09/20/12

コムデギャルソン 2012春夏 /Comme des Garçons, de la collection 2012 été @Dock en Seine

Hors les murs du Musée Galliera
Exposition de Comme des Garçon
du 13 Avril 2012 au 07 Octobre 2012
34 quai d’Austerlitz
75013 Paris

Docks en Seine

セーヌ川に浮かぶ、緑色の奇妙な建造物。ここはパリの東南、リヨン駅やベルシー駅そしてオーステルリッツ駅というフランス国鉄主要駅が集まっている、パリの東の玄関的界隈である。さて、このキリギリスの腹部みたいな建築は、JAKOB+MACFARLANEというグループによって設計され、デザインとモードのクリエイティブな活動を盛り上げるために、展覧会スペースを提供したり、アートイヴェントの会場となるほか、Institut française de la Mode/パリ•モード研究所(IFM)の校舎がある。

couloir de la Cité de la mode et du design

Dock en Seineは2008年にオープンしたのだが、そういえば2010年の秋に一度、Chic Art Fairというアートの催しの際にアーティストの古市牧子さんと訪れている。その際には、アートフェア会場が完全に屋内に限られていたため、こんなに風通しがよい空間があったことなども知らずじまいだった。ここでは、アートフェアやモード、デザインに関係する展覧会が開かれて、現在とりわけ閉館中(改装工事のため)の世界最大級の服飾美術館であるパリ市立ガリエラ美術館の離れMusée Galliera hors les mursとしての役割を果たしている。

今回訪れたのは、コムデギャルソンの2012年春夏コレクション(ガリエラ美術館所蔵品より)である。バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)の展覧会も同時開催されており、どちらも訪れたのだが、今回、2012年春夏コレクションを一挙に見られるということで、ビニールに反射する光のせいで写真の撮りにくいことは甚だしかったが、プレゼンの仕方もなかなか素敵であったので、こちらの展覧会について紹介したい。

初めて目にしたものを解読したり、楽譜を初見することをフランス語でDéchiffrageというが、ときどき自分が何も知らないということに感謝することができ、それは、何かを読み砕いていくDéchiffrageの楽しみゆえなのだ。コムデギャルソンのデザイナー、川久保玲は新たなコレクションに取りかかる際にはまず、その類希なインスピレーションによって毎シーズンのテーマを紡ぎだしている。テーマあるいはタイトルとしての作品コンセプトは、知ってしまうのがよいこともあればつまらないこともある。幸か不幸か何も知らずに足を踏み入れた今回の展覧会は、今まで見てきた川久保玲作品をヒントにDéchiffrageを楽しむよい機会となった。

Show video here!(youtube)

 

 

白のドラマ »White Drama » が、2012年春夏のプレタポルテコレクションに川久保玲が与えたタイトルだ。薄暗いランウェイに現れる、白いドレスを纏ったマヌカンたちは、胸を張ることも、腕を振ることも、大きな歩幅で歩くということも、つまりは、まったく誇らしそうな様子を欠片ほども見せず、とぼとぼ、うつむき加減にすら見える様子で、こちら側に歩いてくる。一つの服は「作品」と呼ばれながらもそれ自身で独り立ちして語られることがおぼつかないアイテムだ。私が展覧会会場で目にした白いドレス達はマヌカンの身体を離れて沈黙しており、このドレスをまとう少女達がいったいどんな足取りでこちらへ向かって歩んでくるのか、何を想いこちらへ視線を投げ掛けているのか、その解釈は鑑賞者が自由な想像力にまかされる。しかし、その勝手な妄想の中で、自身の想像力の脆弱さを常に問い続けなければならないという点で見る者は不安から逃れられない。あるいは、そもそもショーが唯一の答えでないと主張するなら、もっとも気が楽になる。

 

ひとり目のマヌカンは少女らしいふわりとしたドレス、手元に大きなリボンがアクセントとなっている。しかしよく彼女の歩きを眺めていると、非常に歩きにくそうだ。実はスカートはタイトであり、バランスをとって歩くために十分足が開かないのではないかと思う。そして正面に結ばれた大きなリボン。浴衣や着物の前帯の結び目のようにも、西洋のドレスのリボンにもみえるこの結び目は、少女の両手の自由を奪っている。

 

あまりに長過ぎてそれを纏うマヌカンの肩から重そうにぶら下がるしっかりとした膝までの袖は、なるほど、振り袖のシルエットを彷彿とさせないこともない。もちろん、振り袖において長いのは、腕の長さ自体でなく袖の袂(たもと)である。いずれにせよ、男性的ジャケットのスタイルでありながら、なぜマヌカン達はなおも不自由を抱え込まなければならないのだろうか。

花飾りは女性性に結びつけられ、それをカッコいいジャケットに添えることによって、たちまち中途半端なものになってしまう。


パニエ型のシリーズが進むにつれて、現代アーティスト名和晃平とのコラボレーションにより実現したヘッドドレスも加速度を増してくる。ヘルメットのように顔面を半分、目の部分以外覆うような造形。このマチエールの質感は、骨折したことのある人なら自分の身体にぴったりと寄り添ったまま何週間も人生を共にしたことがあるだろう、あの忌々しい石膏の感触を思い出させる。この髪彫刻といべきものは、これを被り続けたまま長い間を生き続けていると、いつの日かこの石膏が生き物のように成長して、やがてこの可哀想な少女の身体を顔面をすっぽりと覆ってしまうのではないだろうか。石膏の型のように、いや、生きたまま、ミイラにされてしまうかのように。箱(パニエ)に入れられて、彼女は既に、自由を失っているのだから。

 

見るからに重そうで、非常に背が高く、ビニル素材でできた奇妙な帽子。一瞬顔のようにも見えて不気味だが、そのエレガンス漂うドレスと、ヘッドドレスのシルエットだけを見ていると、マリーアントワネット時代の超豪華な船飾りの帽子のように見えないことも無いが、内実はそんなにさらりとしていない。これはセクシュアルなオブジェに見えないこともなく造形されているのであり、むしろそのものでしかない。これをセックスドール的オブジェと気がつかないふりをする大人を私は信用しない(!)(つまり、本質的なことはアーティスト本人の意図というよりはむしろ、White Dramaシリーズにおいて白ドレスを纏う少女達が支配されている性的コンテクストを読み下すということなのだ。)

 

私が最も素晴らしいと思ったのは、『千と千尋の神隠し』の「かおなし」的なフォルムのドレスだ(上)。このドレスは形の無駄の無さが素晴らしい。人は美しいフォルムのなかに自由の不在を見る。美しいと思えることと自由であることは両立しないのだろうか。纏うことの本質に関わる問題のようにも思える。
我々はふだん、好きな服を着て、そのなかでも出来るだけ「着心地の良い」服を選ぶと言ったりする。着心地がいいというのは、サイズが合うことかもしれないし、素材のことかもしれないし、自身の身体的特徴にとりわけうまくいく、と自分が信じられることかもしれないし、周りの人から格好良く見られると定評があるシルエットのことかもしれない。そのことは、いくら自由なつもりでも、「私は何者にも縛られていない」と主張することの不可能性を意味する。似合う服を着なければならないなら、いつも限られたタイプの服を来ているのだろう。素材の良さを優先するゆえに、デザインの好みをいつも妥協しているのかもしれない。しかし、服を着る、というのはひょっとしてそういうことなのだ。

展覧会におけるファッションは鑑賞するべきものだけれども、どうやってみるか、という難問はその存在すらを左右する問いであるといってよい。ナイロンのバルーンの中に規則正しく並べられて、なぜだかわからないが白と黒のブーツを脱がされた、33着の白ドレスの集合、あるいは、名和晃平によるヘアドレスを纏い、ランウェイをとぼとぼと歩き回るマヌカンの身体性を伴って提示されるドレス。両者では、それが与える印象が大きく異なる。印象が異なるとは、まったく違った言い方で語られ、分析され、議論される可能性を孕んでいると言うことだ。

今回のコレクションに限らず、川久保玲のデザインにおいて、自由と不自由、少女と大人、女性的なものと男性的なもの、西洋と東洋という二項対立は、通奏低音的な主題であり、これらを一つの身体上に交差させる手法はもはや定石である。今回の白のドラマもまた、この例に漏れないのかもしれない。ただしそれは、「白」という色のテリトリーを逸脱することはないのだが、むしろ激しく混乱している問題提起を目の当たりに、これまで以上に暴力的なクリエーターの焦燥感を感じ取ってしまう、ということを除くならば、である。

