06/30/14

Boris Détraz + Makiko Furuichi exhibition Chambre Charbon / シャンブル・シャルボン, ボリス・デトラズ+古市牧子

Boris Détraz + Makiko Furuichi exhibition
Chambre Charbon

2014年7月5日(土) ~ 21日(月・祝)
木金 17:00 – 21:30/土日 12:00 – 19:00/月~水 休
オープニングレセプション:2014年7月5日(土) 19:00 – 21:00

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フランスのナント在住のアーティスト・デュオChambre Charbon(シャンブル・シャルボン)をご存知でしょうか。Boris DétrazとMakiko Furuichiの二人のアーティスト、彼らは数年来互いの芸術表現をよく知り、影響を与え合ってきたカップルです。表現者同士が深くかかわり合うとき、そこに生じるインタラクションは強力で、興味深い。彼らの二人展を目撃することは、二人の中に生じた変化や対話、衝突や突然変異を目の当たりにする行為であり、場合によっては目撃する私たちが、第二のインパクトを被る身となるかもしれない。

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日本に出発目前の二人がパリを通過し、彼らに展覧会についての言葉を聞くことができたのだが、もしあなたが表現の生まれるその瞬間に興味があって、表現の生まれ方そのものに働きかけようとする試みをかいま見ることに興味があれば、ぜひ足を運んでほしいとつよく願う。展覧会は7月5日土曜日より、WISH LESS gallery にて始まる。

《過去Salon de Mimiインタビュー記事、展覧会記事はこちら》
★古市牧子/ Makiko Furuichi アーティストはハイブリッドな絵を描く:http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=811
★Décongélations Prématurées @ Atelier Alain Lebras, Nantes / 展覧会「未成熟な解凍」,ナント:http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=2007

彼らが今回展示するのは、開かれたデッサン達だ。今回の展示のために新しく生み出された作品群である。Boris DétrazとMakiko Furuichiのそれぞれの作品を知る人であれば、彼らの持てる世界観もテクニックもあまりに違っており、以前から違っていたし、今も違う。しばしばカップルの中で起こるようにどちらかがどちらかに芸術的に迎合したり、混ざり合って似通ったり、アンビエントな模倣が見られたり、ということが無い。では彼らは互いの言葉を聞いていないのか、というと、そうではなくて、誰よりもよく聴いているのである。彼らはお互いの世界観を、模倣や視覚的類似によって確認されるよりも別の次元で混ぜ合っているのではないか、私はそのように感覚する。だからこそ、今回彼らが行った、ある意味実験的なペインティングはとても興味深いのである。

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, Boris Détraz, 2014

Ultrasommeil
, Boris Détraz, 2014

Chambre Charbon(シャンブル・シャルボン)は、展覧会名であり彼らのデュオ名でもあるが、フランス語の »Cha »というのは特徴的な音である。空気の多い音で、人間の口が楽器としてのキャパシティを発揮するようないい音だ。Chambre:部屋/空間、Charbon:炭/デッサンの木炭。彼ら自身がChambre Charbon(シャンブル・シャルボン)のコンセプトについて語った下りがWISH LESS gallery のサイトに掲載されているので、これを引用しよう。

———シャンブルとは仏語で空間(部屋)、シャルボンは炭素を意味し、2つの言葉は”汚れた道具と汚すための空間”に置き換えています。絵に見える荒々しい躍動感や強烈な存在感は、手を汚し部屋をけがす事で生まれた結果であり、これらの行為そのものが作品を構成する上で重要な証明となるのです。つまり「潔白な手によってつくられる、罪のあるイマージュ。」だと2人は語ります。(引用:here)

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Makiko Furuichi, 2014

Inquiétude, 
Makiko Furuichi, 2014

ペインティングはフィジカルな行為である。ムーブメントを引き起こす個体を包含する空間で、そこに存在する物体を物理的に傷つけたり変形させたり変質させる行為である。二人はその空間で、互いの行為が世界を傷つけ変容させながら、その空間にリアルタイムで第三者が介入して来ることを許している。そこでさらなる抵抗や摩擦を生じさせるために。そして、彼ら自身とその第三者が本質的に変わるために。
二人の作品が日本でコレクティブに展示されるのを見られるのは興味深い機会です。

WEBSITE
Boris Détraz:http://www.borisdetraz.com
Makiko Furuichi:http://makikofuruichi.com
Chambre Charbon:http://chambrecharbon.com

06/30/14

Indiens des Plaines @quaibranly, インディアン・ファッション

本展覧会« INDIENS DES PLAINES »は、エッフェル塔から少しセーヌ沿いに東に移動したPont d’Arma近くのMusée Quai Branlyにおいて現在開催中の展覧会である。「プレーンズのインディアンたち」と題された本展覧会で出会ったのは、鑑賞者の注意を喚起するのに成功したセノグラフィーであり、展示作品であり、物語であった。

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Musée Quai Branlyは、パリの大きな国立美術館がそれぞれの担当領域によってある程度棲み分けをはかっているといったあまりに一般的な見方から紹介するならば、世界のプリミティブアートとアフリカやオセアニアのアート、少数民族の文化や手工業のコレクションを数多く収蔵しており、企画展もまた、こういったプリミティブアートやアフリカ・オセアニアの工芸に焦点を当てたもの、人類学的観点からある文化を展開・紹介するような傾向が見られる。ただし、この美術館の一つの強さは、「アートとはなんであるか」「アーティストとは誰か」という、自分がアートに関わっていると自負している人なら誰しもつい溺れてしまうくだらない問いから、完全に解放されている点であると思う。

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我々がここで目にすることの出来る展示作品は、しばしば作者不明あるいは匿名の表現者たちによる作品である。イリノイのある地方、ミシシッピ上流の谷、グレートプレーンズ、それぞれの地域で名も無き作り手たちが丁寧に作り上げた精巧な衣類や織物、人形や祭りのための飾りといったものが17世紀よりその地を訪れたヨーロッパ人を驚愕させてきた。

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人々はしばしば、今自分たちが生きている、あたかもたった一つに結びつけられたかのようなグローバル世界が行き着くべき理想的体系であるかのように思って、それ以前に独立して存在していた別々の世界は、現在ある全てのものより洗練されておらず野蛮なものだと妄想しがちである。今の世界が最終的で最高の形と感じるのは、我々が今しか生きられない生き物だからなのである。現在のデザインや技術は存在した全てのものの上に立っていることは有り得ず、だから、我々の知らない物凄いものが時々発見されたとしてもそれは実はとてもナチュラルなことなのである。

