03/24/12

Yayoi Kusama/草間彌生 ー『永遠の永遠の永遠』

2012年1月7日〜4月8日、大阪の国立国際美術館で行われている草間彌生の『永遠の永遠の永遠』展を訪れた。
草間彌生展は回顧展的なエクスポをパリのポンピドーで12月に見たところであった。←草間彌生展レポートはこちら。(ヤヨイラッシュはとどまることを知らず、現在ロンドンのテート・モダンでもYayoi Kusama展が6月5日まで開催中である。tate modern London )だが今回、最新の140枚を超える「わが永遠の魂」のシリーズや、それに先行して2004〜2007年製作された50点の絵画作品が一挙に展示されるということで、ぜひとも訪れたいと思っていた。
一時帰国の終盤の、よく晴れて京阪電車の旅が素敵な日和に、大尊敬する美学の先生とこの展覧会に訪れることができたのは非常にハッピーなことであった。

 

この展覧会のスタートである地下3階まで下ってくると、外のお天気などどうでも良いと思えるほどに外界と隔絶される。さきほども述べたように、今回の展覧会は草間彌生の2004年以降の絵画作品を一挙に公開することに主眼が置かれており、パリのポンピドー・センターで展示されたようなソフト・スカルプチュアや大きな彫刻の展示やパフォーマンスビデオの放映などはあまりない。絵画以外の作品では、「チューリップに愛をこめて、永遠に祈る」(写真)と「魂の灯」がインスタレーションとして展示されている。そして、最後には草間彌生制作中の場面を収録したドキュメンタリー・ビデオが展覧会を締めくくる。

 

絵画作品のエリアでは写真撮影はおしなべて禁止。チューリップのお部屋と光のお部屋、地下2階の南瓜の彫刻など、一部作品に関して撮影が可能であり、鑑賞者は撮影エリアに達した瞬間にあたかも義務か使命であるかのようにしてバッグからデジカメを取り出す。そういえば鑑賞者はダントツ女性が多かった。

 

チューリップに愛をこめて、永遠に祈る

 

ヤヨイ・クサマはオノ・ヨーコについで今日海外で高い評価を受けている日本女性アーティストであるだろう。そして海外でのクサマ評価には日本人アイデンティティに結び付けられたものが少なくない。モチーフの執拗な反復や非常に細かい模様を丁寧に実現したペインティングは、日本人のきめ細やかさやクオリティーの高い仕事を連想させるらしい。さらには、赤や黄色のビビッドなドットのスカルプチュアやペインティングは、ジャパン・ポップの代名詞である「Kwaii」らしさを鑑賞者に想起させるらしい。このことは、彼女の執拗な反復の表面を見つめるたび目眩や吐き気をもよおしかけている私としては驚嘆せざるを得ないのだが、たしかに、コマーシャルな日本のアートシーンにおいて、ヤヨイグッズは可愛い物として販売され、草間彌生は可愛いおばあちゃんだったりもするし、とにかくそういった作品イメージが流通しているのだから、そういうものなのだろうと諦められないこともない。

 

永遠の永遠の永遠

 

草間彌生はアウトサイダーアーティストではない。そういうことになっているし、現代アートの専門家の答えによっても草間彌生はインサイダーアーティストであるらしい。今日やや論争のある「アウトサイダー・アート」について議論することはたしかに興味深いく面白くもあるのだが、その一方でひょっとしたら無意味であり何も生み出さない行為であるかもしれないなどと、悩んだりしているため、今ここでアウトサイダーとヤヨイの関係性について言葉遊びをするのはやめておく。

 

ただし、この展覧会の第一ページを構成する白カンヴァスにモノクロのシルクスクリーンの一連の作品について、これらが草間彌生らしいとか草間彌生にしか描けないとか、そんな風に評価することは不可能だ。少なくとも私には。一緒に展覧会を訪れてくださった先生がおっしゃっていたが、ヤヨイペインティングを埋め尽くしていた、反復する顔や目のイメージ、模様、どこがはじまりどこでおわるともない画面構成は、統合失調症の精神病患者の絵描く絵のなかに一般的によく見られるイメージだそうだ。ここ数年は特に、アウトサイダーアートが注目を浴び、特定のギャラリーや美術館においてこれらを目にすることが珍しくないせいか、デジャヴの印象がぬぐいきれないのが正直な印象だ。

 

さらに展覧会は正方形を基調としたカラーのペインティングの章へと進むが、状況はさして変わらない。強烈な色彩を帯びながらしかし似通ったイメージが繰り返される。「愛はとこしえ」と「わが永遠の魂」シリーズで構成される2つの大きな部屋の作品は、ぜひ展覧会に足を運んでいただいて直接ご覧頂きたい。類まれと思われるか、デジャヴと感じられるか、二者択一であると思うからだ。

 

新作ポートレートの3枚の大きな絵画はいずれも227.3×181.8cmとかなり大きなサイズであり、2011年に製作された草間彌生の自画像である。素晴らしい存在感を放ってそこにあり、いずれも少女であるかかなり若い時分の自己が描かれている。いや、これらは過去の自画像などではなく、現在の自画像、草間彌生はこの青春であり純真である心象をなおもっているのかもしれない。

 

鑑賞者をいたたまれない気分にするのがこの展覧会の締めくくり、展覧会としていたってまっとうな構成であるけれど、製作過程とインタビューを収録したドキュメンタリー・ビデオの放映である。いったい何がそんなにいたたまれないのか。1929年生の彼女が生き続けるためになおも作り続けている姿なのか、もはや作らされているようにも見える姿なのか、これを見た直後はなかなかピンとくる言葉が見つからなかった。しかし、今、一言で言うなら「終末のイメージ」を目にした辛さみたいなものなのかもしれない。どんなにエネルギッシュであった表現者もいつかは限定された方法に閉じ込められ、他人の力を借りながら、他者の意思に侵されながら、妥協がいかなるものかを知るのではないか。それを人は「大成」とか「まとまり」とかしょうもない言葉を選んで語るのではないか。

 

大の字を3つ付けたいほどに大好きな画家にアンリ・マチスがいるが、彼が晩年、絵を描くことができなくなり、貼り絵などアシスタントが代行する制作を行なっていたことを知っても、ここまでつらい気持ちにはならなかった。それはおそらく、草間彌生という一人の女性に対する女性としてシンパシーのせいであり、同時代を生きる者として彼女の生き続けるためのエネルギーに対するシンパシーのせいでもある。