08/27/12

古市牧子/ Makiko Furuichi アーティストはハイブリッドな絵を描く

ある画家から「変態うさぎ」を購入した。「変態うさぎ」は、今は引っ越してしまったが画家の旧アトリエの白い壁で、画家が日々せっせと働いているのを見守りながら、大切にされていたにもかかわらず、機会があったらひょっこりトンズラしてしまおうとチャンスを伺っていたようだ。なぜそんなことを言うかと言えば、光に満ちた明るいアトリエのドアが開き、彼女に導かれてアトリエにお邪魔して、左側の壁をチラリと見た瞬間から、誰かの熱い視線のようなものが注がれているのを肌で感じずにはいられなかったのである。なんのことはない、初めから、気になって仕方なかった、というやつである、「変態うさぎ」のことが。

Lapin bizarre, Makiko Furuichi

アーティスト、古市牧子がフランスに渡ったのは2009年夏、金沢美大を卒業し、Nantes美大の修士課程に進み、昨年同大学で修士号を取得、現在もナント市でアトリエを持ち精力的な制作活動を行なっている。

彼女と知り合って、彼女のアーティスト活動を応援するようになり、かれこれ3年が経つ。お互いにフランスで生活したてのころ、彼女の水彩の作品、一枚はおしりで、もう一枚はちょっと宇宙人的な生き物、この二枚の絵が私の仕事部屋にやってきた。狭い仕事部屋で十分に日の目を見せてあげられないままだったが、私としてはとても大切にしていた。

一体何から話せば良かろう。まず始めに、彼女の描く生き物の不思議な魅力に取り憑かれた。それはたしかに、猫っぽかったり熊っぽかったり、猿っぽかったり、あるいはうさぎっぽかったりするのだが、だからといって「カワイイ」と描写できる純粋な生態からは本質的な意味でかけ離れているように思えた。プラネットが違うとでも言えば良いだろうか。とにかく私は、彼女の作品群において「ハイブリッド/hybride」に分類することのできるこの不思議な生き物たちの、見たことがないほど妙で、眺めても眺めても掴みきれないようなオーラに惚れ惚れとしてしまったのだ。それは彼女がもっとリアルな人間の身体を描いたときにも同じことだった。「絵画」という表現形態をとる作品において、色と輪郭/形、そして構図は言うまでもなく本質的な要素である。しかし、私の臆見だが、彼女の絵画作品において、描かれている生き物達が人であれ動物であれ、あまりに生き生きと絵から溢れ出しそうな色と形を呈しているので、見る人につい構図の問題を忘れさせてしまう。言ってみれば、水彩なら紙の、油彩ならキャンバスの縁がどこにあるかなんか気にならない。その絵のはじっこがどこにあるか、どこまでが絵で、どこからが絵じゃないのかということが問題にならない。そこに表象されているのは、あたかも、古市牧子の創り出すひとつのプラネットのワンシーンであって、その世界は不思議なハイブリッドの動物達を媒介にして、ずっと遠くまで広がって行くかのようなのだ。

さて、個人的な感想ばかりを語っていても仕方ないので、アトリエで撮影させていただいた絵を紹介していくことにする。

Atelier de l’artiste (〜7.2012), Maison de quartier madeleine champ de mars à Nantes

アトリエの壁にはたくさんの水彩作品。人間もいれば、ハイブリッドもいる、色鮮やかな鳥達もいる。このアトリエにいた一年間は、定期的にナント市の地域の人々と交流の機会を持ちながら、彼らに愛されて活動してきたようだ。アーティストがアトリエ近隣の住民に自分の仕事を公開し、交流を持ち、良い関係を築くことはお互いの日常のためにとても大切だ。古市牧子がどれだけナントの人たちとの関係を大切にしてきたかは、道で彼女に出会うナント市民の嬉しそうな表情を見れば一目瞭然だ。

Artiste dans son atelier, juillet 2012

「にやり、とすること!」
ほんとうに面白い人は、月並みで詰まらない問いをぶつけても、なかなか素敵な切り返しをしてみせてくれるものだ。彼女のアーティスト活動の根底にあるテーマのようなものは何か、という問いに対して、彼女は「にやりとすること」と、簡潔で明瞭に答えた。さて、そうは言っても、「にやり」とは一体なにごとか。
140字以内のツイッター要約ならぬ、10文字要約。にやり、とはなかなかセンスのいい表現だ。
自分の作品を見てにやりとして欲しい、人がついにやりとするような作品を作りたい、ということらしい。少なくとも私の方ではとりあえずそのように理解したのだが。
なるほど、ふと再び壁に貼付けられたり立てかけられている作品をぐるりと眺めると、なんとも楽しくなってしまう。楽しいといっても、胡散臭くて偽善に満ちた「にこっとした爽やかな微笑み」ではなくて、かといってブラックユーモアで「ククッ」とするのでもなくて、顔をくちゃくちゃにして大笑いするのでもなくて、他に表現しようがないあの笑い、「にやり」なのである。そう、私はこの「にやり」を別の言葉で言い換えることをハナから放棄している。こればかりは、彼女の作品に出会う人々に色眼鏡なしに味わってほしいと願うからだ。

série de body-builder

つい、にやりとしてしまう作品群のひとつに、ボディービルダーシリーズというのがある。ボディービルダーの肉体というのは確かにわざわざ構築され直しているだけあって独特な方法で異化され、その形もポーズも面白い。ボディービルディングというのは、勿論世界には女性ビルダーの存在もあることを承知の上で、それでもなお非常に男性的なイメージを想起させる。いっぽうで、古市牧子の描くボディービルダー達は、見るところ皆男性であるのだが、その生身の肉体に特有の「男性らしさ」をある意味で欠いている。そこにあるのは鮮やかな色彩と独特な形であり、隆々とした筋肉とか、滴る汗とか、生身の肉体が放つ体臭とか、肌のギラギラした光沢みたいなものが一切感じられない。それどころか、なぜだか分からないが通常ビルダー達の共通項であるつやのある小麦色の肌色は、突如黄緑色に反転させられてしまったりする。この、意味を無に帰すようなユーモアと、モデルの軽やかな中性性がにやりの正体の一側面であると言えよう。

série de body-builder

または、アイドルシリーズ。アイドルを翻訳しようとすると、フランス語にidoleというのが思い当たるが、これは日本のアイドルグループとは全く関係ない言葉である。むしろ、ぴたりと翻訳可能な言語を探す方が難しい。とても若い、しばしば十代後半の少女達がフェティッシュなコスチュームを身にまとってテンポの早い歌を踊り歌う、日本のあの独特なガールズの様子は、疑いなくユニークな文化である。古市牧子は、日本のアイドルの面白さににやりとしながらシリーズを作成した。皆一列にぴたっと並び、同じコスチュームを着て、ポーズをして、笑顔で。誤解を避けるため断っておくが、アーティストの面白いものへの関心は、皮肉や嘲笑とはおそらくかけ離れたものである。もっと本質的なレベルにある単純な関心のようなものではないかと思う。

Série des idoles de la chanson

さて、ここまで生き物ばかり解説してきたが、彼女の繊細なテクニックと豊かな色彩があまりに素敵な植物を描き出していたので掲載させていただいた。彼女は植物も大好きだ。お邪魔させていただいたアーティストのアパルトマンにも幾つもの鉢植えがあったと記憶している。それにしても、この植物のそれぞれの葉の色彩とその重なりを眺めているだけで飽きることが無い。葉の色彩をくるくると転換してみせる太陽の光と、その細くて繊細なツルを揺り動かす風が、目の前にはっきりと見えるような気さえする。

ナント滞在中、ちょうど延長会期中であった古市牧子の個展(あるコレクターの個人宅で行われていたもの)にお邪魔することが出来た。絵画作品を美術館やギャラリーといった、絵画を見せるための空間で目にすることが圧倒的に多いのだが、個人宅での個展というのもなかなか素敵であった。この個展では、アーティストが作成した作品集本も販売され、拝見させてもらったが、なるほど、一挙に作品を楽しむことが出来るし、本というメディアは静かに何度も見たいときに眺めることが出来るので、欲しくなってしまった。

Exposition chez un particulier, juillet 2012

古市牧子、金沢出身の、今やナント市民に愛されるアーティストの多彩なアートワークの中で、今回は絵画作品に焦点を当て、紹介させていただいた。日々パワフルに邁進する彼女の活動の様子やニュースはこちらのサイトをごらんいただければと思う。ヴィデオ作品やインスタレーション作品についての情報もある。
Makiko Furuichi
ハイブリッドな絵を描き、人々とのコミュニケーションを大切にし、人々をその「にやり」の中に招き続ける奇才なアーティストの活躍をこれからも追い続けることができれば、と願う。

