06/12/13

Keith Haring « The Political Line » @ Musée d’art moderne, Paris/ キース•へリング

Keith Haring

The Political Line
19 Avril – 18 Août 2013
Musée d’Art Moderne de la ville de Paris
www.mam.paris.fr

Keith Haringは、1958年生れ、ニューヨークでストリートアートの先駆的アーティストとして活動した。コラボレーションしたアーティストには、Warhol、Lichtenstein、Rauschenbergという当時のニューヨークのポップアートの巨匠たちや、あるいはアウトサイダーアートのBasquiatらがいる。

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彼の名が知れ渡ったのは、1980年、ニューヨークのメトロ構内の広告掲示板を彼自身のキャンバスに作り変えてしまうことによって始まったサブウェイ•ドローイングによってである。シンプルで明快、アニメーションやバンド•デシネのようなコミカルなデッサンはメトロ利用者(通勤者)の目にとまり、注目を集めた。
ストリートアートは彼にとって、誰の目にも触れる、もっとも平凡だがもっとも強力なマスメディアとして、彼の掲げる政治的であったり人道的であったりする様々なスローガンのプロパガンダのため有効だったのである。
パリ市立近代美術館(MAM)での回顧展となる今回の展覧会では、Keith Haringの多岐に渡った制作と関心のなかでも、展覧会のタイトル通りポリティカルなメッセージに着目して構成された。

参考までに、MAMのKeith Haring展 »The Political Line »のチャプターを以下に記しておく。
⁃ The individual against the state
⁃ Capitalism
⁃ Works in the public space
⁃ Religion
⁃ Mass Media
⁃ Racism
⁃ Ecocide, nuclear threat, apocalypse
⁃ Last works : Sex, AIDS and death

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国家と個人の章において見られる作品にはしばしば、国民を搾取し脅かす存在としての「犬」が悪役として描かれる。Keith Haringは個人の自由が最大限尊重されることが理想国家の姿であるといわば盲目的に信じていた。ドローイングの中には、自由を主張して牢獄にいれられる人々、人々を痛めつけて苦しめる暴れ犬のほかにも、棒のようなものを持ち指導的立場にあるが実は国家に心を売ったロボットのような存在、そしてさらには、個性を失い無思慮のまま国家に追随する匿名的存在が登場する。

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彼の生きた1960年代ー80年代、大量消費社会と経済成長のまっただ中、多くの表現者が様々に彼らの視野を示したようにKeith Haringもまたこのテーマに惹かれた。あるいは、公共空間の広告掲示板を自らの作品発表の場とするアイディアはこの大量消費社会とマスメディアに扇動され、豊かな生活を求めて毎日メトロで通勤するサラリーマンや労働者たちの目に触れることが前提である。したがって、そのナイーブな理想に水を差すようなメッセージは、通勤者の目を楽しませる以上の意味を持つことになる。

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Keith Haringは伝統的カトリックの家に生まれ育ち、宗教が扇動した植民地支配の歴史や、現世の生活にそぐわない習慣の数々に反感を抱きながら生きてきた。そういったわけで彼の作品の中にしばしば現れる神の姿は、一人一人の人間を支配し、自由を奪い、牢獄に押し込める時代遅れなものとしてネガティブに描き出される。そして、人種差別主義、アパルトヘイトを批判し、「悪者」としての白人が黒人を奴隷化し、彼らを貧困に陥れたのだというストーリーを繰り返し描く。

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また、1988年、広島の原爆ドームを見学したKeith Haringは大きな衝撃を受け、 »We know that ‘humans’ determine the future of this planet. We have the power to destroy and create. »と述べて、非核のための活動を精力的に始める。そして、1980年代よりアメリカでその脅威をふるい始めたAIDSの存在は、1985年に発表された顔中に赤い斑点を伴った自画像「ポートレート」に見られるように、彼の作品に姿を現してくる。1988年、自身がHIVウイルスに感染したことを知り、その2年後ニューヨークでその短い生涯を閉じた。

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Keith Haring の作品はこうしてポリティカルな文脈で整理されてみると、当時のニューヨークのムードの中で、政治や民族や宗教の問題に取り組み、マスメディアの浸透をシニカルに捉え、非核や非エイズのためのメッセージを精力的に送り続けた、主題は多岐にわたるけれどもとても明解だと、あまりにスッキリ納得されてしまいそうである。しかし、それだけではなさそうだと、私には感じられる。最後に、彼のペイントにおいて私が気になっている二つのことについて記しておきたい。一つ目は、Keith Haringの表現におけるセックスの意味、二つ目は、彼の絵の中にしばしば見られる穴の空いた身体をもつ人の意味である。

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ホモセクシュアルであったKeith Haringにとって、性行為は必ずしもアニマルとして生を再生産する「生殖」の含意に留まらなかったと思われる。さきほどの国家と個人の衝突の章であげた、匿名者が犬を犯するデッサンをもう一度見てみたい。犬に挿入した人間は、犬のオーラを得て、さらに無個性な人民によって崇められるセックスを獲得している。あるいは別のドローイングでは、抵抗する個人を征服しようとする棒を持った牢屋の番人は、彼らを支配するため彼らを犯す。Keith Haringにとっての男性器は、ある意味で凶器のように野蛮なものであり、理解不能なものでもあり、しかしある事柄の手段となるような存在であったのではないだろうか。彼の絵に見られる男性器挿入の意味を考えることは、避けて通れないように思える。

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また、胴体の真ん中にぽっかりと空洞をもったキャラクターが頻出する。彼らは、怪我をしている様子もその穴によって苦しんでいる様子も全くなく、むしろ、その他の普通の人間よりも何かが吹っ切れた存在であるように描かれている。身体に穴が穴があいていること、その中を自由に空気や犬などが通り抜けていくことは、彼らにとってどのような意味をもつのか。Keith Haringの残した言葉によれば、初めてこのイメージの着想を得たのは1980年、ジョン•レノンが殺されたことを知った日見た夢の中にこのようなイメージが現れたのだそうだ。彼は、他の多くの作品がそうであるように、この作品にこれ以上の説明も与えておらず、タイトルも与えていない。あるいはまた、口から肛門(あるいは女性器)に棒が貫通したキャラクターもしばしば登場する。これもまた、「穴の空いた人」であり、そのような身体の描き出しに見られる人間の感覚といったものが、Keith Haringの作品全体に充満する、空虚なようでしかし決して耳を塞ぐことのできない不穏な通奏低音を奏でている気がしてならないのである。

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*本展覧会は、8月13日までMusée d’Art Moderne, Parisで開催されている。

06/12/13

Joan Jonas « Reanimation » @Galerie Yvon Lambert, Paris / ジョーン•ジョナス « Reanimation »

Joan Jonas

Reanimation
April 27-May31 2013,
Galerie Yvon Lambert, Paris

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Joan Jonasは1936年ニューヨークに生まれ、彫刻を学ぶ傍ら、現代詩および中国文化とギリシャ神話やその伝承に興味を持つ。コロンビア大学でファインアートの修士号を取得すると、60年代半ばより、Warhol、John Cage、Allan Kaprow、あるいはフルクサスのメンバーたちやBruce Naumanらが精力的に活動を繰り広げるニューヨークの前衛的なムードの中にジョナス自身も参入し、これらの新しい芸術から得た刺激が、彼女をパフォーマンス•アートへと導いた。

Joan Jonasはそれまで一貫してポップ•アートとミニマリズムにもっとも強い影響を受けてきたのだが、1970年代始めの作品ーMirror Piece (1971)ーにおいて、女性の身体を見たことのないような仕方で描き出すと同時に、空間と音の可能性を探るような実験的でコンセプチュアルな方法を模索する。あるいは同年に発表された最も重要な作品、Organic Honey’s Visual Telepathy(1971)では、表現のコンセプトをプロセスとて淡々と鑑賞者に見せることを徹底し、ミニマリズム的枠組から完全に脱出した。「女性によって演じられる女性イメージ」を探求するため、Joan Jonas自信が奇妙なドール風マスクをまとって、フィクションとしての別のパーソナリティーを演じる。親密さとナルシシズム、イデアとしての女性のジェスチャーやコスチューム、それらがときに主観的に、あるときは皮肉なまでに客観的に描き出される。Joan Jonasは、フェミニズムのアーティストとして、しばしば自らを見つめ、語りかけるようにして、女性のイメージ、身体とアイデンティティの問題に取り組み、ある一つの文化や社会の女性像を越えていくような新しく不思議なディメンションをもった女性像を表明している。彼女は、民族伝承や中国や日本などアジアの文化、あるいは神話や歴史など幅広いソースから得たインスピレーションを、ヴィデオ、デッサン、写真、オブジェクト、音楽、パフォーマンスという多様なメディアを組み合わせることによって作品として織り成す。
Joan Jonasのパフォーマンスについてはまた別の機会に改めて、他の作品にも言及しながらお話しすることにしたい。

