10/30/13

Pierre Huyghe @Centre Pompidou / ピエール•ユイグ展 @ポンピドー•センター

Pierre Huyghe, ラボラトリーとしてのエクジビション
Site Centre Pompidou Exhibition Pierre Huyghe
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Pierre Huygheの回顧展が2013年9月25日よりポンピドーセンターで行われている。先日レポートさせていただいた、マイク•ケリーの回顧展(Mike Kelley, Exhibition @Centre Pompidou, Salon de mimi past post Mike Kelley)が行われたのと同じギャラリーGalerie Sud全体をユイグのラボラトリーに作り変えてしまった。Pierre Hygheは、自分の回顧展に過去の展示の痕跡を潜ませる。先のMike Kelleyの回顧展の跡や、ギャラリーの壁の裏の雑多な物が置かれているスペース、屋外と屋内を鑑賞者が自由に行き来するような奇妙な作り。そこにはたくさんの生き物が、我々が生きたままそこに足を踏み入れているのと同様にして生活しており、犬がおり、魚がおり、虫たちがおり、パフォーマーがいる。我々はそこに、ユイグの「作品」と呼べるものを探しにきたのだが、辺りを少し歩いてみれば直ちに奇妙な感覚に襲われてしまう。たしかにそこには作品のような物はたくさん配置されており、我々はそれをまじまじと見つめ、読み、聴き、触り、通り抜けるのだが、そこには鑑賞者などいないという直観がやってくるのだ。我々はリラックスして会場をただよう観客ではなく、その辺をうろつく右腕がピンクの犬とか水槽の中の魚、鳥の頭を持つパフォーマーやスケートを滑る美女と同様にして、観察対象にされているのではないか、という直観だ。
それもそのはず、Pierre Huygheというアーティスト自身が「Exhibitionとは何か?」という問題に絶えず取り組んでいるのである。彼のつくった展覧会という空間に足を踏み入れることは、自ら罠にかかってラボラトリーに送り込まれるような行為なのである。

入り口で即座にその洗礼を受ける。大声であなたのフルネームが叫ばれる。あなたはもう匿名の鑑賞者ではなく、周囲が見守る中、番号を振られた個体としてその後の道程を辿ることを余儀なくされる。(Name Announcer, 2011)
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蜂の巣を被った女が、さぞ思いであろう巨大な頭部をどうにか持ち上げながら、少しだけ艶かしい様子でこちらを向いている。私はこの女をカッセルで見た。2012年のカッセルDocumenta13のメイン会場であるKarlsaue Parkのやや奥地、他の野外展示から身を隠すようにして、蜂の巣の頭を持つ女は、石や木の欠片が散らばる廃墟的な空間にその彫刻はあった。このプロジェクトは、ドクメンタ13の始まった6月中旬から3ヶ月ほどをかけてその彫刻を取り囲むエコシステム全体を巻き添えにした作品であった。右足をピンクに塗られた非常に痩せた犬。積み上げられた板。大雨の日の地面が洗い流される音。降り続く雨に溶かされるピンクの粉。生けるカビ。虫の大行進。夜の犬の光る目。次第に形成されて行く蜂の巣。動かない彫刻。大人になった蜂。死んでいく蜂。
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犬は会場を彷徨う。あまりにも痩せている犬は、彫刻の女に引けを取らないほど、ときどき全く動かなくなる。うつむき加減で、その視線もゆっくりしか動かない。背中や肋の骨が浮き出していて、あまりにも不思議な犬のことを道で愛され過ぎた飼い犬を発見するような目で見つめる人は誰もいない。

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会場には大きな蟻も歩いていた。蟻たちは壁に沿って住んでいるようであり、時々テリトリーを逸脱した蟻が鑑賞者に踏まれてしまう。(Umwelt) 蜘蛛もまた、気をつけながら、最良の場所を得て立派な巣をこしらえようと集中している。(C.C.Spider, 2011)

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Shore(2013)は、垂直に立ちのぼる壁の一部が緑色の砂を帯びており、その地面には岸としての水平な面が同様に緑色の砂で覆われた作品である。岸には一匹の亀がおり、亀は全く動かないので彫刻であることがわかるのだが、あまりにも本当らしいので覗き込んでしまう。本作品は、過去の痕跡を空間に残すユイグの方針に基づくGuy de Cointeの作品からの借用であるそうだ。

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ビデオ作品も所狭しとプロジェクションされる。The Host and the Cloud(2010)には顔面に長方形の板を二枚合わせたようなマスクをつけた人物のみが登場する。非日常的なコンディションにおかれた人間がどのように局面を切り抜けるのか、あるいは切り抜けないのか。実験的作品は、演じる者とユイグ自身のコミュニケーションやインタラクションによって生み出され、作られた話と現実に起こったことの間を行き来するような奇妙な印象を作り出している。

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Zoodram 4(2011) (After the Sleeping Muse by Constantin Brancusi, 1910)では、珍しく美しい蟹を育むエコシステム全体をかいま見ることができる。このカニは、Sea Spider(ウミグモ目)と呼ばれる種類で、この生態系の中では、コンスタンティン•ブランクーシ(Constantin Brancusi, 1876-1957)の眠れるミューズの中でひっそりと隠遁生活を送っている。

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真っ黒のスケートリンクに美女が舞っている(L’Expédition Scintillante, 2002)。

展覧会は2014年1月6日まで続いている。
Site Centre Pompidou Exhibition Pierre Huyghe

10/29/13

nouvelles vagues @palais de tokyo/展覧会『ヌーヴェル•ヴァーグ』@パレ•ド•トーキョー

Nouvelles Vagues @ Palais de Tokyo,
Exhibition of Curation 21人(グループ)のキュレーターによる21通りの展覧会
Palais de Tokyo site « nouvelles vagues »
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近年ますます、まとめ方や全体のコンセプト、配置や章立て、そういったことが一つの展覧会にとって重要な要素として見直され、語られ始めている。とはいえ、展覧会とはやはり、アーティストの作品を見に行くものではなかろうか?これは、素朴な反応である。見せ方がいくら素敵でも、作品が分からないのでは楽しめない。でもふと思い出してみると、全体的によく理解できた展覧会は、長い時間が過ぎた後にも、ストーリーとして、時には感覚的なものとして、それらが記憶されているということもある。
さて、パレ•ド•トーキョーで開催されたNouvelles Vagues(新しい波(複数形))という展覧会は、それはとりあえず、ビエンナーレとかトリエンナーレとかそういった集合展示を見に行くのと同様の心構えで行かないと途中でキレてしまう恐れがある。もちろんガイドブックを買う必要も無いし、つまらんもんは飛び越して行けばいいのだが、どうやって視るにせよ、入り口から出口までの行程自体が非常に長い。幾つかの作品の前で長く足を止めた私は、一番下の地下階から始まって、二回の会場でそれが終了して出口で日光に再び出会うまでに実に四時間弱かかっている。念のため付け加えるが、私は全ての作品を隅々まで入念に視るような几帳面さも持久力も持ち合わせていない、に関わらずである。
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展覧会Nouvelles Vaguesのコンセプトは以下である。
Palais de Tokyoでは、世界中13カ国から集まった21人の若きキュレーター(あるはキュレーション•グループ)による展覧会を開催する。Palais de Tokyoのギャラリー委員会は、この空間を30あまりのスペースに分割し、それぞれのキュレーターたちに一つの展覧会を構想するよう依頼した。この未聞の企画はパリのアート界でも初めての試みとして、現代アートが生れて発表されるこの街に新しい視線をもたらすだろう。このアート企画では、新しいタイプのキュレーターの存在が明らかになる。彼らはアーティストたちの最も近くにおり、そこで才能を発揮する。彼らは各々独立した存在であり、世界を股にかけて展覧会を作り出す。
それは、ギャラリストとも、学芸員とも全く違う。アート市場のルールや組織のルールを始めとする、全てのアカデミズムの規範から逃れて自由である。自由人、オフピストの冒険家、詩的•政治的•美的な環境変化を求めるノマド。彼(ら)は新奇を見つけ出し、即座に配置を創り、そこではまったく異なるアーティストたちが、ある一つの目的、アイディア、ヴィジョンのもとに集まることが可能になる。
何よりもまず、彼らを招待し、展覧会を創造してもらえることを光栄に思う。
今日、Nouvelles Vagues(「新たな波」)はアートの生態において生じつつある変容を明らかにするだろう。
(Nouvelles Vagues Cuide, Édito, Jean de Loisy, Président du Palais de Tokyoより)

さて、4時間分をダイジェストにするというのでなく、Salon de mimiのいつも通りの方法で、つまり、作品から何らかのおしゃべりが止めどなく溢れ出してしまうような表現について、ここに綴り、さらなるおしゃべりの可能性を開いてみたいと考えるのである。さらに今回は、キュレーションという小宇宙が複数存在している展覧会であることを踏まえ、ルートに従って作品を紹介して行きたい。

La Méthode Jacobson by Marc Bembekoff
第一の展覧会は、Palais de Tokyoの最下階にある。薄暗い通路にネオンの絵画、通路を抜けたやや明るい空間にFeiko BeckersのインスタレーションSafe and Sound(2013)がある。そこにあるのは、一辺が160cmもある分厚いコンクリートの板が2枚直角に並置されている、ミニマリストの彫刻風?のものである。その傍らにはアーティスト自らがアシスタントと共に熱心に作業をしている映像が放映されている。アーティストは、アリゾナ州に実験的に造られたユートピア都市Arcosantiの最も典型的なアーキテクチャフォームである、直方体のコンクリート建築への呼応として、手作りのコンクリートを丁寧に造る。Feiko Beckersは、その試行を通じて、現代の奇妙な都市生活:都市の中心で働き、バカンスには一斉に田舎の一軒家に移動して数ヶ月を過ごすという無駄で義務的な人々の大移動にたいして、人間は家の中で安全に過ごすことができ、生きるのに必要なのはたった一つの小さいステュディオだけでいいのだと語る。
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また、同キュレーション内で、Agnieszka Ryszkiewicsは、ポストカードのインスタレーションを発表する。パリに住む若い女性であるPamとTed Colemanというテキサスの牧場労働者の間の親密な手紙のやり取りを、鑑賞者に対して提示する。そこには、彼らの個人的な想い出や、身体性を伴う記憶や物語が綴られている。鑑賞者はそれを目で追いながら、この先も決して会うことのないであろう二人の人間の、語り合う声が聞こえてくるようなストーリーのなかに息をひそめる。
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The Black Moon by Sinziana Ravini
現在2013年9月よりCentre Pompidou(ポンピドーセンター)のGalerie Sudで回顧展を開催しているPierre Huygheもこの展示の中で重要な役割を担う。展示されたのは、Huygheが2009-2010年にかけて撮影したThe Host and the Cloudという映画のイメージである。この映画において、Huygheが描き出したのは、廃墟となった美術館における物語の迷宮、暗闇におけるミサ、ボロメオの分岐点、催眠術とミステリアスな出来事の続く不可思議な世界である。登場する人間たちは、顔面に四角い板のようなマスクをつけてロボットのように列を作っている。

