01/4/15

Marcel Duchamp La peinture, même / マルセル・デュシャン ペインティング、さえも

du 24 septembre 2014 – au 5 janvier 2015
Centre Pompidou, Paris, France
Site web : pompidou exposition
9月24日から開催されていて始まった時、行かねば!と思ったのをハッキリ覚えているのに、すっかり3ヶ月が経過してしまったのにはちょっと驚いた。12月31日、2014年最後の展覧会はMarcel DuchampのLa peinture, mêmeです。

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12/25/14

大谷悠:ソロ・ウエディング, Solo Wedding: HARU OTANI / 「独り挙式の意味と無意味」 

「独り挙式の意味と無意味」

Solo Wedding
結婚はしていません。
したこともないし、する予定もありません。
それでも無関心でいられないのはなぜなのか。

ウエディングドレス屋のショーウインドウにヘレン・ケラーの無数の指紋(穂村弘)

考えながらブルーになってきたとき、そのブルーをこの短歌に肯定された気がして、自分でやってしまおうと思いました。
王子様を待ってない。
結婚したら負けだとも思ってない。
どちらにせよ、私はソロで、ここにいる。
(大谷悠)

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2014年11月26日、パリの北郊外はサン・ドニ、パリ第8大学までお越し頂いて、大谷悠さんに作品 »Solo Wedding« を披露していただいた。公演が行なわれたのは、私の教えている »Exposition de soi »(自己表象)の講義内であったが、宣伝内容をご存知の方もいらっしゃるように(salon de mimi past article)、講義受講者に限らず、一般の方、学外の方にも一部お越し頂くことが出来たのは幸いであった。この場をおかりし、本公演のために遠方までお越し頂いた方々に感謝の意を表したい。

Photo par Manon Giacone

Photo par Manon Giacone

さて、Solo Weddingは、コンテンポラリー・ダンサーの大谷悠さんの自作自演の作品で、かの著名な結婚行進曲(メンデルスゾーン)に乗り、ウェディングドレス風の白い衣装を纏った大谷が踊るソロダンス作品である。2014年に構想されたばかりの本作品は、国内の発表会で初演され、フランスのパリ第8大学造形芸術学部の学生達に向けての公演は二度目の発表となった。すでにこの作品はつい12月22日に京都大学にて吉岡洋さんのオーガナイズしたエルキ・フータモさんの特殊講義後、三度目の公演が行なわれ、さらには明日、横浜での公演も予定されていると言う。極寒の中薄っぺらいウエディングドレスで舞う花嫁の姿は、冬が深まるほどにそのソロ感を増すのではないかと想像し、思わず楽しくなってしまう。

Photo par Manon Giacone

Photo par Manon Giacone

パリ公演が行われたのは、大学正門から造形芸術学部の建物入り口に進む手前の広い吹き抜けの空間で、真っ白な壁にガラス張りの明るい素敵な〈隙間〉である。大谷からこっそり届いた練習ヴィデオと衣装写真を目にし、即座に目星を付けていた場所。此処でないと嫌というほどイメージにぴったりだった。通りすがりの学生や職員もつい足を止める。視線の先には、真っ白なドレスとスニーカーの黒い短髪の花嫁。音楽が鳴る。1980年よりヴァンセンヌに移転してから一貫して若い表現者の自由を擁護してきたパリ第8大学だからこそできる公認のゲリラ公演。若い観客は、初めての海外公演に望む踊り手の熱意に敬意を払う。真剣なまなざしがこの異名のダンス〈Solo Wedding〉に注がれた。

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大谷悠は、幼少よりバレエ、ジャズ、タップ、コンテンポラリーと様々なダンスを学び、在学中より自身で振り付けも行なってきた。写真家として活動する傍ら、演劇作品にも参加している。大谷の表現は、時に象徴的で、時に概念的であるのだが、彼女の表現にしばしば見いだされる「自然の流れを自ら遮断するもの」の存在は、作品全体の中にある種の抵抗と予定調和しない意味を創り出すす。一貫した「意味」をなし崩しに理解されることを拒み、それなのに、なおも寄り添って共に考えるように我々を繋ぎ留めるつよい意志が伝わってくる。

Solo Weddingは、孤高の花嫁が、自らの憂いを誰に訴えるというのでもなく淡々と独白する作品である。作品中には明白な孤独の描写、つまり、花婿の不在や、不在を補完する花嫁自身の花婿化の動作が表されるが、それらは全体として、世界の中の孤独という直接感情からは遠く距離をとる花嫁の夢幻の遊びの中に収斂されてしまっている。無邪気に遊ぶ花嫁は、時々現実世界に引き戻されそうになりながらも、やはり象徴的な宙空を彷徨う。

独り挙式の意味を読み取ろうとすること、あるいはその無意味を受け入れること。
二つのチャレンジに大きな違いはなく、いずれの出会いを選ぼうとも、花嫁は我々にたたみかけ、そして遠ざかるだろう。我々もまた、問いながら遊びに没頭すればいいのだろうか?