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さて、今回Galerie Yvon Lambertで2013年4月より展示されたインスタレーション作品 « Reanimation 2 »(2012)は、実は昨年、六本木のギャラリー WAKO WORKS OF ARTにおいて2月から1ヶ月間に渡り展示会が行われたので、そちらでご覧になった方もいらっしゃるだろう。そもそも、この作品« Reanimation » は、2012年6月−9月のdOCUMENTA(13)(Kassel)のメイン会場の一つであるKarlsaue Parkで展示された。公園内に設置された木小屋は、dOCUMENTA(13)のキュレーターであるCarolyn Chritsov-Bakargiefの提案でアーティストに与えられたのだが、彼女はその小屋の窓をスクリーンとして作り直し、4面のスクリーンを通じてヴィデオ作品« Reanimation »(In a Meadow)ヴァージョンを創り出した。

photo by Nils Klinger (Hyperallergic)

photo by Nils Klinger (Hyperallergic)

この作品は、アイスランドの作家Hallfor Laxnessの小説« Under the Glacier’に着想を受けて2010年より制作が始められた。人間には触れえない絶対的な自然の姿や動物たちの命を描くLaxnessの小説と、しかしそのGlacierは今日の世界において溶け出し、地球全体に異変を及ぼしつつあるというJonasの想像力を混ぜ合わせ、その世界観を彼女の解釈によって再表象したものだ。

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dOCUMENTA(13)では、Glacierから二つのビデオ、もう一面にはFishのビデオを展示。残りの一面、最も大きなスクリーンには2012年に制作されたばかりの、Reanimation(2012)を展示した。氷と黒インクを使ったドローイング、氷は徐々に溶けていって黒インクはのばされながら、しかしどこまでのばされても決して透明にはならない。吊り下げられた無数のクリスタルがキラキラするフォトジェニックなスクラプチュアがアイスランドの秘境を彷彿とさせる。また、雪の粒というよりもむしろ氷の粒といえるほど透明な地面に黒インクで描き、そのインクが一瞬にしてその表面で冷たい粒と化すさまは、言語描写の限界を超えて、あまりにも美しい。

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Joan Jonasの展覧会を訪れる楽しみは、もちろん作品を前にパフォーマンスを伴っていれば彼女の身体のムーヴメントとヴィデオインスタレーションが生み出す生きた物語であるのは言うまでもない。純粋に展覧会について述べるなら、それは彼女のインスタレーションの空間に応じた様々な変化である。たとえば、Galerie Yvon Lambertでの展覧会« Reanimation 2 »と、dOCUMENTA(13)(Kassel)は、そのプレゼンテーションの仕方がまったくことなる。dOCUMENTAでは、鑑賞者は小屋の内側に入ることは出来ず、窓の外からスクリーンを覗き、さらにその家の中に展示されたデッサンやクリスタル彫刻を覗くことによって、極北の秘境を内側に向かってのぞき見する形をとっていたが、Galerie Yvon Lambertでは、鑑賞者はあたかも、物語の禁忌を犯すような大胆なシチュエーションに投げ出される。Laxnessの小説の内部、人間が足を踏み入れてはならない秘境にこっそり侵入し、本来見ることの出来ないはずの自然の営みや命の姿を盗み見る。そして、その大切なものが溶け出し、破壊されている様子すらも目の当たりにすることを強いられる。われわれは、温かく平和で、危険の無い「内側の世界」で、彼女が「外側の世界」のことを問いかけているのに耳を傾けるだろう。そして、その親密な語りは、我々の「内側」をとおりぬけて、それぞれの物語としてあつまり、やがて静かな音楽のように響き渡るだろう。

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*WAKO WORKS OF ARTのインスタレーションからGalerie Yvon Lambertでの展示を行うにあたり、Jonasは木枠と和紙で作ったスクリーンを利用し、日本の障子のような演出を施した。これは、より構造の内部にいるかのような鑑賞効果を高め、鑑賞者がダイレクトに映像に出会うためのアイディアである。

*dOCUMENTA(13) Reanimation (In a Meadow)
*WAKO WORKS OF ART Reanimation

 

06/9/13

Photo Album de la conférence de H.Yohioka(29/5), « Mobilisable 2013 » (30/5-31/5)

Album de photos avec les images prises du 29 au 31 mai, j’ajouterai d’autres images et certaines vidéos prochainement.
5月29日の吉岡洋さんの講演会、および30日•31日の »Mobilisable 2013″で撮影した写真を掲載します。追加写真やショートビデオ、吉岡さん講演録画リンクなどは随時連絡いたします。

la conférence de Hiroshi Yohioka
le 29 mai 2013
Ensad, Paris

devant la porte, Jean-Louis Boissier et Hiroshi Yoshioka

devant la porte, Jean-Louis Boissier et Hiroshi Yoshioka

pendant la conférence

pendant la conférence

pendant la conférence

pendant la conférence

après la conférence au café

après la conférence au café

Mobilisable 2013
le 30 et le 31 mai 2013
Labo de l’édition, Paris

Labo de l'édition, le lieu de l'exposition

Labo de l’édition, le lieu de l’exposition

préparation, installation

préparation, installation

installation de Dominique CUNIN

installation de Dominique CUNIN

installation de Jean-Louis BOISSIER

installation de Jean-Louis BOISSIER

Jean-Louis Boissier, triptyque pour la réalité augmentée

Jean-Louis Boissier, triptyque pour la réalité augmentée

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l'affiche de Mobilisable 2013 par JLB

l’affiche de Mobilisable 2013 par JLB

pendant la démonstration

pendant la démonstration

pendant la démonstration

pendant la démonstration

expérience de réalité augmentée avec "Le Citron 2"

expérience de réalité augmentée avec « Le Citron 2 »

Bertrand Sandrez, MOUVA

Bertrand Sandrez, MOUVA

Bertrand Sandrez, Sextant

Bertrand Sandrez, Sextant

Dominique Cunin, réalité augmenté à partir du plan architecture du labo de l'édition

Dominique Cunin, réalité augmenté à partir du plan architecture du labo de l’édition

jeux interactifs pour l'écran mobile

jeux interactifs pour l’écran mobile

table ronde « Une écriture expérimentale pour écrans mobiles »

table ronde « Une écriture expérimentale pour écrans mobiles »

juste avant la table ronde, SD et HY

juste avant la table ronde, SD et HY

les intervenants

les intervenants

fin de Mobilisable 2013

fin de Mobilisable 2013

05/26/13

Les Citrons, projets d’un livre numérique expérimental / 『檸檬』e-book作品の試み


Ensad Lab, Emeri (Ecran mobile et récit interactif)が中心になって計画してきた展覧会« Mobilisable 2013 »に二つの作品をだすことになりました。コンセプト自体は2年前くらいからずっと考えてきたもので、使用写真などのメディアも、かなり長い時間かかって作ってきました。たくさんの方々のご協力も得ました。本作品は、電子書籍の形をとっていますが公にダウンロードは出来ないので、展覧会にお越し頂くか、お会いした際にご覧頂ければと存じます。作品のイメージビデオは以下にあります。
(また、展覧会のサイトは こちら 、また詳細は こちら(salon de mimi内) にもございます。)

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大久保美紀
檸檬1と檸檬2
2013年 iPad用デジタルブック作品として