ADA by Ken Farmer & Conrad Shawcross
産業ロボットを組み立てて生み出された、ADAというロボット。1977年生れのConrad Shawcrossは、19世紀ヴィクトリア朝期の数学者エイダ•ラブレス(Ada Lovelace)へのオマージュとして造られた。光と音楽を伴い、幾何学、科学、詩学、論理学に深い関心を抱いていたAda Lovelaceという19世紀の女性。彼女は、詩人バイロンの一人娘として育ち、チャールズ•バベッジとともに世界初のコンピュータプログラムを書いた(解析機関用プログラムのコードの記述が見つかっている)。若くして子宮癌を患ったエイダは、父バイロンと同様に36歳の時、瀉血によって死んだ。
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Artesur, Collective Fictions by Albrtine de Galbert, Isabelle Le Normand, Andrew Berardini, Jesse McKee & Anca Rujoiu
Collective Fictionsの展覧会では、Albrtine de Galbertが若いキュレーターグループに呼びかけを行い、彼らが独自にラテンアメリカの現代アーティストをセレクションして展覧会を構成するという入れ子の構造を作り上げている。それぞれが作品やアーティストを選び、それが最終的にどのように展覧会として完成するか。ここでは、選択する主体自体も複数の人間によって行われていると言う点で、キュレーションとは何なのか、コラボレーションとは何なのか、全体の選択と個人の主観的選択はどうネゴシエーションされるのかという問題を照らし出している。
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Leyla CardenasはPalais de Tokyoの白い壁に刃物で傷をつけて塗料を繊細に剥がしたり木の部分を露にすることによって、2.3m×3.5mの大きな絵画を生み出した。Removido (2008)

Eugenia CalvoのMore Heroic Work(2008)は、新聞女こと西澤みゆきさんのパレードに登場した、シュレッダー•モンスターがまとっていたコスチュームを彷彿とさせる、刻まれた紙の山である。西澤みゆきさんの制作においても、新聞や広告という本来の用途や内容、情報を乗せた媒体をシュレッダーにかけることには象徴的意味を伴う。Eugenia Calvoの場合にも、言葉の山をもはやつかみ取ることのできない細かなフラグメントにまで解体し、それを膨大なヴォリュームとして提示することによって、鑑賞者に途方も無い瞑想を喚起する。それらは解体されて自由になり、風が吹いたなら飛んでゆける可動性を得た。そして意味すらも失った。
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Concert Hall by Jean Barberis
コンサート•ホールと名付けられた巨大なインスタレーションは、足を踏み入れるのも躊躇するような奇怪な外観をしている。多くの音楽家やサウンドアーティスト、メディアアーティストのコラボレーションである本作品は、孤児院から譲り受けた廃品などで楽器を構成し、来客を歓迎して一斉にコンサートを開始する。オートマタや光の音楽装置、プログラミングされた精緻な演奏。細部に渡るまで、彼らが作り出す立体的なコンサートを見回すと、そこにはたった一人の人影もないのに、子どもの話し声や人々の生活の風景が感じられるような気がする。それは、このモンスターのようなコンサートホール全体が、人間の作り出した物やアイディアによって充溢しているからだろうか。
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Un Escalier D’Eau by Natalia Valncia (Curator), Felipe Arturo(Scenography)
Herz Frankが1978年に35ミリで撮影した10分間の映像作品は、闇の中に子どもたちの次々に移り変わる表情を捉える。子どもは大人のそれよりも潤った目を見開き、時には眉をひそめ、口を開け、頬の筋肉を強ばらせたり、唇をすぼめながら、大画面に映し出されるそれぞれの子どもは、誰一人として同じようには反応しない。このショートフィルムは、フランクが10分間のマリオネットの劇を見ている子どもたちの表情を撮影したものである。本来誰にも目にされるはずの無かった子どもたちの表情は、こうして35年後、我々の目に触れることになる。それぞれはもう40代の大人になり、それぞれの人生を送っている。
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Manon de Boerは即興ダンスを踊るCynthia Loemijを撮影した。ウジェーヌ•イザイ(Eugène Ysaÿe, 1858-1931)のヴァイオリンのための三つのソナタを聴く。イザイはベルギーのヴァイオリニストであり作曲家でもあった人物だ。Cynthia Loemijは10分間取り憑かれたかのように音楽を聴き、その音楽は彼女の身体に染み込んだかのように、ダンサーはインプロヴァィゼーション•ダンスを舞う。
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The Real Thing? by Antonia Alampi & Jason Waite
Real Snow White(2009)は、白雪姫のコスチュームを来て、ディズニーランド(ユーロ•ディズニー)を訪れる、という作品だ。アーティストのPilvi Takala(1981年生れ)は、全身完全なSnow White(白雪姫)のドレスをまとってパリの郊外にあるユーロ•ディズニーを訪れる。入場のためにその他の客と共に列を作っているところに係員がやってくる。彼女はフランス語が分からないというと、係員はたどたどしい英語で、白雪姫のコスチュームを来たままでは、他の客が「ホンモノの」白雪姫と混乱してしまうから入場できないと言う。子どもたちは、ヒロインたちのコスチュームを着てるじゃない、とまわりの少女たち(白雪姫のコスチュームを来た少女)を見ながら訴える。係員が苦心していると、彼女のまわりに子どもやその母親が集まってきて、「とてもキレイ、本物の白雪姫だ!」といって写真やサインを求める。彼女はそれに応じる。やがてもう別の女性スタッフが憤りをあらわにしながら、彼女に即座にトイレで着替えてくるように言う。するとまわりの子どもや家族連れは、「なんだ、偽物か」といって騙されたことに憤慨し、その場を去って行く。中にはそれでもサインを求めたり、写真を一緒に撮ろうとする者もいる。彼女は結局、訴えも虚しくトイレに連行されて、白雪姫のコスチュームで入場できなかった。それは彼女が、ディズニーランド内のどこかにいる、「本物の」白雪姫を脅かしてしまうからである。
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本キュレーション »The Real Thing? »は、1960年代、東京のギャラリーにおいて発見された風倉匠の全裸不動のパフォーマンス、その日本における前衛美術家の実験的表現に着想を得ており、とりわけ風倉匠が自身のアクションをしばしば »The Real Thing »と名付けていたことに由来する。ここでは、Pilvi TakalaのReal Snow Whiteを始めとして、リアルとフィクションの境界を可視化あるいは不可視化するような作品群が提示される。

最期に、Henrique Oliveiraによる、Baitogogoの麓を歩いてみることにしよう。サンパウロ在住の画家、彫刻家である Henrique Oliveiraの壮大なプロジェクト、巨大な木彫刻である。Palais de Tokyoの一部が、うごめき、変形する。それは確かにかつて見たことの無いもので、驚きと呼ぶものである。
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10/4/13

ILYAURA The Window @The Window, Nuit Blanche Event

« ILYAURA The Window »

@The Window rue Gustave Goublier 75010 PARIS
2013年10月5日20時〜
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ニュイブランシュというのがある。10月5日パリは眠らない。一晩中続くアートイベント、アートの白夜祭だ。2002年に初めてパリで開催されて以来、翌年にはローマ、その翌年にはモントリオールで開催され、都市の文化事業として重要な役割を果たしている。日本では、2011年より京都で毎年の「ニュイブランシュ京都」の開催が始まり、今年で第3回目になる。日本のほうが7時間も早いので、パリの夜は日本の夜が更け始める頃、ようやく明かりを灯し始めるのだろうか。

突然だが、パリでアートアソシエーション »ILYAURA »が設立された。パリを拠点に活動するアート•アドバイザー、キュレータ、アーティスト、クリティックが、これからのフランスー日本、もっと国際的には、エイリアン(異邦人)としてある場所から発信しようとする表現者たちの、出会いの場となり交流の場となり、出発と発展の場となるような活動を繰り広げて行くのが目的だ。私は、このサイトでも行っているような批評活動や現代アートのアーティストたちとの交流の報告を通じて、縁があり、このアソシエーションのメンバーとして、上述したような活動や目的について考えることになった。

私たちは、アートについて一晩中時間が与えられている一年にたった一度の10月5日の夜、創立イベントを構想した。白雪姫のパフォーマンスで国際的に知られ、アーティストとしてフランス内外で活発にプロジェクトを展開している、Catherine Baÿさんの運営するスペースThe Windowにて行われる当イベントは、ILYAURAとThe Windowのパートナーシップのオープニングを飾る意味でも非常に重要である。

当イベントは二つのパフォーマンスによって構成される。一つはコラボレーションと食をテーマにした私自身の構想したパフォーマンス作品で、もう一つは、この20時から始まるイベントに空間的•時間的な意味を与え、それらが重なり合い交錯し合うILYAURAとThe Windowの共同パフォーマンスである。本パフォーマンスは明日の晩に初めての発表となり、アソシエーションのメンバーでありアーティストの石井友人とThe Windowに所属するアーティストであるManon Harroisの合作である。

彼らのパフォーマンスの次第は是非、明日The Windowにお越し頂いて目の当たりにしていただければと思う。あるいは後日展示やトークイベントの予定もある。以下に構想についてのメッセージを掲載したい。