それは花嫁に出会ってから考えても良い。

*** 作品 »Solo Wedding »をCourt-métrage作品にする予定で、悠さんと撮影に行きました。完成をお楽しみにー!photo

11/3/14

「死者のための和気あいあいとした儀式」/ Un rite convivial pour la mort

Un rite convivial pour la mort

riteconvivial_japon 2014 ete 028

11月2日は死者の日でした。日本のお盆もそうですが、この日あるいはこの日が近くなると死者は生きている我々との距離を一時的に縮めるようです。生きている人々も普段の生活の中でなかなか彼らを訪れられないので、一年に一回お墓にお参りをして近況を伝えたり近況を聴いたりします。この日の数日前より今年は普段よりたいそう体調が悪くなったりもしました。もう11月3日になってしまったので、死者の日は終わりました。

9月29日から4日間、ルアーブルの美大での死についてのワークショップに自主Intervenantesみたいな感じで参加してきました。ルアーブルは歴史的な港町で、第一次世界大戦で街全体に壊滅的な打撃を受け、戦後に新しい街として造り直されました。パリからは電車で2時間半くらいです。ジャン=ノエル・ラファルグさんの企画したワークショップで、彼がこのために設置し、たびたび情報を更新し続けているブログLa Mortは充実しているので、関心のある方はご覧になってください。

このワークショップについての記事は、同じく彼のブログ:こちら(http://hyperbate.fr/dernier/?p=31586)に記載されています。参加した学生の作品やコンセプトがラファルグ氏によって解説されています。私は4日間は滞在できなかったのですが、最終日にもう一度参加し、数分のビデオを発表してきました。私のヴィジットについても記事内で触れてくださったので、ご覧ください。こちらに引用もしておきます。

ブログの引用はこちら。
Le dernier jour, Miki Okubo, qui a été en quelque sorte la marraine de cette semaine de travail, est venue nous montrer un petit film sur la mort de sa grand-mère et a nourri tout le monde avec des makis qu’elle a préparés et des cookies en forme de pièces de dix yens comme celles que l’on incinère avec les défunts pour qu’ils paient leur passage vers le monde de leurs ancêtres — un étudiant s’est intéressé à une tradition proche : dans l’antiquité gréco-romaine, on plaçait dans la bouche ou sur les yeux des défunts des pièces destinées à payer à Charon pour la traversée du Styx.

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写真をみると、おやつ食べてるみたいですが、ショートフィルムを見た後にそのストーリーを共有した皆でいっしょに食事を摂るという趣旨でした。タイトルのUn rite convivial pour la mortは、「死者のための和気あいあいとした儀式」という意味で、convivial(和気あいあい)はしばしば、皆で食事を楽しくとって打ち解けるような状態を現します。このビデオは、基本的に全て私の撮影した画像と家族によるイラストを素材とした、祖母の死に関わる、極めて私小説的なストーリーです。時間は8分くらいで、彼女の死をめぐっての一つの不思議な話と死の間接的原因になった食事時の出来事についてあわあわと語っています。10円玉が消えたこと、生きるための摂食は時に生を奪いうること、物語を共有すること、食を共有すること。ストーリーはこのような問題に焦点を当てています。

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Vimeoにアップロードしましたのでこちらでご覧ください。数日間ここに載せておきます。何せ家族が出演し過ぎているので、ご覧になっていただける際は、パスワード2222を入れていただければと思います、お願いします。ワークショップの折りに急いで作成したものなので、何かと無骨ですが、いずれ全体をまた作り直そうと思いますが。さしあたっては多くの方にご覧頂けますように。

2014年11月3日 大久保美紀

 

