09/14/13

55th La Biennale De Venezia Part4 / 55th ヴェネチア•ビエンナーレ No.4

55th Biennale de Venezia  part 4

 part3では、Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceにおけるドローイングとペインティングに焦点を当て、Daniel Hesidenceの様々なスタイルを越境する抽象絵画、オーストリアの画家Maria Lassingが »Body Awareness Painting »と呼ぶところの奇妙な身体イメージの絵画、自らが手に取るように自然を再構成しながら描くLin Xue(林雪)の竹を使った繊細なドローイング、また、Hans Bellmerのサド侯爵の引用による版画では性倒錯の想像力と両性具有の自己充足的な身体が描かれている。Ellen Altfestは描かれ抜いてきた女の裸体に目もくれず、男の裸体を隅々まで描いて鑑賞者の目を奪った。

part4では、Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceを離れ、88カ国が参加した各国のパビリオン展示について、ダイジェストのダイジェストを紹介したい。ちなみに、フランス館(ドイツ館の建物を利用しての)におけるアンリ•サラのRavel Ravel Unravelは別の記事(アンリ•サラ、フランス館)において紹介しているので、そちらを参考にしていただければと思う。

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Greece Pavilion/ギリシャ

欧州債務危機まっただ中のギリシャでは、マネーに関わる映像作品が上映された。このことは様々な意味で真っすぐな問題提起であるのだが、そこには言うまでもなく、社会的あるいは政治的立場、利害関係、価値観、世代や出自によって支配される相異なる主張を持つ個人が重なり合いながら生きている。
ギリシャ館のアーティストに選ばれた、Stefanos Tsivopoulosは1967年から7年間続いた軍事政権や冷戦時代のギリシャを包み込んでいた世界的な文脈にもういちど疑問を投げかける。ある非常に豊かな環境にうまれた人間が一生涯にわたって大きな困難を経ずに豊かな生活を送り続けることがあるのと同様の理由で、一つの国が歴史の中でしばしば困窮し、破綻の危機に陥るようなことも、原因をその国の内側に求めるようなことは殆どが的外れである。
Stefanos Tsivopoulosは、3つの異なる部分から成る映像作品において、人間関係形成において金銭が演じる役割、そして金銭の所有を巡る政治的•社会的な諸要素について三人の人物の経験に焦点をあててこれを明らかにする。

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目に留まったのは500euro札を次々に折り紙にして、完成した折り紙の花に茎を付け、花瓶に追加して行く年老いた女のイメージだ。女はひたすら折り紙の花を折っていおり。丁寧に折っては、水の入っていない大きな花瓶に追加して行く。使っているのは500ユーロあるいは200ユーロ札という金額の大きな紙幣ばかり。女は熱中していて、花が出来上がると嬉しそうでもある。老女は城のような家に住み、家には人気も無く、家族もない。出来上がって行く花の山は、ただの折り紙の塊だ。女の価値観はひょっとすると既に破壊されていて、この女にはそのような物差しが無いのかもしれないとも思う。しかし、女は紙幣を大切に閉まってある場所から取り出す。あるいは不意の電話を受けたのち、急に切羽詰まった様子で丁寧に折ったたくさんの花束をゴミ袋に突っ込み捨ててしまう。この女は、それが金であるということはわからないにせよ、それが彼女の家を一歩出た世界では、尋常でなく重要な物で、それが自分の身に危機的状況を作り出しうるということをいずれにせよ、忘れることができずにいるのだ。

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Israeli Pavilion/イスラエル – Gilad Ratman

イスラエル館のアーティストに選ばれたGilad Ratmanは、盛大なパフォーマンスを行った。Ratmanは、言語や国籍、国家や政府によって規定され、一見それが普遍的な人間の行動パターンや現在性にまつわる強迫のモデルを形作っていることに対して疑問を投げかけるような表現を行っている。それらを取り去った原始的なジェスチャーやコミュニケーションのあり方に立ち戻ることによって、既存のシステムを異なる視点で見始めるための提案をしている。
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第55回ヴェネチア•ビエンナーレでは、人々のグループをイスラエルからヴェネチアに旅行させるというワークショップを提案した。洞窟の中を進んで行けば、それが地下深い洞窟ならば、言葉の壁も、国と国の境界線も無いはずである。そのときには、政治の壁も宗教の壁も、ない。文明以前の小さな人々の共同体として生きてみるというアイディアは、前社会的、前言語的な想像的世界において、普段当たり前でぬぐい去ることなどできないと信じていたものを人々が一斉に失うという経験を作り出した。
想像上のヴェネチアまでの旅行をした一段は、イスラエル館に到達し、そこで粘土でこしらえた自分の像に向かって、前言語的な声によって話しかける。それは直接的な感情や意志の本質のような音を奏でながら、だんだんと高揚して叫びのようになるものの、他者には共有されがたい。それは、しかし、重なり合うことによって「音楽」と呼べるものになる。
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Georgian Pavilion/グルジア Kamikaze Loggia/カミカゼ•ロッジア

ポーランド出身の女性キュレーターであるJoanna Warszaが今回のグルジア館をオーガナイズした。Gio Sumbadzeがデザインしたこのロッジは、カミカゼ•ロッジアと名付けられている。作家たちによって作られ、生活できるよう家具も手作りされ、彼らがともに食事する場となり、オープニング時にはパフォーマンスも行われた。グルジア語でკამიკაძე(神風)だが、この名前についてKamikazeの-azeはグルジア人の名前に多いのだそうだ。だが、このグルジア館が、アルセナーレの多くの国のパビリオンが一通り並び終わった後に、1990年代末、ソヴィエトが崩壊した後に住居スペースを広げるために盛んに建てられた違法建築という形態をとって併設されていることを考えると勿論კამიკაძე(神風)のコノテーションを意識させるのが目的だと思われる。これまで、メイン会場の敷地内にパビリオンとしてではなくこのような建物を造った国は初めてである。ソヴィエト崩壊後、無法状態に置かれた国の記憶や、崩壊以前に中途半端に残された土地計画の遺物、様々な政治的、宗教的、民族的衝突の記憶を、十分に明確な形で訴えている。
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 Portugal/ポルトガル

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ポルトガルはメイン会場にパビリオンを持たない。パビリオンを構えることも、何ヶ月も続く会期中ヴェネチア内の展示空間を借り続けることも、大航海時代を制したポルトガルにとっては魅力の無いことであるに違いない。ポルトガルパビリオンは、海の上に浮かぶ。毎日クルージングにも出かける。ヴェネチア共和国は15世紀最強の海軍を持つ都市国家で、大航海時代のリスボンもまた多くの遠征隊を送り出し、交易の中心として栄えた港町であった。船全体に行き渡っているのはジョアンナ•ヴァスコンセロス(Joana Vasconcelos)の温かく不思議な世界だ。ヴァスコンセロスは、2012年、ヴェルサイユ宮殿の現代アート展示に最年少女性アーティストとして抜擢され、宮殿をオブジェで染めた。その時の様子はsalon de mimi過去記事にも記録している。ヴァスコンセロスは、ヴェルサイユでみたようにタンポンや料理用具、エクステンションといった女性的アイテムを作品に積極的に用いるし、その性の意味を描くのに長けた作家だ。この船も、外観は、港都市として反映したリスボンの歴史的威厳を感じさせるにも関わらず、その内部に一歩足を踏み入れると、くらい中に温かく丸い毛糸製のオブジェが光っており、その穏やかでぬくぬくした感じは、母の子宮につつまれた記憶を想起させる。
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Angora Pavilion/アンゴラ館

アンゴラ館はご存知のように、参加型の展示が高い評価を受け、ルアンダ•エンサイクロペディック•シティ展が金獅子賞受賞を獲得した。安定してパビリオンを構える豊かな国々が獲得することの多い金獅子賞受賞によって、当然メイン会場外であるにもかかわらず、アンゴラ館は予想を上回るヴィジターを迎え入れることに「なってしまった」。写真作品が大量にコピーされて、それを鑑賞者が自由に持ち帰れるというアイディア自体は無論ちっとも新しいアイディアではない。ポスターや新聞、ビラのような印刷物がインスタレーションになっていると同時に自由にそれを持って帰れるスタイルは今日なかなか人気がある。勿論、ルアンダ展が評価されたのはそれだけではないのだが、とにかくそういった「態度」に注目が集まったことは確かである。
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実はこのアンゴラ館、8月上旬には既にこのもてなしをやめてしまった。というか、ファイルも写真のコピーもすべて有料になってしまった。中の写真を全て持って帰ると総額40ユーロほどにもなるらしい。繰り返すが、コピーである。
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訪れた際アンゴラ館で働く人と少し話をする機会があったのだが、アンゴラ館の方針転換の理由は簡単で、予想外のヴィジターが詰めかけたことによって予算を上回って写真のコピーがはけてしまったのだ。
壁にはイタリアのルネッサンス絵画がギラギラとした額に収められて飾られている。そのパレスの床には、そのヒエラルキーと言おうか、経済的状況と言おうか、そういったことを象徴するようにして、ルアンダの街角で撮影された、置き去りにされたモノたちの写真の大きなコピーが積み上げられている。
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 Japan Pavilion/日本館