写真:大久保美紀
コンセプト:大久保美紀
技術:ドミニク•キュナン

iPad、フォトアルバム、シュミレーションビデオ
本作品は、1901年生、31歳で夭折した大正文学界の鬼才、梶井基次郎の短編小説『檸檬』(1924年)の現代的で実験的な読書経験を追求した作品である。基次郎が21歳の時に書いたこの散文は、非常に奇妙で一貫性がなく、それでいて作家の鋭い感覚や世界への視線や直観的な解釈といったものが随所に浮かび上がるように表現されている。1920年頃より、肋膜炎にかかり、その肺尖カタルに苦しむ。退廃的な生活と母への贖罪という矛盾した感情に引き裂かれながら5年かけて高校を卒業した後、東京大学の英文学部に進学する。矛盾したように見える要素が共存する複雑だが豊かな文体、それは洗練されたセンスを予感させるもの、平和的でしかしメランコリックなものがそこにある。日本の伝統文学の当時の自然主義とも耽美主義ともつかぬ、あるいはまた西洋的な香りを感じさせる、私小説的でありながら独自のものである。

この作品を本プロジェクトで取り上げたのは、この作品が古びない芸術的価値たるものを感じさせるからに他ならない。一見すると、ある意味で時代的で社会的で文化的で個人的な主題をしかもかなり独自の言語、文体で綴られた(基次郎の文体は日本人から見ても特徴的である)文学作品が、全く別の言語システムの中でどのように独り立ちし、そしてどのように受け止められる可能性があるのか、そのとき、新しく生まれた翻訳文学と、オリジナルの文学の間にはどのような関係性とギャップが生まれ得るのかという、長きに渡る個人的な関心事項に深く触れる。
現代は、インターネットや翻訳システムの開発、目覚ましく進化する同時翻訳や、文章や小説の電子アーカイブ化のなかで、翻訳文学の持つ意味も変化しつつ在ると考えられる。
そのようにある作品はしばしばそれが生み出された言語と切り離された状態で味わわれ、評価され、愉しまれる。翻訳文学は、しかしながら、オリジナルとともにある。あるいはそこから遠く隔たって立ち現れたとしても、本質としてそれらは共にあり、共にあり続ける。

本作品では、そのことを、1においては重ね合わさせた異なる二カ国語のテクストによって表し、2においては音声とビジュアルがシンクロナイズされるという方法で表現した。

Le Citron 1においては、我々はぴたりと重ねられた異言語のテクストに戸惑い、その内の一つを選択しようと試みる。背景のイメージは、各々のページのテクストが表象する物語の場面と対応しているのだが、それを隠していたテクストが失われると鮮やかな色彩を取り戻す。さて、テクストを追いかけてそれらがあるはずの方向に場面を滑らせると、そこには非日本語話者にとって不可解な言語でしかない「日本語」で書かれたオリジナルのテクストだけが黒い背景の上にくっきりと浮かび上がる。そこを逃れようとして、画面上に指を滑らせても、そこからどこにも行くことは出来ない。読むことの出来ない本は、放棄されてしまうのだろうか。しばらくじっと待っていると、もう一つの『檸檬』がゆっくり浮かび上がってくる。

Le Citron 2においては、鑑賞者は一冊の写真アルバムを手渡される。全ての写真は白黒で、頁番号がふってある。そのイメージにぴたりと画面あわせると、白黒のイメージがぱっと鮮やかな色彩を帯びた同じイメージとして交換される。それが消えると、一本の糸のようにフランス語の檸檬のテクストが一定のスピードで流れてくる。同時に日本語で朗読する声が重なる。読者が読みたいリズムでストーリーを読み進めるという行為は、ここでは朗読者のリズムで物語が紡がれ、それにシンクロするテクストを追いかけるという行為にすり替えられてしまう。

本文の朗読は、吉岡洋さん、コンセプトアドバイスはジャン=ルイ•ボワシエさん、そしてプログラミングはドミニク•キュナンさん、そして京都写真の撮影協力で田中学さんにお世話になりました。ありがとうございました。

本作品のイメージビデオはこちらです。

Le lien video : ici
スクリーンショット 2013-05-26 8.36.33

Miki OKUBO

« Le Citron 1 » (développé sous Mobilizing, modèle le diorama)
« Le Citron 2 » (développé sous Vuforia, la réalité augmentée)
mai, 2013, pour les projets d’un livre numérique expérimental

Médias : Miki OKUBO
Concept : Miki OKUBO
Conseil : Jean-Louis BOISSIER
Programing : Dominique CUNIN
Voix : Hiroshi YOSHIOKA

iPad2, livret de l’album de photo, maquette 1, maquette 2

Dans le cadre de la recherche sur les livres numériques expérimentaux, ces deux projets jumeaux proposent une nouvelle forme de lecture de la nouvelle intitulée « Le Citron » (1924) de Motojiro Kajii, écrivain de génie à l’époque de Taishô. Motojiro Kajii naquit en 1901 et mourut d’une pneumonie en 1932 à l’âge de 31 ans. L’histoire « Le Citron » écrite quand Kajii avait 21 ans est un texte étrange. Il manque de cohérence et montre un air de décadence, toute fois, dévoile une vision sensible du monde, une sensibilité subtile, et des interprétations précises de l’auteur.
Il souffrit de la pleurésie ensuite de la catarrhe chronique, et décéda sans se guérir. Déchiré entre les sentiments contradictoires : une passion de la littérature qu’il n’atteignait qu’au travers d’une vie décadente, mêlé à un sentiment de rédemption apporté par sa mère qui le soutenait. Kajii finit ses cinq années d’étude au lycée et commença ses études de la littérature anglaise à l’Université de Tokyo (l’actuelle Todai). Son style d’écriture est complexe et riche par la coexistence de l’ensemble des traits antonymes, comme sophistiqué, paisible à la fois mélancolique. Il n’était pas écrivain naturaliste ni esthéticien. Ses ouvrages souvent influencés par l’esthétique occidentale semblent être une autofiction, cependant il est toujours impossible de les définir.

Le choix du texte s’est fait, d’une part pour sa valeur artistique impérissable de l’ouvrage « Le Citron », d’autre part pour certaines caractéristiques de style chez Kajii qui convenait à mes intérêts à propos de la littérature traduite. Employant un vocabulaire unique, son texte est basé fondamentalement sur une ambiance de l’époque et la culture, traitant des thèmes personnels. Que se passe-t-il dans la relation entre le texte original et traduit, quand ce texte sera traduit et deviendra autonome dans une autre langue complètement différente ? Je m’intéressais à ce point-là.
Dans la vie contemporaine, nous vivons en bénéficiant de développements impressionnants des systèmes de traduction, comme certains logiciels qui permettent de traduire des textes en temps réel. Cela modifie la signification et la position de la littérature traduite. En outre, l’accélération des techniques pour l’archivage numérique des livres bouleverserait aussi ses modalités.
Néanmoins, il va de soi que la littérature traduite n’existe qu’avec les textes originaux. Même si, grâce aux systèmes de traduction sur le réseau, on a l’impression que la littérature traduite soit parfaitement transparente et superposée sur le texte original, ces deux textes sont fondamentalement différents bien qu’ils n’existent qu’ensemble, et qu’ils ne s’oublient ni abandonnent jamais.

D’abord, dans « Le Citron 1 », deux textes de différentes langues superposées jouent un rôle important, dans « Le Citron 2 », les lecteurs auront deux informations différentes : média sonore et texte mobile.

Dans « Le Citron 1 », nous sommes embarrassés par l’illisibilité des textes et finirons par en choisir un. Les images de fond en tant qu’information visuel représentent une atmosphère ou bien une scène de pages. Quand nous glissons sur la page noire à droite, il n’y a qu’un texte japonais, sans possibilité d’obtenir un texte compréhensible pour les lecteurs francophone. La traduction est un travail du « temps » où le traducteur prend un moment suffisant pour s’immerger dans l’univers de cet auteur et retrouver petit à petit son récit dans un autre système linguistique. Nous, les lecteurs, partageons ce temps indispensable afin d’atteindre un autre ouvrage « Le Citron » qui viendrait de naître, devenu autonome.
Dans « Le Citron 2 », les lecteurs seront invités à faire une expérience de lecture consistant en deux différentes actions synchronisées. Quand les mêmes images de fond que « Le Citron 1 » seront captées par l’écran de l’iPad, ces images en noir et blanc se rendent en couleur, puis, la voix du déclamateur et le texte mobile simultanément commencent. Nous pourrions quitter la page commencée, cependant, il n’est pas possible de choisir une de ces deux actions, ni de revenir en arrière pour récupérer la partie déjà disparue de l’écran même si nous n’avons pas réussi à de le capter. Ce qu’il existe là est une histoire unique, « Le Citron » reconstitué différemment que l’original…

(Miki OKUBO)

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05/22/13

Mobilisable 2013 au Labo de l’édition, 30 et 31 mai 2013

Mobilisable 2013 au Labo de l’édition, 30 et 31 mai 2013

Mobilisable 2013, ouvrages expérimentaux pour écrans mobiles
Deux journées au Labo de l’édition*, jeudi 30 et vendredi 31 mai 2013, de 14h à 18h.
展覧会 « Mobilisable 2013 » @Labo de l’édition, 2013年5月30日、31日(14時−18時)
ラウンド•テーブル『モバイル•スクリーンのための実験的エクリチュール』、5月31日18—20時、同会場にて。入場自由。ぜひお越し下さい!