10/28/14

着ること/脱ぐことの記号論 / Sémiotics de s’habiller et se déshabiller

着ること/脱ぐことの記号論

私が学会員として活動させていただいている日本記号学会編のセミオトポス⑨
「着ること/脱ぐことの記号論」が出ました!
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表紙はどどーん。2012年5月神戸ファッションミュージアムでの記号学会に来て、学会員を新聞まみれ、会長に落書きと新聞ジャケットを贈呈、素敵なお話をしてくれた新聞女がクレーンで釣られている所です。あ、見えないですか?じゃあ要望にお応えして!
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この方は時々クレーンで釣られています。本の中には、彼女についてのテクスト「新聞女―アートは精神の解放」が収録されています!私が書きました。どうか読んでみてください。この記事を書くために、日々大忙しの新聞女に遠方からインタビューもさせていただいて、彼女の師匠である嶋本昭三先生のお話などもお聞きして、彼女がどうやって新聞女になったのか、これから新聞で世界をどうしていくのか、いろいろお聴きしました。ヤマモトヨシコさんの素敵な写真もご好意でたくさん掲載していただきました。心を込めて書きました。読んでね。

また、人はなぜ外国のファッションに憧れるのか?という問いをめぐる「ガールズ・トーク」を目指した第二部「「憧れ」を纏うこと」では、ファッションをめぐる表象や欲望の構造に着目し、文化や国を越境するファッションはどのように人間の衣服を纏う行為と関わるのかが問われ、高馬さんのファッションとエキゾチズム論、池田さんの大正昭和の映画に見られる「モガ」論、杉本ジェシカさんのゴシック・ロリータ論が面白いです!私は、「キャラ的身体とファッション」という議論で、私たちとアニメキャラの歩み寄り?!について書きました。この論考のために酒出とおるさんに素敵なイラストを書いてもらったんですよ。お礼の気持ちをこめて、ここに掲載しておきますね。ありがとう!

酒出とおる、とりあい、2013

酒出とおる、とりあい、2013

それから、会長の吉岡さんのテクストも冒頭掲載します。会長吉岡さんの落書きされて嬉しそうな写真なども、新聞女論の中でご覧ください!また、目次も以下に添付させていただきます。また、昨年逝去された山口昌男先生の追悼特集では、吉岡 洋さん、室井 尚さん、立花義遼さん、岡本慶一さんが珠玉のエピソードを寄せておられます。

新曜社 web page

着ること/脱ぐことの記号論 刊行によせて

日本記号学会会長 吉岡 洋

服を着るのは必要なことだろうか? そんなの当たり前じゃないかと、ほとんどの人は答えるだろう。もしも服を着ないで外を歩いたら、たちまち好奇の眼にさらされ、たぶん警察を呼ばれるだろうし、悪くするとテレビや新聞で晒しものになる。だいいち、寒くて風邪をひくではないか。服は必要にきまっている。

でも、ちょっと考えてみてほしい。服が必要不可欠にみえるのは、服を着ることが当たり前とされる社会に私たちが生きているからである。動物は服を着ないし、私たちの遠い祖先も服を着ていなかった。根本的な意味においては、服を着るのは必要ではなく、生きるためには本来しなくてもいいこと、ひとつの「過剰」にほかならないのである。

(… つづきは新曜社HPでどうぞ!)

 

着ること/脱ぐことの記号論 目次


刊行によせて 吉岡 洋



第一部 着ることを脱ぎ捨てること
〈脱ぐこと〉の哲学と美学 鷲田清一 vs 吉岡 洋

新聞女―アートは精神の解放 大久保美紀



第二部 「憧れ」を纏うこと
「なぜ外国のファッションに「憧れ」るのか」を問うということ 高馬京子

表象としての外国のファッション―エキゾチシズムをめぐって 高馬京子

日本映画に見る「モガ」の表象―洋装とアイデンティティ 池田淑子

キャラ的身体のためのファッション 大久保美紀

ヨーロッパの輸入、再生産、そして逆輸入と再々生産
―ゴスロリ・ファッションをめぐって 杉本バウエンス・ジェシカ
「憧れ」とともに生きる―シンポジウムを終えて 大久保美紀



第三部 (人を)着る(という)こと
袈裟とファッション 小野原教子
音を着る―フルクサスの場合 塩見允枝子
ギー・ドゥボールとその「作品」
―映画『サドのための叫び』における「芸術の乗り越え」と「状況の構築」 木下 誠
(人を)着る(という)こと 小野原教子



第四部 日本記号学会と山口昌男

山口昌男先生を偲んで 吉岡 洋・室井 尚・立花義遼・岡本慶一



第五部 記号論の諸相
研究論文
究極的な論理的解釈項としての「習慣」とパースにおける「共感」 佐古仁志
研究報告
家族関係修復のセミオシス─発達記号論ケース・スタディ 外山知徳
ペルシャの青─ホイチン(回青)の壺に現われた形而上の諸々 木戸敏郎

