04/15/18

Bettina Rheims « Détenues » 勾留された女性たち

Bettina Rheimsの展覧会 « Détenues » (勾留された女性たち)がChateau de Vincennesで開催中である。
Bettina Rheimsは、1952年生まれのフランス人フォトグラファーで、1978年よりスタートするキャリアの中で、ストリップティーズやフェミニンなモデル、トランスセクシュアルなどの特定の問題意識を突き詰めている。
今回のシリーズでは、勾留されている女性たちのポートレートシリーズをヴァンセンヌの城内のチャペルで展示している。

Links:https://www.monuments-nationaux.fr/Actualites/Exposition-Detenues-de-Bettina-Rheims
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勾留された女性たちは、しばしば夫殺しやパートナー殺害など重大な罪で刑務所内で長い年月を過ごしてきた/過ごしていく女性たちで、展示には写真の他に、Bettina Rheimsが受刑者たちとのやりとりを通じて知った彼女たちが刑務所に至った具体的なストーリーや、受刑中の彼女らが日々思っていること、面会に来る家族とのやりとりで印象に残っていること、また、Bettina Rheimsのようなアーティストが写真を撮りにくることについて思うことなど、赤裸々な会話の断片が展示されている。

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彼女らの大きなポートレートは一枚一枚がとても違っていて、彼女らは装い、化粧し、ポーズをとり、それぞれのポートレートは本人の下の名前がそのイメージのタイトルのように記載されている。

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展示された会話の断片にこんなくだりがある。
「私たち囚人が写真を撮られるというとき、それは決まって他の誰かのためだった。子供や夫、家族のため。誰も、それが自分のためだなんて言わない。例えば自分という存在の希望を大きくするために、自分自身がより美しいと思うために。写真は常に誰か他の人のため。生きているという証拠を残さなければならないから。」

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女性たちの表情もまた様々である。笑顔の女性もあるし、深刻な表情の女性もある。観る者にその苦悩を感じさせるポートレートもある。

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Bettina Rheimsの大判のポートレートには、肉体の隅々がそこにあるのが平面であるということを疑いたくなるほどのキメの細かさで観る瞬間がある。肌の質感が、そこに触れてしまったかのように浮き彫りになる感覚。

展示されたテキストが浮き彫りにするのは、彼女らがなぜそこに閉じ込められているか、そこには状況の不条理や、そうする他にどのような選択肢があったのかという行き場のないやり切れなさや、行き場のない声がこだまする。

刑務所は孤独な社会であり、囚人たちは文字通り多くの時間を四辺が壁によって囲まれた独房で過ごす。孤独な時間、存在しない自由。十数年や何十年という繰り返される日々を閉じ込められて過ごすことを安直に想像することはできない。ポートレートを撮影するということすらも相当シビアな仕事であったに違いないと思う。

04/15/18

Martin Margiela 1989/2009 @palais galiera

Martin Margielaの回顧展がパリのガリエラ美術館で開催中である。
会期:2018.03.03 – 2018.07.15
本展覧会は、アンチ・ファッション、あるいは異なるファッションを実験し続けたデザイナー、マルタン・マルジェラの30年間(1989年から2009年まで)を包括的に振り返る大変貴重な機会である。マルジェラはメディアにほとんど姿を表さないし、インディヴィジュアルとしてとことん謎めいたアイデンティティを貫いているが、世代としては1957年ヘンク生まれ、アントワープ王立芸術学院に学び、アントワープ・シックスと同期である。そのスタイルには、ボロルックあるいは黒のアンチファッションを作った川久保玲の影響や、フラットの構造にこだわった三宅との共通点を感じさせるアイディアなど、パリのモード界で活躍した日本人デザイナーとのインタラクションが見て取れる。そもそもマルジェラの足袋ブーツは基本ルックといってもいい。履いたことが無いのではき心地がいかなるものかわからないが、硬いブーツで足袋的に足指が割れている履物とはどんな感覚なのか、ちょっと興味がある。

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私がマルジェラに興味を持ったのは、言うわずもがな著名なカビドレスのコンセプトを知ったのがきっかけだ。白いドレスやシャツにバクテリアや菌類が培養されて時間がたつにつれて展示された衣服たちは紫とか茶色とかオレンジとか黄色とか、美的な点から見ても美しい色彩を帯びて朽ちて行く。これはロッテルダムMUSÉE BOIJMANS VAN BEUNINGENで1997年に発表されたコレクションだった。
当時のリベラシオンの記事がこちら:http://next.liberation.fr/culture/1997/08/04/margiela-du-moisi-dans-le-froufroule-couturier-expose-un-vrai-projet-artistique-a-rotterdam-martin-m_213787