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展覧会は7つの章に分けられ、最も素晴らしいことには、開かれた大きな展示スペースに至る前までの3つのセクションは、現在から遡って行く時間軸をとっている。
L’exposition est ainsi organisée en sept parties :
. Le renouveau artistique dans la vie contemporaine, 1965-2014
. Communautés et diaspora, 1910-1965
. Peuples anciens, Pré-contact
. La vie dans les Grandes Plaines, 1700-1820
. L’épanouissement d’une culture, 1820-1860
. La mort du bison, 1860-1880
. Dans les vestiges des terres ancestrales, 1880-1910

アイデンティフィケーションに血眼になるような展示はアートの可能性を広げないが、ならばどうしたらいいのか?という問いへの一つの解釈がここに展示されていると思えた。

Manteau d’homme and Souliers de femme (about 1920),
Artiste lakota
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Patchwork (about 1915)
Rebecca Blackwater, artiste dakota
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Manchettes de danseur (about 1925)
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Chaussures sabots (2014)
Jamie Okuma, artiste luiseno, Californie
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Robe de femme avec accessoires (2005)
Jodi Gillette, artiste lakota hunkpapa
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本展覧会は、2014年4月8日〜7月20日まで開催中である。
参考:http://www.quaibranly.fr/fr/programmation/expositions/a-l-affiche/indiensdesplaines.html

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06/17/14

遅すぎた手紙 / Lettre arrivée trop tard

遅すぎた手紙

フランス語でも日本語でも、《Jamais trop tard》 /「遅すぎることはない」という言い方をよくするが、たいていの楽観的な(あるいは本質的な)思考において、何事も遅すぎることはないというのは勇気づけられる言い方ではある。あたらしいことを始めるのに遅すぎることはない、恋愛するのに遅すぎることはない、物事を学ぶのに遅すぎることはない…、というふうに。ただし、いくつかの不可逆な事象をめぐっては、たしかにそれが遅すぎるということになることがある。

人の死、たとえばそれはそのような事象の一例だ。

昨年10月に日本へ送った手紙が戻ってきた。
「あて所に尋ねあたりません。」という赤いハンコが押してある。
この手紙は何ヶ月もの間、日本の郵便局の方が住所変更歴などを辿りながら、どこかにその軌跡が残っているかどうか丁寧に調べてくださった末、結局は見当たらないということで、ゆっくりとパリ郊外の私の家まで戻ってきたのだった。

高校のひとりの恩師に宛てた封筒であった。

私が高校を卒業したのは2003年の3月であるから今から11年前になる。文学部に行くことにしたのもこの人の異常なプッシュのせいだった気もするし、テクストの読む行為と内容あるテクストを書くことの意味について一つのアイディアをくれたのもこの人だったと思い出す。世の中に溢れる本は大抵素晴らしくないのだが、ときどきはよいあるものがあることを教えてくれたのもこの人だったろう。この人のせいで小林秀雄のテクストをさんざん読まされ、挙げ句に美学やりなさい!と奨められた。あまのじゃくの私は「やりなさい!」なんて言われると積極的にやりたくなくなるというのに。
東京大学で英文学を学んだコテコテの文学青年であったはずのこの人は、もっとずっと文学のなかにいたかったのだ。美学やりなさい!はこの人の希望だったのだ。

手紙が戻ってきたのはこの人が昨年の夏に死んでいたからで、彼がひとりで住んでいたアパート宛の手紙はどこにも行き着かずに戻ってきた。

手紙を書いたのは北海道を出てから初めてのことで、なぜ昨年の10月に突然手紙を送ったのかも明確な理由があったわけではない。ただ、私のことを気にしてくれていると何度か人伝いに耳にした。卒業してからその直後に一度会いに行ったきりである。

健康に恵まれない人で、10数年前すでに身体がよくなかった。彼の説明はいつも筋が通っていたが、私はしばしば心の中で異議を唱えて、それがクリアーに組み立てられてスラスラと口をついて出てこないのを知っていたので努力もせずにもみ消した。私は議論の努力を怠る。それは今も全く変わっていない性質の一つだ。

フランスまではるばる戻ってきた遅すぎた手紙を開封していない。お墓参りにいくつもりだがその際届けるべきなのか、私がいつか死ぬまで私の持ち物としておくべきなのか、今日はまだ心が決まらない。

私がもっとずっとあとに、いつの日か素敵な文章を書くようになり、この人に一つだけ書いたものを見せることが出来たとしたら、その時はひとつの詩を書くと思う。

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05/8/14

Salon de Montrouge 2014 / サロン・ド・モンルージュ 2014 @Beffroi, Montrouge

Salon de Montrouge 2014

Salon de Montrougeは、1955年に始まったサロンで、拠点のモンルージュ(パリの南)で、Léger, Lurçat, Daliなどの回顧展を行いました。1976年以降、Nicole Ginouxの方針でコンテンポラリー•アートに焦点を当てたサロンへと方針を転向します。サロン・ド・モンルージュ(Salon de Montrouge)は、Montrouge市の全面的なサポートのもと、若いアーティストの幅広い表現活動を受け入れて、彼らを助け・育てるためにその機会を提供し続けていると言えます。従ってこのサロンは、素材や主題を問わず作品を受け入れています。コンテンポラリー・アートのアーティストたちが社会のなかで重要な役割を担うべきであり、たえず変容する状況の中に投げ入れられているとすれば、彼らが美術の教育を受け終えた後にどのような「道」を提案してあげられるだろうか?どのような場所で、どのような機会に、彼らの表現を発表して行くべきだろうか?Salon de Montrougeが若いアーティストをサポートしようとしているのは、このような重要な問いに関する答えのひとつをたぐり寄せてあげることと言えるでしょう。

2009年から当サロンは、Stéphane CorreardがArtistic Directorを務めて、今日まで多くの応募から選ばれたアーティストの作品を毎年Montrougeの市役所向かいのBeffroi(鐘楼)のスペースで展示しています。第59回目となる今年は、4月30日から5月28日まで開催しています。
http://www.salondemontrouge.fr/index.php/salon-2014

今回はパリ出身、ナント在住のアーティスト、Anne-Sophie YACONOさんに招待していただいて、レセプションに行ってきました。Anne-Sophie YACONOは、ミックスメディアでラディカルなコンセプトを発散している若手の女性アーティストですが、彼女の作品はSalon de mimiでもご紹介したことがあるほか、有毒女子第12号 特集「食べないこととか」で私のエッセイのなかで紹介させていただいてます。
展覧会 Décongélations Prématurées (Nantes)
http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=2007
有毒女子第12号 特集「食べないこととか」
http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=2754

彼女の作品は、入り口右手の階段を上っていただいて左手の「Anne-Sophieの部屋」と言わんばかりのお部屋にずらりとおいでです。レセプションでドレスアップした彼女と、ご両親にもお会いしました。こちら、サロンのサイトをご覧頂くとアーティスト・インタビューのビデオもあります。
http://www.salondemontrouge.fr/index.php/salon-2014/la-selection/7-artistes/12054-anne-sophie-yacono
Les portes de Chatteland, 2013
Céramiques et sculptures sur bois. Dimensions variables
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また、フライヤーのイメージに採用されている招待作家の作品は、1977年生れ、オルレアン出身のJulien Salaudの作品。