アート・アソシエーションILYAURAとThe Windowによる、ニュイブランシュの共同プログラムは、石井友人・マノンハロワの合作”La réponse de la plante à l’œuf”(卵に対する植物の応答)を発表します。
今回ILYAURA設立イベントにて発表される本作は、石井とマノンの相互交差的なコミュニケーションを通じて構想が練られました。本作において、石井とマノンのパフォーマンスは異なる場所(パリーランス)を通じて行われ、The Windowの中で二人はその遠く離れた距離を対象化することで、積極的に作品を生成しようと考えています。
パフォーマンスの中で、石井はインターネットを通じて、様々な彼の親しい友人達と交信を図ります。それ等のコミュニケーションはパリを起点として、東京(青木豊・千葉正也)・京都(木坂あおい)・ストラスブルグ(平石晃樹)など多岐に渡り、石井と彼らによりアーティスティックな往復書簡的なやり取りがなされ、その過程・結果はThe Window内部において可視化されます。
同時にこの様な親密な交信は石井によりランスにいるマノンへと同時中継され、彼女はこの中継に触発されることにより、独自のパフォーマンスを展開することになります。マノンはこのパフォーマンスにおいて、他者と隔絶された状況であると同時に展覧会場の空間に能動的な働きかけを行う特殊な存在です。この様なマノンと石井、マノンと観客の複雑な関係性は、距離を隔てたバーチャルなもので在るにもかかわらず、石井によって再度媒介され、具体的な実存をともなった創作物として会場内に展開される事でしょう。
二人の想像力は””La réponse de la plante à l’œuf”(卵に対する植物の応答)というタイトルに暗喩的に込められており、会場内での二人のパフォーマンスは一つのあるいは複数の応答として存在します。彼/彼女等による応答はフランス・日本のアート文化の相互交流の出発地点として相応しいと思われます。それらは常に揺れ動き・移動し、あたかも風によって運ばれる、小さな植物の種達のようなものかもしれません。
あなたがたが彼/彼女等の作品を通じて、新たな想像力の種を持ち帰る事を我々は祈っております。

さて、ケーキのことはまたの機会に喋ることにしよう。と思ったが、キーワードだけ。明日の創立+コラボオープニングイベント、様々の物事の始まりにはお誕生日ケーキがよい。ケーキ作りは孤独な仕事である。一つ一つの所作は単純であるけれども、時間のなかにある身体のことやそれが一貫性を伴うことが望ましいからだ。出来上がった素晴らしいケーキを食べるのは分け合う喜びである。アソシエーションの根底にあるのは我々が異邦人であるという強烈な意識である。我々は敢えて、異邦の土地で生れ、祝われることを選んだ。ケーキはフランス人におなじみのおやつや食材、古く彼らが愛してきた食べ物によって構成されている。彼らのエネルギーとなってきた食べ物たちによって。我々はそれらによって祝福され、受け入れられ、異邦のままにそこに生まれようとしている。この「不思議なケーキ」はそのようなものである。

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more information ILYAURA The Window

09/14/13

55th La Biennale De Venezia Part4 / 55th ヴェネチア•ビエンナーレ No.4

55th Biennale de Venezia  part 4

 part3では、Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceにおけるドローイングとペインティングに焦点を当て、Daniel Hesidenceの様々なスタイルを越境する抽象絵画、オーストリアの画家Maria Lassingが »Body Awareness Painting »と呼ぶところの奇妙な身体イメージの絵画、自らが手に取るように自然を再構成しながら描くLin Xue(林雪)の竹を使った繊細なドローイング、また、Hans Bellmerのサド侯爵の引用による版画では性倒錯の想像力と両性具有の自己充足的な身体が描かれている。Ellen Altfestは描かれ抜いてきた女の裸体に目もくれず、男の裸体を隅々まで描いて鑑賞者の目を奪った。

part4では、Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceを離れ、88カ国が参加した各国のパビリオン展示について、ダイジェストのダイジェストを紹介したい。ちなみに、フランス館(ドイツ館の建物を利用しての)におけるアンリ•サラのRavel Ravel Unravelは別の記事(アンリ•サラ、フランス館)において紹介しているので、そちらを参考にしていただければと思う。

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Greece Pavilion/ギリシャ

欧州債務危機まっただ中のギリシャでは、マネーに関わる映像作品が上映された。このことは様々な意味で真っすぐな問題提起であるのだが、そこには言うまでもなく、社会的あるいは政治的立場、利害関係、価値観、世代や出自によって支配される相異なる主張を持つ個人が重なり合いながら生きている。
ギリシャ館のアーティストに選ばれた、Stefanos Tsivopoulosは1967年から7年間続いた軍事政権や冷戦時代のギリシャを包み込んでいた世界的な文脈にもういちど疑問を投げかける。ある非常に豊かな環境にうまれた人間が一生涯にわたって大きな困難を経ずに豊かな生活を送り続けることがあるのと同様の理由で、一つの国が歴史の中でしばしば困窮し、破綻の危機に陥るようなことも、原因をその国の内側に求めるようなことは殆どが的外れである。
Stefanos Tsivopoulosは、3つの異なる部分から成る映像作品において、人間関係形成において金銭が演じる役割、そして金銭の所有を巡る政治的•社会的な諸要素について三人の人物の経験に焦点をあててこれを明らかにする。

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目に留まったのは500euro札を次々に折り紙にして、完成した折り紙の花に茎を付け、花瓶に追加して行く年老いた女のイメージだ。女はひたすら折り紙の花を折っていおり。丁寧に折っては、水の入っていない大きな花瓶に追加して行く。使っているのは500ユーロあるいは200ユーロ札という金額の大きな紙幣ばかり。女は熱中していて、花が出来上がると嬉しそうでもある。老女は城のような家に住み、家には人気も無く、家族もない。出来上がって行く花の山は、ただの折り紙の塊だ。女の価値観はひょっとすると既に破壊されていて、この女にはそのような物差しが無いのかもしれないとも思う。しかし、女は紙幣を大切に閉まってある場所から取り出す。あるいは不意の電話を受けたのち、急に切羽詰まった様子で丁寧に折ったたくさんの花束をゴミ袋に突っ込み捨ててしまう。この女は、それが金であるということはわからないにせよ、それが彼女の家を一歩出た世界では、尋常でなく重要な物で、それが自分の身に危機的状況を作り出しうるということをいずれにせよ、忘れることができずにいるのだ。

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Israeli Pavilion/イスラエル – Gilad Ratman

イスラエル館のアーティストに選ばれたGilad Ratmanは、盛大なパフォーマンスを行った。Ratmanは、言語や国籍、国家や政府によって規定され、一見それが普遍的な人間の行動パターンや現在性にまつわる強迫のモデルを形作っていることに対して疑問を投げかけるような表現を行っている。それらを取り去った原始的なジェスチャーやコミュニケーションのあり方に立ち戻ることによって、既存のシステムを異なる視点で見始めるための提案をしている。
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第55回ヴェネチア•ビエンナーレでは、人々のグループをイスラエルからヴェネチアに旅行させるというワークショップを提案した。洞窟の中を進んで行けば、それが地下深い洞窟ならば、言葉の壁も、国と国の境界線も無いはずである。そのときには、政治の壁も宗教の壁も、ない。文明以前の小さな人々の共同体として生きてみるというアイディアは、前社会的、前言語的な想像的世界において、普段当たり前でぬぐい去ることなどできないと信じていたものを人々が一斉に失うという経験を作り出した。
想像上のヴェネチアまでの旅行をした一段は、イスラエル館に到達し、そこで粘土でこしらえた自分の像に向かって、前言語的な声によって話しかける。それは直接的な感情や意志の本質のような音を奏でながら、だんだんと高揚して叫びのようになるものの、他者には共有されがたい。それは、しかし、重なり合うことによって「音楽」と呼べるものになる。
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Georgian Pavilion/グルジア Kamikaze Loggia/カミカゼ•ロッジア

ポーランド出身の女性キュレーターであるJoanna Warszaが今回のグルジア館をオーガナイズした。Gio Sumbadzeがデザインしたこのロッジは、カミカゼ•ロッジアと名付けられている。作家たちによって作られ、生活できるよう家具も手作りされ、彼らがともに食事する場となり、オープニング時にはパフォーマンスも行われた。グルジア語でკამიკაძე(神風)だが、この名前についてKamikazeの-azeはグルジア人の名前に多いのだそうだ。だが、このグルジア館が、アルセナーレの多くの国のパビリオンが一通り並び終わった後に、1990年代末、ソヴィエトが崩壊した後に住居スペースを広げるために盛んに建てられた違法建築という形態をとって併設されていることを考えると勿論კამიკაძე(神風)のコノテーションを意識させるのが目的だと思われる。これまで、メイン会場の敷地内にパビリオンとしてではなくこのような建物を造った国は初めてである。ソヴィエト崩壊後、無法状態に置かれた国の記憶や、崩壊以前に中途半端に残された土地計画の遺物、様々な政治的、宗教的、民族的衝突の記憶を、十分に明確な形で訴えている。
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 Portugal/ポルトガル

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ポルトガルはメイン会場にパビリオンを持たない。パビリオンを構えることも、何ヶ月も続く会期中ヴェネチア内の展示空間を借り続けることも、大航海時代を制したポルトガルにとっては魅力の無いことであるに違いない。ポルトガルパビリオンは、海の上に浮かぶ。毎日クルージングにも出かける。ヴェネチア共和国は15世紀最強の海軍を持つ都市国家で、大航海時代のリスボンもまた多くの遠征隊を送り出し、交易の中心として栄えた港町であった。船全体に行き渡っているのはジョアンナ•ヴァスコンセロス(Joana Vasconcelos)の温かく不思議な世界だ。ヴァスコンセロスは、2012年、ヴェルサイユ宮殿の現代アート展示に最年少女性アーティストとして抜擢され、宮殿をオブジェで染めた。その時の様子はsalon de mimi過去記事にも記録している。ヴァスコンセロスは、ヴェルサイユでみたようにタンポンや料理用具、エクステンションといった女性的アイテムを作品に積極的に用いるし、その性の意味を描くのに長けた作家だ。この船も、外観は、港都市として反映したリスボンの歴史的威厳を感じさせるにも関わらず、その内部に一歩足を踏み入れると、くらい中に温かく丸い毛糸製のオブジェが光っており、その穏やかでぬくぬくした感じは、母の子宮につつまれた記憶を想起させる。
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Angora Pavilion/アンゴラ館