日本館では、田中功起さんの抽象的に話すことー不確かなものの共有とコレクティブ•アクト展が高い評価を受けた。協働とはなにか、抽象とはなにか、を問うパフォーマンス作品はその各々は非常に興味深いものである。キュレーターの蔵屋美香さんとともにアーティストがコンセプト「抽象的に語ること」の出発点とした震災との関わりは、非直接的体験であるそうだ。アメリカで活動するアーティストであること、日本の土壌で震災を経験していないということ。私自身、震災の2011年当時すでに海外での生活が2年目を迎えていたので、震災を日本という国の中でその瞬間もその後も経験していないということが如何なることか、分かっているつもりである。それがどのように問題を具体的に扱うことを自問させ、不安を掻き立てるかということも。
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この展示については、コレクティブ•アクトの意味である「協働」が重要な概念として照明が当てられ、それが重要なのは「一国では解決できないも問題が山積みの今日にふさわしい」からだと説明される。私は、抽象的なアプローチに対する、このあまりに安直な説明が嫌いである。先日開催が決まった東京オリンピックに関する、日本の最終プレゼンテーションをポジティブに評価する折に語られるロジックと同じものである。

抽象的に語るのは、問題を解決できないからではない。問題を解決するためである。

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06/17/13

Décongélations Prématurées @ Atelier Alain Lebras, Nantes / 展覧会「未成熟な解凍」,ナント

Décongélations Prématurées

Du 8 au 26 mai 2013
Atelier Alain Lebras, Nantes

http://decongelationsprematurees.overblog.com
video clip here

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未成熟な解凍?時期尚早の解凍? »Décongélation Prématurées »は、Anne-Sophie Yacono がキュレーターを務めるナント市美大出身の若いアーティストたちによる手作りの展覧会である。綺麗な脳ミソ(いったい何の?)がお皿の上で静かに解凍されているすてきな本展覧会のポスターをレストランに持っていくと、本来是非とも掲示していただき多くの人の目に触れて欲しい!!というアーティストたちの熱い願いとは裏腹に、悉く断られた。脳みそが解凍されているイメージの何がいけないか!もの申さぬそれは、我々の食卓に上がる鮮やかなタルタルや、美味しいハンバーグステーキの友達ではないか!…というのはあくまで私の個人的なコメントだが、そもそもこの展覧会、「未熟な解凍」と名付けられる前には、それは食に関わるコンセプトだったそうだ。下に幾つか紹介させていただく作品を見てみると分かるが、どうやら、 »Décongélation Prématurées »は、食(吸収•同化)すること、成熟(腐敗)すること、冷凍(仮死状態に)すること、それをもう一度解凍する(蘇らせる)こと、これらの一連のできごとをアーティスト達が様々な方法で取り組み表現した展覧会であったらしい。

Makiko Furuichi with a marionette of Memento Mori

Makiko Furuichi with a marionette of Memento Mori

5月7日幕を開けた本展覧会は中盤を迎えていた。5月18日、19日、展覧会も残すところあと一週間になり、様々なパフォーマンスやイベントが企画されていたその週末機会を得て、ナントのアトリエAlain Lebrasを訪れた。ナントの国鉄駅から歩いてすぐ、大きな通りから枝分かれする石畳の小道を突き当たりまで歩いていくと、オシャレでエネルギーに満ちた若者の群れが見える。パフォーマンスが行われたこの日の夜、スペースは賑わっていた。空間は広々としており、実に様々な作品形態、絵画、彫刻、ビデオ、ミックスメディアインスタレーション、写真、パフォーマンス空間等が互いにぶつかり合うこと無く共存しており、それでいて、全然異なる表現である作品同士が不思議とゆるやかに結びついているように感じられた。その様子は、会場の写真をご覧頂ければ明らかかと思う。さて、ここに参加アーティストのリストを記載しておく。

Boris Detraz, Evor, Makiko Furuichi, Emmanuelle Hardy, Heejung Kim, Laurence-Louise Landois, Benjamin Moutte, Angeline Rethore, Jean-Philippe Rykaert, Manon Maurios, Manon Rolland, Stéphane Menti et Romain Teule, Amandine Ronzier, Anne-Sophie Yacono, Ariane Yadan, Anne Carrique, Jérémy Segard
(参考 HP)

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まずはじめに、もう一度展覧会タイトル、Décongélation Prématuréesに込められた意味と展覧会コンセプトに戻ってみたい。この展覧会は前述したようにキュレーターを務めた美術家のAnne-Sophie Yacono声かけで、企画当初「食べること」をテーマにスタートした。多くの参加アーティストは本展覧会のための作品を構想した。「食べること」がテーマの展覧会。「食べること」とは何だろう。
第一に、一般的な意味において、それはもちろん食事のことだ。食事とは、生き物が生命の維持のために行う義務的な行為であり、行わなければ生き延びられない、と信じられているところのものである。それ故に食べることは生き物にとって本質的で、野性的•動物的でもある。野蛮であることを嫌うエレガントな人間たちは、古来より「食べる」という行為に様々な付加価値を与えてきた。例えば、美食。より良いものを食べれば人生が豊かになる、あるいは身体と精神が美しくなるような妄想。そして食の過剰と不足。現代の神経性/精神的な病の中で過食や拒食の問題は深刻さを増しており、フランスも日本も例に漏れない。動物的行為である食が、異なる意味を付与される事態である。または、流行のエコとかビオという言葉。エコで生きることが自然のためになる?ビオを食することはクリーンで優しい?だれがその確からしい結果を証明してくれるのか。そして、食べ物は腐敗し、腐敗を止めるために例えば冷凍し、細胞を仮死状態にすることができる。どんな季節にどんな国のモノも食べられる我々の超便利な世界は、冷凍食品に溢れている。さいごに、「食べること」は吸収•同化することであり、異物を飲み込み、それを砕いたり溶かして、自らの内側に取り込む行為だ。その行為はあたかも、捕えられた対象が捕らえたものの中に吸収される、つまり捕食者の勝利のように見えるけれども、被食者が捕食者を内側から侵食し、時間をかけて破壊するようなことかもしれないのだ。食べることは排泄することを招き、通常この方向性は一方通行であり狂わない。我々は皆、それは時間というものが一方的にしかすすまないので、このテーゼ「食べることは排泄することを招く」すら不変であると信じる。だが時々、時間が逆に進まないまでも、体調不良や薬物の使用により、非日常的な状況が創り出される際、我々は嘔吐する。嘔吐は、この確からしい矢印の方向すらひっくり返してしまう点で、偉大である。

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今回の記事では、残念ながら全てのアーティストの作品に言及することは叶わず、6名の作家の作品を選ばせていただいた。ではさっそく見てみよう。

Fièvre ou Fontaine ou Ce que j'ai vu avant de vomir, Ariane Yadan

Fièvre ou Fontaine ou Ce que j’ai vu avant de vomir, Ariane Yadan

Fièvre ou Fontaine ou Ce que j’ai vu avant de vomir, Ariane Yadan (熱狂あるいは噴水、はたまた嘔吐の前に見たもの)
Ariane Yadanの作品Fontaineは、オープニングイベントのために作られたのだが、その彫刻から滴る真っ赤な液体が床などに飛び散ることもあり、その後の会期では展示されなかった。陶器で作られた精巧な頭部の上部が破壊され、そこから血の噴水がほとばしっている。壊れた頭部を持つ人物の表情は、作家が名付けたように、Fièvre興奮しているようであり、自らの内部を本来満たしていた体液が放出する様子に驚きを覚えているようでもある。幸いにも人間の感覚はそれぞれ独立して働くことができ、我々は目を閉じて静かにその噴水から液体が止めどなく流れてくる音に耳を傾ける時、それはまるで、我々の肉体を満たし、生き物を満たし、地球を満たす水の静かな流れを聴くことができる。

 