 

展覧会後。 先生、ヴィジットありがとうございました♫

02/20/12

Zani, artiste intéressée

Zaniというマケドニア出身のアーティストの作品が好きだ。Zaniは1989年にマケドニアの美術学校を卒業し、マケドニア国内でたくさんの展覧会やアートプロジェクトで仕事をした後、現在はロンドンに渡り生活している。パリでではCARRÉ D’ARTISTESというフランス各地に支部を持つギャラリーに所属し、このギャラリーのコンセプトである正方形の絵画を数多く制作している。

GALERIE CARRÉ D’ARTISTEじたい、多くの注目の現代アーティストの作品を扱う面白いギャラリーで、なんといってもの強みは同じフォルマの正方形絵画はすべて同じ価格で販売していることである。私が以前購入したのはそのうちの最も小さなフォルマで、10×10cmと15×15cmのもの。作家によっては一点ものであったり、シリーズ作品を出展している場合もあるが、すべてもちろんCertificat d’authenticité(証明書)が添付されている。取り扱いアーティストはバラエティに富んでおり、正方形というフォルマはモダンなインテリアや白い壁と相性が良いので、多くのアマチュアを魅了する潜在的なパワーをもっている。

さて、私はまだ実際のZani本人に会ったことは無い。彼女が作品を制作する際のマテリアルは、アクリル絵の具と珍しい画材のコンビネーションであることが多い。彼女が題材とするのは、人々の日常的な生活やどこにでもあるありふれた出来事。その一コマ一コマからインスピレーションを得たアーティストは、強く率直に鮮やかな色彩を伴って独特の世界を表現している。

次の作品は、「The butterfly’s pond」である。一人の女性が背を向けて池の渕に腰掛けている。遠く、女性の向こう側には白い家が並んで建っており、さらにその向こうには山が連なっているのが見える。女性は右腕を自分の頭にまわしており、ややうつむいている。手前にあるのは蝶とそして池の水だ。青い蝶は赤色の光と濃い色彩の球体の中に守られているように見え、実は女性が腰掛けているのは池の渕などではなく、その超をはらむ球体の上であるようにも見える。あるいはまた、女性の身体からその世界の中心が産み出されているかのような構図にも見て取ることができる。遠くに見える世界は妙に平坦で生気無く描かれていて、こちらで産み出される新しい鮮やかな世界と死んだような世界を対照的に描き出している。

the butterfly's pond, 15*15cm

私がいつも魅了されるのはこのアーティストの女性身体の表象である。率直に言うと、かたちそのものに強く惹き付けられる。背中から尻の部分にかかるカーブもその白いアクリル絵の具の質感もつうっとなぞられた背筋の一本のラインも、とても素敵だと思う。

そして、「Two women」は、私が数ヶ月前リールにあるCARÉE D’ARTISTESで購入したもう一つの小さな作品である。二人の女性が向かい合い、片方の女性がもう一人をうつむきながら抱き寄せている。二人の女性は茂みのような場所に立っており、そこには静かであるけれど身に染み入るような大粒の雨が降っている。

two women 1, 10*10cm

彼女のテクニックのなかで、下の層にさきに施された彩色が白のアクリル絵の具に寄って隠され、削られた部分においてのみ姿を見せるというのがよく使われる。二人の女性のお互いの身体が寄り添った部分には暖色が、外の世界に触れている互いの右半身には寒色が施されていて、けずられたボディラインがそれを明るみに出している。とてもシンプルだけれども、暖かい作品であるように思う。

彼女の所属ギャラリー、CARRÉ D’ARTISTEのサイトは以下、またZANIについての紹介ページも以下に添付した。
GALERIE CARRÉ D’ARTISTE
ZANI, ARTISTE

02/16/12

Jeff Wall展, White Cube in London

White CubeというロンドンのギャラリーでJeff Wallの展覧会が開かれていたので訪れた。White Cubeはロンドンの中心に位置するギャラリーで、これまでも何度か訪れたことがあった。一見見逃しそうなパッサージュの中を進んでいくと、まさにホワイトキューブ!と誰もが確信するギャラリーに出会える。

Jeff Wallの写真は何度か自分の目で見たことがあるはずだ。しかしどこで何をどのように見たのか思い出せない。おそらくイギリスとフランスで見たのだろうと思うのだが、中途半端に作家の名前や作品を知った気になっているとしばしばこういった信じられないことが起こる。作品を直に目にする行為とカタログやデジタルイメージで得た経験が無意識に混同しているのはとてもコワいことだ。

 

私が個人的にJeff Wallという写真家の活動について興味を持ち、カタログなどを見たり批評を読んだりするようになったのは、アメリカ人の批評家であるマイケル•フリードが2005年のパリ近代美術館 »Cahier »においてJeff Wallの作品について論じているということを知ってからのことである。マイケル•フリードはクレメント•グリーンバーグのモダニズム美術論を継承し、1960年代のアメリカにおける抽象表現主義の流れにあったジャクソン•ポロックやフランク•ステラの絵画作品、そしてアンソニー•カロの彫刻作品を擁護してきた。その一方で、ドナルド•ジャッドやロバート•モリスといったミニマリズムの芸術を「演劇的な要素を含むもの」として激しく非難してきた。

マイケル•フリードのクラッシックな主張によれば、「演劇的なものは芸術を堕落させてしまう」。(『芸術と客体性』)(1967)ここで批判された演劇性とは、作品経験の際の鑑賞者の身体を巻き込んだ演劇セットのような作品展示のあり方と、その経験に強いられる時間制であった。さらに、作品経験の本質が鑑賞者と場が関係を結ぶことのみによって成立している点のことである。フリードの理論は1960年代から現在という長い長い時を経る中で積み上げられ、変化もしてきているので、私なぞが短時間で語りうることではないので、今回は、フリードが美術における演劇性を批判的に考えていたという一言でやめておき、Jeff Wallの作品の話に入りたい。