謝辞:アトリエ引っ越しでお忙しい中のインタビュー、ほんとうに有難うございました。
(インタビュー:2012年7月9日、ナント、フランス)

08/9/12

Joana Vasconcelos /ジョアンナ•ヴァスコンセロス@ヴェルサイユ宮殿

Joana Vasconcelos/ ジョアンナ•ヴァスコンセロス

過去と現代の女たちへのオマージュ
@Château de Versailles
du 19 juin au 30 septembre 2012
site: http://www.vasconcelos-versailles.com/

ジョアンナ•ヴァスコンセロス/ Joana Vasconcelos はリスボン在住のアーティスト、現在41歳、世界で最も精力的に活動している女性アーティストの一人だ。1971年生の彼女は、2005年のヴェネツィアビエンナーレにおいて発表した、La Fiancéeという25000個の生理用タンポンをシャンデリア風に構築した作品で一躍脚光を浴び、2006年以降は、スカートや洋服などの衣類や毛糸、レースなどのマテリアルを使用した作品を数多く制作している。

村上隆がヴェルサイユ宮殿をクール•ジャパン的ポップでマンガなワールドに作り替えた2010年の9月の展覧会(site) が記憶に新しいが、ルイ14世の全盛期に建立され、フランス絶対王政の富と権力の象徴であるヴェルサイユ宮殿で、現代アーティストとのコラボレーションが始まったのは2008年のジェフ•クーンズ/ Jeff Koons (site)
から、実に最近のことなのである。

ご存知のように、ヴェルサイユ宮殿は今日、ルーブル美術館と並んで、パリの旅行者には知らない者のない観光スポットであり、時期と曜日にもよって異なるとはいえ、日々多くの旅行者が長蛇の列を作り、庭園も含めると25ユーロほどの入場料を支払って城を見学している。なるほど、たしかに一生に一回のヴィジット、と意気揚々に宮殿に足を踏み入れたところ、鏡の間に見も知りもしない現代アートの彫刻がどすんと置かれていたり、王妃の寝室に何やら不気味な髪の毛のお化けが佇んでいたりしたら、文句をいう者や批判する者が出てくるのは想像に難くない。現に、第一回目のJeff Koonsの時はもちろんのこと、村上隆の展覧会の際にも、アニメやマンガから着想されたキャラクターたちに城が侵略されることを良く思わない一部の保守的な人々から厳しい批判の声が上がった。

ヴェルサイユ宮殿のような不朽の歴史的建造物はもちろん、ただ現状を維持し、改修•保存し続けるだけでもおそらく世界中からの観光客を呼び続けることができるのかもしれない。しかし、宮殿を毎年ひとりのアーティストの作品によってまったく新しい展示空間に作り替えてしまうことは、歴史的建造物であるのとは別の次元で非常に面白い試みなのだ。ヴェルサイユ宮殿のゴージャスな外装•内装からして、たしかに展示すべき作品の華やかさやスケールの大きさが求められることは間違いない。しかし、個人的にはアイディアとして素晴らしい試みであると高く評価すべきだと思っている。展覧会が美術館やギャラリーで行われることが多い今日、無地の壁でない、しかも政治的だったり社会的だったり性的であったりと、多様なコンテクストをまとった空間で作品に対峙するという体験はとても貴重だ。

La Fiancée 2005

ポルトガル出身のジョアンナ•ヴァスコンセロスは、ヴェルサイユ宮殿における現代アート展示第5回目にして、ようやく初めての女性アーティストとして宮殿に招かれた。会場である宮殿内と庭園には16点の作品、そのうちの8点がこの展覧会のために制作された作品だ。彼女がこれまである種、フェミニスト的なメッセージを掲げて制作してきたことはまず押さえておくべきだろう。前述した最も有名な作品、La Fiancéeとその相棒のCarmenはそれらが生理用品であるタンポンで作られているとかセクシュアルな意味を含有する作品はヴェルサイユ宮殿にふさわしくないとかいう理由で、宮殿の方針によって却下されてしまったのだ。そのことについて、アーティストは失望しながら以下のように述べている。

「まず最初に問題になったのは、La Fiancéeを宮殿に展示するかどうかでした。私はLa Fiancéeと対の作品であるCarmenを鏡の間に、具体的にはLa Fiancéeをあるべき位置(つまり鏡の間の内部)、Carmenをその外側に位置づけるという構図を夢見ていました。白いタンポンでできたLa Fiancéeは純真を表し、黒いCarmenは娼婦を表しているの。これらの作品は性的であるという解釈のもと、ヴェルサイユ宮殿にそぐわないものと判断された。あたかも、ヴェルサイユ宮殿には女性もセックスの話も存在しなかったかのように!」

La Fiancée en détail

女性アーティストを招き、しかも奇しくもフェミニズム的作品を制作することで知られるジョアンナを招いておきながら、25000個のタンポンによるLa Fiancéeが鏡の間に誇らしげに吊り下げられなかったことに、現在のヴェルサイユ宮殿と現代アートとの関係性の限界を感じざるを得ない。どうなっていくべきなのか、どうなっていくのか、まだその結論は出ていないのだ。

Marilyn(PA), 2012

そういった訳で、鏡の間には、Marliyn(マリリン)が展示された。鍋と鍋の蓋で信じられないほど精密に構築された巨大なハイヒールは、女性の性的アピールとしての魅力を象徴すると同時に、依然として女性の仕事であり続ける料理や掃除といった家事仕事のモチーフ(鍋)を意味している。さらにこの巨大な寸法は、ルイ14世が宮殿を建てさせた17世紀から今日に至るまで、全ての女性たちが努力の末獲得してきた権利や自由の大きさを象徴している。この展覧会のタイトルも、 »Hommages aux femmes du passé et aux femmes modernes »(過去と現代の女性たちへのオマージュ)である。

Marilyn (PA), back

この展覧会を訪れて一番最初に出会う作品、Mary Poppinもまた、Pamela Traversの小説に現れる女性へのオマージュであり、女性参政権と女性の自由のために戦った登場人物なのである。

Mary Poppin, 2010

このMary Poppinのマテリアル使いと大きくて奇怪な生き物のようなスタイルは、展覧会後半に現れる3つのワルキューレ彫刻にまで引き継がれている。レースやカラフルな布を使い、毛糸で鉤針あるいは棒針編みされた装飾が施されている。ワルキューレは北欧神話において、「戦場における生死を決定する女」であり、女性の神性の象徴的存在とアーティストによって捉えられている。

Walkyrie Trousseau, 2009

二つの向き合った手長エビは、Le Dauphine et La Dauphine(ドーファンとドーフィンヌ)と名付けられており、テーブルの上に向き合って配置されている。ポルトガルレースが施されており、ドーファンが雄でドーフィンヌが雌である。

Le Dauphin et La Dauphine, 2012

Gardesは文字通り、番をする2頭のライオンだ。勇ましく、好戦的で、強さの象徴である2頭のライオンを、ウエディングドレスに使うレースで装飾してしまうというアイディアの背後には、戦争を好む男性性を嘲笑するようなアイロニーが見え隠れする。

Gardes, 2012

Lilicoptèreはもちろんヘリコプターをかわいくもじった、ピンクのヘリコプターの作品だ。大量のダチョウの羽毛で飾り付けたヘリコプターは、王妃マリー•アントワネットが王宮をダチョウの羽で飾りたいと述べたという言い伝えから着想を得ているそうだ。

Lilicoptère,2012

さて、ご存知のように、フランスの歴代王妃は公開出産を強いられてきたのであり、ハプスブルク家から嫁いだマリー•アントワネットも例外ではなく、Chambre de la Reine(王妃の寝室) において公開出産した。La Fiancéeはむしろ、王妃の寝室に展示されても良かったのではないかと思うが、実際にはPerruque(カツラ掛け)がこの部屋のための作品として選ばれた。Perruqueは、赤褐色の卵形の立体からたくさんの突起が出ており、その各々から様々な色の髪の毛が垂れ下がっている、どう見ても奇異でグロテスクな様相をしたオブジェだ。ジョアンナ•ヴァスコンセロスは、このPerruqueの展示をめぐって再度宮殿側と衝突することになる。この作品を展示できないのなら、展覧会は無かったことにする、と言うことによってようやく展示が認められたという。