(texte cité de site « mobilisable 2013 »)
On le sait, en l’espace de peu de temps, l’écran est devenu fondamentalement mobile. S’il vient du téléphone, installé sur les réseaux, il est à la fois un ordinateur et une  page. Ce qu’il affiche, et ce sur quoi il permet d’agir à la fois intuitivement et selon nos habitudes culturelles, est aussi bien de l’ordre du livre et de la carte, du film et de la télévision, de l’outil et du jeu. Ne pourrait-on pas regarder ce que l’écran nous offre comme une entité qui serait plus ou moins tout cela à la fois, et même dans une version « augmentée » ? C’est ce type d’« ouvrage pour écran mobile » qu’il est passionnant d’explorer aujourd’hui, sans se poser nécessairement la question de sa nature ou de son destin. Ce sont un certain nombre de prototypes de ces ouvrages expérimentaux qu’expose « Mobilisable 2013 » au Labo de l’édition, sur une proposition du laboratoire EnsadLab de l’École nationale supérieure des Arts Décoratifs, associé à l’Université Paris 8 et à la Haute école d’art et de design-Genève. À l’exposition et à la démonstration s’adjoint bien sûr la discussion : des rencontres et une table ronde.

La table ronde « Une écriture expérimentale pour écrans mobiles » (jeudi 30 mai, de 18h à 20h) invite des designers et chercheurs à témoigner et à débattre des nouvelles formes de consultation et de lecture, mais d’abord des questions d’expérimentation et de formation attachées à une écriture propre aux ouvrages pour écrans mobiles.
Liste des intervenants :

Jean-Louis Boissier, chercheur à l’Université Paris 8 et à EnsadLab
Dominique Cunin, artiste, chercheur à EnsadLab
Jean-Michel Géridan, professeur de design graphique et interactif à l’ESAD-Le Havre
Anette Lenz, graphiste, professeur à la HEAD-Genève
Camille Pène (Labo de l’édition, modératrice)
Étienne Mineur, designer, professeur à l’EnsAD et à la HEAD-Genève
Daniel Sciboz, graphiste, professeur de design interactif à la HEAD-Genève
Douglas Edric Stanley, professeur de design interactif à la HEAD-Genève

* Labo de l’édition
http://www.labodeledition.com/
2, rue Saint-Médard, 75005 Paris
Tél : +33 1 83 64 89 00
contact@labodeledition.com

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05/15/13

Gilles Ouaki « I lock you and more »/ジル•ウアキ 愛の南京錠を集めよ! @moretti & moretti

Exhibition « I lock you and more »
Guilles Ouaki
du 19 avril au 22 juin 2013
Gelerie moretti & moretti ( site of gallery here)
(artist HP here)

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われわれは、夢を見ない。あたかも繊細で非常に傷つきやすいフリをしているが、裏切られ驚かされても、深いところでは実は痛くも痒くももない。愛はデリケートで感傷的、多くの人の人生の中でとりわけ大切な主題である。人々は愛を得るために、そして、ひとたび得た愛をもう決して失わないために、じつに努力家である。ちぎりをむすぶ(精神的に、肉体的に、法的に、社会的に)、目印をつけてアイデンティファイ可能にする、最終的に戻るべき場所を約束する、あるいは、お互いがお互いからひと時も離れたり忘れたりできないようにつなぎ止めておく。「嫉妬」という感情は、対象は違うにせよ小さな子どもでも抱くことの出来るプリミティブな感情であるにもかかわらず、人の一生において多大なエネルギーと時間を費やす、いわゆる「愛」の領域を支配する最も中心的な感情である。嫉妬の物語は何を具体的に思い出すでも引用するでもなく、一様にして、愚かしく悲惨である。それをあたかもエレガントでロマンティックな衣を着せてお洒落に表現する事によって「素晴らしい作品」とか「人間の本質を巧みに絵が描き出した名作」などと崇められる場面に出会うたび、むしろ、生き物としての人間の限界にぶちあたってしまったようで、胸が悪くなってしまう。このよからぬ感情が制御を失って悲惨な結果を招くことを予め防ぐため人間が考えたのが数々の約束事だ。鍵と錠は、その愛の約束の忠誠さを象徴するモチーフを代表するものだ。鍵と錠によって愛がどこかへ行かないようにつなぎ止めようとする愚かしく愛らしい努力については以前、貞操帯とパリのポンデザール橋を飾る無数の「愛の南京錠」についてのエッセイでとりあげたことがある。この「愛の南京錠」について簡単に説明しておこう。パリにはポンデザールの他にもいくつか愛の錠を括り付けるのにゆかりの橋がある。この習わしは、有名な遺跡や観光名所に自分と恋人の名前を彫りつけたり、日本であれば縁結び神社に願掛けをしにいくようなものだ。このような名所はおそらく世界中にあるのだろう。さて、そのエッセイの冒頭はこのように始まる。

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 愛とは、しばしば、お互いのセックスに錠を掛け合うことである。(ここでいうセックスとは、性交渉だけでなく性器そのものや性的イヴェントなど、広義の性をさす。)愛と施錠の物語パリのセーヌ川に架かる橋、Pont des Arts(ポンデザール)には無数の南京錠が付けられている。(写真3) パリジャンのカップルも観光客も、愛する人とパリに来たならば、二人のイニシャル入りの南京錠(愛の南京錠/Cadenas d’amourと呼ばれる)をこの橋に括りつけ、しっかりと錠を閉めた後、その鍵を川に投げ捨てる。こうして、錠を解くことのできる唯一のアイテムである鍵は、世界から消え失せてしまった。二人の愛の証である南京錠は永遠に解錠されることはなく、パリのセーヌに存在しつづけるだろう、というとっても素敵な話だ。
 鍵は、様々なシチュエーションで、愛しあう恋人同士を象徴するモチーフとしてロマンティックにふるまい続けてきた。しかし、「愛しあうこと」のゲーム・ルール(règle de jeu)は、相手のセックスをお互いに施錠することである。ポンデザールを訪れる恋人たちがはにかんだ笑顔で遂行しているのは、相手の性交渉の決定権を所有し管理しあうための、あの恐ろしい貞操帯の施錠の儀式と本質的に変わりない。人々は、こうやって錠をして、その鍵を破棄することによって、永遠の誓いの成立に安堵する。(…)
(
批評誌『有毒女子通信』第10号 特集「ところで、愛はあるのか?」連載 《小さな幸福をめぐる物語》―第一話 「愛と施錠の物語」より。フランス語版全文はこちら)

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« I lock you and more » 展のアーティストGuilles Ouakiは、恋人たちが心と願いをこめて括り付けた愛の錠をこっそりもぎ取ってコレクションし、それを自分の作品として販売/発表しているアーティストだ。実は、あまり公に知られていないことだが(隠してもいないとは思うが)、パリ市は定期的にこのcadenas d’amourを掃除していて、一定量(景観として美しいと見なさす事の出来る錠の量)を越えた錠は、錠切りの悪魔の道具により、いとも簡単に切り取られて捨てられる。Gilles Ouakiそのパリ市による清掃の直前にいつも愛の錠コレクションを探しにやってくる。どうせ清掃が来たら無作為にもぎ取られてしまうので、Gillesは念入りにお気に入りの素敵な愛の錠を選ぶ。素敵なデザインの錠、メッセージが掘られている錠、愛の深い事がそこから伝わってくる特別な錠…。彼はその錠を様々な方法で作品化する。このオブジェの一つ一つは、重たい。重たいというべきか、しつこいというべきか不吉というべきか。壊された錠のおのおのには個別の恋人たちの物語が託され、その臭いがぷんぷんする。切られた錠はもう二度と閉じない輪を描いており、無造作に行われた切断や、その痛々しい切り口と対照的に名前や絵が描かれた部分などを併せ持ち、不穏な存在である。