Jeff Wallの写真はコンストラクテッド•フォト(構成された写真)である。一見自然なシーンを撮影したようであるが、実は何時間も何週間も時間をかけてよくよく構成されて、さらにはデジタル処理をほどこされ、モンタージュされて出来上がった写真である。『演劇性』とは「演劇的な性質」という意味であることからすれば、スナップショットのように偶然性を追求する写真に対して、しばしば綿密に演出されて、合成されて、よくシナリオが熟考されて、大きなフォルマで提示されて鑑賞者を引き止めてしまうJeff Wallの作品は「演劇的な」写真なのではないかと思ってしまいがちだが、先に述べた当のマイケル•フリードはJeff Wallの作品を高く評価する。このことについては、また別の機会に『演劇性』の定義とともに考えてみたい。

とにもかくにも今回、White Cube Galleryで紹介されたJeff Wall作品は大きく二つのシリーズに分けられる。一つ目はギャラリーのファーストフロアに展示された巨大な風景写真シリーズ、Siclly 2007である。

 

Ossuary headstone, 2007

ドキュメンタリー•ピクチャーズにカテゴライズされるこの作品は、墓石を取り巻く世界が刻々と年を取っていく時の流れを物語的に描いており、墓というもののもつ物質的な非永遠性と人の死の永遠的な事実をいわば対置することにより、つよいコントラストで描き出しているようにもみえる。えんじ色のタイルは剥がれ、その底から緑の草が芽吹いている。ちょうど上の方に見える別の墓石には一時的でその場しのぎでしかない非常に美しい花々が飾られている様がみえる。

Hillside near Ragusa, 2007

こちらは非常に大きな画面で構成された作品であり、ずっと向こうまで続いていく坂の向こう側は見えないが一番高くなっているところまでですら、かなりの距離があるのがわかる。丘の方に見える細かな石や手前に点々とした草花のひとつひとつが息をのむほどはっきりと写し取られている。

 

もう一つのシリーズは、New photographesというシリーズからの出品だ。あたかも日常生活における一コマを切り取ったようなシーン選択であるが、実は隅々まで綿密に計算され、演出され、準備され、合成されている。こちらからの作品を3つほど見てみよう。

Ivan Sayers, costume historian, lectures at the University Women's Club, 2009

1910年モノのイギリスの伝統的なドレスを身にまとった女性。写真はその瞬間に行われた出来事、その瞬間にそこに存在したものを記憶するが、この作品において、写真は過去と現在の間で混乱している。綿密なまでに過去の演出を施された現代写真は、もしそれが見抜けぬまでに完璧な出来映えで過去のものとして提示されたとき、一体何者になりうるだろうか。

Boy falls from tree, 2010

私がもっとも長い時間ぼーっと眺めていた作品がこちらだ。少年が木から落ちる、という作品名であり、その通り一人の少年が木から大胆に落ちている瞬間を劇的に記録した……というはずもなく、巧みに練られ、洗練された合成写真である。これを目にして考えていたことは、偶然の瞬間に潜む美を熱心に追求することで芸術活動を行っている写真家と、Jeff Wallのように計算され尽くした構成で物語を写し取っていく写真家の手法の違いについてである。前者の写真家が風景を撮影する写真家には圧倒的に多いのではないかと思うが、つまり、最高のオーロラの写真を撮るために何時間も何日もその待ちに待った瞬間を狙っている写真家がいる一方で、念入りに画面を構成し、イメージを合成し、色彩に手を加えてしまう写真家がいる。彼らはもちろん同じレースを走っているわけではないあまりに異なる手法を持っているが、普段我々が芸術を「作品」という単に我々の目の前に提示される結果として認識し、鑑賞していることを鑑みれば、このことは十分に興味深い違いであろう。

Boxing, 2011

さいごに、ボクシングをする少年を表現したこの作品もConstructed Photographesである。二人の少年の腕や身体のポジションはたしかに「本当の動き」という文脈を微妙に逸脱し、切り取られたかのようであり、不思議な印象を受ける。この印象が魅力でもあり、Jeff Wall作品の面白さなのだろうと感じる。

この展覧会は、2011年11月23日から2012年1月7日まで、ロンドンのWhite Cube Galleryにて開催された。すべての作品イメージは以下ギャラリーサイトからお借りした。

White Cube Gallery

02/9/12

Nomadという概念

Nomad/ノマドはギリシャ語のnomas(放牧中の家畜)を表す語幹から来た言葉であるらしい。現在でもノマドはもちろん「遊牧民」のことであるけれども、数年前から、「遊牧民のように生きる人たち」に対してもノマドとかノマド族といった表現が使われるようになった。昔からそういった比喩は存在したのかもしれないが、現代ちょっと特殊なニュアンスを込めて使われるようになったのである。

 

社会問題にもなった漫画喫茶難民とか家に帰らないで放浪する若者の生き方も、ノマドのカテゴリーに入る。一定の場所にとどまる安定した生き方ではなく、右から左へ、北から南へ、定まらずふらふらしているのがノマドの定義みたいな言い方。遊牧民は決して無計画にウロウロしているわけではないのだから、これは非常に失礼な気さえしてくる。

 

さらには、パラサイトシングルとかニートとかいう言葉で象徴されるように、若者の仕事に関する感覚が変化し、彼らの人生設計、すなわち家庭を持ち安定した生活を築いていくという理想も典型的なものではなくなってしまい、多くの人がふらふらするようになってきた。就職して、それを手放して転職して、結婚して、離婚して再婚して、今日人生はオープンに自由になってきたようにすら語られている。こういったこともノマド的要素であるようだ。

 

さらには、2010年8月に出版されたflick!というガジェット特集を組んでいる雑誌の中で、Nomad Working Styleというかっこいい仕事スタイルが松村太郎によって紹介されている。現在だれもがかっこいいと思っている、クラウドとシェアを有効に利用した場所にしばられない仕事スタイルのことだそうだ。(松村氏はDeleuze Gillesが »Mille Plateaux »のなかで提唱した »nomadologie »という概念を参照している)

また、メディア関連で多数本を出している佐々木俊尚の『ノマドワーキングのすすめ〜仕事をするのにオフィスはいらない』のなかでも、デバイスを効果的に使って、身軽に自由に働くスタイルが現代的でかっこいいと賞賛されている。たくさんの本や重いパソコンを持って会社に行って仕事をするのではなく、スタイリッシュなiPadと最小限のBluetoothで、データはすべてクラウドで管理し、どこにいても仕事ができるというあれである。