アンゴラ館はご存知のように、参加型の展示が高い評価を受け、ルアンダ•エンサイクロペディック•シティ展が金獅子賞受賞を獲得した。安定してパビリオンを構える豊かな国々が獲得することの多い金獅子賞受賞によって、当然メイン会場外であるにもかかわらず、アンゴラ館は予想を上回るヴィジターを迎え入れることに「なってしまった」。写真作品が大量にコピーされて、それを鑑賞者が自由に持ち帰れるというアイディア自体は無論ちっとも新しいアイディアではない。ポスターや新聞、ビラのような印刷物がインスタレーションになっていると同時に自由にそれを持って帰れるスタイルは今日なかなか人気がある。勿論、ルアンダ展が評価されたのはそれだけではないのだが、とにかくそういった「態度」に注目が集まったことは確かである。
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実はこのアンゴラ館、8月上旬には既にこのもてなしをやめてしまった。というか、ファイルも写真のコピーもすべて有料になってしまった。中の写真を全て持って帰ると総額40ユーロほどにもなるらしい。繰り返すが、コピーである。
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訪れた際アンゴラ館で働く人と少し話をする機会があったのだが、アンゴラ館の方針転換の理由は簡単で、予想外のヴィジターが詰めかけたことによって予算を上回って写真のコピーがはけてしまったのだ。
壁にはイタリアのルネッサンス絵画がギラギラとした額に収められて飾られている。そのパレスの床には、そのヒエラルキーと言おうか、経済的状況と言おうか、そういったことを象徴するようにして、ルアンダの街角で撮影された、置き去りにされたモノたちの写真の大きなコピーが積み上げられている。
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 Japan Pavilion/日本館

日本館では、田中功起さんの抽象的に話すことー不確かなものの共有とコレクティブ•アクト展が高い評価を受けた。協働とはなにか、抽象とはなにか、を問うパフォーマンス作品はその各々は非常に興味深いものである。キュレーターの蔵屋美香さんとともにアーティストがコンセプト「抽象的に語ること」の出発点とした震災との関わりは、非直接的体験であるそうだ。アメリカで活動するアーティストであること、日本の土壌で震災を経験していないということ。私自身、震災の2011年当時すでに海外での生活が2年目を迎えていたので、震災を日本という国の中でその瞬間もその後も経験していないということが如何なることか、分かっているつもりである。それがどのように問題を具体的に扱うことを自問させ、不安を掻き立てるかということも。
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この展示については、コレクティブ•アクトの意味である「協働」が重要な概念として照明が当てられ、それが重要なのは「一国では解決できないも問題が山積みの今日にふさわしい」からだと説明される。私は、抽象的なアプローチに対する、このあまりに安直な説明が嫌いである。先日開催が決まった東京オリンピックに関する、日本の最終プレゼンテーションをポジティブに評価する折に語られるロジックと同じものである。

抽象的に語るのは、問題を解決できないからではない。問題を解決するためである。

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09/8/13

55th La Biennale de Venezia part3 / 55th ヴェネチア•ビエンナーレ no.3

 55th Biennale de Venezia  part 3

 Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palace

パート2では、人形/彫刻とインスタレーションに着目し、Paweł Althamerによるプラスチックテープの90人のヴェネチア人、繊細な作風で想像上の生き物の世界を表すShinichi Sawadaの陶器彫刻、サイズやプロポーションを異化することによって見る人の印象を変える彫刻を作るCharles RayPaul McCarthyの子どもの解剖学のための巨大ぬいぐるみ、女性のアイデンティティや家庭での立場を問うCathy Wikesのインスタレーション、日常に潜む生と死を描いたRosemarie Trockelの表現、そして、小さな人形を作り続けたMorton Barlettの想像上の家族たちを紹介してきた。
パート3では、ペインティングとドローイングについて紹介したい。

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Daniel Hesidenceは1975年アメリカのAkronに生まれる。彼の抽象画にはArt Informel(アンフォルメル)からの強い影響が見られ、視覚的情報から意味を抽出し、彼独自の哲学的考察とそれを詩的な方法で表すということをテーマとしてきた。プリミティブな洞窟絵画からモダニストの抽象表現までを視野に収め、それらの重なりから浮かび上がるイメージは、時代も色も形も、ただ一つの意味において確定することができない。Il Palazzo Enciclopedicoでは、Untitled (Martime Spring)が提示された。そこには何層にも重ねられた距離や深さ、異なる固さが混在し、溶け合っているのだが、キャンバスの宇宙の中にもういちど再構成されて調和しているようでもある。

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Maria Lassingは1919年生れのオーストリアの画家である。ヴェネチア•ビエンナーレには1980年にも参加しているほか、1996年にはポンピドーで回顧展も行っている。彼女の絵画の特徴は、一貫して、肉体が持っている意識に着目して、セルフポートレートを描き続けているということなのだが、彼女自身はそれを »body awareness painting »と呼ぶ。絵の中の彼女はいつも裸で、髪の毛もなく、年老いた肉体として描き出されているのだが、色彩も表情も全く奇妙である。drastic paintingのシリーズであるDu oder Ichは両手に持った銃の一方を自分のこめかみに当てながらもう片方はこちら側にはっきりと向けているLassingが描かれている。あるいは、Mother Natureにおいて彼女は森や動物、虫たちを両手に持ち頭部の髪の部分が自然と一体化している。いずれの絵画も背景が描かれず、非常に静謐としたムードを持つ。

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Lin Xueは1968年生れ、香港出身の画家である。彼の特徴である細かいドローイングは、先を尖らせた竹に墨をつけて描くことによって実現する。生態系における動植物のあり方を自分自身が山に入って行く経験をもとに紡ぎだして行くためには、この方法がもっとも基本的で根源的なやり方であると作家は信じる。竹で描く選択も、非常にリアルな細部も、この作家の自然への態度を反映している。今回のヴェネチア•ビエンナーレに彼が発表した作品はNature’s Vibration(振動する自然)。彼が自分の肌で確かめた生ける自然の相互にネットワークを築き上げている様を想像的に描いている。自然は彼によって分断され、再度複雑な塊に再構成される。結びつき合ったあたらしい「自然」は、エネルギーをその中心に帯び、その波は視る我々にも届きそうだ。

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Hans Bellmerのドローイングについて、敢えて何かを言うのは滑稽であると感じて止まない一方、だとすればそれらはそんなに明らかなのかと言えば、そういうわけでもない。ハンス•ベルメールは1902年生れ1975年に亡くなった。1934年にナチス政権下のドイツで、等身大人形を発表し、その写真集『人形』を発行する。これがパリ•シュールレアリズムの芸術運動に受け入れられる。後にはそれを発展させて球体関節人形を作成し、1957年、著作『イマージュの解剖学』を記す。今回出展されたドローイングは1968年に作成された版画、Petit traité de moraleで、Marquis de Sade(サド侯爵)から着想を得た。ベルメールは日本では、現在も球体関節人形や、リアルドールのイメージがその上に重ねられてきたので著名であるが、身体の分解や部分的な複製、性倒錯の主題はベルメールの独創性を示す指標でも何でもない。傷ついた身体萌えや廃墟萌え的な想像力の普遍性をむしろ明らかにする。人形や版画という形での「作品」、そのオブジェとしての再現度の高さが彼を結局は著名にしたのではないか。

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Ellen Altfestは、ハイパー•リアリストの画家で、静物画は、風景画に加え、肉体労働者の男性の裸体を描き続けている。最近パリのFondation Cartier pour l’art contemporainで展覧会を行ったRon Mueck(Ron Mueck exhibition review)のように、彼女は肉体を毛穴と毛と皺の一本まで描く。ありのままに描くということは、逆説的なことで、飼いならされた鑑賞者である我々は、しばしば描かれない見慣れないものを見つけるとむしろそれに着目してしまう事態に陥る。産毛やホクロ、皺やシミ、膨らんだ腹部や垂れた皮に目がいく。それは彼女の戦略通りだ。歴史の中でさんざん描かれてきた女性の裸に人々は免疫と知識とステレオタイプな鑑識眼を持っており、その一方で、男性の裸体にはひょっとするとナイーブなのである。彼女は、アトリエで男の裸を描く。しばしば毛むくじゃらの胸部や腹部、背から尻、あるいは男性器をその細部まで描く。我々は目を開けながら実は殆ど何も見つめてはいない。

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 次回は、各国パビリオン展示について、ダイジェストのダイジェストを書きます。

 

09/5/13

55th La Biennale de Venezia part2 / 55th ヴェネチア•ビエンナーレ no.2

55th Biennale de Venezia part 2

Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palace
パート1では、写真と映像作品に着目し、Camille Henrotの創世記の映像作品、Norbert Ghisolandの子どもの記念写真、Linda Fregni Naglerの隠された母親と子どもの没後写真、Nikolay Bakharevが撮影したソヴィエト抑圧下の家族写真、Laurie SimmonsAllan McCollumによる鉄道フィギュアのポートレート、そしてAutur Zumijewskiの盲目の人々が太陽を描く映像作品について紹介した。
part2では、同様にIl Palazzo Enciclopedicoから、彫刻/人形とインスタレーション作品についてそのいくつかを紹介したい。

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まずは、アルセナーレ会場で注目を集めたPaweł Althamerのインスタレーションを見てみることにしよう。ちなみに、前回part1に登場した、映像作家のAutur Zumijewskiは彼のコラボレーターで、しばしば協働作品を作っている。
ワルシャワ出身のPaweł Althamerは、身体や精神の問題を扱って彫刻、ビデオ、パフォーマンス作品を作ってきた。とりわけ、身体の「もろさ」や「感じやすさ」に関心を抱き、その境界を探るような実験的作品をしばしば自身の肉体を通じて問うている。以前は髪や腸などのマテリアルを利用した彫刻を作ったこともあるが、最近では、彼の父がプラスチック製造会社を営んでおり、その協力を得て、帯状のプラスチックを利用した彫刻を制作している。本作品では、90人のヴェネチア人に実際にモデルになってもらい、顔と手の型をとった。身体の部分はプラスチックの帯状ヒモで、実物大の人間を造形した。作られた彫像はリアルな人間サイズで、それが90体も様々なポーズで配置された空間は、圧倒的なインパクトを持っていながら、一体一体の人間の身体の中は空虚で脆弱である。我々の肉体もまた、ただ魂を匿う「乗り物」(vehicule)でしかないことを表している。
(ヴェネチアを訪れるほんの少しまえ、偶然ワルシャワ現代アート美術館(Museum of Modern Art in Warsaw)にて、こちらは白いプラスチックを利用したPaweł Althamerの作品を見た。この彫刻では、人々が巨大な物を協力して引いている様子が表されている。実はChristian Kerezによって設計された現代アート美術館を建てるという壮大なプロジェクトを人々が大変な努力をして引っ張っている様子を表している。(Burłacy, 2012))