Perruque, 2012

Perruqueが物議を醸したのは、このオブジェがただ単に、あまりにロマンティックでフェミニンな王妃の部屋に似ても似つかぬグロテスクな形をしていたというだけが理由なのではない。細長い楕円の立体はまぎれも無く、女性の子宮の中に放り出される「卵(らん)」なのである。卵に纏われた多数の突起は、固くなったたくさんの男性器のようにも見えるし、何らかの暴力的なコンテクストによって歪められ、奇形化してしまった可哀想な卵子のようにも見える。 歴代王妃の公開出産が行われたとされる「王妃の寝室」において、この作品を展示しなければならないアーティストの主張は最もであるし、それを防ごうとした宮殿側の方針が存在することも理解できる。(突起と髪の毛は実際には19個取り付けられており、それは王位に就いた子どもも含めこの部屋で出産された全ての王室の子の数に相当する。)

 純真性を象徴するLa Fiancéeと娼婦であるCarmenが鏡の間の入り口を挟んで対面する、その劇的な瞬間を体験することの出来るもうひとつのヴェルサイユ宮殿現代アート展示とはいかなるものだったのだろう。私たちはそれを、残された16個の手がかりから推測し、深い想像に身を浸すほかなく、それは悔しさにも諦めにも似た感情である。それでもアーティストは作品を作っているし、彼らは議論している。変わって行くことも、たくさんあるのである。

07/28/12

ダミアン・ハースト展/ Damien Hirst, Exhibition @Tate Modern, London

巨大なガラスケースの中に大量のハエの死骸と、皮を剥がれて既に少し肉が乾燥した牛の頭部。私達の日々の生活からも、「アート・エキジビション」という洗練された響きからもあまりにかけ離れた尋常ならざる装置を目の当たりにして、ワクワクしてやって来ていたはずの8歳くらいの少女は悲鳴を上げて彼女の母親のもとに走り寄った。

A thousand Years, 1990, photo by Oli Scarff/Getty Images

私は5分くらいの間、まだ生きているハエと、床に転がっている山のような死骸と、彼らの餌となっている真っ赤な牛の頭部、そして彼らの幼虫が住むハウスをまじまじと観察した後に、中でも最も親切そうにしているスタッフに、だれがどうやってこれを設置したのか、会期中どんな具合に環境を保っているのか尋ねた。いくら大きな美術館で仕事ができるからといって、こんなハエだらけのハードワークを覚悟できる人間が世の中に大勢いるとは思えない。

やる気に満ちた感じのスタッフは笑顔で答える。
「これは私達が設置したんじゃないんです、ハーストは専属のサイエンティスト・グループを持っているの。うちのキュレーターたちでも、こんなヤバイ装置の設置は無理。ハエの死骸の除去や餌交換もサイエンティスト・グループが行ってるんです。」

なるほど、現代アートはもはや、アーティストの手にも、アシスタントの手にも、そしてキュレーターの手にも負えなくなっているのか。ではハーストは一体、何を作っているのだろう?

私が最も愛している画家の中のひとりに、アンリ・マチスがいる。晩年ニースで制作したマチスは年をとって自ら筆をもって描くことができなくなり、切り絵をしたりアシスタントに命じて制作させていたのは周知の事実だ。なにもマチスまで遡らなくたって、アーティストがコンセプトやアイディアを実現するためにアシスタントや専門家に仕事を依頼したり、業者に発注したり、さらには何も実態あるオブジェを作らないことすら、よくあると言ってよい。絵画展を見に行けば、そこに展示された絵画は画家本人によってデッサンされ、彩色され、サインされたのだろうと予想できるが、草間彌生の巨大なカボチャや花の彫刻が彼女一人の手で造形されていると予想する人はいないだろう(と信じたい)。

Flower Sculpture, Yayoi Kusama, photo by Miki OKUBO

ダミアン・ハーストの展覧会に足を踏み入れると、そこに展示された「物」の量や集合体としての「物」のインパクト、ホルムアルデヒド漬けにされた巨大なサメや縦割りにされた牛の親子の美しい薬品漬けを目の当たりにして、たしかにハーストすごいな、と感心せざるをえないのだが、現在これだけ著名なアーティストで、強烈な作品を通じて多くの鑑賞者に新たに衝撃を与え続けているハーストの、未だ十分に語られていない本質的な部分が残されているのではないか、という気がしてならない。動物の剥製やホルムアルデヒド漬け、薬品の陳列棚、生と死に関わる制作、現代の新しい死の概念、それ以外の何か。

The Physical Impossibility of Death, 1991, photo by Prudence Cuming Asociates

Mother and Child Divided exhibition copy, 2007 (original 1993)

photo by Graeme Robertson for the Guardian

さて、前置きが長くなったが、ロンドンの現代美術館、Tate Modernで今年の夏開催されている2大展覧会は、Damian HirstとMunch展。このムンク展はポンピドゥーに2011年9月~2012年1月まで開催された、あの展覧会であり、(私の過去展覧会レポートはこちら)そういうわけで、迷わずDamian Hirst展へ。おそらくこの展覧会、来年にはパリのポンピドーセンターに巡回するのではないかと思われるが、とにかくレポートしようと思う。

ダミアン・ハースト/ Damian Hirstといえば、1965年生まれ、1993年にはイギリス代表としてヴェネツイア・ビエンナーレに出展し、まっぷたつに縦割りされた牛の親子の標本彫刻(上の写真)で一躍有名となり、1995年に同作品でターナー賞を受賞した。先にも述べたように、それが発注であろうと、サイエンティストの仕事によろうと、彼の作品は常にマテリアル性を離れてはいない。アート市場では最も作品が高いアーティストの一人であるそうだ。ショーケースに入れられた色とりどりの錠剤、同様にケースの中に芸術的に並べられたマルボロの吸い殻、これらはなぜアートかなんて問わなくたって、そこにあるだけで、なんとなく「センスのいい」ものだ。剥ぎ取られた無数の蝶の羽根を綺麗に並べて貼り付けた祭壇画は美しいし、1995年ごろより覚せい剤などの薬物中毒であると告白している作家が錠剤を抽象的に描いたスポットペインティングは、そのポップカラーとシンプルな配置で人気だ。

damien hirst’s pharmacy, 1992

Damien Hirst poses infront of ‘Doorways to the Kingdom of Heaven’, photo by Graeme Robertson for the Guardian

Edge, 1988, photo from the exhibition catalogue

あるいは、「黒い太陽/ Black Sun」は息を呑む作品の一つで、無数のハエの死骸で構成されている。我々の世界に唯一存在することになっている太陽は光を放っているが、黒い太陽はその太陽と向きあって、そのすべての光を吸収しているかのようだ。そして、発信されたすべての光が行き着いた先には黒炭にも見紛うことのできる、大量の死骸。黒い大きなハエの死体の塊は、地球上の有機体が太陽によって燃え尽されてしまった、固く静かな集合のようにも見える。

Black Sun, 2004, photo from Museo Madre’s Site

よく議論される問題であるが、その作品制作の殆どをアシスタントや専門家や業者に発注するハーストが作家であるかどうかなんて難問は残念ながら実際には議論しても無駄である。なぜならば、「物理的な意味での作品を作るのがアーティストである」という前提は、メディア・アートやインターネット・アートを例に挙げるまでもなく、崩壊しているのであるし、現に奇抜なコンセプトをプロポーズして、それを形にし続けるハーストが世界で最も成功しているアーティストの一人として作品を売りまくっているのだから。

そんなことよりもむしろ、彼の作品がしばしば我々に見せつける、皮肉的なまでの楽観、あるいは、諦め尽くされた苦悩のようなものを直感的に感じた瞬間こそ、ダミアン・ハーストの作品群がよりクレイジーに一人歩き始める瞬間であるのだ。

Detail of Doorways to the Kingdom of Heaven, 2007, photo from the exhibition’s catalogue

ハーストは、動物たちをホルムアルデヒド漬けにし、カラフルな薬を陳列棚に並べながら、物理的な死の不可能性や、自然的な死とはかけ離れた歪められた生の現実を我々に見せつける。大量の健康サプリや薬、医療の恩恵によって、私達はなるほど、私達の意志の及ばないところで世界に生かされているのかもしれない。そして、それは時に覚醒剤などの薬物によって、狂気じみたポップカラーで彩られるとても楽しい世界でありながら、同時にヘヴンに続くドア(Doorways to the Kingdom of Heaven)を美しい蝶の羽で彩り、ドアの向こうのその存在を望むことによってしか、生き続けることのできない、ハードな世界でもあるようなのだ。

ダミアン・ハースト/ Damien Hirstの回顧展は、Tate Modern, Londonにて2012年4月4日より9月9日まで、開催中である。

07/3/12

畑田久美 大きなパレットで描く、色彩の画家 / Kumi Hatakeda, Peintre

畑田久美の絵は、前向きで強く、そして鮮やかだ。一目見たら忘れない、特徴あるかたちの捉え方と、明るく確信を持った色の配置。大阪で国際商学を学び大学を卒業した彼女が、絵を学び始めたのはフランス、パリにあるポール・ロワイヤル・アカデミー(Académie de Port-Royal)でのこと。2005年、若き画家の卵だった畑田久美は、力いっぱいアカデミーの扉を開けた。