 

小学生の頃、国語の授業でことわざを習ったとき、[転がる石に苔は生えぬ]の意味について、二通りあると教わった。
1 いつもちょろちょろと動き回っている人は、じっくりと何かを習得することがない。
2 いつも動き回っている人は、身軽で余計なものを身につけていない。

1が本来の意味で、2が時代の変化の中で誤解から生じた新しい意味なのだそうだ。1において、苔はじっくりと身を据え置いていなければ身につけることのできない重みのあるものをさしている。苔が日本の庭を象徴する繊細で風情のあるものであること、そして、じっくり落ち着いて取り組むことによってこそ物事を習得できるというのは、日本らしい精神論であるように感じられる。それに対して、2において、苔は余計なもの、やっかいなものと捉えられており、動き回っている方がよいという新しい価値観に支えられた解釈が見られる。

近年ノマドという言葉を聞くたびに、そして自分がまさに色々な意味でいわゆるノマド的生活を送っているという事実を意識するたびに、小学生のとき教わったこのことわざの意味変化について思う。現代の人が、このことわざの意味を知らずに聞いたならば、ほぼ9割型、苔なんかつけない方がいいと思うのではないだろうか。マイホーム、マイカー、大きなテレビや食器棚、立派な家具に、ピアノ。持ってても大変である。人数分欲しいのはパソコンくらいである。車ですらシェアがかっこいい世の中になってきて、そういう「かっこいい」がメディアによって強制的に浸透させられている。

 

たしかに私たちは身軽になったのかもしれない。自由になったのかもしれない。何も持っていないと、そうか、何も必要なかったのか、ということに気がつく。家中を埋め尽くす本棚と本を所有し続けなくても、アマゾンで注文すれば明日届くし、図書館に行けばすぐに読むことができる。クローゼットにおさまりきらない素敵な洋服をコレクションしなくても、今年の冬の流行を安く購入し、着回せばよいのだし、古着屋も洋服のレンタル屋もあるので飽きたら売れば良い。新聞や雑誌を購入して情報を収集しなくたって、インターネットで検索すれば良い。

 

私たちは、身軽で、そして自由に、ウェブ上を歩き回る。手紙を書かないけどメールをするし、電話はおっくうなのでメッセージのやり取りをする。言いたいことは掲示板に書き、友人との会話はツイッターかFacebookですませ、プライベートな写真を公開し、思いつくことをブログに綴る。その繰り返しである。私たちの日々ウェブ上に残す形跡は膨大である。データがかさばらないと思ったら嘘である。
私たちは何も持っていないかもしれないが、日々たくさんのテキストをウェブ上に残し続け、イメージをアップし続けている。すべての記録が保存され、たわいないやりとりも、心が重くなるような会話も消えてはいない。私たちは、自分の記憶よりもずっと物質的で絶対的な記憶によって取り憑かれてしまう人生を生きている。

 

転がりながら苔なぞつけないはずであった身軽な石は、そもそも転がることなんかできない泥の中でふと我に返るかもしれないのだ。

02/6/12

Chiharu Shiota « Infinity »

Chiharu Shiota
« Infinity »
2012年1月7日〜2月18日
Galerie Daniel Templon, Paris

塩田千春の »Infinity »がパリで見られる。Centre Pompidouよりすぐのギャラリー、ダニエル•タンプロンにて2月18日までの展示が予定されている。塩田千春は現在ベルリンで活動するアーティストであり、パリでは2011年にメゾン•ルージュにおいて »home of memory »のインスタレーションを行っている。その際には、大きなドレスと部屋中に張り巡らされた黒い糸、そして400個のスーツケース作品が展示されていた。

maison rouge, home of memory
(アーティストインタビュービデオも見られる)

インタビューでも述べているように、彼女が表現の主題とするのは、不在の記憶、マテリアルが語るぬくもりや想い出、生や死や人間の感情の繊細さや普遍性であろう。つり下げられたドレスは、もうその場には居ない袖を通した人間の存在を想起させる。400個のスーツケースにはひとつひとつにそれぞれの人の旅の想い出が込められており、持ち主を失って空っぽにされて展示された400個のスーツケースは、400人の人々が過ごした旅の記憶を静かに語る巨大なアーカイブとして現れる。

塩田千春は、糸をマテリアルとして使用するアーティストである。糸は、結んだり、張ったり、切ったり、編んだりすることができ、彼女は、糸というマテリアルのこれらの性質について、人のさまざまな感情を移す鏡として認識している。

黒い糸で張り巡らされた部屋は、古い家にごく自然に時間が流れていき、そこに住んでいた人ももう居なくなってしまったけれど、その記憶とともに取り残されてしまった部屋という印象を与える。誰もおらず、何も無いのに、気配を感じざるを得ないような、強い印象を見る者にもたらす。

一方で赤い糸は全く別の印象だ。2008年、国立国際美術館で行われたインスタレーション作品『大陸を越えて』では、遺品を含む2000足の靴を赤い毛糸に結びつけた迫力ある展示を行っている。靴を使った作品では2004年の『DNAからの対話』があるが、『大陸を越えて』においては、2000足の靴それぞれに対して持ち主の靴への思い入れを綴った手紙が結びつけられているために、よりいっそう人々の思い出の集積を印象深く表現している。

Over the Continents, 2008, shoes, wool, yarn

ART IT 塩田千春インタビューより借用

 

さて、現在パリで行われているインスタレーションは、 »Infinity »、ギャラリーの空間をそのまま彼女のマテリアルである黒い糸で覆い尽くしてしまった。

古い家の不気味な蜘蛛の巣であるようで、繊細に張り巡らされた黒い糸は不気味でありながら美しく、蜘蛛の巣の中に静かに輝く3つの電球が床や壁に神秘的なまでにきめ細やかな影をつくりだしている。

3つのランプのうちの一つが他の2つのランプに対してリズムを与えているのだそうだ。ランプの点灯のリズムは、ランダムであるようにも感じられるし、言われてみればインタラクティブであるようにも見える。心臓の鼓動や脈拍が静かに空間全体にリズムを与えるかのよう。あるいは静寂の中で繰り返される呼吸であるのかもしれない。