09/26/14

やなぎみわ「寓話」の世界観をめぐって

2008年に書いたやなぎみわさんの寓話とmy grandmothersについての考察、リンクを貼っておくことにしましたー。
http://avcs.web.fc2.com/contents/okubo.pdf

やなぎみわ「寓話」の世界観をめぐって

はじめに
1 2つの先行作品と「寓話」の主題
2 「寓話」の世界観
3 少女と老女,老少女
おわりに

はじめに

1970 年代以降今日に至るまで、「消費される身体」というテーマは芸術表象行為における一つのモチーフとし て繰り返し表現されてきた。巨大な消費構造のなかに放り込まれた人間像という主題は、90 年代後半からの高 度情報化社会においては、ボードリヤールがそれもまた消費構造の中にあると指摘したように、「情報記号とし て消費される身体」という変形を経て、表現され続けた。そこでは、それまでの「モノや機械によって疎外され た空虚な身体」という表象に「純粋記号的で虚構的な身体」という視点を加えつつ、世界における人間存在のあ り方を問い続けるものであったと言える。
こういった傾向に注目し、1996 年には「身体と表現 1920-1980」展が東京と京都で行われ、「消費される身 体」あるいは「虚構の身体」の表現であると解釈される作品として、匿名的なアサンブラージュとも言えるレイ ス・マルシアルの「マダムV.D.Kの肖像」や抜け殻のような人間存在を表現したヨーゼフ・ボイスの「皮膚」 といった作品が紹介された。
松井みどりが著書『芸術が終わった後のアート』において指摘しているように、90 年代後半の芸術的傾向は すでにこういった「消費社会の虚構を模倣することによって批判する」という方法はあまりにも蔓延してドグマ 的になってしまっている。しかし、今日であってもなお「身体疎外」あるいは「身体の喪失」という言説(語り i)が繰り返され、世界と身体との関係を再編しようとする試みは「今まさに表現されるべき主題」としての位置 を占め続けている。
このような傾向のなかで、私はとりわけ 1980 年代以降の写真において「女性による女性の身体」がどのよう に表現されてきたかということに着目して研究を行ってきた。今回とりあげる「寓話」の作者であるやなぎみわの 作品は、これまでも「案内嬢」や「エレベーターガール」のインスタレーションにおいて顕著であったように、 消費社会における女性のステレオタイプに対する批判や風刺と解釈されてきた。現代の我々という存在が世界に どのように位置づけられているか、ということを主題のひとつとして制作を行ってきた作家である。その大きな 問いの中でさまよい、一つの視座を模索しているとも言えるような、彼女の足取りをたどり、そのような文脈で 「寓話」を解釈することを通して、アクチュアルな問題としての情報消費構造の世界と身体表象との関係を考察 してみたい。

09/4/14

展覧会 Les Papesses 女教皇たちはアヴィニョンに在り(3)

展覧会 Les Papesses 女教皇たちはアヴィニョンに在り(3)

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キキ・スミスの作品をこんなにも集合的に見たことがなかったということに気がつく。彫刻、ファブリック・ワーク、コラージュ、ミクストメディアの作品。子どもと動物、動物と植物、鳥と星、人体と木、薔薇と虫。こんなにキキ・スミスの世界に長居したのは後にも先にもこれきりになるかもしれない。そんな気がした。キキ・スミスは、24歳の時アーティストとして生きることを決意し、それから今日まで、学び、創り続けている人だ。アートが生きるためになる力に確信を持って、表現を模索し続けている人である。

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キキ・スミスは1954年、ニュルンベルクに生まれる。オペラ歌手の母とミニマルアートの先駆者として知られるトニー・スミスを父に持つ。ニュージャージー州に移住し、父の影響下でアートに触れて精力的に彫刻を学んで行くが1980年、88年に相次いで父と双子の片割れであるベアトリスを失い、彼女にとって、生きることに関わり生命を宿す箱としての肉体の意味を考えることの転機が訪れる。90年代、分断された身体や死のイメージを数多く表現し、翻って、自らが誕生したことについて、生命の複製のシステムについて関心を抱くようになる。

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それまでのアート・ワールドでタブー視されていた生の複製を露骨に表現することや身体器官を露にした彫刻をつくることに集中した。

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彼女にとって、動物たちは我々の生命システムのほぼすべてを共有する存在だ。我々は虫の脆弱さ、鳥の歌声、ヒツジの従順さ、狼の獰猛さを併せ持ち、からすや蛇、フクロウたち、あらゆる生き物と同様に自らを複製する。