第55回のSalon de Montrougeの受賞作家。動物の剥製を使った作品を作っています。
彼のブログはこちら。(Blog Julien Salaud)

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また、ハンガリー出身の作家Anna ADAM(ANNA ÁDÁM)の空間の記憶をモチーフにした作品は繊細でした。社会的・政治的抑圧が、学校や職場だけでなく、個人の生活にまで陰をひそめていた彼女が生まれる前の時代。その事実は写真を通じて、現代を生きる人にも物語を伝える。
Re-Play !, 2013
Broderie, collage sur photographie

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JUDITH DESCHAMPS

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Dorith Galuz, Collectionneuse, 2014 video 7min12
この映像は、Judith DESCHAMPSがコンテンポラリー・アートのコレクターであるDorith Galuzにインタビューした際に撮影したもので、彼女は1970年代から現代までのリアルとフィクションを織り交ぜて物語をつくる数々の作品をコレクションしてきた。彼女の言葉からそこにある歴史全体を摑み取り、そこに参入し、過ぎた世界を作り変えようとする。

 

Anne BROUJEANの二つの作品(Les Petites Morts, 2012
Photographie et texte, Biographies, 2012
Photographie et texte)は、一人一人は限られた時間を持ち、生まれては死ぬ私たちの、そうはいっても生きている時間はたくさんの思い出や出来事に満ち溢れ、幸せであったり、悲しかったりする、人間の「生」というものをこのアーティストの方法で表した一つの実験的な試みでしょう。とにかく、ビックリします。Les Petites Morts(2012, かわいそうな死者たち)は、世界の様々な文化の中で生きて死んだひとりの人間が、棺桶の中で?棺の中で?肉体をともなった最後のイメージとして表象されています。日本人らしい写真もあります。
なんて書いてある?

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「サーモンのアルミニウム包み焼き」(Les Petites Morts, 2012
Photographie et texte)
彼女の問題意識としては、現代の情報化社会にあって、私たちは、私たちのナルシシズムを満足させるような自由な発言を認められているけれど、それと同時に生や死のイメージが蔓延するなかで、それへの生き生きとした感情は乾燥し、バラバラになり、退化すらしているかもしれない。テクノロジーの発達した社会における我々の感情の問題を喚起する作品と言えるでしょう。

 

GAËLLE CALLACは、ブルターニュ生れ。親密さや個人の物語をテーマとする作品を作っています。彼女にとって、このテーマは、決して個人の中に留まるような小さな問題ではなく、それはむしろ、普遍的な問題として立ちのぼります。本作品は、本のタイトルからインスピレーションをうけた言葉遊びで構成される作品で、今や時代遅れのもはや見向きもされなくなった古い本を集めて、ひとつの時が止まったような記憶を作っています。

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CLÉMENTINE DESPOCQ

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彼女は、もともと宝石やアクセサリーなど装身具について学び、その後装飾品のデザインについて学びました。しかしビデオの中でも彼女が述べているように、アクセサリーはそれを身につける身体を伴ったとき、一つのオブジェクト以上のものになることに興味を抱きます。彼女の作品では、単体のアクセサリーが独立するのではなく、常に、そこにある肉体のことを想起させます。

PAULINE BAZIGNAN

彼女は画家です。しかし、筆も指も使いません。もちろんそのほか何によっても、紙やキャンバスに触れることはありません。彼女はまず紙を床におき、色彩の雫をぽたっと垂らすと、折りをみてその紙を垂直にします。絵の具は重力に惹かれて流れて行く。時々は紙やキャンバスにせき止められて、時々はその流れる性質を失って途中で止まってしまいながら。花のような、星のような、不思議な表象。(Sans titre, 2010
Acrylique sur papier. sur toile.)

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たずねずにいられなかったオレンジの彫刻。普通、鋳型をとる彫刻言うのは、量産するために鋳型をとりますよね、ロダンの考える人がたくさんあるように。彼女はコルシカ産のオレンジの彫刻をたくさんつくったのですが、どのオレンジも、一回だけ型にするとその役目を終えてしまいますから、これらのコルシカ産オレンジの彫刻は同じものはもちろん一つしかないんです。一つ一つの実の大きさやあの白い筋の様子がよく分かります。

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Salon de Montrouge 2014は、2014年5月28日まで!

04/28/14

驚くべきリアル / The Marvelous Real @東京都現代美術館

驚くべきリアル ー スペイン、ラテンアメリカの現代アート ーMUSACコレクション
THE MARVELOUS REAL@東京都現代美術館( http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/musac.html)
2014年2月15日ー5月11日
* http://www.musac.es/# (MUSAC)

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東京都現代美術館で開催中の「驚くべきリアル」はカスティーリャ・イ・レオン現代美術館(MUSAC)のコレクションより、スペインとラテンアメリカ諸国の27人のアーティストの作品で構成される。MOTチーフキュレーターである長谷川裕子さんが企画した展覧会だ。この展覧会はずば抜けて面白いので、2014年5月11日まで開催されているので、東京に行かれることがあったらぜひともお薦めしたいのである。
本展覧会カタログによせた文章の冒頭で長谷川さんは、グレナダの詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカ(Federico Garcia Lorca)の一節を引用している。

「スペインでは、他のどの国よりも死者が生き生きとしている。」(En España, los muertos están más vivos que en cualquier otro país del mundo.)

――∑(゚Д゚)アァ!?
マンガ的に反応すればこんな感じである。スペインでは他の国よりも死者が生き生きしている、死は生よりも活気をもっていると言われても、どうピンと来ていいか分からないだろう。確かにスペインという国は、歴史の中で独特のストーリーを紡いできた。宗教的なものの伝統は現代も生活の随所を支配し、彼らが経験した政治的問題は一目置かれるべきだ。1968年にこぞって「春」を経験したヨーロッパ諸国を横目に眺めながら、フランコ政権が倒れたのは実に1975年のことである。1939年に国家元首となったこの人は第二次世界大戦後の1946年から10年近くにわたって国際社会からスペインを孤立させ、75年に死ぬまで独裁を続けたのだ。スペインだけではない。この展覧会では、このようなスペインの影響を色濃く受け続けたラテンアメリカ諸国のアーティストの表現も目撃させてくれる。