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大判のオリジナルプリントの裏側には、大きく引き延ばされた写真に写っているものと同じ南京錠(実物)が留められている。この作品を購入するということは、どこの恋人のものかも知らぬ愛の南京錠(しかも破壊されてしまった)の運命を請け負ってやることだ。持ち主の恋人たちがどんなカップルなのか、どんな顔でどのくらい愛し合っていて、今現在どこにいるかなどということに想いを寄せることもあるかもしれない。さらには、ある時アーティストがとりわけ目的も使い道の見通しもなく手に入れた生地サンプルのカタログのページに、その生地の色や質感にマッチする錠を一つないしふたつ選び、貼付けたアサンブラージュの作品群。このように額に入れて作品化されると、なるほど、Gillesに選びとられることがなければパリ市の清掃員によってゴミとして回収されて一瞥すらされることなく廃棄されたのに、チャンスを得て芸術作品として救われた幸運な南京錠たちだ、と思うかもしれない。そもそも南京錠は鍵を廃棄することによって恋人たちの永遠の契りの象徴となり得たにも関わらず、いとも簡単に切断され、誰かのオフィスや家の壁に飾られる運命かもしれないのだ。

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私はこの愛の南京錠を馬鹿にしているわけでも嫌っているわけでもない。こんなエッセイを書くくらいだから、むしろ気になっている。しかし、なぜ愛し合う感情の継続のため橋に錠を結びつけるのかという問題が脳裏をかすめる。愛する気持ちのモチベーションは、ここにおいて内部充溢しておらず、その外側のもっと大きなものに頼ろうとしている。明日には変わってしまうかもしれない燃え上がった気持ちやいずれ果ててしまう命よりもずっと確からしくて不朽のもの。実は、愛する事に限らず、人々の活動はこのような外在する動機づけで満ちているとすら言える。それがたとえ非常にナイーブに行われていたとしても、いかに愚かしく見えても、それは依然としてひとの本質のかけらである。この展覧会 »I lock you and more. »は、愛の南京錠を破壊を見せながら、ひとびとの根拠なき安堵を打ち砕き、それは確かに少しだけ気持ちいい。

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05/6/13

Julio Le Parc rétrospective / ジュリオ•ル•パルク回顧展 @palais de tokyo

Links:
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Julio Le Parc

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Julio Le Parc Soleil Froid展における Julio Le Parcの回顧展は2013年2月27日より5月13日までパリのパレ•ド•トーキョー(Niveau 2)で開催されている。フランスでこれほど総合的に彼の作品を目にすることが出来る回顧展が企画されたのは初めてのことだ。Julio Le Parc(1928 -)はアルゼンチンのブエノスアイレス出身のメディアアーティスト、いわゆるメディアアートのパイオニア的存在である。とにかく、彼のアイディアの時代とのかけ離れ方は驚きである。1958年、ブエノスアイレスで美術学校を卒業したJulio Le Parcは、フランス政府奨学金を得てパリにやってくる(現在は郊外のCachanで制作を続けている)。そこで伝統的な美術の方法はキッパリと捨てて、光や物体の動き、そしてシネマに影響を受けたスクリーンを使った作品など、コンセプチュアルな作品に傾倒して行く。アート•シネティックやオプ•アートなどのアーティストがメンバーとなったG.R.A.V(Groupe de Recherche d’Art Visuel)の創立者であり、1968年にはヴェネツィア•ビエンナーレでグランプリを受賞している。

Julio Le Parcの作品は、それが1960年代や70年代に考え出され、作られたという時代的なコンテクストを見るものの脳裏から奪い去ってしまうような新しさと楽しさを秘めている。あるいは、ひょっとするとメディアアートは日々目が回るような早さで一新され続けているかのように見えて、実はそれほど本質的に一新されてはいないということを、この感覚は物語っているのだろうか。

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Julio Le Parcの表現において最も楽しいのは、アートにおけるメディウムを抜本的に変えてしまったというのは言うまでもないが、その新しい媒体である光、それが持つ性質やそれが創り出す「動き」なのである。「動き」とは予定されたものと展示される環境によって規定されるもの、あるいは鑑賞者が何らかのインパクトを及ぼすことが許されるものを含む。Julio Le Parcの作品においてはしばしばどのように展示されるかが作品経験の大部分を決定する。たとえば、無数の正方形の鏡が高い天井の壁を埋め尽くすように垂れ下がっている作品。これは非常に大きな作品なのだが、それらが壁近くに設置されているために別の場所でなら容易く起こるはずである風による揺れや、それによる反射する光の動きが見られない。

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それに対して同じコンセプトであるが、もっと小さな正方形の鏡が下から光を受けて強く反射し、もっと自由に動く仕組みになっている作品では、先ほどのものとは全く違った印象を与える。光を扱う作品が多いためにもともと展示会場は全体としてキャプションが殆ど読めないほど暗いのだが、その暗がりの中で非常によく動くこの鏡はそれらのうちの何枚かがうごく度にそれを反射して四方の壁に映る光もまた生き物のように動くので、我々はここが深い海の底で、太陽の光はかすかにしか入ってこないのだが、その光をキラキラと受けて動き回る生き物の様子を不動のまま目にしているような不思議な感覚に教われる。アクアリウムよりも照明は暗いのだが、あたかもそこで発光するクラゲが浮遊するのを眺めているような、妙なヴィジョンだ。

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これは点滅し続けるように見えるライトがそのインスタレーションに入り込む人の思考をかき乱し、おかしくしてしまう装置である。実はこの光は点滅しているのではなく、インスタレーションの中に幾つかある光源が上下に機械的に運動し続けているだけのシンプルな仕組みなのだが、そのまわりを迷路のように覆っている布の素材と目によって錯覚が起こる。たしかに、身体のコンディションによっては乗り物酔い状態になり気分が悪くなる人もいるかもしれない。点滅する光の中に長い時間留まるのに似たトランス状態に陥る人もいるだろう。あるいは、その機械的なリズムが逆説的な平安を与えてくれることすらあるかもしれない。

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Julio Le Parcの絵画作品。点描は光の色が丁寧に分布している。彼の光の捉え方をペイント化するとこのようになることは納得できる。そしてこの絵画もやはりよく見つめていると動的であり、光の色を分けて表された様々な色の点はすこしも留まってはいない。

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そして、「冷たい太陽」という展覧会タイトル(彼の展覧会のみならず総合タイトルである)を思わせる赤のプレートで形成された大きな太陽。

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この展覧会の最後のコーナーにはJulio Le Parcのたくさんのインタラクティブ作品で埋め尽くされた。驚くべきことに、これらの作品は今日でも鑑賞者が自由に触れて遊んでよく、そうすることによってしか彼の狙いは体験することができない。実際に遊べることは非常に有り難いことである。ずらりと並べられたサングラスをかけると、いつも見ているものはもう見えなくなり、何も見えないということはなく、必ず何かをどうにか目にすることが出来る。Julioグラスをかけたメディア考古学者を発見。Erkki Huhtamoさんは「メディア考古学」という新しいメディア論の提唱者である。この日は仕事でパリおられたので展覧会場でお会いした。Julio Le Parcの作品が本来の動的環境を不十分にしか伴っていないとき、(さすがに触れてはならないので)思い切りブロウして、作品に命を吹き込む。その効果は素晴らしかった。(効果のほどは下のビデオをご覧ください…)

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if you can’t watch it, click here (video on youtube)

展覧会は、13日まで開催されている。

05/5/13

Mannequin Corp de la Mode / マヌカン、ファッションの身体展 @Les Docks

「Mannequin Corp de la Mode (マヌカン、ファッションの身体)」展を訪れた。人間の身体のかたちに関わること、マネキン人形のこと、オブジェとしての肉体のこと。それらのトピックは言い尽くされてきたようで、しかし、決して言い尽くせないことのようでもある。展覧会は、現在は改装閉鎖中のパリ•ガリエラ美術館の別館として2008年にオープンしたレ•ドック(Les Docks, cités de la mode et du désign) で2月16日から5月19日まで開催されている。

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site : Mannequin Corp de la Mode

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展覧会の冒頭には、三つのマネキンの頭部(左より、1860年頃の紙製の頭部、1880年代、20世紀初頭)と二体のトルソ(左より、1890年頃、20世紀初頭)。いくらクチュール用のトルソといっても今日の我々の目から見るとあまりに不自然な形をしている。京都服飾文化財団の研究成果によると、女性身体のかたちが18世紀から現代を生きる我々のものにいたるまでに大きな変化があったことが明らかになっている。下の図をご覧頂きたい。現代以外の5体のトルソは京都服飾文化財団のもの、現代人のものは日本のマネキン老舗の七彩マネキンのトルソである。この中で最もショッキングなのはおそらく、1900年頃のトルソのフォルムではないだろうか。いわゆるコルセットで締め上げられ、胸はデコルテから美しく露出するために最大限に持ち上げられ、腰回りはクリノリンで覆われていた時代の身体のかたち。強烈な鳩胸に無理矢理くびれたウエストと両サイドに張った腰。いったい、前時代およびその次のトルソと比べてこんなにも身体のかたちが変わり得るだろうか?そのすぐ後には良く知られているように、ファム•オブジェとして物理的に締め付けられた女性身体の解放が行われたので、あたかもストレスから解放された身体であるというように表象されている。(参考:『身体の夢—ファッションor見えないコルセット』)

18th C., early 19th C., mid 19th C.