Scenes, Makiko Furuichi

Scenes, Makiko Furuichi

Scènes, Makiko Furuichi
Makiko Furuichiは、今回私にこの展覧会を教えてくれたアーティストで、水彩、油彩、コラージュで高い評価を受けるほか、パフォーマンスやビデオも制作している。彼女の作品に焦点をあてた記事は以前インタビューをした際に書かせていただいたのでどうぞお読みください。(salon de mimi, Makiko Furuichi)さて、この展覧会では体液や性器、腐敗や嘔吐という明瞭なアプローチが見られる中、Makiko Furuichiの「食」の捉え方はもっと総合的なものであった。彼女が描いたのは、生き物の相互作用の結果としての身体、「肉」である。様々なポーズをとり、多様な色と形をもつ肉体は、それらがもつエネルギーを世界に及ぼしているが、そのエネルギーは光合成を行う植物においてさえもじつは、外側からもたらされたものなのだ。彼女の描き出す世界では、そういった、人間と動物、動物と植物、内側と外側、世界と個体という、自明の区別が非常に自然に無に帰される。区別の無い世界は再度彼女の方法で統合され、表象されるのだが、その世界には、以前存在したような理不尽な選別や絶望的な差異の影はもはや見当たらない。むしろ、理想的な調和のイメージがそこにある。

 

Messagers sordides, Boris Détraz

Messagers sordides, Boris Détraz

Messagers sordides (Ange à la banane, Combat d’anges saouls, Ange nu), Boris Détraz
Boris Détrazは、本展覧会に我々が目にしたことも無い天使が描かれる3枚の大きなタブローを出展した。バナナをもった天使、酔った天使の争い、裸の天使がそれらである。彼らはいったい天使なのか?天使とは神の使いで、いたずらもするがピュアな心を持っていて、可愛らしい子どものイメージで描かれ、少なくとも我々は、そのような天使としか出会ったことが無い。直に会ったことがないにせよ、彼らは酔って乱闘するなど聞かないし、バナナをほおばらないし、淫らな意味で裸で描かれたりしない。赤と黒を基調に描かれたことも無ければ、顔面から水平に突き出す、ピノキオの鼻あるいはサギのくちばしのような突起物を持っていたりしない。Boris Détrazは伝統的な西洋絵画の中で天使の身体の真髄まで染み付いたステレオタイプをどこまで脱色、脱臭、解体することができるのか試みる。

 

Memento Mori,Benjamin Mouette

Memento Mori,Benjamin Mouette

Memento Mori, Benjamin Mouette
「食べ物を粗末にしちゃいけません」とはよく言ったものだ。誰のために?世界には食べられない人々がたくさんいるから。貧しくてお腹をすかせている人がいるから。作った人の心を踏みにじることになるから…。「人を殺しちゃいけません」という大前提が、突如拠り所を失ってしまう瞬間があるのと同様に、「食べ物を粗末にしちゃいけない」大前提はいとも簡単に崩れてしまうようなことがある。今日、スーパーに物が溢れ、総菜屋もレストランも、消費する量ぴったりを購入することなどあり得ず、常に過剰である。賞味期限が過ぎた大量の食物はそれを食べたい人の存在と独立して廃棄される。それがいかに理不尽に思えても、個人としての消費者には手に負えない大きなことであり、我々が捌かれたガチョウの胸肉の最も美味しいところだけを食べて残りをゴミ袋に入れようとも、あるいは隅々までキレイに食し、ガチョウに心からお礼を言おうとも、所詮は自己満足の問題である、言い換えると、それによって世界は変わらない。Benjamin Mouetteのビデオ•インスタレーション作品メメント•モリは、彼が生み出したマリオネットが狂ったように食事を貪る。暴食の様子を撮影したショート•フィルムが、その惨事の後のままに放置された汚れたテーブルの上のテレビ画面を通じて放映されている。壁にはvanitasの静物画が淡々と、生きているものは皆やがて腐って死んでいくという儚さ(vanité)を語っている。

 

The cherry on the top,Manon Rolland

The cherry on the top,Manon Rolland

The cherry on the top,Manon Rolland

The cherry on the top,Manon Rolland

The cherry on the top,Manon Rolland(Performance)
ヘンゼルとグレーテルは、森の中で迷子になっても、森の声が怖くても、お菓子の家を見つけて喜んだと思う。お菓子の家に心をときめかせない子どもはいない。カラフルなお菓子で組み立てられた彫刻に私たちはいつまでもワクワクさせられてしまう。クールなブラウス、エプロン、前髪をまとめる大きなブルーマリンのリボン、赤すぎる口紅にちょっとだけパントマイムを思わせる身振り。Manon Rollandのパフォーマンスは、展覧会のムードを突然パティシエのアトリエに変えてしまう。大きなテーブルに店開きしたアイテムを次々に積み上げていく。黄色、抹茶色、紫、ピンク、色とりどりのカステラや蒸しパン、パウンドケーキたちはうずたかく詰まれ、動物の飾りやロウソクと花火で飾り付けられて、さあ出来上がり。一見すごい色に見える全てのケーキは、彼女の手作りであり自然の色素や素材にこだわって作られ、所謂化学的な着色料のようなものを使用していないのだそうだ。ケーキはパフォーマンスを見守った人々によってたちまち切り崩され、貪られ、倒されてしまう。

 

Les portes de Chatteland, Anne-Sophie Yacono

Les portes de Chatteland, Anne-Sophie Yacono

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Les portes de Chatteland, Anne-Sophie Yacono
本展覧会のキュレーションも務めたAnne_Sophie Yaconoは、パフォーマンス、絵画、彫刻など様々なメディウムを操る表現者であり、メディウムの特徴と向き合い、それらを自らの明確な目的に向かって産み直す彼女の作品には、強烈な性のコンプレックスがいつも影を潜めている。Les portes de Chattelandは、その陶器彫刻の精巧な色彩と形も、インスタレーションも、それがもつ小宇宙たるムードも、非常に素晴らしい作品である。彼女のリトグラフに、ダンテの神曲の地獄篇の一場面を描いた作品があるが、このフィクショナルな世界Chattelandの門(Les portes)という言い方も、我々のこの世界とは似つかぬ異世界への入り口としての門を想起させる。この「門」としての彫刻には穴があいていて、筒のような穴もあれば真ん中が裂け目のように細く開いたものもあり、切り株に据えられて固定されたものの他に、地を這う原始生物のような生命体が自由に動き回る。それぞれの彫刻は彼女の言葉では貯金箱(Tirelires)という存在から着想を得たそうだ。貯金箱とはその内部に異物をのみ込んで溜めたいだけ溜めることの出来る存在だ。私たちは、そこにお金以外のものも突っ込むことが出来る。そして蓄えて、ある日それがいっぱいになったら、金槌で破壊する。貯金箱の陶器彫刻はバリエーションある形態を持っているが、それらはすべて、中心にある最も立派な彫刻の子どもたちである。女性器の裂け目。我々はこれらの貯金箱がそのメタファーであったことを理解する。しかし実は、Chattelandの平和を保っているのは男性器の不在なのだ。貯金箱は自己充足していて、男性器を必要としない。Anne_Sophie YaconoはChattelandを女性性が優位に立つ世界として創造する。ただし、我々はその彼女の引き裂かれた欲望と悔悛をはっきりと目にすることになる。我々が中心にそびえる最も大きな女性器の裂け目を、その真後ろからのぞいたその瞬間に。

 

Les portes de Chatteland, Anne-Sophie Yacono

Les portes de Chatteland, Anne-Sophie Yacono

展覧会 Décongélations Prématurées
site is here.

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06/9/13

Photo Album de la conférence de H.Yohioka(29/5), « Mobilisable 2013 » (30/5-31/5)

Album de photos avec les images prises du 29 au 31 mai, j’ajouterai d’autres images et certaines vidéos prochainement.
5月29日の吉岡洋さんの講演会、および30日•31日の »Mobilisable 2013″で撮影した写真を掲載します。追加写真やショートビデオ、吉岡さん講演録画リンクなどは随時連絡いたします。

la conférence de Hiroshi Yohioka
le 29 mai 2013
Ensad, Paris

devant la porte, Jean-Louis Boissier et Hiroshi Yoshioka

devant la porte, Jean-Louis Boissier et Hiroshi Yoshioka

pendant la conférence

pendant la conférence

pendant la conférence

pendant la conférence

après la conférence au café

après la conférence au café

Mobilisable 2013
le 30 et le 31 mai 2013
Labo de l’édition, Paris

Labo de l'édition, le lieu de l'exposition

Labo de l’édition, le lieu de l’exposition

préparation, installation

préparation, installation

installation de Dominique CUNIN

installation de Dominique CUNIN

installation de Jean-Louis BOISSIER

installation de Jean-Louis BOISSIER

Jean-Louis Boissier, triptyque pour la réalité augmentée

Jean-Louis Boissier, triptyque pour la réalité augmentée

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l'affiche de Mobilisable 2013 par JLB

l’affiche de Mobilisable 2013 par JLB

pendant la démonstration

pendant la démonstration

pendant la démonstration

pendant la démonstration

expérience de réalité augmentée avec "Le Citron 2"

expérience de réalité augmentée avec « Le Citron 2 »