もう一点今回展示されていた『トラウマ』という作品。これは2007年に東京のケンジタキギャラリーにおける個展『トラウマ/日常』で展示された立体作品、子どもの純白のドレスや靴といったオブジェが非常に細い黒い糸によって宙づりにされ、絡み付けられ、束縛されている。糸自体は細くてもろい存在であるのに、無数に何重にも絡み付いた糸は純白のドレス、そしてそこに秘められた記憶をその中に拘束し、そこから自由になることを許さない。

ギャラリーの一室をまるまる黒い糸で覆い尽くすインスタレーションは作家自身にとアシスタントによって3日がかりで制作されたそうだ。3つのランプが代わる代わる静かに点灯する様子をながめていると、蜘蛛の巣のような不気味な印象が遠のいてゆき、なにやら懐かしい気持ちになってくる、不思議な空間がそこにある。

02/3/12

BASELITZ SCULPTEUR

BASELITZ SCULPTEUR
30 sep 2011 – 29 janvier 2012
Musée d’Art Moderne de la Ville de Paris

ゲオルグ•バゼリッツは旧東ドイツ生れ、バゼリッツは彼の出身地の名前で、本名はハンス。彼の「逆さま絵画」はどこかで見かけたことがあるのではないだろうか。画家としてのバゼリッツは、西洋伝統的絵画における慣習的パースペクティブやモチーフの意味、義務づけられた解釈を拒否して新たな形態の捉え方を模索してきた。
絵画において、人物や風景の上下を逆さにするという手法は、既存の対象の知覚方法に対する挑戦であり、この画家の強い意志は彫刻の制作においても貫かれている。

Baselitz, Self-Portrait 1, 1996

こちらは、東京国立近代美術館で2008年1月18日〜3月9日まで開催された「わたしいまめまいしたわーー現代美術にみる自己と他者」展において私が出会ったバゼリッツの作品である。
わたしいまめまいしたわ 東京国立近代美術館

kaimuckentempel, 2010

そしてこちらが、その3年後にロンドンに短期滞在した際にWhite Cube Galleryでの展覧会でお目にかかった、やはり逆さまの作品。エーグルとパイオニアの狭間に。
Between Eagles and Pioneers at White Cube gallery

初めてこれらの作品を目にした際は戸惑った。確かに逆さまなのだが、どうして逆さまなのか、だからなんなのかわからないからである。そして大きなフォルマの逆さま絵画に囲まれてギャラリーをぐるぐるしていると、この大きな逆さまなものに対して本当に私たちが正しく立っていて絵画がひっくり返っているのかどうか、仕舞にはわからなくなってしまいかねない。そこにははっきりとした転覆があるのだ。

今回パリ市立近代美術館で行われた展覧会は、バセリッツの彫刻に注目するという珍しい企画。このように絵画において「逆さま手法」で人々をはっとさせたバセリッツはこれまで40数点の巨大な木彫刻を制作しており、今回はそのほとんどが一挙に集められて展示された。バゼリッツはここでも、現代彫刻のランガージュを覆して我々に突きつけるのだ。

既存のパースペクティブへの挑戦という変わらない戦い。形態の捉え方を常に新しいものへと導いていくパワフルな彫刻。バゼリッツの彫刻はサイズが非常に大きい。太い木をそのまま材料として用い、チェンソーと斧で造形する。このプリミティブな制作方法のおかげで、バゼリッツ本人曰く、絵画で行うよりもダイレクトに新しい形態への追求の道を辿ることができるという。

斧によって形作られたトルソーは、エレガンスを拒絶し、暴力的なまでに荒削りの方法で実現されたものだ。深い切り込みに群青色の絵の具が力強く塗られている。

あるいは、鼻と胸、そして性器が赤く塗られた女性像。このモデルはバゼリッツの自伝のエピソードの中で、ノルウェーの美術館から出たところで転んでしまった際に親切に手当てをしてくれた女性だということが明らかになっている。

Le Penseur de Rodin

「ドレスデンの女たち」は、1989年から90年にかけて制作された13人の女性像だ。1945年、ドレスデンの陥落の際犠牲になった女性達の像。深く荒々しい切り込みと強い色彩によって強い感情を表現しつつも、13の像はひとつの均質的な集合へと還元されている。ここで見られる黄色という色はこれまでのバゼリッツが好んで使っていた赤や青に対してほぼ見られなかった色である。これまでは絵画でしか使用してこなかった黄色は、この作品において初めて彫刻に持ち込まれた。

Le Penseur de Rodin

そして、ロダンの考える人へ呼応する作品がこちら。バゼリッツは1996年から97年にかけて、モンドリアンらのアートに影響を受けてポピュラーアートを意識した彫刻を制作する。2000年以降には幾つかのモニュメンタルな彫刻の制作に取り組んでいる。そして最近の作品の一つに、このロダンの考える人がある。巨大なこの作品は思索している巨人の思考する「声」が聞こえてきそうな強烈な存在感とやはりロダン作品への意味の覆しを含んでいるように思う。

01/31/12

書くことの現在

大学のレポートや小論文、学位論文に至るまで、アカデミックな現場での「書く」行為にはたくさんのルールがある。この言い方はあまりぴったりとこない。つまり、アカデミックな文章を書くにはそれ専用のルールがあり、小説には小説のルールがあり、批評には批評のルール、雑誌記事には雑誌記事のルールがあるといったほうが、きっとよい。
ここ数日、フランスのニュースで学生のレポートや論文をめぐるコピペの問題が何をきっかけにか爆発したように紙面をにぎわしている。何を今更、若者のテクストの独自性のなさを嘆く意味があるのだろうと嫌気がさしながら、記事を斜め読みしていると、コピペ探知ソフトが開発され、その使用実施によって、コピペをした学生に処分を下したり、論文を否認するというフィルターがかけられるようになるといった展望についての、ホットな話題であるということがわかった。