18th C., early 19th C., mid 19th C.

 

c.1900, 1920's, the present day

c.1900, 1920’s, the present day

私はかつてこの分かりやすい説明をその分かりやすさ故に快く感じていたのだが、今は同じ理由故につまらないとも感じている。そもそも、これは身体のかたちの変化ではなく、衣服を鋳型としてそのなかにシリコンとかコンクリートを流し込んだならば、こんな風になりますよ、というモデルに過ぎず、つまりは洋服の内側の形の移り変わりを表したモデルである。「洋服の内側=身体」でないのは自明だ。現代人の我々だって、ヒップアップ•バストアップ下着とか、お腹を締め付ける腹巻きとかふくらはぎやももをカバーするストッキングとかあるはずで、それらのなかに包まれている時と、全て脱いだ裸の身体では同じ形ではあり得ない。そもそも、1900年代の印象派の画家たちが描いた奇妙な形をしたドレスを着こなす貴族女性たちはたしかに苦労して服を着ていたに違いない。しかしながら、現代を生きる我々がその時代の着衣に比べてそれほどクールにで服を着るという営為をやりこなしているとは到底思えない。上述したように、我々現代人は頭部からつま先に至るまで、物理的にも抽象的にもそれは細かく造形されているではないか。さらに騙されるべきでないのは、このデータを見るとあたかもその変化は(時間のスパンは違うものの)人類が進化の中で骨格やプロポーションが変化してきたことと関係があるように思われるかもしれないが、こんなものはごく限られた階層のごく限られた地域のごく限られた人口の歴史に過ぎないのである。

GUY Bourdin, Charles Jourdan été 1978

GUY Bourdin, Charles Jourdan été 1978

さて、話を「Mannequin Corp de la Mode (マヌカン、ファッションの身体)」展に戻そう。GUY Bourdin(1928−1991)はパリ生まれの写真家である。1948-1949年にダカールおよびセネガルで兵役に服し、空軍在籍時に写真を学んだ。軍を退役した後、マンレイに出会い、展覧会も行うようになる。その後1955年にはファッション写真に取り組み、ヴォーグに掲載される。Bourdinの写真はたしかにハリウッド女優やオートクチュールブランドを美しく撮影するような洗練された写真でありながら、時とすると撮影された女は人間ではなく人形だとかマネキン、あるいは生命のないからだであるかのような奇妙な印象を与えるものがある。

Helmut Newton, 1981

Helmut Newton, 1981

ドイツ生れの世界的写真家ヘルムート•ニュートン(1920−2004)のSie Kommen, Naked and Dressed(1981)はVogue Parisに掲載された有名な作品である。4人のモデルたちがさっそうに歩く様子。左はコスチュームで、右は裸で。完全に再構成され、全く同じポーズをとる2枚の写真は我々にもしも透視能力たるものが備わっているならば、この2枚の写真が重ね合わされ、それらが交互に点滅するように知覚されるのかもしれない。そんな覗きのフェティシズムがこの作品にはうかがえる。しかし、ニュートンが実際にこの2枚の写真を撮影するプロセスとそれを演じる4人のモデルたちの努力を考えると、この作品はたちまち相当滑稽な物語として書き換えられ、あるいはひょっとしたら覗きのフェティシズムなどというロマンティックなものではなくて(実はその反対方向に世界が在る、つまりは)裸の王様なのではないか?この作品は、そのように考えたほうがずっと内省的である。

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1954年のある靴のプレゼンテーションにおける写真(上)。素敵な靴を見るために、モデルの身体は必要ない。モデルの身体がどのようであるかに左右される必要はないし、どのような色の服を纏うかについても想像の自由が見るものの側に残されている。ここまでやるならば顔も隠して足タレ(足タレント)にすればよいのにとも思うが、さすがにライブのプレゼンテーションにおいて足だけではあまりに無生命的な印象を与えるのだろう。
それから60年が経過した今、我々は同じ手法で洋服を売っている(下)。e-commerceのサイトではたいていモデルの頭部がない。衣服を紹介するのは、とりわけ際立った印象を与えないほっそりした「普通の」身体。このいかにも無味無臭の身体はサイトを個人個人がそこに自分の身体や顔をあてはめる際に出来るだけ差し障りのないように(つまり、購買意欲を阻害せず、ひっかかりを与えないために)準備されている。

mannequins de taille normale chez H&M

mannequins de taille normale chez H&M

そういえば、ついこの間意外なほど世間を騒がせた「普通サイズのマネキン」(H&Mの店頭に並んだ)というのがある。通常マネキンは身長は平均より大きく、身体は平均よりも痩せて作られ、どのサイズの服でも着られるようにある意味でオールマイティに作られているのだが、この普通サイズのマネキンは、40とか42(比較的ふくよかなサイズ)、あるいは38(いわゆる平均的な体型)を再現したものである。このマネキンの登場は一時インターネットやメディアを賑わし、倫理や健康概念、広い分野に渡る議論を巻き起こしたのだが、インターネットやシュミレーションで洋服を購入することもあり、身体が必ずしも物質性を伴わないとすら言えるような今日、このマネキンがスキャンダラスになる現象自体が不審に感じられる。あるいはまた、そのようであるからこそ、リアルに目の前に提示された生々しくリアルな形をした見慣れないマネキンに挙動不審になってしまうということだろうか。

マネキンも生身のモデルも本当は普通サイズではなかったのですよ、ということに敢えて気がつくことが新鮮である現実もまた滑稽である。あるいは、気がつく必要があるとすれば、それはいったい誰の、何のために?

 

04/22/13

ロン•ミュエック:あまりにも本当らしいその人たちは誰?/ Ron Mueck, who are the persons like someone ?

Ron Mueck Exposition : site here.

Fondation Cartier pour l’art contemporain
le 16 avril – le 29 septembre 2013

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ロン•ミュエックは1958年、オーストラリアのメルボルンに生まれた。現在はロンドンに住み、様々な大きさやかたちの身体の部分が並ぶストイックなアトリエで、数人のアシスタントとともに世界中の人々を驚愕させる作品を生み出し続けている。この有名な美術家が日本の人々によく知られるきっかけとなったのは、今からもう5年も前になる金沢21世紀美術館において開催されたロン•ミュエック展(site here.)である。あの、一躍有名になってしまった産み落とされたばかりの巨大な赤ん坊は、可愛らしいというよりもまだ血だらけで顔もしわくちゃ、一見そのへんの猿よりもサルらしい顔をしている。赤子なのに老けていて、おじさんのようなのにおばさんのようである。あの赤子にミュエックが与えたタイトルは、ア•ガール(A girl, 2006)。あまりのリアルさによく目を凝らさなければ産み落とされたばかりの男性器を見誤ってしまいかねない、立派なへその緒がぼっこりと生えている。どんな言い方をしようとも、大きささえちがうものの、たしかに、生まれたての我々はこんな風なのだ。覚えていないかもしれないけれど。

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今回のパリカルティエ財団現代美術館(Fondation Cartier pour l’art contemporain, Paris)でのミュエック展は、2005年のRon Mueck展につづく第2回目となる。あの大きな女性が窓越しに横たわって、黒めがちの静かな眼差しを外の世界に向けていた様子(In Bed, 2005)を記憶に留めているパリジャンも少なくないだろう。今回は、あのパラソルの下の老夫婦を含む3つの新作(Couple under an umbrella, Woman with shopping, Young couple) を携えての展覧会となった。