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テラコッタ製の彫刻群(2006-2007)は、「モンスター」というのが時々はばかられるが、身体の表面に小さなとげのような陶器の欠片をびっしりと纏って様々な形をした想像上の生き物たちの集合である。作者であるShinichi Sawadaは、1981年滋賀県生まれ、自閉症と知的障害を持つ。2001年より陶芸を始め、クリアーなプランを繊細な手作業によって実現し、世界的に高い評価を受けている。2010年には、モンマルトルでの展覧会Art Brut Japonais に出展し、私も会場で展示作品を見たのを覚えている。フランスでは展覧会名が示すように、Art Brut(英語でいうアウトサイダー•アート)というカテゴリーに入れられていたが、ヴェネチア•ビエンナーレのIl Palazzo Enciclopedicoでは、むしろ、想像上の生き物たちの百科事典的なヴァリエーションの一ページとして澤田の作品が位置づけられているように思える。

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さて、Charles Rayは、初期はアンソニー•カロやデヴィッド•スミスらモダニズムの彫刻家に影響を受けるが、その後1970年代にはミニマリストのムーブメントに着想を得ている。様々なマテリアルを用いて作品を作ってきたが、人間を模した彫刻は特徴的である。彼は、非常に大きな女性や子どもと大人の大きさが全く均一な家族など、見る者を困惑させるような彫刻を作る。展示されたFall(1991-1992)は、高さ243cm、厚さ66cm、幅91cm。巨大なキャリアウーマンである。普通のサイズであったなら、ただのマネキンである典型的なコスチュームを着て真っ赤なルージュを引いたブロンド女が、どうしても人々の注意を引いてしまうのはなぜだろう。(撮影禁止のため、イメージはありません。)

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Paul McCarthyは先日パリのポンピドーセンターで行われた個展にかんしてレヴューを乗せた(http://www.mrexhibition.net/wp_mimi/?p=2297)Mike Kelleyと親交が深く、昨今の展覧会では、Mike Kelleyとのコラボレーション作品Heidi(ビデオ作品)が展示された。ロサンゼルスで学び、前衛的でラディカルなでボディ•アートやパフォーマンスを展開する。Paul McCarthyは、自身が述べているように典型的なアメリカン•カルチャーの影響のもとに育ってきた。ディズニー、B級映画、コミック、消費社会のマスメディアの要素を進んで作品に取り入れる。その一方で、彼が同様に強烈な影響を受けたのは、フルクサス、ハプニング、パフォーマンス、ボディ•アートといったヨーロッパにおけるアヴァンギャルド芸術で、とりわけウイーンにおけるアクション•アートに最も影響を受けたのだが、これに対してはある種、自分は部外者であるコンプレックスのもとに受容したのであり、それがMcCarthyの特徴を形作ったとも言える。展示作品、Children’s Anatomical Educational Figure(1990)は、巨大なぬいぐるみの腹部が裂けて、臓物が飛び出している。子どもの顔はアニメ的な笑顔を崩さず、胸部の心臓がある場所にも「ハートマーク」が描かれている。身体への暴力や衛生概念を混乱させるような一貫した試みが見られる。

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Cathy Wikesのインスタレーション作品Untitled(2012)では、二人の子どもと、おそらくはその母親が、一人の男が酒の瓶のあるテーブルの前でうなだれて、しかし今にも暴力をふるいそうな恐ろしい様子が設定されている。男はもちろん、子どもたちの父親であり女性の夫であろう。Cathy Wikesは、資本主義社会における女性のあり方や、家事労働、社会における母親という立場を浮かび上がらせるような作品を作ってきた。平凡でありふれた感じのする家具や壁紙、キッチン用具、そこに静かな緊張があり、不条理があり、誰にも聴かれない声がある。

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Rosemarie TrockelFly me to the Moonは静かでありふれた日常に潜む恐ろしい物語を浮かび上がらせる。赤ん坊は宙づりにされたゆりかごにふわふわ揺られ、すやすやと眠っているようだ。その赤子のすぐ横には毛むくじゃらの動物、丸くなっている犬か猫らしきものが共におり、同じ部屋の床には若い女が下着姿でテレビを見ている。女が見ている映像は、人間が初めて着きに上陸したあのシーン。女は自分の平凡で途方もない日常とはほど遠いファンタスティックな映像に夢中だ。したがって、女はまったく赤ん坊に無関心だ。ひょっとすると、母親ではないのかもしれない、とするとベビーシッターだろう。女は更にテレビに熱中し、毛むくじゃらの動物ははっきりと身体を上下させて寝息を立て、生命の存続をアピールする。もう一度、おそるおそる赤ん坊に目をやる。顔にとまっている大きな蠅はじつは、その子どもが既に死んでいるというサインだったのだ。

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Morton Barlettはしばしば、ヘンリー•ダーカー(Henry Darger)と引き合いに出される、生前は人形を作っていたことは知られていなかったアーティストである。というのも、1992年、彼が亡くなった時、自宅に大量の解剖学的に正確なプロポーションをもった手作りの人形が、30年物の新聞に丁寧に包装されて、さらには手作りの服を着せられて(あるいは、中には服を着ていないものもあった)、発見されたのである。彼が死ぬまで、Barlettがこんなに人形に執着があるとは知られていなかった。可愛らしい人形は実物の少女の二分の一くらいのサイズで作られており、どの少女も美しく、あどけない表情をしている。Barlettはダーカーと同じように孤児院で幼い頃を過ごすが、ダーカーと違って8歳のとき、裕福な家庭に引き取られ、孤児院をあとにする。ハーバード大学を中退し、写真家として働く。
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さて、Barlettがたくさんの人形を制作していたことについて、彼の知られざる趣味や想像にかんして、さまざまに議論されてきた。彼が人形や少女に対して、フェティッシュでロリコン的な趣味を持っていたことなども疑われるのだろう。一方で、もう少し別の視点から作品そのものに着目してみてはどうか。この作品が人目をひくのは、ひとえに、各々の人形が発しているオーラのようなものよると私は感じている。人形たちは、不幸で悲観的ではないにせよ、生きることの難しさを少なくとも、少しは知っている少女たちなのである。少女たちの纏っている衣服は、かならず一部分が壊れている。帽子をかぶった少女が、なぜ座っているのかご存知だろうか。彼女の靴が破れているからである。彼女は、ほころびたぼろぼろの靴を履いていることを隠すために、座っているのだ。別の少女はスカートのホックもファスナーもない。襟がほつれている、極端に短いTシャツを着ている。彼女たちは、楽しそうに笑っているけれど、寂しいことや辛いことを知っている。人形たちは、孤児院で育ったMorton Barlettが生涯忘れなかった子ども時代の寂しい気持ちを少しでも穴埋めしようと創り出した、想像上の家族たちであった。
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次回は、ペインティングとドローイングについて書きます。

09/3/13

55th Biennale de Venezia part1/ 55th ヴェネチア•ビエンナーレ No.1

55th Biennale de Venezia part 1

Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palace

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今回アルセナーレ•ジャルディーニの両メイン会場で150人の作家が参加する企画展Il Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceのキュレーションを行ったのは、イタリアのMassimoliano Gioni(マッシミリアーノ•ジオーニ)である。1973年生れ、最年少でのヴェネチア•ビエンナーレ総合ディレクターだ。展示の共通テーマは百科事典的であること。作品のそれぞれが百科事典的な小宇宙を構成していると同時に、あまりにも異なる世界中の作家が一同に集うIl Palazzo Enciclopedico / The Encyclopedic Palaceの空間そのものが全体としての百科事典的な場となる。そこでは、芸術家とそうでない人の差を根本的に疑うような試みがあり、人類が表現とか芸術とか呼んできたものの起源にまで遡ろうとする試みがあり、現実や夢、目覚めていることと無意識であることの間をさまよう試みがあり、そもそも、形やイメージはなんであったのかを問うような試みすらある。
そのIl Palazzo Enciclopedicoのページを繰りながら、我々が思うのは、そのあまりにも巨大な百科事典に綴られた全ての知恵と知識を「身」に付けるのが大事なのではなくて、そこを、さまよってすり抜ける中で世界を目撃することこそが重要なのだということである。

パート1では、写真と映像作品に着目した。

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Camille Henrotは1978年パリ生まれの若手作家である。日本で生け花を学んだこともあるこの作家は、数々の植物を用いたインスタレーション作品を作ってきたほか、ドローイング、写真、映像作品も手がける。salon de mimiにおいては以前、パリのGalerie Rosascapeで行われた展覧会、“Jewels from the Personal Collection of Princess Salimah Aga Khan”についてレヴュー「Camille Henrot/カミーユ•アンロ, ジュエリーは押し花に敷かれて」と galerie kamel mennourでの展覧会「Est-il possible d’être révolutionnaire et d’aimer les fleurs ?」の写真をこちらに掲載している。今回ヴェネチア•ビエンナーレの百科事典的展示のために彼女が構想した作品はGrosse Fatigue(大いなる疲労)である。創世記の神話をもとにしたストーリーを、世界中の国立博物館のアーカイブを現代的な方法で提示する。多様な種が歴史の中でどのように変わって来たのか、あるいは人間もまた生物としてどのように歩んできたのか。地球の始まり、いや、宇宙の始まりにも遡って、そこから今日までの、人間の知っている全ての「知識」をコンピュータのスクリーン上にまとめあげようとする。だが、そこで気がつくのは、次々に開かれたたくさんのウィンドウの集積が表すのは客観的でただ一つの真理ではなくて、人々の思想が様々な角度から光を当てられた局面のようなものだということだ。