そもそも、コピペをフィルターで発見するということが現実的にどれほど可能なのだろうか。コピペなのかコピペじゃないのかという線引きは一体どこでなされるべきなのか。
文字通り文章をコピーしてペーストし、一字一句が同一であるならば、それを自分の書いたものとして提出した場合、盗作と呼ばれるだろう。カギカッコのなかにいれて、引用と注釈をつけて、ソースを相手につたえて、これは私の作った文章じゃありませんと断ることがルールだからだ。ほんの少し言い回しを変えた場合は?品詞の順番を変えたり、文体を変えたり、少し意訳するというかたちで原文に手を加えるということは、ある言語を自在に操る能力のある人にとって、全く困難なことではない。この場合もこのコピペ探知ソフト(あるいは将来のコピペ探知ソフト)は、大学教員に向かって、親切にも何らかの警笛を鳴らしてやることができるのだろうか。

そもそもオリジナルな文章なんてあるのだろうか。きっとあるのだろう。どこにも見たことが無く、言葉が異化され続けているような、新鮮な文章がきっとどこかにはあるのだろう。
しかし、多くの場合、大学やあるいは教育機関によって求められているレポートや小論文と言ったものは、決められた課題が与えられて、その十分に限定された問題について作文することを要求されている。誰にもわからないような、見たことも無いような文章が求められていないことは明らかであるが、私がここで言いたいのは、そのように、すでに課題として出題されうるほど既に多くの人々によって考え抜かれ、書き尽くされてきた内容に対して(メタファーとしてのコピペを含む)コピペをすることなしに、「私の考え」を編み出すことなど、不可能であるということなのだ。いや、可能だとか可能じゃないかいうことではなくて、それ自体に価値があるのかすらわからない。

新しいことを書くことができないのなら、なぜ人はそれでも書かなければならないのか。
自分の書いていることが斬新であると信じることのできる人は、これまでの人生でよっぽど何も読んだことがないか、あるいは自他をポジティブに差異化する能力に優れていてそのうえそれを信仰することのできるナルシストである。
なぜ書き続けるのだろう。それは、ひとつには文章というかたちで思考を集積することにより、それはいずれ集積としてまったく別の何かを創りだすことにつながるかもしれないからだ。
生命には創発性という性質がある。ひとつひとつの細胞や組織はきわめて単純な化学反応や生命活動を行っているけれど、それが一つの器官という集積として働いたとき、神経細胞のあつまりである脳はその細胞の単純さからは予想もつかないような複雑な機能を果たす。
人が書き続ける理由はこれに似ている。集積された思考は、それまでの断片が単体では果たさなかった役割を果たすことがある。
これは全くもってオリジナリティーとは関係のない話なのだ。

大学生のコピペ事情から、遠いところに来てしまった。
そもそも、このコピペ探査ソフトは誰の為なのだろうか。
大学側は、若者の考える力や構成力の低下を指摘し、物事に関する基本的な知識や教養の不足を嘆いている。だから、コピペレポートは探査ソフトで発見されて、レポートを作成した学生は退学になり、学生達は恐怖におびえながら、興味があまりないテーマだけれども山のように積まれたレポート課題を、インターネットなんてなるべく使わないで、図書館の湿った本のページを繰りながら、すこしずつ言い回しを変えたり、引用を明記したりしながら、膨大な時間を使えばいいというのだろうか。
あるいは、こうも言える。大学の先生たるもの、生徒がいとも簡単にコピペしてきたものくらい、どうしてそれが彼ら自身で考えた文章ではなくて有名な理論家(批評家、研究者)のページから持ってこられたものだということを、見抜けないのですかと。
これはこれで不可能なのは明らかだ。そもそも現代、どれくらいの書かれたものがインターネット上にもっともらしく存在しているのか、想像して頂ければわかる。「読むべき本」や「共通知識としての云々」なんか、もう存在していない。あるいは、サイクルが早すぎて、すべてをさばききる前に、それは古いものになってしまっている。だから、星の数ほど散らばっている文章から、学生がどこをのなにをコピペしてきたかなんて言うことを、血眼になって探すだけの元気があるのはコンピューターだけである。

コピペを見抜けない教育者のも不幸であるし、コピペレベルの仕事しか求められていない学生達も同様に不幸である。

これが書くことの現在であると、認識した上で、コピペ問題についての生産的な議論が行われているのであれば、そういった話は大いに聴きたいと思う。

01/31/12

La Saisie du Modèle, Rodin 300 Dessins

オーギュスト・ロダンは「考える人/penseur」を製作した彫刻家、パリとムードンにはロダン美術館があり、彼の製作した圧倒されるほど沢山の彫刻作品を目にすることができるのだ。私がパリのロダン美術館を訪れるのは3回目か4回目。今回は特別展「ロダンの300のデッサン 1890 – 1917」を訪れた。

Musée Rodin
79, rue de Varenne 75007 Paris
http://www.musee-rodin.fr/ (仏・英)

このデッサン展では、1890年から1917年の間に製作されたロダンの様々なタイプのデッサンを目にすることができる。彫刻家として有名なロダンは生涯に10000点ものデッサンを残しており、そのうちの7000点がパリのMusée Rodinによって所蔵されている。エチュードのためのデッサン、彫刻のプランとしてのデッサン。紙に描かれたデッサンは保存の都合上、なかなかまとめてお目にかかることができないので、今回こんなにも多くのデッサンがテーマに沿って公開されているのは、ロダンの身体の捉え方を知る上で非常に逃すことのできないチャンスと言える。

ロダンのデッサンは生の真なる姿というものを、できるだけ親密な方法でで描写したい、という欲望に基づいて制作されている。たいていのデッサンは、繊細な鉛筆の線で一筆書きされ、たったの数分で完成されてしまったものが多いのだ。その輪郭線は限りなく洗練されており、生の躍動感を巧みに表現している。鉛筆によるデッサンの上から水彩画材で彩りを与えられて、ロダンのデッサン作品は完成する。人間の身体をどのように捉え、表現の中でどのようにその動きを表すことができるのか、これがロダンデッサンの確信である。

この展覧会は、おおよそ年代順にロダンが取り組んだテーマと方法について章立てが構成されていた。自然=女性の裸体を生の姿として描く姿勢は、ロダンのキャリアの中で一貫して変わらない。展覧会はしたがって、自然をテーマとしたデッサンから始まり、即興的なデッサン、トレーシングペーパーを使用したデッサン、切り絵と貼り絵のデッサン、そして1900年以降のデッサンへと進んでいく。この前半の展開で興味深いのは、ロダンが彫刻の視点をあらゆる芸術表現行為に対しても貫いているということが見て取れる点である。女性の身体のラインは決してぼかされてはいないにもかかわらず、非常に繊細である。うっすらと白く一色塗りされ、限りなく簡略化されたかたちは、身体のかたちを独自の視線で追求したまったく新しい表現である。境界がはっきりとして極限まで単純化された美しいかたちは、マチスがめざした形態の単純化とも似ている。