学校の美術の時間、嬉々として熱心に絵を描いていたことを除けば、日本では一切美術のエチュードはしてこなかったそうだ。つまり、畑田久美という画家は、フランスのアカデミーで育まれ、認められながら日々進化し続けている一人の日本人アーティストなのだ。

Kumi HATAKEDA, Les échecs, 70×70cm

彼女がフランスに渡ってから、画家として6年間の日々を過ごしたアトリエにおじゃまさせていただいた。(Académie de Port-Royalのsite) 学長は、畑田久美の師匠であり、彼女が最も尊敬する画家であるジャン・マキシム・ルランジュ(Jean-Maxime RELANGE)。バカンス前の妙な時期の訪問と、ところ構わずの写真撮影を快く受け入れてくれた。若きアーティストとのツーショットにも快く応じてくれた。(二人でバラの花まで持って、ポーズをキメようとしている。チームワークは完璧そうだ。)
なるほど、師匠を心から尊敬でき、信頼出来るということは、真似たり参考にしたりしながら自分の型を作っていくようなワザモノを学ぶ際には特に重要なのだ。

Jean-Maxime RELANGE and Kumi HATAKEDA

以前、毎年グランパレで行われるFoire (siteはこちら) に彼女が出展したときにも一度お会いしているのだが、この師匠がいかに生徒たちを熱心に指導し、個人を尊重しながら芸術を教えてきたか、彼らの関係をちらりと見るだけで、とてもよく理解る。彼女自身は「最も信頼している師」と彼のことを語る。

昨年2010年、畑田久美はパリのポール・ロワイヤル・アカデミーでグランプリを受賞する。グランプリ受賞者の個展は、パリの中心、シテ島内のギャラリー、Galerie LeHalleにて2011年2月3日より行われ、間の会期中、多くの美術ファン、畑田久美ファン、フランスの美術コレクターたちが訪れた。会場に黒いドレスに身を包み現れた小柄な画家は、大きなキャンバスいっぱいに明るくはっきりとした沢山の色彩を楽しく踊らせることのできる、超パワフルなアーティストだ。(会場の様子はギャラリーのHPを御覧ください。)

Kumi HATAKEDA, La Belle, 55×46cm

私はこの画家の色の鮮やかさが大好きだ。目にしたことのある風景であるのに、画家の視線によって異化されていて、描かれた対象について一生懸命思いを巡らせる瞬間も好きだ。その瞬間こそがまさに鑑賞者が畑田久美ワールドに引き込まれる瞬間であるからだ。作品を見るものが、絵を前にして、それが何か、何を意味するか、何を伝えたいのか、じっと考えているとき、鑑賞者は文字通り芸術家の世界の虜になっている。見えているものに対し、いまだ解釈を与えられずにいるその瞬間だけは、私は私の言葉を持っていない。提示されたものに率直に対峙している幸福なひとときである。彼女の作品は、豊かな色彩を伴いながら、このしあわせな時間を私達に経験させてくれる。

Kumi HATAKEDA, Eclats d'Aulx, 100×100cm

Kumi HATAKEDA, Rythmes de legumes, 100×100cm

フランスに来て、ゼロから絵を学び始めたことには大きなメリットがあったと彼女は語る。子供の時から学びたかったことを毎日疲れきるまで真剣に取り組むことのできる、日常的だがかけがえのないしあわせ。
ここからは私の勝手な推測に過ぎないが、信頼出来る師匠や話のできる仲間に恵まれてすら、制作とはおそらく孤独な仕事であるのだろうし、表現者は葛藤と闘いながら彼らの表現活動を行なっているのだと思う。描きたいもの、描かれるべきもの、それをどのように描くべきかという問題をめぐる6年間という時間は、彼女が悩みまくるために十分長い期間であっただろうし、これからも沢山の鑑賞者と「しあわせ」を共有するために、畑田久美の表現は進化していくのだろう。

彼女はシャガールが好きなんだそうだ。シャガールはご存知のように「色彩の画家」とか「愛の画家」と呼ばれる。生涯ロシアとフランスを行き来しながら、生涯愛した妻をアメリカで亡くしたあと、フランスで晩年を過ごした画家である。たしかにシャガールはとても素敵な色で素敵な構図で絵を描く。
彼女の色彩の源であるパレットは、パレットの板の部分から20センチ以上盛り上がっており、もはや絵の具の彫刻とも言うべき代物である。このパレット、実は作品より高価だとの噂もきく。「いちいち洗わないの〜。」と笑顔で説明してくれたが、毎回洗わないこととパレットを彫刻作品にしてしまうことは別次元である。次回個展をされる際にはぜひとも一緒に展示していただきたい、彼女の制作の思い出がぎっしりと詰まったパレットだ。

artist's palette

パリで6年間、日本と異なる光の色や緑や人々を目にした彼女はこれから、もっと新しいものを見つけるために旅に出るのかもしれない。シャガールが晩年を過ごした南仏の光を体いっぱいに浴びるために。もし仮にそうだとしても、この色彩の画家はずっと、パリが育んだ画家でありつづけるだろうし、パリの光の色を忘れることはないに違いない。

彼女の恩師であるジャン・マキシム・ルランジュは、2010年の畑田久美グランプリ受賞に際し、以下の様な言葉を述べている。

   畑田久美の絵において、もっとも驚かされるもの。それは、熟考された、しかしこの上なく素直な表現。彼女が主題とする静物、裸体、あるいは風景は彼女の効果的な表象の仕方と天才的な構図のセンスによって、完全に捉えられ、従順なモデルとなっている。(中略) 豊かな色彩を使い、彼女が見捨てる色は一つもない。すべての色を知っており、そのすべてを愛している。キャンバスがすっかり色で覆われた時、色調への深い愛をもってこれらを完全に、そして思慮深い方法で調和させる。それは彼女にしかできないことだ。

謝意:バカンス前に無理を言ってお邪魔させていただきありがとうございました!
(インタビュー:2012年6月28日)

06/19/12

無秩序の巨匠展/ Maîtres du désordre @Musée Quai Branly

Maîtres du Désordre

「無秩序(Desorder)の巨匠たち」というすごいタイトルの展覧会が、エッフェル塔近くのMusée du Quai Branlyで2012年4月11日から7月29日まで開催されている。
展覧会のイントロダクションにはこのようにある。

「秩序あるものと無秩序なものを巡る終わりなき葛藤は、多くの伝統において表象されてきた。そして、 »秩序 »と »無秩序 »という相反するものが創り出す緊張状態は世界の均衡が保たれるために必要不可欠なものと考えられてきた。この展覧会は3つの軸で構成される。世界における無秩序、無秩序の制御とカタルシス、そして無秩序をめぐる神話と儀式的実践の創造。この3つの軸を通過することで、鑑賞者は、聖なる世界から俗的世界へ連れ出されることとなるだろう。
俗世とは、不完全で無秩序な世界である。世界の不完全さから生み出される不幸な運命から自らの身を守るために、そのアンビヴァレンスで危険な力を抑制する仲介人がふと姿を現す。われわれは、彼らのことを、「無秩序(Désordre)の巨匠たち」と呼ぶ。」

この展覧会を理解するにあたって、まず念頭に置いておかなければならないのは、この展覧会はDesordre/無秩序を集めた展覧会ではない、ということである。イントロダクションから明らかになるように、秩序vs無秩序は西洋的宗教観(といっても差し支えなかろう)に基づく、以下の図式を浮き彫りにする。

聖なるもの/神/完全性=秩序 vs 俗世/人間/不完全で不幸=無秩序

したがって、不完全で無秩序な世界に生きる人間であるわれわれが、その不運な境遇とどのようにうまく付き合い、生きて行くのかという問題に取り組んだ作家達の作品を集めた展覧会である、という主旨である。その作品は一見「無秩序」の表象のように見えたとしても、このコンテクストを忘れてはならないのではなかろうか。

西洋的宗教観、とりわけ全能で完全なる神と俗世界に堕ちてきた不完全な人間という構図に基づくとはいえ、Quai Branlyのキュレータ(Comissaire: Jean de Loisy assisté de Sandra Adam-Couraletら)たちに選ばれた作品群は非常に多岐に渡る。もちろん、Musée Quai Branlyのスペシャリティであるプリミティブなオブジェが数多く展示されていた。

Masque Tomanikはイヌイットのコスモスの神であるシラが強風を起こし、暴力的な大風を大地に吹き起こす。イヌイットにおいて天候を司る神は様々な姿で現れるのだが、とりわけ風を司る神の化身が身につけるのがこのTomanikのマスクだ。