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彼女の多岐にわたる表現は、彼女のひとつのスタンスに由来する。
「文化的な方法、つまり、見て、学ぶという方法でアプローチできる経験を求めています。あらかじめそれがどんなものかを決めつけるのではなく、私の作品がそれに合った表現を見つけるのを受け入れるんです。」
彼女は、版画もするし、タペストリーもつくる。陶器もつくるし、ブロンズ彫刻も扱う。

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とりわけ、教皇庁の一室に展示された一連のタペストリーの描き出す世界は、中世のカトリック世界を体現し、それは同時に彼女が生まれ育ったカトリック文化でもあるのだが、それはいたるところでエンブレムがすり替えられ、意味を転覆し、厳格な神話的世界の平和はキキ・スミスの創り出す調和のなかで朽ち果てている。そのかわり、彼女は現代のイヴがどうやって産まれるか、我々に見せる。アダムのわきがどうして必要であろうか。イヴはほら、子鹿の腹から産まれるのだから。(Born, 2002)

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カミーユ・クローデルの一生が、ロダンとの関係のために悲劇的であったとか、ロダンの名声のために力を尽くしたのだが、自らは彫刻家として十分に評価されることをなくして、精神を病み、発狂してしまったために不幸な一生をおくった女だったということを、当たり前のこととして受け入れるのが疲れてしまうほどに、できすぎた不幸な女の物語が彼女を深く包み隠している。

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早くに才能を認められたカミーユ・クローデルは、弟子入りした作家の卵がしばしばそうであるように、ロダンの作品を助け、彼の名声に貢献し、そこで彼の強烈な表現を学んだために、彼女の作家としての独自性なぞ見いだすことはなかなか叶わず、苦しんだことは事実だろう。しかし、ロダンとの人間関係、家族との不理解、自分の作家としての追求の中で悩みながら、入院に至るまでの間、精力的に創り続けたカミーユ・クローデルという人は、やはり作家として凄いのではないかと思う。

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彼女の作品は、彼女が精神を病んだ際に、自分でかなりの数を破壊してしまったため、残っていないものも多いのだが、いずれにせよかなりの作品を制作し続けていたはずである。表現するエネルギー、それがどのような形であれ、今日の我々までそれが伝えられたことを有難く思わざるを得ない。

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人の幸福について語るのは難しい。人の不幸についても然りである。

しかし、表現する方法を知っていたということ、そのことは救いだったのではないだろうか。

これで、第三回に及んだパラ人二号のエッセイ『パラソフィア・ア・アヴィニョン』追記を終わりにします。

09/3/14

展覧会 Les Papesses 女教皇たちはアヴィニョンに在り(2)

展覧会 Les Papesses 女教皇たちはアヴィニョンに在り(2)

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ベルリンド・ドゥ・ブリュイケールの表現について話そう。ドゥ・ブリュイケールは(1)でも紹介した通り、ベルギーのゲントで制作するアーティストだ。彼女の表現は厳しい。彼女は表すべきものを誤摩化したりしない。その蝋彫刻は見る者にあまりにも強い印象を与えるし、造形は人間を含め、動物の生きている時間が終わって、それが変形したり存在がむき出しになったりする「あとの時間」を私たちに感じさせる。彼女の描くポートレートは真っ黒な輪郭に赤い眼孔がのぞくもの、あるいは蝋色の輪郭に両目から血を流す頭部、我々に向かって立っている髪の長い女のその赤い髪が全てこちら側に足れている絵など、画面に満ちあふれた作家の率直な不安が伝播してくる。
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彼女の見ているものは、我々が関心していることよりももっと遠くにあるのかもしれない。彼女の彫刻が表現する死せる姿であったり、動物たちの骨や人間にしても青白く朽ちて柔らかくなったような肌は、生きている我々が生き続けるためにふだん見ることを避けているものだが、たとえば世界が何万年も何億年もあるのだとしたら、そのうちのたった数年や数十年が動物や動物である我々が生きている時間だ。血が通い、瑞々しく、硬く強い時間はかぎりなく短い。

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そのようなとき、やはり彼女の一貫した関心である肉体や肉は、異なる有り得るかたちをもって、存在するかもしれないということを認めることができるような気がする。