Bertrand Sandrez, MOUVA

Bertrand Sandrez, MOUVA

Bertrand Sandrez, Sextant

Bertrand Sandrez, Sextant

Dominique Cunin, réalité augmenté à partir du plan architecture du labo de l'édition

Dominique Cunin, réalité augmenté à partir du plan architecture du labo de l’édition

jeux interactifs pour l'écran mobile

jeux interactifs pour l’écran mobile

table ronde « Une écriture expérimentale pour écrans mobiles »

table ronde « Une écriture expérimentale pour écrans mobiles »

juste avant la table ronde, SD et HY

juste avant la table ronde, SD et HY

les intervenants

les intervenants

fin de Mobilisable 2013

fin de Mobilisable 2013

05/22/13

Mobilisable 2013 au Labo de l’édition, 30 et 31 mai 2013

Mobilisable 2013 au Labo de l’édition, 30 et 31 mai 2013

Mobilisable 2013, ouvrages expérimentaux pour écrans mobiles
Deux journées au Labo de l’édition*, jeudi 30 et vendredi 31 mai 2013, de 14h à 18h.
展覧会 « Mobilisable 2013 » @Labo de l’édition, 2013年5月30日、31日(14時−18時)
ラウンド•テーブル『モバイル•スクリーンのための実験的エクリチュール』、5月31日18—20時、同会場にて。入場自由。ぜひお越し下さい!

(texte cité de site « mobilisable 2013 »)
On le sait, en l’espace de peu de temps, l’écran est devenu fondamentalement mobile. S’il vient du téléphone, installé sur les réseaux, il est à la fois un ordinateur et une  page. Ce qu’il affiche, et ce sur quoi il permet d’agir à la fois intuitivement et selon nos habitudes culturelles, est aussi bien de l’ordre du livre et de la carte, du film et de la télévision, de l’outil et du jeu. Ne pourrait-on pas regarder ce que l’écran nous offre comme une entité qui serait plus ou moins tout cela à la fois, et même dans une version « augmentée » ? C’est ce type d’« ouvrage pour écran mobile » qu’il est passionnant d’explorer aujourd’hui, sans se poser nécessairement la question de sa nature ou de son destin. Ce sont un certain nombre de prototypes de ces ouvrages expérimentaux qu’expose « Mobilisable 2013 » au Labo de l’édition, sur une proposition du laboratoire EnsadLab de l’École nationale supérieure des Arts Décoratifs, associé à l’Université Paris 8 et à la Haute école d’art et de design-Genève. À l’exposition et à la démonstration s’adjoint bien sûr la discussion : des rencontres et une table ronde.

La table ronde « Une écriture expérimentale pour écrans mobiles » (jeudi 30 mai, de 18h à 20h) invite des designers et chercheurs à témoigner et à débattre des nouvelles formes de consultation et de lecture, mais d’abord des questions d’expérimentation et de formation attachées à une écriture propre aux ouvrages pour écrans mobiles.
Liste des intervenants :

Jean-Louis Boissier, chercheur à l’Université Paris 8 et à EnsadLab
Dominique Cunin, artiste, chercheur à EnsadLab
Jean-Michel Géridan, professeur de design graphique et interactif à l’ESAD-Le Havre
Anette Lenz, graphiste, professeur à la HEAD-Genève
Camille Pène (Labo de l’édition, modératrice)
Étienne Mineur, designer, professeur à l’EnsAD et à la HEAD-Genève
Daniel Sciboz, graphiste, professeur de design interactif à la HEAD-Genève
Douglas Edric Stanley, professeur de design interactif à la HEAD-Genève

* Labo de l’édition
http://www.labodeledition.com/
2, rue Saint-Médard, 75005 Paris
Tél : +33 1 83 64 89 00
contact@labodeledition.com

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05/1/13

新聞女論 vol.3 西澤みゆき – 新聞女はその踊りを醒めない夢の中で踊る。/ Newspaper Woman, Miyuki Nishizawa

本記事は、第三弾に渡る新聞女レポート&新聞女論の第三弾(最終!)、「新聞女論 vol.3 西澤みゆき – 新聞女はその踊りを醒めない夢の中で踊る。 」です。

「アートで私のこころが自由になった。それは師匠嶋本昭三もそうだし、いっしょにいるまわりの皆もそう。
だから、私たちが芸術を追い求めることで、いま苦しんでいる人たちのこころが少しでも、ひとときでも解放されてハッピーになったらいい。そして、仲間がいっぱい増えて、次の世代の人にもそれが伝わればいい。」
(西澤)

アーティスト西澤みゆきは、具体の精神を引き継ぎ、嶋本ミームを伝承する者として、芸術活動の本質を「精神の解放(/開放)」であると述べる。それはまさに西澤自身が、生きることの苦しみや困難、および長年にわたり心を縛ってきた重たい鎖を、芸術行為によってぶち壊し、粉々にしてしまうことに成功した張本人だからだ。
私の知る西澤みゆきは、いつもニッコニコしている。神戸の記号学会でお会いした際も、グッゲンハイムでも、あるいはSNS上で写真で見かけたりしても、とにかくいつも楽しそうだ。個人的な話だが、私自身は普段からあんまり機嫌が良くない。外出して人に会い、たった数時間頑張ってニコニコしているだけで帰宅すると顔が筋肉痛になってほっぺがプルプルする。だからこそ強く思うのだが、笑っている人はそこにいるだけで本当にハッピーを伝染する力がある。笑っている人は、いつもつまらなく悲しい顔をしている人よりも、個体として生きるエネルギーが断然高い。そして、そのポジティブなエネルギーこそが他の個体に伝染する価値のある唯一のものである。

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西澤みゆきが嶋本昭三のもとでパフォーマンスや制作などの芸術活動を始めたとき、彼女は肉親との関係や世間が強いてくる鋳型のようなものに苦しんでいた。それは、本当に大切なものの前ではひょっとして小さなことであるにも関わらず人が生きるのを息苦しくする、時には人から生きる力を根本的に奪ってしまうほど苦しくさせる、何かとても良くないものであった。身体に合わない服とか、胸から腰までを縛り付けるコルセットとか、刺すような痛みを日夜与え続ける歯列矯正器具の類いとか、目に見えはしないけれども、その良くないものはそれらに少しだけ似ている。

嶋本昭三の作品のひとつに、「女拓(にょたく)」がある。この素晴らしい作品は、彼の芸術行為を真っ向から受け止めることのできない人たちによって、しばしば不当な批難を浴び、日本社会ではスキャンダラスに扱われてきた。あるいはまた、イヴ•クラインの青絵の具を用いたパフォーマンス(Femme en bleuなど)と比較されることがあるが、イヴ•クラインのパフォーマンスが完全にコンストラクティッド(演出され、構成された写真)であるのに対して、女拓モデルの女たちが自由である嶋本の実践は全く性質が異なると言わなければならない。女拓は文字通り、魚拓の女バージョンである。女たちの裸の身体に墨を塗って、色々なポーズを紙に転写する。西澤はアパレル業界で十数年勤務したのち嶋本と再会すると、そこで女拓モデルをするために、全裸になった。女拓は嶋本昭三のアートスペースを利用して行われた。実は、「女拓が行われた」というのはやや語弊がある。実際にそれは生活のように自然に営まれたのである。もはやそれは一過性のパフォーマンスでも拓をとるための準備でもなく、裸で生活することそのものである。我々が作品として目にしてきた墨を塗られた女の裸体の様々な部分が紙の上に再表象されたものは、女拓という営みにおける最も物質的な結果にすぎない。女たちは、全ての纏うものを脱ぎ捨てた生活の中で、すこしずつ何も纏わないことに慣れていく。自分のものとは違う他人の裸、身体部位のかたちや色の違い、肉付きや骨格の違い、傷があったり老いたり子どもであったりする身体。魚拓がそうであるように(つまり、様々な種類や大きさの魚の記録であるように)、女拓もまた、女の生の記録である。それぞれの女たちの、異なる人生の記憶である。西澤はこの女拓生活を通じて、一人一人異なるはずの女たちの身体が、どの裸もおしなべて美しく、それがいわば全ての不要なものを脱ぎ去ったあとの魂のつきあいであることを発見し、それと同時にそれまで自らの心を覆っていた悪いものをバラバラに打ち砕いた。

著名なアメリカの写真家であるベン•シモンズ(Ben Simons)も女拓に関心を抱き、これを撮影した。墨で真っ黒になった裸の女たちの身体。彼は女に何のポーズも表情も要求もしない。女があるままに、裸でそこにいるままに撮った。彼は女拓の女たちの美しさを絶賛する。西澤みゆきはベン•シモンズがとりわけ愛した女拓モデルのひとりだ。生き生きとした命が発するひかりのようなもの。西澤は女拓の生活とベン•シモンズの写真を通じて、ハッピーを伝染するアーティスト「新聞女」となるための強い「たましい」を得た。