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Norbert Ghisolandが我々に見せるのは、第二次世界大戦中に彼のフォトスタジオで撮影されたこどもたちの記念写真である。こどもたちは今も昔も、誕生や入学や、あるいは様々な節句の折に、一人や他の兄弟姉妹と共に、非日常的で非現実的な衣装をまとわされて、カメラの前に立たされる。ここで作家は、親の夢を叶えるためにこの大変な仕事をまかされたこどもたちが、イメージの中でまったく不釣り合いな表情で立ち尽くしている様子。そこにある、ある種の滑稽さや不気味さを浮き彫りにしている。Norbert Ghisolandは1878年生れ、ベルギー出身の写真家である。10代から写真家として働き続けたGhisolandは生涯19000枚のイメージを残している。

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引き続き、子どもの記念写真にかかわる作品を見てみよう。広告写真やスナップショット、マジックランタンやタブロー•ヴィヴォンの写真など、19世紀から20世紀に渡る数々の写真のコレクターとして知られるLinda Fregni Naglerが今回展示した997枚の一連の写真には、思わず足を止め、その様子を一枚一枚確認したくなるような共通点がある。それは、隠された母親の存在である。The Hidden Mother (2006-2013)は、ご存知のように露光時間が長かったダゲレオタイプの写真撮影ならではの困難の結果しばしば見られた奇妙な習慣を伝える。撮影の際、非常に小さな子どもを動かずじっとさせておくことは難しく、子どもだけの記念写真を撮るのは至難の業だった。そこで考えられたのが、母親がすぐそばで支えていれば子どもはじっとしているという当たり前のアイディアであったのだが、写真をみてみると、「写る必要のない」母は、黒い布を被って自らを隠している。(写真 下)そこには明らかに誰かがおり、その存在は誰の目にも明白なのだが、それでも、母は姿を現してはいけないのである。この種類の写真には、子どもを安心させ、じっとさせるためのものと、子どもの「没後写真」の二種類がある。(上のように、子どもの背を後ろから支えているものは没後写真。) 写真が発明され、人々が肖像画を撮るようになった頃、写真が提示するまったく本物らしいイメージは、あたかも死んでしまった人が生き返ったかのように、あるいは、生き返ってくれたらいいとう人々の願いを喚起することになり、生前のような服と姿勢で撮影する没後写真が盛んに撮影されるようになる。生命力の強くない子どもはしばしば幼くして命を落とし、かれらもまた、可愛らしいドレスを着せられ、隠された母親に抱かれ、撮影されている。(展示写真は1840年代から1920年代にわたって撮影され、ダゲレオタイプ、アンブロタイプ、フェロタイプが混在している。)

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Nikolay Bakharevが撮影した家族写真や若い女やカップルの写真において、人々はすこしためらいを表情に浮かべながら、しかしどちらかといえば嬉しそうな様子を見せている。ソヴィエト抑圧下の厳しい統制があった時代、「裸」を写したイメージは厳しく禁止され、それを現像することも所有することも重大な犯罪とされていた。家族や恋人と、肌の露出を伴った写真を頑に禁じられていた当時、人々に唯一許されていた機会は、ビーチで撮影した水着姿くらいであった。人々はとても幸せそうに、唯一の自分の若かった身体、子どもである身体、年をとった肉体をBakharevの向けるレンズに見せてくれた。我々の今日の肉体は、今日しかそこにない。

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Laurie SimmonsAllan McCollumは共にアメリカのアーティストである。Laurie Simmonsは、1949年ニューヨーク生まれ、ユダヤ系の家庭に育ち、70年代より独自の主題をシリーズ化した写真を撮り続けている。人形の家を撮影した初期の作品から一貫して、人形や人形の家を使った状況設定はSimmonsの写真に繰り返し見られる。人形に様々なコスチュームを着せた作品や、人形が世界中の観光名所を旅しているようなシリーズ« tourism »もあれば、« Ballet »もやはり踊る人形がバレエの写真や絵画と重ね合わされている。さらにもっとも最近の作品The Love Doll(2009-2011)では、リアルドールが着物や鵜ウェディングドレスなどを纏って、化粧を施され、リアルな背景や家具の中に身をおかれた写真を撮影している。一方、McCollumは、30年間にわたって、物の公共性とプライベート性についての問題提起を、大量生産される日用品をインスタレーションとして提示することによって続けている。そもそもMcCollumは、俳優を目指し一度イギリスに渡り、帰国の後飲食店の経営やキッチン用品の産業に興味を持って技術系のカレッジに通っている。その後、航空会社で飲食関係の仕事についたが、フルクサスや初期構造主義に影響を受けてアーティストになることを決意する。このような経緯から、大量生産のプロセスとその産物が彼の一貫したテーマの一つなのである。さて、ここでは1984年にAllan McCollumの協力によって実現したActual Picture(1985)が展示された。さて、映し出された人形はしばしば目や鼻がなく、そもそも身体の形も不自然である。表面がざらざらしていたり、鼻のあるべきところがつるっとしていたりする。これらは全て、それは人々のポートレートと同じような一定の大きさの写真に提示されている。ところが実は、この人形のそれぞれは小さな消しゴムほどの大きさしかないフィギュアなのである。一つ一つ肖像画風に提示されるとそれぞれの「人形」は、奇妙な存在感を帯びる。

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Autur ZumijewskiBlindly(2010)において、集まってもらった全盲の人々が太陽を描くところをビデオに収めている。それぞれは筆は使わずに、指や足を使って絵を作って行く。そのうちの一人の男性は途中で、筆を使うことを選ぶ。なぜなら、彼が描きたい太陽の光線の一本一本が、指などを使っていては到底表すことが出来ないからだ。Zumijewskiはワルシャワに1966年に生まれた。ホロコーストの記憶や、Ability(できること)とDisability(できないこと)のボーダーに触れ、歴史的あるいは身体的なトラウマを描き出し、強い感情を引き起こすような表現を行っている。Sumijewskiの作品におけるDisabilityはそれが強い感情を引き起こすものの、それは単純な同情や見ることの拒絶ではなく、人々にそれに見入ることを促すように働く。

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次回は、彫刻とインスタレーションについて書きます。

08/28/13

Day(s)dreaming @Galerie 59, Paris / 展覧会 « Day(s)dreaming » @ギャラリー59

Day(s) Dreaming
@Rivoli 59,

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Rivoli通にある見るからに奇怪なアーティストアトリエと併設してGalerie 59 がオープンしたのは記憶に新しい。59 Rivoliは1999年の死者の日にKalex, Gaspard, Brunoという3人のアーティストがCrédit Lyonnaisに放置された建物を発見し、そこをアーティストの拠点としようと決意したのがきっかけだった。« Chez Robert, électron libre »のもとにアーティストの居住およびアトリエと展覧会会場となる。2006年には一度パリ市の判断のもとに59 Rivoliは閉鎖され、工事を経た後の2009年、再びアーティストを受け入れ、パブリックへ門戸を開放することとなった。Rivoli 59 はルーブルから徒歩数分、ポンピドーセンターも勿論徒歩圏、コンコルド広場からサン•ポールまで続く(ルーブル周辺はアーケード街で有名)パリの目抜き通り沿いにある。この建物の一階(RDC)、Galerie 59で2013年8月20日~9月2日の予定で開催中の展覧会« Day(s)dreaming »(site on facebook here)を訪れた。

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参加アーティストは、5名:ポーランド出身の油彩画家であるZofia Blazko, ワコウ・ワークス・オブ・アートをはじめ東京のギャラリーやヨーロッパにおいて展覧会を行い、独自のアプローチで重層的イメージを描くTomohito Ishii, ソルボンヌ大学で学位を取得したのちパリを拠点に様々なマテリアルで彫刻作品を発表しているSouya Kim, パリ第8大学にて修士号を取得、フランス各地において、糸の妙が織りなす新しいスタイルの絵画 »Bug Report »を発表するKeita Mori, 日本の気候をテーマに写真作品を発表するLola Reboudというメンバーであった。(référence : http://www.59rivoli.org/gallery.html )

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展覧会タイトル「Day(s)dreaming/白昼夢」が意味するのは、昼間、目覚めたままで空想や想像をあたかも夢の映像ように見ることであり、起きたままでそのような非現実的幻想に耽ることである。展覧会を訪れる人が出会うのは、溢れる光の中ではっきりとした意識と光りに溶けていく意識が交差する瞬間に生まれる、白昼夢のイメージのそれぞれのアーティストによる表現である。

この、Day(s)dreamingの(s)はなかなか気になる。sは第一義的に名詞の複数性を示唆するし、それがカッコに入れられている場合には、単数であることと複数であること両方の可能性を暗示する。名詞に性があるような言語の場合には、男性名詞単数にはそれ以上の奥行きを持たないが、現行の多くの言語システムにおいては、男性複数では全ての可能性を包括できることになっている。この(s)のニュアンスを出展作家の一人である石井友人さんに尋ねたところ、タイトルDay(s)dreamingに寄せた解釈をお聞きすることが出来たのでここに掲載したいと思う。(一部略は筆者による)

展覧会タイトルとして採用された「Day Dreaming」とは、記憶の戯れからなるイメージの想像的な飛躍を体験する、という意味が込められています。参加アーティストの言葉に由れば、「Day Dreaming」とは、まるで緩やかな洪水の後の様な豊穣なイメージ郡を想定しており、全てが押し流され、既存の意味や時系列、あるいは所有関係を離れたイメージ群 (記憶)を再構成する、流動的な過程を含意しているようです。

この流動的な過程 において、集合しつつ離散するあらゆる不可避的イメージの遭遇が、我々の思い出/忘却とが幾重にも交差する場所を作り出し、そこにはひょっとすると記憶に対する物憂い空間(真夏の蜃気楼)が立ち上がっているのかもしれません。

あなたはこの真夏の白昼夢の空白の中にただ一人取り残され、想像することの能動的/受動的な経験に奇異な思いを馳せることでしょう。(石井友人)