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ジャナ・ステラバックは1955年チェコのプラハ生まれ、ソヴィエトの侵攻の68年、家族と共にヴァンクーヴァーに移住した。モントリオールでディプロムを得た後、ニューヨークとトロントで数年を過ごし、モントリオールに定住する。彼女はフランス語とカトリック文化圏のその地で、アメリカ大陸に居ながら彼女が生まれ育った欧州の文化を思い出す。自らのアイデンティティを問い、カナダ人でチェコ人であることを問う。そういった問題意識は、彼女をカフカ文学に導き、ジャナ・ステラバックは『変身』に明らかに参照した作品をいくつか表現している。

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たとえば、クリノリンで遠隔コントロールをする作品Remote Control II(1989)や、同様に、金属でできた起き上がり小法師のような構造に下半身を預けるSisyphus(1990) は、肉体は自分に所属するにも関わらず、想いのままにはならない客体であり、変容したり、変形したりするかもしれない奇妙なものである。

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また、金属の尾のようなものをつけるパフォーマンスは、カフカの『変身』を明らかに想起させる。大きな「部分」を伴った人の体は、脱皮途中の虫や異なる生き物のように見える。芋虫のように地面を摺ってすすむ新たなわたしの身体の「部分」は、以前から体の一部であったかのように振る舞い、また突如切り離されもする。

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アンデルセンの童話『Princesse au petit pois(エンドウ豆の上に寝たお姫様)』に基づいた作品もステラバックの子ども時代の記憶の中から何度も浮かび上がって来る表現である。

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髪の毛、パン、肉等多様な素材を利用して身体とアイデンティティを問う表現を続ける彼女が1984~85年に制作したThe Dressは、電流を流すと胴体部分を中心に数本の電熱線が光と熱を発する。ジリジリいう音はそこにある肉体が熱線によって痛めつけられるような鋭い感覚を覚えさせる。彼女にとって肉体は、アイデンティティの問題を抱える客体としても、自らが抱える肉や内蔵の塊としても、しばしば問題を抱えた存在として現れ続けるのである。

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展覧会 Les Papesses 女教皇たちはアヴィニョンに在り(3)につづく。

09/3/14

展覧会 Les Papesses 女教皇たちはアヴィニョンに在り(1)

展覧会 Les Papesses 女教皇たちはアヴィニョンに在り(1)

LES PAPESSES : http://www.lespapesses.com

このテクストは、PARASOPHIAをもりあげるフリーペーパー『パラ人』第二号に掲載の記事:「パラソフィア・ア・アヴィニョン / Parasophia à Avignon
《女王たちの幸福》」の追記となるものです。まず、既にお読みいただいているかもしれないのですが、パラ人第二号の掲載記事冒頭一部を引用します。

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(引用:パラ人第二号)
 ある作品と出会い、それを鑑賞する。芸術を体験する〈場〉はときに、我々の中に深く刻印される。空間の持てる意味は、表現の解釈をも左右し、それゆえ、ある展覧会に足を運び、その空間・作品・鑑賞行為の相互関係に思いを馳せることは、我々の作品享受の可能性を開くのだ。例えば、美術館やホワイトキューブ、コレクターの邸宅、ハプニングやパフォーマンス、流転する自然環境下、地方のアートイベントでしばしば見られるような産業工場など歴史的建造物を再利用した空間。いずれの場合も、作品が鑑賞者に与える印象は潜在的に異なる。それは、作品を創り手の意図によらず、その意志を超越した何かによって施される恩寵とでもいうべきものである。(中略)展覧会Les Papesses(「複数の女教皇ヨハンナ」)は、歴史において明確に政治的・社会的権力の象徴であった巨大なアヴィニョンの修道院という砦を、まるで沈黙のまま平和的に譲渡することを可能にしたのである。
 展覧会タイトルの「パペス(Papesse)」とは、歴史上ただ一人存在したとされる女教皇ヨハンナ(在位855−858)のことである。少女時代、愛人の服を纏ってローマに連れてこられたヨハンナはとても聡明で全ての科目に精通し教鞭をとり、豊かな知性は肩を並べる者がいなくなり、ついには教皇に選出されるが、愛人の子を身籠って大聖堂への移動中の路地で出産してしまう。即座に馬の尻尾に括り付けられ、引きずられて拷問を受けて死亡、その場で葬られた。この出来事が起こった通りや出来事そのもの、女教皇の存在は忌み嫌われ、以来教皇は厳格に男のみに限られ、ヨハンナはその「汚れた」物語から教皇のリストには加えられていない。(引用)

***

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アヴィニョンには初めて訪れた。写真フェスティバルで有名なアルルの町から近いが、演劇フェスティバルにこの5年間で訪れたこともなく、今回のパペス展はかねてから着目していた展覧会だったので、二カ所を一日がかりでじっくりと見てきた。青空しか有り得ないのではないかというほどの、絶対的な青と、若いオリーブの実が健康的に輝いて、機嫌のいい町だった。