また、関心を持ったのは衣服のありうべき形態のラディカルな覆しである。小学生の時、古着リメイクが流行し、いわゆる個性派ファッションというものに憧れて、古くなった服を切り刻んだり縫ったり組み合わせたりした。着られるものもあったが、着れられなくしてしまったものもあり、そんな時は自分の技術と計画の浅はかさに嫌気がさしたが、もっとも深刻だったのは、自分が着られると思っても世間的に社会的に着られない状況に出会った時である。具体的にいえば、着てたら変だといわれ、そこで頑張ればよかったのだろうけれどもそんなに変ならば仕方ないかと折れてしまったこともある。マルジェラの提案するスタイルを改めて見直すと、服を着ることに希望を感じる。

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アメリカの昔のものだそうだが、非常に大きなサイズのトルソ。またマルジェラは梱包に使うビニールシートやスーパーのビニールシートみたいな着心地も目的も無視した、しかし面白い素材を発見し続けた。

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誰がタイツやストッキングは隠されていないといけないと決めたのか。タイツでシャツインするスタイル。

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有名な、靴下から作るセーター。靴下はむしろセーターを作るためにあらかじめ存在していたのではないかと疑いたくなるほどにずば抜けた発見だと思う。マルジェラはこの手の、既に出来上がった形の組み替えや分解、誇張やデフォルメを得意とした。

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イッセイミヤケを思い出させる平面トレンチ。簡単そうに見えるが実際によく考えてみるとやっぱりそんなに簡単にはできそうにない。でもそれを纏う感じは大変きになる。

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どうしても好きなのは袖ずらし(袖の四本ある)トレンチ。袖は腕を通すという目的のためにあり、腕の形をとっていて、我々は腕が二本あって、という全てが身体のために計画されているのが基本的な衣服のあり方である。それを覆そうとする試みには色々なジャンルがあるように思える。例えば、全く見たこともないフォルムを作ってしまおうと頑張るというのは、割と常套手段だろう。マルジェラはそれに対して、何も作らないことを選んだように思える。ポケットとか袖とか、襟とかウエストとか、作り方がわかっていてそれがなんであるかが誰にでもわかるものが急に別の目的で使用されたりあるいは目的が失われたりする。

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新しいものを作ろうとすることの多い芸術的な分野にあって、作らないことを選ぶのはそれだけで反抗的ですらある。リサイクルや既製服の組み合わせのアイディアを提唱しつつも、ある矛盾があるとするとすればそれは、ファッションの提案者としてそれを発表し続けることはそれだけでおぞましい材料を使い、ゴミを出し、労働力を貪って、消費社会に貢献することだろう。

マルジェラの展覧会は、服を着ることや着るものを選ぶこと、着たいものをいかにして得るかを久しぶりに思い出させてくれた気がするし、そして着ている身体が社会に現れることのテンションや摩擦を少しだけ楽にしてくれたような気がする。

04/2/18

Rencontre avec Natsuko Tanihara

IMPOPRTANT (11 avril 2018): Pour les raisons des mouvements à l’Université, j’ai du regret de vous annoncer l’annulation la rencontre avec Natsuko Tanihara qui était prévue aujourd’hui à 19h. Les nouvelles informations (date/lieu) seront communiquées dès possible.

J’ai le plaisir de vous inviter à la rencontre avec Natsuko Tanihara, le 11 avril à 19h à Saint-Denis Université. Nous allons entendre ses concepts artistiques et la présentation de son travail. Entrée libre, tenez moi au courant si vous êtes intéressés de nous joindre.

パリに滞在中の画家、谷原菜摘子さんをお招きしてお話をお伺いします。4月11日19時よりパリ第8大学にて。どなたでもお越しください。ご質問、ご連絡は大久保までお願いいたします。

homepage:http://taniharanatsuko.wixsite.com/tanihara-natsuko

Rencontre Natsuko Tanihara 2018 Paris 8

03/14/18

シークエンスのために撮影したイメージ 森

長く使っていたカメラのレンズに大きな傷が入り
こんなにはっきりした傷なのでオブジェクトを変えるしかないだろうと
オブジェクトにはいつかはカバーがしてあったりまたいつかは反射を防ぐためのカバーもしてあったり
しかしときどきはむき出しでそしてもっとしばしばだらりと首にぶら下げられて
何かにぶつかったり擦ったりしたことがなんどもあるだろう。
物が使えなくなるということは、その物がどこかへ行くのだが
再利用されるのか処分されるのか大抵はいわゆる廃棄物になってかさばる物質性を伴ったままに
私たちの生活はもうどうしようというくらいに様々な種類のものに溢れて
それらは到底手に負えない、とっくに手に負えないほどであるのに
それらは非常に遠くからやってきてすぐさま遠くに行ってしまうことで
それらに対して想いを寄せる暇がないように振舞わされており
細かい葉っぱがその細部まで見きれないほどに
その影絵みたいな隙間は綺麗でした。
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03/14/18