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時が過ぎた今、新聞女はいまや一人で立っているだろうか。
新聞女の最愛の師は、彼女と彼女と共にある者たちにチャンスと試練を残し、「現世での活動(を)引退」してしまった。(*「新聞女タイムズ」、特別号外より) 傷ついて繊細だったひとりの女拓モデルは、今やたった独り勇敢にクレーンに吊り上げられ、上空において人々の大喝采を全身で受け止める。彼女は、時にエレガントにまたあるときはゲリラのように人々の前に現れ、彼女自身の音楽を紡ぎ、彼女自身の舞を舞う。出会った人たちにハッピーを伝染するために。すべては、ひとりでも多くの出会い得る人々の「精神の解放(/開放)」と幸せのために。

芸術で精神が解放されました。だから芸術を追い求めてます(西澤)

心を封じ込めていた重い鎧は、再起不能なほどに完全に粉々に打ち砕かれ、もう二度と彼女を脅かしたりしない。そして人々が何かの偶然で悪い鎧を纏ってしまった時、それをどうやってぶち壊したらいいか知っている。新聞女はその芸術を、もう醒めることのない世界のなかでつたえ続ける。
(文:大久保美紀)

*「新聞女タイムズ」、特別号外は2013年3月9日のグッゲンハイム美術館でのパフォーマンスのために佐藤研一郎さんが作成した日本語および英語新聞である。

 

新聞女論vol.1, vol.2, vol.3をお読みいただいてありがとうございました。
お忙しい中メールでのインタビューにご協力いただいたみゆきさんに感謝します。
また新聞女ズひめさんのブログ「日々是ひめアート」を大変参考にさせていただきました。

04/30/13

新聞女論 vol.2「アートは精神の解放」 – 裸のたましい、ハッピーを伝染する。/ Newspaper Woman, liberating minds by arts

本記事は、第三弾に渡る新聞女レポート&新聞女論の第二弾、「新聞女論  vol.2「アートは精神の解放」 – 裸のたましい、ハッピーを伝染する。」です。

新聞女は、新聞紙を作品制作の材料として利用するアーティストある。彼女が役目を終えた新聞を作品の材料として大抜擢したのもそれでモノを作り始めたのも、運命みたいなものである。新聞は、ひとたび大量に刷られ、情報をぎっしり詰めて人々それを伝達するのに、その賞味期限はあまりに短命、翌日にはすぐにゴミになってしまう。毎日毎日大量に生み出されてすぐゴミになって捨てられる新聞紙たち。アーティスト西澤みゆきは、今日のように新聞でドレスやジャケットを制作し始める以前、大学でファッションを学び、デザイナーとして12年間企業に勤めた。彼女は消費の時代のファッション業界のあり方やそれを体現するような生活、つまり、溢れ返った物に囲まれ次々と新しく手に入れてはすぐに捨てる生活に疑問の念を抱く。なるほど、消費社会におけるハイスピードのアパレル産業と、物質性を伴ったマスメディアである新聞の置かれている境遇はそっくりである。彼女は、そんな不毛なサークルとも言える消費の輪をひょいと抜け出し、それまで捨て続けてきた物たちを救うかのように、役目を終えた新聞をメディウムとしてアーティスト活動を始めたのだった。

citée de The Morning Call

Newspaper Woman, citée de The Morning Call


嶋本昭三(1928.1-2013.1)は具体の創立メンバーの一人で(「具体」という名の提案者)、絵の具をキャンバスに投げつけたり、クレーンで吊られて上空から巨大な絵を描くパフォーマンス•ペインティングで知られる。晩年はAU(Art Unidentified)を組織するなどの活動を通じてたくさんの人々に芸術表現による精神交流のメソッドを伝達した。彼の芸術や生き方に触れた人々は「嶋本ミーム」(嶋本昭三文化的遺伝子)を伝承する者として、この遺伝子を世代を超えてさらにたくさんの人に拡散していくことができる。西澤みゆきもこの嶋本ミームをもつ者の一人だ。実は、嶋本昭三の絵画作品の中にゆくゆくは西澤のメディアとなる新聞を利用した作品がある。あの有名な穴のあいた絵画がそれだ。「作品」(1954年 芦屋市立美術博物館)のコンセプトは、前衛美術家嶋本昭三の誕生と同時に創り出されたアイディアである。美術を志すも、親に美大で学ぶことを許されなかった若き嶋本は1950年代始め、知人の紹介で吉原治郎(1954年に具体美術協会を結成)に弟子入りすることを試みる。毎日毎日絵を描いて見せに行くものの全く認められない。貧しかった嶋本は、木の枠に新聞紙を貼り、メリケン粉(戦後日本にGHQを通じて入ってきたアメリカで精製された真っ白い小麦粉)を炊いたものを塗り付けてその上に白いペンキを塗ったものをキャンバス代わりにしていたのだが、ある日それが濡れたまま急いで描いたところ穴の空いた絵ができてしまった。ー「穴の開いた絵なんか世界中にないんでは?」ー その絵が吉原治良に嶋本の才能を認めさせ、当時日本での厳しい評価をよそに海外では直ちに高い評価を得た。新聞が初期嶋本作品においてキャンバスの代わりに用いられ、それは時間が経つとカサカサになって割れたり穴が空いてしまうがその作品は今も幾つかの美術館に残り続けている(つまり、新聞は木枠と白ペンキで固定され、時の中に封じられることで、失った自由と引き換えに持続するいのちを得ている)。その一方で、新聞女の新聞は自在にかたちを変え、動き回り、刻まれ、破かれ、象られ、触れられ、纏われ、つかのまの時間を、それと遊ぶ人々とともに生きている。

SHIMAMOTO Shozo, Work, 1954

SHIMAMOTO Shozo, Work, 1954

 

さて、新聞はゴミであると上述したが、「ゴミとして捨てられてしまうものに命を与えます!」なんて言うと現代ではすぐにエコですね!とジャッジされる。いらなくなったものをアートのために再利用するという点で、エコ•アートというカテゴリを掲げられても勿論反駁はしまい。しかし、新聞を使うことの本当の意味をもっと丁寧に見るべきだ。メディアとしての新聞と新聞女の関係を考えること無しに、新聞女は語ることができない。彼女の作る美しい新聞ドレスを埋め尽くすのは、逆説的にも惨たらしい事件の報道や、戦争や紛争のこと、政治的不和や不況のこと。そこにある出来事を視線でなぞるならば、世界があたかも悲劇的な事柄で埋め尽くされているかのように感じざるを得ない。そして、それはある意味で真実なのだろう。

「新聞に書いてある内容はほとんど悲しいことや辛い目に遭った人のこと。テロや戦争、原発… 私に少しでも力があればぜんぶ解決したいがそれは叶わない。せめてその新聞紙を使って皆の心がすこし幸せになれたらいい。」(西澤)

bijyututejo_miyuki

2004年6月の美術手帖に取り上げられた有名な新聞女のパフォーマンス作品がある。「Peace Road / 平和の道」は、新聞紙の中の9.11のテロに関する記事を選択的に使用して作られた作品だ。テロに関する記事の部分を、地球の色としての青、そして人々の肌の色である白•黒•赤•黄の計5色で塗りつぶし、神戸の元町駅から西元町駅までの1.2kmの道のりを一本の新聞の道として繋いだ。平和を祈り、人々の幸せに貢献したいというコンセプトは新聞女の表現活動の最も基本となる考えである。このプロジェクトは、ヴェネツィアのサンマルコ広場でもゲリラパフォーマンスで実践されている。こうして、異なる国や大陸で繋ぎ続けて行き、いつかは「地球をぐるっと一周peace roadでつなげたい」と彼女は述べる。
(参考 新聞女HP)

 

citée de The Morning Call

Crane Performance, citée de The Morning Call

新聞女のパフォーマンスのスケールの大きさとエネルギーを象徴する「クレーンパフォーマンス」を紹介せずにはいられない。クレーンパフォーマンスは、嶋本昭三氏が得意(?)とするパフォーマンスで、色とりどりの絵の具の入ったガラス瓶を上空から落下させて地上に広がる巨大なキャンバスに描くというもの。新聞女のクレーンパフォーマンスでは、彼女のホームページ(新聞女)をご覧頂けば一目瞭然であるが、上空に吊り上げられることによって、彼女自身が、超巨大(超ロング?)新聞ドレスを纏う新聞女という作品として完成するのだ。巨大なスカートはその真下にたくさんの人を含み込むことができ、人々はここでもやはり、下から新聞女のスカートを堂々と覗くことになる。風の噂やご本人の口から、新聞女が実は強度の高所恐怖症だという噓みたいな話を耳にした。あんなに格好よく、笑顔で新聞吹雪などを巻きながらぶら下がっていて、高所恐怖症とは何事だろうか。今回の2013年アーレンタウンでの初仕事もクレーンパフォーマンスであった。徹夜の作業。天気は大雪。遠足ではありませんので、悪天候決行。ご存知の通り新聞は水で強度を失い、簡単に破れてしまうはずである。地元メディアの取材陣、さらにはアーレンタウンの市長さんまでやってきた。亡き嶋本昭三に代わって上空に舞う新聞女に失敗は許されない。(参考、日々是ひめアート
パフォーマンスは地上から笑顔の大喝采を受けて真の大成功を収める。