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 「栄光の階段(Escalier d’Honneur)」にはカミーユ・クローデル(1864-1943)へのオマージュである袖の閉じた服が楽しそうに戯れている。同じインスタレーションがCollection Lambertの階段にもある。クローデルは30年間に渡り、精神病院で入院生活を送った。両手の自由を妨げる「袖の閉じられた服」は、高い天井に向かってふわふわと漂い、生きている間、自宅へ帰ることを認められず病院に留まらねばならなかったクローデルの魂が時を経て解放されたかのような幸せなインスタレーションである。

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ルイーズ・ブルジョワ(1911-2010)は自身の性的なトラウマやオブセッションを反映する作品を生涯表現し続けた作家で、蜘蛛のモチーフや男根のスカラプチュアはよく知られているし、男性と女性の接合、女体からひりだして来る怪獣のような赤子のイメージを一貫して反復する。彼女にとって女の身体は性交や赤子の出産によって引き裂かれるものである。

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Ode à la Bièvre, 2007 は、24ページからなる生地を刺繍したりアップリケしたり、パッチワークすることによって作られたビエーヴル川にまつわるオードである。アントニーに住んでいたことのあるブルジョワの想い出をファブリック・ワークで表した作品は、過ぎし日の懐かしさが穏やかに滲みだしてくる。

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The Fragileシリーズは、ニューヨークで目にすることができた。私はこの作品が好きだ。そこには一貫したモチーフとしての蜘蛛や妊娠する大きな複数の乳房が描かれているのだが、2007年に晩年のブルジョワが表した青を貴重にしたパレットとフォルムには、恐れや恨みのような感情が塗り籠められていない。

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また、20枚の赤いドローイングであるThe coupleや、パラ人でも言及したA man and a woman、Pregnant Woman(ともに2008年の作品)は、ブルジョワのオブセッションの一つの完成型として表されている。オブセッションは、セラピーによって緩和したり、リアクションを弱めたりすることはできても、完全に忘れることはできない。ブルジョワにおいて、妊娠は生涯を通じて取り組まれたテーマであったが、胎児は赤い肉の中で、包まれて育って行くことが、叫びを伴うことなく描き出されている。

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Cell XXV (The View of the Wold of the Jealous Wife)と名付けられた作品は、鉄編みの中に、中上級階級の裕福な男の妻が着ていそうな作りの良いワンピースが展示されている。彼女らは檻の中に入っていて、外には出られないのだが、執拗な感じで外側の世界を見つめ返しているように、その三体のトルソーは配置されている。

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ベルリンド・ドゥ・ブリュイケールの彫刻がCollection Lambertの窓際でひときわエネルギーを発していた。ベルリンド・ドゥ・ブリュイケールは1964年生まれのベルギー人アーティストで現在もゲントで制作している。5名のアーティストの中ではカミーユ・クローデルと一世紀を隔てて生きているアーティストだ。彼女の作品を見たのはヴェネチア・ビエンナーレのベルギー館を占拠した巨大な彫刻を目にしたときのことなのだが、蝋彫刻は、そこで途方もない生き物の死だとか、生き物の骨を覆う皮や筋肉が朽ち果てた後にはこのような艶やかな彫刻が現れるのではないかとおもわれるような、外見と存在感を放つ作品であった。本展覧会でも、骨や動物の角の塊のような彫刻が多数展示されていた。

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展覧会 Les Papesses 女教皇たちはアヴィニョンに在り(2)につづく。

 

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09/1/14

PARAZINE パラ人 NO.002 - PARASOPHIAにむけて

『パラ人』第二号が刊行されましたね。送っていただいてビックリ、な、なんと、本になってるじゃないですかー!ページがめくれるようになってる!すごーい。

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第一号から浅見旬さんのデザインがすばらしくて、とても気に入っているのですが、第一号の水色と黄色のふわ~りとしたイメージから、第二号は表紙の大きな写真がヤマモトヨシコさん撮影の嶋本昭三さんの作品「平和の証」になっていて、紫色みたいな空と嶋本さんがぶちまけている赤や緑の絵具のコントラストがものすごい緊張感を帯びています。雲がやってきているのに、空が広くて、そこに「パ ラ 人 no.002」が浮かんでいる、すてきな表紙です。

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今回の特集は、しあわせについて皆さんが議論したそうで、タイトルは「とりいそぎ、幸せ」。