さて、スペインでは生者より死者が生きている話に戻ろう。ガルシア・ロルカのこの命題への違和感は実は、生きているスペイン人がそもそも元気すぎるという一つのイメージに端を発する。彼らは高速・多忙な現代社会にあっても、シエスタの伝統を貫き、朝早く起きてまでお昼寝を確保し、夜な夜な夕食をとったあげく夜更かしをし、熱い夏は更に夜行性になり、情熱的なフラメンコを踊る女を口説くギターのうますぎる男と、赤ワインは果てしなく濃厚で、だからこそそのサングリアは最高…。彼らの突き抜ける明るさはしかし、彼らの奏でる音楽を耳にし、暗い色彩で塗り籠められた彼らの絵画を目にした瞬間、深い心配に変わる。彼らの救いようのない悲哀、絶望的な現世への嘆きのようなもの、そんなものを彼らは現世に存在する我々が決して手の届かない存在に語りかける。あるいは、死者が彼らに語りかけているのかもしれない。我々が生きている世界では、通常明確に隔絶していると信じられている二つのものの境目が曖昧になることがある。例えば生ける者の世界と、死せる者の世界の往来がそれだ。スペインの生ける者たちが見せる表現においては、それらが行き交い、その軌跡を時々可視化しながら、本当はそこに境界が存在しないことを向こう側の世界の声を介して我々に語りかける。

ガルシア•ロルカは38歳のとき1936年フランコ軍に銃殺された。
En España, los muertos están más vivos que en cualquier otro país del mundo.
死んでいることと生きていることの間が溶解する。
生と死に支配されない彼らは、強い。

 

前置きが長くなってしまったので、早速作品を見ていこう。

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Lara Almarcegui ララ・アルマルセーギの《穴掘り》(1988年)は、アムステルダムの空き地で毎日穴を掘り続ける様子を写真によって記録した作品である。ララ・アルマルセーギは、1972年スペインに生まれ、ロッテルダムで制作するアーティストだ。昨年は第55回ヴェネチア・ビエンナーレに参加し、スペイン館にて大量の石が部屋からこぼれ出ている未曾有のインスタレーション《廃墟》(Ruins)を発表し、鑑賞者を困惑させた。ストイックだがラディカルな方法はなるほど、ゴードン・マッタ=クラークの影響を彷彿とさせる。穴掘りで見られる見捨てられた/日常見向きもされない場所を人目に晒しだす手法は彼の一貫したテーマとして引き継がれる。

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Sergio Belinchon セルヒオ・ベリンチョンの《なだれ込む》(2007年)は、三枚のスクリーンが夜明け前の薄暗い森の中で行われる怪しげな出来事の始終を映し出すヴィデオ・インスタレーションである。静寂の森にふと我々と同じような普通の衣服を着て、子どもであったり老人であったり若者である人々が群れになって疾走している。それだけの人の群れが全速力で走り抜けているというだけで異常さに目が釘付けになるのだが、彼らの幾人かはハシゴのような物を抱えていて、こちら側と向こう側を仕切り分けるフェンスを力づくで乗り越えていく。Sergio Belinchonはヴァレンシア生れ、現在はベルリンで制作を行い、見つめるとハッとするような写真作品を発表してきている。柵を飛び越えてその向こう側へ行くというイベントは、具体的現実としての移民問題や差別問題を越えて人々の潜在的欲望を可視化するような試みにすら思える。

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Joan Fontcuberta ジョアン・フォンクベルタの表現は驚きに満ちていて、その物語の虚構性やアーティストの目論みは厳しく批判的である。ついこの間パリのヨーロッパ写真美術館ではジョアン・フォンクベルタの回顧展として、メディアや科学の信憑性を問うたFaunaシリーズに加え、彼がキュレータを務めた「スプートニク」展も部分的に再現された。フォンクベルタの表現に関しては、Faunaシリーズを再考することは必ず価値があるだろう。さて、作品《移民》(2005年)は、2003年にジブラルタル海峡近くの浜辺で殺された二人の移民の写真を一万枚のイメージで再構成した作品である。

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1962年生れの女性写真家、Carmela Garcia カルメラ・ガルシアによる《無題》(2002年)は、三部作オフィーリアシリーズ(http://www.carmelagarcia.com/ofelias-3)の内のワンシーンである。オフィーリアは言うまでもなく、シェークスピアの《ハムレット》に登場するハムレットの恋人の美少女で、父ポローニアスを殺害されたのち、正気を失って両手いっぱいの花を抱え、野原を彷徨うようになり、ついに川で溺れて死んでしまう。オフィーリアは身を投げたのか、それとも足を滑らせて溺れ死んだのか? カルメラ・ガルシアの想像力は、そんな月並みな終着点を持たず、さらに問いかける。オフィーリアが水の中でもし突如正気に戻って、やはり生きるために世界に戻ってきたら? ハムレットなんかもはやどうでも良く、父も死んだがそれでも生きるために戻ってきたとしたら? 人は生きることを決められる。その逆も然り。世界はこのようにある。いや、それは結果としてオフィーリアが溺れ死んだとしても同じことなのだ。

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Anthony Goicolea アンソニー•ゴイコレアのショート•フィルム作品《両生類》(2002年, Amphibians : video here)にはドキモを抜かれる。赤ずきん風マントを被った男が、原っぱから森の中へ駆け抜けている。虫の羽音に混じって苦しそうな呼吸が響く。彼らは次第に集まって、木の幹に足を取られて時々転びながら、起き上がり、再び駆け、ついには水辺を発見する。いっせいに水の中を泳ぎ回り、そこではもう赤ずきんマントや重々しいブーツは不要となり、彼らは身一つでやっと地上の息苦しさから解放されたという風に、水の中で生命を取り戻す。彼らの泳ぎは魚達のそれよりずっと醜く不効率で、彼らの四肢は水を掻くには脆弱すぎる。それでも彼らは喜びきらめき、境目を越境することに成功する。

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《彼を内に守る山》(1989年)は1993年に36歳の若さで夭折したLeonilson レオニルソンが残した、心に残る一枚の絵である。サンパウロで学んだ画家は、政治的・社会的弾圧や差別に対する個人の生のあり方を見つめる作品を発表した。彼は同性愛者であったが、91年にエイズ感染が発覚してその二年後に亡くなった。

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Enrique Marty エンリケ・マルティの大作《家族》(1999年)は、それがリアリズムを越えたある主の強調であり、フィクションの要素を含むと理解した上でなお恐ろしい。それは確かに強調でありながら、同時に依然として現実を描いているためだ。本作品は、スナップ風の家族写真群である。よく見ると、女の顔は狂気に満ちていて、赤ん坊を可愛がる大人達はその性器に何かしている。あどけない少女は顔から出血しており、鼻は奇形化し、のどかな午後を思わせるワンシーンでは男が発狂し、病院のベッドに横たわる女の表情は既に死者が混じっている。これらがスナップ写真の「いたずら」で終わらずに、繰り返し我々の脳裏に蘇って来るのはなぜだろう。それは実は我々にとって全て、ある意味での既視イメージだからなのである。それを否定しても、受け入れても、我々はこのことを知っているのだ。