「そのとき、不思議な感じがした。
いつもは上空の嶋本先生に下から拍手喝采していたのに、
その瞬間わたしがいつもの嶋本先生になって、地上のみんなを見ていた。」
(西澤)

アーレンタウンにおけるクレーンパフォーマンスの成功は、嶋本昭三研究所のメンバーおよび新聞女ズ、そして何より西澤みゆき自身にとって決定的に重要な意味を持つこととなる。

 

新聞女は明日、明後日も(4月30日ー5月2日)高の原AEON MALLに現れる!
(リンク http://www.aeon.jp/sc/takanohara/event/
・5月1日(水)
13:00~岡田絵里 はし袋でパレードしよう
15:00~新聞アーティストと一緒に新聞ドレスで館内パレード
・5月2日(木)
13:00~八木智弘 自分だけのミサンガ作り
15:00~巨大新聞こいのぼりを作ってトンネル遊び
場所:2F 平安コート他

 

「新聞女論 vol.3 西澤みゆき – 新聞女はその踊りを醒めない夢の中で踊る。」もお楽しみに!

04/29/13

新聞女論 vol.1 新聞女@グッゲンハイム美術館 – 新聞は纏うとあったかい。/Newspaper woman @guggenheim museum

本記事は、これより第三弾に渡る新聞女レポート&新聞女論の第一弾、 新聞女論 vol.1「新聞女@グッゲンハイム美術館- 新聞は纏うとあったかい。」です。

 

Newspaper Woman wearing  Shozo Shimamoto's painting

Newspaper Woman wearing Shozo Shimamoto’s painting

神様の偏西風が逆向きに吹いて、全く訳の分からないまま、私を乗せた飛行機はぐいぐいとニューヨークに引っ張られ、私がグッゲンハイム美術館の裏口に侵入したのは、19時半すぎ。「新聞女パフォーマンス@グッゲンハイム美術館 in NY」(Art after Dark, site )の開始時間の1時間以上前だ。本来JFK空港着予定が19時55分で、そこからうまく渋滞がなかったとしても、美術館に着くのは22時近くなりそうだったのだ。ミステリーである。私はその前日も飛行機でも寝ておらず神様の追い風のせいで頭の芯がしびれており、図々しいとはもちろん思いながら、準備中で確実に大忙しの西澤みゆきさん(新聞女, 新聞女HP)にコールしてもらった。新聞女はまだ新聞を纏っておらず、白いぴたっとしたカットソーを着ていた。彼女は私が着いたのを喜んでくれ、私はとてもわくわくし、三日分の荷物を詰めたちっちゃいスーツケースを引きずって、彼女が手伝わせてくださるという制作の現場にひょこひょことついていった。


kobe, 2012

kobe, 2012

私が新聞女パフォーマンスに出会ったのは昨年、2012年5月12日に神戸ファッションミュージアムで行われた記号学会においてである。小野原教子さんが実行委員長をされた『日本記号学会第32回大会 「着る、纏う、装う/脱ぐ」』(JASS HP)の学会第一日目、アーティスト「新聞女」が現れて、たくさんの研究者とか大学の先生とか学生さんで溢れる学会の会場がたちまち新聞で覆い尽くした。彼女は台の上で新聞一枚でぐるりと回りを覆われながら、そのなかで、全部脱いで、裸になって、ドレスを纏った。
(記号学会でのパフォーマンスの写真やコメントは以下ブログ うきうきすることが起こった。日本記号学会 5月12,13日 神戸にて。Part1

after the performance, kobe, 2012

after the performance, kobe, 2012

ダンサーの飯田あやさんらによる新聞の舞にうっとりしている間に、周りの大人たちが笑顔で新聞だらけになっていく。みんなが楽しそうに、「私にもぜひ新聞巻き付けてくれ」と遠くにいた人たちもどんどん新聞女のほうに吸い寄せられていく。新聞の海のヴォリュームの中からわき上がるように高く高く登って、いつの間にかデコルテのロングドレスにエレガントな日傘を携えたの超笑顔の女が頂に姿を現し、パフォーマンスは完成した。纏った新聞はあったかくて私はとても幸福だった。彼女のパフォーマンスに初めて取り込まれた日のことだ。

 

グッゲンハイム美術館から直々のインヴィテーション。新聞女と新聞女ズ、そしてAU(Art Unidentified)の一団はニューヨークの郊外アーレンタウンを拠点に2013年2月初頭にアメリカに渡り、そこでFUSE Art Infrastructureの支援を得て寝食を共にしながら、 »Lollipop »(lollipop itinerary)という一連の企画でアーレンタウンとニューヨークで連日制作発表の多忙且つアーティスティックな日々を送っていた。グッゲンハイム美術館からのパフォーマンス依頼が届いたのは、彼女の最愛の師匠嶋本昭三さんが亡くなったその瞬間であったということを知る。全ては、小さな人間には手の届かない遥かに大きな「なにか」にうごかされた運命なのである。彼女たち数名は意を決して帰りの飛行機チケットをどぶに捨て、来る3月9日夜、嶋本ミーム*を共有する者たちのエネルギーでグッゲンハイム美術館を新聞で覆い尽くすことを誓ったのであった。私は突然の渡米を決めた。私はアメリカに行ったことが無い。自分がアメリカに行くというのはとても不思議に思えた。京都からは吉岡洋さんが具体と新聞女についてのインタビューを受けたりするため渡米する予定で、私もいっしょに新聞女のパフォーマンスを体験することにした。この記念すべきパフォーマンスのために、仙台の中本誠司美術館は嶋本氏の作品を西澤みゆきがグッゲンハイムのスロープで衣装として纏うことを許可し、当美術館からも当パフォーマンスへの協力者がかけつけ、ユタ州からは元新聞女ズの強力な助けがあり、フロアに設置された巨大新聞と新聞女号外の制作者やニューヨーク在住の知人協力者、そしてもちろん一ヶ月間連日制作発表を共にしてきた新聞女ズの中心に、笑顔で皆を率いる新聞女の姿があった。新聞女は、笑っている。舞台裏で制作に汗を流す仲間たちに指示を出し、自らも運び、走り、彼女のエネルギーがそれが遠くにいても感じられたりするなにかであるようにまばゆかった。

wearing her beautiful dress made of Shinbun

wearing her beautiful dress made of Shinbun

 

舞台裏にはたくさんの仲間たちがさすがはプロの手早さで作業をしており、私なんかが急に邪魔しにやってきて説明していただく時間や労力を割いてもらうのすら恐縮だったので、見よう見まねで出来るだけ頑張った後はジャーナリストに徹して写真を撮りまくろう(つまりサボり!)とひとり決意し、それでも教えていただきながら皆さんの巧みな新聞さばき/はさみさばき/ガムテープさばきを盗み見しながら、作品のほんの一部だけ制作に貢献した(ような気もする)。それぞれの分担作業に取りかかる前に、ボス新聞女から皆にパフォーマンスの段取りの説明があった。このパフォーマンスはなんと、21時から24時までの3時間持久レース、幕開けはPlease walk under hereの裾が30mにも及ぶレースでできた新聞ドレスでの登場。その後グッゲンハイムの名物スロープを利用して様々な新聞コスチュームを纏ったパフォーマーがヴィジターを巻き込んでパレードする、パレードが終わるとフロアでは巨大テディベアがどんどんその実態をあらわし、その傍らシュレッダーされたモサモサの新聞を生やしたニュースペーパー•モンスターがそれをフサフサさせながら踊る。フロアにいる人は、演歌や新聞女のテーマというジャパン的BGMに乗って「半額」とか「30円」のレッテルをぺたぺたくっつけられながらそこにいるだけで面白くなってしまう。そして、スロープには大きな「gutai」の文字をバックに嶋本昭三作品をエレガントに纏う、みゆきさんの姿が…。

Newspaper Woman's newspaper, special edition

Newspaper Woman’s newspaper, special edition

 

Princess !

Princess !