私はミュエックが好きだ。ミュエックの創り出す人々の顔やからだ、その表面とかたちが好きだ。嫌いなところをどうしても言ってくれと万が一頼まれたならば、「あの人たちに触れられないこと」と答えるだろう。(ミュエック自信に対する好き嫌いでもなんでもないが。)ただ単に、触りたい欲望から耐えるのに必死なだけである。しかしそれは切実である。丁寧に作られた繊細な代物なので、触ることが出来ないのは、大人なのでわかる。そうなのだが、「ちょっとだけ」「ひとり1回だけ」とかお願いしたい気分になるのである。だって、その表面は本当に素晴らしいんだもの。
人間の身体のかたちが芸術作品のなかでどのように表現されるかということ、そして、一体どのように人間の身体という物理的なオブジェクトが、ただのオブジェクトであるよりも作る人と見る人の記憶や感覚に刻印されるような印象を残すことがあるのだろうか、ということについて、そのことばかりをずっと考えてきた。ミュエックのつくる人々とその身体は、そのような文脈においてただのオブジェクトであるよりも、大切な意味を持った作品である。

ミュエックの彫刻がリアルなことは確かに人々を驚かせる。そしてそのあまりに本物らしいのに、等身大ではなく、もの凄く大きかったり小さかったりするサイズによっても一種の奇妙さや不安な印象を与える。「なぜ実物大にしなかったのだろう、こんなに本物らしいのに」と問うことはあまり意味がない。リアルマネキンを作るのではないというのが理由の一つだ。誰かに非常に似ていて本当らしい大きさをもつリアル彫刻は、ロンドンのマダムタッソーとかパリのグレヴァンなどで嫌というほど見られる。(そして、テレビ的有名人に疎い私にはそのありがたみが半分も分からない、と思って未だ行ってない。)あるいは、ミュエックの生み出すその人々は限界まで本当らしく、しかしその似ている曲線は漸近線にはどうやら届かないことになっているような人々らしい。彼らが誰か、ミュエックは知っているだろうか。

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Couple under an umbrellaは、二人の大きな人がパラソルの下で寄り添っている作品だ。おじいさんとおばあさんは海辺でひときわカラフルなパラソルを伴って、のんびりと太陽の恩恵に授かる。老いた人々の、たるんだ肉、皺の寄った皮膚は非常に肌理細かい。肌全体にはうっすらと細かいシミが広がっており、血がゆっくりと通う静脈の血管がその表面に、皮膚の色に本当の色調を変容させられながらぷくっと浮かび上がる。
おばあさんの足下に寝転んで眩しそうに目を細めるおじいさんの眉の毛は、長い。耳の穴からはやや伸び過ぎた毛が見えている。彼らの毛穴はときどき開いたり、閉じたりしており、長い長い人生の時間を歩き疲れた足の裏はくたびれて、おばあちゃんの足の指は軽く外反母趾の変形した親指の根元が在り、多くの人が時々悲鳴をあげるか涙ぐむような事態を引きおこす巻き爪もある。それにしても、足の裏の皮膚というのは、二の腕だとかお腹のフワフワの皮膚に比べてたいそう硬く、毎日の歩行によってある程度形状が固定されており、たった数時間裸足になってそれを自由にしたところで、生まれたての足には二度と戻らない。mueck_atelier_1 言うまでもないが、私たちの身体は、常に完璧に手入れの行き届いた代物ではないし、完全なるフォルムやプロポーションをもつ個体は、ない。ヴィーナスの像のようでもあり得ない。おばあさんの肩は、ひどくなで肩、頭部に対してやや貧弱で左右の高さが違うし、背筋もやや歪曲しているようだ。そもそも、からだはスポーツ選手やモデルなら最上級に手入れするのだろうが、そうでもなしに放っておくとどこか歪んだりして左右対称ではなくなる。これは、病気でもなんでもなく、普通のことだ。
ひざやひじの皺の感じや皮膚の肌理までもがあまりにも本物の身体、といっても私たちが日々目にするような、取るに足らない身体に似ているので、サイズを覗けば違和感がない。臭いがしないのが不思議なほど、そのふくらはぎに手を伸ばしたならばきっと老人の肌のようにふわふわと弾力を欠き、やわらかく、そして、温かいに違いないと感覚する。

Still life (2009-2010) :
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つりあげられたニワトリの顔の安らかな様子は、死のことに対する我々の印象を一蹴する。死は安らかである。それが巨大なニワトリのものであっても。

Woman with sticks (2009-2010) :
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薪を精一杯運ぶ小さな働く人。お腹や二の腕の内側など、肌の弱くやわらかい部分が薪に傷つけられてかすり傷だらけになっている。持ちきれないほどの薪をいっぺんに抱えて、その身体は後ろに反り返り、険しい顔をしている。なるほど、女性の身体には力がみなぎっているようにも見えるが、働くべき小さな諦めのようなものも併存している。あるいはそのことに疑問を唱えない強さというべきか。縮れた豊かな陰毛はふさふさに茂ってカッコいい。それらはエナジーを感じさせる力強い身体であると同時に、普通の人のありそうなからだである。酷使も過保護でもなく、無理に矯正も受けていない、生まれて普通に育ってきた働く身体。肉体は傷だらけで、踏ん張る力強い足、ゆたかな陰毛は美しく温かい。

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Woman with shopping (2013) :
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両手にスーパーの買い物袋を下げた女性。女性の両手は買い物袋で塞がっておりその小さな身体にはいささか荷が重いと言うふうに、どことなくしんどそうである。コートの前方の空いている部分に目をやると、赤子の小さすぎる頭が覗いている。疲れているのだろう、顔がこわばって、その視線は遠くを見ている。赤ん坊のことなどちらりとも見ない。かわいそうな赤ん坊の頭部は異様に小さく異様に細長い。洗物や掃除のせいで手は乾燥しているのか。買い物袋を覗けば、缶詰やソースなど普通の食べ物がちらりと見える。(写真は制作過程)

Mask Ⅱ (2001)
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巨大な頭部としてのマスクⅡ。あまりに巨大なのでどんな細部も見えすぎる。とりわけ、このひげは素晴らしい。色の細かく違う、白髪や黒や灰色の色の違うひげがいっぽんいっぽん丁寧に皮膚に埋まっている。毛とは、あるいは毛根とは奇妙なものである。ひげ抜きとは非常に面白いものだが、これを見ていると耐えられないほどにひげ抜きたい願望を掻き立てて止まない。欲望を刺激する皮膚であり、もはや訴えるようなひげである。(写真は部分)

Man in a boat (2002) :
船に乗った人は照明のせいだろうか、その表情のせいだろうか。肌は透明で凍り付くようであり、死神が存在し、万が一人間らしい容貌をしていたのならこんなおじさんではないかと思える。向こうを、のぞきこんでいるが、そこはもう世界の外側である。ただし、裸の死神というのも奇妙だ。

Young couple (2013) :
カップルは若い。ハーフパンツの少年が少女の手を掴んでいる。手を握っていると言うよりも、はっきりと手首を掴んでいる。ふたりの若者の顔には、幸せとか安らかさというよりも、何かしらの緊張が見て取れる。少女の腕を掴む力のある腕には筋があり、ある程度力を込めて彼女の手首を握っているということが見て取れる。女の子は半分くらい少女であるのに、目は遠くを見つめてうごかず、その表情のせいだろうか、どことなくおばあちゃんのように見えてしまう。

そして、壁一面の静かな水面に浮かぶ、一人の男がいる。Drift(2009)がそれだ。Driftは、壁一面、一室にその一点だけが展示されているという、贅沢な空間利用によって、これまでのホワイトキューブの空間とはまったく別の世界観を演出している。このサングラスの男がどんな目で、いったい誰なのか、サングラスよりも遠くのことは私たちにはよくわからない。ニワトリよりもおばあちゃんよりも、作者に似ていない気がしなくもないが、近づくとやはり違う。

あまりにも本当らしいその人たちは誰?