Masque Tamanik (Faiseur de vent), Inuit

また、Quai Branlyらしいコレクションからの出展では、ブラジルのTopuが挙げられる。Topuは雷鳴の神、やはり天候を司るが、とりわけ激しい嵐や雷雨をコントロールしている。Topuはトランス状態のシャーマンに乗り移って彼らを傷つけることすらある。雨期が始まるときやってくる神だ。このTopu像は、人間の身体の形を当てられている。彼らが乗り移るところのシャーマン自身の容姿を模して作られているとても小さな人形だ。

Topu, Brésil, 1960-1972

ふと私たちの良く知る顔を見かける。埴輪。

埴輪, Japon

埴輪はご存知のように、古墳時代に多く作られ、聖域を俗世界と明確に区画するため、死者の身分の高尚性を表すため、死者の霊を悪霊から守るため、など様々な目的で墓に配置され、一緒に埋められたと考えられているが、果たしてこれについて、「無秩序」をコントロールするための媒体としてのオブジェであったとコンテクストづけていいものだろうか。展覧会趣旨からするとやや疑問を投げかけたくなる選択であると言わざるを得ない。Quai Branlyのように、プリミティブコレクションを数多く持つ美術館は、しばしば例えば今回の展覧会のように彼らの美術館収蔵品と、現代アーティストの作品をコラボレーションさせて、たとえば「無秩序の巨匠」のように一貫したストーリーに位置づける。全体としてなめらかに結合させるのはしばしば簡単なことではない。これは、フランスやヨーロッパにある「モノをたくさんもっている美術館」がどうやって若いヴィジターの心をつかみ、新しい展覧会を作って行くことができるかという問題に関わる大切な取り組みだ。

masquesの天井

天井からたくさんのマスクに見下ろされている廊下を通り抜けると、フランス人の女性アーティスト、アネット•メサジェ(Annette Messager)の「リスのパレード」という作品がある。

Parade de l'Ecureuil, Annette Messager, 1994

アネット•メサジェはいのちの記憶、オブジェや動物、人間の個別のおもいでに焦点を当てて表現してきたアーティストだ。彼女のマテリアルは壊れた人形、分解されたぬいぐるみ、そして、動物の剥製など、傷ついた生を思い起こさせるものが多い。重ねられたざぶとんの上に配置されたカラフルなオブジェを纏う死んだリスは、目が粗いけれども決して抜け出すことは出来ない、重苦しい黒いネットに絡めとられている。そしてよくみればリスが装備しているのは他の動物達のからだの断片、足や尾っぽなどではないか。リスはそれでも楽しくパレードをする。その様子は統一感が無く、ごちゃまぜに見えるとしても、メサジェのなかで、このパレードは混沌とした生を表象しながら、それに向き合い戦う小さな彫刻のようなものであるのだろう。リスは、その小さな手を上げ遠いどこかを指差し、黒いマスクを被ってバラバラにされた他の動物達の果たされなかった願いを背負い戦う小さな戦士のようだ。

Paroles d'inities

さいごに、私がインスタレーションとして面白いと思った展示スペースがこちらの電話の受話器から世界中のイニシエ(現代におけるシャーマンたち)の話を聞くというものだ。世界からの画像と声を発信するためにもうけられた14のスクリーンと受話器が設置され、それら機材をぐるっと取り巻くベンチに腰掛けて、人々はそれに耳を傾ける。そもそも今日でもシャーマンと呼ばれる人々はたくさん存在する。14人の現代シャーマンがそれぞれ歌や物語、ダンスによって彼らの身体が開かれていく始終がスクリーン上に映し出され、人々は電話の受話器の音声と合わせて興味深く観察していた。電話の受話器がそれを耳に当てている人にしか聞こえないこと、このインスタレーションがなんとなく洞窟らしい雰囲気でひっそりと設置されていることは有無を言わさず、シャーマン達のトランス状態を「こっそりと盗み見る」態度を鑑賞者に強いる。本来的にシャーマンの仕事は、テレビで報道されたり、美術館で展示されたりする状況とは無縁のものだからだ。

幾つかの疑問や問題を残しつつも、コンセプトとして、楽しむことの出来る展覧会であったのではないだろうか。このエクスポは7月29日まで、Musée du Quai Branlyで開催中である。

06/16/12

モニュメンタ ダニエル•ビュラン/ Monumenta 2012 Daniel Buren

モニュメンタ(Monumenta)は、グランパレの45mの高さ13500㎡というゴージャスな空間をたったひとつの作品で占有してしまおうという、スケールの大きいイベントだ。2007年から一年に一回ずつ開催されてきたこのイベントは、国際的に重要なアーティストとしてたった一人選ばれた作家が、グランパレの空間に合わせた斬新で巨大な作品を創り出すことで、第5回目となる2012年まで、世界中からのたくさんのヴィジターを魅了してきた。(2009年は行われていない。)

2007年はドイツ人のアンセルム•キーファーによる絵画•インスタレーション。翌年の2008年はミニマリズム彫刻のリチャード•セラによる巨大彫刻。とりわけ2010年のクリスチャン•ボルタンスキーの古着のインスタレーションは、冬の寒くて暗い季節を選択して開催され、静かで大きな空間にたたずむ巨大な古着の山と不気味なクレーンの音が耳に残っていて、鮮明に覚えている。昨年2011年は、インドのアニッシュ•カプールの巨大なバルーン彫刻で、ボルタンスキーとは別の意味で内面的な生を感じさせる展示であった。(過去のモニュメンタ)

2012年5月18日〜6月21日という期間、6週間におよんでグランパレの占有権を得たのは、フランス人アーティスト、ダニエル•ビュランである。1960年代70年代、反芸術の運動でかなりラディカルに活動していたビュランへのフランス人の批評ははっきりしている。高く評価する者と反ビュランを訴える者。とはいえ、フランスを代表する国際的現代アーティストの、一貫した表現哲学には耳を傾けざるを得ない。

第一に « travail in situ » (現場での仕事)の重要性を主張する。パリのパレロワイヤルにも彫刻があるが、ストライプは彼の一貫したモチーフの一つだ。縞模様は幾何学的だ。そこにオリジナリティや差異化されたものが介在する余地はなく、とにかくストライプというパターンがそこにあるのみだ。彼がストライプを好んで用いてきたのは、作品自体が語る意味というものを限界まで消去し、作品がそれだけで意味をもたないことを鑑賞者に明確に意識させるためであった。環境において作品を作ること、空間との関係や時間、鑑賞者、光との関わり、それらすべてが彼の作品に絡めとられる要素と成る。

ビュランがグランパレを仕事の現場とする際、その環境を構成するのは言うまでもなく、その巨大な空間とガラス張りの天井から角度と彩度を変えながら差し込む太陽の光だ。2012年モニュメンタ•インタビューで、ビュラン自身、グランパレにおける展示の本質が「どのようにしてこの豊かな光を捉え、表現するか」であったと述べている。

驚くべきことだが、当初の計画では、この広大な敷地に、最も高い天井にあたる上の写真の部分に青のストライプを施す、という構想にとどまっていたらしい。この部分は普段トリコロールの国旗が風になびいているのがガラスを通してみることの出来る、グランパレの建築のなかでも最も美しい部分である。今回モニュメンタの会期中、フランス国旗はおろされ、かわりに青い円が描かれたモニュメンタ2012旗が空に向かって立てられている。

したがって、これら全ての光の森が構想されたのも、 »travail in situ » においてである。この光の森は、ビュランによってグランパレの光を効果的に捉えて、それを鑑賞者に還元するために生み出された。中に入ってみると、45mもあるはずの天井と広大な敷地はプラスチックの天井と所狭しと並べられた四角い柱によって分節化され、心地よい圧迫感と焦燥感に襲われる。

正面入り口の裏に位置する階段を上って、一度森を抜け、その全体と高い空を見上げた時にはじめて、その焦燥感がなんであったのかがわかる。そして、色彩の屋根の中に居たときにみていた光とまったく違う色の光が、そこに存在することに気がつく。

天井のガラスから差し込む光は、ビュランが意図したように、広い敷地の場所によって、時間によって、様々な表情を見せる。ときに重なり合って、ときに拡散して、ときに人々を巻き込んで、それでもビュランが意図した以上のことや意図しなかったことなどが今この瞬間にも起こっているのだと思うと、この森を抜け出せなくなる。