Le titre de l’exposition, à savoir, « Day Dreaming », veut dire une expérience de l’association accidentelle, non-ordonnée, et non-maîtrisable des images à partir du jeu de mémoire. D’après les mots de l’un des artistes participants, ce titre suppose « une série des images comme un paysage, en quelque façon, “ dépaysé ” de l’après-inondation, où se rendrait possible la mise en relief des significations originelles de choses, qui sont pourtant à la fois cachée dans notre vie quotidienne et sédimentée dans notre mémoire. C’est à travers ce processus fluide et flottant, consistant à délibérer et à dégager l’« archi-sens » de choses à l’aide des images, que se crée un lieu où se croisent et se superposent la mémoire et l’oubli. Dans cette exposition souhaitons-nous ainsi vous offrir divers expériences de la rencontre inévitable, voire, passive des images qui se rassemblent tout en s’écartant dans le Day Dream. (Tomohito Ishii)

なるほど、Day(s)dreamingはその重層的な性質、記憶とイメージの重なり合い、さらには空間におけるアーティストたちの記憶とそれを見る人の白昼夢が混じり合うこと、それらを含む奥行きを意味しているのだ。

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ポーランドのZofia Blazkoは、数々の眠る女を描いている。彼女が表すのは特定の眠っている女というよりもイメージとしての眠る女である。眠る様子は自分自身で見ることができず、そこにどんな身体の動きや表情が浮かび上がっているのかを我々は知らない。穏やかで美しい眠り姿はやはり創り出されたもので、一つのイメージなのだろう。

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Tomohito Ishiiの絵画には複数のイメージが混在する。それは完全に混ざることなく微妙にずらされ、重なり合うことによって本来それらが持てる具体的意味を失って漂う。そこにあったはずの明確な風景、写真が留める遠い昔の記憶、抽出された断片といったものは、知らず知らずのうちに我々の白昼夢のフラグメントとなる。我々はしばしばそのことを意識化できず、そのことは実は、外在する記憶と内なるイメージの差異の本質的な無意味を暗示する。抽象画とは、本当はそういったことなのかもしれない。そしてそれをあくまで身体的な物として表現するこれらの絵画を前に、鑑賞者は自らのイメージを重ねる。

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ギャラリーに足を踏み入れるとSouya Kimの大きな3つの水滴が、床に表面張力によってそのまるさを保っている。奥へと歩を進めると、球面に映る我々の姿は突如ぐにゃりと様相を変える。現実に留まっていると信じるためには、水滴はあまりに透明で、大きい。彼女の作品は磨き上げられた巨大なアクリル樹脂の彫刻である。静かにそれを見つめるならば、作家により信じがたいほど繰り返されたプロセスの層の中に自己を見失うだろう。

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Keita Moriは、Pistolet à Colleと糸という独自のアプローチで、Bug Reportというシリーズを制作している。真っ白な紙面に浮かび上がってくるのは、ときに幾何学的なモチーフであり、またあるときはいつか夢のなかでみた迷宮の構造のようである。いずれのイメージも、我々の目にはっきりと知覚できる部分と、すでに失われたか隠されている部分、あるいは、世界の中に遍在するのは確かなのに、もはやその全体像は掴み得ないものを紡いでいる。我々は絵の前で、その見えないものを求め、そのさらに遠くまで行って気を失う。

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さて、当展覧会は、9月2日(月)までGalerie 59にて開催中である。Day(s)dreaming/白昼夢はそこに漂っている。

Zofia Blazko
http://www.zofiablazko.com/index.html
Tomohito Ishii
http://www.tomohitoishii.com
Keita Mori
http://keitamori.com

08/26/13

Mike Kelley @Galerie Sud, Pompidou / マイク•ケリー @ポンピドー

MIke KELLEY
2 mai 2013 – 5 août 2013
Galerie sud – Centre Pompidou, Paris

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Mike Kelly マイク•ケリーは、アメリカの現代美術家である。1954年にデトロイトで生まれた。1976年、ロサンゼルスのCalArts(California Institue of the Arts、カリフォルニア芸術大学:実験的で前衛的なアプローチとJohnMaldessariやLaurie Andersonなどの教員がおり、国際的に高い評価がある)にて学ぶ。また、カウンター•カルチャーの精神に基づき、パンクやパフォーマンスアートに興味を持つ。1977年、トニー・アウスラー(Tony Ousler)とThe Poeticsというグループを立ち上げる。1980年代以降、ぬいぐるみを利用したオブジェとインスタレーション、その後ビデオ作品で著名になり、ドクメンタ10(Documenta10, Kassel)に出展する。日本では、1996年には東京のワコウ・ワークス・オブ・アートで個展(新作展)が開催されたほか、2008年には横浜トリエンナーレにも招かれ、トニー・アウスラー(Tony Ousler)とのコラボレートによるインスタレーション The Poetics Projectを発表した。2000年代末以降Kandor 15(スーパーマンの空想都市)に関する作品を精力的に制作し続け、昨年、2012年1月、ロサンゼルスで57歳で亡くなった。

from Tony Oursler, The Poetics Project, 1977-1997

from Tony Oursler, The Poetics Project, 1977-1997

マイク•ケリーの表現手段は多様だった。彼のラディカルで時にスキャンダルであった表現はしばしば、彼なりの哲学的考察や心理学的な問い、文化的博識であったことに基づく。デッサン、絵画、彫刻、インスタレーション、パフォーマンス、オブジェやビデオ作品。そこに散りばめられたエッセンスははっきりとそれがマイク•ケリーのものと同定できる印象を与えながらも、一義的説明を拒絶するように、それらは混沌として立ち現れる。大衆文化と対抗文化が入り交じる。社会をブラックユーモアを通じて描き出す。子どもの世界におけるタブー、そして、セクシュアリティにおけるタブー、あるいは、既存の学校教育への強烈なアイロニー。記憶の片隅にあるトラウマ、抑圧された想い出は、断片化されて、文脈も秩序もなく提示される。それらはおそらく「不気味なもの」(Das Unheimliche)と呼ぶにふさわしい。なぜ人々は、彼が1980年代以降しきりに制作し始めた、使い古しのぬいぐるみをつかったオブジェやインスタレーションを、「フェティッシュ」あるいは倫理に反するといって批判したのか。その声は90年代にはスキャンダラスなまでに高まったのだ。ひとまずは、タブーを扱い続けるマイク•ケリーの表現に対して、目を当てることの出来ない偽善的市民の正直な声であったと言っても良いだろう。偽善的市民と言ったのは、現代社会がそれまでの社会とは異なるフェーズに直面していることを知っているにも関わらず、彼らの子どもを取り巻く世界に、まるでこれまで通りのルールが通用するかのように、それを押し付けたのが彼らだからである。しかし、彼らが血眼になってマイク•ケリーをバッシングした本当の理由は、隠すことによって噓の心の平安を得ていた「ひずみ」を彼がつぎつぎに浮き彫りにすることを恐れたからだ。その「ひずみ」は、彼らが子どもに見せたくなかったものでもあり、彼ら自身が子どもであった時分に親との関係の中で「タブー」として必死に見てみない振りをしてきたものだったのだ。人々は「不気味なもの」を恐れる。

Extracurricular Activity Projective Reconstruction #25 (Devil's Door), 2004-2005

Extracurricular Activity Projective Reconstruction #25 (Devil’s Door), 2004-2005

さて、本展覧会は大規模な回顧展であり、2012年に死んだアーティストに代わって、必ずしも時間軸を真っすぐ辿るのではなく、彼が関心を示したトピックに沿って、7つの章に分かれている。

-The langage of object/LES LANGAGES DES OBJETS
-A composite work/UNE OEUVRE COMPOSITE
-Rehabilitating « minor » histories/RÉHABILITER LES HISTOIRES « MINEURES »
-Of stuffed animals and men/DES PELUCHES ET DES HOMMES
-Education and ordinary traumas/EDUCATION ET TRAUMATISMES ORDINAIRES
-Energy and the formless/L’ÉNERGIE ET L’INFORME
-Representing the unrepresentable : Kandors/REPRÉSENTER L’IRREPRÉSENTABLE:KANDORS

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ぬいぐるみを使って作品を作る作家といえば、ルイーズ•ブルジョワやアネット•メサジェを思い出す。あるいはポール•マーキュリーの大きなぬいぐるみを思い出すかもしれない。ルイーズ•ブルジョワの作るぬいぐるみは、既製品のぬいぐるみを使っているのではなく、つぎはぎしながら最終的には大きな人間のボディに到達している点で、グロテスクな「人形」というべきものですらある。それを介して表現されるのは、セクシュアリティの問題であり、人間の生殖と誕生に関わることだ。あるいは、アネット•メサジェにおけるぬいぐるみは、擬人化されて、人間の記憶に関わるものとして提示されたり、個体を代替するものとして提示される。それらは可愛いオブジェとしてのぬいぐるみという存在から別の文脈に連れて行かれ、不穏な世界にいる。しばしば、ぬいぐるみは分断され、頭や腕、胴体に切り離されてしまったり、動物の剥製にぬいぐるみの頭部を持つか、ぬいぐるみの身体にロボットとしての部分を持つなど、それらは生き物としての境界を揺さぶるように、そこにいる。

Mike Kelley, Ahh… Youth!, 1991

Mike Kelley, Ahh… Youth!, 1991

マイク•ケリーにおけるぬいぐるみも、アネット•メサジェと同じではないにせよ、生物と非生物の意味を問いかけるような作品がある。 Ahh… Youth! (1991)では、8枚の写真がポートレイト風に並べられており、7枚はぬいぐるみで1枚が人である。ぬいぐるみはそれぞれ、古めかしく部分が壊れ、目が片方ないなどの憐れな姿を晒しており、それは彼らの遺影とすら言えるものである。右上の若い男は、思春期のころの繊細で若かったマイク•ケリー本人で、これも1991年当時もはや世界には存在しなかった過去の自己である。ここでは、ボロボロになって葬られるものとしての8枚の写真が、一見ポップで可愛らしく提示されるのだが、その様子はやはり不穏なものだ。一人人間であるマイク•ケリーはなんの違和感もなく捨てられる使い古しのぬいぐるみの中と共存し、画面は限りなく均一化されている。

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また、ぬいぐるみは多数合わさって人間の大きなボディになることもできるし、二つの頭部を持ったり、合体することができる。壁に立てかけられたぬいぐるみの集合は、お腹の中に収めるべきものを構成していたのだが、それらは全体として一つの個体に統合されているようで、内部において崩壊を始める。大きな蛇が導くのに付き従って、それらは母体を破壊しながら外の世界へ出てゆく。両性具有あるいは性倒錯のイメージも、マイク•ケリーが繰り返したテーマのひとつだ。デッサンにおいて、女性らしい身体には男性器があり、向かい合う男性らしい身体にはそれを受け入れる女性器が用意されている。倒錯や交換は、ここでも、差異の無化とヒエラルキーの均一化の手段である。