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Marina Nunez マリナ・ヌニェスの《モンスター》シリーズ(1998年)では、こちらを見つめる女の身体の一部がロボットやアンドロイドのボディの一部のように変容している。そしてそのストーリーの続きは、この異変はやがて女の身体全体を蝕んで、彼女をモンスターに変えてしまうことを約束しているのだ。映画《もののけ姫》でアシタカの身体を蝕む自然界からの呪いとは異なり、彼女らの異変は、彼女らが社会の中で抑圧された苦しみに由来する内的なものであるように見える。だからこそ彼女らはそれを受け入れて共にあるのだろうか。

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Javier Tellez ハビエル・テジェスが精神衛生施設のメンバーとのコラボレーションで実現した《保安官オイディプス》(2006年)は、想像力の天井をぶちぬいている。基本的に、ソポクレスのおなじみのギリシャ悲劇オイディプスを基礎としてストーリーが展開されるこの作品では、統合失調症のオイディプスは始終能面を付けて役を演じる。行く先のない、逃げ道のない、この古代悲劇を取り上げることに何の意味があるのだろう。鑑賞者は、能面を身につけているにもかかわらず構わず演じられる残酷なシーン、オイディプスが目をえぐるクライマックスシーンなどにまゆをひそめる。だが、物語は思いもよらず崩壊を向かえる。オイディプスは能面を外し、窒息するはずであった小さな世界の壁紙を破って、清々しく深呼吸し、物語を終えるのだ。何を悩んでいたんだろう? とでも言わんばかりに。

展覧会は5月11日まで。東京都現代美術館にて開催中である。

04/27/14

ガブリエル・アセベド・ベラルデ《舞台》/ Gabriel Acevedo Velarde, « Escenario »

世界の秘密を知ってしまったような、ーそれも、けっして知るべきではなかった類いの、そうでありながら、確認などする前からおよそ明らかであった類いのー、ばつの悪い瞬間だった。一人でそれを眺めていても十分に「良心の呵責」たるものを感じ得るのに、こともあろうにそこは東京の六本木の美術館の開かれた一室で、そこにはイノセントな子どもはもちろんさらにナイーブな大人すら出入りし、スクリーンに目をやって、そこには短い行為が反復されていることを認めると納得したようにその空間を去って行く。

《舞台》(Escenario, 2004)と題された映像作品は、ペルーのリマ出身のガブリエル・アセベド・ベラルデ(Gabriel Acevedo Velarde)の作品である。ガブリエル・アセベド・ベラルデは1976年生まれ、これまでビデオ作品を始め、ドローイングやインスタレーションを手がけているが、2011年にフランスのリヨン・ビエンナーレに本映像作品《舞台》を発表し、国際的な評価を受けたのである。

《舞台》は奇妙な作品である。
本作品は、六本木の森美術館の展示室において2014年5月6日までご覧いただけるが、こちらの一応こちらのウェブリンクも紹介しておく。3分程度のショート•アニメーション作品である。
video here 

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何が起こっているのだろうか?
このステージで繰り広げられるシナリオはいったい、何を意味しているのだろうか?

ガブリエル・アセベド・ベラルデは、そのドローイングやビデオ作品において、個人の人間と公的なるもの(大きな組織や集団)が、明確な衝突に至らずにそれが一見日常的で平和的状況のなかで対峙する場面においてうごめいている「なにか」を可視化しようとする。

作品《舞台》では、無個性の個人が観衆となって一つのステージの前にひしめく。登場人物はおよそ、それら無個性の個人と、彼らを選別し、整列させ、「舞台」に連れてゆき、光線を当てる、彼らがつよい光線によって変性したのちに集団にもどす一連の働きをする役人たちがいる。役人たちは、無個性の個人たちよりも体格がよく、身長も大きい。言って見れば、選別されるべき個人は半ズボンを履いた子どもで、役人は小学校の先生のようである。子どもは舞台に連れ出され、大砲のような装置で強烈な光と音を浴びて倒れてしまう。一見暴力的なシーンに思われるが、次の瞬間観客はその悪い予感を拭い取られ、安心する。なぜなら、倒れた子どもは役人に抱きかかえられた後にすぐに自力で歩いて集団にもどり、他の子どもと元気にステージを鑑賞しはじめるのだ。表面上、誰も傷つかず、何も壊れず、そのムーブメントはひたすらに繰り返され、私たちは鳴り響く光線大砲の音とその強烈な光の断続の中に、映像の物語を追う動機を見失うだろう。

だが私たちは全てを見せられている。

光線大砲で気絶させられるのは、世界が見えるようになってしまった子どもたちなのだ。無個性な個人は、時間が経つに連れて目を開き、見てはならないものを目にしてしまう。見てはならないものを見ることは、役人の意図に反するばかりか、個人の身を脅かす危険すらある。だから、個人は逃げたりしない。無意味に長い整列の道筋に列をつくり、黙って並び、審判を待つ。光線大砲を受けることになれば、覚悟はできているというふうにまっすぐにステージに登って、もう一度盲目となる。溢れる光の中に全てはホワイトアウトし、これでもう、世界の秘密を目撃せずにすむ。これでもう、集団から切り離されてひとりぼっちにならなくて良い。見えないことは幸せとなり、彼らはもういちど、見ることを奪われることによって自由を得た集団の中に身をうずめる。しかしその幸せも長くは続かない。光線大砲の魔法は少しずつ溶けてゆき、そこでは世界はたちまち不穏なものとなってしまう。そのことをだれかに密告される前に、自己申告し、整列するべきなのだ。もういちど盲目になるために。

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世界の秘密は見えてはならない。それは見えることによって、脆弱な個人を脅かすだろう。
大きく見える役人も、自分の目をしっかりと守っている。彼らはそれがあることを知りながら常に瞼を半分下ろし、そちらに目をやらないことによって、自分自身が存続する世界を守っていると信じ込んでいるのだ。

盲目となることによって、あるいはまた、見てみない振りをすることによって束の間の幸せを享受する個人たちは、共通した思い込みがある。

それは、その世界を囲む塀はとうてい超えられないほど高く、高く、彼らを閉じ込めていて、そこからは出られないのだ、だから、そこにいて、繰り返しながら、従うのだ。

ガブリエル・アセベド・ベラルデはこのことに対し、明確な異論を唱えている。
彼らの小さなステージと、慎ましいコミュニティを囲む柵はたとえようなくお粗末で、その外側には言うまでもなくずっとひろい外側の世界が広がっており、簡単に飛び越えられる、ということを。

主催: 森美術館
企画: 荒木夏実(森美術館キュレーター)
会場: 森美術館 六本木ヒルズ森タワー53階
http://www.mori.art.museum/contents/mamproject/project020/

04/27/14

パラ人 PARAZINE, 京都国際現代芸術祭 PARASOPHIAを盛り上げるヨ

きたーーーーー。

パラ人 PARAZINE  が 届いた!