さて、会期中グランパレは眠らない。もとい、グランパレは深夜24時になるまで眠らない。夜のヴィジットはもう一つの作品鑑賞の視点だ。何よりも空いているし、ガラスがはっきりと鏡に成る。さらにグランパレの骨組みが緑色で塗られているのだが、この緑色と深い夜の空の色が、いつか童話で読んだようなヨーロッパの深い深い夜の森を彷彿とさせるのだ。魔女が出てきそうな、木々がざわめきあっていそうな、怖い森だ。

森は抜けることができる。なぜなら森には境界があるからだ。中心部には人々が集うことの出来るような円い鏡があり、座ったり、歩いたり、反射を利用して写真を撮ったり、ごろりと仰向けになって天井を見つめたり、色々なアプローチが許されているらしい。

そういえば、インタビューでビュランが面白いことを言っていた。「公共の空間」についての彼の考え方である。そもそも日本とフランス人の公共の場に対する感覚もかけ離れたものであるのだが、そのことについては後々くわしく考えてみたいのでスルーする。ビュランはグランパレを展示の場として与えられた際、グランパレという巨大な空間は、展示スペースというよりも、公共の場(place public)と思ったらしい。美術館というより路上に近い感覚、だからこそtravail in situである必要があるし、光や人々や音や温度といった環境全てがこの展示を形作る。

夜の森はライトアップのせいで過剰にはっきりとしてみえた。この夢みたいな明るい色はヘンゼルとグレーテルにでてくるお菓子の家の甘いあめ玉やカラフルな飾りみたいで、やっぱり少し不穏な感じがする。

あまりに不穏だったので、場違いなポーズをとってみた。しかし、コンテクストの無い場所で、「場違い」という事象自体がそもそもなりたたないということに、この写真を見て気がつく。この展示は、たしかにその展示物そのものからメッセージ性を読み取り、芸術について考えたり、人間の生について想いを馳せたりする類いのものではないのかもしれないと思う。カプールのように、人間の体内を思わせる生の営みとの関連付けや、ボルタンスキーが得意とする人々の記憶の集積から何かを語らせるような手法とは異なるアプローチである。

場違いなポーズをとってみているところ

果てしなく環境的だ。そう思う。流動的であり、形がないものなのだと思う。ビュランは、空間まかせ、観客まかせ、マテリアルまかせに、その表現を形作ることによって、頑固で柔軟性のかけらも無いスタンスでは決して実現できないようなものを形にすることができるアーティストなのだろう。

「現場での仕事だけがそこにある。この作品も、展覧会のために作って、展覧会が終わったらすべて壊して、ここには何も残らない。」(モニュメンタ•インタビューより)

06/13/12

マネキン(パレ•ド•トーキョー)/Mannequins au Palais de Tokyo

マネキンが好きだ。ボディの質感も好きだし、マネキンのボディが結構精密に複数のパーツから構成されているところも(その関節具合も)大好きだ。こんなに好きなのに、マネキンの製造過程を見学したことがないのはつくづく残念なので、機会があったらぜひぜひ見学したいと日々思っている。

マネキンの身体は匿名的だと言われる。身体はおろか、彼らの顔も特徴というものが無い。マネキンというのは、誰でもありそうで誰でもないように作られた人形であり、もちろん洋服かっこうよく着こなす目的上、程よく謙虚なナイスプロポーションを誇っている。誰からしくて誰でもないというのは、ミステリーな感じがしてとても素敵である。

大きな人形だからといって、実物っぽいのは好きではないのだ。たとえば蝋人形館で有名な、パリのミュゼ•グレヴァンやロンドンのマダム•タッソー館は行ったことがないので、何がどれだけすばらしいか知らずにいい加減なことは言えないが、どうにも興味を持つことが出来ない。誰かをモデルにした人形というのは、それ以上の解釈の可能性は無いし、ミステリーも秘密も、何にもない。あるべき姿が決まっていて、それに似せられただけだと思うと魅力が半減してしまう。

とにかく、10代の頃からマネキンが好きで、見よう見まねでちょこっとミシンをかけて洋服を作るのも好きなので、トルソーも好きである。気になるマネキンがいたら写真を撮るし、ショーウィンドーで裸のまま放っておかれているマネキンのやりきれない感じもたまらなく愛おしい。(持っていないし、あまり関係ないけれど、サラサラした生地で作られた身長くらいある大きな抱き枕もきっと好きだと思う。)

mannequin au Bon Marché, Paris

そうそう、せっかくなので、マネキン人形の控えめな歴史をこの場をかりてお話ししよう。
何を隠そうマネキンはその昔、私が嫌いなセレブを集めた蝋人形館の人形達のように、蝋で作られていた。重くてどうしようもなく、熱に弱くて壊れやすい、蝋人形。制作のコストも大きいので、1928年、島津製作所(現在の七彩マネキン)が洋装マネキンをファイバーで制作するようになり、改良が進んだ。戦後の1950年代には、FRP製のマネキンが制作されるようになり、低コスト軽量化が実現。

日本のマネキン史の中で重要な役割を担ったのは、1968年に渋谷西武百貨店に導入された「ツイッギーモデル」である。ツイッギーは当時大流行したイギリスのカワイイアイドル歌手で、マネキン人形のボディラインを大きく変えた。日本人体型だったマネキンは輸入マネキンに取って代わられる。このことは、ファッションを纏う身体の形が、日本人のものから西洋人のものになったことを意味する。理想ボディイメージのシフトとそのイメージの徹底した普及はハイピッチでなされたといえよう。

マネキンのフォルムは歴史とともに進化してきた。身体自体の形の変化とマネキンの形の変化には密接な関係がある。とはいえ、身体自体の形の変化には長い時間を要するいっぽう、マネキンボディはもっと軽やかに自らを作り替えることができる。それはもちろん、彼らが人形だからであり、彼らの形は人によって作られるからだ。マネキンの高速なフォルムチェンジが表しているのは、人々の「なりたいからだのかたち」である。マネキンは、全ての人の理想をうけとめて変化し続ける、鏡のような存在であり、そこに映し出されているものは必ずしも捉えきれない矛盾を孕んだ、ミステリアスな存在だ。

Florence NIEF "REGARDS", Galerie haute, Palais de Tokyo

本当は、今回パレ•ド•トーキョーで三日間だけ行われたマネキンを使用した展示を紹介しようと思っていたのだが、前置きが甚だ長くなってしまった。(Florence NIEF « Regards » du 8 au 10 juin 2012) 会期中はアーティストから話を聞くことができた。マネキンをマテリアルとして使用するのは初めてと述べる彼女が表現したのは、我々の現代的日常生活のあり方。腸とも脳みそとも、あるいは糞のようなものとも見て取れる無数のひもに絡めとられて、身動きが取れないマネキン達。彼らはそれぞれヘッドフォンを付け、ケータイを持ち、その思索はタブレットにイメージとして映し出される。マネキンの中には部分的にパーツを失ったものがあり、別の場所には断片化されたパーツが同じくひものようなものに絡めとられている。

私たちはこれを彼女が言うように現代生活として解釈しながら、彼らの足下をがんじがらめにする腸のような存在を、ネットワークとして読むことができる。そして、その中に断片化された身体の破片を、納得しながらももがいて生きている現代の生として見なすことは行き過ぎた考えではないだろうと思う。

Florence NIEF, Palais de Tokyo ( du 8 au 10 juin 2012)

05/28/12

日本記号学会 5月12,13日 神戸にて。part1

かれこれ2週間も経ってしまった。2つ前のポストで(here!)、あるいはblog de mimiにおいても、日本記号学会第32回大会について宣伝させていただき、発表要旨も掲載させていただいた。そんなわけで、日本へは5月11日の午前中に到着し、その日一日は、時間がないなりに最大限楽しもう!と、京都国立近代美術館にて村上知義の「すべての僕が沸騰するー村上知義の宇宙ー」展を訪れ、その足で引き続き、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAの展覧会を訪れた。12日お昼から学会の総会、セッション、パフォーマンスという一日目のプログラムが始まる。事前調査では、関西は暖かい予想で比較的薄着しか持ってきておらず、この日はかなり寒い目に遭った気がする。ファッションをテーマにした学会なのに、色のごちゃ混ぜもありえない重ね着も寛容するしかないほどに、寒かったことには参った。

セッションの前に、実行委員長の小野原教子さんから挨拶があった。小野原さんとは、数年前にスペインのコルーニャで国際記号学会のセッションでご一緒して以来、彼女がロンドンにいらっしゃった際にパリから訪れてお世話になるなど仲良くしていただいている。小野原さんらしい、衣服を纏うことと記号学へのパッションに溢れる素晴らしい挨拶にとても感動した。