シークエンスのために撮影したイメージ

一年ほど前にときどき歩いた水のある道を
異なる心持ちだったり一年が経過した肉体だったりを伴って
その横を通り過ぎてみるとたいへん水かさは増しており
橋の下の水の流れはあともう少しで橋にくっつきそうであり
そうして草のぼうぼうに生い茂った場所には
サギが二羽くらいおり、それ以上に鴨がおり、
なんという名前かわからない鳥なども何羽かおり、
そこには大きな水溜りができていて葉っぱがなんだかわからない様子で水に浸って
それは反射する光とともになんだか愛おしく思えて
その訳のわからない新しい池は風をさらさら受けたりして
細かい文様を水面で作り出している
雨の水は透き通っており粒が細かいのかもしれない。
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03/7/18

Conférence Hiroshi Yoshioka

Conférence Hiroshi 2018 Paris 8

01/22/18

publica18

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Download program here!
publica18 program

I am very happy to announce my participation in PUBLICA 18, taking place in Madrid on 25th January 2018. I will argue the utility of medical and ecological approach for arts awareness; possibility of artistic activities for social/cultural/scientific applications. I will introduce my recent experimental practice – exhibition « Pharmakon » I organized in Kyoto and Osaka in December 2017 (official website of exhibition « Pharmakon »)as well as other realizations around this subject. Here my brief presentation of speech.

you can take a look any information on : http://www.fundacioncontemporanea.com/publica18/

Arts awareness:

Practice of medical and ecological approaches for well being or happiness

Miki Okubo

The lecture will focus on significations and utilities of artistic approaches for bien-être (living better) in today’s society where our consciousness of medical issues/hygienic/healthy life is highly controlled by markets or other factors issued from economic system. I attempt to dig deeply possible practices and realizations of arts contextualized in medical and ecology. How artistic practice such as exhibitions and manifestations, can contribute to public sensibilisation in particularly specialized fields, such as advanced technics and new methods in medicine, where theirs specialized information is hardly accessible for ordinary people? What is the actual situation around medical art or therapeutic art in French and Japanese society?
Introducing my recent project – exhibition « Pharmakon » taking place in Kyoto and Osaka in December 2017, I will consider social role of art as « poison-remedy » ambivalence.

10/1/17

公開ワークショップ参加募集 / workshop « nanimo nai demo nanika aru »

workshop 参加募集 20171101 pub 1
workshop 参加募集 20171101 pub 2

PDFファイルは、ここからダウンロードください。
workshop 参加募集 20171101 pub

展覧会「ファルマコン」の会期(2017.12.1-12.23)周辺で、京都崇仁地区にてワークショップ<なにもない、でもなにかある>(nani mo nai, demo nanika aru, quand il n’y a rien, il y a quand-même quelque chose)を実施します。

公開ワークショップ
“nanimo nai, demo nanika aru”
ー新しいエコロジーと環境(milieu/environnement)の記憶を考えるー

提案:フロリアン・ガデン(アーティスト) & 大久保美紀(コーディネータ)
恊働:山内朋樹 & 田中美帆
「大学の知」を活かした多角的な市政研究事業
[ 研究事業名 ] iCulture コンセプトに基づくまちづくりの新たな展開

参加条件なし、参加無料(要申し込み)。
お問い合わせ・参加申し込みは、大久保美紀(garcone_mk(@)yahoo.co.jp)まで。
インフォメーションは随時 http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=5208 あるいは、ウェブサイト<miki okubo, art-écriture-esthétique>内に更新します。
ワークショップを通じて制作した作品は、12月1日〜23日までターミナル京都およびCASにて開催中の展覧会「ファルマコン:医療とエコロジーのアートの芸術的感化」の京都会場に展示予定です。

