられているのであり、自由ではない。また、『立像―雪は溶け、地に固まる』の三体の彫刻もよい。我々は雪よりも少しは長く生きるが、所詮、少しだけ沸き上がってきてぺたぺたと地を歩き、遠くに行ける気もするが、やはりいつかは死に絶えて、溶ける雪が地に戻るように、形を失うのだ。

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展覧会[みる、ふれる、きくアート─感覚で楽しむ美術]は、そのわかりやすいキャプションや体験のための丁寧な説明から、おとなしく見るだけでなく、触り、嗅ぎ、聴きたい人々がたくさん訪れ、鑑賞を楽しんでいた。美術は触れえぬものであるという前提は、効力を失った呪文なのである。

01/2/14

唐仁原希「キミを知らない」/ Nozomi TOJINBARA Expo « Personne te connait » @Voice Gallery

唐仁原希 個展「キミを知らない」
2013年12月11日(水)~28日(土)
2014 年1月7日(火)~11日(土)
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『有毒女子通信』でもおなじみ、松尾恵さんがディレクターをされている、MATSUO MEGUMI +VOICE GALLERY pfs/w で開催中の唐仁原さんの展覧会「キミを知らない」を訪れた。

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唐仁原希は、1984年生れ、京都市立芸術大学において油画を学び、今日、京都、東京のみならず、パリなどヨーロッパでも注目を集めるアーティストである。私も自分の授業で唐仁原さんの作品を紹介させて頂いたことがある。彼女が描く少女や少年たちは、しばしば、痛そうなほど目を大きく見開き、見る者に、瞼は裂け目であることを思い出させる。ケンタウロスや子鹿の半獣人のイメージ、運命を彷徨い続けるなめらかな人魚の少女たち、長く伸びた髪の毛が時を越えて延長し、反復され、増殖するような、強烈な印象。唐仁原希の描く「存在」たちは、弱そうに見えながら、彼らは彼ら自身が傷ついていることについて、世界に何の期待もしていないように見える。たとえばそれを優しくいたわってもらうことや、傷を癒してもらうこと、傷ついた心を慰めてもらうようなことを、世界に期待してはいない。彼ら/彼女らの大きな目は、艶やかな空洞で、それを見つめるあなたを見返してはいない。

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個展「キミを知らない」に一歩足を踏み入れると、画家のきめ細かく整い過ぎほどに洗練された色彩の表面と、圧倒されるまでの大きな画面を前に、かつて地図を片手に迷い込んだルーブル美術館の、見上げても捉えきれない巨大な部屋に所狭しと並べられた、素晴らしい額縁を伴った影の強い油画の群像を思い出す。

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ナポレオンの有名な肖像を思わせる『A Portrait of a Boy』(2013)には真っ白な肌にやはり真っ白なタイツを履いて、バネでビョンビョンゆれる玩具の白馬に股がる小さな王子が描かれている。白馬は元気に揺れ動き、金糸刺繍の豪奢な王子服を身につけた少年は、黒猫やマンガが床に在る赤絨毯の部屋で1804年に国民投票で皇帝に即位したナポレオンがヨーロッパの、いや、ユーラシアの明日を指し示めすあの絵のように、皮膚の薄い人差し指で向こう側を指している。少年は、ナポレオンより世界について多くを知っており、ナポレオンより少ないことを信じている。

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『秘密は話さないほうがいい』(2013)は、194.0cm×324.0cmの大画面に七人の少女と、子やぎを伴った少年、王子の肖像に登場した二匹の黒猫、そして、玩具の白馬と狼の黒い影がひしめく物語のような絵である。ベッドの上に立っている四人の少女はそれぞれおとぎ話のお姫様のようなドレスを纏い、かみあわない視線を投げ掛けており、隠れるようにベッドに腰掛ける少女は少年のほうを見つめている。真っ白な肌に充血した頬を持つ少年は警戒した様子で画面の右側の、我々に見えない部分を見つめており、マーメイドの少女はその透明な尾の中にわけられた足を持っている。そのベッドは本当は一人の少女が長い間横たわっており、その子は動くこともできず夢を見ることも無いのだが、もう何も見えなくなって真っ黒になった少女の思い出の中に、引き寄せられてやってきた子どもたちが次々と部屋を満たしているのではないか。その少女は最小限の動作で身を少し起こし、変化した空気の流れを静かに感じているのではないか。見る者は、この夢が覚める瞬間が、可能な限り遅くやってくることを、無力にも祈るだけなのである。