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えっ?

 

この表紙、見るとビックリしませんか。ビックリするのわたしだけ?じゃないはず。

 

驚きのレイアウト、驚きの色彩、驚きのデザイン。

驚きは続く。

 

こんなにふんわししたデザインなのに、こんなにパステルな色使いなのに、巻頭の(この手のフリーペーパーのデザインに、巻頭というものがあるのかどうか知らないが)吉岡洋さんのお言葉は「歩き出した〈パラ人〉」と書いてある。怖すぎるじゃないか。いったい、誰なんだ、歩き出したパラ人って!そして、表紙と裏表紙ページの背景を支配している、ブレインストーミング・メモの形跡も、とても怪しい。天才科学者とか、神の声を聞いた予言者とかが、トランスミッションした筆跡みたいである。

 

眺め続けても仕方ないので、とりあえず開いてみる。何枚かあるので、驚きすぎないように、一枚だけピラッとめくってみる。

 

やっぱり貫かれたこの、気の抜ける水色、カッコつけないニュートラルなフォント、で、PARA – WHAT  ? ? って書いてある。書いてあるぞー。目を凝らすと、「パラソフィアに、悩む。」って書いてある。

 

あっ、そもそも、パラソフィアっていうのは、京都国際現代芸術祭 PARASOPHIA(2015年3月7日~5月10日に京都で開催されるアートの祭典)のことで、芸術祭組織委員会、京都府、京都市が主催して、河本信治さんがアーティスティック・ディレクターを務めているプロジェクトのことなのですが、最近参加アーティストも第一弾が発表されましたね。

 

蔡國強(ツァイ・グオチャン)

ヘフナー/ザックス(Hoefner/Sachs)

石橋義正(いしばし よしまさ)

ピピロッティ・リスト(Pipilotti Rist)

ウィリアム・ケントリッジ(William Kentridge)

スーザン・フィリップス(Susan Philipsz)

ドミニク・ゴンザレス=フォルステル(Dominique Gonzalez-Foerster)

やなぎみわ(やなぎ みわ)

参考ウェブサイト: http://www.parasophia.jp/news/

 

それで、そうそう、パラ人ですが、パラ人は2003年に「高速スローネス」をテーマに開催された京都ビエンナーレのアーティスティック・ディレクターを務めた吉岡洋さんが編集長となって、PARASOPHIAを盛り上げるための刊行物を2015年の3月まで、ボランティアの学生たちといっしょに発行しつづけるというプロジェクトなのですね。

 

そういうわけで、パラ人、は実はPARAZINEなのですよ。

 

しかし、彼らは悩みに悩み、悩み過ぎて、PARAZINEの特集が PARA – WHAT  ? ?  なる主題になってしまったのです。しかし、彼らの悩みは、それを読むだれかの悩み。彼らの議論は、それを受け取る誰かの解決を示す。彼らの対話は、それが届かないほど遠くにいる誰かの思考と繋がって、歩き始めたパラ人は、もっともっと、世界中に繁茂する植物のように、増えるのです。繋がって、大きくなる。

 

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私はここにエッセイを書いています。

PARASOPHIA AU MONDEっていうエッセイです。京都にいなくても、パラ人のエスプリを共有できるのか? 読んでみてのお楽しみということで。

 

パラ人は、京都を出発し、現在日本各地、世界各地に広がっています。

欲しい人! ぜひぜひ読んでください。 手に入れられるはずです。

どこにアクセスすればいいんですか?

すいません、わかり次第ここに載せます。

私にご連絡くださってももちろんオッケーです。

 

とりあえず、パラ人のことがもっともっとよくわかるインタビューをご紹介します。

http://www.ameet.jp/feature/feature_20140401/

それから、ニッシャ印刷文化振興財団さまから助成してもらえることが決まったころの記事!

http://www.parasophia.jp/contents/news/2014/03/08/763/

数日のうちに、ゲット方法も掲載するので、お見逃しなくです。

ぜひ5冊ぜんぶ集めてくださいね! ワクワク。

 

 

04/13/14

ミヒャエル ボレマンス:アドバンテージ ー 生きることの潜在的なかたち/ Michaël Borremans : The Advantage @Hara Museum

ミヒャエル・ボレマンス:アドバンテージ
Michaël Borremans : The Advantage

2014年1月11日(土) - 3月30日(日)
原美術館

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東京品川の原美術館で開催されているミヒャエル・ボレマンスの展示をどうにか間に合って見に行くことができたのは幸運である。東京滞在が短かったので実はちょっと迷っていた。むしろ、殆ど行けない様子であった…が、東京在住の友人が薦めてくれたことに感謝している。決して作品数の多くないボレマンスの絵画を集合的に見たのは初めてだったし、部分的印象でしかなかったボレマンスの世界観の奇妙さというものが、言ってみれば理解可能な奇妙さとして立ち現れてくれたような気がする。そのことは、気持ちの良いことだ。

さて、ミヒャエル・ボレマンスは、1963年生れ、ブリュッセルのアートカレッジで学び、現在ゲントで制作をしている。彼が1990年代半ばを機にこれまでの写真家としての活動から歴史的絵画の手法を組み入れた油彩に転向したことは知られている。彼がその伝統的な手法を模倣し、彼の画法に統一的で繊細な印象を与えているのは、ベラスケスやマネ、ドガの世界観であり、奇妙さと不穏なオーラを醸し出させているのは、なるほどシュールレアリスム的主題に似ているものである。ボレマンスは一般的にこのような二つの要素で語られるが、それがなぜあたかも語り得ないような不気味なものとして、あまりにもデリケートに説明されるのかは一度正面から考えてみなければならない。

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たしかに、ボレマンスの絵画は深く物語的である。彼の絵画の中に登場するモチーフは、幾つかの典型的なものを挙げることができるのだが、たとえば、今回の原美術館での展覧会「アドバンテージ」の扉を飾っている作品「Mombakkes II」(2007年, 36 x 30 cm、カンヴァスに油彩)では、白い衣服を纏い、横分けの髪を撫で付けたような一人の人物の表情の奇妙さに目を奪われる。男性とも女性とも見えるこの人物の顔はあたかもピエロのそれのように、強すぎる眉と青いアイシャドウ、艶やかでこぼれそうな頬と真っ赤な口紅に彩られているが、その表面はところどころが光を反射し過ぎており、視線を全体にすべらせるうちに、この鮮やかな顔は作り物であるということが明らかになる。撫で付けられた髪の額と生え際を見てみればそれは、透明な膜のような材質のマスクであることに気づく。そう、ボレマンスの作品には、この透明なマスクの要素、そして、シュルレアルである半透明性による層の重ね合わせと透視が頻繁に顔を見せる。当「Mombakkes II」の脱ぎ捨てられたマスクもボレマンスは描いている。その偽の皮膚は、人間の顔を覆ったときにはこぼれるほどの笑顔を見せたにも関わらず、脱ぎ捨てられて輪郭を失った今、もうちっとも楽しそうではない。マスクは言うまでもなく、覆われた顔の本当の表情を包み隠すのであり、そのことが象徴的に表現するメッセージを現代性へと結びつけるのは容易だ。