後半のデッサンは、繰り返される幾つかのテーマ、例えばブルーのチュニックを着た女が紹介される。あるいはまた、動きをどう描くのかという問題意識に基づき、ダンスの主題がとりあげられ、1907年以降はさまざまな神話的逸話やメタモルフォーズをテーマにしたデッサン、愛を司るプシュケを数多く描いている。そして、親密な関係にあったモデルの存在がロダンに多様なポジションでのエチュードを可能にした、性の描写のデッサン群が提示される。

avant la création

グスターヴ・クールベの「世界の起源/L’ORIGINE DU MONDE」(1866)をイメージさせる、AVANT LA CRÉATIONは、つまり女性の露出された性器を鮮明に描き出している。ロダンはこの他にも数多くの女性の性器を描いたデッサンを残している。しばしばこのように露出したポジションで、あるときはモデルの手によって部分が隠された状態で。この女性の性器を描くというテーマは、ロダンにとって、最もミステリアスで秘められており、それゆえに我々の身体をもっとも本質的に表現するための主題であった。

deux femmes nues

このような色彩感がロダンのデッサンを印象づける典型的なものである。輪郭を綺麗に切り取ることができそうなほど完成されたフォルムの上に、よくのばされた水彩絵具で飾られている。不思議な印象と強さを感じる。ロダンはこの色彩をモデルの身体から即時に感じ取り、そのデッサンの輪郭線に素早く色をおいていった。生き生きとした色彩は自由自在に鉛筆の線の上で遊び、独特の雰囲気を作り上げている。

fleur de sommeil. jeune mère embrasse son entant

こちらは1900年の作品。かなりのばされた水彩絵具をデッサンに重ねてある。その散り方は水墨画のそれを思わせる。このデッサンは、 »Fleur de Sommeil » の彫刻作品のもととなったものである。見るものの目を奪ってしまう、女性の顎から胸にかけての大きなシミは、ロダン自身によって意図的に与えられたものであると解釈されている。芸術家としての制作過程における偶然性を重要視を鑑賞者に暗示するためである。
ロダンの作品は彫刻においてもデッサンにおいても、しばしばタイトルが後付けされている。周りの者によってつけられることすらある。ロダンにとって本質的なのは、名前を与えて作品を作ることではなく、もともとそこに存在するnatureから正確に意味を読み取ることであるという。この点は、ロダンが彫刻の複製やデッサンにおける偶然性や即興性を重視し、近代的芸術概念からの飛躍を感じされる一方で、やはり依然として近代的なものを感じてしまう。
 今度またゆっくり考えてみよう。

01/28/12

Exposition de Yayoi Kusama/ 草間弥生展

Musée Centre Pompidou/ ポンピドーセンターでの草間弥生展を訪れた。
Centre Pompidou Yayoi Kusama
2011.10.10 — 2012.1.9 Galerie Sud

美術館に入って右手にあるエスカレーターを登っていくと南ギャラリーにつく。草間弥生の作品のいくつかはポンピドーがコレクションとして所蔵されているし、大きな彫刻がパリ以外の幾つかの都市にもある。フランス人にもヤヨイ・クサマの名はもちろん知られている。

とりわけカタログの表紙にもある赤と白の水玉のイメージは、こともあろうに、半で押したようなkawaii概念と結びつけられ、その繊細さやポップさゆえに日本文化の香りを感じさせるものとして捉えられている現実に出会うことがあり、ぎょっとする。草間弥生がドットモチーフを取り入れ始めたのは1960年代に遡るわけで、2000年のジャパンポップ的なkawaii概念と接続されてしまうという事自体ショッキングである。ましてや、執拗なドットの取り憑かれたような焦燥はちっとも可愛らしくなんかない。むしろおぞましくさえある。

下の絵画 Infiniry Net/ アンフィニティネットやDots/ドット、水玉に代表される永遠に繰り返される幾何学模様のイメージは、それらの色や表面の凹凸を見つめれば明らかであるように、ちっとも愛らしいものなんかではない。執拗な反復は、その細部までが無限に続けられていて、キャンバスの縁に来てすら終わりがない。

No.A.B., 1959

Infinity Netは、ネットなのである。ペインティングという方法で編まれたネット。細い糸で限りなく編み続けられたネットは本来ならば穴が開いている部分から向こう側が透けて見えそうなのだけれども、私達が一層だと信じているネットはじつは、向こう側に終わりなく続いており、だから私達はそこから何も見出すことができない。

No.A.B., 1959 zoomed

こちらは1960年に製作された、Infinity Nets Yellowである。このとき彼女は30歳。彼女が幼少期から幻覚に悩まされ、水玉や動くもの、永遠に続くイメージによるオブセッションと精神的な問題を抱えていたことは知られている。彼女はできるだけ安定した状態で制作を続けるために現在もアメリカの精神病院において生活をおくっている。

彼女の表現する反復のイメージは、見つめるほどに不安に駆られる何かを見るものに伝えている。非常に個人的な見解であるが、私は芸術家、作家、音楽家といった表現者は表現するべき衝動によって表現しているのであり、表現することによって幸福を得ているのだというストーリーが好きである。裏を返せば、表現せずに自分のうちに秘めておくことによって不幸になり、病気にすらなってしまいかねない。表さないといけなかったのであり、何かを少しでも解決するために表すことが絶対に必要であった。そしてそれは表現者の自己満足ではない。なぜなら、問題は他者によって受けとめられ、共有されたとき初めて、解けるからである。

aggregation: One Thousand Boats Show, 1963

男根状のモチーフは草間弥生の作品に頻出するテーマのひとつ。
性に対する恐怖、とりわけファルスに対する恐怖をそれで埋め尽くしてしまうことによって乗り越えようとするアプローチは今も昔もなく絶対的に前向きなものだと思う。それを拒絶するでも貶めるでも傷つけるでもなく、ソフトスカラプチャーの男根がうごめく空間に包まれることによって恐怖を昇華する。なんて高貴なセラピーだろうと思わざるを得ない。