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唐仁原希の世界には、少女や少年が遊び、兎や黒猫、我々をおそらく傷つけない動物たちが歩き回る。そこには物語や神話があり、決して口にすべきでない秘密と、それを全ての後ろ側から影絵のように映し出さんとする鋭い力に支配されている。対照化された意味深なエンブレムや、真っ先に釘付けになる色彩と形状のメッセージを通り抜けて、全能でありながら形を持たない存在を感ずる。

それはつまり、あるべき影の不在とか、反射すべき光の乱れによって、世界の中に時々現れる何かに似ているのである。

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現在開催中の展覧会は、年始1月7日より再開、11日まで、於MATSUO MEGUMI +VOICE GALLERY pfs/wです。

唐仁原希 HP http://nozomitoujinbara.bambina.jp/f_page1.html
VOICE GALLERY http://www.voicegallery.org/exhibition_event.php

11/17/13

Christian Lacroix « Mon île de Montmajour » @Abbaye de Montmajour/ クリスチャン•ラクロワ

Mon Île de Montmajour
Par Christian Lacroix, avec le Cirva
du 5 mai au 3 novembre 2013
web site : here
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クリスチャン•ラクロワがマルセイユのガラス美術館CIRVAとの協力により実現した、『私のリル•ド•モンマジュール(Mon Mon Île de Montmajour )』展に際し、Lacroixは次のような言葉を寄せている。

『私のリル•ド•モンマジュール(Mon Mon Île de Montmajour )』
モンマジュールはその名前(最も高い丘)が示すように、10世紀よりアルルとその周辺の地域を収めた要地であった。修道院のまわりには魚がたくさんいるような沼地と草原が広がっており、モンマジュールの島と呼ばれ、15世紀にプロヴァンスを治めたあの善良王のルネ王(Roi René)が秋に果物を食するため足を運んだという。(中略)ガラス美術館CIRVAの協力、ムーランと南仏の聖母訪問修道女会の18世紀から現代までのコレクション、そしてFérard Traquandiによる教会のインスタレーション、そして私(ラクロワ)のケルンでの『アイーダ』のコスチュームの数々の展示で展覧会は構成されている。(略)
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巨大な修道院はアルルの北方に位置し、フランスでも最も美しい町のひとつに数えられるBaux-de-Provenceに隣接している。修道院の建設が始められたのは948年のことであり、11世紀から13世紀、宗教的•軍事的要地として機能した。なかでも12世紀に建設された教会部分は最も重要な空間として保存され、9つの独立した部分からなる丸天井は16メートルの高さをもち、張り間は未完のままである。3つある窓は南に開いている。この展覧会では、修道院の礼拝堂から宝物室、塔までを利用したセノグラフィとなっている。道筋はまず、鑑賞者を礼拝堂へと案内する。
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CRYPTE
Pascal BroccolichiによるEspace résonné(2013)は、CIRVAとアーティストが2年間をかけて取り組んできたプロジェクトであり、『終わらないハーモニー』をガラスの中に響く共鳴現象を利用して実現したものである。一度発生した音はガラスの空間の中で共鳴を続け、その響きは更なるハーモニーを作り出し、それは果てしないループとなって止むことがない。
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Christian LacroixのCostumes pour le choeur femme « Aïda »(2010)は、 ラクロワがケルンでオペラ『アイーダ』のために制作したコスチューム(女性)のインスタレーションである。ラクロワは1951年にアルルに生れ、モンペリエで美術史を専攻している。クチュリエとしてのラクロワの表現には、今日ではますます貴重になっている西欧の伝統的な服飾技術、刺繍やレースの装飾の極めて質の高いものを追求しており、それらのアートへの彼の関心を明らかにしている。
オペラの中で身体に纏われる場合と異なり、肉体から自由になって宙を舞うドレスの群れは、差し込んでくる光の隙間を縫うように漂い、軽やかである。
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(Robert Wilson, Concept 1.2.3.5.6(1994-2003))