<スケジュール>
11月23日15時ー17時
第一回ミーティング、崇仁小学校前集合。

12月15日ー17日(参加者の都合により調整)
展覧会「ファルマコン:医療とエコロジーの芸術的感化」京都会場のターミナル京都に作品搬入。

12月18日15時ー17時
活動報告会(展覧会「ファルマコン:医療とエコロジーの芸術的感化」京都会場のターミナル京都にて、活動報告と講演・ディスカッション。

<ワークショップについて>
本ワークショップ「nanimo nai, demo nanika aru」は、今日の私たちの生活における身体と環境のあり方に着目し、現代の都市生活や現代社会を生きる私たちの「生」により深く寄り添う新しいエコロジーを再考することを目指す展覧会「ファルマコン:医療とエコロジーの芸術的感化」の関連ワークショップです。ワークショップでは、実施会場となる崇仁地区において「環境の記憶」をテーマに、様々な手段でこれを抽出/観察/培養/保存することを通じて、しばしば失われかけている環境とのコンタクトについて参加者と共に再考します。参加者はグループワークあるいは個別にアクションを提案し、11月23日の第一回ミーティング以降、都合に合わせてアーティストと協働し、制作を進めていきます。どなたでも参加できます。ぜひ参加してみてください。

<お問い合わせ・参加申し込み>
お問い合わせ・参加申し込みは、コーディネータの大久保美紀
(garcone_mk(@)yahoo.co.jpまでご連絡ください。

フロリアン・ガデン (florian gadenne)
1987年パリ生まれ。ナント市美術大学修士修了後、パリ郊外で制作。主な展覧会に、”L’UN L’AUTRE”(2016)、個展”monade”(2017、テルドン、フランス)があるほか、子どもワークショップ実施多数。第三回展覧会パリアーティストにドローイング”tour babélienne”でノミネート。植物、菌類、昆虫など生き物が共生する彫刻作品と錬金術的手法とメタファーによるポエジーを追求する。⇨フロリアン・ガデンのwebsite

大久保美紀 (miki okubo)
1984年札幌生まれ。京都大学大学院人間環境学研究科修士修了およびパリ第8大学造形芸術学部で芸術博士号取得。現在同大学講師。主著は”Exposition de soi à l’époque mobile/liquide” (『可動性と流動性の時代の自己表象』)。2015年より医療とエコロジーの芸術実践に取り組み、批評とキュレーションを行なう。

山内朋樹 (tomoki yamauchi)
1978年兵庫県生まれ。京都教育大学美術科講師・庭師。庭師ジル・クレマンを軸に庭やランドスケープの思想と実践を研究。芸術活動に《地衣類の庭》(第8回恵比寿映像祭、2016年)、訳書にクレマン『動いている庭』(みすず書房、2015年)。

田中美帆 (miho tanaka)
1990年京都市生まれ。2017年京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了。

<展覧会「ファルマコン:医療とエコロジーの芸術的感化」>
京都・大阪同時開催のフランス×日本のアーティスト8名(Evor, florian gadenne, Anne-Sophie Yacono, Jérémy Segard, 石井友人, 犬丸晃, 大久保美紀, 田中美帆, 堀園美)によるグループ展です。

The Terminal KYOTO(2017年12月1日~23日)
京都府京都市下京区新町通仏光寺下ル岩戸山町424
CAS(2017年12月2日~23日)
大阪府大阪市浪速区浪速区元町1丁目2番25号 A.I.R. 1963 3階

09/29/17

今日から1週間「自然」に関する写真を公開します

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À la demande d’Hélène Fleckinger, 1er jour du défi nature. J’invite Miki Gadenne Okubo. Si elle le veut bien, Miki postera elle aussi chaque jour pendant une semaine des photos de nature en invitant chaque fois quelqu’un-e à faire de même…
#DéfiNature #CEstReparti #EffetBoomerang #HaHaHa #AQuiLeTour

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ある友人からfacebook上で、一週間一日一ポストずつ「自然」に関する投稿をするプロジェクトに招待された。私は普段から写真をたくさん撮影しているが、その中でも大多数を占めるのは植物の写真だ。「自然」といって「植物」を思うのはなんだかな、と思ったりする。うだうだ考える前に提案を引き受けて毎日一ポスト投稿してみようと決めた。よい機会とも思うので、このブログでも連日の投稿についてまとめ、付すべきことばがあれば加えて行きたい。
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プロジェクト参加一日目(2017/09/29)
さて、このイメージは私が今年の8月に東京に数日滞在した際に撮影したものである。植物と動物と分解者が強めのコントラストの中に共存する一枚の写真は、上述したように自然と言えば植物を選んでしまいそうになる思考から少し説明可能になったと言う点で少しは気持ちがいい。蝉が菌類によって分解されて行く、その時間が早くすぎるのか、どれほどゆっくりなのか、十分な知識がなく分からない。蝉は成虫となってから短くしか生きないことはよく知られているし、長く生きないので食物を摂取しないことも知られている。長い間かかって少しずつ作られた身体はヴォリュームがあり、重たく、分解するべきあるいは食べられるべき幾ばくかの養分を他者に与える。