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また、先ほど述べた、シュルレアルな半透明性は、世界のレイヤーの重層性を描くような、つまり、有り得たはずの物語と実際に行われた行為の間を我々に想起させる。それは、常に様々な可能性の中から、一つの世界が分岐していくのだが、それは一つが残されて他が消えてしまうという方法ではなく、全てを置き去りに無数に分岐しながら、我々はいまここにあることしか知り得ないという運命を認識させる。あるいは、現在ある世界がそのように見えており我々はそのあり方を目にしているのだが、それが過去や未来において「リアルに」このようではなかったのだという誰一人知らなかったことを暴露する。彼の作品にしばしば見られる、透明な身体や透き通った人物と別の存在の重なりは、このようなインスピレーションに関わる。そして、さらには肉体の一部を欠いたり、テーブルの上に上半身や腰上だけ存在するように描かれた人物像たちもまた、可能な一つの現れ方を提示している。

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劇場としての社会や人間の生を描き出すような試みはボレマンスの作品に連続してみられる。箱のような空間に並べられた人間とそれを見物する存在。その二者は通常何らかの方法で描き分けられていて、例えば巨人と小人、囚われた人間と自由な人間、オブジェ化された存在と権力を誇示する存在など、明確に描き分けられている。今回の展覧会「アドバンテージ」でも公開されたビデオ作品 »The German »(2004-2007)などはその構造はさらに拡張されていて、つまり、画面に大きすぎて写りきらないドイツ人の身振りが映し出される様子を箱の中の鑑賞者が眺めており、その様子を見られるドイツ人と対面するように我々が見つめることになる。

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最近東京で訪れた東京都現代美術館での「驚くべきリアル」展でご覧になった方もいらっしゃるかもしれないが、スナップショット風のコレクティブな絵画の作品である『家族』(The familly, 1999)でエルティ・マルティは、一見すると日常的な家族団らんの一コマや何の変哲もない日々の生活の中に浮かび上がる狂気のようなものを描き出した。私はこの作品はとても面白く或る意味でポジティブに感じたのだが、ボレマンスのそのシュルレアルで不穏な感じというのも、実はそれほど暗闇の中に不可思議なものでもないのではないか、という直観を持っている。なるほど、繰り返される身振りや、非社会的な儀式的なもの、空間や時間の常識に逆らい、それを破壊するようなもの、それらはボレマンスの人間を見る視線を、しばしばフラグメントとして、また或るときはもっと全体的に媒介する。だがそれもまた、一つの実験的な行為であり、描くことはその世界に形を与え、外側にいる私たちをそれを結びつける。ちょうど、箱の中のスクリーンを眺める小人を私たちが目撃し、その時間を共有するかのように。

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コード化された儀式はしばしば意味を失うが、実は、個体の行為や営みにも意味はない。ボレマンスの絵画は、生きることの潜在的な形が、物語る人が言葉を途中でぴたりととめながら、またとめては続くように語られ、とても興味深い。

04/8/14

The Act of FLIRTING, Stephanie Comilang / フラーティング, ステファニー・コミラン @京都芸術センター

The Act of FLIRTING
Stephanie Comilang
2014年3月15日 (土) – 2014年4月6日 (日)、京都芸術センター

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京都芸術センターでつい数日前まで展示されていた映像作品「The Act of FLIRTING」を二回見た。「KACアーティスト・イン・レジデンス・プログラム」という若手アーティストや研究者に向けたプログラムで選出されたトロント出身のアーティストStephanie Comilangによる3ヶ月にわたるレジデンス滞在の集大成としての作品である。アーティストは、タイトルにもあるように「flirting」という行為をひとつの手がかりとして選び、この言葉の意味するところやこの行為が日本的な文脈でどのように受け取られ、実践されているのかに光を当てようとした。

芸術センターのサイトには次のようにある。
「flirting」(気になる相手の気をひく方法)をキーワードに、京都での滞在中にさまざまなリサーチを行いました。本展では、それらのリサーチを基に制作した映像作品を発表します。そこには、少しずつ日本と外国の文化や感覚の違いを理解しながら、彼女自身の肌で感じ取った「日本」が描かれています。この作品との出会いによって、人と人との距離感や人間関係を築いていく過程などにまつわる、私 たちが普段は特に気に留めることのないような日本人特有の感覚や意識について、改めて考えさせられることになるでしょう。(引用:https://www.kac.or.jp/events/11103/)

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彼女がリサーチを始めたきっかけは、日本語にはフラーティングという言葉にピタリと該当する表現が見つからないという気づきであり、そこから、気になる相手の気を引くときの態度が、日本と西欧では異なるのではないかと予想したことにあるようだ。これは恋人や好きな人の気を引くだけでなく、子どもが親の気を引く、友だちの気を引く、といった広義のフラーティングを含める。その問題意識から、インタビューに出演する、年齢や仕事の異なる日本人に、フラーティングの方法とフラーティングされたことについて質問し、彼らが語ったことを映し出して行く。シナリオの中心に置かれるのは、祇園で舞妓の格好をしてホステスとして働いているという一人の若い女性で、彼女がどのようにお客さんに接し、お客さんの欲するサービスを提供するか、対人関係の中でどのように自分を演出するか、といったことを語りながら、「仕草」「勘違い」「話を聞いて、するべき反応をしてあげる」といったキーワードを散りばめる。そして、ホステスという仕事において期待される典型的なやり取りを演じてみせる。

フラーティングに関わらず、翻訳不可能であったり翻訳することによってニュアンスが変わってしまう言葉などハッキリ言って数えきれない。その発見は何も新しくなく、言うまでもないことであり、その点でこの作品がアイディアとして優れているとは思わない。さらに、インタビューされて語られることの多くは、言い古されたことや誰もがうなづくであろうこと、あるいは、聞き飽きている故につい反論してしまいたくなるようなことである。日本人と西洋人の人間関係の距離感が異なるというのも何ら斬新な気づきではないし、我々日本人にとっては耳にタコができるほど(?)語り尽くされた「日本人論」の外側にでることのないパロールではないだろうか?