04/8/13

ARRRGH ! HYBRIDE MONSTERS / ARRRGH ! 身体のハイブリッド性 @Gaîté Lyrique

ARRRGH! Monstres de mode / モードの怪物たち

あるとても寒い日、といっても世界の他の国々と同様に既に4月を迎えているのだが、郊外では雪すらうっすら降り積もったというその日、数日前まで最終日までに行けないのではと思っていた展覧会に思い立って行ってきた。展覧会は気になったら行ったほうがよく、人は気が向いたら会うほうがいい。

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ARRRGH! http://www.gaite-lyrique.net/theme/arrrgh-monstres-de-mode
du 13 février au 7 avril 2013
@Gaîté Lyrique
Arteの展覧会ビデオでも気になってたまらない、(ビデオはこちらです)黄色いスウェードの衣をまとった生き物は『千と千尋の神隠し』に登場し、その愛らしい動きと顔がないその顔によって一躍有名になった、あのカオナシ様に似ている。だが、なんだいジブリのパクリやないか、と勝手に一件落着してはならない。実はこの洗練された顔、IAMAS出身のグラフィック•アーティスト大石暁規さんの、あのキャラクターのお顔なのである。正面から見ても近寄っても横から見ても、たしかに愛嬌のあるこの有名なモンスターは、PICTOPLASMAのPICTOORPHANGE LES PETITS BONHOMMES (2008)である。PICTOPLASMAはアートにおけるキャラクター的なものやファッションのデザインと身体の関係に着目し、キャラクターデザインやタイポグラフィデザインを手がけるほか、アートブックの出版も行うドイツのグループである。こちらは、2010年に行われたハンブルグでのPICTOPLASMAの展覧会だが、こちらで大石暁規さんのタイポグラフィック・キャラクターが登場する。

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*大石さんのサイトはこちらAkinori Oishi

 

ARRRGH!は日本語でいえば、ギャー!といおうかウギャー!といおうか、そんな展覧会タイトルである(と思う)。残念ながらふざけてるわけではないのだが、さすがにタイトルだけではちょっと訳が分からないのでコンセプトを見てみよう。
ISABELLE MOISYによる解説によるとこうある。
——-
「ファッション•クリエーターが創造するハイブリッドなものたち。現代のヴィジュアル•クリエーションの中でも人間の身体や様々なコスチュームに関する作品を展示する。とりわけ、Atoposの創作活動と作品に焦点を当てながら、そのスタイリストやデザイナーが「モンスター」像を通じて浮き彫りにする、身体とアイデンティティーのハイブリッド化の過程をお見せする。」( D’une recherche étonnante sur la création visuelle contemporaine dédiée à la figure humaine et au costume, le collectif grec Atopos met en lumière l’univers de stylistes et designers qui explorent les processus d’hybridation du corps et de l’identité à travers l’image du monstre. )
ARRRGH!はしたがって、奇怪なモンスターたちに出会ってしまったときの、我々の驚きと恐怖と違和感に満ちた「叫び」をあらわす。この展覧会会場に所狭しと立ち尽くすマネキンやキャラクターたちはそんな我々の叫びに囲まれて日々を過ごしている。

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補足となるが、この展覧会と合わせて、PICTOPLAMAから出版されている一冊のカタログ »NOT A TOY. Fashioning Radical Characters »(Edited by V.Sidianakis,2011)についてもリンクを掲載させていただく。表紙は性同一性障害という長きにわたる自己の問題と向き合って去勢手術とそのほか幾つかの整形手術を行ったプロセス(2005ー2007年)をセルフポートレートで表した作品で著名のピューピルさんが制作した強い色のニットを纏って登場している。— http://www.atopos.gr/publications/not-a-toy/
また、覗かれるだけでも軽く眩暈がするけれども楽しいATOPOSのサイトもご覧になってみて頂ければと思う。ATOPOS

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さて、個人的にも、PICTOPLASMAの作品はこれまでも何度も目にしたことがある。たとえば、つい昨年、同Gaité Lyriqueでの展覧会PIctoplasma(http://www.gaite-lyrique.net/programmation/theme/festival-pictoplasma)が行われた際にも多くのキャラクターを目撃したし、Petite Salleでのインスタレーションパフォーマンス、The Missing Link(2011)もインパクトがあった。雪だるまというか雪男といおうか、しかしやはりどこかキャラクターらしく可愛らしい姿をした不思議な生き物が、真ん中のとりわけ大きな雪男にひれふし、からだに対して小さく細い腕を天にかざし、天啓を仰いでいるような、何かを祈り何かを求めているようなポーズ。

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それでは、数あるモンスターの中からその幾つかをご紹介しよう。フレークが詰まったタイツをたくさん被ったセクシーなモンスターは、ALEXISのTHEMISTOCLOEUS FREAKS (2011)である。ありとあらゆるマテリアルを挑戦的に使用したファッションモンスターの展覧会において、もっとも無意識に触ろうとしてしまいかけたコスチュームである。展覧会の入り口で見た「作品は非常にフラジャイルです」という注意をつい忘れてしまうところであった。細かいフレークがパンストにパンパンに詰められて、マネキンのボディを覆っている。マネキンのボディはつるっとしている一方で、ストッキングの表面に訴えかけるフレークのつぶつぶの質感は魅力的である。この形状は、月並みには有名な草間彌生のスカルプチュアや身体のフラグメントの表現のようだが、どうじに、それ自体が独立した別の生き物であるかのようにも見える。

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CHARLIE LE MINDU のヘア系スカルプチュアも一連のシリーズとして定評がある。髪の毛で作られた巨大な唇、長い髪の毛で身体を覆うようなコスチューム。髪の毛は、前述のフレーク入りの温かく柔らかそうなパンストの対極にあり、触りたく思いにくい代物である。モンスターと髪の毛の関係について思い起こしてみると、日本には、お人形さんの髪の毛が伸び続けるという怪談があるし、女の人の幽霊もたいてい皆長い長い髪の毛を垂らしている。だがそれらは決してすすんで触れたくなるようなものではない。そもそも、髪の毛というのが半分死んだ細胞であることは、我々は感覚的に知っているようだ。レストランのお料理の中に髪の毛が入っていたら、たいていの人は憤慨して不潔だと言ったりする。あるいは、ホテルに宿泊してお風呂や流しに見知らぬ人の髪の毛がたくさん落ちていたりしたら、不快に感じたりする。髪の毛は、なるほど我々を不安にさせるようなテクスチャーを持っている。それは彼らが死んでいるからでもあり、性器を本来保護する陰毛とも関係があるからである。髪の毛で造形された大きな唇は、もはやただの唇ではない。

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あるいは、Manon Kündigの風船服。我々の身体も時々こんなふうに深海を泳ぐフグのように、プウっと膨らんでは静かに縮んだりしたら面白い。あるいは、実は既にそのようであるのかもしれない。膨らんで膨らんで、破裂するすれすれにその表面が裂けていることにもなぜだろう、多くの場合ひとびとが気づくことが出来ないのは、我々が心外にもその痛みに鈍感であるからだろうか。

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またCHARLIE LE MINDU Kiss Freak(2011)は同様にヘア系スカルプチュアのうちの一つ。鏡を覗き込んで「世界で一番美しいのはだあれ?」と猫なで声で魔法の鏡に尋ねるうら若い女性の顔は唇だらけ。口はそう、身体と外界を繋ぐ管の境界部分として我々のからだに切れ目を生じさせている。彼女の顔を間違って覗き込んだりしてはならない。そのとき、我々もまた、その裂け目を自己身体の表面に意識せざるを得なくなるのだから。

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DIGITARIA(Collection Mind Over Matter en collaboration aver Hope)による2012年秋冬コレクションからは、やわらかい大きな抜け殻。暗闇の中にうかぶ真っ白な抜け殻はなんだか気持ち良さそうで、そこにからだを埋めれば今もまだ、見知らぬ生き物の温度を肌に感じることすらできそうである。これをみると、ああ我々はいつか映画で見たように宇宙からやってきたエイリアンかなにかで、カプセルの中に閉じ込められていて、時がやってきてその外に出ることが出来たのであり、われわれはそこをぬけだしてどこか自由になったのだと思うかもしれない。そのような幸福な想像力と同時にわたしはもうひとつの全く別のストーリーを想像することが可能だ。それは、これらの抜け殻は実は、もともと空っぽの抜け殻として準備されていたのであり、その空洞はなにかがその中に侵入してくるその瞬間を首を長くして待っているのだ。たとえば、あなたが迂闊にも、その中柔らかい内部に侵入してくるようなことを。

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