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プロジェクト参加二日目(2017/09/30)

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プロジェクト参加三日目(2017/10/01)

09/18/17

展覧会「ファルマコン:医療-エコロジーアートによる芸術的感化」Exposition Pharmakon

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ウェブサイト: 展覧会ファルマコン公式ウェブサイトはこちらをご覧ください! @MREXHIBITION.NET/PHARMAKON

「ファルマコン:医療とエコロジーのアートによる芸術的感化」
Pharmakon: Medical-ecological approaches for artistic sensibilization

展覧会:「ファルマコン:医療とエコロジーのアートによる芸術的感化」
Pharmakon: Medical-ecological approaches for artistic sensibilization

企画:大久保美紀
共催:特定非営利活動法人キャズ
協力:The Terminal Kyoto、京都大学こころの未来研究センター
助成:ポーラ美術振興財団、朝日新聞文化財団

会場・日時:
ターミナル京都(2017年12月1日~23日): 〒600‐8445京都府京都市下京区新町通仏光寺下ル岩戸山町424
CAS(2017年12月2日~23日): 〒556-0016 大阪府大阪市浪速区浪速区元町1丁目2番25号 A.I.R. 1963 3階

オープニング・レセプション
京都会場・大阪会場におきまして、各オープニングの日、アーティストを交えてレセプションを行ないます。フランスから参加のアーティスト達にとっては初めての日本での展示となります。ぜひお越し下さい。
京都会場:2017/12/1  ターミナル京都 18時~21時 参加無料
大阪会場:2017/12/2  CAS 16時~ 参加500円(アーティストトーク17時~)

キュレーション:大久保美紀
アーティスト:Evor, florian gadenne, Anne-Sophie Yacono, Jérémy Segard, 石井友人, 犬丸晃, 大久保美紀, 田中美帆, 堀園美

<展覧会について>
展覧会「ファルマコン:医療とエコロジーアートによる芸術的感化」(Pharmakon : Medical and ecological approaches for artistic sensibilization )は、フランスより5名のアーティストを招き、日本で活躍する3名のアーティストとキュレータ自身を含める9名の作家からなる現代アートのグループ展です。本展覧会は、ターミナル京都(12月1日オープニング)、および特定非営利活動法人キャズ(CAS、12月2日オープニング)にて12月23日まで開催いたします。

本展覧会「ファルマコン」は、今日の芸術表現が有用性や存在意義を厳しく求められている社会的状況の中で、アートという手段によってこそ実現することのできる社会問題・環境問題への対峙と、芸術表現を通じて他領域への問題提起すること、その意識化の可能性を模索することをめざしています。とりわけ、自然環境と人間の営みの相互的関係や、自然の一部としての人間にとっての先端医療や科学技術の持つべき意味について、芸術的アプローチを介して丁寧に見つめ直すための新しいパースペクティブを提案したいと考えます。

薬理学の語源であるギリシャ語ファルマコン(Pharmakon=φάρμακον, Greek)は、「薬」=「毒」の両面的意味を併せ持つ興味深い概念です。本展覧会のタイトルとしての「ファルマコン」は、治療薬やドラッグ(remèdes, drogues)を意味すると同時に、染色剤や化粧品などの毒性のあるもの(poisons)を意味するこの言葉の語源に沿って、病が肉体に定着する以前に行なわれる不適切な行為(投薬など)が却って状況を悪化させる可能性を喚起しながら、身体の自然治癒能力と環境へのコミットメントのあり方を巡り、身体のより健全な生き方について考えるようわたしたちを導いてくれるでしょう。さらには、芸術表現は、特定のメッセージとして放たれ、個人や共同体や社会に深く享受されたとき、それがひょっとしてある既存の体制にとってラディカルなものであったとしても、将来の生活や環境に現在のあり方を改善し、それをより好ましい傾向へ向かわせるものとして、つまり「毒=薬」としてふるまうことに着目します。

本展覧会が、芸術領域、専門領域、鑑賞体験という個別のフィールドを超え、それぞれを有機的に結びつけながらダイナミックな対話を生み出す「感化的芸術」(Artistic sensibilization)の機会となるよう願っています。