フルで3時間続くパフォーマンスなんて、いったいどんな体力であろう。しかも彼女らは連日の制作•発表•制作•パフォーマンスの多忙の中で寝ずに今日の日に突入しているという。フロアは入場者で満たされていく。Please walk under here ! の長い裾を皆で丁寧に支え、スタンバイ状態に入る。ああ、なんて、皆を巻き込むパフォーマンスはただひたすらにワクワクし、そこに存在するだけで楽しいのだろう。Please walk under here ! は新聞女の師匠、嶋本昭三氏の「この上を歩いてください」(Please walk on here, 1955)のオマージュである。女の子のスカートの下(というか中?)を歩く。めくり上げられたスカートの内側をあなたは堂々と歩いてよい。その長い長いスカートの裾はとても繊細なレース模様が施されており、それをばっさばっさまくり上げながら、観客であるあなたは中に取り込まれるのだ。盛大なスカートめくりであり、あなたはそれを覗く者となる。

"Please walk under here" goes on

« Please walk under here » goes on

Newspaper Woman appears in public !

Newspaper Woman appears in public !

with 1000 visitors

with 1000 visitors

fantastic !

fantastic !

パレードでは写真家のヤマモトヨシコさんが撮影された素晴らしい作品がパネルとして掲げられ、新聞女と新聞ドレスを着た女たち、そして巨大ジャケットを着た普通のサイズの人たちが練り歩く。このデカジャケのコンセプトは「着てたのしい、見てたのしい」。ファッション科出身の西澤みゆきの手にかかりジャケットは新聞と言えどきちんと裁断され、(巨人使用だけど)リアルな洋服の作りとなっている。着るととにかく面白いこのジャケットは「吉岡洋が着てもアホに見えるところがポイント」だとかなんとか。このジャケットを着て改めて思ったのだが、新聞は普通の服や紙より明らかにあたたかい。それがただ何枚も重ねられたり文字が印刷されているためだけでなく、新聞女とその仲間たちが創り出すそのものたちは、纏うととてもあたたかい。

Yoshiko Yamamoto's picture works

Yoshiko Yamamoto’s picture works

in her famous giant jacket, Parade

in her famous giant jacket, Parade

Half price

Half price

 

これらの大量の新聞は、アーレンタウンで彼女らの活動を支援したFUSE Art InfrastructureのLolipop Co-Directorでアーティストのグレゴリー•コーツが現地で入手してくれたものだそうだ。素晴らしいディテールのレースのドレスも、労力を要求するシュレッダー•モンスターのコスチュームも、可愛い巨大テディベアも、その一夜限りのニュースペーパー•ドリームを演出するために生み出され、そして、処分される。新聞女の作品はダイナミックで、パフォーマンスはエネルギーに満ちている。それらが全て撤収されて、片付けられて、元の世界が舞い戻ってくるような瞬間は、なんだか奇妙にすら感じられる。しかしそこには、たとえば夏が終わったときのような哀愁や寂しさは漂わない。なぜなら、一度新聞女に出会った者はその日の出来事をもう二度と、忘れることが出来ないからだ。そのエネルギーは出会ったあなたの中に既に送り届けられ、それはより多くの人たちと「ハッピー」を共有するために、増殖を続けるのみである。

 

a big teddy bear after the performance

a big teddy bear after the performance

elegant lace dress after the performance

an elegant lace dress after the performance

「いま目の前にいるみんなが喜んでしあわせにいれるように。地球の誕生から様々な生命が繰り返されてきたように、その大きな生命体の一部として。作品は残らなくても、みんな(や地球)がニコニコはっぴーでいれることに貢献したい。」(西澤)

(グッゲンハイム美術館でのパフォーマンス、その他の写真はこちら
*嶋本ミーム ミーム(meme)とは人から人へと行動や考え方を伝達する文化的遺伝子のこと。京都ビエンナーレ(2003)では嶋本昭三と弟子の作品を集めた「嶋本昭三ミーム」展が開催された。

新聞女は明日から三日間(4月30日ー5月2日)、高の原AEON MALLに現れる。

(リンク http://www.aeon.jp/sc/takanohara/event/

日程 / 時間
・4月30日(火)
13:00~高田雄平 自分だけのブレスレット作り
15:00~新聞アーティストと一緒に巨大テディベア作り
・5月1日(水)
13:00~岡田絵里 はし袋でパレードしよう
15:00~新聞アーティストと一緒に新聞ドレスで館内パレード
・5月2日(木)
13:00~八木智弘 自分だけのミサンガ作り
15:00~巨大新聞こいのぼりを作ってトンネル遊び
場所:2F 平安コート他

 

「新聞女論  vol.2「アートは精神の解放」 – 裸のたましい、ハッピーを伝染する。」もお楽しみに。

 

04/8/13

ARRRGH ! HYBRIDE MONSTERS / ARRRGH ! 身体のハイブリッド性 @Gaîté Lyrique

ARRRGH! Monstres de mode / モードの怪物たち

あるとても寒い日、といっても世界の他の国々と同様に既に4月を迎えているのだが、郊外では雪すらうっすら降り積もったというその日、数日前まで最終日までに行けないのではと思っていた展覧会に思い立って行ってきた。展覧会は気になったら行ったほうがよく、人は気が向いたら会うほうがいい。

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ARRRGH! http://www.gaite-lyrique.net/theme/arrrgh-monstres-de-mode
du 13 février au 7 avril 2013
@Gaîté Lyrique
Arteの展覧会ビデオでも気になってたまらない、(ビデオはこちらです)黄色いスウェードの衣をまとった生き物は『千と千尋の神隠し』に登場し、その愛らしい動きと顔がないその顔によって一躍有名になった、あのカオナシ様に似ている。だが、なんだいジブリのパクリやないか、と勝手に一件落着してはならない。実はこの洗練された顔、IAMAS出身のグラフィック•アーティスト大石暁規さんの、あのキャラクターのお顔なのである。正面から見ても近寄っても横から見ても、たしかに愛嬌のあるこの有名なモンスターは、PICTOPLASMAのPICTOORPHANGE LES PETITS BONHOMMES (2008)である。PICTOPLASMAはアートにおけるキャラクター的なものやファッションのデザインと身体の関係に着目し、キャラクターデザインやタイポグラフィデザインを手がけるほか、アートブックの出版も行うドイツのグループである。こちらは、2010年に行われたハンブルグでのPICTOPLASMAの展覧会だが、こちらで大石暁規さんのタイポグラフィック・キャラクターが登場する。

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*大石さんのサイトはこちらAkinori Oishi

 

ARRRGH!は日本語でいえば、ギャー!といおうかウギャー!といおうか、そんな展覧会タイトルである(と思う)。残念ながらふざけてるわけではないのだが、さすがにタイトルだけではちょっと訳が分からないのでコンセプトを見てみよう。
ISABELLE MOISYによる解説によるとこうある。
——-
「ファッション•クリエーターが創造するハイブリッドなものたち。現代のヴィジュアル•クリエーションの中でも人間の身体や様々なコスチュームに関する作品を展示する。とりわけ、Atoposの創作活動と作品に焦点を当てながら、そのスタイリストやデザイナーが「モンスター」像を通じて浮き彫りにする、身体とアイデンティティーのハイブリッド化の過程をお見せする。」( D’une recherche étonnante sur la création visuelle contemporaine dédiée à la figure humaine et au costume, le collectif grec Atopos met en lumière l’univers de stylistes et designers qui explorent les processus d’hybridation du corps et de l’identité à travers l’image du monstre. )
ARRRGH!はしたがって、奇怪なモンスターたちに出会ってしまったときの、我々の驚きと恐怖と違和感に満ちた「叫び」をあらわす。この展覧会会場に所狭しと立ち尽くすマネキンやキャラクターたちはそんな我々の叫びに囲まれて日々を過ごしている。

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補足となるが、この展覧会と合わせて、PICTOPLAMAから出版されている一冊のカタログ »NOT A TOY. Fashioning Radical Characters »(Edited by V.Sidianakis,2011)についてもリンクを掲載させていただく。表紙は性同一性障害という長きにわたる自己の問題と向き合って去勢手術とそのほか幾つかの整形手術を行ったプロセス(2005ー2007年)をセルフポートレートで表した作品で著名のピューピルさんが制作した強い色のニットを纏って登場している。— http://www.atopos.gr/publications/not-a-toy/
また、覗かれるだけでも軽く眩暈がするけれども楽しいATOPOSのサイトもご覧になってみて頂ければと思う。ATOPOS