The Moment of Regeneration, 2004

ミラーで囲まれた部屋には終わりがない。もちろん部屋は閉じられているけれど、反射されて広がる空間には終わりがない。やがて映っているのがこちらの世界なのか私がいるのが映っている世界なのか、きらめく色彩のなかで、うっとりし、途方にくれてしまうだろう。

Infinity Mirror Room, Paris, 2011

I’m here, but nothing. このインスタレーションはポンピドーでの展覧会の冒頭に設置されていた。私はここにいる、けれどなにも、ない。ドットだけがそこにあり、ありふれた生活空間がそこにあるけれど、そこには確かに誰もいない。でもそこには誰かおり、何かがあった。

I'm Here, but Nothing, 2011

草間弥生展といえば、現在国立国際美術館で2012年4月8日まで地下3階で開催されている「永遠の永遠の永遠」展も注目である。この展覧会では草間が2004年から新たに取り組んできた「愛はとこしえ」と、それに続く「わが永遠の魂」の連作に焦点を当てているほか、新作の彫刻も展示されるとのことである。見逃すことができない。
国立国際美術館 B3 永遠の永遠の永遠

さいごに、こちらは12月にリールの鉄道駅すぐの広場で発見した草間彫刻。パリでの回顧展は1月9日で終わってしまったが、チュイルリー公園では3月まで草間弥生のお花の彫刻が見られるらしい。

Flowers that Bloom at Midnight at the Jardin des Tuileries

flowers, Lille

01/10/12

生を演じるのか、それとも生きるのか。/ jouer la vie? ou vivre la vie?

今日は、先日アール•ブリュットに関して7枚組のデッサンを紹介した際にもちらりとお話しした、Galerie Christian Berst (Paris)にて2011年12月13日の19時に開催された講演会のテーマ「アール•ブリュットは現代アートのなかに溶解することができるのか?」(« L’art brut est-il soluble dans l’art contemporain? »)
について、スピーカーとして招待されていたクリスティアン•ボルタンスキーの発言をキーワードにしながら、少し深く考察してみたい。

アール•ブリュットは、今日芸術の一ジャンルとして注目を集めているが、何をどのようにアール•ブリュットのカテゴリーに分類するかはそうはっきりした境界線が無い。またの名を「アウトサイダー•アート」という通り、一般的に、型にはまった芸術教育やトレーニングをキャリアに持たない独学の芸術家をこれに当てはめてみたり、あるいは、精神疾患を持つ患者の独創的な制作行為というものもこれに分類されることがある。しかし、この講演では、近年盛んにもてはやされることになった新しいカテゴリーの確立自体が曖昧さを含むものだという点で議論が展開された。

ボルタンスキーが初めて自分自身の制作行為と「アウトサイダーなるもの」との結びつきを意識することになったのは1972年に遡るという。ただし、当時の意味されたものは現代のそれとは大きく異なる。芸術家が別個に個人的な神話を独自の方法で表現したり、ボディ•アートという斬新な方法がとられ、これまでの枠から逸脱する形で多くの芸術家が新しいパフォーマンスの形や表現様式を模索していた時代である。この背景からすれば、アウトサイダーは、これまでの規範を壊し、新しい「規則」/règleを芸術領域の中に造りだそうとする「よそもの」であった。したがって「アウトサイダー」はあくまでも芸術の外側あるいは境界に侵入しようとしていたのであり、カテゴリーではあり得なかったのである。

ボルタンスキーはアウトサイダー•アートとも芸術一般とも明言すること無く、芸術表現行為がひとつのユートピアを表象することが本質であると続ける。ただ芸術教育を受けた者が規範に従いながらユートピアを作ったならば、これはいわゆる「芸術」と呼ばれるが、たとえば芸術の素人や子ども、プリミティブな人々が日常的な行為の一環として、造形を通じた表現行為によってユートピアを実現したのなら、それはしばしば「アウトサイダー•アート」として命名され、そうでなければ「遊び」と命名されるのではないだろうか。このことは非常に重要で、そもそも「遊ぶ/jouer」ことは表現行為を成り立たせる欲望の本質である。この「遊び/jeux」の結果がユートピアの確立であり、それをしばしば「芸術」とよび、またあるときは名付けられることも無い。これら二つの結果を隔てる境界線が何かを考えるならば、それは表現者のキャリアの背後にある芸術教育の有無ということになってしまう。

これらをふまえた上で、この「よそ者(アウトサイダー)」と「芸術」はシステム上あたかも明確に隔てられているようだが、実際に作品のクオリティーや表現されたユートピアの性質を目にしたとき、これを二分するのは決して簡単ではない。カテゴリーとして明確に定義するのが難しいのも理解できよう。さらに、展示の方法が多様化し、「芸術=美術館で展示されている作品」という等式が過去のものとなった今日においてはこれらを発表方法において区別することも不適である。

「演じながら生きるのか、生きるために生きるのか/jouer la vie, vivre la vie」
ボルタンスキーによれば、芸術家として生きることによって、人生を演じるために生きることができるという。例えば自らの不幸を、不幸な私という作品の形にして発表し、人々に鑑賞してもらうことによって、自分の不幸をリアルなものから、あたかも演じるべきシナリオへと変貌させ、芸術家である自分自身はそのシナリオを人生というフィルムにおいて演じながら生きていくことができると彼は述べる。彼はまた、ルイーズ•ブルジョワや他の芸術家において、自己の精神的な苦痛や辛い記憶を同様のプロセスによって昇華させる方法としての表現行為の例を引用しながら、アウトサイダー•アートというカテゴリーの適切性を一度無に帰す形で、必要不可欠な行為としての制作が芸術表現であると断言する。

彼が述べた芸術表現の本質は、アートセラピーと呼ばれる精神疾患を抱えた人々が受ける治療とほぼ同じプロセスとゴールを持っている。今回テーマとして取り上げた、アール•ブリュットのカテゴリーの問題、あるいはアマチュアの表現行為を芸術とどのように関係づけるかという問題は、曖昧さを含むゆえか、とても興味深い。この講演では、「遊び」の問題をはじめ、幾つもの考察すべき重要なテーマがちりばめられていた。それらに関してもまた折りをみて考えてみたい。