一日目のセッションは「(人を)着る(という)こと」というテーマで、人が衣服を着るあるいは脱ぐというのはどういうことなのか、あるいはそもそも人は完全にまとっているものを脱ぎきって、裸になることができるのか、という纏う行為そのものの定義を揺さぶるような興味深い着眼点だった。このことは、もちろん、2日目の最後に行われた、鷲田先生と吉岡先生の対談「〈脱ぐこと〉の哲学と美学」の中で議論された内容にも関わる。つまり、人が裸になるとはいかなることか、完全なる裸になることは本質的に可能なのか、身体にまとわりつく沢山の意味から一体人は自由になることができるのか、といった問題だ。

2日目の最後、学会を締めくくる対談の中で、吉岡先生は〈脱ぐこと〉に関わる幾つかのパフォーマンスや作品を紹介された。島本昭三の女拓写真、あるいは高嶺格のワークショップで参加者の女性が実現した裸写真もそのうちのひとつだ。

私がとりわけ興味深く聞かせていただいたのは、1960年代から数あるハプニング作品の中で、先生がおっしゃったように人々は脱ぎまくっていたわけだけれど、その中の幾つかの作品においては、たしかに、身体が見たこともない、あるいは別の存在として提示され、その瞬間、私達は普段「裸」の身体をみつめるのとは全く異なる視線でこれを見つめる。まさにこの時、身体はひょっとして、生まれてから死ぬまでこれをがんじがらめにする多重の意味のネットから解放されて、「真の裸の美」みたいなものとして現れるんじゃないか、という話だ。(ひょっとしたらそういう話じゃないかもしれないが、私はそのようなコンテクストで理解した。)

お話を聞きながらずっと、意味の異化とは何か、ということを考えていた。見慣れていないもの、見たことがないようなもの、ありきたりのものがびっくりするような仕方で提示される時、たしかに、普段私達が馴染んでいる「意味」を脱いでいるのだろう。その一方で、見たことがない新しいイメージもまた、完全にニュートラルであるということはなくて、おそらく別の一つの「意味」をまとっているのだろう。女拓は見たことがないという点で明瞭な意味を与えるのが非常に困難だが、美術家の語る言葉や見る人の反響、個人的な印象といった様々な要素がからみ合って、曖昧な意味を構成していくだろう。こう考えてみると、ひょっとして意味を脱ぐことなんか決してできないんじゃないか、と思えてくる。

いや、ちょっと待って。意味と意味の隙間には何があるか。2つの隣りあう意味と意味の隙間とは、異なるものの間であるのだから、必然的に「空虚」な部分がある。一つの意味からもう一つの意味に着替えるとき、やはり一瞬でも意味のない瞬間がある。なぜかわからないが、こんなことを考えていたら、子供の頃見ていたTVアニメ、セーラームーンで月野うさぎが変身するシーンが頭に浮かんだ。月野うさぎは「ドジで泣き虫な普通の中学生」だが、街に妖魔が現れると人々を守るために「愛と正義の美少女戦士セーラームーン」に変身する。問題はこの変身シーンだ。彼女たちが変身するのは危機に際してであるので、言うまでもなくアニメで30秒近くにわたって描かれるこの出来事は瞬時に完了する事象の引き伸ばしである。変身の間、コスチュームとアイテムが順序良く装着され終わるまで、彼女の身体はなんと輪郭線だけで表現されている。輪郭線の中の彼女の身体はレインボーカラーでベタ塗りされていて、そこには何もない。(変身シーンを御覧ください。here!) この瞬間の少女の身体は月野うさぎでもセーラームーンでもなく、さらに言えば、何者でもなく、存在ですらないかもしれない様態だ。

おそらく、人は意味を脱ぐことができる。脱ぎっぱなしでいることはできないけれども、瞬間的に、意味を着替える瞬間に、私達は気が付かずともいちいち自己をリフレッシュすることができているのではないだろうか。私にとっての意味をまとう身体イメージは、十二単のようなものではなく、ヒーローの変身シーンのようなものである。

さて、新聞女の西沢みゆきさんのパフォーマンスはとても面白かった。参加者全員を巻き込むパワフルなパフォーマンスの場に居合わせたのは初めてのことだった。室井先生も吉岡先生も(吉岡先生は更なるオプション付きで)、一緒にパフォーマンスを見ていた楠本さんも、新聞だらけになった。彼女はパフォーマンスを始める前、アートがいかに人を幸せにするものであるべきかを語った。彼女の語った言葉と表現行為の力強さと裏付けのあるポジティブなエネルギーに感銘を受けた。

アートに限らず、人が人を巻き込んで何かをしようとするとき、それはポジティブなエネルギーに満ちていることが素敵だ。それも強い願いや信念によって貫かれているならなお素敵だ。私がこれからたくさんの人達と成していくであろう活動もまた、誰かが元気になるエネルギーを生み出すことに貢献していけたらいい。

パート2もお楽しみに!
(二日目のセッション、個人の発表について)

実行委員長の小野原さんと会長の吉岡先生(イヴェント後の。)

05/23/12

Jean Dessirier : Artiste Scrupteur/ ジャン・ドゥシリエ

先週の土曜日、5月19日は »la nuit de musée »といってフランスを中心にヨーロッパ各地の美術館が夜間無料開館(深夜12時まで)し、普段はめったに美術館に行けないよ、という人にも色々な美術館を訪れてもらいましょう!という企画である。(様々な美術館が参加している site here)
この週末はしたがってアートイベントが夜通しで盛りだくさん。アトリエで制作する地元アーティストたちも自らのアトリエを公開し、コミュニケーションを図る。

この日は一度、blog de mimiでも展覧会を紹介したことのある、Jean Dossirierという彫刻家・画家のアトリエにおじゃまさせていただいた。(前回の展覧会の様子はこちら)この人の作品には動物たちが沢山登場します。さてさて、どんなアトリエなのだろうか。
アトリエが位置するのは、パリの隣町、メトロ12番線の終点mairie d’issyから徒歩15分ほど、静かな住宅街にある緑いっぱいの一軒家。こちらが彼のアトリエである。

この日は通りすがりのすべての人に門戸開放。
連休で休暇をとっているパリジャンも多く、人通りが多い場所でもないので、静かな土曜日だったようですが、それゆえに訪れればアーティストにかまってもらえるメリットがあったりする。

門を通って、風車や作品の彫刻が点在するお庭を抜けていくと、アーティストと奥様が出迎えてくれた。そして、こちらがオブジェで溢れるアトリエ!

木やブリキの彫刻が所狭しと並べられ、棚にもメザニンにもぎっしりと作品が並べられていた。
画家でもあるJean Dossirier。パステルのタッチが印象的な風景がも沢山。

彼の作風で最も典型的な、ブリキの彫刻たちがこちら。台座の上に、ブリキをフェイスあるいは半身像をに型どり、彩色したものが中心。ブリキの頭部は、彩色のせいなのか金属の質感がマットなせいなのか、全然メタルっぽい印象がない。むしろ柔らかくて常温の質感を感じるのが、私が彼の作品に惹かれる理由だと思う。加えて、彼の絵描く人々の顔をよく見てみると、似ているようで微妙に異なっており、視線をつぎつぎ滑らせていくと、始めは奥様の面影をどの顔も備えているような気がしたけれど、必ずしもそうとも言い切れない気もしてくる。無国籍な顔だ。

画家の窓。
画家の窓には光がたっぷりと差し込んで、干からびた絵の具も、鉛筆も、刷毛も、絵筆もすべてがいっしょくたになっている。彼が築いてきたアトリエでの制作の時間の集積を、見る者が一瞥した瞬間に悟らせる強烈なイメージがそこにあった。

画家の家は楽しい。
彼の作品を並べて、ドゥシリエの動物園っていう展覧会をやるのはどうだろう。子供も大人も純粋に楽しめるzooになるはずだ。そう、彼は動物が大好き。フクロウやその他の鳥たちは頻繁に彼のモデルになる。私が最も愛する動物であるカメはやはり芸術家にも愛されている。お魚も沢山いるし、伝説上の動物も必須だ。

すてきなカメたち。

Porte ouverte(アトリエ開放)の日ということもあり、数人のヴィジターが。
奥様の焼いたブルターニュ地方のりんごケーキを白ワインと共に頂いた。なんと、アトリエを訪れ放題の上におやつ付きだ。

さて、この方がクラマー(clamart)のブリキ彫刻家、ジャン・ドゥシリエさん。
前回の展覧会に出展した »oiseau »がお買上げされて旅立っていくので、丁寧に刷毛でお掃除してあげているところ。ちなみに彼の作品はサイズ様々、一般人にも購入可能なお値段である。

彼のオフィシャル・サイトはこちら his official site here
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