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オブジェの集合を埋め込んだ絵画は記憶の集合である。物には記憶がある。人が物に想い出を持っていることは、物が記憶することと同義だ。画面を眺めれば、誰もがどこかで目にしたことのあるような小さな物を発見する。マイク•ケリーは、教育の問題を語りながらしばしば、「自分自身が、自分固有のものと信じている文化的背景や個人的な記憶は、他の人間のそれとたいしてかわらない」ことを指摘する。「わたしの想い出」と信じているものは、しばしば、映画や雑誌、流行っている本だとか文化を共有する人が皆共通に持っている知識に由来している。それは所詮、そういったモデルにあわせて鋳造されたものでしかないのだ。それゆえ、マイク•ケリーの作るオブジェの集合は常に、純粋な個の記憶など存在せず、それが集合的な記憶であるというメッセージを発している。

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人々が彼の仕事によって気分を害したり、何やら良くないものと感じて遠ざけたり、あるいは批判したり、恐れるのは、つまりはそれがあなたにも関わる記憶のことに触れているためだ。あなた自身が見て見ぬ振りをしていること、忘れようとして、それが上手くいったはずの子どもの頃の心傷、考えても仕方ないものと納得してきたつもりであった様々な矛盾、露にすることは無益に思えて抑圧してきた心の隅にある欲望。それらを敢えて蒸し返したくはないからだ。マイク•ケリーは57歳の若さで死んだが、彼の思惑は、多岐にわたる表現にカムフラージュされて矛盾に満ちているかのように語られる一方で、非常に明確であったと考えられる。他によって、明るみに出すことの出来ない問題をそれによって露呈する試みを続けることこそ、アートの存在意義であると私は信じる。

Kandor 2B, 2011

Kandor 2B, 2011

08/25/13

ロイ•リキテンスタイン@ポンピドー/ Roy Lichtenstein @Centre Pompidou

Roy Lichtenstein
3 juillet 2013 – 4 novembre 2013
Centre Pompidou
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限定詞とは、便利で強力で、そして簡単だ。「”アメリカン・ポップアート”のロイ・リキテンスタイン」という説明は、一見疑いようなくわかりやすく、他にがんばって言葉を見つけるまでもない。当展覧会キュレータであるMnam/CcioとCamille Morineau が、この大規模な回顧展を通じて目指したのは、このあまりにもステレオタイプな限定詞を塗り替えることであった、といえばなるほど、アンビシャスでカッコイイ。しかし、私は彼らの説明に関わらず依然として、彼らがこの展覧会を通じて提示したのは、「アメリカン・ポップアートのキャパシティの重層性」に留まるのではないかと思う。

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さて、ロイ・リキテンスタインは、1923年、マンハッタンで生を受ける。両親はユダヤ系の上位中産階級の家庭。母親はピアニストで父親は不動産業を営む。子どもの頃とくに芸術教育を受けたことはないが、アポロシアターのコンサートに頻繁に通っており、ジャズに興味を持っていた。美術を専門的に学んだのは、高校卒業後にアートスクールに行ったころからで、オハイオ大学に進学するも1943年から3年間、第二次世界大戦下の兵役に服する。実はその間、ロンドンで幾つか展覧会を見ることが出来、フランス各地、ベルギー、ドイツ、ルクセンブルグと移動しながら描き続けた。1945年、終戦の際、パリで学ぼうとフランスに腰を落ち着けた矢先、父親が病に倒れ、翌年亡くなってしまう。それ以降、G.I.Bill(The Servicement’s Readjustment Act, 1944、つまり第二次世界大戦に従軍した軍人の兵役解放後の就職援助や学業継続援助を行うとりきめ)のおかげで、オハイオ大学の美術学科に復学し、1949年学位を取得した。その後教員等を経て、1960年代に、ポップアートの処女作としたのLook Mickeyやマンガ的手法、広告のエレメントへの関心を反映した作品を多数作るようになる。今回力点をおかれた静物画やキュビズム絵画やマチスのダンス等近代絵画の借用を始めたのは1970年代になってからである。そして、彫刻作品は1980年代を中心にブロンズやプラスチックで制作されている。1997年、肺炎をこじらせてニューヨークでなくなった。生涯にわたって制作した作品数は4500点にのぼる。

Look Mickey, 1961 oil on canvas

Look Mickey, 1961 oil on canvas

Look Mickeyは、リキテンスタインの息子たちの部屋にプロジェクションされたミッキーマウスとドナルドダックのイラストに着想を得て制作されたことはよく知られている。もちろんミッキーだけでなく、1950年代の終わり、リキテンスタインは消費社会の広告やバンド•デシネの手法に強い興味を抱き、1956年にはプレ•ポップアートとでも言えるリトグラフ作品Ten Dollar Billeを作っている。この頃、話し相手でありお互いに影響を与えてきたアラン•カプロー(Allan Kaprow,パフォーマンス•アートの先駆者)と、どうやって学生に色彩の意味を教えるかといった議論をしていた際、カプローが言い放った、「セザンヌの色彩を例にとるより、バゾッカ(Bazooka, アメリカのチューインガム)を例にとったほうがよっぽどよく伝わる」というのを聞き、リキテンスタインは自身の方向性に確信をもつ。今後は、主題を当時の日常の中に求めることが可能なのだ。たとえば、広告、日々目にする変哲のないモノ、そしてマンガといったものの中に。この会話を機に、リキテンスタインはいわゆるリキテンスタイン的なスタイルを立ち上げたと言われる。

Magnifying Class, 1963 oil on canvas

Magnifying Class, 1963 oil on canvas

1963年に描かれたMagnifying Classは、「手仕事によるものだというメッセージを極力隠す」というコンセプトのもとに制作された、完全にManualな絵画である。したがって「グラフィックとして最もシンプルに、かつ即効性のあるインパクトをもたらすミニマルな絵画」(Christophe Averty)と言われる。ポップアートの展覧会が世界中で大変賑わっている事実を耳にする際、そしてもちろん自分も足を運んでしまう際いつも思うのが、それなら写真や雑誌で見ればいいのではないか。しかしポップアート展は人気だ。それはもちろん、アメリカンアート界の影響力が非常に強いことや、ポップアートはなんていったってオシャレであること、ヴィジュアルがわかりやすく、楽しく眺められることなどの原因はある。しかし、人々はやはり、いくらシンプルだったりミニマルだと言われても、そこに覗く手作業の後が見たいのではないかと思う。そこにあった画家の手や画材がまだ乾いていなかったときのことをそれらの絵はイメージさせるために、人々はこの絵に歩み寄り、ドットのひとつひとつを眺めるのだと思う。そういったわけで、この絵はまさに、画家の手によって丁寧に描かれた素晴らしい油彩画である。

We rose up slowly, 1964 oil and magna on canvas

We rose up slowly, 1964 oil and magna on canvas

キャリアを通じて、リキテンスタインは女をたくさん描いてきた。ロマンチックなシチュエーションやロマンティックなワンシーンをリキテンスタイン的なスタイルでラインとドット化した絵画。80年代以降作られた2D的な彫刻にも女はたくさん登場する。アート•マーケットにおいて、彼の絵が高値で売れて人気を博したのも、彼が描いた美女たち(しばしばステレオタイプでB級映画くさく、涙を流したりけなげだったりする女たち)が鑑賞者の心をつかんだからである。その一方で、我々はこの美女たちをオシャレなイラストとか形として愛でることはできても、直接的な意味でのセクシーさや生々しさといったものは感じえないのではないだろうか。画家自身もこう述べている。
「私が描く女は基本的に黒いラインと赤いドットで構成されている。私は抽象的なやり方だと思っている。だから、私はそれらには誘惑されない。それらの生き物は私の目にはリアルでない存在なのだ。」(ロイ•リキテンスタイン)
興味深いのは、リアルでないので惚れてしまうことはあり得ない、と言い放たれた、黒いラインと赤いドットから成る女は、70年代からもう30年、40年経つ今日、マンガ的あるいは広告的表現が珍しくもなく、女の表象も多様化した現在においては実は、リアルさを増しているという現在の事態である。

Oh, Jeff...I Love You, Too...But..., 1964 oil and magna on canvas (zoom)

Oh, Jeff…I Love You, Too…But…, 1964 oil and magna on canvas (zoom)

Artist's Studio "The Danse", 1974 oil and magna on canvas

Artist’s Studio « The Danse », 1974 oil and magna on canvas

リキテンスタインがマチスのダンスを自身の絵画のなかに登場させたのは必然の共鳴であると感じられる。マチスの描く肉体はしばしば、彼がいうような輪郭で取り囲まれていた。
「私が創るもの、それは“かたち”である。マンガは、わたしが意味するところの“かたち”を持たない。マンガはたしかに輪郭を持っているが、描かれたものをひとつのものとして描き出すことに何の注意も払っていない。目的は違うところにある。マンガは、再現しようとしており、私は、ひとつにしようとしているのだ。」

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近代絵画からの借用、その際に複数の絵画を一枚の絵の中に共存させた。あるいは彫刻はしばしばイラスト的な2D世界をいかにして3Dに再現するかという試みとして面白い。いくつかの風景画の中に見られる異なるテクニックの混在は、その他の絵画とは全く別の印象を与える。既に述べたがこの展覧会では、すでに広告のデザインやマンガ的スタイルで知られてきたロイ•リキテンスタインの「アメリカン•ポップアートを超える」側面を浮き彫りにすることを狙っていた。ポップアートで何が悪いのか?ポップアートは素晴らしいのだ。むしろ、巨匠絵画をパスティーシュし、かつてなかった構造に挑戦し、平面の彫刻を創造し、生々しくない女を描いて世界を魅了したことによって、ポップアートの底力を見せつけてくれたことこそが、ロイ•リキテンスタインの面白さであると信じる。

Landscape with Philosopher, 1996 oil and magna on canvas

Landscape with Philosopher, 1996 oil and magna on canvas