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ではなぜこの作品を二回見てしまうのか? いや、実は一人で二回見て、そのあと別の日に一回見たので、全部で三回も見たことになる。シナリオもセリフの一部もリフレインできそうだ。とりわけ、この偽の舞妓ホステスがガラリと広い畳の間で蛍光灯を真っ白に浴びながら歌う一曲の歌は節回しや音程が微妙に低かった瞬間まで克明に覚えている。つまり、この映像はともあれ私を魅了した。言ってみればこの作品をフラーティングの解釈と日本文化におけるあり方として見ることに、私はさほど興味を持たなかったのだが、むしろ、そのように予定して構成されたシナリオと偽舞妓ホステスの証言と演技が、他者との会話に我々が見いだす欲望たるものを鮮やかに描き出す様に魅了されたのだと思う。我々は日々他者と言葉を交わしながら生きている。それも、様々な方法で。言葉を発するに至らない何かであることすらある。ホステスの言い放つ「聞いてあげる」「驚いてあげる」「笑ってあげる」、「ーしてあげる」という言い方に込められたニュアンスや、その実践を演じてみせる様。それらは分かりやすいように強調されているけれども、つまりは私たちの他者との交わりに等しいのである。そしてそれは「空気を読む」「まわりとの関係で自分のキャラクターを作る」など、いわゆる日本人的な特色を規定する言葉が添えられるが、本質的には、どんな異なる二つの個体の接触にも関わる作業の断片であるように思える。この作品の面白かった所は実は、日本文化と西洋文化の比較でもそのいずれの特殊化でもなく、逆説的にそこに見え隠れした変わらないものの存在である。

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04/8/14

彫刻家 井上佑吉, Yukichi INOUE, Sculpteur « Mille et une têtes »

彫刻家 井上佑吉, Yukichi INOUE, Sculpteur

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Yukichi INOUEさんは、1966年よりEcole Nationale supérieure des Beaux-Arts de Parisで学び、その後50年近くフランスで彫刻作品を制作しておられる。
私が生まれるよりもずっとずっとまえだ。私は1966年がどんな時代だったかを知らないし、1966年に彫刻を学ぶためにフランスに渡るということがどういうことかも知り得ない。彼がフランスにわたった1966年、パリには今よりもずっと少ない日本人が滞在しており、さらにパリ以外の地となると、もはや、日本人のコミュニティとはかけ離れた場所で完全なる移民として生活を送ることを意味するのだろう。彼は、アトリエのあるElancourtの街や、その近隣の街を拠点に多くの発表をしている。

HP ウェブサイト : http://milleetunetetes.com/yukichi-inoue

プロジェクト「沖縄の石」は、沖縄からやってきた何トンにもおよぶ彫刻作品だ。2005年、南城市玉城字堀川の武村石材建設で制作を行い、それらは船でフランスに運ばれ、Mille et une têtes として作品化されたものだ。作品タイトルMille et Une Tête s「1001人の顔」。集合としての1001体に及ぶ沖縄の石から削られた彫刻は一人一人異なる存在を表す結果になっている。1001体の彫刻、そして一体一体が少しずつ異なるといえば、人の背の高さほどの木造千手観音像がずらりと安置されている蓮華王院本堂三十三間堂のことを思い出すだろう。ちなみに蓮華王院本堂三十三間堂の観音像は殆どが鎌倉復興期に制作され、平安期の像も含む。さらに数体は国内の博物館に寄託され、異なる時代の異なる作者(しばしば作者不詳)による観音像の集合なのである。それは、似たような外観として同じ空間に長い年月安置されているが、いつしかはその場所からいなくなるかもしれないし、観音像として彫りだされる以前、彼らは異なる時代異なる場所に行きた木であっただろう。彼らの細胞は我々の知らない陽の光を浴びて成長し、我々の身も知らぬ空に向かって幹をのばし、そして今日、この場所に再発見されるのだ。

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Yukichi INOUEさんがマチエールとしての「石」について語ることは興味深い。彫刻家として、石だけでなく、もちろん様々な物質を作品の材料として彫りだしてきた彼は、その中でも石が内包することのできる時間の層の壮大さに強く惹かれる。石は、その中に、記憶を堆積する。それは、土の記憶であり、水の記憶であり、その中に生きとし生けるもの全ての記憶である。さらには、そこを吹き抜けた風のことや音のこと、匂いのことすらも含む。石を削るとき、石を切り出すとき、石に穴をあけ、石を象るとき、その壊された表面に次に現れるのは、まったく異なる時間の、まったく異なる場所の記憶かもしれない。そうやって現れる見知らぬ表面と出会うことがアーティストは好きなのだ。

展覧会を見学している最中、小さな子どもが何人も訪れていて、アーティストは彼らに幾つかのことを説明した。象られた顔の、小さな部分に現れた過去の生き物の姿、葉っぱの葉脈、閉じ込められながら突如晒されることになった貝殻、あるいは貝殻の跡。石の中に閉じ込められていた記憶が、パリンとその上に或る一層が剥がされた瞬間に、そこに現れる。それらはいつか水の中にあったり、早く泳いだり物を食したりして生きており、あるいは隣の欠片と出会いもしないほど遠くに存在していた。そんなものが、いま目の前にある。1001人の顔として。子ども達は、示された貝殻の跡やエビのような生き物、植物の欠片を好奇心に満ちた目で追う。

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なぜ、沖縄の石を?

Yukichi INOUEさんは1942年生れ、彼の父親は第二次世界大戦の終戦間近44年に徴兵され、45年沖縄戦で戦死した。沖縄で亡くなったことは分かっているが、それ以上詳しいことは分からないそうだ。2005年、戦後60年の戦没者追悼式に参列した年、アーティストはそれまでむしろ距離をとっていた「沖縄の石」を彫ることを決める。
石は、そこで起こったどんな出来事もその表面に纏った。それがどんなに昔や最近の出来事で、人間の起こした悲惨な出来事で、長く続くことや束の間のことであっても、耳を澄ませて聴いていた。

Yukichi INOUEさんは 彼の死んだ父親の記憶に出会うように沖縄の石を彫る。ただし、そこに聴かれる対話は、彼と彼の父の間にとどまらない。それはいま、フランスの子ども達に石の記憶を語り、それを目にするこの地の人々や現代の人々の記憶の中に入って、遠くにやって来たのであり、もっともっと遠くまで広がって行くだろう。1001人の顔は、重ねられた世界の時間と生き物の記憶を乗せて、地球のテレパシーのような存在になったのだと、私には感じられる。

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受賞歴:
Prix Susse fondeur au Salon de la Jeune Sculpture, à Paris.
Premier prix à la Biennale de sculpture Contemporaine de Bressuire, à Deux Sèvres.
Prix de la Fondation de Coubertin au Salon de Mai, à Paris en 2001 et 2011.
Prix de la fondation Pierre Gianadda de l’Académie des beaux Arts