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さて、個人的にも、PICTOPLASMAの作品はこれまでも何度も目にしたことがある。たとえば、つい昨年、同Gaité Lyriqueでの展覧会PIctoplasma(http://www.gaite-lyrique.net/programmation/theme/festival-pictoplasma)が行われた際にも多くのキャラクターを目撃したし、Petite Salleでのインスタレーションパフォーマンス、The Missing Link(2011)もインパクトがあった。雪だるまというか雪男といおうか、しかしやはりどこかキャラクターらしく可愛らしい姿をした不思議な生き物が、真ん中のとりわけ大きな雪男にひれふし、からだに対して小さく細い腕を天にかざし、天啓を仰いでいるような、何かを祈り何かを求めているようなポーズ。

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それでは、数あるモンスターの中からその幾つかをご紹介しよう。フレークが詰まったタイツをたくさん被ったセクシーなモンスターは、ALEXISのTHEMISTOCLOEUS FREAKS (2011)である。ありとあらゆるマテリアルを挑戦的に使用したファッションモンスターの展覧会において、もっとも無意識に触ろうとしてしまいかけたコスチュームである。展覧会の入り口で見た「作品は非常にフラジャイルです」という注意をつい忘れてしまうところであった。細かいフレークがパンストにパンパンに詰められて、マネキンのボディを覆っている。マネキンのボディはつるっとしている一方で、ストッキングの表面に訴えかけるフレークのつぶつぶの質感は魅力的である。この形状は、月並みには有名な草間彌生のスカルプチュアや身体のフラグメントの表現のようだが、どうじに、それ自体が独立した別の生き物であるかのようにも見える。

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CHARLIE LE MINDU のヘア系スカルプチュアも一連のシリーズとして定評がある。髪の毛で作られた巨大な唇、長い髪の毛で身体を覆うようなコスチューム。髪の毛は、前述のフレーク入りの温かく柔らかそうなパンストの対極にあり、触りたく思いにくい代物である。モンスターと髪の毛の関係について思い起こしてみると、日本には、お人形さんの髪の毛が伸び続けるという怪談があるし、女の人の幽霊もたいてい皆長い長い髪の毛を垂らしている。だがそれらは決してすすんで触れたくなるようなものではない。そもそも、髪の毛というのが半分死んだ細胞であることは、我々は感覚的に知っているようだ。レストランのお料理の中に髪の毛が入っていたら、たいていの人は憤慨して不潔だと言ったりする。あるいは、ホテルに宿泊してお風呂や流しに見知らぬ人の髪の毛がたくさん落ちていたりしたら、不快に感じたりする。髪の毛は、なるほど我々を不安にさせるようなテクスチャーを持っている。それは彼らが死んでいるからでもあり、性器を本来保護する陰毛とも関係があるからである。髪の毛で造形された大きな唇は、もはやただの唇ではない。

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あるいは、Manon Kündigの風船服。我々の身体も時々こんなふうに深海を泳ぐフグのように、プウっと膨らんでは静かに縮んだりしたら面白い。あるいは、実は既にそのようであるのかもしれない。膨らんで膨らんで、破裂するすれすれにその表面が裂けていることにもなぜだろう、多くの場合ひとびとが気づくことが出来ないのは、我々が心外にもその痛みに鈍感であるからだろうか。

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またCHARLIE LE MINDU Kiss Freak(2011)は同様にヘア系スカルプチュアのうちの一つ。鏡を覗き込んで「世界で一番美しいのはだあれ?」と猫なで声で魔法の鏡に尋ねるうら若い女性の顔は唇だらけ。口はそう、身体と外界を繋ぐ管の境界部分として我々のからだに切れ目を生じさせている。彼女の顔を間違って覗き込んだりしてはならない。そのとき、我々もまた、その裂け目を自己身体の表面に意識せざるを得なくなるのだから。

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DIGITARIA(Collection Mind Over Matter en collaboration aver Hope)による2012年秋冬コレクションからは、やわらかい大きな抜け殻。暗闇の中にうかぶ真っ白な抜け殻はなんだか気持ち良さそうで、そこにからだを埋めれば今もまだ、見知らぬ生き物の温度を肌に感じることすらできそうである。これをみると、ああ我々はいつか映画で見たように宇宙からやってきたエイリアンかなにかで、カプセルの中に閉じ込められていて、時がやってきてその外に出ることが出来たのであり、われわれはそこをぬけだしてどこか自由になったのだと思うかもしれない。そのような幸福な想像力と同時にわたしはもうひとつの全く別のストーリーを想像することが可能だ。それは、これらの抜け殻は実は、もともと空っぽの抜け殻として準備されていたのであり、その空洞はなにかがその中に侵入してくるその瞬間を首を長くして待っているのだ。たとえば、あなたが迂闊にも、その中柔らかい内部に侵入してくるようなことを。

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03/30/13

尋常な話 – 5 女性的身体 / Des histoires ordinaires – 5 Le corps féminin

5  Le corps féminin

J’affectionne le corps féminin, notamment les fesses et la poitrine.
Il ne s’agit pas forcément d’être lesbienne, ni de détester l’homme.
C’est juste une véritable affection pour ces parties corporelles.
Mais surtout pas n’importe lesquelles.
Un dessin de mon amis représentant des fesses me plaît beaucoup,
ainsi que quelques tableaux de Louise Bourgeois ( intitulé « série fragile ») sont magnifiques.

La poitrine des femmes est une merveilleuse choses du monde.
Cette rêverie inquiétante ne me lâche jamais depuis mon enfance.
Je réfléchis sérieusement l’origine de mon rêve à l’époque de ma puberté.

Une conclusion m’arriva quelques ans plus tard.
Quand je suis née, le toucher et la tiédeur de la poitrine de ma mère toujours me manquaient.

Ma mère n’arrivait pas à me donner suffisamment du lait maternel,
je pleurais de faim sans cesse.

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5 女性的身体

わたしは女性の身体が好きである。とりわけ、おしりとむねが好きである。
このことは、必ずしもわたしがレズビアンや男性嫌いであることと一致しない。
ただたんに女性のおしりとむねという部位がほんとうに好きなのである。
とはいえ、もちろんなんでもいいというわけではない。
アーティストである友人が描いたおしりは心からすばらしいと思うし、
ルイーズ•ブルジョワの »fragile »シリーズはずば抜けてすばらしい。

とりわけ女性のむねは、世界で最もすばらしいもののひとつである。
この不安をかき立てる妄想は幼少期からわたしに取り憑いて決してわたしを放さない。
思春期のわたしはなぜそんなにむねが気になるのか真剣に考えた。

のちになってひとつのことに気がついた。
わたしが生まれた時、母のむねのぬくもりと温かさを
わたしは十分に得られなかったことにそれは由来するのではないか。

母のむねはわたしに十分な母乳を与えることが叶わず、
わたしはいつもお腹を空かせて泣いた。

 

*ce série représente un univers où se mêle l’histoire vraie et la fiction.

03/30/13

尋常な話 – 4 セキセイインコ / Des histoires ordinaires – 4 Les perruches ondulées

4 Les perruches ondulées

Je trouve que la perruche ondulée est la plus mignonne du monde,
mais je ne l’aurai plus jamais.
Quand j’étais petite, on n’avait presque jamais d’animaux chez moi.
A part les insectes que j’avais attrapés, les poissons rouges, les écrevisses,
je n’avais pas eu d’ animaux comme des oiseaux et des mammifères.
Je suppliai à mère d’avoir quelque animal chez moi.
Elle me le refusa sévèrement pendant quelque années.

La chance tomba en tourbillonnant à l’improviste.
Nous avons eu deux perruches ondulées, bleu et jaune, qui étaient encore bébés.
Nous les avons nommés Prune et Bonite.

La séparation vint également de manière soudaine.
Mon petit frère plus sensible que moi développa une allergie aux plumes des oiseaux.
Je dus confier ces deux petits trésors à une de mes amis.
Elles vécurent et furent mortes en quelques années.
J’ai collecté toutes leurs plumes tombées dans la cage
pour les garder toute ma vie.

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4 セキセイインコ

小鳥は世界で最も可愛らしく、かつわたしがもう決して共存しない生物である。
子どもの時、わたしはペットをほとんど飼ったことがなく、
たとえば捕まえた虫や、金魚や鯉などをべつにして、
鳥やほ乳類に属する生物をペットとして飼うことはなかった。
そのような動物を飼いたいと泣いて母にお願いした。
彼女は何年もそれを拒絶した。

あるとき突然にチャンスはやってきた。
青と黄色の、二羽のセキセイインコを飼うことになった。
彼らは梅とカツオと名付けられた。

離別もまた突然にやってきた。
わたしよりもデリケートな弟が羽毛アレルギーを発症した。
わたしは小さな宝物たちを友人か誰かにあげることになった。
彼らはひとりの友のお陰で幸せに暮らし、そして死んだ。
わたしは彼らが去ることになってから抜けた羽を全て集めた。
ずっとずっととっておくために。

 

*ce série représente un univers où se mêle l’histoire vraie et la fiction.