ÉGLISE
礼拝堂から教会へと足を進める。細い通路をくぐり抜けて辿り着くと、真っ白な光に満ちた世界が広がって、16メートルあるという丸天井のもとには赤いガラスで構成されたJames Lee Byarsの天使のインスタレーションと、そこから丸天井の上まで昇ることを許されたもののための、真っ白の階段がぐるりとぶら下がっている。 (Lang / Baumann, beautiful Steps #4(2009))
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Christian Lacroix
Robe de mariée créée pour Philoména de Tornos(2009)
さらには天に続く真っ白な階段の右手の部屋には、ラクロワのウェディングドレスが、やや空気の中で緊張した様子で佇んでいる。
Jean-Luc Moulène の鳥かご(For Birds(2012))が窓のすぐ前におかれており、空っぽのガラスの鳥かごは、外から入ってくる眩しい光をさらに集めて青白くしながら、花嫁のウェディングドレスに対峙している。ガラスの鳥かごに住む小鳥は、どんな鳥だろう。ガラスの鳥かごは溢れんばかりの光を通し、窓を持たない。明るすぎる教会の中に独りで立ち続けるラクロワの花嫁もその階段を上ってそこから逃げ出すことはできない。
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SACRISTE
15世紀に建設された聖具納室。聖職者たちのコスチュームやアクセサリーが保存され、 « Vraie Croix »のレプリカがおかれている。聖職者のコスチュームはゴージャスである。金糸の刺繍(キャネティール)、宝石、銀のラメ、上質の絹地、レース、金メッキの金具、輝くサテン地。人間は金や宝石のような輝く物を身にまとうことによって「聖なる」存在に近づくことが出来るのだろうか。
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CLOÎ TRE
12世紀に修道院が拡大する途中で建設されたときからある修道院の回廊である。4つの部屋の入り口に面し、その中心には中庭を持つ。ここではまたラクロワの『アイーダ』より男性コーラスの衣装である。先ほどの明るく空を舞う女性の衣装とは異なり、黒や紫を基調としたおどろおどろしい色彩に、衣装を纏うマネキン人形もファントムのような人形を使用している。この展示では『アイーダの悪夢』と題されている。 (Christian Lacroix, Costime pour le choeur homme, Cauchemar de « Aïda »(2010))
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RÉFECTOIRE
食堂には数多くのガラス作品の展示と共に、Thorsten Brinkmannのポートレートシリーズ、 Série « Portraits of a Serialsammler »(2006-2008)が展示された。奇妙なポートレートは全て、アーティストが収拾した日用品や廃棄物、不要となったオブジェをマスクとしてすっぽりと頭部を覆っている。頭部が与える印象は大きいのは言うまでもないが、彼のコスチュームや画面の構成によって、頭部が変容した肉体は残された部分すら、その向きや性別、特徴などそれまで当たり前に見ていたはずのルールが抜け落ちて、バラバラに解体されるような印象を与えるのは驚きである。
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TOUR
『私のリル•ド•モンマジュール(Mon Mon Île de Montmajour )』の終盤は、いつかまた明るい部屋に至れることを無根拠に信じて、塔を登って行く。そこに吹き荒れる風の強さ、そこに10世紀に渡って存在してきた巨大な石の塊の頑固さ、広がる畑や人々の生活に無関係の山肌と森、雲がすごい早さで動いて行くのと独立してある青い空。
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Jana Sterbakが構成するのは、石の壁によって覆われる静かな部屋で再現されるプラネタリウム (Planétarium(2002-2003))である。惑星のことを思うのが突飛ではないと感じられるような時間が、そこには流れている。
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