そういえば数ヶ月前、私は「取り急ぎ」という言葉の使い方がホンマに忌々しくなって、ほろびよ「取り急ぎ」!といった趣旨の小文を書いた気がするのですが(ああ、あった。これですね…:http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=2902)、まあたしかに、人生にはとりいそぐこともあります。とりいそぐほうがいいこともあります。幸せなんて、とりいそぎかもしれませんね。

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それで、私も幸せについて考えました。幸せについて考えるとおしなべて不幸らしいことに行き着くのはなぜでしょう。それは、人は幸せがなにか、なかなかわからないので、「不幸じゃないものが幸せ」と安直に定義して安心しようとしてしまうからなんですね。

このエッセイで私が紹介したのは、昨年(2013年6月9日~11月11日)アヴィニョンの教皇庁とギャラリー Collection Lambert en Avignon の二カ所を会場として開催されていた展覧会『女教皇たち』( »Les Papesses »)です。すばらしい展覧会でした。エッセイでは『女教皇たち』と名付けられたこの展覧会の意味と、女教皇としてのアーティスト(カミーユ・クローデル、ルイーズ•ブルジョワ、キキ・スミス、ジャナ・ステラバック、ベルリンド・ドゥ・ブリュイケール)の表現について論じました。しかし、なかなか盛りだくさんの展覧会だったために、まだまだ、彼女らの作品について、喋りたいことがやまほどあったのです。そういったわけで、エッセイの最後に、続編を「salon de mimi」に掲載するね!と追記しました。明日辺りから、この展覧会について、続編載せて行きます!よろしく~。

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それで、第一号の佐貫絢郁さんに続いて、第二号でも市山早紀さんが執筆者似顔絵イラストを描いてくださっていて、これを見るのが結構楽しいです。ありがとうございます。

 

『パラ人』よろしくお願いします。

パラ人について:http://www.parasophia.jp/contents/news/2014/05/23/898/

09/1/14

有毒女子通信 No.13 & No.14

みなさまこんにちは。
9月ですね!9月1日です。今日は有毒女子通信編集長の吉岡洋さんのお誕生日だそうです!おめでとうございます!!!今後もますますの有毒女子興盛に向けて、みなさま、編集長が現物を持って布教(普及)に訪れた際には、あたたかい受け入れをどうぞよろしくお願いします!

今年の夏はとても久しぶりに8月の本州(京都、大阪、東京、横浜)に数日滞在し、あれっ?思いのほか活発に過ごせるではないか!と自身を付けて戻ってきたのですが、どうやら、雨が多くて例年よりも全然気温が低かったみたいですね!どーりで、元気いっぱいだったわけですね!蝉がたくさん居るのには感動しました、蝉の大合唱、あれはあそこにしかありません。

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さて、みなさま、有毒女子通信 No.13 特集「秘密なんて、ない」とNo.14 特集「まだ間に合う、同性愛」が続々刊行されています!

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No.13 :「秘密なんて、ない」の対談(吉岡洋×松尾恵)は、ショッパナのサブタイトルが「秘密漏洩の恍惚」。秘密漏洩は恍惚、ですよね、そうでしょ? そして松尾さんの気になるエッセイ「自衛隊と床下の壷」も収録。だいじょうぶかしら、だいじょうぶです。どうかお手に取ってお読みください!

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No.14 : 「まだ間に合う、同性愛」は、よくわからない系特集タイトルだが、ようするに、まだ遅くない、ということである。お二人の対談は「みんながおばさんになれば、かさばらない」と名付けられており、相変わらずスゴい。いつものエッセイたちに加え、今回は、せがわ奈央さんの「有毒女子のためのBL入門」と編集委員である廣田ふみさんのエッセイ「のぐちくんへの返答」が収録されています!!!わたしは性懲りもなく、お尻の話をしています。お尻への愛の話です。

さて。めっちゃ真剣な不定期発行批評誌有毒女子通信、日本内外で読まれ中。私の親愛なる先生ジャン=ルイ・ボワシエ氏も近年の刊行分は全号持ってる!本人いわく「だって、定期購読メンバーだから!」 みなさま、今後ともよろしくお願いいたします。

「有毒女子通信」購読のご案内については、こちらをご覧ください。
MATSUO MEGUMI +VOICE GALLERY pfs/w
http://www.voicegallery.org/home.php

p.s.
ところで、日本滞在中に、こんなものを見つけました。毒蛇エキス。毒は美にいい?
これぞ毒娘への道?
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